ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ-   作:奥の手

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3日目 「とりあえず服買うか」

奴隷の少女がガンショップに来た日から三日目の朝。

 

この家にはベッドが一つしかありません。2メートルの巨体を毎晩毎晩支えていたご苦労なベッドは、ひとが二人並んで寝ることの出来るタイプのものでした。ダブルベッドです。

 

筋骨隆々としたドでかい店主の隣では、華奢で小柄で傷だらけの少女が、肩をふるわせて眠っています。

 

毛布は、とても大きなものを二人で一緒に使っています。店主が自分一人だけで取ってしまわないよう細心の注意を払いながら少女を横に寝かせているので、別に少女が震えているのは寒いからではありません。

 

「ン…………朝…………?」

 

少女が浅い眠りから目を覚ましました。外はまだ暗く、太陽が町の端っこからほんの少し顔を出している頃合いです。ボロ切れの隙間から、やや肌寒い冷気が全身をなめてきます。

 

少女は毛布の中に深く入り込み、隣でまだ寝息を立てている大きな店主の方を向きました。

 

店主はこちらに背中を向けています。筋肉質で、強そうで、とっても怖いその体に、少女はこのガンショップに来たときから怯えていました。

今もまだ、肩の小さな震えが取れません。

 

(こわい…………こわいよ。もしこんな、おっきな腕で殴られたら、きっと私、死んじゃうよ)

 

ここに来て三日目の朝を迎えました。少女はほとんど寝ていません。いつ殴られるかわからないので、いつも身構えていなければいけないからです。

 

(また前みたいに、安心しちゃダメなんだ。安心して、殴られて、ずっとつらい思いをするくらいなら、初めから〝痛い思いをしたいんだ〟って思ってないと)

 

少女は震える小さな肩を自分で抱き、今度こそもう絶対に、人を信じないと、そう強く心に誓いました。

 

 

 

 

「ン…………フゥ……朝か」

 

太陽が半部ほど顔を出した頃、強面の店主は目を覚ましました。

 

「おはようございます。ご主人様」

「おう。おはよう。早いな」

「ご主人様より早く起きて、いろいろな準備を整えておくのは奴隷の勤めです」

「そりゃ結構だが……俺は起きてからちょっと時間が経たないとメシを食う気にならんのだよ」

「あ……その、私、料理は作れないんです。私が準備をしたのは――――」

「言っとくがそんな趣味はねぇ」

「ではどのように…………?」

「どうもしねぇよ」

 

強面の店主は頭をポリポリとかきながら「どうしたものか」と小さく呟きました。

 

呟いて、何か違和感があることに気が付きます。なんだろうかと頭をひねります。

 

「…………どうされましたか?」

「ん……? いや、なんか昨日と違う…………あ、お前、昨日は俺より起きるの遅かったじゃねぇか」

「ッ!」

 

少女の顔が一瞬、本当に一瞬でしたが、怯えをはらみました。すぐにいつもの乾いた笑顔に戻りましたが、その変化を店主は見逃しません。

 

自分の中でもっともやさしいと思う口調と顔で、少女に話しかけます。

 

「べつに起きるのは遅くても早くてもかまわねぇ。奴隷としての勤めってやつも、今日からしなくていい」

 

あまりいつもの口調と変化がありませんが、少女は、

 

「…………はい」

 

乾いた笑顔すらも消えた顔で、小さくそう頷きました。

 

 

 

 

「腹減ってるか?」

 

ベッドから起き上がり、ぐぐっと背伸びをして体をほぐした強面の店主は、冷蔵庫を開けながらそう聞きました。

 

「い、いえ、大丈夫です」

「そうか」

 

店主がバタン、と冷蔵庫を閉めたとき。

 

キュルルルルル――――。

 

少女のお腹が鳴りました。店主は少女の方を見たまま、再び冷蔵庫を開きます。

 

