ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ- 作:奥の手
奴隷の少女がガンショップに来た日の翌日。
太陽は顔を出し、町の商店通りは、ゆっくりとお客で賑わい始めました。レンガと石造りのきれいな町並みが朝を迎えます。
そんな中、強面の店主はとある本屋にいました。
レンガ造りの大きな書店で、たいていの物はここでそろいます。ジーパンにピチッとしたTシャツ姿のマッチョな巨人は、ある本のコーナーにもうかれこれ1時間も居座っていました。
「どれを買うか……」
本のコーナーは育児・教育に関しての書籍がまとめられているところです。
黒ヒゲ禿頭の身の丈2メートルを越すマッチョが育児本のコーナーに1時間も立っていると、さすがに本屋の店員も声をかけます。
「どのような本をお探しですか?」
「ん? あぁ、いやな、子どもを一人預かっているんだが、どう接したらいいかわからなくてな」
「べ、勉強熱心なのですね」
本屋の店員の顔が引きつっています。何を思っているのかはわかりませんが、変な汗を掻いているのは間違いありません。
「んでよ、なんかオススメのやつとか、無いか?」
「そ、そうですね。預かる期間はいかほどで」
「たぶん一生だ」
「それはまた長いですね……では、こちらの本なんてどうでしょう」
「〝児童期から青年期までの子どもの心理〟――――青年期ってのはなんだ?」
「10代中頃から後半にかけての子どものことです。接し方が一番難しいと言われています」
「そうか。だが児童期ってのはアレだろ。ガキだろ。俺の預かってるのはいうほどガキじゃねぇんだ」
「そ、そうですか。児童期はだいたい6歳から10代前半を指します。その……この本はカバーしている知識が幅広いので、子育て入門として持っておくのはよろしいかと」
「そうか。じゃあ一つはこれだ」
強面の店主は〝児童期から青年期までの子どもの心理〟という本を手に取ると小脇に抱えました。
「もう一つ、子供用の本はどこにある」
「あちらです。お子さんの年齢は……?」
「わからねぇ。たぶん子どもだ」
店員がもう帰りたそうな顔をしました。それでも本屋の店員です。絵本から児童書まで幅広く置かれているコーナーに来ると、三つほど本を手に取りました。
「こちらの三冊は当店でも人気の品です。絵だけで書かれているものと、絵と簡単な文字が書かれているもの、最後のは文字だけですが、難しい言葉ではないので少々字の読める子にオススメです」
「たぶんあいつは字が読めない。絵だけのやつをくれ」
「かしこまりました」
強面の店主は〝児童期から青年期までの子どもの心理〟という本と〝あめちゃんあげる〟の2つを買って店を出ました。可愛らしい女の子が小さなあめ玉を差し出している表紙の絵本です。それを小脇に抱えた浅黒いマッチョは、妙に存在感がありました。
○
「なんだ起きてたのか。ただいま」
「お帰りなさいませご主人様」
ガンショップに帰ってきた強面の店主は、カウンターの向こう側でイスに座っている少女を見ました。
くすんだ金髪。火傷のあとが目立つ顔。生々しい切り傷の跡が残った腕や足。
それらを隠すことは出来そうにないボロ切れをまとった少女は、イスに座って足をぷらぷらさせながらニッコリと笑います。
「ご主人様。今日はどんな痛いことをするのですか?」
「その前にとりあえず朝飯だ」
「はぁーい。今日は何か、すごく痛いことですか?」
「なぜそう思うんだ」
「ごはんが食べられるときは、いつもより痛いことをする日ですよね」
「いや、違うぞ。と言うか昨日も食べただろう」
「はい。でも昨日は痛いことしませんでしたね」
「今日もないぞ」
「?」
小首を傾げて少女は疑問の表情を浮かべますが、すぐに笑顔になりました。その目に光はありません。
「じゃあ、苦しいことなんですね。痛くないけど苦しいやつ」
「二階に上がるぞ。今日の朝飯はホットケーキだ。生クリームもある」
「なんですかそれ?」
「食えばわかる」
一階の店舗フロアから、二階の居住フロアへ二人は移動しました。
○
「これがホットケーキ? 生クリーム?」
「そうだ。うまいだろう」
「はい、甘いです。ふわふわしていますね。初めて食べました。私死なないかなぁ……大丈夫かなぁ……」
少女はぶつぶつと呟きながら、もそもそとホットケーキを食べています。
強面の店主はミルクと砂糖のたっぷり入ったラベンダーティーをすすりながら、その様子を見ていました。
昨日からずっとこの調子です。
何かことあるごとに痛いことがあるのかと聞いてくる少女を、強面の店主はどうしたらいいのかよくわかりませんでした。だから本を買ってきたのでしょう。
接し方もよくわかりません。商人の男の言う「町の医者に引き取られた奴隷」は無感情だったそうですが、この今目の前にいる少女は、全くそんな様子はありません。
光のない目。乾いた笑顔。色のない表情。
でも感情がないようには見えません。長年培ってきた商売人の目から見ても〝無感情〟には見えないのです。
確かに普通の人間とは違う気もしましたが、強面の店主は思いました。たぶん子どもってこんなもんだろうと。
「ご主人様。ごはんのあとはどうするのですか? 地下室ですか?」
「ここに地下室はないぞ。店番があるから、お前は適当に遊んどけ」
「遊ぶ? 何を入れておけばいいのですか?」
「…………?」
強面の店主は少女の言葉の意味がわかりませんでしたが、とりあえず無視しておきます。
「本を買ってきた。それでも読んでろ」
「本? 本って、でも私文字は読めません。あ、それでも声に出して、一文字間違えたら一発叩かれるやつですか?」
「そんな遊びがあるのか。なかなか子どもの世界はバイオレンスだな」
「???」
少女も少女で店主の言葉の意味がわかっていません。でも気にとめている様子もありませんでした。
二人共が食事を終えると、強面の店主は一階のカウンターの内側に座ります。その横では少女が立ってじっと店主を見ていました。
「ほれ、これが買ってきた本だ。絵だけだから、文字がわからなくても大丈夫だ」
「…………?」
「お前のだよ」
「私の、ですか? どういう意味ですか?」
少女は困惑の表情を見せています。本気で事態を飲み込めていない顔でした。
「俺がお前に本をあげるんだ。わかるか? 取引じゃないから、金も物も要らないぞ」
「か、体は…………それとも、悲鳴の方がよろしいですか?」
「お前の言っている意味が俺はよくわかんねぇんだが、とりあえず、俺はお前で何かしようとは思ってねぇ。それとも痛いことがされたいのか?」
「はい。痛いことをされないと、私はきっと死んでしまいます」
(どういう意味なんだ……?)
