マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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●この話から味見する方への注意書き

 含まれているのはラブコメ成分ではなく勘違い妄想エロコメ成分です。
 アルベドにぶっ殺されるような過程は経ていませんよ?


四八 モモンガと、エンリの涙

 ルプスレギナに軽く聞き取りを任せたモモンガは、少し心の準備をしてからエンリという人間に挑むつもりでいる。

 

 モモンガとしても、ただ一言「移転当初からの協力者」と聞いた時は、大切な部下と長く一緒に旅をしてきた女性への配慮があった。当初はマーレへの協力に感謝しつつ、自ら話を聞くつもりだった。

 

 だが、先にマーレや死の宝珠から話を聞くうち、そんな考えも変化していた。

 エンリという人間は、どうやらこの世界の人間の基準では、そしてモモンガの居た世界の基準で考えても、まともな人間ではない。

 もちろん、冒険者をやるくらいだから、血を浴びるのを好むなどは仕方のない部分もあるだろう。殺伐としたこの世界で危険を引き受けるような人間は、別の世界から来たモモンガの基準で考えればどこか壊れていて当たり前なのかもしれない。

 

――でも、小さな子供のベッドにたまに全裸で入ってくるというのはどうなんだよ。人間性疑うよな。……この世界って、そういうのも普通のことなのか?

 

 不惑幼妻――は誤解だったが、セラブレイトは本物のガチロリだった。女王の方も中身がいい大人なのに、わざわざ幼い少女の姿になって太ももを丸出しにしていたのは確かだ。

 

 しかし、マーレ本人が人間について「しもべ」と「協力者」を分けていて、このエンリについては力で支配した経緯も見られないが、「身体だけ使う」こともあるという言葉ばかりが強烈に耳に残った。

 そこには確かにマーレ自身の意思が介在しており、どちらかというとマーレの側がそれをコントロールしている雰囲気さえ感じられる。

 もちろん、経験の無いモモンガには、「使う」という言葉の意味を聞き返すことなどできない。できるわけがない。

 たまに全裸でベッドに入ってくる女を「使う」といっても、マーレはまだ可愛い子供なのだから、そういうこととは限らにゃいのだ。

 アルベドやシャルティアが相手でも言葉に詰まってしまいそうな話題なのに、相手は完全に子供にしか見えないマーレだ。予想通りの答えが返ってきた時、支配者らしい振る舞いを維持できる自信があろうはずもない。

 ただマーレのステータスを開いて、記憶通りそこに人間種を支配するような系統の魔法が存在しないことを確認するくらいしかできない。

 

――心臓に悪いよな。そんなもんないけど。……こういう時は、相手の側に聞く方が気が楽だ。子供相手に直接そういう肉体関係の話とかできるわけないだろう。

 

 

 そして、モモンガはルプスレギナから報告を受ける。間接的に聞く方がもっと気楽なのだから、これは仕方のないことなのだ。

 たとえ間接的であっても、そっちの経験の無いモモンガにとっては充分に重すぎる話なのだから。

 

「あの人間の女は、マーレ様の、その、性的なおもちゃだったようです」

 

 モモンガは唐突なめまいに苛まれる。脳も神経も無いのに。

 

「きょ、強制なのか?」

 

「いえ、本人もまんざらでもないようですが、マーレ様が面倒くさがって死の宝珠を使って、あの、身体だけを、みたいなこともあるみたいで」

 

 モモンガは突然の立ちくらみに襲われる。血も流れていないのに。

 

――茶釜さん……俺、どうすればいいんでしょう?

