ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ- 作:奥の手
お久しぶりです。奥の手です。
『ガンショップ店主と奴隷との生活 ―てぃーちんぐ・のーまるらいふ』をご愛読いただき誠にありがとうございます。
たくさんの方から感想、コメント、メッセージ、評価をいただきまして、またふとランキングを見た時に日間7位となっておりました。正直に申し上げますとうれしすぎてその日は寝つけず、最近の早朝の冷え込みを直に肌で感じた次第です(訳・うれしすぎて風邪ひきました)
さて、ここにきて前書きらしいことを述べていこうと思います。以下の通りです。
○ 本編を飛ばして蛇足編を読むことはお勧めしません。作者の能力的に「蛇足編から本編という流れでも読めるようにする」という書き方に自信がないからです。(「いや別にワシはかまわんよ!」 という猛者はこのままお進みください。ありがとうございます)
○ 蛇足編ですので「全体としての明確な完結」は期待できません。なんというか……ビジョンが見えないんです……すみません。小話ごとの内容はきっちりさせます。
○ 本編ほどしっかりとした統制はせず、あくまで蛇足編として自由な空気を出していきたいと思います。主にクロスオーバーについてですが大雑把に計画しています。そしてもちろん、クロス先の作品を知らなくても楽しめるよう心がけます。(むしろクロス先の作品が読みたくなるような、そんな物語にしたいなぁと壮大な夢を抱いております)
皆様のご期待に添えられる様な作品になるかはわかりませんが、私本人が楽しんで書いています事、伝われば本望かと思います。
それではどうぞ。
蛇足編 「盗賊の町(上)」
蛇足編 「盗賊の町(上)」
「ここらの草は寒さに強くてな。冬でも青々としてるんだ」
「なるほど、これが草原ですか!」
「ちとちげぇがまぁ似たようなもんだな」
凛とした冷たい空気の中、一台の馬車がのんびりと進んでいました。
左右に遠く見える山々は山頂を白く染め、抜けるような青い空にきれいなシルエットを描いています。
馬車は土を踏み固めた一本道をのろのろと進んでおり、その道を囲うのは足首ほどの高さの草原です。
底冷えする冬にふさふさと生い茂る明るい緑は、この馬車の主、ソカー・シュミットの言うとおり冬に強い植物でした。
町を旅立って二週間。
外はすっかり冬になり、一行の移動した距離もそこそことなりました。東の方角へ進んでいますがあたりは山に囲まれており、行ってしまえば都市部というより田舎のほうへ進んでいます。
自然豊かな旅路と言えば素敵なものかもしれません。
「ここらへんだな。休憩にするか」
「はい。じゃあ昼食の用意をしますね」
「おう頼む。おーいレミィ飯だぞ」
「はいはい聞こえてるわよ」
荷台からの応答と同時にソカーは馬を草原へ進ませ、土の道から馬車をどかせます。
御者台にはアイビーとソカーが並んで座っていましたが、馬車を止めるとアイビーは飛び降りて、小走りで荷台から調理セットと椅子を取り出します。
「俺はちっと休憩するぜ」
「見張りは必要かしら?」
「俺の顔を見張るってか。危険だと思うなら見張ってろ」
「四六時中目が離せないくらい危険だとおもうわ。あなたの顔が」
「言ってろ」
御者台で大きく伸びをしたソカーはのっそりと降りると、すぐそこの草にムキムキの巨躯を横たえて、浅い眠りに入りました。
「人っ子一人いない草原よ。見晴らしもいいし、警戒するほどでもないわね」
ひとりごちたレミィはすたすたと歩き、アイビーのほうへと向かいます。
季節は冬の初め。
あたりはすっかり冷たい空気が立ち込めていますが、レミア・アンダーソン――――レミィの服装は軽いものでした。
さすがにショートパンツとタンクトップといった苦行装備ではありませんが、ジーパンに白の長袖シャツ、軍用のブーツだけといった動きやすい服装をしています。カウボーイハットはかぶっていません。
背中の中ほどまで伸びた茶髪は毛先に若干の癖があり、薄いシャツ越しにわかる細いシルエットと相まって、妙齢の雰囲気が漂っています。
「アイビーちゃん、何か手伝うことある?」
「あ、レミィさん! すみません、あそこの箱を取りたいんですが背が届かなくて……」
「まかせて」
荷台の高いところに積まれていた木箱を、背伸びをしながら取ろうとしていたアイビーですが、10センチほど手が届いていませんでした。