「…………ご主人様。私は奴隷の分際で嘘をつきました。ば、罰を与えて下さい」

 

震える声でそう言う少女から目線を外し、冷蔵庫からりんごを一つ取り出すと、店主は少女のほうに近づきました。

 

身長差が60センチほどあります。見上げるような形で少女は店主の顔を見ます。その小さな肩は、少女本人は気付いていませんが震えていました。

 

「…………嘘はいけねぇな。俺も商売人だから嘘の一つや二つ付いてきたが、基本的にはお互いが利益になる嘘だ。利益にならねぇ嘘はついちゃいけねぇ。信用が無くなる。それは不利益だ」

「…………」

 

光のない目で見上げてくる少女に、強元の店主は、かがんで目線の高さを合わせました。

 

「だから嘘はなるべくつくな。いいな。あと、嘘をついたからって俺が罰を与えることはねぇ。ついて良い嘘と悪い嘘は、これから自分で判断していけ。わかったか?」

「…………」

 

少女は、目の前の恐ろしい顔の店主が言っている意味を理解するのに苦労しました。

それでも頑張って頭に入れて、言葉をつないで、自分の言葉として出て来たのは、

 

「わ、私を殴って下さい。いま、今殴られないと、あとでまとめてなんて、私は、私の体じゃ、たぶん死んでしまいます」

 

強面の店主は眉間に手を当てて本気で悩みましたが、とりあえず持っているりんごを少女のために剝いてあげることに決めました。

 

 

 

 

むいたりんごを皿に出されて目の前に置かれた少女は、わずかにですが困ったような表情をしました。

 

強面の店主が言います。

 

「食って良いぞ」

「嘘を……ついたのに、ですか? 私、悪いことをしたんですよ?」

「悪いかどうかは自分で判断すりゃいいんだが、腹が減ったらメシを食うのは当たり前のことだ。あと、よくよく考えればさっきのは〝遠慮〟って言って〝嘘〟じゃねぇ」

「…………」

「本当は欲しいけど相手のことを思って貰わないでおくってやつだ。優しいことだから、何も悪いことじゃねぇ」

「…………そう、なんですか」

 

お? 

 

強面の店主はほんのちょっと、少女の反応が素直なことに気づきました。

 

でもここから何か広げるつもりはありません。心を開かせる…………と言うのかどうか店主にはわかりませんでしたが、今までの反応と少しだけ違うというこの瞬間を、今後もゆっくりと活かしていこうと思っただけです。

 

「食ったらちょっと買い出しに行こう。昨日の注文品を直すのに鋳物屋に行かなきゃならねぇ」

「はい。――――いただきます」

「おう」

 

 

 

 

少女がりんごを食べ終えてから、強面の店主は寝巻きから仕事服へと着替えました。いつものピチッとしたTシャツに今日は黒いジャケットを羽織ります。少し冷えるからでしょう。

下はいつものジーパンです。

 

 

強面の店主が着替えている間、少女は後ろでじっと店主の様子をうかがっていました。

 

着替え終わった店主が少女に気付きます。

 

「なんだ? お前も着替えねぇのか?」

「私の服はその…………これだけです」

「あ」

 

よく見ればこの少女、ここへ来たときから一度も服を着替えていません。少しくさいのはそのせいか、と今更ながら店主は気が付きます。

 

うすく血が染みついたボロボロのワンピースに、穴の開いた革の靴。少女が身につけているのはこれだけです。

 

この三日間は風呂屋にも行っていません。体を拭いただけですが、少女は体を拭いたあと同じ服を着ているわけです。においがきつくなるのは当たり前です。

 

「…………鋳物屋の前に服屋へ行くぞ」

 

 

 

 

外は少し冷え込んでいました。強面の店主は奴隷の少女に、自分のもう一着持っているカーキ色のジャケットを着せています。だいぶ大きいのでそでが余ってだらんと垂れていますし、ジャケットのすそが少女の膝下くらいまで伸びています。

