ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ- 作:奥の手
「なるほど……ね」
青白い月が夜のとばりに降りかかり、弧を描く灰色の城壁を薄く照らすような、そんな明るい夜の中。
てんでバラバラに立って、旧式のマスケット銃をめちゃくちゃにぶっ放している衛兵を見て、レミィは呆れた様子で呟きます。
「配置もなく、連携もなく、統制やカバーも考えない。町のおまわりさんはそろって無能ってわけね」
自分のボルトアクションライフルを肩からおろし、ボルトを開いて初弾を込めて。
予備の弾倉も忘れず持ってきていることを確認して、ひとしきりの射撃準備が整うと、レミィは再びあたりを見回しました。
そこそこ高い城壁の上。
馬車がすれ違えるくらいの、つまり人が動き回るには十分な幅のある城壁の上には、弾除けや射撃装置、弾薬の詰まった木箱などが配置されていました。
その間を縫うように、赤い軍服に身を包んだ衛兵たちが、慌てふためいた様子で走り回っています。
「彼らがあてにならないのはわかったけど……奴らは何者?」
レミィが目を細める先。
ここまで案内してくれた無精ひげの男と同じような、赤いチョッキを身につけた男たちが、城壁の上にほんの少数ですがちらほらと見えます。
レミィは彼らが何者なのか、なぜ衛兵と同じように城壁の上にきているのか、とても気になりました。
息を切らしている案内役の男に振り返り、質問を投げかけます。
「あなたたち、何かの組織でしょ? 何者か言いなさい」
「お、俺……ぜぇ……ぜぇ……俺たちは、この町を守ってる……ぜぇ……傭兵みたいなもんだ」
「傭兵がこの程度の距離を走ったくらいで息切らしてどうするのよ」
「俺はちげぇんだ……ぜぇ……書類仕事担当なんだよ……」
そういうと座り込んでしまった男に幾分かあきれたレミィですが、もう一度あたりに散らばる――否、計画性のある配置をしている赤いチョッキ集団を観察します。
どう見ても素人ではありません。
城壁の外にいるであろう外敵の予測位置に対して、あえて正面の狙いやすいところを避けて左右に戦力を配置しています。
少数戦力が最大限火力を活かせる、いわゆる〝不意打ち〟を狙った配置でした。
(傭兵風情が〝事務処理〟の必要な作戦を立てている……? なんか薄気味悪いわね。まぁ、後でマスターに知らせとこう)
とりあえずその疑問は後回しにして、レミィは望遠鏡を取り出しながらそっと城壁の外側の様子を伺います。
高い視点から望む、月明かりに照らされた草原はキレイな景色でしたが、その地平線の向こう側。
薄く土煙をあげながら、けっこうな数の騎馬兵がこちらに向けて走ってきているのが見えました。
「多いわね……まぁでも、あの程度なら」
ボルトアクションライフルを構えます。敵はまだ射程内に入っていません。
「ふぅー…………」
深く息を吐きだして、片目をつむってスコープを覗きます。
黒い十字線だけのシンプルな照準に、先頭の男の頭をとらえます。しっかりと、とらえます。
そのまま数秒後。
――――敵が、射程内に入りました。
ばがんッ!
腹の底に響き、夜の空に消えていった発砲音とほぼ同時に。
「……」
スコープ越しの男の頭が、一瞬にして消えました。
着弾を確認するや否や、レミィは目にもとまらぬ速さでボルトを操作。次弾を薬室に詰め込みます。
「ふぅー……」
肺にある空気を一度すべて吐き出して、それから少しだけ息を吸い。
ばがんッ!
前から二列目にいた男の頭を飛ばします。
主が居なくなった馬は、徐々に失速し、来た道を優雅に戻っていきました。
ばがんッ!
ばがんッ!
ばがんッ!
