マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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二二 クレマンティーヌ、ブレインと戦う

「おんやー? この距離でも悲鳴とか聞こえてたはずだけど。たった一人で待ってるとか、頭でもおかしいのかなー」

 

 現れたのは、外套に身を包んだ短い金髪の女戦士だ。その装備は刺突に特化した鋭利なスティレットで、外套のシルエットからかなりの軽装であることが窺える。顔立ちには猫科の動物じみた愛らしさもあるが、訓練や怪物相手ではなく実際に人間を狩り続けてきた者に特有の危険な雰囲気も備えている。

 少し離れて姿が見える仲間は四人、その全てが魔法詠唱者(マジック・キャスター)のような雰囲気だ。聞いていた通りに五人のチームではあったが、蒼の薔薇とは構成が明らかに違う。

 

「前の連中に手間取るようなら、この俺がわざわざ一人で出てくる価値もないぞ?」

 

「ふーん、もったいつけるほどの――あ、刀なんて使うんだー。いいものを手に入れると無駄な自信持って死に急いじゃうんだね」

 

 一人で前衛を張っている以上、女の自信ある態度は本物だろう。

 

「ぬかせ。……こっちも蒼の薔薇かと思って楽しみにしてたんだが、たった一人抜けば終わりってのはつまらんな」

 

 それでも、戦士一人に魔法詠唱者(マジック・キャスター)四人。蒼の薔薇とは異なり、前衛を抜けば勝利は容易い――そう思ったところで、最後列の黒衣の少女に目が留まる。実力者であるはずの集団の中で、申し訳程度に短剣を持っているがたいした品でもなく、持ち方もまるでなっていない。それがかえって不気味だった。輝きの鈍い、おそらく下位の冒険者がつけるプレートも見えるが、それは冒険者に登録してからの実績が少ないという意味でしかなく、ここまで侵入してきている以上は考慮に値しないものだ。

 対人戦に特化して情報を集めていたブレインは、戦い方として実物は見た事がないが剣を射出する浮遊する剣(フローティング・ソード)や武器に《舞踊(ダンス)》の魔法付与を乗せて牽制に使うような例まで聞いたことがある。これほどの実力者が必然性の無い武器を漫然と持つことなど考えられず、それらを警戒すべき状況かと考えてその注意を分散する。

 

「んふふ、その蒼の薔薇のガガーランを含めて、この国じゃ私とまともに戦える戦士なんて五人くらいしか居ないはずなんだけどねー。あ、後ろは気にしなくていいよ。今日は私が一人で片付けることになってるから」

 

「随分と自信家だな。俺はブレイン・アングラウスだ。その五人に入っているといいんだがな」

 

「おめでとー。大穴のあいた糞情報だったけど、ちゃんとあなたも入ってるよ。で、私はクレマンティーヌ」

 

「それは光栄だ。お前のことは知らないが、そのガガーランともやりあえる程度なら期待しないでもないぞ」

 

「そんなの強化なしでも勝てるけど、今はとんでもなく凄い強化魔法貰ってるから楽勝かなー。それにしても、こんな穴ぐらに篭ってて元漆黒聖典のクレマンティーヌ様と殺り合えるチャンスが来るなんて、運がいいね」

 

「聖典――法国の強者には疎いんでね。……で、せっかくのその強化が切れる前に、そろそろ来るかい?」

 

 ブレインは一瞬の逡巡の後、誘うようにクレマンティーヌに向けていた刀を中段に残し、正眼の構えをとる。

 一人でかかると言ってはいても、不利になれば四人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)から波状攻撃が来るのは間違い無い。そうなると初手から最も得意な構えを選びたいところだが、騙し討ちで魔法攻撃を伴う可能性も考えればそうもいかない。相手の手数が多い場合は、武器による防御も含め機動的な対処ができる正眼とならざるをえない。

 

「そだね。……じゃ、行っくよー」

 

 僅かに低い姿勢を取ったクレマンティーヌが、一気に駆け出す。ブレインの利き手から遠い側へゆるい弧を描くような軌道は次第に直線へと変わり、爆発的なまでの加速によって瞬く間に距離を詰めてくる。

