マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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●マーレ一行、前回までのあらすじ

バハルス帝国は竜王国からの援軍要請に応じ、西の王国との戦争が近いにもかかわらず派兵を決定。
「竜王国の女王は()()巨大爆発と同じ種類の魔法を使うそうです」
マーレとフールーダの裏取引により、元漆黒聖典という肩書が竜王国で価値を持つクレマンティーヌはバハルス帝国准将軍の肩書を与えられて名目上の指揮官となった。
帝国軍がアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』とともに竜王国の救援に向かうことで竜王国に恩を売るのは、亜人の大攻勢を偵察しておく目的もあるが、『漆黒』の情報収集を円滑に行うための側面支援でもあった。(マーレのためにフールーダが進言し、クレマンティーヌを登用したいジルクニフが受け入れている模様)

●この章の前回までのあらまし

ナザリック地下大墳墓が転移してきたのは、ミノタウロスの王国の南端、ビーストマンの国との国境付近だった。
制圧した人間牧場をセバスに守らせ、デミウルゴスとコキュートスがミノタウロスの王国を制圧することで墳墓周辺の安全を速やかに確保。
モモンガは冒険者モモン(チーム名『ザ・ダークウォリアー』)として竜王国へ旅立つが、トラブルでモモンを代役のパンドラズ・アクターに任せた際の命令が進展し過ぎたため復帰を断念。その後、何故か恋敵になったセラブレイトと竜王国の女王を争って決闘し、長時間の激闘を装った戦いの果てに勝利する。
一方その頃、ビーストマンの国の首都は突如現れた悪魔の集団によって大混乱に陥っていた。


四五 マーレとドラウディロン

 竜王国への援軍としてバハルス帝国を出発した軍勢は霧に包まれたカッツェ平野の東寄りを進み、途中で同行者の過半と別れることになる。

 援軍の出立と前後してリ・エスティーゼ王国に対し行われた宣戦布告は、その時期はやや遅くなったものの概ね例年通りの内容で、その決戦の場はカッツェ平野と決まっている。援軍に交じって同行したのは、そこに築かれた要塞に先行して駐留し開戦準備を整えるための部隊だ。

 援軍の規模が多く伝わることは帝国の名声に繋がり、戦争準備を始めているであろう王国側による戦力読み違えを誘う可能性も得られる。実際の当事国である竜王国に到着するのは実質的に強行偵察部隊でしかない千数百だが、極めて危険な状況にある竜王国は周辺諸国との人の往来が相当に少なくなっている。この援軍に関して周辺諸国では専ら帝都アーウィンタールを出立した時の規模に基づいて語られることになるだろう。

 その差を埋めるのが、アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』であり、元漆黒聖典のクレマンティーヌの存在だ。

 特に、クレマンティーヌの存在は大々的にアピールされる。竜王国ではスレイン法国の特殊部隊といえば救世主のような扱いとなっており、全容は知られてないとはいえ、多く救援に来ている陽光聖典より格上の最強部隊の一員が来たとなれば反響も大きい。

 そこで、人類の守り手として聖女の如き扮装をさせられたクレマンティーヌが、名目上の指揮官として帝国軍を率いているのだ。

 

「なんかもどかしいよね、あのあたり、サクッと殺しに行っちゃ駄目なわけ?」

 

「ここでは激しい戦いは新手を呼び、無駄な消耗を招くだけです。騎士団と魔法学院の共同研究の成果として、霧の出ているカッツェ平野の行軍ではこうして静かに進軍し、近づいてきたもののみ槍衾で処理する戦術が採用されています」

 

 クレマンティーヌの言葉に答えるのは、長い黒髪を後ろで太い三つ編みにまとめた、学者の助手のような雰囲気を持つ女騎士だ。

 帝国軍は高い密度で槍を並べた部隊で味方を守りながら進軍し、広い平野をうろつく大量のアンデッドを極めて緩慢な速度で「処理」していく。殆どは槍衾で事足りるが、騎兵や魔法詠唱者(マジック・キャスター)の遊撃部隊も控えている。

