ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ- 作:奥の手
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今から三十一年前。
ソカー・フォン・シュミットという少年は、わずか12歳で両親を亡くしました。
貴族であった彼の家は、派閥争いで敵対していた者に焼かれ、少年の両親は少年をかばい命を落としました。
少年は命からがらその場を逃げましたが、貴族の子とはいえ着の身着のまま、12歳の子供では何もできません。
身分の証明もできず。
手持ちのお金もなく。
職を探す力もなく。
彼は町の端で死を待つだけでした。
旅の行商人一家が彼を救わなければ、明日を迎えることはありませんでした。
彼は、生涯を行商人一家――――ガルシア家に捧げると決めました。
月日は立ち。
ソカーはガルシア家の商業技術を受け継ぎ、商人として十分にやっていける腕を持ちながらも、ガルシア家のため共に旅を続けていました。
彼が25歳の時。
ガルシア家に一人娘が産まれます。
名をアイビー・ガルシアとつけられた彼女は、美しい金髪と整った相貌を持つ、聡明な女の子でした。
ソカーはよく遊んでやりました。アイビーもまた、彼のことを慕い、本当の兄妹、あるいは親子のように接していました。
その三年後。
ソカーが28歳の時。
ガルシア家は何の前触れもなくソカーを勘当しました。
形式上はガルシア家からの追い出しでしたが、ソカーに落ち度はありません。
彼は、ガルシア家が取引で痛手を受けたことを知っていました。
そのままガルシア家に残れば多額の負債を共に抱えてしまい、ソカー本人の未来は無きものとなる。
ガルシア家は彼を守るために、無理やり独立させました。
勘当の意図を知っていたソカーは何とかしてガルシア家を助けようとしましたが、商売が軌道に乗ってきた30歳の時、ガルシア家は消息を絶ちます。
負債を巻きなおせたのか、それとも逃げ切ったのか、いずれにせよソカーからは確認の取れない状況となり、次第に彼の心の中から、ガルシア家への憂いは薄れていきました。
真相はガルシア家の全滅でした。
父、母、そしてアイビーの三人は奴隷として落とされ、別々に買われました。アイビーが5歳の時です。
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「じゃあなんですかい。マスターとあいつ……アイビーは知り合いだったと」
「そうなるな」
町の一角、ちいさな喫茶店で二人の客が話をしていました。
片方は筋骨隆々の浅黒い肌。体躯は2メートルを超す強面の人間。
齢40を過ぎるガンショップの店主、ソカー・シュミットです。
一方は中肉中背。年は50に近く怪しい雰囲気が絶えない男。
目深にかぶった帽子を取ろうとしない、自称しがない商人です。
「十五年前に生き別れた義理の兄妹を、今度は奴隷として迎え入れる……世界は一等狭いものですね」
「俺もそう思うぜ」
ニヒルに笑う怪しい商人は、手を挙げて店員を呼ぶとメニュー表から二つ三つ品を頼みました。
「以上ですねー? かしこまりましたー?」
どこかで見たイントネーションのおかしい店員が奥へとすたすた去って行くのを待って、商人はソカーへずっと気になっていた質問をします。
「にしても、どっちかが気付きそうなもんですがね。十五年前とは言え、少なくとも三年は一緒にいたんでしょう?」
「アイビーは当時3歳だ。逆算して今……18歳か」
「まったくそうは見えませんがね。12、3歳ぐらいかと」
「そこだよ。年と見た目も合わねぇし何より15年もありゃ顔は変わる。まぁ、どっかで見たような気はしたが、まさかアイビーだとは気づかねぇよ」
「えぇ、確かにそうですね」
「おまたせしましたー?」
紅茶とケーキを持ってきた店員に一言礼を言って、二人は手元のカップに口をつけます。
ソカーは生クリームのたっぷり乗ったシフォンケーキに、砂糖とミルクを入れたミルクティー。
商人は濃い目のブラックコーヒーと濃厚な味のチーズケーキです。
適当に口へ運んでからひと段落すると、今度はソカーから切り出します。
「なんにせよ、今後の俺の方針が決まった」
「ほう?」
「店は火薬屋の若い息子に任せて、俺とアイビーは旅に出ようと思う」
「……なるほど。ですが生きているとは限りませんぜ。とくに父親のほうは」
「わかっている。生きていれば俺が助けるし、死んでいればその確認も必要だ。いずれにせよ、俺の命の恩人を救わずして、俺の生きる価値はない」
「大層なことです。私もマスターにはひいきにしてもらっている身、できることは少ないですが必要な時には言ってください」
「あぁ」
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金髪の少女、アイビーがガンショップにきて一週間。
七日目の深夜、店の前には一台の馬車が止まっていました。
大きな幌付きの荷台には、商品である武器を中心に弾薬や雑貨、日用品が詰め込まれ、それ一台でキャラバンとして十分に商業ができるものです。
「はぁ、これ別にあたしがいかなくてもいいんじゃないかしら?」
「俺は操舵と商談、お前は護衛。アイビーは家事。ちゃんと役割があんだよ」
馬車の前には二人の人間が立っていて、何やら話をしています。
一人はこの店の元店主、ソカーです。
もう一人は数日前にここを訪れた、露出の多い服装をした商隊護衛の女でした。
ガンショップの前に他の人は見当たらず、アイビーの姿もありません。
「まぁいいわ、きっちり報酬が出ればあたしは満足だし」
「前の商隊はどうしたんだ?」
「待遇悪いから抜け出してきたのよ。マスター……って、もうマスターじゃないわね」
「銃売るのは変わねぇから、べつにそれでもいいぜ」