 ブレインはクレマンティーヌの動きによって開けた後衛からの射線を意識し、初撃は防御に専念する。真っ直ぐに迫るスティレットの前に刀を割り込ませようとするが――間に合わない。

 

 刀が届いたのは、スティレットの先端から十センチ。拳ひとつの差は埋めがたく、即座にブレインは迎撃を諦め、さらに二撃目への選択肢も捨てる。

 ブレインは身を反らし、合わせた刀でスティレットの軌道がその身を追わないよう支えながらギリギリまで粘り、それでも抗しきれず後ろへ倒れ込んだ。

 その無防備な頭部を襲った二撃目は――足だった。

 

「ぶはぁっ!!」

 

 尻餅をついた状態で顔を蹴られたブレインは、横に一回転してから抜き身の刀を地につけて座り居合の形に体勢を整え、クレマンティーヌが向かってこないのを見てゆっくりと立ち上がる。見下ろすクレマンティーヌの顔には余裕の笑みと、僅かな怒りがあった。

 

「つまんない! せっかく一人で楽しもうと思ったのに、いつまでも後ろを気にして馬っ鹿じゃないの? 全部こっちに集中しないとあっさり死んじゃうんじゃないかなー」

 

「……確かに、一対一でも厳しいか。十回やって二回勝てるかも怪しいくらいだ」

 

 ブレインは刀を鞘に納める。

 

「んふふ、どうしたのー? 諦めちゃった?」

 

「勘違いするな、忠告を受け入れただけだ。今はこの一回を勝てばいいだけだからな」

 

 ブレインは強敵との戦いに湧き立つ心を抑えつけるようにゆっくりと息を吐き、腰を低くして抜刀の構えをとる。

 

<領域>

 

 極限まで研ぎ澄まされた集中力が、ブレインの身体から溢れ出して周囲を満たす。ブレインの一つ目のオリジナル武技であるそれは、半径三メートルの範囲内のあらゆるものを自らの体の一部であるかのように把握し、極限まで攻撃の命中と回避の精度を向上させるものだ。

 

「抜き打ちの一撃? 攻撃の軌道を見せないって考えはわかるけど、その一撃に失敗したら終わりだよね。切り札なのかなー。……それを搦め手なしで破ってあげたら、どんな顔が見られるんだろ」

 

「……ふん、ぬかしてろ」

 

<能力向上>

 

 ブレインは武技を発動し、クレマンティーヌが間合いに入り込む瞬間を待つ。

 クレマンティーヌはブレインを凌駕する戦士だ。その軽い得物による鋭い一撃は、防御に専念したブレインでも体勢を崩さずに受けることはできなかった。撃ち合いになれば小回りの利く相手に翻弄され、反撃の機会も無いまま圧倒されるのは間違いない。

 しかし、人との戦いに特化して鍛えてきたブレインには、そんな相手にも対応できる切り札があった。

 

――戦いってのは、一撃で充分なんだ。

 

 刃が急所に届けば、それで戦いは終わる。相手より一瞬でも早くそれができれば、相手の反撃すら考える必要は無い。そういうブレインの考えは二つ目のオリジナル武技<瞬閃>として形をなし、無限とも思える繰り返しの鍛錬により<神閃>の名を冠する程の速度を得ていた。

 

「ブレイン・アングラウス。あんた程度を相手に武器見て合わせる必要なんて無いんだよ」

 

 クレマンティーヌは異様なほど低い前傾姿勢を取り、武技を発動していく。賢明な考えだが、ブレインはもとより合わせられるような一撃を放つつもりはない。<領域>の極限の精度と、<神閃>の極限の速度、これをあわせた一撃は回避不能かつ一撃必殺となる。

 それは、ブレインが虎落笛(もがりぶえ)と名づけた秘剣。両断された頸部より吹き上がる血飛沫の音からとった名だ。

 

 

 

 

 

 絶対的強者に嬲られ続けて間もないクレマンティーヌは、等身大の戦いに飢えていた。ブレイン・アングラウスとの戦いは、癒しようのない身体と心への蹂躙の記憶の上に、戦士としての喜びを上書きする得がたい時間となった。許されるなら一日中撃ち合っていたいほどの充実感を感じながらも、戦士としての勘がブレインの一撃必殺の構えに警鐘を鳴らし、この場での決着を求めざるをえなかった。

 二本のスティレットを両手に持ち、一本を選ぶような動き。そして――。

 

――私の方が、絶対に速い!