 騎士といっても、その内訳は様々だ。その他、野伏(レンジャー)の能力を持つ斥候から、盗賊や職人まで様々な者がいる工兵まで、その全てが帝国騎士団の騎士とされる。帝国における騎士とは、冒険者をも凌駕するほどに多彩な職種を含む戦闘部隊・支援部隊のことであり、軍馬に騎乗する戦士といった狭い範疇に限られるものではない。そして、槍衾のような戦術は、少数の熟練兵が現場指揮をとることで多くの支援部隊を比較的安全に戦力化することができる。

 開戦後、両軍が大規模に布陣した状態では霧が晴れて何故か出現しなくなるアンデッドたちも、帝国がカッツェ平野に要塞を築いて以降、戦争の準備段階で相手をしなければならない状況が増えているらしい。そのため、こうして効率よく相手をして突破するノウハウが蓄積されているのだ。

 

「クレマンティーヌ様は、スレイン法国から幾度も送られたという竜王国への援軍に参加したことは無いのでしょうか」

 

「ないない。私はもっと後ろ暗いやつ専門だったから、こーいうの困るんだよね」

 

 クレマンティーヌは聖女然とした純白の衣装のヒラヒラをつまみ上げ、渋い顔をする。思えば、援軍に参加したことがないと正直に明かしてしまったがために、このような強いアピールを含む服装を用意されてしまったのかもしれない。あてがわれたこの白亜の馬車の中も、どうも居心地が悪い。

 しかし、絶対に逆らえないマーレから任務に従うよう釘を刺されていては、大人しくしているしかない。クレマンティーヌにとって、恐れて従っているという点ではマーレもエンリも同じだが、直接に拷問を受けたマーレの命令となると遊び心も縮こまってしまう。

 話し相手になっている女は帝国魔法学院出身の普段は魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊に所属している女騎士で、フールーダの息のかかった名目上の副官だ。クレマンティーヌは、この派兵が決まった後のマーレとフールーダの話し合いの場に踏み込んでフールーダに泣きついた。そのおかげで衣装通りの演技をしないで済んでいることには感謝しているが、この副官とそれほど距離を縮めようとも思えない。

 

――どう考えてもマーレ様との繋がり目当てだし、解放された後でも窓口にされたらたまらないよね。

 

 それは渡りに船とばかりに素早く対応してくれたフールーダの態度を見ていればわかる。クレマンティーヌは接点を減らし、多くの時間を副官以外の目にとまらない馬車の中で椅子寝をするなどだらけた姿で過ごしつつ、たまに武器を手に取って小窓から外を眺めながら軽口を叩くような退屈な時間を過ごし続けた。

 

 

 

 カッツェ平野を抜けると、そこからは帝国軍が行軍ノウハウを持たない領域だ。鷲馬(ヒポグリフ)に騎乗した少数の斥候部隊が先行し、行軍速度は極端に落ちることになる。現段階で遭遇の可能性があるのは「狩猟規模」のビーストマンの群れだとされているが、帝国軍はこの行軍で迅速性より安全性を重視していた。

 

「遅いですね。ちょっと、急いでもらおうと思います」

 

 マーレの言葉を聞いて、エンリは帝国軍の指揮官ということになっているクレマンティーヌに同情する。エンリは借りてきた猫のようになっていた行軍当初のクレマンティーヌしか見ておらず、その緊張感の中に居るクレマンティーヌが今の立場とマーレの指示との間で板挟みになるように思えたのだ。

 

「えっと、エンリが行く先のビーストマンを掃除してくるって帝国軍のひとたちに言ってきてください」

 

「は? 掃除してくる? 私?」

 

 マーレは戸惑うエンリを冷ややかな目で眺めると、アイテムボックスに手を入れる。

 

「ちょ、それは!」

 

 寸前で意図に気付いたンフィーレアの制止も間に合わない。

 

「では、これをどうぞ。――行きましょう」

 

 マーレから黒い宝珠を押し付けられ、その瞳を暗く濁らせたエンリ(死の宝珠)は速やかに主人の意を汲む。

 

「聞け、帝国の愚図ども! ここから先はこの『漆黒』が掃除してやる。貴様らはその貧相な馬どもに鞭を入れ、行軍を早めるだけでよい!」

 