 

 マーレが戻ってこられたことは喜ばしいが、まさかこのようなことになるとは想像もつかなかった。モモンガはマーレの創造主であるかつての仲間にも現状を申し訳なく思ってしまう。

 目をらんらんと輝かせたルプスレギナの説明は、モモンガに存在しないはずの状態異常の症状を感じさせるものばかりだ。

 

「ただ、あれは田舎の出身なので、自分とマーレ様ではセーキョーイクのレベルが違うのだと納得している模様です」

 

 そんなフォローにもなっていない言葉は、骨の指で支えられるモモンガのこめかみに深々と突き刺さった。

 

――性教育(セーキョーイク)、か。済んでしまったことは仕方ないが、力の差が大きい世界では幼いうちからしておかないと大変な事になってしまうのだな。

 

 モモンガはふとセバスとその牧場の媚びた人間たちのことを思い浮かべ、そして頭を振る。

 

――たっちさん、さすがに大丈夫ですよね……?

 

 

 

 

 

 そして、モモンガは仮面を装着した状態でエンリ・エモットを自室に迎える。

 もちろん、選んだ仮面は嫉妬マスクだ。充分に選ぶ時間があっても、その選択に迷いがあろうはずもない。

 

 一旦戻ってエンリをエスコートしてきたルプスレギナが退出すると、問答は静かに始まる。

 泣いたような笑ったような、そして怒りを湛えたような仮面の顔貌に反して、モモンガは冷静だった。そういう余計な感情を仮面が背負ってくれたかのように、意識して触れたくない部分を避けながら話を聞くことができた。

 それが容易だったのは、エンリの方も同じようにそういう部分を避けていたからだ。

 

 現地の人間という弱者の視点からの情報はそれなりに有意義なものだ。

 ただ二百年以上生きただけの情報源と考えていた吸血鬼(イビルアイ)も、エンリの話では世界の危機に等しい存在だった。狙い撃ちするかのような『漆黒』との確執からしても、『蒼の薔薇』とイビルアイという繋がりにはきなくさいものが感じられた。

 

――国を滅ぼすような吸血鬼がアダマンタイト級冒険者に混じっていたとは……どこも考えることは同じということか。

 

 モモンガは、アインズ・ウール・ゴウンがこの世界のパワーバランスにおいて極めて優位であることを自覚し始めているが、既に故人とはいえ口だけの賢者、ビースト・ブラザーといった他のユグドラシルプレイヤーの足跡を発見している以上、他に生きたプレイヤーがいてもおかしくないと考えている。

 そして、そのプレイヤー、あるいはギルドが存在する場合、アインズ・ウール・ゴウンがミノタウロスの王国を裏から支配しているように、現地の人間や国々の背後に隠れている可能性が高い。

 『蒼の薔薇』とイビルアイなどは、まさに、モモンガの考えるプレイヤー勢力の尖兵としてのイメージそのままの存在だ。

 マーレによればイビルアイは戦闘メイド(プレアデス)単体に若干及ばない程度の実力とのことだが、これは、あえて足がつかないよう現地産の吸血鬼を味方にしたか、レベルの劣るNPCを使っているものと考えられる。

 モモンガは戦士モモンとして冒険者をやってみたが、この世界ではレベル三三相当のモモンで充分に英雄たりうるのだ。レベル五〇程度と見込まれるイビルアイに有望な現地人をパワーレベリングさせるだけでも、思い通りに動くアダマンタイト級冒険者チームを作り上げるのは容易だったことだろう。

 それは、レベル一〇〇が当たり前のユグドラシルプレイヤーとしては実に控えめな動きではあるが――。

 

――慎重で、プレイヤーが少人数しか残っていないギルドなら、当然の考えだろうな。

 

 もし大人数のギルドが同時に来ていれば、絶対に尻尾を掴まれるわけにはいかないのだ。八欲王など過去の記録に触れることがあれば、誰でも同じことを考えるだろう。

 

 幸い、アインズ・ウール・ゴウンの側にも生死不明ということにしたとはいえ、アダマンタイトプレートを持つモモンがいる。さらに、マーレが連れてきたエンリは西のリ・エスティーゼ王国で名声を持つアダマンタイト級冒険者で、生粋の現地人だ。忠誠心を確かめるには触れにくい部分にも触れなければならないが、生まれ育った村をマーレが助けたという背景がある分、ある程度信用することはできそうだ。

