武の求道者ブレイン・アングラウス。
挫折を知り、仲間を知り、新たな運命に挑む彼は何を追い何を求めるのか。

1 / 1
書籍版の設定で書いてあります。書籍第六巻のその後のお話しです。


オーバーロードSS Unknown investigator

リ・エスティ―ぜ王国 ロ・レンテ城

 

 

大きな丸太を縦に割りそのまま倒したかのような長テーブルに、座ると軋む安物の木の椅子。

魔法の明かりで照らせた室内は、何十人もの人間が同時に利用できる程に広い。

 

それもそのはずでここは多くの兵士が食事をする場であったり、また仕事や訓練の合間に休憩所として利用される兵士の憩いの場であった。

 

今はちょうど昼の休憩が終わり、先程まで賑やかだった休憩所は今は閑散としている。

そんな中、一人黙々と食事を取り始める男が一人。

 

青い髪を雑多に伸ばし、他の重装な兵士に比べ軽装でやや薄汚れた服を身に纏っている。

一見して冒険者か山に住む盗賊のような恰好だが、よくよく見るとその身に着けた装飾品は高価な魔法アイテムであり。腰に携えた『刀』と呼ばれる剣は斬る事に特化した強力な武器であることが分かる。

 

何よりその鍛えあげられた身体と精かんな顔付きは、この男が歴戦の戦士であり『(つわもの)』であると見る人に強く印象付けるだろう。

 

ブレイン・アングラウス。

実際に彼はこの王国、幾万といる強者の中でも『二番目』に強いと噂される人物である。

 

「よおアングラウス、一人か?」

 

「見て分かるだろう?」

 

話かけてきたのは中年のコックである。まるで長年の友人のような気安さだ。

 

パンをちぎりシチューに浸しながら面倒くさそうに食べるブレイン。

親し気に振る舞うコックだがブレインからすれば何でもないただの一コックであり、知り合ったのも最近である。

 

ブレインの連れない態度もお構いなしにコックは嬉しそうに喋り続ける。

 

「はは、あの坊主のお守りも大変だよな。そりゃ、メシの時くらい一人でいたいもんさ」

 

坊主と言うのは『クライム』の事である。

中年のコックはブレインがクライムを疎ましく思い、一人で食事をしていると思っているようである。

 

「…………」

 

実際のところ全く違う。まず前提からしてブレインはクライムの事を疎ましく思っていない。

むしろ仲間、同じ男としては尊敬すらしている。

皮肉でも何でもなくこの国トップクラスの実力者であるブレインはクライムを一人の男として認めているのだ。

 

しかしそれをわざわざこのコックに教えるやる必要は無い。

 

「おうこれ、サービスだ。つっても残りもんだけどな」

 

そう言って中年のコックは木のボウルに入った燻製された肉とチーズの盛り合わせを置くと手を振り帰っていった。

 

ブレインは軽く息を付くと再び食事を始める。

この盛り合わせは姫様の御使いに行っているクライムへの土産にでもしよう。

 

食事を終え、自室に戻る為広い城内の敷地を歩く。

クライムと同じく、塔の個室を与えられたブレインだが正直居心地が良いとは言えない。

野宿よりマシで盗賊の用心棒をしていた時より劣る、そんな個室だ。

 

ブレインの今の立場は曖昧で一応クライムと同じ姫様お付きの兵士という扱いになっているが、

王国に誓いを立てた正式な兵士ではないのでとりあえずという形のままだ。

 

本来であればそんな半端な人間が姫様お付きの兵士として扱いを受けている事に他の兵士から嫉妬を買われるのだが、かの『戦士長』と互角に渡った実績があるブレインに文句を言える兵士はおらず。

逆に先のコックのようにクライムという少年兵に付いて回る姿に同情される始末であった。

 

(どうでもいいがな)

 

ブレインはそれをわざわざ訂正しようとはしなかった。

そもそもどうでもいい他人の評価に興味を持つ人間ではなかったし、

一緒にいるクライムが何事もないよう努めているのに騒ぎを起こすのは野暮に思えたからだ。

 