おかげで温かそうです。

 

「いいの……ですか? ご主人様の服を貸していただけるなど……」

「ちと大きいが風邪引かれちゃかなわんからな。まぁ、服屋までの辛抱だ」

「…………? なぜ服屋へ? あ、もしかして、布を使った――」

「締め上げとかか? でも高い布でわざわざ縛らなくても縄で十分だろ」

「…………」

 

少女は自分が言おうとしたことを先に言われたので何を言えばいいのかわからなくなってしまいました。

かわりに、

 

「……では、その、なぜ……?」

「ついてからのお楽しみだ」

「あ……はい。ごめんなさい。深入りしてごめんなさい。殴――――」

「殴らねぇから安心しろ」

「…………」

 

少女の表情が明らかに困惑しているのですが、強面の店主は少女の扱いにだんだん慣れてきました。

 

 

 

 

服屋は、この町の中心にある噴水広場に面しています。

 

「ここが服屋だ」

「…………? 何のお店かわかりませんよ……?」

「外面はな。俺も初めて入ったときには驚いたんだが、ここは女物の服を中心に扱っててな。品揃えが良いから良く来るんだ」

「え…………」

 

女物の服が中心なのにイカツイ店主がよく来る理由が少女にはわかりませんでしたが、

 

「あ、別に俺が着るわけじゃねぇぞ。銃ってのは女でも扱えるようになってきたからな、ホルスター……銃の入れ物のデザインなんかをここでやってもらってんだ」

 

少女は納得がいったようです。

だいぶその表情の変化に気がつけるようになった強面の店主も、満足そうに一つ頷くと、店内へと入りました。

 

 

 

 

中に入ると、確かに女物の服がいろいろと並んでおかれていました。アクセサリーなども見られます。

 

妙齢の店員が一人いました。

 

「あら、いらっしゃい。そちらは?」

「うちで預かることになった」

「あなたのジャケットを着せるなんて無粋な真似ですこと。――――ほら、脱いでくれるかしら」

 

長くツヤのある金髪に白いドレス、同じく白い大きな帽子を被った不気味な雰囲気の店員は、少女の着ているジャケットを脱がせると、強面の店主に渡しました。

 

そのまま少女を見ています。

 

「今日はこの子のお洋服を見繕うのでしょう? そうよね? そうに決まっているわ。じゃあ早速あわせていきましょう。ほら、こっちへいらっしゃい」

 

不気味な店員は半ば強引に少女を店の奥へと連れて行きました。

 

「相変わらず強気の商売をしやがる…………ま、だからやっていけてんだろうけどな」

 

 

 

 

数十分後。

 

「まったく。年頃の女の子にあんなボロ切れ一枚着せておいて町中を歩かせるなんて、あんまりですわね。はやっているのかしら?」

 

小言をいいながら出て来た不気味な店員と、その後ろをおずおずとついてきた少女に、強面の店主は驚きました。

少女の服装がかなり綺麗になっています。

 

「見違えたじゃねぇか」

「ちゃんとお風呂に入れてあげてくださいな。あと、髪もといてあげてください。そうすればもっと綺麗になりますわ」

 

くすんだ金髪の少女は、白を基調とした長袖のワンピースに、黒いカーディガンを羽織っています。髪は細めの黒いピンで前髪をとめており、肩口ほどの長さの金髪はそのままです。

 

靴も変わっていました。黒い革靴です。靴下の白色と対照的で、良く映えています。

 

「つい数ヶ月前にも似たようなお客さんがいらっしゃいましたわ。同じように、ボロ一枚だけ着た、ヤケドだらけの女の子を連れて」

「そうか。そいつにも見繕ったのか?」

「ええ。それ以来常連さんですの」

「俺もホルスターのデザイン以外の用事で、また来るかもしれん」

「そうしてくださいな。ほら、お嬢さん」

 