――。
――――。
――――――。
「…………」
撃っては給弾。撃っては給弾を繰り返し。
弾倉内の弾を撃ち尽くすとすぐさま装填。
再び撃っては給弾。撃っては給弾を繰り返すこと計3回。
合計射撃回数32回。
月明かりに照らされた草原には、主を失った馬が32頭、むしゃむしゃと優雅に草を
赤いチョッキを着た男たちは、レミィの様子を、ただただ遠目に見ていました。
○
「報告は以上よ。ビールもらうわね」
「おう」
先ほどまでのサイレンが嘘だったかのように、静まり返った古臭い町。その一角。
古びた宿屋の二階の一室、オレンジ色の暖かな光に満たされているその部屋で、三人の人間が飲み物を片手に話していました。
柔らかい生地の黒ズボンに白いセーターを着たアイビーは、コーラ瓶を片手に。
いつものジーパンに黒のトレーナーを着たソカーはレモネードを片手に。
同じくジーパンに白のブラウスを着たレミィはビールを片手に。
へたり込んだベッドに腰掛けて、ひざを突き合わせていました。
「にしても妙な連中だな。赤いチョッキの奴ら」
「ええ。というか、この町自体がなんか変よ。外敵を片づけて1分もせずに警戒を緩めるし。衛兵はびっくりするほど役立たずだし。その衛兵は赤いチョッキの連中と関わりたくないようなそぶりだったし。なんなのかしら」
「謝礼の話とかなかったのか。ほとんど一人で片づけちまったんだろ?」
「それなんだけど」
ビールを一口傾けたレミィは、さも疑問気な表情で口にします。
「明日、あたし一人で町の端にある建物に来てくれって。住所はこれね」
「おまえ一人でか」
「えぇ。……あら、もしかして心配してくれるのかしら?」
「誰の心配をするって? 死神め」
「ありがとう」
ハッハッハッ! と豪快に笑いながらレモネードの瓶に口を付けたソカーでしたが、ひとしきり笑うとまじめな顔つきで、アイビーとレミィに視線を合わせました。
「…………冗談抜きで、すぐにこの町を出るぞ。とっととズラからねぇと何かやばい」
「でも、前の町で買った商品を売らないと赤字になりますよ?」
心配そうな顔で聞いたアイビーに、苦い顔でソカーが答えます。
「仕方がねぇ。赤字じゃすまねぇ可能性もあるからな。まぁ別のところで稼ぎゃいいってもんよ」
「じゃあ、レミィさんの謝礼も……」
「行く必要ねぇ。ガン無視して、商会の開く時間になったら預けた荷物もっておさらばだ。レミィ、それでいいか?」
「いいわよ。どうせお礼ってのも、あたしの欲しいものじゃないでしょうし」
「ほう、何が欲しいんだ?」
ソカーは興味を持った様子で質問しましたが、返ってきたのは、
「ふかふかのお布団と温かいシャワー」
○
翌朝。
太陽が顔を出し始めるよりも少し前。
レンガ作りの古びた町には朝もやがかかり、それをほんのわずかな太陽の光が照らし出しています。
ひんやりと肌寒さの感じる宿屋の一室で、アイビーが毛布にくるまったまま、少しだけまぶたを開けました。
「……ます……たー? おはようございます」
「おう、おはよう」
すでにソカーは起きており、外に出るための身支度も済ませているようでした。
その後ろではレミィが、自分のホルスターをいじっています。
「もしかして私、寝坊しちゃいましたか……?」
小さな声でそう言いながら、アイビーはゆっくりと起き上がりました。
でもまぶたが徐々に降りて来ます。まだまだ眠たそうです。
「いや、寝ててもいいぞ。商会が開くのはもっと後だしな」
「……? でも、なんで、着替えて……?」
「一応な。お前を抱えて逃げ出す必要があるかもしれねぇし」
「!」
一瞬で目を見開いたアイビーは、今度こそしっかりと覚醒し、ベッドから降りました。
「そんな、私だけ寝ているなんてできません! すぐに着替えます!」
「いやまぁ一応の警戒だからそこまで切羽詰まっているわけじゃねぇぞ」
「でも、です!」
手際よく寝巻を脱ぐと、昨日の夜も身に着けていた柔らかい素材の黒ズボンと白いセーターを着こみ、アイビーも出発の準備が整いました。
太陽が完全に顔を出したころ。
町にはちらほらと人の姿が見え始め、散歩をする者や巡回の衛兵、店開きの準備をする者が現れます。
一行もこれから宿を出て、馬車に乗って商会へ行こうとしていました。
「忘れ物はねぇな?」
「優雅な町滞在を忘れてるわね」
「ハナから持ってねぇよ」
「また来た時に、というのはどうでしょうか?」
「いつになるやら……」
「えへへ、そうですね」
ボルトアクションライフルは麻布に包まれ、その他荷物も一つにまとめられたのを確認すると、ライフルと荷物はソカーが、部屋の鍵をアイビーが持ちました。レミィは手ぶらです。
「そいじゃ行くか」
ソカーが言ったその時でした。
こんこん、と控えめに、部屋のドアがノックされました。レミィが右手でリボルバーを抜き、ゆっくりとドアの前に立ち、
「どちら様?」
まるで出のいい貴族のように、丁寧な口調の返事をしました。しっかりと銃口を向けています。
言葉の優雅さと見た目の物騒さで、何とも言えない状況です。
「ごめんくだせぇ、昨日の謝礼の件であがらせていただきやしたぁ」
随分と口調にクセのある男の声がします。昨日この部屋に来た男とは違っていました。
「謝礼? 何の事かしら」