 

<能力向上><能力超向上><疾風走破>

 

 クレマンティーヌは飛ぶように、滑るように一直線に踏み込む。その先にあるのは、半身になったブレインの肩口であり、心臓だ。最速のクレマンティーヌが、最短で到達可能な部位を狙う。それはクレマンティーヌの軽妙な口先とは対照的に、一切の遊びを削ぎ落とした万全の攻撃だ。これが通用しないようなら、クレマンティーヌという存在は今度こそ、完全に終わってしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌの言葉通り、ブレインの優位は打ち砕かれたかに見えた。

 本来ならば太刀筋を見せない構えは、刀身の短いスティレットに対して優位に働くものだ。しかし、そのスティレットはクレマンティーヌと一体となり、突き出された槍の如くブレインを襲う。

 それは、果たして神速の槍を前に利き腕を晒す愚策か。

 

<神閃>

 

 ブレインは構わず全てを賭けた一撃を繰り出す。それでも<領域>による知覚能力で、神速の槍によって肩を貫かれることはわかっている。斬撃自体の速度では決して負けていないが、クレマンティーヌは大きく加速した状態で<領域>へ踏み込んでくる上、武器の軌道の距離が違いすぎるのだ。それでも、その槍はクレマンティーヌ自身でしかない。すなわち、肩一つを差し出して槍を断ち切れば全ては終わる。

 

「ぐぅっ!」

 

 ブレインの肩に鋭いものが入っていく。全てを知覚できていても、身体能力において対処には限界がある。<神閃>の切っ先が乱れない範囲の動きでスティレットの軌道から身体の芯をそらしつつ、その肩をスティレットに貫かれながら、名付けの通りに神の領域に達する一閃を放つ――。

 

<――不落要塞>

 

 一瞬感じた肉と骨を断つ感触が止み、刀が完全に止まる。ありえないことを前にしてブレインは思わず瞠目する。

 

 そこに武器を受けるものなど無いはずだ。普通の攻撃ならまだしも、腕で<神閃>を受けるなどすれば腕が千切れ飛ぶしかない。ブレインも見たことのある<要塞>の上位武技のようだが、腕を断ち切る一瞬の間に発動することなど不可能なはず――。

 

「……っ!」

 

 そこにあったのは、鍔の外れた短いスティレットだ。クレマンティーヌはそれを掌の側、腕の内側に隠していた。腕を返して受けるのでは間に合わないとの判断か、そのまま逆腕を捨てスティレットを隠したまま<不落要塞>でブレインの斬撃を止めたのだ。その腕は骨まで断ち切られてほとんど千切れかけ、すぐにスティレットが取り落とされる。

 

<流水加速>

 

 肩を貫かれながら全てを賭けた<神閃>を放ったブレインには二撃目を放つことなど不可能だが、異常な速度の斬撃に警戒したのかクレマンティーヌはブレインの肩に突き込んだスティレットから手を離して距離を取る。

 

 スティレットが肩から落ちると、貫通する両側からおびただしい量の血が噴き出した。出血自体はクレマンティーヌも大差無いが、利き腕の肩を壊されたブレインにもはや勝算は無い。

 

――逃げるか?

 

 ブレインは剣士としての矜持を持たないわけではないが、それを守る手段はただ戦って死ぬことではなく、生き延びて再戦して勝利することだと考えている。目標が増えただけ強くなれる余地も大きい、そう切り替えることができる。

 だが、肉体能力の差、肉体速度を増す武技など、目の前のクレマンティーヌは逃げようと思って逃げられる相手とも思えない。普通に逃げにかかれば、後ろの魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちも黙ってはいないだろう。

 

 

 

 

 

「そろそろ回復してあげてください」

 

 マーレに促され巫女姫が第五位階の回復魔法を使うと、クレマンティーヌの千切れかけた左腕は、時間が戻っているかのように垂れ落ちつつある血を巻き込みながら繋がって元通りに全快する。エンリとンフィーレアはもちろん、ブレインさえもその絶大な効果に驚いた様子だ。