アイビーよりもずっと背の高いレミィは楽々と木箱を取って、笑顔でアイビーへと渡します。
「ありがとうございます!」
「いいのよ。ほかに何か取って欲しいものとかあるかしら?」
「いえ! この調味料でそろうのであとはお任せください!」
「そう、じゃあ銃の手入れでもしてるわね」
アイビーは荷台から少し離れたところで火をおこし、干した肉をあぶる準備に取り掛かりました。
「よっと」
幌付きの荷台、その後方に腰かけたレミィは、自分の身長の半分ほどの大きさのライフルを手に取って、その
ただ、視線はちらちらとアイビーのほうを向いています。手元の作業はまるでついでかのように、アイビーのほうに注意を向けていました。
黒い長ズボンに厚手の鼠色トレーナーを着込んだアイビーは、服装こそかわいらしいものではありませんでしたが、ちょこまかと動く様子にレミィの頬は自然と緩みます。
「ほんっと、かわいいわねあの子」
小さな声でつぶやきながら、レミィは手元のライフルに油をさしていきました。
○
もともとアイビーは料理ができませんでした。
それは、料理というものがなんなのかを知らなかったというのもありますし、意図的に豪華な食事を記憶から排除していたせいもあります。奴隷になる前の記憶も例外ではありませんでした。
しかしソカーとの食事。
肉やスープ、サラダを目の当たりにした今の彼女には、料理というものがどのようなものかしっかりと頭に入っています。
「うまそうだな……」
その結果、アイビーは一行の胃袋をすっかりつかんでしまいました。
肉のおいしそうな脂と香辛料の香りに目を覚ましたソカーは、のそのそとアイビーのもとにやってきて自然とそう漏らします。
「もう少し待ってくださいね。火力をあげて表面をカリカリにしますから」
「すげぇな……」
「えへへ」
一流レストランで出せる、というとすこし言いすぎですが、二流やファミリーレストランでは目玉商品にできるほどの腕前にはなっていました。
○
絶妙な焼き加減の程よくスパイシーな肉。それとキノコで作ったスープが出来上がると、一行は輪になって各々食べ始めました。
骨付きのそれをしっかりと持ったアイビーは、ど真ん中からかぶりつきます。
表面をカリッと焼き上げ、中はホクホクとした肉、しかし噛めば噛むほど閉じ込めた肉汁があふれるそれを、口いっぱいに満面の笑みで
「相変わらずうまそうに食いやがる」
「はっへ、ほんほうひ――――」
「飲み込んでからしゃべるんだ」
「はひ」
嬉しそうにかじっては飲み込み、かじっては飲み込んで時々スープをすすって再びかじるアイビーを、残りの二人も胃袋を満たしながら笑顔で眺めました。
○
「そろそろ出るが、アイビーはどうする? また前に座るか?」
「あ、いえ、今度は後ろにします! 読みたい本があるので」
「おう。レミィは?」
「あたしも後ろで」
レミィとアイビーが荷台へ乗ったのを確認して、ソカーは馬車を進めました。
前と後ろにどこまでも続く草原の中、一本だけ走っている茶色い道。踏み固められただけのそこを、三人を乗せた馬車がのんびりと進みます。
荷台ではアイビーが本を開いて静かに読み、レミィはまた別の銃を整備していました。
「…………」
整備していますが、ちらちらと、本を読むアイビーのほうへ視線が動きます。
(…………この子、字が読めないはずなんだけどなぁ。まぁ、気にすることじゃないか)
降って湧いた疑問ですが文字通り、レミィは気にも留めずアイビーの観察兼銃の整備に意識を向けました。
○
「ふぅ……おもしろかった」
お日様がそこそこ傾いた頃。
馬車の荷台に小さく、そんな声が響きました。
「お? 読み終わったのか」
御者台と荷台の間には仕切り板があり、そこが開けられてソカーの声が届きます。
荷台の端ではライフルを抱えたレミィが座り込み、葉巻をふかしてボーッと景色を眺めていましたが、二人のその声に視線だけ反応したようです。
「はい! 最後のほうの理論はちょっと分からなかったのですが、〝かわせ〟についてはちゃんとわかりました」
「あぁ、信用創造のところはめったに使うもんじゃねぇから今は気にしなくていい。五冊目読破おめでとう」
「ありがとうございます!」
二人のやり取りを聞いたレミィは表情には出さず、
(えええ、どういう事かしら!? しんようそうぞう? かわせ? あたしでも何のことかピンと来ないのにこの子何言ってんの? っていうか字読めるの?)