 つまり、マーレの方ではこれまで通りエンリの後ろにマーレが潜み、時にはモモンを活用することにすれば、アインズ・ウール・ゴウンはずっと安全な場所であり続けることができる。このエンリが、それを任せて良いほどの存在であれば、だが――。

 

「――そういえば私、治癒魔法をいただいておきながら、まだ支払をしていません!」

 

「支払? ……ああ、そうか。それなら必要はない。こちらが怪我をさせてしまったのだからな」

 

 モモンガが冒険者を体験した竜王国でも、治癒魔法は有料だった。

 他人である以上、エンリの申し出は当然のことなのだが、モモンガもさすがに自身の絶望のオーラで死にかけた相手から対価を取るような話は続けようと思わず、つい口を滑らせてしまう。

 

「あの……もしかしてその時の私、モモンガ様に無礼なことでもしてしまったのでしょうか?」

 

 エンリが青ざめ、小さく震える。怯えの色は明らかだ。

 モモンガは思わず片手で仮面の装着具合を確認するが、素顔は見えていない。

 単にエンリには記憶が無く、何があったかわからないのだ。

 

「い、いや、そういうことではないのだ。あの時、私の方が加減を誤ったというか……脆弱な存在への配慮が足りなかったのだ」

 

「えっ、それってどういう……?」

 

 口を滑らせた流れで、モモンガは怪我の部分に限って堂々と支配者らしく謝罪することにしたが、どうも歯切れが悪くなる。「普通なら死んでた」などと言うわけにはいかず、もちろん人間を必要以上に怯えさせるような自身の特殊技術(スキル)に言及するわけにもいかない。

 とりあえず、ここは誤魔化すしかない。話題を変えるべきだろう。

 話題といえば、これから協力者となってもらうエンリの実力が気になるところだ。

 

「しかし、さすがはアダマンタイト級冒険者だな。身体の内部の損傷だけで持ちこたえたのだから、やはり普通の人間とは違うということか」

 

「な、内部の損傷……!!」

 

 エンリは何かを思い出したかのように下腹部を押さえ、歯をガチガチと鳴らして震える。

 怪我など日常茶飯事であるはずの冒険者としては少々過剰な反応に、モモンガは幾らか慌ててしまう。

 

「も、もちろん完璧に回復しているはずだ。調子が悪いのならまた治癒をかけさせ――」

 

「あのっ!! ……その時、マーレは近くにいたのでしょうか?」

 

 涙目で、縋るようなエンリの問いに対し、モモンガはその意図さえわからない。エンリの震えは続き、膝が笑っているようだ。

 一流の冒険者としては異様な姿にも見えるが、現地には内部から身体を損傷させるような魔法などは存在しないのかもしれない。

 何より、このエンリは記憶の欠落があって混乱している。ならば、まずは現状を理解してもらわなければならない。味方としてふさわしいか、そして仕事を頼むかどうかを考えるのはそれからだ。

 

「あ、ああ。もちろん居たぞ。今は少し仕事をやってもらっているだけだ」

 

「……私は、モモンガ様に捧げられたのですね?」

 

 エンリの目が光を失い、涙がこぼれ落ちる。

 

――ちょ、捧げるって、俺、どこの大魔王だよ。……でも、そう見えてた方が身内にはいいんだけど、なんか泣かれてるし。……この格好のせいだよな。うん、きっと仕えるというくらいの意味だよな。

 

 モモンガは一般メイドのフォアイルに選ばせた深い艶のある漆黒のローブを身につけた際、「まさに現世に顕現した死そのものでございます」とか言われていたことを思い出す。この部屋の雰囲気もあって、仮面一つ被れば平和的に見えるわけではないのだろう。

