ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ-   作:奥の手

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4日目 「てっぽう」

傷だらけの少女がガンショップに来て四日目の朝。

 

太陽は未だ顔を出さず、空がほんの少しだけ紫色になっている、そんな肌寒い早朝です。

 

清潔で柔らかい真っ白な寝巻きに身を包んだ奴隷の少女は、浅い眠りから覚めました。

 

(…………昨日、この人が言ってたこと、どういう意味だろう)

 

〝物で心が開けるほど人間は簡単じゃない〟――――恐ろしい顔の店主が昨晩独りごちたその言葉の真意を、少女は毛布の中で考えます。

 

確かにたくさんの物を貰いました。

 

食べ物、絵本、服、寝巻きまで。

 

「…………」

 

経験があると思いました。

少女の人生では、こうやって誰かに良くしてもらったことが一度だけあります。

 

前のご主人様です。

 

(あの時はこんなにも大切にされて、私はきっと幸せなんだと思った。でも……)

 

その後にされた思い出したくもないおぞましい出来事に、少女はぎゅっと目をつむって考えないようにします。

 

しかしそれでも、つむったまぶたの内側に焼き付く、凄惨で暗く絶望的な光景が流れ出てきてしまいました。

 

鎖、ナイフ、火、鉄棒、ノコギリ、薬品――――。

 

「ぁ………ぃ…………ぃゃ……」

 

毛布の中で身を縮こまらせます。

 

(…………私、もう……どうしたらいいのかわからない。もう痛いのいや…………わからない、わからないよ)

 

もらった物よりも遥かに多い、欲しくなかったものの記憶に押しつぶされて、少女は、小さな嗚咽と共に泣き続けていました。

 

 

 

 

太陽が町を照らし始めた頃。

 

「ンン…………ァァ、よく寝た」

 

浅黒い筋肉のかたまりが目を覚ましました。店主です。

 

強面の店主は目をゴシゴシとこすりながら体を起こし、自分の横を見ます。

 

「起きてるか?」

「はい……起きてます。おはようございます」

 

白い寝巻きで毛布にくるまっている少女を見て、店主は一度頷くと、ベッドから降りて軽く背伸びをした後に冷蔵庫へ向かいます。

 

扉を開けて取り出したのは梨です。今日の少女の朝食でしょう。

 

「いま朝飯を用意してやる」

「…………ありがとうございます」

「食べる前に顔洗ってこい。そこの戸の向こう側だ」

「……はい」

 

少女の顔に涙の後があることに店主は気付きましたが、それを直接本人には言いません。

 

「泣くほど腹減ったんなら勝手に食えばいいのにな……って、言わなきゃ食わねぇかあいつは」

 

何か勘違いしてます。

しかし少女がお腹を空かしているのは事実でした。

 

強面の店主は梨を串切りにすると皿に盛りつけ、上からハチミツと粉砂糖をふりかけます。

 

それをテーブルに置いてから湯を沸かし、紅茶を二人分用意しました。

 

朝食の用意が出来上がった頃、少女が帰ってきます。

 

「座りな。んで食え」

「はい。いただきま…………す? ご主人様、これは……」

 

白い寝巻きのまま食卓に着いている少女ですが、今自分が着ている服と同じ、真っ白の粉がたっぷりかかった梨を見て驚いていました。

 

「そいつは粉砂糖って言ってな。砂糖なんだが目が細けぇんだ。甘いし、見た目が良い。雪みたいだろ?」

「はじめて見ました」

「んじゃ食うのも初めてか。まぁただの砂糖だ。期待するもんじゃねぇよ」

「…………いただきます」

「あぁ」

 

フォークで刺して一口食べた少女は、

 

「あまい……」

 

ちょっと複雑な顔をしていました。

 

 

 

 

「今日は、どのようなご予定で……?」

「火薬屋と…………服屋に行くか」

 

朝食を終えて、仕事着に着替えた店主は黒のジャケットと黒いハットを被っています。

背格好もあいまって、どこぞのマフィアにでもいそうな恐ろしい姿ですが、この町では防寒着として主流な服装です。怖いことに変わりはありませんが。

 

