※過去の短編の続編です。
今回一夏と楯無しか出ません。一応簪とのほほんさんは名前だけ出ますが、他の人たちは影も形もありません。
それでもいいよという方のみご覧下さい。
更識楯無は目を見開き、飛び起きた。そして急いで自身の周囲を確認する。照明が落ち、暗い部屋の内装は、自身がIS学園で使っている寮の自室にほかならなかった。窓側のベッドを見てみれば、自身の従者であり、親友でもある布仏虚があどけない顔で寝息をたてているのが目に入った。起こさなくて、よかった。そんなことを考えながら、自分の今の状態を確認する。
まず、寝汗がすごい。それのせいで寝巻きが肌に張り付いて、とても気持ち悪い。次に寒いわけでもないのに、震える体。そして、荒い呼吸と、先程まで見ていた何かへの恐れ。それらを統合すれば、何故このような状態になっているのか、直ぐにわかった。だが、彼女には自分のことよりも優先しなければならないことがあった。
「――織斑君」
別の部屋にいる、愛おしい彼の名を口にする。そして、ゆっくりとベッドから降り、ベランダの方へと向かう。これまでの鍛錬の賜物か、眠りについている虚を起こすことなくそこまで行くことができたことに、この時ばかりは自分の生まれに感謝した。寝巻きを着替えている時間すら惜しい。そう考えながら、楯無はベランダの窓を開けた。
◇
――ベランダの方から、音がする。その事実が、織斑一夏の意識をまどろみから現実へと戻した。部屋の間接照明を付け、時計を確認すれば、あと2分で2時となるところだった。
また、ベランダの方から音がした。正確には、ベランダの窓を叩く音がするのだ。こんな時間に、なぜベランダの窓が叩かれるのか。そもそも、なぜベランダなのか。そうした事実が、彼に警戒心を抱かせる。そして、その警戒をそのままに、一夏はゆっくりと、ベランダの窓へ近づいていく。その間も、窓を叩く音は鳴り止まない。
やがて、窓の前まで来た一夏は、恐る恐るといった感じで、ゆっくりと、しかし静かにカーテンを開ける。
そうして、まず彼の目に映ったのは、とても見覚えのある外ハネの髪の毛だった。
「…楯無さん?」
それは正しく、自らの大切な人である更識楯無の姿だった。なぜ、彼女が自分の部屋のベランダにいるのか。そんな疑問が一夏の頭をよぎる。彼女の着ているものを見てみれば、寝巻きとして使っている衣服であるのが見て取れた。
しかし、この事実がさらに一夏を困惑させた。もしかして何かあったのでは――そう思いながら悩んでいると、窓越しの彼女と目が合った。その時に見えた彼女の表情は、どこかこわばったものに見えた。そしてその表情のまま、楯無は口パクで一夏に言葉を伝える。
あ・け・て。たったそれだけの言葉だが、一夏はすぐに理解することができた。そして、その言葉の通りに、ベランダの鍵を開け、窓を開く。
窓が開くのと同時に、するりと楯無が入ってきて、一夏に抱きついた。
「おっと」
いきなり抱きついてきたのに驚きながらも、一夏はしっかりと抱きとめる。そこで初めて、彼は彼女の体が震えていることに気がついた。顔を自身の胸に埋められ、彼女が今どのような表情をしているのか、一夏にはわからない。だが、彼女から漏れたであろう小さな言葉に、一夏は考え事をしている暇などないことを直感した。
――よかった。
たった一言、気をつけなければ聞き逃してしまう小さなそれを、一夏は確かに聞き取った。なぜ彼女がそう言ったのか、その経緯はわからない。だが、彼女の現状を見れば、何か尋常ではないものがあることは、一目瞭然なのだ。ならば、今自分がすることはひとつしかない。そう考えて、一夏は口を開く。
「とにかく、中へ」
そう言って、一夏は楯無を自身の部屋の中に招き入れる。この時ばかりは、一人部屋であることを認めてくれた姉に心の中で感謝した。一夏の言葉に、小さく頷いた楯無は、一夏に手を引かれながら、彼の部屋へと入っていった。
自分のベッドの上に楯無を座らせた一夏は、ちょっと待っていてくださいと楯無に言い、部屋に備え付けられているキッチンスペースへ行く。そこの棚から、マグカップと、市販のインスタントココアを取り出す。ココアに関しては、前に布仏本音と更識簪から「買いすぎた」と言われて押し付けられたものだ。今はそんなことよりも、作業を終わらせることが先だ。そう思いながら、一夏はインスタントココアの袋を開ける。そこからパウダーを適量マグカップに移し、ポットでお湯を注ぐ。湯を注いだマグカップの中身を、ゆっくりとかき混ぜると、ココアのほのかな甘味が匂いとして漂ってくる。マグカップ越しの感覚で、熱すぎず、温すぎない温度であることがわかった。それにホッとしながら出したものを棚の中にしまい、楯無のもとへ戻った。
楯無のもとへ戻ると同時に、彼女と目があった。瞳の中には、不安が渦巻いている。表情も同様のもので、少しの間とはいえ一人にしてしまったことに、一夏は罪悪感を覚えた。それを表に出さないようにしながら、一夏は楯無にマグカップを差し出す。
「熱いかも知れないから、気をつけてください」
一夏の言葉に、楯無は無言で頷き、両手で差し出されたマグカップを手に取る。そして静かに口に運び、中のココアを飲み始める。その様子に、一夏は安心したのか小さく笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと彼女の隣に座り、口を開く。
