ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ- 作:奥の手
奴隷ちゃんがガンショップに拾われる経緯なので、ちょっとだけガマンして読み進めていただければ彼女はやってきます。
プロローグ 1日目 「ある日のガンショップ」
そこそこ大きな国の、そこそこ大きな町に、小さなガンショップがありました。
その店の主は身の丈2メートルを越し、丸太のような太い腕に浅黒い肌。「現役の傭兵」と言われても誰もが信じる偉丈夫です。傭兵ではありません。
そしてこのお店は、その男一人で切り盛りしていました。
30歳を過ぎた辺りから独り身のさみしさを感じ始めていました。しかし店の経営が波に乗り、徐々に成功し始めたのと同時期です。仕事が楽しかったのです。
あれよあれよという間に40を過ぎたガンショップのマスターは、その恐ろしい顔に似合わずさみしい生活を送っていました。
ある日、店に一人の男が訪ねてきます。
「ご無沙汰ですマスター。こいつの弾は扱っていますかね」
男は自らを商人と名乗り、今度自分の商品に拳銃の弾を扱いたい旨を言ってきました。
この国の都市部には大きなガンショップもありますが、地方の町にはそうそう銃器類を扱っているお店がありません。このお店は小さいですが、良く名の売れた店でした。
「扱っているし、売ってやってもいい。まとめて入荷したら卸してやるよ」
「ありがとうございます」
深めに帽子を被った男は、怪しい雰囲気を出しながらも、店のカウンターにひじをのせて店主を見ました。
視線に気が付いた店主は訝しげに眉をひそめて聞きます。
「なんだ。契約ならモノが入ってからにした方がいいぞ。おたくも素人じゃないんだろ」
「ええ、もちろんですとも。正式な契約書は後日改めて……今日はその、以前にも商談に載っていただいたお礼をと思いまして」
「?」
「いえいえ、大したものではありませんが、少しお話を聞いて下さると嬉しいのです」
立ち話も何ですから、と男は言い、懐から一枚のメモを取り出しました。
「このカフェに、午後八時、足を運んでいただいてもよろしいですか?」
「礼の話ならここですりゃいいだろ」
「少々長くなるかもしれないのです。ただ悪いようにはなりません。食事代もこちらで」
晩飯の金が浮くのか。店主はそう思うと、別に悪い話では無いように思いました。
特に危険があるわけでもありません。扱っている商品が商品なだけに、店主は、どんな相手が危険でどんな相手がまともかは若い頃から見極めていました。
目の前の男は、そう危険な臭いはしていません。晩飯を食べるがてら話をするくらいどうと言うことはありませんでした。
「それでは八時に」
「おう」
怪しそうな商人は店から立ち去り、暖かい木造作りの店内には、ドアベルのチリンチリンという音だけが響いていました。
○
午後八時。約束のカフェに集合した商人の男と強面の店主は料理を頼みました。
商人はサンドイッチとコーヒーを、店主はメープルホットケーキとミルクティーを頼みました。
「んで話ってなんだ」
ドスの効いた声でそう切り出した店主に商人が答えます。
「突然のことですが、奴隷の需要はありませんか」
「奴隷?」
「そうです。私事ですが以前、ちょっとした事で奴隷を扱う機会がありまして、その奴隷は町の医者に引き取って貰ったのですが、似たような形でもう一人扱うことになってしまいまして」
商人は困ったような口調でそう言いました。強面の店主は、黒々とはやした口ひげをさすりながら返します。
「んなこと言ったって、奴隷もピンからキリだろ。うちの店は俺一人でやっていけるし、別に働き手に困ってるわけじゃねぇぞ」
「いえいえ、その通りなのですが、今回お話に挙げるのは働き手としての奴隷ではございません」
「?」
店主が首を傾げたのと、食事が運ばれてきたのは同時でした。
「お食べ下さい」
「遠慮無くいただく」
ホットケーキを小さく切り分け、店主は口へ放り込みました。紅茶にもミルクを入れ角砂糖を二つ投入します。甘いミルクティーの完成です。
商人の男はその様子を一片ももらさず観察していました。強面の店主も見られていることに気が付いています。でもお互いに何も言わず、しばらく運ばれてきた料理に手を付けていました。
先に口を開いたのは店主の方です。
「その奴隷ってのが礼のことか?」
「はい。簡潔に言えばそうです」