「火薬屋には前に頼んどいた弾がそろそろ入るだろうから、それを取りに行く」

「行ってらっしゃいませ」

「なに言ってんだ? お前も行くぞ」

「あ……はい。わかりました」

 

少女は、昨日買った白のワンピースに黒のカーディガンを羽織り、黒い革靴を身につけます。よそ行きです。

 

「女はいくつも服を持つもんだってあそこの店主が言ってたしな。今日も服を見に行こうぜ」

「わ、私のですか?」

「おめぇ以外に誰が女物を着るんだ。行くぞ」

「あ、え、わ、わかりました」

 

有無を言わさず居住フロアから一階に降り、店の外に出る店主ですが、出入り口のところでちゃんと待ってあげる辺りは気が利いています。

 

 

 

 

「ちと冷えるな。その服じゃ寒いだろ」

「いえ、そんな事は……くしゅん」

「ほらな」

「あ……私、また嘘を……殴――――」

「らねぇよ。んなもん嘘のうちに入るかよ。冗談にもなってねぇ」

「…………ごめんなさい」

 

くすんだ金髪の少女からは、ガンショップへ来た時に見せていたあの乾いた笑みが、もう消えていました。

 

店主はその事に対して最初は良い方向に向かっているのかと思っていましたが、少女の口調がだんだんと弱々しくなるにつれて首を傾げたくなっています。

 

(何かにつけて殴って欲しいという癖はまだあるみてぇなんだが、どうも来た時よりは何かが違うんだよな…………わかんねぇな)

 

変化には気付けてもどうすれば良いのかわからない。

強面の店主は誰かに相談したく思い、そしてちょうど今から行くところはその相談相手がいると気が付きます。

 

「今日はお前が自分で服を見てみるか」

「え? そ、そんなの…………ご主人様、なぜ……?」

「ちょっとあいつと話があるからだ。まぁ、ゆっくり選べばいい」

「あぁ…………えっと、私、服なんて選んだことが無くて、その、ご主人様のお気に召す物を選べるかどうか……」

「いやおめぇが気に入ったのを着れば良いんだよ」

 

苦笑しながら後ろ頭をボリボリと掻き、強面の店主は続けます。

 

「俺の好みなんざ俺もよくわかってねぇんだ。だからお前の好きなの選んでこい。あぁ、あと金の心配もいらねぇ」

 

店に着きました。

 

 

 

 

「あらいらっしゃい。昨日の今日で来るなんて、よっぽど羽振りが良いのですわね」

「儲かってるからな」

「…………ほんとですの? あなたの店が賑わってるところなんて見たことありませんわ」

「俺の店が賑わっちまったらこんな所でのんびり服なんか売ってられなくなるぜ」

「あらお上手」

 

不気味な雰囲気の店員は優雅に微笑むと、昨日買った衣服に身を包んだ少女に視線を移しました。

 

「お嬢さん」

「……はい」

「本当は今日も見繕ってあげたかったのですけど、私少しばかりこの人とお話がありますの。生地だったり、服だったり、アクセサリーだったり好きなように見ていいから、ほんのちょっと、二人だけにしてもらえるかしら?」

「わかり、ました」

 

ぎこちなく頷き、店の奥へと入っていった少女を、強面の店主と不気味な店員が店の入り口で見送ります。

 

「お前、人の心を読む力でも持ってんのか?」

「なんのことですの」

「俺はまだ話があるとは伝えてねぇと思うんだが」

「昨日の今日でやって来たってことは、つまりそう言うことですわ。だいたい、あなたの考えだけであの子をどうにか出来るとは思いませんの」

「失礼なやつだな」

「現にあぐねいているのがまるわかりですわ。それで? 具体的には何に行き詰まっているのかしら?」

 

不気味な店員は大きな白い帽子のつばから少しだけ目を覗かせて、強面の店主の顔を見ます。

 

店主の顔はやや困っていましたが、相談したい内容をそのまま言うことにしました。

 

「うちの店に来てからというもの、あいつはことあるごとに〝殴って欲しい〟という。危害を加えられることを望むように言いいやがる」

「それで殴ったんですの?」

「いいや。んなことするつもりもねぇよ」

「では、あなたはどうしたいのかしら、あの子を」

「結婚したい」

 