「そりゃあねぇですぜお嬢さん。しかとその腕、この目で見させていただきやした。ぜひ、お連れさんも一緒でいいですから、ボスのところに顔出してくだせぇ」
「…………」
レミィの表情が険しくなりました。ソカーとアイコンタクトをして、ドアの前にソカー、部屋の奥にアイビー。レミィは部屋の端にあるガラス窓から、外の様子をそっと伺いました。
囲まれています。
赤いチョッキを着た連中があからさまに通りを歩いており、向かいの建物の二階にも、チョッキこそ着ていませんがこの部屋をちらちらと見ている者がいます。
レミィはドアの前に立ち、
「ご丁寧にお迎えまでくれるのね。謝礼は期待してもいいって事かしら?」
「受け取ってもらわなきゃ困るんでさぁ。まぁ、確認はすんだようですし、そちらに〝ついてくる〟以外の選択肢、ないんじゃありやせんか?」
レミィの目に一瞬殺気が宿りましたが、ソカーが優しく肩を叩き、首を横に振ったので、いつもの様子に戻りました。
「どうしやす? もう出られますか?」
「えぇ、一分待ってくれるかしら」
「かまいませんぜ」
レミィとソカーはドアから離れ、アイビーも近くに寄せて小さな声で話し始めます。
「どうしようかしら?」
「どうもこうも囲まれてんだろ。ついて行くしかねぇよ」
「どう考えても罠よ? 道中で片づけるって手も、なくわないわ」
「町の中で騒ぎはマズい。腐ってても衛兵は追ってくる」
レミィも納得したのか、一度うなずいてアイビーのほうを見ます。
「アイビーちゃん、これを渡しておくから、もしもの時にはためらわず使うのよ。教えた通りに」
「は、はい…………なるべく、使わなくて済むように祈っています」
「えぇ、それが一番なんだけどね」
レミィは腰のポーチから小型のリボルバー拳銃を取り出して、アイビーに渡しました。
そうこうしているうちに一分が経ちました。
三人はドアを開けて、そこにいた男の案内で、朝もやの残る街の中を歩いていきました。
○
「いやはやようこそ! 我が商館へ」
城壁に囲まれた町の、端っこのほうの一角に、その建物はありました。
白い壁が緑のツタに侵食され、ろくに手入れされていないのか、ところどころに苔が生えています。
高さは三階建て。城壁の影がちょうど一日のうちの大半をその建物にかぶせているせいで、この区画はひどくじめじめした空気でした。
そんな建物の入り口。木造の二枚開きになっている扉の前で、神経質そうな目をした男が立っています。
濃い紫の燕尾服に真っ赤なネクタイ。白みがかった髪をオールバックにし、レンズが一つしかない片眼鏡をかけていました。
男は、決して本心などではない貼り付けた笑みを浮かべながら、続けてソカーに話しかけます。
「馬車と荷物は向かいの建物へお入れください。倉庫になっております」
「おう」
白い手袋をした手で指さされた方向を見つつ、ソカーはなるべくぶっきらぼうに返事をしました。
馬車と商品を倉庫に入れ、ここまで案内役としてついてきた赤いチョッキの男に再び先導されながら、一行は三階建てのじめじめした商館へ入っていきました。
中は薄暗くこれまた湿った空気ですが、しかし営業している様子はうかがえるほどに、数人が書類や紙束を手に行き来しているのが目に入ります。
一階の奥の部屋に通され、少々高そうな扉の前に来ると、赤いチョッキの男がノックをしました。応接室のようです。
三人は部屋の中へ入りますが、赤いチョッキの男だけはそのまま立ち止まり、一言「では」とだけ言って、どこかへ行ってしまいました。
部屋の中には低いガラス製のテーブルをはさんで、革でできたふかふかのソファーが向かい合わせに置かれています。片方には、先ほどの神経質そうな男が座っていました。
「どうぞおかけください」
「遠慮なく」
そう言いつつ座ったのはソカーとアイビーだけでした。
アイビーは首をかしげながら、ひそひそ声でソファーの後ろに立つレミィに話しかけます。
「座らないんですか?」
「あたしはいいわ」
レミィの視線は、部屋の隅で立っている、腰に自動拳銃を装備した男に向けられていました。
部屋全体を見渡せるような、というやつです。レミィはずっと、その男をにらみ続けました。
○
「単刀直入に申し上げましょう。あなた方に仕事の依頼がしたい」
片眼鏡を付けた神経質そうな男は、やはりニタニタとした笑みを張り付けたまま、開口一番そう言い放ちました。
「その前に確認してぇことがある。あんたらのことだ。それがわからなきゃこっちとしては米粒一つ取引するつもりはねぇ」
「ええ、わかっていますとも。我々がここにあなた方を招いたのは、決して何かたくらみがあっての事ではないとだけ、先に伝えておきたかったのです」
嘘だな、とソカーはあっさり見破ってしまいましたが、しかしこの男のたくらみがなんであるかは今のところ分かりません。
ソカーは話を促します。
「とりあえず質問だ。うちの護衛が言うには、あんたらはこの町の傭兵のようなものだと言ったそうじゃないか。それがなんだ? 傭兵風情が商館を名乗るってのは、どういうことだ?」
ソカーはわざと、ケンカ腰で話を始めました。胡散臭い彼らと友好関係を気付くつもりはさらさらなく、なるべく多くの情報を引き出すために、わざと相手の神経を逆なでしようという魂胆です。
「そうですね。もう隠してもあまり意味がないので明かしてしまいましょう」