 鋭くしなる鞭が、連れているイビルアイの足元の地面を打つ。マーレの忠実なしもべ(死の宝珠)としては、許可なく主人の所有物を傷つけることはできない。そんなイビルアイの状況は、さすがにこの行軍では魔獣としての扱いはできないものの、よく見れば捕虜か罪人の類であることはわかるようになっている。

 どこからともなく現れる二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に帝国軍はどよめき隊列を乱すが、これはすぐに正常化する。名目上の指揮官であるクレマンティーヌに諮ることさえなく行軍速度が早まるのは、事前に部隊の上層部にフールーダを通して力関係が伝わっていたためだ。

 もちろん、そこにマーレの名は無い。マーレにとって表に出るべきはエンリであり、クレマンティーヌなのだ。

 ビーストマンの一団が近づくと、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に騎乗したエンリ(死の宝珠)が二体を巧妙に操ってこれを牽制しつつ、不可視化の状態で同行するマーレの魔法で焼き尽くしていく。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を巻き込まないよう攻撃魔法の位階は抑えているが、ここでは抑えすぎたことが仇になったかもしれない。

 

「おい、フールーダ様の火球(ファイヤーボール)より大きいぞ。幻覚でも見せられているのか」

「幻覚だって? それならあれを二体操りながら魔法使ってる時点でそうなんだろうよ」

「なあ、『漆黒』の残りはクレマンティーヌ准将軍より弱いと聞いてるんだが」

「おいおい……俺たちはいったい何を連れているんだ」

 

 馬車で昼寝をしていたクレマンティーヌは周囲が騒然とする中で目を覚まし、状況の報告を受けると、慌てふためいて権限も無いのに全速前進を命じてしまう。漆黒聖典時代も、格上から怒られたらとりあえず突撃して戦果をあげて誤魔化したのが“疾風走破”の二つ名を持つクレマンティーヌだ。少し怖い状態のエンリに急げと言われたことを知って反射的に他人を走らせるくらいは当然のことかもしれない。一定以上の地位の者には権限が無いとわかっていても騎士全体がこれを無視するのは難しく、隊列は大きく乱れた。

 結局、実質的な指揮官たちは事態を収拾するため、秩序を保ちうる最大の行軍速度を保つことになった。幸い、出会い頭に次々と焼かれていくビーストマンの末路を見れば、この行軍にリスクは感じることもない。部外者による無理を通してしまう形になったが、被害が出そうにないとわかると早く首都へ到着して状況を知ることが優先された。

 

 

 

 

 

 竜王国の首都は、戦時中に相応の緊張感だけでなく、重い泥の底に沈んだような陰鬱さに包まれていた。安全な城壁内の街でありながら、全ての民がまるで死地に漂う避難民であるかのように暗く沈み、希望を手放しかけていた。

 クレマンティーヌは聖女のような格好で群衆からよく見える位置に出されて大人しくしていたが、この即席の『聖女』がどうにか意味をなしたのは城内に到達してからのことだ。城内の兵士たちの士気はいくらか上がったものの、他国からの援軍にも大して盛り上がらないこの街の状況は異様なもので、帝国の将兵も戸惑いを隠せない。

 

「雰囲気、おかしいですね」

 

「亜人の餌場ならこんなもんだと思うけどさー、それより、なんでこの街の衛兵は門の内側ばかり気にしてるわけ?」

 

「……確かに、配置も含めて不自然な感じがします。特に情報はありませんが」

 

 クレマンティーヌが感じた違和感の正体は、その日の夜には判明することになる。

 

 

 

「我が王都の国民は、女子供に至るまでその全てが命を散らすこととなる戦力なのだ。だから、街を逃れることは認められず、衛兵もそういう配置になっている」

 

 形式的には歓迎の場として、実質的には援軍の対価として実施された非公式な謁見の場で、女王ドラウディロンは臆面もなく言い放った。

 全て包み隠さず情報を出すように言ったとはいえ、これにはエンリやンフィーレアどころかクレマンティーヌさえ驚きを隠さない。

 沈黙を破るのは、深いフードを目深に被った少女マーレだ。

 

「えっと、あの、それは竜王の力を使うための時間稼ぎか何かですか?」

 