 

 

「ん?」

 

塔と塔の間にある渡り廊下の途中、ブレインは足を止めた。

木の棒に藁を巻いただけの人形に土嚢が積まれた矢場。

簡易的に作られた野外の訓練場に一人の兵士が素振りをするのが見える。

 

ここではよく見る光景。だがブレインはそれを振るう一人の兵士が気になった。

その兵士が振るっていた得物は剣ではなく刀であった。

 

「珍しい……が、なんだあれは」

 

刀に慣れたブレインでなくてもその素振りが意味のない行為だと気付く者もいるだろう。

どんな仮想した敵と戦ってるのか知らないが闇雲に刀を振っているようにしか見えない。

あれなら重りを付けた鉄の棒を振るった方がマシである。

 

ブレインは手に持っていた木のボウルからチーズを一つ手に取り、おもむろに素振りをしている兵士に投げつけた。

 

「――――!?」

 

兵士は飛んできたチーズにとっさに反応し思わず切りつけた。

先程の出鱈目な素振りと違い体が勝手に反応したようでチーズは真っ二つに切り裂かれそのまま地面に落ちる。

 

(――ほう、才能(センス)はあるようだな)

 

「誰だ!?」

 

兵士が刀を構えブレインを睨む。

ブレインは悪びれた様子もなく兵士の前に姿を現す。

 

「あんたは……ブレイン。ブレイン・アングラウス?」

 

「そうだ。悪かったな邪魔して」

 

ブレインは近付いて少し驚いた。

やけにチビだなと思ってはいたがクライムよりもさらに若い少年だった。

 

雰囲気からしてまだ見習いの兵士だろうか。短く切った茶髪に生意気そうな眼つき。

痩せた体に合ってないぶかぶかの鎧をベルトできつく締め、かろうじて着こなしている。

 

ブレインだと分かった今でも少年は態度を変えず。

それどころか肩に刀を担ぎ、細い眼つきをより一層鋭くしてブレインを睨む。見事な悪態振りだ。

 

「チーズなんか飛ばして来やがって! もったいないだろ!」

 

「そう鼻息を荒くするなガキ。ちょっと試しただけだ」

 

「ガキじゃねー!! ……試すってなんだ?」

 

少年はブレインを睨みつつ地面に落ちたチーズをチラチラ見る。

腹空いてんのか?

 

「あぁ、それを持てる位の腕前があるのかってな」

 

「この刀か?」

 

そうだとブレインは刀を見る。

ある一件以来『強さ』というものの見方が変わったブレインであったがそれでも戦士の性か、珍しい武具を見ると興味をそそる。

刀を見るブレインに何かを感付いてか少年はそそくさと刀を鞘に納める。

 

(可愛くねーガキだな)

 

内心でクライムと少年兵を比べる。

多少の歳の差みたいのはあるだろうが少年の歳で目上に対してこの態度は失礼だろうと柄にもなく思う。

 

(比べるだけクライムに悪いか。しかしあの刀は気になるな)

 

ふと、今自分が持っている木のボウルを思い出す。試しに中身を少年に見せてみる。

ビクリとする少年。特に燻製肉に熱い視線を送る。

 

「……あー、その刀見せてくれたらやるぞ」

 

「くっ!?」

 

少年は時間にして三秒程迷うとずいっと刀をブレインに差し出した。

思わず苦笑するブレイン。

 

憎めんなぁと内心思う。

 

 

 

ブレインは渡された少年の刀を抜いた。真っ直ぐな刃紋とよく鍛えられた刃が美しく光る。

ブレインにアイテムを鑑定するスキルはないが、それでもこの刀がなかなかの一品であることは分かる。

 

「業物だな。どこで手に入れたんだ」

 

「むぐっ――知らない。元々は親父のなんだけど、親父この間死んじまって俺が引き継いだ」

 

行儀悪く立ちながらムシャムシャと肉を食べる少年。

 

この間と言われ思いあたるのは例の悪魔襲撃事件。

実際は事件なんて生易しいものでなく大規模な災害のような出来事だった。

 