もったいぶった様子で片眼鏡の男は言いました。
「我々は盗賊です。いえ、〝元盗賊〟と言いましょうか」
レミィの目が険しくなりました。いっそう凄みの訊いた眼で部屋の端にいる男をにらみつけます。
「我々はこの町の周辺で活動していた盗賊団です。ここ数か月でなわばりを荒らされ、命からがら逃げついた先がこの町でした」
「自分らがカモにしていた町に助けてもらおうってのは、ちょっと虫が良すぎやしねぇか?」
「確かにそうですが、我々はこの町の住民をだれ一人殺してはいません。そのことはこの町の住民もわかっています」
「だからってお前らを
「そういわれるのも無理はありません。誰も殺していないという事実だけでは、我々を信用してもらうことはできなかったでしょう」
小さく首を振りながら、過去の苦労を思い出しているような表情で男はそう言いました。その時の表情は、本物の、本心からのものでした。
そして片眼鏡の男は指を二本立てて、続けます。
「二つです。我々がこの町で生活するために、この町全体と契約したことは」
「ふむ」
「ひとつ、町の経済産業のために商館を経営する事。これはわれわれがこの町で食べていくためにも必要なことでしたし、なにせこの町は城壁に囲まれた閉鎖的な土地柄です。外の町との流通を担う組織が必要でした」
「それなら預り商会の連中がいるだろ?」
「彼らは行商人が仕事相手であって、この町の連中とはあまり仲が良くありません。そこで我々です。輸入した品々を適正価格で市場におろす。これをしている商会は、今のところ我々だけです」
なるほど、とソカーは納得しました。
盗賊の連中も生まれた時から盗賊というわけではありません。
様々な理由で故郷へ帰れなくなった者たちが集まって、それでできるのが〝盗賊〟という集団です。
元が敗残兵なのかそれとも失敗した商人なのかでその性質は大きく異なりますが、彼らの大部分が元商人だったのでしょう。
人を殺さず物だけに執着しているところも、生活のためだったと考えると筋の通った話でした。
「お察しのとおり、我々はもともと商人でした。実力不足が原因で破産し、負債を抱え、どうしようもなく盗賊に落ちた身です。ただ一度失敗しているので、その経験を活かすことに成功しました。人間、どん底を知っていると思い切った行動ができるわけです」
「確かにその通りだ。そして新しい事業ってのは思い切った行動が必要になる。同じ商売人として、そこは賞賛するぜ」
「ありがとうございます」
片眼鏡の男は一度頭を下げ、それから指を一本立てて、話をつづけました。
「この町との信用を取り付けるために我々のやったことのもう一つは、戦力の提供です」
「なんとなくわかってきたぜ。さっきあんたが言った〝大部分〟に属さねぇのが、その戦力ってことだな?」
「お察しが良くて助かります。我々の約二割が、元兵士、あるいは傭兵でした。はじめはこの商館を守るために使おうとしていたのですが、あー……この町の衛兵はご覧になられましたか?」
「どいつもこいつも腰抜けばかりだったわ」
ソファの後ろからレミィが横やりを入れます。片眼鏡の男はレミィを見ながら「そうでしょう」とうなずきました。
「彼らには実戦経験がありませんでした。我々が盗賊として活動していた時に、ほんのちょっと我々と追いかけっこをした程度です。そんな様子で町の防衛が務まるわけもありませんでした」
「それであんたらがこの町の防衛戦力になっていたってわけか」
町に入るとき。
ソカーが城門脇の衛兵に感じた〝違和感〟の正体が判明しました。
一週間前、この町を力ずくで襲った連中を撃退したのは、衛兵ではなく、元盗賊の連中だったのです。
(そりゃ衛兵からしてみりゃ誇れるようなことじゃねぇわな。なるほどな)
得心がいったソカーは小さく首を縦に振り、
「あんたらのことはわかった。商館のくせして妙な戦力を抱えてるなら取引は無しだと思っていたが、具合が違げぇようだ」
「と、言いますと……?」
「取引してやってもいい。あんたらの言う〝依頼〟を受けてやる」
「ありがとうございます」
恭しく礼をする片眼鏡の男を、ソカーとレミィは一切油断のない視線で見つめ、アイビーは終始、じっと黙って空腹に耐えていました。
○
「依頼というのは、端的に言いますと〝盗賊の討伐〟です」
いくつかの羊皮紙と、そして紅茶にお茶菓子の並んだローテーブルに、男とソカーとアイビーは顔を見合わせました。
アイビーの口にはシフォンケーキがパンパンに詰まっています。
「ここから東へ進み、山を二つ超えたところに奴らの拠点があります。我々は奴らのことを
「えらく憎しみが籠っているな。盗賊とは呼んでやらねぇのか?」
「盗んでも自分の物にならないものを盗みとは言いません。命は盗っても自分のものになりませんからね。彼らを盗賊などとは呼べません」
「なるほど、盗賊なりのプライドか」
「左様です。我々のポリシーですからね」
ソカーがうなずく横で、アイビーはもごもごと口を動かしています。
「ところでなんだが、その
「ざっと百は超えているかと。なので、討伐に当たって我々からもいくらか戦力を派遣します。町のはずれに偵察隊が居ますので、彼らと合流してください。もちろん、ここから出発する際にもいくらか護衛を付けます」
「手厚いな。装備は?」
「あなた方に比べるといささか見劣りしますが、標準的な兵士よりは少々いいものを持たせます」