 あまりに不躾な質問に、ドラウディロンはエンリに非難の篭もった視線を向ける。フード付きマントから出た肌の色から闇妖精(ダークエルフ)とわかるこの少女は冒険者チーム『漆黒』の側の存在であり、従者のようにエンリに付き従っていたからだ。

 だが、それを見たクレマンティーヌが口を挟む。エンリもあわあわと対処を悩んでいたが、身分の高い相手に対応する胆力も、マーレを不機嫌にしないよう行動する俊敏さも、何もかもが劣っている。

 

「こちらのマーレ様も、私が援軍とともにここへ来た理由である『漆黒』と同等のお方とお考えの上、誠意をもって答えてもらえますか」

 

 それは、謁見の始めに語られたことの繰り返し。クレマンティーヌは既に、援軍とともに竜王国へ来たのはこの場を設けるため、すなわち『漆黒』の利益のためでしかないと言い切っていた。

 そして、ドラウディロンにはクレマンティーヌの聖女の装いが単なる外向きの衣装でしかないことも、とっくに理解できている。ここまでの謁見の会話や反応からだけでも、恐ろしげな冒険者チームとして噂を聞く『漆黒』のエンリの方がよほど人間的な良心や善性といったものを備えているように見えるほど、その本質は冷酷だ。そうでなければ、ここまで深く話を引き出されることもなかった。

 ドラウディロンは苛立ちながらも、質問に答えるしかない。

 

「――っ。時間稼ぎなど、そんなことに国民を使えるものか! そもそも、私がそのような力を使えるのは竜王の血を受け継ぐことによる生まれながらの異能(タレント)の恩恵であって、私自身は人間と変わらない脆弱な存在だ。そんな脆弱な私が竜王の力を使うには気が遠くなるほど多くの無辜の魂をすり潰し、対価として捧げなければならない。永遠に使わずにおきたい力だが、もし東の守りが破られれば他に方法は無くなる」

 

 沈痛な面持ちで語るドラウディロンに、マーレはただ観察するような無機質な視線を向けて質問を続ける。

 

「それで、さっき言っていた巨大爆発だと、この街の人間を全てすり潰したら何発撃てるのですか?」

 

「…………一発だ」

 

 ドラウディロンがマーレを見る目には、もはや憎しみの炎さえ灯っている。しかし、ここで情報の提供を拒めば、アダマンタイト級冒険者チームどころか援軍までも失われてしまう。

 

「――たった一発で、百万人。この街の人間の七割から八割が犠牲となるのだ。侵攻は止まるだろうが、あれを使えばこの国は終わってしまう」

 

「えっと、人間をよそからもう百万捕まえてきたら、また撃てますか?」

 

「何、を……」

 

 俯いていたドラウディロンは、驚きに包まれて顔を上げる。

 深いフードの奥には長い耳と左右で色の違う瞳をもつ、美しい少女の顔があった。

 

――まともではないと思ったが、こいつは例の王族か!? 元漆黒聖典のクレマンティーヌが遠慮するほどとなると……相当な……。

 

 女王ドラウディロンは少し気勢をそがれた。

 物資の不足でも話題にするかのような平易さで百万の人命を語るのは、力に魅入られて狂ったと法国より聞いている森妖精(エルフ)の王族と、同じ特徴を持つ闇妖精(ダークエルフ)の少女マーレ。こうした特徴を持つ者を見かけたら法国に通知するよう言われているが、確かに相応の危険な人物であるように見える。

 援助をよこさなくなった法国に義理立てするつもりはないが、法国に敵視されるほどの存在ならば一目置かざるを得ない。

 

 そして、得体の知れない不気味さは感じるが、これは怒りをぶつけるべき言葉ではない。この闇妖精(ダークエルフ)は人間とは別種だからこそ、考えようによってはこの場の誰よりも、ドラウディロンよりも事の深刻さをわかっているのかもしれない。

 人類という種の生存だけを考えるのであれば、マーレの考え方は決して無茶なものではない。最前線にあるのがたとえ帝国や法国であっても、本気になったビーストマンの侵攻を止めるのは非常に困難で、奇跡的に退けたとしてもそこを別の亜人の国に攻められればひとたまりもない。