ブレインは深く詮索せず、そうかと軽く呟き再び刀に目を通す。

 

「意外によく手入れされてるな」

 

「まぁな。そこはよく親父に教わったし」

 

少年はどことなく誇らしげである。

先程の素振りを見るにこの少年の父親は刀の扱い方の基礎だけ教え、戦い方までは教えず死んでしまったようだ。

 

ブレインは刀を再び鞘に納めると腰に据え構える。

それだけの行動であるにもかかわらず、少年は思わずごくりと肉を飲み込む。

自分に向けられたわけでもないのにそこから離れたくなるような強烈なプレッシャーを感じたのだ。

 

「ふっ――――」

 

一閃。であったと思う。少年が気付いた時には鞘から刀が抜かれていた。

そこから更に二回、縦と横の斬撃。今度はなんとか分かった。

捩じり込むような突き。下斜めからの切り上げ。再び打ち下ろし――。

 

時間の流れがそこだけ速いのか、見ている自分の時間が遅いのか。

不思議な感覚に眩暈を起こしそうになるが、それでも次々繰り出される斬撃を見逃しまいと夢中でブレインを見る少年。

 

流れるような所作で剣を納めると深く呼吸しながらゆっくりと構えを解く。

 

「――いい刀だな」

 

切れ味でいうなら自分の持つ神刀の方が数段上だろう。

しかし初めてであるのに手に馴染む感覚。剣を振ってる最中に感じた体の軽さ。

おそらくこの刀には何らかの加護があるのだろう。いつもより武技が出しやすいように感じた。

 

「すっげえぇ!!」

 

さっきまで持っていた木のボウルを放り投げブレインに駆け寄る少年。

両手に拳を握り鼻息荒く興奮が納まらない。

 

「ほらよ。お前には過ぎた物だ」

 

興奮した少年を諫めるように刀を放り渡す。

慌ててキャッチする少年にもう興味が尽きたように背を向けるブレイン。

 

「な、なぁ――」

 

「断る」

 

「なにが!?」

 

「ん、修行をつけてくれって話じゃないのか?」

 

振り返ったブレインに少年は子犬のような呻き声を上げ少し固まると取り消すように首を横に振った。

 

「ち、違う! 俺は将来『最強の剣士』になるんだ!! アンタはその……俺のライバル!」

 

はぁ?と思わず間抜けな声を漏らしてしまうブレイン。

 

「将来のライバルのアンタがどうやって強くなったか、その……聞こうと思っただけだ!」

 

屁理屈にもなってない少年の言い分に呆れるブレイン。少し脅してやろうかと思ったが止める。

こんな礼儀知らずの馬鹿ガキにつっかかるだけこちらがアホだ。

 

(最強の剣士ね……)

 

ここ最近その言葉の意味に大いに悩まされているブレインはしばらく少年を見つめ溜息を吐く。

 

「才能は……あるかもな。だが身体つきが悪い。長生きしたけりゃ諦めて立派な兵士にでもなるんだな」

 

「ぐ、体はこれからでっかくなるんだ!」

 

どうもこの馬鹿ガキは馬鹿は馬鹿でも底抜けの馬鹿のようで、目が本気だ。

一人で世間を渡り歩き、善人も悪人も見てきたブレインの瞳には少年が本気で強くなろうとしている強い意思が分かる。

 

『最強』と言う子供じみた言葉をブレインは笑わない。なぜならそういう存在は確かにあるのだから。

ブレインがこれまで出会った二人は正にそういうものを体現したような存在だった。

 

そういう存在に憧れ、鍛え、自分こそそうだと思い上がり。

それに挑んだ自分は――――。

 

今では少年が目指す『最強』への道がどれだけ無為なものか、ブレインはよく理解している。

 

「どうしたんだ?」

 

「――――ん? あぁ、どうやって強くなったか、か。……俺の場合才能があったからな、剣じゃ誰にも負けない自信があって……とにかく色んな所で色んなヤツと戦った。戦場の兵士、僻地のモンスター。武技だけじゃなく魔法の知識も覚えてな。それで――」