「マスター、次の町ってどんなところなんですか?」
レミィは心底気になることができてしまいましたが、本人に直接聞く前に話題が移ってしまったようです。仕方がありません。聞くのはまた今度です。
「次の町はな、ちぃとばかし良くねぇところなんだ」
「よくない、ですか」
「なんでも盗賊が定期的にカモにしているらしくてな。町の周りに城壁まで作ってるって噂だ」
「へぇぇ……でも、盗賊さんって城壁までは超えられないんじゃ」
「やつらは身軽だからな。夜の暗がりを上手に使って町へ忍び込むんだ。んで、金目の物を取ってトンズラする」
「城壁意味ないじゃないですか……」
「誰もが思ってるぜ」
微妙な顔をしたアイビーとニヒルな笑みを浮かべるソカーに、レミィは声を投げました。
「それちょっと古い情報だわ」
「ん?」
御者台からソカーが振り返ります。すぐに前を向きましたが、興味がそそられたのか弾んだ声で訊き返します。
「そりゃ本当か?」
「えぇ。盗賊団は数か月前に潰されたそうよ。ただ、その潰した組織が今度は問題になってるわ」
「組織? 討伐隊が動いたとかか」
「だったら良かったんだけど、戦争屋崩れの敗残兵が寄せ集まってできた集団なのよ」
「うっわ……」
「え? え? レミィさん?」
ひとり、話についていけないアイビーがレミィのほうへ向き直ります。
「えっと、盗賊さんはいないんですよね?」
「そうよ。今じゃその〝盗賊さん〟より好戦的で強い集団がはびこってるの。まぁ、わかりやすく言うと〝平気で人を殺すやつら〟ね」
それを聞いたアイビーの顔が不安の色で染められますが、レミィには予想通りの反応でした。すぐに続けます。
「でも大丈夫よ。そいつらは数か月に一度しか動かないらしいし、この馬車とアイビーちゃんを守ることくらい造作もないわ」
「俺は入ってねぇのかよ」
「体長2メートルを超えた筋肉山が、だれに守ってほしいって?」
「それもそうだな」
くすくすと笑うアイビーに、レミィもつられて静かに微笑みました。
○
「レミィさんて、昔から商隊の護衛をしていたんですか?」
「いいえ、もともとは国軍の指揮官だったわ」
「こくぐん?」
「そうね……旅の間お世話になるし、あたしの身の上話くらいしてあげてもいいかしら」
「あんま変なこと話すなよ」
「そんな変な人生じゃないわよ失礼ね」
どこから話そうかしら……、と宙を見るレミィに、アイビーは食いつくような視線を向けます。興味津々といった様子でした。
「そう、とりあえず15歳の時に家出したわ。原因は何だったか忘れたけど、家が嫌いだったのは間違いないわ」
「家が……家族が嫌いだったんですか?」
開口一番からアイビーにとっては衝撃的な内容でしたが、レミィはそれに気が付いている様子ではありません。
「えぇ、あたしにとって家族は鎖でしかなかったの」
「そうですか……」
「あくまで〝あたしにとって〟だからね、アイビーちゃん。だからそんな悲しそうな顔しないで」
言われたアイビーは自覚していませんでしたが、肩を落としたような表情をしていました。
家族のぬくもりをわずか5歳で奪われたのですから、当然と言えば当然の反応です。レミィもそのことに気が付いたのでうまくフォローをして、話を続けました。
「それからあたしは海を渡ってこっちの大陸に来たの。家を出るときに持って行った銃があってね、どこだったか忘れたけど狩りをして生計を立ててたら、たまたま軍のヘッドハンティングにかかってお呼ばれしたわけ」
「じゃあ、それがきっかけで軍隊に?」
「そう。それもチンケな民間風情じゃなくて正規の国軍にね。あ、国軍の意味は分かるかしら?」