「そうか、いや、そこでなんだがな。うちの武器を買わねぇか? 前の町で仕入れた新式の小銃があるんだわ。いくらか売ってやってもいいぞ」
「本当ですか!? ぜひお願いします。そろそろ装備レベルを一新したいと思っていた頃合いですゆえ」
片眼鏡の男は心底嬉しそうな表情をしました。ソカーの目にも、この笑顔は本心のものだとわかりました。
その横でアイビーが、物欲しそうな顔で未だ手つかずのソカーのシフォンケーキを見ています。
その視線にソカーと、片眼鏡の男が気付きました。
「……食っていいぞ、アイビー」
「え、いいんですか!? やったぁ!」
「そういえば、もしかしてお食事がまだでしたか? これは大変失礼しました。こんな朝早くからお越しいただいて食事も出さず、私としたことが――――おい、すぐに何か持ってきてくれ」
部屋の隅でレミィとにらみ合いをしていた護衛の男は、言いつけられるや否や一礼し、その場を離れました。
拍子抜けしたのか、レミィは一つ肩をすくめ、とりあえずこの成り行きならそこまで警戒することはないかと、安堵の息を吐きます。この部屋にはもう、この商館側の人間は片眼鏡の男しかいません。
完全に信頼するわけにはいけませんし、レミィには気を抜くという選択肢がハナから頭にありませんが、それでも、たった一人の護衛を部屋の外に遣わすということは、この商館側に敵意はないということです。あくまで今の段階では、ですが。
しばらくすると、先ほどの護衛の男がトレイに乗せて、干し肉とサンドイッチを持ってきました。
アイビーの目がキラキラしています。
「羊の干し肉と卵サンドです。どうぞ」
護衛の男がそう言いながらローテーブルに置き、トレイに乗った皿のうちの一つをレミィにも手渡しました。
レミィは一瞬驚きましたが、警戒の色を薄くして、ほんの少し微笑みながら受け取ります。
「いただくわ」
「どうぞ、レミアさん」
護衛の男は再び部屋の隅へ行き、しかし今度はレミィをにらむこともなく、穏やかな表情で部屋の中を見渡し始めました。
数分後。
一行は羊の干し肉と卵サンドをしっかりと平らげ、再び
○
「そいじゃあ、作戦の概要をまとめるぜ」
「はい」
「俺たちはレミィを戦力として基軸に置き、そのサポートをあんたら商館側の兵士がする。悪いが俺たち三人から戦力として出せるのはレミィだけだ。俺とアイビーは馬車に残る」
「それで構いません。それと、この町から出るときには騎馬兵をふたりつけます。山を一つ越えたところで偵察隊が居るでしょうから、彼らも使ってやってください。数は全部合わせても20ほどしかいませんが、馬の扱いと森の中での戦いになれた者ばかりです。戦力比で言えば互角以上の戦いができます」
「装備は俺が売ったやつを持たせればいいな」
「はい。代金はこちらにあります」
片眼鏡の男はソファーの横に置いていた革のカバンから、札束を三つと、黒い縦長の箱を取り出しました。
ソカーは黒い箱には触れず札束のほうを数えます。新式小銃22丁と討伐依頼の前金として、十分な価格と言えました。
「よし、取引成立だ。もしまたこの町に立ち寄ることがあったら、そん時は一度顔を出すぜ」
「ありがとうございます。それからこちらなんですが……」
片眼鏡の男はソカーが黒い箱に一切触れなかったことに若干のショックを覚えた様子で、しかしおずおずとその箱をアイビーに差し出しました。
「なんだ、それは?」
「開けてみてください」
「えっと……マスター、開けていいですか?」
困った表情でソカーを見るアイビーでしたが、ソカーがうなずいたので、ゆっくりと、慎重に箱を明けました。
「…………わぁ」
箱の中には二対のネックレスが収められていました。赤く輝く宝石が先端に一つ、主張しすぎない程度の大きさで付けられています。
「本当は一つしかご用意していなかったのですが、ご婦人が二人見えましたので、急いで用意しました。昨晩のお礼です」
アイビーは生まれて初めて間近に見る宝石に、先ほどの食事が出てきたときと同じくらい目を輝かせています。
レミィも、ソファの後ろからその宝石をちらりと見ましたが、しかしさしたる興味はないようで、すぐに顔をあげました。
「ほんの気持ちです。またこの町へいらした際に、ぜひとも当商館へお越しください」
「ありがとな」
「いえいえ。あぁ、それと、ノマッドを無事討伐していただければ、さらに東へ行ったところにわたくしの部下がやっている商館があります。そちらへ顔を出していただければ成功報酬もお支払いできます」
失敗したときのことを言わなかったのは、その時は全員死んでいるから、という意味合いが言外に含まれていました。
○
城壁に囲まれた古臭い町を後にした一行は、冬の低い日差しが照らす草原の中を、やや急ぎ足で進んでいました。
馬車の両脇には騎馬兵が二騎ずつ、同じ速度で走っています。赤いチョッキに白っぽい布を口元に巻いた、そしてソカーから受け取った新式の小銃を背中に背負った騎馬兵です。
馬車の荷台にレミィとアイビー、御者台にはソカーが座っています。
「レミィさん、商館の方々が町からついてきたのは、私たちが逃げ出さないためですかね?」
「さぁ? あたしにはよくわからないわ。でもそうかもね。前金だけ取って逃げちゃわないように、ってことかもしれないわね」