 

「ミコちゃんありがと。で、こいつどうしましょーかねー」

 

「ま、待て、まだ決着は付いてない! 俺も奥に行けばポーションがあるんだ」

 

 血のあふれ出る肩を押さえながら、ブレインは顔をあげてまくしたてる。

 

「うっわ、往生際悪いんだー。それで逃がすと思ってるわけ?」

 

「い、一合だけでいい! あと一合だけ剣を合わせたら、全員でかかってもらって構わない。逃げられるとは思わない。もう一度だけ最高の戦いを味わいたいんだ!」

 

 クレマンティーヌは感じていた充実感を見透かされたような気がしたが、それでも悪い気はしなかった。ブレインの武技は侮れないものだったが、その速度を知ったからには次は大きな傷を負わずに対処できる自信もある。どうせ袋のネズミで逃げられるわけでもなく、ただ戦士としての魂を癒されるような戦いを続けられるのは魅力的な提案だった。

 

「いーよ。回復したブレインちゃんを殺す方が楽しそうだし、行ってきなよ」

 

「……それじゃ、この先で待ち構えてる連中の向こうで待ってるぜ」

 

 ブレインはよろめきながら走り去る。

 

 

「逃がしたんですか?」

 

「イえ! に逃ゲらレないから大丈夫デす」

 

 マーレは少し首をかしげる。別に情報を持っていそうにもない男の処遇には全く興味は無いが、逃がさないと言う割に簡単に逃がしてしまうクレマンティーヌの行動が理解できなかっただけだ。

 洞窟の中には、マーレにしか感知できない僅かな空気の流れが――もう一つの出口があった。 

 

 

 

 

 

 ブレインは下唇をかみ締めながら、その場を逃れる。

 

 また、戦いたい。

 ポーションなど奥へ行かずともその身に隠し持っている。

 しかし、自分の殻を破らねばクレマンティーヌとの再戦は無意味だ。

 

 ブレイン・アングラウスは、かつて王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに破れ、ガゼフを乗り越えるべき目標として戦いを重ねてきた。

 

 ガゼフとの戦いでは己の才への過信があった。努力せず、努力した男に敗れたことで、ガゼフに勝利するため努力をすることができた。

 クレマンティーヌとの戦いでは、そんな想いに囚われた自身の弱さを思い知った。軽口を叩きながらも己の全てを出し尽くし、斬撃の前にその腕を差し出してまでブレインの最高の技を正面から打ち破ったクレマンティーヌ。あれは戦いに全てを賭けることができる存在だ。

 それに対し、ブレインは全てを出し尽くすことができたのか――。

 

 否。

 

 ブレインには、封印していた技がある。それは、ガゼフに敗れた後、憧れと悔しさの間で揺れながら練習し、習得し、封印した、当時のガゼフ・ストロノーフ最高の武技<四光連斬>だ。ガゼフに負けまいという想い、それに伴う安い矜持のために、出し切れなかった力。

 それこそが、ブレインがクレマンティーヌを凌駕しうる可能性でもある。<領域>と<神閃>による最高の速度と精度をもって<四光連斬>により四の同時斬撃を放てば、<不落要塞>に護られた神速の槍を打ち砕くことができるかもしれない。もちろん、そこには僅かな迷いさえあってはならない。これを躊躇する想いなどは、鍛錬によって振り払っていくしかないだろう。ブレインが乗り越えなくてはならない相手は、もはやガゼフだけではないのだ。

 

 強くなりたい。その想いだけは変わらず、より強いものになっていた。

 

 

 

「悪いがしくじった。ポーションを使って戻るからそれまで粘ってくれ。クロスボウは予備も全部巻いておいた方がいい」

 

 仲間たちが守りを固める洞窟で最も広い空間に至ると、ブレインは余裕の表情を繕う。予め空けさせておいたバリケードの端を通り抜けると、痛みを堪えその意図を気取られないよう堂々とした態度を装いながら、奥の小部屋の扉を開けて中へ入る。その部屋は、盗賊たちのほとんどが倉庫として認識している場所だ。

 