前後の話からそれが何であるか、なんとなくわかったアイビーはそのことを伝え、続きを促しました。
ソカーも御者台から何度か振り返り、レミィの話を聞いているようです。
「で、それが確か16の時ね。そのあと一年で上位組織の部隊に入ったわ」
「入隊一年で昇進かよ。何したんだ?」
「あたし射撃は昔から得意だったのよ。早く大量に正確に当ててたらすぐに昇進したわ」
「わかりやすいな」
「あたしもそう思う。まぁそんな感じで、上位部隊入隊後もあたしは手を緩めなかったし結果も出していったわ。で、気が付いたら部下がたくさんいたのよ」
「何人くらいだ?」
「直属は千人前後ね」
「マジかよ大隊長クラスじゃねぇか。じゃあ階級は――――」
「少佐よ。18の時」
「なんなんだこいつ」
「史上最年少とかって言われたけど、どうでもよかったわ」
本当に、心底どうでもよさそうな顔でそう語ったレミィに、アイビーが質問をします。
「でも、そんなに凄いのにやめちゃったんですよね?」
「まぁね。なんというか、あたしには合わないなぁって思ってきたの。階級が上がると実際に戦場で撃つ機会は減っていく一方だし、書類提出とか情勢報告とか本当に面倒だった」
その面倒さを思い出したのか、顔をしかめながらゆっくりと首を振ったレミィは、手元のライフルに視線を落とすと微笑みながら撫でました。
「やっぱりあたしは銃を撃つほうが向いてるって思ったのよ。だから20歳になった時に自主除隊して、この職に就いたってわけ。今年で五年が経つわね」
「デスクワークや部下を従えるようなタマには見えねぇもんな」
「バカにしてる?」
「事実、頭使うのそんな得意でもねぇだろ。二年も見てりゃわかってくる」
「まぁその通りなんだけどね」
苦笑して肩を揺らすレミィは、ひとしきりするとアイビーのほうをまっすぐに見て言いました。
「こんなだから、戦うことと守ることに関しては信頼してくれて結構よ。あなたたちは絶対に死なせないわ」
○
「あれだな」
太陽がだいぶ傾き、空が茜色に染まりだしたころ。
草原の緑がオレンジ色に変わる中、地平線の向こうに何やら塊が見え始めました。
「あれが城壁ですか?」
「おうよ」
「アイビーちゃん、これで見てみる?」
「はい!」
レミィから望遠鏡を受け取ったアイビーは、荷台と御者台を仕切る板の間から、馬車の揺れに転ばないように気を付けつつ望遠鏡をのぞきました。
前方五キロほど先。
たしかにそびえたつ灰色の城壁が、弧を描いて佇んでいるのが見えます。
「日が落ちる前に壁まではいけるだろうが、中へ入れるかは怪しいな」
「その場合町のすぐ脇で野宿ね。一晩中警戒することになるから、あたしは今のうちに寝とくわ」
「おう。アイビーも、何があるかわかんねぇから今のうちに寝とけ」
「わかりました!」
○
太陽は西の空へ沈み、わずかに残った残滓が空を淡く染める中、一行を乗せた馬車は城壁にたどり着いていました。
「ようこそ、わが町へ」
旧式のマスケット銃を背中に背負い、腰にはサーベル、手には槍を持った門番がソカーに一礼して話しかけます。どこか疲れた表情を浮かべています。
「入町でしょうか?」
「まだ入れるか」
「えぇ、ギリギリですが手続きはすぐに終わります」
「じゃあ頼む」
門番の言う通り数分で門は開き、ソカーの操る馬車はゆっくりと町の中へ入っていきました。
入ってすぐ右手には詰め所があります。その先は馬車2台分、つまりすれ違えるだけの広さの道が町の中心部へと伸びていますが、あまり人影は見えません。