 そんな状況では、数百万の人間を生贄に出してでもビーストマンの侵攻を完膚なきまでに打ち砕き、二度と人間の領域に侵攻しないように思い知らせるというのはむしろ最善手と言えるかもしれない。そこまでの戦果があればビーストマンも他の亜人もその敗北を知る世代が消えるまで相当な長期間にわたって手を出せなくなる。そうやって時間を蓄え、その間に繁殖力に勝る人間が数を増やせば、その数を力に種族間の生存競争を戦い抜くことができるだろう。

 そのように人間の命を単なる力の源たる数字と割り切るのならば、ドラウディロンの『始原の魔法』は有力な選択肢となる。だが、そのような選択肢は心情的にも元から考えもしないようなものであるばかりか、実現の可能性も皆無に等しい。

 

「……できぬ。魂を対価とするには、予め儀式が必要だ。私はこの国を、この王都を守るためだけに力を行使することを誓い、国民の多くは幼子のうちから同意の必要な儀式を済ませている。よそから連れてきた人間たちでは、生贄に捧げるような同意は得られまい」

 

 すなわち、強制は不可能で、竜王国の国民でもなければまず同意は得られないということだ。出生及び定住の機会に儀式を行った国民が、王都に百数十万。これが使える魂の全てとなる。

 

「――お前のような考え方をするならば、もしスレイン法国のような強大で民の信仰心も集める国が、その力であらゆる国民に幼いうちから生贄になることを受け入れさせて育てることができれば、亜人など怖くはないのかもしれんな。しかし、そんな提言も法国と敵対する者のものでは意味を持たぬか」

 

 ドラウディロンの前からクレマンティーヌの姿が消え、その場に棒立ちのマーレからはぞくりとするような気配が放たれる。

 

「…………」

「誰が、法国と敵対していると? 耳が早いのですねぇ」

 

「――ひっ」

 

 後ろから鎖骨を撫でるのは、クレマンティーヌの両手なのだろう。武器は持っていないが、その手にかかればドラウディロンの細首など簡単に折られてしまう。

 前後から鋭利な殺気に挟まれたドラウディロンは、クレマンティーヌの言葉をうけて無言のマーレの方を見る。

 

「確かに、法国は敵です。だから、ぼくたちがここへ来たことを喋ってもらっては、困ったことになります。ところで、どこでそれを知りましたか?」

 

 ドラウディロンの知る限り、スレイン法国は主に森妖精(エルフ)の王国と戦争を続けており、森妖精(エルフ)に限らず人間以外は劣った存在として奴隷にすることが許されている。そういう扱いの闇妖精(ダークエルフ)で、さらに森妖精(エルフ)の王族の特徴を持つ少女に対し、法国の漆黒聖典から出奔したクレマンティーヌが従っているという状況があるのだ。つい口に出してしまった敵対というのは、観察するうちに得た確信のようなものに過ぎない。

 

――不味い。虎の尾を踏んだか? いったいどうすれば……。

 

「情報源、喋っちゃいましょうよ。この街で神都みたいな事が起こったら、人口百万切っちゃうんじゃないですかぁ?」

 

「ちょ、クレマンティーヌ! そういうのは――」

 

 一国の女王を相手にした不穏な脅しに、ンフィーレアから背中を押されたエンリが口を出す。

 

「まあ、待て。情報源など無いんだ。ただ、そのマーレ殿の目、左右で色の違う目はスレイン法国と戦争を続けている森妖精(エルフ)の王族の特徴とされている。さらに、法国大災害以降は戦力が逼迫している状況だ。クレマンティーヌ殿が帝国に仕えているのも調略でなく裏切りの可能性が高く、それがマーレ殿に仕えているとなれば、法国と敵対関係にあるのは間違いないと考えただけだ」

 

「……こういう目が、森妖精(エルフ)の王族なんですか。そこには、他にこういう目をした闇妖精(ダークエルフ)の女の子はいませんか?」

 

「そこまではわからんが、強者を増やすためにそういう血を持つ王族を増やしているとか聞いたことがある。そのあたりは、クレマンティーヌ殿の方が詳しいのではないかな」

 