 こうして女の涙を見てしまった途端、モモンガは戦意のようなものが萎えるのを感じる。

 もともと、エンリをどうにかしようと思っていたのは死の支配者ではなく、人間としてのモモンガなのだ。そこらの現地人なら死の支配者として虫ほどの親しみしか感じないが、ここではマーレの連れだという意識が多少よろしくない方向へ作用している。

 

「私に直接仕えてもらうつもりはない。お前は……マーレの、ものなのだろう?」

 

「は、はいっ!!」

 

 エンリの表情がふわっと生気を取り戻す。

 女心に鈍感な自覚のあるモモンガから見ても、非常にわかりやすい変化だ。

 

――はぁ……これ、相思相愛ってことなのか? やたら教育に悪い気もするけど、今更取り上げても可哀想だし、本人たちがいいならいいや。

 

 子供のいないモモンガは、こんな時どうして良いかわからない。非行に対処するより、久しぶりに会えた大切な子供の心を傷つけないことを優先してしまう。

 

「ただ、マーレは私の部下だ。これまで通り冒険者としてマーレの指示に従ってもらえるなら、相応の報酬を約束しよう」

 

「マーレと一緒にいてもいいんですか!?」

 

 エンリの顔には隠しきれない安堵と喜びが表れている。やはり、旅の仲間として大切にされてきたのだろう。

 

――このエンリの忠誠心も大丈夫そうだし……。よし、ひとまず教育とかは後回しだ。

 

 マーレは他の守護者同様、人間を下等な存在と見ているようだが、それでもしもべでなく協力者でありつつ性的な玩具にしているということは、このエンリに対してそれなりに強い愛着があるはずだ。

 ここで引き離すことは、元の世界で考えれば子供からペットを取り上げるような状況なのかもしれない。それなら、いきなり取り上げるのは酷というものだろう。

 それはそのままにしつつ、ゆっくりと性教育を施していくしかないのだ。

 

「もちろんだ。私は部下のものを取り上げるような狭量な主人ではない」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 モモンガは童貞のまま偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)となった男だ。一見してエンリの表情が晴れても、自身を見る目が決定的に変わったままになっていることなど、気付けるはずもない。

 とにかく、この場は元々考えていた方針通りということで、マーレとエンリの関係については棚上げにすることにした。

 

「ただ、マーレはまだ子供だからな。あまり変なことを教えてくれるなよ」

 

「はい。私は田舎者でそういう花嫁修業は受けておりませんので、もし今でもこの身を受け入れてもらえるのなら、人形のようにマーレに身を任せるつもりです」

 

――花嫁修業って、そういうのだったのか!

 

 モモンガは、世界の秘密にも少しだけ触れることができたような気がした。

 花嫁修業というのは格差の激しい元の世界ではもはや上流階級でしか聞かれない言葉だが、そこでは裕福なほど本音と建前が大きく乖離してくる。いくら金持ちの令嬢が暇だといっても、ひたすら礼儀作法の勉強や古臭い習い事をやるようなものが結婚前の「修業」とされているのはおかしい、建前に決まっていると思っていたのだが、その疑問がこの異世界に来てはじめて解けたのかもしれない。

 モモンガは元の世界にいたころ営業の仕事先で見かけた幾人かの令嬢たちの夜の修業を想像し、少しだけモヤモヤして、そして冷静になった。

 骨盤の隙間を、程よく空調の利いたぬるい空気が流れていく。

 

 

 

 

 

――「人間ごときが応じる応じないを語って良い御方ではありませんよ」

 

 ルプスレギナの殺気とともに脳裏に刻みつけられたその言葉も、エンリの涙まで止めることはできなかった。

 不気味な仮面をつけた禍々しい雰囲気の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。それがマーレの主人であるモモンガの姿だ。

 ナザリック地下大墳墓と称するその住処は、エンリが通された僅かな場所だけ見ても墳墓というより王城の如く豪華絢爛だが、モモンガの姿はエンリが思い描いていたのと大差無い、幼い少女を集めて嗜虐の宴を愉しむにふさわしいものにも見える。