ソカーは詰め所の近くで、外にいた門番と同じような格好の人間を見つけました。若いです。彼も門番でしょう。
そしてやはり疲れているように見えます。
「ちょいとそこのあんちゃん」
「はい。何でしょうか……」
「近頃この辺は物騒だと聞くが、あんちゃんのその重そうな装備は何に使うんだ?」
「ご想像のとおりかと思われます。ここから山を5つ超えたところで大規模な戦闘があり、その敗残兵がこの近辺に居座ってしまったのです」
「どおりで重武装なわけだ」
「24時間体制で城門を警備しておりますが、この一か月で二度も襲撃されています」
なるほど外の門番も目の前の若者も疲れた顔をしているわけです。
レミィの情報とも違っていました。数か月に一度しか動かなかったというのはどうやら過去の話で、今では頻繁に襲撃されているようです。
(運の悪い……しかし引き返すのも悪手なんだよなぁ)
前の町で買い付けた武器は、何かと物騒なうわさの立つこの町では高値で売れるものでした。情勢が変わっているとはいえ売れるのであれば売りたいものです。
ソカーはそのいかめしい顔に苦悶の色を浮かべ、続けて質問しました。
「一番最近の襲撃はいつだった」
「ちょうど一週間前でしょうか……ここの門が破られ、周辺の家々から金品が略奪されました」
「門が破られたのによく町が奪われなかったな」
「はぁ……それは、まぁ、何とか防げたといいましょうか……」
言葉を濁す若者にソカーは違和感を感じました。
(ふつう自分のトコの軍隊が敵を追い返したら、もうちっと自信もって話しそうなんだがな)
商人の勘でしょうか、まだ聞きたいことはありましたが完全に暗くなる前に宿を取らなければいけません。
あまり時間がありません。
「まぁ、いいか。大変だろうがしっかりやってくれ。お前さんの背負ってるものは矛じゃなくて盾だからな」
「は……え……?」
「そのうちわかるさ」
〝守るものがあるほど戦う人間は強くなる〟
という教えでしたが、例外がすぐ後ろの荷台で寝ているのを思い出してソカーは複雑な気持ちになりました。
○
すっかり日も落ちて、あたりは街灯の弱々しいオレンジ色で照らしだされる頃。
一行は馬車を止められる宿屋に着きました。
古く黒ずんだレンガで作り上げられるこの町は、よく言えば歴史ある、悪く言えば古臭い町でした。
それは宿屋も例外ではありません。
馬車を預け、やや大きめの部屋を一つとったソカーたちは、だいぶ使い込まれてヘタってしまっているベッドに腰かけながら一息つきます。
荷台の商品はこの町の商会に預けました。旅の行商人の商品を一手に管理する組織であり、別の町にも同じ名前の商会があります。いわゆる支店というやつで、この町にもその一つがありました。
「何はともあれ、数日ぶりのベッドだな」
三人が入ると少し手狭に感じるこの部屋には、ベッドが二つしかありません。ソカーとアイビーはいつもくっついて寝るので問題はありませんが、あまり大きなものでもないので少し窮屈そうです。
ただ、地面に寝袋を敷いて寝たり、荷台の堅い床にマットを敷いて寝るよりは幾分かマシですから、誰も文句なんて言いませんでした。
「マスター、おなかがすきました」
「おう、そうだなアイビー。通りがてら酒場があったから、そこでなんか食えるだろう。レミィはどうする?」
「あたしは寝とくよ。万が一襲撃が来たらコトだしね。ここで番しとく」
ホルスターに収めた二丁のパーカッションリボルバーを枕元に置き、ボルトアクション式のライフルをベッドに立てかけると、レミィはそのままごろんと横たわりました。
「んじゃ、行ってくる。後は頼むぞ」