ゴトゴトと揺れる
アイビーは荷台の奥のほうで、小さなリボルバーを大事そうに両手に持っています。その人差し指はちゃんと伸ばされていて、銃口も床に向けられています。
「一つ目の山が見えてきたな」
御者台からソカーの声が聞こえました。
○
森の中。
冬の日差しがまばらに差し込み、高い針葉樹林がそこかしこに生い茂る森の中。
うっすらとあたりは白く雪が積もり、赤茶けた一本の林道以外は、右も左も木の幹と雪のじゅうたん以外何もありません。たまに、野ウサギやリスが顔を出しますが、林道をゆっくりと進む馬車とお付きの騎馬兵にはどうでもいいことでした。
差し込む光が矢のように降り注ぐ森の中、その茶色い木々の合間にちらちらと、赤いものが見え始めました。
「いやした。偵察隊です。見つけやすいように赤チョッキを着てくれてますぜ」
騎馬兵の一人が望遠鏡から目を離しつつ、すぐ隣の御者台に話しかけました。
「おう、このまま進めばいいんだよな?」
「えぇ。我々が居るのですぐに向こうも認知すると思いやす。あとぁ武器のやり取りをして、ひたすら進軍するのみでさぁ」
ほどなくして馬車は偵察隊と合流しました。伝え聞いていた通り、その数はちょうど20騎です。
全員が馬に乗っていました。
手早く荷台から小銃を取り出し、偵察隊の装備が整うと、ソカーの合図で出発します。
荷台を中心に円を作るような配置です。商業輸送集団などが使う陣形によく似ていました。
ひたすら進みます。
雪と、木と、道の風景が延々と続きます。
凛とした冷たい空気があたりに立ち込め、聞こえるのは馬車の車輪が言わすゴトゴトという音と、馬が雪を踏みしめるシャオシャオという音だけです。
太陽が最も高いところに来た時。
馬車の荷台の中ではアイビーとレミィが、粘土のような携帯食料をモソモソとかじっています。
馬車より30メートルほど前を行く騎馬兵が、手綱を引いて馬を止めました。
全体の進行が止まります。レミィは半分ほど残っていた携帯食料をアイビーに渡し、何も言わずボルトアクションライフルを持って、荷台から飛び降りました。
すぐにあたりを見回します。全身の感覚を研ぎ澄ませ、物音ひとつ、気配一つを誰よりも早く見つけられるよう、レミィは一層集中しました。
馬車の周囲では同じように、騎馬兵は馬から降りて小銃をすぐに撃てる状態にしています。
誰も一言も話しませんが、敵が近くにいることは全員が察知しました。
頭上高くから差し込む細い光が、白い雪に遠慮がちに反射します。その反射光あってこそ、目視で森の中を索敵できるようでした。
右を左を前を後ろを、レミィ含める23人の視線が這いまわります。
そのまま十分が経過しました。
気配を感じるのみで、発砲音どころか足音一つ聞こえません。当然、敵影も見当たりません。
レミィはほんの少し首をかしげながらも、殺気のにじみ出た凍てつく目つきで、静かに、これまた凍てついた声音で命令します。
「…………徒歩で索敵。離れすぎず、互いの射線をカバーせよ。進行方向、北東」
レミィが指揮を執るようにはなっていませんでしたが、そのあまりにも場慣れした指示に、元兵士である商館の連中は従いました。
赤いチョッキはいつの間にか全員が脱いでいます。白銀と茶色しかない世界でそんなものを着ていては、的になるだけです。
「…………」
レミィを先頭に、ゆっくりと、小銃で武装した集団が雪を踏みしめて進みます。
10メートル。
20メートル。
30メートル。
――――そのまま進み続け、荷馬車から100メートル離れた時。
レミィは神速の勢いでボルトアクションライフルを
ばがんッ。
「ぐぅ――――」
すぐ後ろで
「なッ……!」
他の男達から驚愕の声が漏れます。全員、例外なく、銃口がレミィに向いていました。
反応が早かったのは一番後ろにいた男。引き金を引き、小銃から弾が連射されましたが、その先にレミィの姿はありませんでした。
鋭い踏み込みでレミィは真横にいた男の懐に入りつつ、反対側の横にいた男に向かってライフルをぶっ放します。
撃たれた男の頭が無くなり、身体が地面に崩れ落ちるよりも前、レミィはライフルをその場に捨てて、潜り込んだ先の男のノドにナイフ突き立てました。
男はうめき声を一つ上げますが、まだ絶命していません。
レミィが男の身体から離れた瞬間、その、ほんの少し前までいた場所に、小銃の弾が数発抜けていきます。ノドを刺された男の胸にはいくつかの穴が開きました。
「なんだ、なんなんだこの女ァッ!!!」
誰かが叫ぶと同時。
小銃とは比べ物にならない重い発砲音が、雪の森に連続して響きます。
レミィのリボルバーでした。右手に一丁持ったそれを連続して撃ち、あっという間に全弾六発を使い切ります。
レミィの周囲には、見事なまでに首から上のない死体が六体、オブジェのように直立していました。
「残り、13」
生き残っている商館の連中の数を口ずさみながら、風のように雪の上を走り、やや遠くにいた男の首をナイフで一閃します。
「残り、12」
左の腰に吊ってあるリボルバーの装弾数は6発。右腰のは弾切れです。
「こんの、化けもんがぁッッ!!!」
「よく言われる」
叫び、レミィに向かって小銃を連射しますが、木と死体の合間を攪乱するように走り回るレミィに、弾は一発も届くことがありません。