一瞬で店内が凍り付きました。店員の顔も引きつってます。

 

「私の聞き間違いかしら」

「いや、本気だ。俺はあいつのことを気に入っているし、奴隷として扱うつもりはねぇ」

「あなた鏡見たことある?」

「あるぜ」

「あなた自分の年齢知ってる?」

「四十とちょっとだ」

「…………あの子の年齢は?」

「いやわからねぇ」

「おそらく10代前半よ。栄養を取ってないから体が小さいけれど、これからちゃんと食べさせれば人並みには戻るわ。でも、常識的な話で言ってあなたとあの子が結婚って…………ごめんなさいちょっとめまいが」

「そんなにかよ」

 

店員は眉間を押さえながら近くのイスにすり、しばらく沈黙した後に口を開きます。

 

「…………まぁ、いいわ。あの子があなたをどう思ってるかはさておいて、あなたがしたいことは、詰まるところ求愛なのね?」

「いや、とりあえず俺に心を許して欲しい」

「あたりまえよ」

「俺は段階を踏んだ方が良いと思っている」

「それも当たり前よ。…………最終的に求婚するところを目指すのは、変わらないのね」

「そのつもりだぜ。そのために俺はあいつと本心から語り合いたい」

 

不気味な店員は明らかに引いていますが、なんとか表情には出さないように頑張っています。

でも口元が引きつっています。

 

強面の店主は近くにあったイスをたぐり寄せて、不気味な店員の前に座りました。その目をまっすぐに見て、あくまで真剣な表情で告げます。

 

「俺はあいつを幸せにしたい。あいつが幸せになれば、それは俺の幸せだ。そのための投資だったら金だろうと時間だろうといくらでも掛ける覚悟がある」

「それを投資と呼んじゃう辺りがあなたらしいですこと。…………いいわ。私も相談に乗るといった手前、断る理由も見あたりませんの」

 

不気味な店員は紙切れを一つ取り出し、さらさらと何かを書き、それを強面の店主に渡しました。

 

「これは……?」

「そこを訪ねてみなさい。あなた一人で」

「ここに何かあるのか」

「と言うより、たぶん解決に直結する人物がいますわ。女の子よ。その子に、今私にしたようにちゃんと話をして、いろいろ聞いてくるといいですわね」

「そうか、そうか…………助かる。本当に助かる」

「紹介料として銀貨一枚」

「カネ取るのかよ」

 

 

 

 

その後、少女は赤いワンピースと白いリボンを買ってもらい、帰りに火薬屋で黒色火薬と弾丸を仕入れた店主は、店に戻ってきました。

 

服屋の店員から紹介された所には、明日行く予定です。

 

太陽の日が沈みかけた頃、ガンショップに客が一人入ってきました。

 

「こんばんは」

「おう、いらっしゃい」

 

細身の若い女性でした。

 

露出の多い服装です。ネイビーブルーのタンクトップに、濃い藍色のジーパン、腰には二丁のパーカッションリボルバーがホルスターに収められています。つばの広いカウボーイハットも被っていました。

 

「どんな用だ」

「液体火薬が欲しいの。あと、あまり整備しなくてもちゃんと弾が出るライフルはあるかしら」

「どっちもあるぜ。ちょっと待ってな」

 

強面の店主は一度カウンターから出て、

 

「あぁ、そこのイスにでも座ってちょっと待っててくれ」

「はーい」

 

奴隷の少女がちょこんと座っている隣に客の女を座らせて、店主は店の奥へと入っていきました。

 

 

女が少女に話しかけます。

 

「君は?」

「ここの奴隷です」

「…………ほんとに? ずいぶん可愛いわね。服も、顔も」

「ありがとうございます」

 

くすんだ金髪の少女は全く笑わず、光のない目と抑揚のない声で淡々と答えています。

 

細身の女は、そのヤケドだらけの少女の顔を見て、最初はここの店主が付けたのかと疑いました。

だったらこの店にはもう二度と来ないようにしようとも思いました。

 

しかし近くで見るとかなり古い傷跡です。女はすぐに考えを改めましたが、ではなぜこの店は奴隷を、しかもここまで綺麗に着飾った奴隷を飼っているのか気になりました。

 