「はいはい、おやすみ」
「おやすみなさい、レミィさん」
○
町は中心部にもかかわらずあまり人が出歩いていませんでした。
街灯として吊るされているランタンの、暗いオレンジ色と相まってこの古臭い路地はなかなかの雰囲気を出しています。
「特に何もねぇと思うが、万が一のためだ。俺から離れるなよ」
「はい」
二人は来る時に見かけた酒場を目指して歩き、しばらくするとたどり着きました。
中に入ると人はあまりおらず、とてもにぎわっているような様子はありません。
「仕事の終わり時、ほかの町なら一番客が集まる時間帯だ。それでこの閑散っぷりか」
「流通が止まっているのでしょうか?」
「あり得るな。略奪沙汰で支払い能力の落ちた所に、分かっててものを売るアホはいねぇ――――っと、メニューはこれか。お前も好きなの頼みな」
「ありがとうございます!」
カウンターの椅子に座りながら、まるで商人同士がするような会話を交えて、ソカーとアイビーはそれぞれメニュー表を眺めはじめました。どちらも文字しか書いていません。
「じゃあ、私、この〝ビーフストロガノフ〟っていうのにしてみます。ビーフってことは牛のお肉を使ってるんですかね?」
「そうだな、肉を煮込んだ料理だ。元は北のほうの国のメシらしい」
「楽しみです!」
「俺は……あぁ、これにするか」
そうしてアイビーはビーフストロガノフ、ソカーはフルーツパフェとレモネードを注文しました。
○
「お待たせしました。ビーフストロガノフとフルーツパフェです」
給仕の女性は料理を持ってくると、アイビーのほうへパフェを置きました。
「あ、ねぇちゃんそりゃ俺のだ」
「はい――――えァッ? あ、はい、申し訳ございません」
一瞬驚愕の表情を浮かべて何やら変な声が出たお姉さんでしたが、すぐに真顔に戻ってそれぞれの前に料理を置き直しました。
黒ひげ禿頭筋肉ムキムキのマッチョマンが晩飯にフルーツパフェを食べるとは誰も思いません。お姉さんは悪くないでしょう。
給仕の女性が去ったあと、アイビーは心配そうに訊きました。
「マスター、あまり甘ものばかり食べていると体調を崩しませんか?」
「大丈夫だ。むしろ元気になる」
いったいどんな体の構造をしているのかアイビーはとても気になりましたが、かすかな遠い記憶、アイビーがまだ奴隷になる前のソカーの食事も、よくよく思い返せばこんなものばかりだったような気がします。
(いやでも私が作る料理くらいはせめて健康的なものにしよう……そうしよう)
固くアイビーは決心しました。
○
食事を終えた二人は宿へと帰ります。来た時と同じ道、ランタンの不気味な光と仄暗いレンガの道です。
あたりに人影はちらほらとしか見えず、夜も相まって気分が沈んでしまいそうですが、打って変わってアイビーとソカーはご機嫌でした。
「おいしかったですね! マスター!!」
「あぁ、てっきりひでぇもんだと決めつけていたがそんなことは無かった。流通が止まっているようでもねぇしな」
「お肉がとっても柔らかかったです!」
「そいつはよかった。作れそうか?」
「味も見た目もばっちり覚えました。何度か試させていただければ、作れる自信があります!」
「ぜひ頼む」
「任せてください!」
にこにこと満面の笑みでうなずいたアイビーと、同じく黒ひげの口角を嬉しそうに上げたソカーは、薄暗い街道を明るい雰囲気で歩き進めます。
「ところでマスター」
「おう、どうした」
「次に読む本なんですがどうしましょう? 何を読んだらいいですか?」
「そうだな……為替と流通と貨幣は読んだし……まぁ、自分が読みたい本を読めばかまわねぇんだが」