「あのブレインが深手を負う相手なのか」

「ポーションって買ったら身につけておくものじゃないのか」

「俺たちはそうだが、ブレインが怪我をしたのなんて見たことないからな」

「そんな相手にここを守れるのかよ……」

 

 ざわめきは止まない。盗賊たちはバリケードの隙間を埋め、不安を口にしながらクロスボウを構える。

 

 盗賊の頭――自称庸兵団の頭である男だけが、顔を歪めてブレインの入っていった小部屋をちらちらと気にしていた。

 

 

 

 

 

 バリケードは横倒しにしたテーブルと商隊などから略奪した時の木箱を積み上げたもので、それと入り口との間に行動を阻害する目的で腰上の高さに渡した幾重ものロープで簡易な防御陣地を構成している。

 

「一人で大丈夫。もしもの時は回復だけお願いしまーす」

 

 入り口の奥から、気楽そうな女の声。その直後、ロープと木箱を足場にバリケードを軽やかに乗り越えた一人の女によって、広間に死が撒き散らされることになる。

 広間のほぼ全員による数十のクロスボウからの苛烈な十字砲火を受けても、どうにか命中した矢はたった一本。その傷にひるむことさえなく、女は『死を撒く剣団』残存兵力への蹂躙を開始する。正面の集団がなすすべもなく壊滅し、その矢さえも後方からの回復魔法で女の身体から排出されると、盗賊たちの士気は完全に挫けた。逃亡者が続出するが、入り口の他に逃げ道を知る者は無く、バリケードに阻まれたままでは幾つかある行き止まりの副洞へ隠れるほかない。

 

 その場で唯一隠された逃げ道を知る男は、既にスティレットで頭蓋を貫かれて地に伏していた。集団を相手に襲撃をかける際は、一瞬で指揮系統を判断して可能なら速やかに叩く。そこまでは、かつて女が所属していた部隊では日常的な行動だ。ただし、その後の殺戮は訓練された動きとは言いがたく、猫がネズミの群れを嬲るような愉悦に満ちた嗜虐的なものとなり、そのことが逃亡者たちに時間を与えた。

 

 

「ま、待て! こいつらの命が惜しかったら戦いを止めろ!」

「そうだ! 冒険者かワーカーか知らないが、誰かを助けに来たんじゃないのか!?」

「お前らも手を貸せ!」

 

 戦いから逃れた者たちのうち、性欲処理のための女たちを捕らえておく小部屋に逃げ込んだ三人は、逃げ場の無い絶望的な状況においてそれらを人質にすることを思いついた。三人が人質に武器を突きつけながら戻ると、広間の生き残りのうち動ける三人がこれに加わり、六人で四人の人質を盾に女と対峙する形となる。

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌは殺戮を存分に楽しんでいたが、元々はそれだけが目的だったわけではない。しなければならないことに賊たちの茶番を利用できることに気付き、薄い笑みを浮かべる。

 

「んふふ、女しか居ないみたいだけど、()()()は、殺してしまったのかなー?」

 

「……そうだ。そういう用で来たのなら話は早い。せめて女だけでも連れ帰った方がいいんじゃないか?」

 

 盗賊の一人が、女の言葉に少し怪訝な顔をして応じる。捕えていた女たちは隊商や旅人を襲撃して得た戦利品であり、護衛や同行者の男を殺してしまうのは聞かずともわかる当たり前のことだ。

 

()()()()()()()も二人いたはずなんだけど、さっきの男にはかなわなかったかー」

 

「ああ、ブレインは強い。俺たちが生かしておくのは若い女だけだ」

 

 盗賊はクレマンティーヌの狙い通りに、襲撃対象の護衛などで手ごたえのあった相手を勝手に思い浮かべて応える。

 しなければならないことを終えたクレマンティーヌの笑みが深いものになる。これで盗賊たちは用済みだ。

 

「んふふ、それじゃ、仕方ないよねー。どうしますー? お仕事には関係ないみたいだし、私は全部殺しても構わないけど」

 

 エンリとマーレが言葉を交わし、マーレが口を開く。

 

「入り口と同じで」

 