「じゃあいらねぇ。さっきも言ったが働き手に困っているわけじゃねぇんだ。物を取らせるのに三食飯代を払うのは割に合わん」
「まぁそう言わずお聞き下さい。先程ちらりと出ました町医者の話です」
「それがどうした」
「その医者は長いこと独り身でして、まぁ、余計な世話ですが私の目から見てもさみしそうにしておりました」
「ほんとに余計だな」
「それで私が引き取った奴隷なのですが、前の所有者に酷く虐待を受けておりまして。心を閉ざすと言えば聞こえはよいのですが、感情の起伏が無いに等しいのです。人としての感情が欠落していました」
「奴隷はぜんぶそんなもんだろ。下手に感情があって反抗されちゃたまらんからな」
「成人もしていない少女ですよ」
「…………なに」
「使用目的は完全に玩具でした。痛めつけて楽しんでいたのです。あ、前の所有者がですよ」
「そんで。その町医者はどうしたんだ」
「奴隷を引き取りました。その後は上手くやっているそうです」
「奴隷としての使用価値がないぞ。愛玩道具にでもしたのか」
「いいえ。奴隷の少女の心を開き、本当に、主従関係としてではなくお互いを必要として暮らしています。求め合っていると言いましょうか。幸せそうでした」
「…………そうか」
強面の店主は複雑そうな心情を顔に出しながら甘いミルクティーをすすっています。
「それではここからが本題です。新たに入ってしまった奴隷を、引き取っては頂けないでしょうか」
「俺に渡そうとしている
「年はわかりませんが成熟はしていません。まだ子どもに近いです。髪は金髪……なのでしょうが、栄養失調でくすんでいます」
「力は? 働けそうなのか」
「重い物は持てないでしょう。銃器を何丁も運ばせることは出来ないかと」
「ふむ……」
眉を寄せて口ひげをさする店主は、そのまま数秒考え込み、口を開きました。
「俺が引き取らなかったらどうするつもりなんだ。その奴隷は」
「未定です。買い手が付けば売りますが、処女でもなければ体の傷も酷い。簡単には見つからないでしょう」
「商品価値のない奴隷をよく俺に押しつけようと思ったな」
「私は商売人ですが、かけらほどの良心は残っています。商品価値のない奴隷を、少しでもまともな取引先へ渡したいとは思うのです」
「施設に投げればいいじゃねぇか」
「法のいづれにかかる心配があります。人間を商品にすること自体は合法ですが、何にせよやっかいなのは変わりません。私の身を案じるのが第一です。」
「そりゃそうか」
店主は残った最後のホットケーキの切れ端を、皿に着いているメープルシロップをすくい取るようにして口へ放り込み、飲み込みました。
「引き取った後に奴隷をどのように使うかはお任せします」
「まともな使われ方を望んでるんじゃなかったのか」
「一番いいのは、と言うだけです。それに、私だって商売人の端くれです。人を見る目は鍛えてきました」
「この俺が、商品価値のないガキを引き取っても、痛めつけない人間に見えるのか」
「私は自分の目を信じています」
数秒の静寂。お互いに視線を投げつけ合うその空間は、一般人が見れば異質な物だったかもしれません。
沈黙を破ったのは強面の店主の豪快な笑いでした。
「がははははは――――わかった。だが少し考えさせてくれ。いろいろと天秤に掛けて考えたい。俺も商人の端くれだからな。損得勘定抜きに取引は出来ん」
「もちろんです。お引き取りいただけなくとも結構です」
商人の男は先に席を立ち、支払いを済ませて出て行きました。
机の上には、あらかじめ用意されていたのか、三日後に返事を聞きに店を訪ねる旨のメモが残されていました。
一人、洒落たカフェのイスに座る恐ろしい顔の店主は考えます。
商品価値の無い奴隷がこの先どうなるか。自分も商売をしている人間、どうなるかなんて明らかである。
しかし引き取ることにメリットを感じない。
奴隷には維持費が掛かる。飯代は大きい。別に金がないわけではないが、奴隷に金を掛ける気はもうとう無い。損得勘定で言えば奴隷を手にすることそのものが愚策である。
だが、だがさっきの商人の話。町の医者とそいつが引き取った奴隷の話だ。
にわかには信じがたいが、奴隷をそのようにするという考えは俺にはなかった。奴隷はもっぱら労働力であり、女であれば売春の金稼ぎ。それが上等な使い方だと思っていた。
12の時に親が死んだ。行商人に拾われて商人として生きるための修業時代から、人肌を恋しくは思っている。独り身にさみしさを覚えている。