「どんな本が良いのかまだよくわからないんです」
「だよな。んじゃあ今度は文学作品でも――――」
ソカーが言い終わる直前。
腹の底から響くようなけたたましいサイレンが、町中からあふれかえりました。
まるで地獄の開放を警告するかのような、嫌に危機感をあおってくるそのサイレンに、アイビーはたまらず耳を押さえます。
「チッ、最悪だ――――こりゃ襲撃か何かの警告音だ! アイビー、走るぞ!!」
「は、はい!!」
今にも泣きだしそうな顔で怯えていたアイビーは、ソカーの丸太のような腕に一瞬で抱えられ、その場を去りました。
○
「レミィッ!」
「起きてるわよ。趣味の悪い目覚ましだこと」
蹴破る勢いで部屋の扉を明けて入ると、レミィはそんな軽口をたたきながら迎え入れてくれました。
しかしその表情は真剣そのもので、手にはボルトアクション式ライフルを抱えています。
「十中八九、野盗どもの襲撃よ。どうするつもり?」
「逃げようったってそうはいかねぇよな。何とかして馬車と商品を守る」
「つまり商会へ行くってこと?」
「とりあえずそうだ。もし統制が敷かれて外出できねぇなら――――」
レミィの目が変わりました。
ソカーが言い終わるより前に、彼女はたった今ソカーとアイビーが入ってきた扉に向けてライフルを構えます。一瞬です。
「撃たれる前に姿を現しなさい。そんな扉じゃ紙も同然よ」
「ひ、ひい! 頼む、ううう撃たないでくれぇ!!」
レミィに言われるや否や部屋に転がり込んできたのは、赤いチョッキを着た中年の男です。整えられていない髭がまるで盗賊か何かのような不潔感を醸し出しています。
「五秒時間をやるわ。つけて来た理由を話しなさい。5――――」
「ま、まってくれ! 悪さをするためにつけたんじゃない!」
「4――――」
「おおお、俺は、ボスに言われて!」
「3――――」
「この町を守る手助けを呼べって! 今日町に入ったやつらが使えるからって!」
「2――――」
「あああ、あんたら、武器商人だろ!? いい武器持ってんだろ! 助けてくれって!!」
「1――――いいわ。城壁まで案内しなさい」
「へ?」
「一刻を争うのよ。アホ面晒してないで早く案内しなさい。一番近い道を使って」
「わ、わかりましたぁ!」
赤いチョッキの男はがくがくと体を震わせながら部屋から出ていき、レミィはソカーのほうを振り返ります。
「って流れになったわね」
「おうよ。どうするつもりだ?」
「とりあえず現状を把握してくるわ。どうにもならなさそうだったらここに戻ってくるから、アイビーちゃん連れてすぐに逃げられる準備をして」
「任せとけ。戻らなかったときは?」
「なんとかできてるわ。その時はゆっくりコーラでも飲んでていいわよ」
「了解。おまえの分はどうする」
「ビールで」
「あいよ」
二丁のパーカッションリボルバーを腰のホルスターに入れて、ボルトアクションライフルを肩に担いだレミィは、そのまま颯爽と走り出ていきました。
部屋の中。
外では尋常ならざるサイレンが鳴り狂い、ところどころから大口径の銃声が聞こえてきます。
ランタンのオレンジで照らされた室内には、二人の人間が居ました。
「さて、夜逃げの準備だ。銃よし、靴良し、コーラは……あぁ、下の荷物の中だな。頃合いを見て冷やしとくか」
浅黒い肌のもりもり筋肉。いかつい黒ひげに恐ろしい顔のウェポンディーラーと、
「……えっと、マスター? 何があったのかよくわからないので、教えてもらってもいいですか??」
目を点にして固まっている、金髪碧眼のかわいらしい少女だけが、静かに取り残されました。