 それを聞いたクレマンティーヌがマーレと目配せをすると、マーレの魔法で五人の盗賊が爆散し、残る一人はクレマンティーヌによって無力化された。元々壊れかけていた人質たちは、血肉を浴びて呆然とする者、薄い笑みを浮かべる者、卒倒する者など様々だ。最後の盗賊は耳元で何やら囁いたクレマンティーヌに恐れをなし、何かを聞かれるたびにびくびくとそちらを窺いながら、言葉少なく洞窟内を案内することとなった。

 その男は『死を撒く剣団』団長の死体から鍵の束を取って差し出し、ブレインが去った後の部屋を案内した後、激高したクレマンティーヌのスティレットを額に突き込まれて絶命した。

 

 部屋には逃げ道だった穴があった。土砂を崩され半ばが埋められていたが、クレマンティーヌは一縷の望みをかけ潜り込む。マーレの魔法によって土砂が排除されることで、速やかに外へ出ることができた。

 

 

 

 そこは、やや湿った空気の漂う森の中だった。入り口のあった窪地からも近く見通しはそれほど悪くはないが、もちろんブレインの姿は無い。

 

「あの男! 逃げやがったか……」

 

 焦って周囲を見回すクレマンティーヌに続き、立って歩けるほどに広げられた抜け穴から囚われていた女たちを含めた一行が出てくる。

 

「あの、逃げられないって言ってましたよね」

 

「モ、申し訳ごザいまセん!!」

 

 マーレの声に反応し、一行の真ん中のエンリとマーレが並び立つ前に、賊たちの返り血に塗れたクレマンティーヌが飛び込んできて土下座をする。その光景に助け出された女たちはたじろぎ、二人からじりじりと距離を取る。

 

――不味い、思いっきり怯えられてる。

 

 エンリは少しでも和やかな雰囲気を作ろうと、話題になるものを探して周囲を見回す。

 

 変な形の枯木(こぼく)……恐ろしげな老人の顔に見えてくるのでやめておく。

 地味な色の太い蛇……害が無いのは村の野伏から聞いていたけど、和やかな話題とは違う気がする

 可愛らしい小鳥たち……二羽いっぺんに樹上の何かに食われて、搾り出すような断末魔の悲鳴。残ったのも食われた。

 美味しそうな白い茸……帰りの食材にもなるし、何かあっても断末魔の悲鳴をあげない。これしかない。

 

 薬草採取と違って相当に筋が悪いとされ、エンリは故郷のカルネ村でキノコ採取に関わることを禁じられていたが、毒草などにも詳しい薬師のンフィーレアや森に生きる妖精族のマーレがいる今なら問題無いだろう。

 

「ねえ、あれ……すごく美味しそうじゃない?」

 

 

 間の悪さから逃れようとしたエンリが指差す先のものを、マーレが拾い上げ、同じくそれを知っているはずのクレマンティーヌに見せる。湿り気のある枯れ葉の多い地面の上、それは卵のような繭のようなものに護られるようにして立ちあがった、まだ小さな白い――。

 

「小さいけど拷問に使ったやつと一緒ですよね。これは食べられないです」

 

「ぁぁ……も……イや……ダめ……ごめ、んなさいっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ……」

 

 まだ傘も開いていない小さな白い茸を見せられたクレマンティーヌは、ただその場にうずくまって謝り続けた。生暖かい液体がその下半身を伝い、湿った地面に吸い込まれていく。

 

 

 

 クレマンティーヌの状況を見て、持ち歩いていた鎮静薬を差し出すタイミングをはかりかねていたンフィーレアは、マーレからその茸を手渡される。

 

「これで毒薬を作れますか?」

 

「あっハイ。まあ、できると思うけど……」

 

 茸のままの方が効果は抜群かも、とは口に出せなかったンフィーレアだった。

 

 黙ってクレマンティーヌに水袋を渡すと、洞窟へ戻って戦利品を持ち帰ることを提案し逆方向へ一行を誘導する。そこには気遣いもあったが、残ったメンバーで最も冒険者に近い感覚を持つのがンフィーレアとなる。金貨を最優先し、素人ながらに物品の価値を見定め、少し離れた所で作業をさせたクレマンティーヌにも意見を聞きながら、手際よく進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、討伐隊はいつ編成するんだ?」