 そして、現実にモモンガはマーレのような美少女やルプスレギナのような美女を多く所有し、応じる応じないの問題ではなくいつでも好きな時に愉しむことができる存在だ。

 マーレもルプスレギナも、モモンガの部屋の隅で控えているメイドも全て美しい。田舎臭いエンリなどお呼びでないように思えるが、エンリはそのモモンガにマーレのいる場で捧げられ、どれだけ使われたかはわからないが、身体の内部が損傷するまで蹂躙されたのだ。

 

――私が、面倒くさい女だから?

 

 そのモモンガには、その場限りで飽きられた。

 それ自体は、エンリから見ても自然に理解できることだ。自身にマーレやルプスレギナを差し置いて何度も相手をされるほどの器量があるとも思えないし、もちろんそれを望むわけでもない。

 そして、マーレのもとには戻してもらえる。それも喜ばしいことだ。だから、「人形のようにマーレに身を任せる」などという恥ずかしい言葉も自然に出てきた。

 ただ、エンリはマーレとの間で「人形のように」使われる以外の関係を知らない。それどころか、実際にマーレに使われたかどうかもわからない。

 マーレが手を出すことなく、モモンガに捧げられたのだとしたら――。

 マーレもまた、モモンガと同じ判断を下したら――。

 元から必要ないものと思われていたら――。

 

「人形のように、か。……これは本格的に性教育(セーキョーイク)を考えなくてはいけないかもしれないな」

 

 最後は呟きのようなモモンガの言葉が、エンリの暗く沈んだ心に小さな光を灯す。

 

「ぜ、ぜひともよろしくお願いしますっ!!」

 

 人形のように身を任せるのではなく、自分から頑張るための花嫁修業をしてもらえるかもしれない。

 ここナザリックでは、開発されることは女として最低限のスタートラインなのだ。

 

「う、うむ。そうだな。マーレのためでもあるし、いずれ善処しよう」

 

 マーレのため――エンリは何よりその言葉に安堵する。

 モモンガは恐ろしいが、部下のマーレを自分の子供のように大切にしている気持ちだけは伝わってくる。マーレのためということなら、少なくとも使い捨ての扱いにはならないだろう。

 肝心のセーキョーイクをいつ受けられるかはわからず、ただ善処してもらえるというだけだが、今はそれで充分だ。逆に、すぐにやると言われればひるんでしまうだろう。

 エンリは高まる鼓動を感じながら、まだ見ぬナザリック地下大墳墓のセーキョーイクに思いを馳せる。マーレの所有物としてふさわしい存在になるために、エンリは本格的に「開発」されなければならないのだ。

 目指すは、脱・面倒くさい女。

 純潔がどうこうと、終わってしまった事で悩んでいる場合では、ない……。

 エンリはなぜか潤んでくる目元を黒衣の袖で拭う。

 

「ところで、一応君が捕らえているということになっている吸血鬼だが――――」

 

 吸血鬼(イビルアイ)については、モモンガから一つの提案があった。

 提案の形を取っていても、エンリは恐ろしいモモンガの言葉に逆らうなど考えることもできない。

 だが、逆らうどころか、それはむしろ両手をあげて喜びたいほどのものだった。

 エンリは当然にそれを受け入れ、マーレの拷問を受けても屈しない吸血鬼(イビルアイ)の状況について、知っている限りのことを説明した。

 

「拷問か……。クレマンティーヌについてもマーレから聞いたが、具体的にはどういうことをしていたんだ?」

 

「わ、私は関わっていないんです。たぶん同じような感じだと思うんですが、クレマンティーヌは自分の内臓を食べさせられたり、ぐちゃぐちゃに嬲られたとか、その、犯されたとか……」

 

「ぜ、善処しよう!!」

 

「……?」

 