背中を軽く押し出された少女は、おずおずと、そして申し訳なさそうにいいました。

 

「ご主人様……その……」

「なにも痛てぇことしねぇってば。もともとお前の服を買うためにここに来たんだ」

「え…………? わ、私の服を、ですか?」

「そうだ。だからお前はありがたくもらっとけ。昨日の本と同じ。俺からのプレゼントだ」

「…………い、いただけません。こんな高価な……」

 

そうでもねぇよな? と強面の店主は不気味な店員に聞きます。

 

「ええまぁ、あなたの収入で考えたら大したものじゃありませんわ」

「ほらな」

「でも…………」

 

なおも少女は遠慮しますが、強面の店主は続けます。

 

「いいか? お前がまともな服装をしていないと、さっきみたいに俺が怒られる」

「別に怒ってはいませんこと」

「だからな、お前の服は俺が買うし、俺が好きにやってることなんだ。お前がなにかこう……後ろめたさを感じる必要はねぇんだ」

「…………」

 

少女はどうすればいいのか困惑しているようでしたが、不気味な店員はその様子に違和感を持ちました。

 

「ちょっといいかしら?」

「なんだ」

「詳細を無神経に聞くつもりはありませんけど…………様子がおかしくありません?」

「わかってら。まだ俺もどうすりゃいいか手探りなんだ」

「…………困ったことがあったら、いつでも相談に乗りますわ」

「ありがとな」

 

見違えるようになった少女を連れて、強面の店主は店を出ました。

 

 

 

 

石畳の街道を歩いていると、後ろからついてくる少女が、恐る恐る訪ねてきます。

 

「ご主人様……」

「なんだ?」

「どうして、何も痛いことをしないのですか? 私、悪いこと、いっぱいしていますよ」

「例えばどんな」

「ごはんを食べました。嘘をつきました。服を着ました。どれも、ご主人様の物と、お金を減らすことです。私は……私は……」

「まぁ、一回で全部理解しろってのは難しいか」

 

強面の店主は苦笑しましたが、悪い気分ではありません。

足を止めて振り返り、少し腰を曲げて少女の目線の高さに合わせます。

 

「これからゆっくり慣れていけばいい。ガキが他人のやっかいになるのは当たり前のことだ。メシも、嘘も、服も、普通の人間には当たり前のことだ。そこんとこ早くわかるようになれ」

「…………」

 

光のない目に困惑の色をたたえながら、少女はどうすればいいのかわからない様子で、それでも、強面の店主のあとをついていきました。

 

 

 

 

その日の晩。

強面の店主は風呂屋へ行こうとしましたが、あいにくの休みだったので体を拭くだけで寝仕度を進めました。

 

鋳物屋の帰りに少女の寝巻きも買いました。相変わらず困った顔をしていますが、ここへ来たときの乾いた笑顔よりは偽りのない表情だな、と店主は思っています。

 

「さ、寝るぞ」

「はい、ご主人様……」

 

ガンショップに来たときよりも、少女の言葉は弱々しいものになっています。

それに気が付かない店主ではありません。しかしまた、そこを聞いてしまってもいいものかと悩んでいます。

 

(どんなこと考えてんのか話してくれりゃあ、少しはやりやすいんだがなぁ)

 

同じベッドに入り、同じ毛布にくるまって、すぐ目の前にいるのに本心が見えない少女に対し、店主はどうすれば腹を割って話が出来るかを考えました。

 

考えて、考えて、それは今すぐに出来ることでもないかな、と言う答えを出した頃には、目の前の少女は寝息を立てています。

 

「…………物で心が開けるほど、人間ってのは甘くねぇもんな。商売も奴隷も、難しいもんだ」

 

独りごちたその言葉は、しっかりと、少女の耳に届きました。

 

 

 

 

 




なんということでしょう。銃が一丁も出て来ていません。なぜだ。
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