最接近して男の目にナイフを突き立てつつ、そのナイフから手を離します。
「ふッ!」
鋭く息を吐いたかと思うと、レミィはその場にぺたりと伏せました。その上を弾がピュンっと鳴りながら通り過ぎ、その先にいた別の男の腹に突き刺さります。
「やっぱり、挟み撃ちだったわね」
予想はしていました。
だからこそ、警戒もしていました。
もし。
もしも、外にいる
あの町の中にいる盗賊と
レミィは頭を使うのが苦手ですが、戦うことに限定すると、ちゃんと考えて動ける人でした。
その考えというのが〝挟み撃ちかもしれない〟という思考に行きついたのです。
なんで自分が襲われるのかとか、どうしてこんな回りくどい方法で殺しに来るのかとか、その辺のことはよくわかっていませんでしたが、ただ何となく、自分がこういう目に会うかもしれないということは、うすうす気が付いていました。
「不意打ちは悟られたら不意打ちにならないのよ、おバカさんたち」
森の中に小銃ともリボルバーとも違う銃声が響いています。それは紛れもなく、先ほどまで討伐しようと向かっていた
レミィは大体どの角度から狙撃されているかがわかりましたし、自分を馬鹿正直に狙ってくれていることもわかりました。
これを使わない手はありません。
わざと逃げ出すかのようなそぶりで背中を見せ、数歩、直線で進み、勘を研ぎ澄ませて一気に横に飛びます。
一瞬前までいた所を弾丸が抜けたかと思うと、その先にいた男の右足を弾き飛ばしました。
「失敗したわ」
すぐさま駆け寄り男の頭をブーツで踏み抜きます。
間髪入れず方向転換し、右手にナイフを持ち替え、左手でリボルバーを抜きました。
「残り、9」
目の前にいた男の頭に一発お見舞いします。
そのまま駆け抜け、左に急転換しつつ飛び込み前転。雪が全身に付きますが構う様子も余裕もありません。
左手をピンと伸ばし、目の前の木の幹から急に右側に飛び出します。
同時に男が顔だけを出してこちらの様子を伺っていました。一瞬後、男の顔は無くなりました。
「あと、7」
左手のリボルバーにはあと4発しかありません。ひとりに一発ずつでも三人は残ってしまいます。
使うのがリボルバーだけだったら、の話ですが。
瞬発的に駆け出し、木の幹の向かい側に飛び出すと、そこにいた男の手首を切りつけました。
「ぐっ!」
懸命にも男は距離を取ろうとします。右手は負傷しているので使えません。左手に持ち替えようと小銃に目線を落とした瞬間。
「だめね、目を離しちゃ」
両眼を切り付けられました。そのままレミィはナイフを捨て、男の小銃を奪います。
予備のナイフはもうありませんが、代わりに残弾たっぷりの小銃を手に、再び駆け出します。
木々の合間をノマッドの狙撃弾が縫うようにして通りますが、どれ一つレミィには掠りません。
その後、左手のリボルバーで二人を立て続けに崩したのち、まだ弾は残っていますが、レミィはリボルバーをホルスターに収め、両手でしっかりと小銃を構えます。
「森の中、接近戦…………あんまりいい選択ではないわね」
などと独り言を漏らしつつ、走りながら前方に射撃。
こちらを狙おうと木の影から出てきた男の額に刺さります。
「あと3人」
振り返り、わざと背中を見せて誘った相手が、まんまと引っかかっていました。撃ちます。
「あと2人」
見回し、残りの2人を補足します。
「…………」
逃げようとしていました。小銃をうち捨て、全力で、無我夢中で、まるで化け物が背後にいるかのように、泣き叫びながら逃げ出していました。
「…………やっぱり敗残兵ね、あなたたち」
二発の弾丸がレミィの手から放たれ、二つの頭が無くなりました。
○
雪山の奥。
少し高い位置にある岩の突き出たその真下で、三人の人間が白い息を吐きながらある一方を見ていました。
ちょうど傾斜の下側、見下ろすような位置を、固唾を飲むような表情で見ていました。
三人のうち一人は大型のライフルを持ち、一人は大型の望遠鏡を持ち、あとの一人はマグカップに熱々のコーヒーを入れて持っていました。カップからは湯気が立ち上っています。
「隊長、残存兵力2人です――――あ、逃げ出しました」
「どっちが?」
「町の連中のほうです」
「だよなぁ。そりゃそうだ」
「隊長、全滅しました。あとすみません、一発も当たりませんでした」
「だよなぁ、まぁしょうがねぇ。残弾は?」
「ライフルはもうありません。サイドアームはありますが。どうします?」
「勝てねぇよ、無理無理」
隊長と呼ばれた男はカップに口をつけ、ずずずー、っとコーヒーを飲みました。うまそうに飲みました。
「……謝って許してくれるかなぁ」
隊長と呼ばれた男の口からは、真っ白い吐息が上がっていました。
○
周囲三十メートルは、白い雪と赤い血がちりばめられ、死体からはほんのわずかに湯気が出ていました。
「ふぅ……」
レミィは一つため息をつくと、自分の身体に負傷がないことを確かめてから、北東の方角をにらみます。
かなり遠くから狙撃されていたようですが、今はもう、弾丸の風切り音も重苦しい銃声も響きません。
凛と、静かな、来た時と同じような空気があたりを支配しています。違うのは22体の血塗れた死体がそこら中に転がっていることだけでした。
「……待とうかしらね。向こうから来るかもしれないし」
十分後。