「そう、じゃあマスターで……そんで、マスターが旅に出るっていうから、鞍替えしたのよ」
「だよな? お前から言いに来たんだよな?」
「こんなに武器積むなんて聞いてないわよ。マスターだって戦えるんだからあたし必要なくない?」
「商談しながら自分とアイビーと商品を同時には守れねぇだろ」
「あぁ……そう言われればそうね」
納得したのか、女は腰のホルスターをそっと叩き、自信に満ちた顔でソカーを見上げます。
「まぁ、任された以上はきっちり守るわ」
「腕は期待している」
「期待以上の仕事になるよう努めるわね」
「おまたせしましたー!」
深夜のため控えめの声量ながら、アイビーの元気な声がガンショップの入り口から聞こえてきました。
「これで全部か?」
「はい、必要なものはこれで全部だと思います」
両手に抱えた紙袋には、アイビーの服とソカーの小物がいくつか入っていました。旅に必要なので忘れないように持っていこうとまとめていたものです。
それらを荷台へ乗せると、アイビーは女に気が付き、
「あれ? お姉さん、あの時の」
「数日ぶりねお嬢ちゃん。なんかずいぶんきれいになっちゃって、お姉さんびっくりしたわ」
「えへへ……」
照れ笑いを浮かべるアイビーに、女は近づいてかがみこみ、視線を合わせました。
「自己紹介がまだだったわね。レミア・アンダーソンよ。レミィって呼んで」
「アイビー・ガルシアです。えっと……アイビーって呼んでください。よろしくお願いします!」
ぺこり、と頭を下げたアイビーとそれをほほえましく見ているレミィに、ソカーは後ろから声を掛けました。
「そろそろ出るぜ。夜の間に街はずれまで行って、明日の早朝には隣町で商売だ」
「はい!」
「了解」
「え?」
アイビーが目を丸くしています。
「レミィさんも行くんですか!?」
「そうよ? 言ってなかったっけ」
「わぁ……! じゃ、じゃあ、てっぽうのこと、聞いてもいいですか!」
「ええ、もちろん。自分の身くらいは自分で守れるようになって頂戴ね」
レミィの言葉に「いらんこと吹き込むなよ……」とソカーが呟きますが、レミィは無視して、アイビーは楽しそうに笑っていました。
そこそこ大きな国のそこそこ大きな町に、一台の馬車が走っていました。
時刻は深夜。馬車には三人の人間が乗っています。
一人はその馬車の主。筋骨隆々とした巨躯の持ち主。黒ひげ強面の元ガンショップ店主。
一人はその馬車の家事担当。細く小さな体にきれいな金髪の持ち主。整った相貌のかわいらしい少女。
一人はその馬車の護衛。細身ながらも引き締まった筋肉の持ち主。美しくも強そうな女性ガンマン。
三人を乗せた馬車は明るい月闇のなか、静かにゆっくりと走っていました。
――完――
○あとがき○
半分エタっていました(汗)
かれこれ一年近くですか。
受験期真っ最中に息抜きを……などと無謀な考えで始まったこの作品。当初は完結させるめどもなく、事実エタる寸前で放置しておりました。
そして最近は忙しく、また指のケガから活動そのものがしんどくなって「ちょっと休憩ちょっと休憩」を繰り返すうちにだんだん書けなくなってしまい、結果的には長期放置となってしまいました。
それが、先日感想欄からコメントをいただき、待ってくれている方がいる。読みたいと言ってくれている方がいる、ということにハッとさせられ、なんだか勢いで書いてしまった感じです。
作品の完成度としては如何ほどかわかりませんし、よく考えたら私が人生で初めて完結させた作品になっちゃいます。
一応完結という形にはなっていますが、ソカーもアイビーも(ついでにレミィも)キャラクター的にまだまだ描き切れていない感満載なので、実生活との調子を見つつちまちま書いていくかもしれません。
そうなると旅の様子かな…………?
ただでさえ『キノ○旅』が見え隠れする世界観ですがそこに旅となるともう……(ボソッ
――以下、小ネタ――
・名前について
ソカー →ドイツ語で「砂糖」の意味。また「フォン」は世界史的に貴族の称号。「シュミット」はドイツ語で「鍛冶屋」を指すファミリーネーム。
アイビー →花の名前。花言葉は「信頼」。また「ガルシア」はスペイン圏で最も多い苗字。つまりガルシア家はもともとスペイン出身。(物語の舞台はドイツをイメージしていますが、旅の行商人なので遠いところからきているんです)
レミア →どうしても愛称が「レミィ」になるようにしたかった。
また、物語序盤~中盤に誰一人として固有名詞を出していなかったのは「登場人物の心が通って初めて名前で呼び合える」というソカーの信条を物語全般で表そうと思ったからです。ここは書く前からはっきりと決まっていました。(なおシルヴィは原作キャラクターなのでその対象から外れます)
・食べ物のあつかい
実は「ソカーが甘党」「アイビーが肉食」というのはこの物語のスタートから書きたかったことなのですが、十分に書き尽くせないと思い「アイビーの心が百八十度変わる転換点にしよう」となりました。
・旅エンドにした理由
奥の手(作者)は『キノの旅』という本が好きです。どんな内容かというとひたすら主人公が旅をする話です。(かなり大雑把な紹介文)
そこに少なからず影響を受けていますし、そもそも物語の雰囲気がまんま『キノの旅』っぽいですから、クロスオーバーしちゃっても違和感が仕事しないレベルなんです。
要するに旅エンドにすると今後の話が広がりやすくてなんかいいなと思ったからです。にっこり。
○最後に○
細々と書いていた(途中音沙汰すら消していた)この作品ですが、応援してくださった方、感想を書いてくださった方、読みたいと励ましの言葉を贈ってくださった方、それらすべてが私のエネルギーとなりました。ひとえにその応援のおかげで完結っぽいところまで持っていけた、と言えるでしょう。
心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
たぶん続き書きます。