「最低三チームは必要だろう。他にサポートも要るだろうな」

「一応傭兵団なんだろ。戦争みたいなものだし、ここに居る全員でやってもいいくらいだ」

 

 この街の最上位であるミスリルと白金クラスの冒険者の集まる酒場は、北の盗賊団の(ねぐら)が判明したという情報をうけて大きな仕事の気配に活気付いていた。数チームの連合が見込まれるとなれば、リーダーや役割分担など先の話題には事欠かない。

 本来、そんな話題であれば最も活気付くはずの男は、同じく話題に乗り切れないチームメンバーたちと静かに酒を酌み交わしていた。

 

「話を持ってきたお前にその気が無いってのは意外だったな」

「イグヴァルジがまとめてもいいと思うくらいなんだが」

 

「……俺はいいよ」

 

――不要な情報だから流したんだよ。

 イグヴァルジは、心の中だけで呟く。世話をしていた後輩が街を去ったことで消沈していると周囲に言ってあるが、実際は違う。元々『クラルグラ』の仲間だけで共有する独自の情報で、北の盗賊団にとんでもない剣士がいるということを知っていたのだ。

 『クラルグラ』は細かい調査任務を厭わない、使いやすい冒険者チームとして知られていた。しかし、実際のところは報酬の良くない事後調査に類するものを好み、事前調査は自ら握る情報で安全が確認できない限り絶対に受けないという方針を守っていた。報酬が悪くとも、事後調査は情報の宝庫だからだ。北の盗賊団についても、商隊護衛に出た者たちが戻らないことで派遣された事後調査で鎧から骨まで一気に切断されたような死体を見てその危険性を知ることとなってからは、そちら方面の護衛や警護は一切請けないようにしていた。

 そういうわけで、イグヴァルジは下手に討伐隊の一部として指名を受ける前に、同格の冒険者たちが組合に問い合わせをして勝手に望んで請けることを待つつもりだ。仲間たちにその意図は話していないが、長年の付き合いでそのあたりの間合いは心得たものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街への帰路についた一行は、組合への報告について話を整理していた。といっても、取り逃がしたブレインの扱い以外に大きな問題は無い。

 

「クレマンティーヌさんの話を聞く限り、逆に普通の冒険者だったらブレイン・アングラウスという人のことは言わないでおくべきだと思う。もちろん、組合長が気を遣ってくれているなら、それで信じてくれることを期待するのもいいかもしれないけど――」

 

 話というのは、ブレイン・アングラウスが御前試合でガゼフ・ストロノーフと互角に近い戦いを見せた有名な強者だというものだ。そうなるとそれが盗賊団の中に居たことは重要な情報であるように思われるが、エンリの中ではそのこととンフィーレアの意見がうまく繋がらない。

 

「よくわからないけど、そういうのは甘えすぎだと思う。でも、信じてもらえるかわからないと、言っちゃいけないのはどうして?」

 

 ブレインは盗賊団の一員であり、立派な犯罪者だ。それをあえて報告しないという判断を、エンリは理解できなかった。

 

「そうだね。それほどの人なら経歴を隠して他の国に逃げてくれればまだいいけど、護衛としても優秀だろうから、どこかの貴族が雇ってしまうかもしれないんだ」

 

「悪い人だってわかったらその貴族が捕まえてくれるんじゃ……」

 

「王国戦士長と互角に戦ったことがある剣士だったら手放すわけがないよ。この国では貴族が身元を保証すれば、証拠が無い以上、冒険者でしかないこっちが嘘をついたことになるだろうね」

 

「へぇー、ンフィーちゃん賢いねー。確かにあのブレインだったら漆黒聖典だって喜んで迎え入れるよ。私の穴までは埋まらないけど」

 

 クレマンティーヌでさえ理解できているのに、エンリはンフィーレアの話を理解できなかった。弱味を見せられないというのとは少し違うかもしれないが、頭が弱そうに見られるのもまずいだろう。ンフィーレアに顔を寄せ、小声で囁く。

 

「……今のところ、帰ったらもう一回説明してくれる?」

 




初見殺し最強技 VS 高レベル実戦経験+上位強化+舐めプ成分 ってイメージです。
蹂躙を期待した方、うちのマーレが無関心ですみません。

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