 仮面の向こうの表情は見えないが、吸血鬼(イビルアイ)についても何やら善処してくれるらしい。

 

――そっか、モモンガ様の大好きな小さい子だから、真っ先に開発されるよね。可哀想だけど、吸血鬼なら頑丈そうだし、それに私が応じる応じないを言っていい状況じゃないから仕方ないか。

 

 自分は一度身体の中から壊されてしまったが、強靭な吸血鬼なら問題無いのだろうと考え、エンリは自分自身を納得させる。

 話をするうち、エンリはどうもこのモモンガがマーレやルプスレギナより話のわかる存在であるかのような気がしてくるが、下腹部に僅かに残る違和感が自身の心を開くことを妨げていた。

 

――本当は私なんてただの村娘で何の力も無いんですって、言いたいんだけど。

 

 本当に話のわかる存在ならば、出会ってすぐのエンリを「使う」ようなことは無いだろう。そのことだけが、エンリを押しとどめていた。

 ここで実は役立たずだなどと思われてもいいのかどうか、その場でエンリには判断がつかなかった。

 役立たずだと知れれば、次に壊された時は掃除の対象になって、動死体(ゾンビ)の腹の中かもしれない。故郷から引き剥がされた時のトラウマは根深いのだ。

 

 結局、エンリはここでのマーレの仕事が終わって、他の仲間たちが合流するまで何もできない。

 エンリは、再びモモンガの歓心を買ってしまわないよう祈りながら、しばし休息の時を過ごすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜半のこと。唐突な勝利によって弛緩した竜王国の王都を人知れず出発し、渓谷を進む者たちがいた。

 先頭には、月明かりで青白く浮かび上がる少女の細い身体。

 大事な所は全て晒されているが、腕や足の一部、そして首などが黒革の拘束具に覆われて夜闇に溶け込んでいる。

 

「いい気になるなよクレマンティーヌ。お前は人間の中ではできる方かもしれないが、私よりは弱い」

 

「うっさいなー。だったら戦うなり逃げるなりすれば? どっちかというと戦ってみたいかなーって思うけど」

 

 少女の背中を足蹴にするのは、短い金髪の女だ。少女の首輪から伸びる鎖を短く持って引きながら、気の向くまま蹴りつけている。

 全裸の少女ほどではないが女の方も露出度が高く、やや筋肉質なウエストや太ももが青白く目立っている。

 夜半に王都を出ておきながら、そこには隠密行動という雰囲気は無い。

 

「……身体の中に何か埋め込まれていなければ、とっくにやっている」

 

「奇遇だねー、それ私もなんだよ。こっちは人間なのにあの拷問食らってるんだ。痛みに鈍感な人外はいいよねー」

 

「ふん! あんな目にあっても尻尾を振っているとは、元漆黒聖典もたいしたことはないのだな」

 

「こっちは生身だからね、あんなの二度とごめんだ。元から死体のてめーとは違うんだよ。……でも、逆らう元気があるなら相手してあげるけど? ついでにマーレ様が転移してきて、一緒に蒼の薔薇を捕まえに行って拷問まで楽しめるオマケ付きだし」

 

「……お前など今すぐにでも殺してやりたいが、仲間たちのために耐えているだけだ」

 

「だったらその生意気な口も閉じなよ」

 

 女は武器の柄で裸の少女の後頭部を殴りつける。人間なら頭皮が割れるような容赦のない打撃だが、イビルアイは目に見える傷を負わない。

 

「くっ、そうしたければ前のように(くつわ)でも使えばいいだろう。さもないと、お前など私の魔法でいつ殺されるかわからんのだぞ」

 

「チッ、マーレ様が魔獣登録の時の格好で連れてこいっていうから仕方ねーんだよ。……ンフィーレア、この“魔獣”とやりあうかもしれないから、あんたも少し離れてなよ」

 

 