「いーや、全然」

 

 そんなはずはない。以前戦況が厳しくなった時、ドラウディロンも普段救援に来ていた陽光聖典より格上の漆黒聖典の援軍が欲しいなどと話をした時、法国の人間から色々と聞かされて知っている。

 

「漆黒聖典なら一度はそちらの戦いにも投入されると聞いているのだが」

 

「ええ、一度きりならね。ある集落の村長を殺せって言われて、ついでに戦力になりそうなの二十人くらい殺して遊んでた時、最初に殺したのが臭ってきたから適当な家に運び込ませて火をかけてみたら、ぱーっと燃え広がって村みっつくらい無くなっちゃったんですよ。それ以来ずっと、対森妖精(エルフ)戦線の任務どころか状況報告やら会議やらの資料も(なーんに)も来なくなりました。向いてなかったんでしょうね」

 

「任務が成功してるなら、向いてないということもないと思いますけど」

 

 露悪的なクレマンティーヌ以上に、その所業をまるで問題にしないマーレの異常性が際立つ。女王ドラウディロンとエンリ、そしてンフィーレアは漂う視線の行き場を失いかけたところへ互いのドン引き具合を確認することができ、奇妙な連帯感さえ覚えた。

 

「とにかく、今は目の前の戦いのことを考えた方がいいと思います」

 

 エンリを立てて発言を控えていたンフィーレアが、ここで場を引き戻す。

 

「わ、私たちは東の方から来るビーストマンと戦えばいいんですよね」

 

「うむ、そういうことになるな。健闘を祈るぞ」

 

 そのまま、常識ある三人で軽く場をまとめにかかる。実際は、ある地点を抜かれて接近を許したら百万の命を犠牲にしなければならないという悲壮な話なのだが、この場ではこれ以上話を続けても収穫があるとは思えなかった。そして、この悲壮な状況を正面から受け止めるにはエンリやンフィーレアはこう危うい状況に慣れすぎていたし、ドラウディロンはその只中に身を置き過ぎていた。

 

「とりあえず法国に援軍の事は伝わってるだろーし、それは私が円満に縁を切るためなんでいいんですが、マーレ様絡みの余計な話は絶対に漏らさないように」

 

 正面に戻って釘を刺すクレマンティーヌに、ドラウディロンはぶんぶんと首を縦に振る。

 

「もちろんだ。それに、法国は援軍要請に応えなくなったからな。今後は帝国を頼りにしていくつもりだ」

 

「別に援軍呼んで法国の戦力削ってもらってもいーですけど、私らが帰ってからにしてくださいね。……でないと、巻き込まれちゃいますよぉ?」

 

「わかった。全て望み通りにする」

 

「しかし、法国が援軍出せなくなってから随分経つと思うんですが、よくこの国持ちましたねー。軍以外に何か戦力とかあるんですか」

 

 クレマンティーヌの問いに、ドラウディロンは肩を落とし、しゅんとしてしまう。

 

「少し前までは、頼れる戦力があったのだ。そのあたりは、すまないが私でなく宰相から説明を聞いてほしい」

 

 

 

 宰相が呼ばれ、ドラウディロンが去ると、この国が失ったばかりの戦力――『ザ・ダークウォリアー』と『クリスタルティア』について淡々と説明がなされる。隠しても街の噂などで知れてしまうことではあるが、それは女王自らは話しにくい内容なのかもしれない。

 二つのアダマンタイト級冒険者チームのリーダーは女王を巡って決闘をし、片方が国を去ることになってしまった。必死に引き留めようと探させたが敗者の姿は既に無く、勝者さえ残っていなかった。これは後でわかったことだが、二つのチームは動き出していたビーストマンの大軍勢の首魁を討ち果たすため、ともに潜入したらしい。

 結局、唯一逃げ帰ってきた『ザ・ダークウォリアー』の女盗賊から、二つのチームが瓦解して全員生死不明だという報告があった。彼女は事の顛末を簡単に報告するとこの国を去っていったという。

 

「……屈強な戦士二人が、女王陛下を巡って決闘ですか?」

 

「はい。あの陛下を巡って、決闘です」

 