 

少年の英雄を見るような眼差しを感じて、自分がとてつもなく恥ずかしい話をしている事に気付く。

乱暴に髪をかき誤魔化すように話を変える。

 

「まぁ街から離れるんだな。森や山で暮らしてモンスターでも狩れ。運良く生き延びられれば少しはまともに剣が振れるかもな」

 

期待するように聞いていた少年はブレインの言葉にうつむき悔しそうにする。

 

「俺だってそうしたいさ! けど(ウチ)は四人家族で……親父が死んで三人だけど。お袋も忙しくて……俺が働いて、せめて下の弟がでかくなるまでは家を離れられない」

 

「それで?」

 

「へ?」

 

「見捨てりゃいい。結局、剣の道は一人の道だ。他人なんざ気にして強くなれるかよ」

 

無表情に淡々と話すブレイン。思いがけない言葉に少年は強く反応する。

 

「そんなの強くなったって意味ないじゃんか! 俺は最強の剣士になって守りたいんだ、自分の大事なものを!」

 

「大事なもの?」

 

「お袋に弟、(ダチ)と……今はいないけど、す、好きなヤツとか。化け物から守ってくれた親父のように守るんだ!」

 

「そして親父のように死ぬのか? やめておけ自分を高めることを一番に考えるヤツが強くなれるんだ。己を鍛え、他人を蹴散らし、誰も寄せ付けない『強さ』を求める。……まぁ、お前じゃその前に死んじまうだろうけどな」

  

絶句する少年。ブレインの言葉にさっきまであった尊敬の眼差しが軽蔑の眼差しに変わる。

 

「俺、アンタみたいには絶対ならない」

 

ブレインは少年の言葉に自嘲する。それでいい、と胸の内で呟き少年を置いて立ち去る。

少年はしばらくその背中を睨むように見つめていたが、視線を外し再び剣の素振りを始めた。

 

 

 

少年の気合の入った掛け声を背中で聞きながらブレインはさっき言った言葉を反芻する。

過去の自分。ガゼフに負けた後の自分であったなら少年に言ったこと全てが正しく当然だと言えた。

 

あらゆるしがらみを捨てて得た『強さ』は確かに己を高め、自分にあらゆるモノを斬り捨てられる程の力をくれた。

しかし挫折を味わい、クライムに会い、今はそれが全てでない事を理解した。

――いや、まだ自信はない。が、自分ではそのつもりだ。

 

家族、仲間、恋人、自分が信じる主。自分以外の大事なものを支えとした『強さ』は所詮は内面を支えるだけのもので、それで物を砕いたり斬れたりはしないが、『最強』の存在を相手にする時、それは必ず必要になる。

 

その『強さ』があれば、手も足も出せずただ殺されるだけかも知れない『最強』と戦う事になろうとも。

立ち上がり、剣を構えること位は出来るはずだ。

 

あの少年が自分の言葉を鵜呑みにし、家族を捨て修行に出る可能性も考えたが、ブレインは何となくそれは無いであろうと思った。少年の最後に見せたあの目は強さの憧れよりも大事なモノが分かっている目だ。

 

(その点だけは俺より一歩先を行ってるのかもな)

 

 

 

ブレインが訓練場を出るその道すがら、三人の男達とすれ違う。

気にも留めずに歩き去るがしばらくすると訓練場から怒号が響いた。

 

「おい見習い! 仕事もせずにサボりたぁいい度胸だな!!」

 

三人の男達は少年兵士の先輩らしく、一番体格のいい真ん中の男が一歩前に出て少年の胸倉を掴む。

 

「サボってねーよ! 訓練道具の掃除も整理もちゃんとしたじゃねーか!」

 

「これがかぁ~? 見ろ、まだ錆が残ってるじゃねーか!」

 

少年の前に突き出されたのは練習に使う刃を潰した剣であった。

かなり使い込まれた古い剣で所々にある傷や錆が目立つ。

 