店主は困りましたが、顔には出さず、いつも通りの恐ろしい顔でカウンターの下をゴソゴソとあさります。
(子どもってのはよくわからんが、まぁ本があるからそれ見りゃなんかわかるだろ)
少女の分のイスを取り出してそこに座らせ、店主は本を開きました。
少女は未だに困惑の表情を浮かべていましたが、おずおずと、貰った絵本のページを開いて見始めました。
○
日が高く上った昼頃。
そこそこ大きな町の一角にある小さなガンショップには、二人の人間がカウンターの内側で仲良く読書をしていました。
一人は大柄で筋肉ムキムキの黒ヒゲ男。この店の店主です。
一人は小柄で痩せていて、くすんだ金髪に生々しい傷跡がたくさん付いている少女。この店の奴隷です。
「…………」
「…………」
二人は静かに本を読んでいました。店内には、時々二人がめくるページの音と、古い振り子時計の秒針の音だけが聞こえてきます。
奴隷の少女は、絵だけで描かれた本を見つめていました。その瞳に本の絵は反射していますが、嬉しそうな光は入っていません。ただ、食い入るように、無表情で絵本を眺めていました。
その様子を自分の本を見ながらちらちらと横目で観察していた店主は、思います。
少女の見せる笑顔がどう考えても作り笑顔であることはわかりました。商売人ですから人の表情を読むことは得意です。
ただ少女の言っていることが本心から出ているのも同時に読み取りました。言葉のまんまを読み取れば、この少女は〝ご主人様に痛めつけて欲しい〟のです。
強面の店主は困りました。痛いことをされたい人間がこの世にいるのかと。この少女は虐待されることを望んでいるのかと。
少女は言葉がわからないほど幼いわけではありませんが、奴隷としての生活が長かったために言葉を上手く使えていないのかもしれません。真偽は不明です。店主にはよくわかりませんでした。
ただ、少女が望んでいようとそうでなかろうと、店主は少女を虐待する気持ちはありません。したいのは互いに思いを寄せ合い、互いに相手を求め合う、いわば夫婦の関係です。奴隷と主人の関係は別に欲しいわけではありません。
「…………ふう」
太陽がやや西に傾いた頃、店主は本を読み終わりました。
いろいろとわかりました。子どもについて。子どもの考え方について。
この少女がちょっとおかしいということも。
○
日が沈みかけた頃、店に一人の人間が訪ねてきました。
「いらっしゃい」
「どうも」
白いハットを被った、金を持っていそうな貴族です。細身です。
「おや? その子は?」
訪ねてきたの男の目線は、カウンターの内側でスヤスヤと寝息を立てている少女に向きました。
強面の店主は一度そちらを見て、
「昨日からうちで預かることになった。んで何のようだ」
むりやり話題を変えました。その間に、カウンターの中からブランケットを一枚取り出し、くすんだ金髪の少女にそっとかけてあげます。
「修理してもらいたい銃があって」
「タイプは?」
「拳銃だよ。内部がいっちゃってね。ついでに弾も用意して欲しい」
白いハットの男は傷だらけの少女から興味を失ってはいませんでしたが、店主の顔を見て深入りするのをあきらめました。素直に自分の用件を伝えます。
アタッシュケースをカウンターに乗せると、店主の方へ向けて開きました。
「…………こりゃまたずいぶん古いな」
「フリントロック式に見えるが、モデルは新しい。パーカッションだ」
「似たようなのはあるがこれと同じものは作れねぇよ。部品がない」
「撃って当たればそれでいい」
「何に使うんだ? あんた、戦争屋じゃねぇだろ」
「息子へのプレゼントなんだ。うちの家系は成人する男に銃を渡すんだよ。こいつは私が成人したときに親父から貰ったものだ」
「なるほどな」
「直せるか?」
「…………金は。今持ってるのか」
「どのくらいだい」
「これなら前金20、後金30だ」
「はいよ。しょーもないのは作らないでくれよ」
「これでもここいらじゃ名が通ってんだ。金がありゃいいものは出来る。無いならそこそこいいものが出来る」
白いハットの男は満足そうに笑うと、ポケットから札束を出し、適当に掴んでカウンターに置きました。指定した前金よりどう考えても多いです。
「ずいぶん羽振りがいいじゃねぇか」
「金があればいいものが出来るんだろう? 頼むよ」
「……あいよ。期待して待っててくれ」
強面の店主はカウンターの中に金と預かった銃を入れ、書類にサインを書かせました。
「出来上がるのは一週間後だ」
「また来る」
「まいど」
今日一人目にして最後の客が、ガンショップから立ち去りました。
外は日が落ち、柔らかな電灯で照らされている店内には、寝たふりをしている少女の寝息と、預かった古式銃をいじる音だけが、静かに響いています。