店を構えて軌道に乗った今、仕事も商売も板に付いてきて余裕が出てくると、そのさみしさはいっそう増す。
朝起きて、顔を洗い、ヒゲを整え、飯を作り、大事な商品たちを磨いてやる。その全てがこの数年、どれ一つとして他人と過ごすことのない日常である。
話にあった町医者のように、愛を受けたことのない奴隷に愛を注ぎ、自分もまた愛される。感情のない少女に感情を与える。人生をやり直させる。
そんな生活もいいかもしれない。
偽善や自己満足なんて言葉はお門違いだ。
俺の引き取らない先にその奴隷の未来はない。それよりは、俺が引き取る方がマシだ。だいぶマシだ。
カフェの店員も思わず目を反らすほど恐ろしい形相で考え事をしていた店主は、店のメニューを手に取ると、呼び鈴を押しました。
強面の店主は追加注文で、デラックスイチゴパフェとハニーワッフル盛り、ロイヤルミルクティーを頼みました。
○
三日後。
まだ日が昇って間もない朝でした。
筋骨隆々、浅黒い肌にぴっちりとしたシャツとジーパン姿の黒ヒゲ店主は、商品のライフルやリボルバーをきれいな布で磨きながら、商人の男を待っていました。
ドアの鈴が澄んだ音を立てて鳴り、入ってきたのは三日前と同じ格好をした男です。
「決められましたか」
「あぁ。まぁ、ちょうど一人の生活も飽きてきた頃だ」
商人の男は一つ頷くと、振り返って店のドアに呼びかけました。
「入ってこい」
ドアを開け、おずおずといった調子で姿を現したのは、伝え聞いたとおりの少女です。
痩せた体。くすんだ金髪。顔を含めて手、腕、肩、首、足。治療は出来ても消すことは難しい切り傷や火傷、刺し傷のあとが目立ちます。
ボロ布一枚に包まれた細い体は、その痛々しい傷跡をほとんど隠せていませんでした。
「……」
強面の店主はますます恐ろしい顔で少女を睨みます。
本人は別に睨んでいるつもりはないのですが、凄惨な少女の状態に眉をひそめた結果、睨んでいるように見えます。
「まぁそう怖い顔しないで下さい。これが礼の品です。お引き取りいただけますね。ではこの書類にサインを」
商人が鞄から出してきた紙切れにくまなく目を通し、どこにも意に違える点が契約内容に入っていないことを確かめると、強面の店主はサインをしました。
紙切れを受け取った商人の男はサインを満足そうに眺めた後、鞄にしまって奴隷の少女の背中を軽く押します。
「ほれ。新しい主人だ。挨拶しなさい」
「はい。これから宜しくお願いします」
商人は、鞄から別の紙を取り出すと、カウンターの上にそっと置きました。先程の紙切れよりとても丁寧な扱い方です。
「こちらは取引していただく弾丸の種類とその量です。追加で何丁かライフルもお願いできますか」
「弾はあるがこの手のライフルはもう少し待ってくれ。2週間もすればそろう。また来てくれ」
「わかりました」
強面の店主はカウンターの中から取っ手付きの木箱を取り出し、ラベルを貼って商人の男に渡します。商人の男は鞄から茶封筒を取り出すと、カウンターに、これまた丁寧に置きました。
茶封筒の中身を確認し、カウンターの書類の全てをよく読み、店主はサインを入れると商人の男に渡します。
「ありがとうございました。また来ます」
「あぁ。まいど。2週間以後の今ぐらいの時間帯に来てくれればいい」
「わかりました」
商人は一つ頭を下げ、鈴の音を残して立ち去りました。
木造の狭い店内には、カウンターと、その奥の壁に大小様々な銃器が掛けられています。ただ、その前に立つ浅黒い巨大な男がその面積の四分の一を占めているので、客側からは銃があまり見えません。
「あの……」
くすんだ金髪の小さな少女は、おずおずと、カウンターの内側で腕を組んでいる店主に話しかけます。
少女がふた言目を放つ前に、店主が口を開きました。
「ここは銃器を扱う店だ。いずれは手伝えるようになって貰うが――――今日からお前は、俺が面倒を見る。いいな」
言った後、店主は、先程までの恐ろしい顔から一転、不器用ながらもニカッと白い歯を見せて笑いました。少女の緊張をほぐすためです。
ボロ切れの裾を掴んだまま少女は、その笑顔を見ました。
そして光の消失した大きな瞳を嬉しそうに細めながら、
「叩いたり、蹴ったり、焼いたり切ったり刺したりして、たくさんいじめて下さいね、ご主人様」
くすんだ金髪の少女は乾いた笑みでそう言いました。