 裸の少女――イビルアイは、ここでようやく轡を噛まされない理由を知った。

 この金髪の女――クレマンティーヌは、イビルアイが本気になれば拘束具を付けたままでも倒せる相手だ。

 戦力的にも状況的にも脱出は容易な状況だが、轡を付けられていないことまでマーレが把握しているのなら、短慮を起こさずにいて正解だろう。

 これがクレマンティーヌによる悪ふざけなら活路もあったかもしれないが、マーレが相手ではそうもいかない。

 

「大丈夫。その子は何もできないし、クレマンティーヌだってマーレの言いつけは守るだろうから、心配はしていないよ。それより、そういう余計な情報は伝えない方がいいと思うけど」

 

 クレマンティーヌの後ろを歩くこの男の名はンフィーレア。一行の中では常識的な人間のようだが、エンリを慕っているので味方にするのは不可能に見える。戦闘能力は無さそうだが、世間からズレているエンリやクレマンティーヌに的確な助言をすることもあるので、少し厄介な存在だ。

 今は、普段マーレが連れているスレイン法国の巫女姫を伴っているため、度々遅れ気味になっている。

 

「ンフィーちゃん細かいね。別に私の方は、こいつの見た目が変わらなければ何したっていいんだよ。――ほっら、四つ足で歩きなよー」

 

 首輪の鎖が緩んだ状態で背中を強く蹴られ、イビルアイは両手を地面につく。

 吸血鬼のイビルアイは力でも人間のクレマンティーヌに負けているとは思わないが、ここで逆らっても良いことはない。

 暴力より嘲りの言葉を浴びる方が、少しでも情報を引き出して今の状況を知るきっかけになるからだ。

 

「こんな夜中に、いったいどこへ行こうというんだ」

 

「さあね。とりあえず合流して何かするんじゃないかな。――ンフィーちゃんは何か聞いてる?」

 

「いや、僕は連絡を受けてない。それに、知っててもその子の前では言わないよ」

 

「ふーん、慎重なんだ」

 

「僕は弱いからね。できればクレマンティーヌも、足手まといを連れているという自覚を持ってほしいんだけど」

 

「わかってるけど、こいつ一人なら大丈夫だよ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんて、スッと行ってドス! で終わりだから」

 

「ふん、弱い犬ほどよく吠えると言われる通りだな」

 

「ふふ、その気になったらすぐ言うんだよ。おねーさんがかわいがってあげるから」

 

 クレマンティーヌのスティレットが、イビルアイの首筋を撫でる。

 

「――何か、こちらへ向かってきているな」

 

 イビルアイは、遠方から接近する気配だけを感じながら告げる。

 どうせクレマンティーヌならそれほど間を置かずに察知するだろうが、わざわざ教えるのはできるだけ長くクレマンティーヌとンフィーレアの反応を観察するためだ。

 

――何らかの報告をしたり、連絡手段やそれを使うタイミングを意識しているようには見えないが。

 

 

 

 

 

 

 夜空を飛来したのは、二人の人影だ。

 こちらへ気づき、方向を微妙に変えて真っ直ぐ向かってくるのは、軽装の女に手を引かれた全身鎧の戦士。その姿は、竜王国で聞かされていたアダマンタイト級冒険者の――。

 

「これは驚いたな。お前たちは人買いか何かか? ビーストマン狩りをしながら戻ろうと思ったら、まさかこんな集団に出会うとは」

 

 声をかけてくるのは、夜闇に溶け込む漆黒の鎧を纏った巨大な体躯の戦士だ。

 

「なんだよ、てめぇは……」

 

「私は竜王国の冒険者『ザ・ダークウォリアー』のモモン。この国では奴隷の所有は禁じられている。その少女を離したまえ」

 

 イビルアイは目を見開く。目の前の戦士には、まるで要塞のような存在感を覚えた。

 




モモンガ「だめだ(あいつ=マーレ)、早くなんとかしないと!」
エンリ「だめだ(わたし)。……なんとかしてくれるんですか!」

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