「あの、もしかして女王陛下には、男性を虜にするような能力が――」

 

「世の男性の好みというものは、様々なのです」

 

 途中、聞き返したエンリに答える宰相は、少し遠い目をしていた。

 

 ここでは、東の国境に迫るビーストマンの大軍勢についても、その行軍速度や到着予想時期など具体的な情報がもたらされる。地形や位置関係についてマーレが強い関心を持ち、ここまで迫られたら切り札の巨大爆発を使うという方針には急に異を唱える。

 

「別の街へ皆で逃げて、追い詰められてから使うのではダメなんですか」

 

「不可能です。効果範囲は広大とはいえ制限があるため、東の大渓谷を抜けてくる前でなければ壊滅的な打撃を与えられません。そうなればビーストマンの大軍は国中を覆い尽くすでしょう。あれを一気に葬れるような地形は、大渓谷を除いて他には無いのです」

 

「使ったらこの国は終わりと言っていましたが、どうにか後へのばそうとは思わないんですか」

 

「そこで使わなければ、国どころかこのあたりの人間が全滅しますから」

 

 マーレ以外にはマーレがそこで食い下がる理由は理解できなかったが、竜王国にとって国境の大渓谷を抜かれることが死活問題であることだけはその場の全員が理解できた。不真面目なクレマンティーヌでも、翌朝には実質的な指揮官を呼び出して情報を共有したほどだ。

 

 

 

 

 

 王城に部屋を用意されたクレマンティーヌと別れ、『漆黒』は用意された王都で最も上等な宿へ着いて部屋へ向かう。用意された部屋は、二人部屋が三つ。援軍を送ってきたバハルス帝国からの使者扱いということで、これは最上位の冒険者を超えた待遇だ。

 その宿の廊下で、エンリはほっとしたような、残念なような気持ちでいた。何より、二人部屋をしっかり人数分以上確保されているのがよくない。マーレがイビルアイの鎖を持っている以上、部屋割りには最初から期待できないからだ。ちなみにンフィーレアは男なので、既に一人で一つの部屋に収まっている。

 

「エンリ、今からぼくと同じ部屋へ来てください」

 

 不意に後ろから声をかけられ、エンリはぶるりと震える。勝手にミコヒメと同部屋だと考えていたところが、思わぬ事態だ。

 

「あ、あの、ミコヒメを部屋に連れて行ってから、ちょっと色々と心の準備をしてからで、いいかな――いや、急ぐから、ちょっとだけ待ってね?」

 

 旅の途中ならともかく、上等な宿の綺麗なベッドを共にするのだ。身体を拭いて着替えなければならないし、乙女には色々と準備というものがあるのだ。

 エンリは顔を真っ赤にしてマーレの顔色を窺うが、マーレの視線が冷たいものになったように感じてあわあわと焦ってしまう。マーレとの間でじわりと染み出すような緊張を感じるのは久しぶりのことだ。

 

「えっと、準備とか要らないんで急いでください。身体だけあればいいですから」

 

 無機物を見るような冷たい視線を浴びせられながら身体だけを求められたエンリは、無遠慮な言葉に下腹部から首筋までを電流が走り抜けたかのような衝撃を受け、その場にへたり込んでしまう。

 

――あぅ……腰の下着って、こういう時に意味があるんだ。

 

 そこに明確な不快感が残るということは、何かを食い止めてくれているということでもある。

 エンリは震えが来るほどの緊張に押し流されそうな心の片隅で、このような一見無駄とも思える下半身下着を考え出した上流階級の知恵に素直に感心していた。このような下着はトイレが面倒になるだけの只の飾りではなく、大きな安心感をもたらしてくれるものだと理解したのだ。

 

 そんな現実逃避気味の思考に逃げつつも下着のおかげでノロノロと立ち上がることができたエンリだが、マーレはそんな僅かな時間も待ってはくれなかった。

 

「やっぱり、部屋じゃなくてここでいいです」

 

「は、はひ!」

 