「何か、あったんですか?」
マグカップを口から離し、楯無は無言で頷く。その表情は不安げなものであるのは変わらなかったが、何故か悲しげななにかが見え隠れするものだった。そんな楯無の様子に、一夏は真剣な表情を浮かべ、言葉を続ける。
「よければ、俺に話してみませんか?」
その言葉に、楯無が一夏の方を見て、口を開く。
「迷惑がかかるわ」
「それでも構いません」
楯無の言葉に、迷うことなく即答する。初めて会った時から変わっていない真っ直ぐな瞳で、彼女を見つめてくる。純粋に心配してくれているということが、よくわかる。だからこそ、沈黙は長くは続かず、彼女は折れた。
「……わかったわ」
そう言ったあと、楯無はゆっくりと、小さな声で理由を語りだした。
夢を見た。と彼女は言った。しかし、その夢の内容をよく覚えてはいないとも、彼女は言う。ただ一つ分かっているのは、その夢の中で、一夏がいなくなってしまうということ。
如何様なことが起こり、一夏がそうなるのかはわからない。そんな中、一夏の消失とともに目が覚め、それが夢であることを認識する。だが、それが本当に夢だったのか、そして目覚めた自分が見た光景が、本当に現実なのか不安になってしまったということ。
そうして本当に一夏が自分の手で触れられる場所にいるのかが知りたくなり、一夏に会いに来たこと。一夏と会うことができて、安心したら色々な感情が溢れ出しそうになり、あんな行動をとったこと――
「ごめんなさいね、あんな事しちゃって」
最後に、自身の行動の謝罪を一夏に言って、楯無は語り終えた。
「いいえ、気にしていませんよ」
そう言って、一夏は楯無に微笑みを向ける。そうしながら、一夏は楯無の心の中を考える。
そこまで考えて、一夏は彼女を抱きしめた。自分はこんなことしかできない。無力なものだと彼は思う。しかし、だからどうした、とも考える。彼女は今、救いを求めている。ならば、手を差し伸べ、彼女を救わなければならない。
――自身を
「楯無さん」
一夏は楯無を抱きしめながら、言葉を紡ぐ。
「俺を頼ってください」
その言葉に、一夏の腕の中の楯無は「それは…」と言葉を濁らせる。一夏と楯無は付き合いが長い。だからこそ、今楯無がどう考えているのか、一夏にはわかっていた。
「俺が困るとか、迷惑がかかるとか、言い訳はしないでください」
そう言いながら、一夏は楯無の頭を撫でる。ゆっくり、優しく、まるで壊れ物を扱う手つきだ。そうしながら、一夏は言葉を続ける。
「恩返しが、したいんです」
一夏の言葉に、楯無は彼の腕の中で目を見開いた。言われると思っていなかった言葉だ。そのような楯無の反応に、一夏は目を細める。
「俺は、あなたに救われたし、助けられたんだ。だから――」
今度は俺が、あなたを救う番なんだ。
その言葉に、楯無は無言で彼の胸に顔をうずめる。気恥ずかしさからの行動だった。そしてそのまま、自身の気が収まるまで彼の鼓動を聞いていようと思っていた。
しかし、彼の胸からは心音はしない。その事実は、楯無に否が応でも一夏の現状を思い出させる。
その事実が、楯無を急に不安にさせた。普通の人のように暖かいのに、人間ではない一夏。本当に、今自身を抱きしめているのは、自分の知っている織斑一夏か。実はもう彼はいなくなっており、この光景は誰かが自分に見せている幻覚なのではないか。
不安が止まらない、でもこの腕は暖かい。だからこそ、楯無は一夏に示して欲しかった。
「ねえ、
いつもは呼ばない彼の名を、楯無は口にする。なんですか、と一夏は優しげな声で答える。そんな一夏に、楯無は自分の願いを、小さな声で言う。
「私の、本当の名前で呼んで」
それは、小さな願い。彼女が彼女であるための、ささやかな希望。楯無の頼みに、一夏は一瞬だけ驚いたような表情をした。しかし、その表情はすぐに優しげなものへと変わる。そして一夏は、彼女の願いを叶えるべく、口を開き、彼女の名を紡ぐ。その声は、とても優しげなものだった。
「――刀奈さん」
その言葉を聞き、彼女の心に安堵が広がっていく。本当の自分の名を、愛する人に言ってもらう。たったそれだけのことで、安心感が生まれる。ああ、自分はここにいる。そして、彼もここにいる。それこそが、私の幸福。だから愛する人よ、どうか言わせて欲しい。
ありがとう。
ただ一言、彼女は言い、マグカップを持っていない方の手を、彼の背に回す。それに答えるように、彼も抱きしめる力を少しだけ強めた。
カーテンの隙間から見える三日月だけが、二人を見守っていた。
――ココアの淹れ方はあっているだろうか?
まさか『そして花は開く』の続編を書く事になるとは思わなかった。
それもこれもみんな連載の展開が悪い!
というか一夏は幸せにならなあかん! そうやろ、刀奈はん!
ということで、いかがだったでしょうか、彼と彼女のアフターは。
こっちの世界では無事に結ばれている二人をどうか祝福してやってください。
最後になりましたが、ここまで読んでくださってどうもありがとうございます。
よろしければ、これからも私の書く作品に付き合っていただけると幸いです。
これからもよろしくお願いします。