それでも何とか使えるようにとしたのだろう。剣全体が研磨されてあったり柄の皮を張り替えたりするなど、涙ぐましい努力の跡が見える。

 

「ぐ、これ以上どうしろってんだ!?」

 

「なんだぁ、その態度は!!」

 

男は掴んだ少年を突き飛ばす。受け身も取れぬまま地面に無様に転がる少年。

それを見て左右の取り巻きが口を歪めて嘲笑(わら)っている。

この連中は少年に難癖を付け、日頃の憂さ晴らしをしたいだけなのだ。

 

「クソガキが。てめぇのせいで訓練が捗らねぇや、こりゃ帝国と喧嘩したら負けちまうかもな」

 

「こりゃあー大変だ、きっちり躾ないとな。俺たちの責任問題だ」

 

いかにも芝居がかった態度で手前勝手な言い草を吐く後ろの二人。

それに同調するように真ん中の男が大きく頷いてみせる。

 

「その通りだな。ちゃんと反省するように罰を与えないとなぁ、ん~?」

 

男は少年の腰に手を伸ばすと無理矢理少年の刀を奪い取る。

 

「てめぇ!? 返しやがれ!!」

 

少年が掴みかかるが取り巻き二人が前に出て両腕を押さえ込まれる。

力の限り暴れるが大人の兵士の腕力に抗えず、腕を締められたまま再び地面に叩きつけられた。

 

「こんなの腰に付けてるから思い上がるんだ。ガキにはこっちがお似合いだよ」

 

目の前に錆びた剣が投げ捨てられる。

屈辱と悔しさで唇を噛みしめる少年。それでも涙だけは流すまいと必死に耐える。

 

「それにしてもいい剣だ。俺みたいな凄腕剣士にはやっぱりこういうのでなくちゃなぁ~」

 

「ほう――凄腕なのかお前」

 

三人の男達と少年は声のする方を向き驚きの表情を見せる。

いつの間に近付いたのかブレイン・アングラウスが立っていた。

 

「あ、アングラウス・・・・・・さん。どうしてここに?」

 

さっきまでの態度とは一変して物腰が低くなるリーダー格の男。

他の二人もたじろき、その隙を見て少年は振り払うように立ち上がる。

 

「刀返せ木偶の坊――!!」

 

「おいコラ、ガキ! いい加減にしねぇと!!」

 

お互いに刀を掴み引っ張り合う二人。

喜劇のような光景にブレインは溜息を吐くと素早く刀を掴み上げ、男と少年の手首を捻る形で刀を強引に奪い取る。

取られた二人は引っ張り合った勢いそのまま地面に転がり刀から離れた。

 

「凄腕が聞いて呆れるな。お前さんもこいつに相応しくないんじゃないか? まぁそっちの生意気なガキよりはまともかも知れんがな」

 

腕一本で軽くあしらわれた男はブレインの噂に違わぬ実力者振りに恐縮する。

少年も悔しそうにブレインを睨む。

 

「そうだな、こいつは俺が頂くとするか」

 

それは、と異議ありげな男を文句あるかと不敵に見るブレイン。

男は表情を歪ませ何も言えないでいるが少年は勢いよく立ち上がり凄い剣幕でブレインに抗議する。

 

「ふざけるな!! それは親父の――いや俺の剣だ! 誰にも渡さない!!」

 

「ハハ、そう言われて素直に渡すと思うか?」

 

少年の瞳には侮蔑と絶望があった。

王国で知らぬ者はいない最高の剣士がこんな最低な人間であることへの落胆。

 

「そうだな……」

 

ブレインは落ちていた錆びた剣を拾うと剣と刀、両方を突き出す。

 

「こいつを今からお前に投げつける、それをこの刀でぶった斬れたら認めてやるよ」

 

自分の剣だと言うのならその刀で錆びた剣を斬って見せろと。

出来たらお前の物と認めてやると、ブレインはそう少年を挑発する。

 

空中で物を斬る事が難しいことは剣士であればよく知っている。

ふらつく重心を捉え、素早く正確な動作で打ち込まなければ空中で物を切り裂くことは出来ない。

 