 あまりのことに、エンリの声は裏返る。

 エンリは、マーレが周囲を確認するように視線を動かしたのを見逃さない。今、このフロアの廊下には巫女姫とイビルアイがいるが、それだけだ。他人の目は無い。

 そして、その二人はマーレの所有物でしかない。今更マーレが二人の視線を問題にするとも思えない。その巫女姫もイビルアイも、マーレから屋外で晒し者のように扱われることも少なくなかった。巫女姫の方には露出の多い姿に魔法的な理由があるような話もあったが、結局はマーレがそういう女の子を好んで連れ帰ってきたから今があると考えることもできる。

 

 マーレが近づいてくる。ちょっと必要な荷物を取りに来るような、無遠慮で素っ気ない足取りで。

 

 今夜は、エンリにとって特別な、忘れられない夜になるだろう。しかし、マーレにとってはおそらくミコヒメやイビルアイで楽しんでいたのと変わらない、爛れた日常の一部でしかないはずだ。同じマーレの所有物なら、命令されてすぐに部屋へ向かわない時点で廊下で慰みものになるのも当然のことかもしれない。

 

「や、やさしくして、ください」

 

 どんな場所で、どのように蹂躙されても構わない。ただその前に一度だけ、やさしく手を取ってほしかった。

 そんな願いとともに差し出したエンリの手の上にそっと載せられたのは、禍々しい雰囲気を撒き散らす黒い宝珠(死の宝珠)だった。

 

 

 

 

 

 マーレにあてがわれた部屋で、跪いた姿勢のエンリ(死の宝珠)は小さな悩みを下着の中に留めたままにマーレの問いに答えている。拘束を減らされたイビルアイは巫女姫とともに別の部屋だ。

 

「カッツェ平野のアンデッド大量使役自体は、私とマーレ様か額冠のいずれかの力があれば可能です。ここまで引っ張ってくることもできるでしょう。しかし、例のビーストマンの大軍の動きを止めたいとかそういう事なら、申し訳ありませんが、まず間に合いません」

 

「間に合わないのはどうでもいいです。それができるくらいの数は引っ張って来られるということでいいですか」

 

 問いが続くのはありがたいことだ。言いたくないことを言わずに済む。

 

「それは可能です。毎年の戦争にさえかち合わなければ、負の力を戴いてカッツェ平野で《不死の軍勢(アンデス・アーミー)》を増幅することで、そこそこの大国でも国全体に死を撒き散らすくらいのことはできるでしょう。私はまさにその日のために、マーレ様に忠誠を誓って――」

 

「いや、今はまだいいです。必要になったらやりますから」

 

「はっ! 我らが世界に死を撒き散らすその日まで全身全霊にて忠誠を尽くし、一日千秋の思いでお待ちしております!」

 

 話ながら下着に留めた悩みを散らそうと両脚をもぞもぞさせるが、不快感が強まるだけだ。

 

「それじゃ、適当にその身体(エンリ)を休めておいてください」

 

 マーレが興味を失って隣のベッドで横になると、エンリ(死の宝珠)は安心して小さな溜息をつく。

 

――この身体の状態など、やはり言わなくて正解だ。藪蛇にならずに済んで良かった。主たるマーレ様の命令なら常に絶対服従の覚悟で仕えているが、それ以前に私は死の宝珠なのだからな。

 

 エンリ(死の宝珠)は黙ってベッドにその身を横たえる。下着に付着した悩みの量は相変わらずで、その不快感に加えてまだ少し下半身の芯のような辺りに落ち着かない感じも残っている。だが、こんなものは安静にさえしていれば忘れられるものだ。

 主の命令でこうして生命力溢れる妙齢の少女の身体に入り込んでいても、やはり自身は世界に死を撒き散らすための存在だという確固たる自我だけは消し去ることができない。

 いくら主に絶対服従の身で、借りている体が主のそういう玩具であるとわかっていても、さすがに死の宝珠としては生命創造系の活動だけは遠慮したいのであった。




●生命創造系の活動

 どこかの死の王の忠実な部下たちが容赦なく要求しているくらいなので別に構わないような気もするのですが、一応。

●竜王国の生贄のみなさんの独自設定

 生贄のシステムについて資料が無いので、こんな感じにしてみました
 国民自身が自覚しているかいないかもわからないので、そこは迷いました。
 無自覚の方が好みの話になりますが、余計に長くなってしまいそうです。

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