レミィの予想通り、バカでかいライフルを背中に背負った男と、バカでかい望遠鏡を背中に背負った男と、マグカップを二つ持った男が表れました。
レミィから話しかけます。
「百人規模だって聞いたけど、あたしの聞き間違えかしら?」
「いやいや、合ってますよ。残りの約97人はアジトで待機させています。彼らも死にたくはないでしょう」
「百人いれば、あたしを殺せるわよ」
「そのために何人死なせなきゃいけないのかって話ですよ。昨夜は32人もやられているんですから」
「賢明な判断ね」
マグカップを持った男は片方をレミィに渡すと、腰のポーチからハンディポットを取り出して、レミィのカップにコーヒーを注ぎました。続いて自分の分にも目いっぱい入れます。
「どうぞ、お飲みください」
「いただくわ」
と言いつつ、レミィは毒を警戒して男が先に口をつけるのを待ち、それから自分も飲みました。
程よい温かさのコーヒーが、体の芯から染みわたります。
「激しい運動の後に熱いコーヒーはあまりよくないかもしれませんが……」
「そうね、気の利いたことを期待するなら、あたしはビールがよかったわ」
「さすがに持ってません」
「分かって言ってるわよ――――それで? わたしがこのコーヒーを飲み干す前に、要件を言っときなさい」
「そうさせてもらいます」
男は苦笑しつつ、レミィの目をまっすぐに見ました。一切の邪心や偽造のない、真摯な視線です。
「もうお気づきでしょうが、町の中の盗賊集団と町の外の盗賊集団はグルです」
「やっぱり、そうね」
「なぜそんなことをしているか、とは聞かないんですか?」
「聞いてどうするの? 正義感あふれるあたしがどこかに言いつけるわけ? どこに? ……そもそもあたしに正義感なんてないわよ」
「えぇ、まぁ、そうですよね。昔からそうですね」
「で、続きは」
「はい、まぁこの際なので言ってしまいますが、こうして我々は、あの町に悪い噂を流して〝人を寄せ付けにくく〟しているのです。そうすれば乗っ取りやすいですからね」
レミィは何度かうなずき、やはり自分の予想が正しかったことに満足しました。
「じゃああたしは、その〝町一つ乗っ取り計画〟にどんな水を注せばいいわけ?」
「武器を扱っていると風のうわさで聞きました。どうでしょう、適正価格で取引してはもらえませんか。我々に新式の装備を譲ってほしいのです」
「それを決められるのはあたしじゃないから、まぁマスターに相談ね。悪いようにはしないわ」
レミィの口から〝マスター〟という言葉が出てきたことに、隊長と呼ばれていたマグカップの男は少々驚いた様子です。
そして安心したように表情を和らげ、浅くお辞儀をしました。
○
その後、荷馬車に呼ばれた隊長の男と他二人は、その場で金の延べ棒と新式小銃30丁、弾薬6千発とを交換しました。
雪の森、あたりは白いじゅうたんの中、一本の赤茶けた道が森を割るように這っています。
その道をゆっくりと進みだす馬車に、隊長とその他ふたりの男は、
「お元気で、少佐殿」
国軍制式の敬礼をしました。
○
数日後。
にぎやかな町の昼下がり、大通りに面したカフェの席に、一人の女性が座っています。
茶色がかったセミロングの髪は毛先にほんの少し癖があり。
端麗な顔立ちに灰色の瞳。長い脚はその女性が背の高いことを意味しています。今は、その脚は組まれていました。
ロングのデニムパンツに白いTシャツ。革製の茶色いジャケットを羽織っています。
右の腰には大型リボルバーの入ったホルスターが、ベルトを通して付けられていました。
カフェのテーブルにはカップが一つ、中身はコーヒーです。
「ふむ……」
女性の手には紙束が握られていました。この近辺の町の時事ニュースを取り扱う、俗にいう新聞というやつです。
女性の視線には〝盗賊の町、国軍に開放される!〟という見出しの記事。
記事の内容をじっくりと眺めた女性は、
「…………潜り込むの得意だったものね。あの子たち」
おだやかな、昔を懐かしむようなほほえみを浮かべながら、コーヒーを一口すすりました。
「レミィさん!? なんか、あまり見ない顔をしていますよ!?」
「おうよ、どうしたそんな物憂げなツラぶら下げて。恋か?」
「新聞ながめて恋煩いにかかる女がどこにいるのよ」
カツサンドを持ってきたアイビーと、クリームパフェを持ってきたソカーが席に着き、三人は仲良く午後のお茶会を楽しみましたとさ。
「盗賊の町」~おしまい~
蛇足編の第一話として書いたこの「盗賊の町」ですが気付かれた方もいるでしょうか。
レミィにおもっきし視点を振っています。彼女は本編から言うと〝新参〟ですから、性格とか能力とかその辺の情報が一切、本編中には書けませんでした。
で、やはり蛇足編とはいえここで書かなきゃどこで書く(使命感)という次第でございます。
一個小隊クラスの騎馬兵を狙撃で全滅させたり、簡易包囲状態から二個分隊を全滅させたりと少々オーバースペックかもしれませんが、旅の商人の剣となり盾となる人物です。このぐらいの腕がなければ護衛としては務まらないかなとも思います。敵も今回は敗残兵崩れの、言ってしまえば烏合の衆ですしね。
物語を書くにあたって、伏線をいつも以上に頑張って織り込みました。そこかしこに「ん?」となるような場所があったと思います。そんなあなた、ありがとうございます。奥の手の思うツボです。うへへへへへへへ。