しかも今回の獲物は錆びてるとはいえ剣である。

刀が斬る事に特化した武器であったとしても生半可な腕では剣に刃を通すこと自体無理であろう。

 

元々が悪人面のブレインの顔が更に意地悪く歪み、少年を嘲る。

先程いじめていた男とは比べものにならない威圧感だ。

 

男三人が息を飲む中、少年は前に出て自身の刀を掴む。

 

「いいぜ、やってやる!」

 

「――――上等だ」

 

ブレインは少年から距離を取ると錆びた剣を持ち手首で揺らす。

 

一方の少年は刀を鞘に納めたまま腰の左に備え、右手を柄に置く。

静かに腰を少し落とし左足を半歩前に出す。

 

「いい構えだな」

 

「・・・・・・親父に唯一教わった構えだ。さぁ来い!」

 

「手が震えてるぜ」

 

刀を握る少年の手は震えていた。

 

失敗をしてしまったら大事な父親の形見を失うこと。

――いや、それ以上にこれから先、自分は剣に対して決して自信を持つ事は出来ないだろう恐怖。

それは強さの頂きを目指す少年にとってこれからの人生を負け犬で過ごすことに他ならない。

 

「ビビるな」

 

ハッと少年は前を見る。

目の前の男は錆びた剣を堂々と構え少年に剣先を向ける。

 

「斬るものが『チーズ』だろうが『剣』であろうが同じだ。一振りに己の全てを込めるんだ」

 

ブレインの言葉に戸惑う少年。

 

「大事なモノを守るのが『最強の剣士』なんだろ? それで死んだっていいんだろ? なら見せてみろお前の剣を」

 

少年の眼付きが変わり刀を握りしめる。震えはもうない。

 

少年の覚悟を感じ、ブレインは少年に向かい剣を投げつけた。

 

迫る剣。

 

抜かれる刃。

 

――――そして。

 

 

カキンと金属同士がぶつかる音。その音のすぐ後ざくりと土が捲れる音がする。

 

「ひっ――!!?」

 

少年と剣を取り合った男の前に剣の先が突き刺さる。

同時にもう半分の刀身が地面に転がった。

 

「見事だ」

 

ブレインがそう言い少しだけ満足気に唇をつり上げる。

放った刀を鞘にしまい少年は堂々と声を上げた。

 

「これは俺の剣だ」

 

 

 

少年に絡んできた男達は逃げるように立ち去った。

夕暮れの野外訓練場にブレインと少年が向かい合わせで立っている。

 

「礼は言わない」

 

「何がだ」

 

「あの時の言葉」

 

鼻で笑うブレイン。やっぱり生意気なクソガキだ。

 

少年からは先程までしていた侮蔑の眼差しはなかった。そして英雄を見るような憧れの眼差しもなかった。

少年の瞳には明確な目標、目指すものの確かなカタチを見つけたような力強い男の眼差しがあった。

 

「ブレイン・アングラウス。いつか俺はアンタに挑戦する。俺がなりたい最強の剣士になる為に必ずアンタを倒す!」

 

「俺程度の『最強』なんてたかが知れてるぞ。小さい目標だな、クソガキ?」

 

「ふん! 俺にとっては全てを賭けてでもやる意味があるんだ!」

 

夕日よりも赤く染まる顔を隠すようにそっぽを向く少年。

やはり憎めん。

 

「それと俺はクソガキじゃねー! 俺の名前は――」

 

「ハッ! 俺に勝てたら名前を聞いてやるよクソガキ」

 

猛抗議する少年。その少年をあしらいながらブレインは笑う。

 

 

三か月後。彼には再び試練が襲う。

それを知る由もない彼だが今はただ己に抱いた新たな『強さ』の答えを探す。

ブレイン・アングラウス。運命を変えた武の求道者は新たな運命にその足をつける。




web版と違い主人公してるブレインは活躍する度に好きになります。
10巻に出てくれるかは分かりませんがまたナザリックメンバーの出鱈目さに愕然としつつちょっとだけ胸がすくような活躍をみたいですね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。