「あなた本当に奴隷なの?」

「私はここのご主人様に買われました。お金のやりとりは…………無かったと思います。よくわかりませんが、とにかく私はここの奴隷です」

「そう、まぁあなたがそういうならそうなのかしら」

 

怪訝そうな表情のまま細身の女は続けます。

 

「でも、あの人結構優しいでしょ? あたし何度かこの店に来てるけど、顔に似合わず良い性格してるのよ。タイプじゃないけど」

「…………」

「いくら奴隷でも手を挙げる人じゃないと思うから、そのへんがもし心配なら、大丈夫よ」

 

少女はうつむけた顔をゆっくりと上げて、無言で女の顔を見つめ始めました。

 

「ん? どうしたの」

 

至って無表情ですが、女には少女が何か言いたそうなのがわかります。

 

しばらく待ってあげていると小さな声で、

 

「…………お姉さん、てっぽう、撃つの?」

「撃つよ。あたし商隊の護衛やってるの」

「ごえい?」

「人を守る仕事よ。行商人のキャラバンに馬でついていって、もし山賊とか盗賊の輩が出たら撃ちころ――――あー、やっつけるの」

 

言葉を選んで自分の職業を教えてあげた女ですが、少女はその内容より、銃に興味を持ったようでした。

 

「てっぽうって、女の人でも撃てるの?」

「撃てる撃てる。余裕」

「私でも?」

「練習すればまぁ……あぁでも、口径が大きいと手首痛めちゃうから、そうね…………あの人に頼んでみれば? 銃に関してはプロだし、撃ちたいって言ったらいろいろ教えてくれるわよ」

「奴隷にてっぽうの打ち方を教えてくれるでしょうか?」

「あぁ、無理かも」

 

女の人が苦笑したのを見て、少女はちょっと残念そうな顔をしました。

 

 

 

 

ライフルと液体火薬を取引した後、女は奴隷の少女に手を振って店を後にしました。

 

「なんだ? いつの間にか仲良くなったのか」

「ううん。違います。お話ししただけです。…………あ、勝手にしゃべってごめんなさい」

「客と、ってことか?」

「はい」

「あー…………まぁ、そうだな、これからはちょっと気を付けろよ」

 

店主の反応にほんの少しだけ少女は驚きました。今までの調子から行くと〝別にそんな事いいって〟と言われると思ったからです。

 

「勝手にしゃべった罰はありますか……?」

「ねぇけど、ちょっと注意はある。よく聞けよ」

「はい」

 

イスに座っている少女は立ち上がり、頷きます。

強面の店主はカウンターの中でイスに座って自動拳銃を磨いていますから、少女の方は見ていません。

そのまま店主が注意をします。

 

「ここに来る客の中には危ないやつもいる。さっきのあいつはここ2年ほど前からうちに来てる、つまり信頼できるやつなんだが、まぁ……そうだ。たまにヤバイのも来る。俺が撃たなきゃならねぇ時もあった」

「…………ご主人様が、ですか」

「おうよ。まぁ詳しく話すつもりはねぇが、来た客に見境なく話しかけたらケガするかもしれねぇ。俺の目で見てこいつはヤバイと思ったらお前を奥にやる。まぁ、だから滅多に危険はねぇだろうけど、一応な」

「はい。気を付けます」

 

少女は思いました。もう自分から痛いことを望むような口ぶりは避けようと。

もしこの人の気が変わって〝よしじゃあ今日からお前で遊ぶ〟なんてなったら、物理的に耐えられないと悟ったのです。

 

さっきの女の人は言いました。この人は危険な人ではないと。

 

でも少女は、少女が前にいた屋敷の主人は、外面は善良なお金持ちでした。

 

人の言うことなんて当てに出来ません。もし信じて取り返しがつかなくなるのは、その時に傷つくのは自分です。

 

信じられるのは自分だけ。なら、その自分が、少しでも強くなくちゃだめ。

 

頼れるものが強くないと、頼ることが出来なくなる。

 

だから少女はいつかこっそりとこのお店にある銃を隠し持とうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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