マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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更新間隔が大きくあいていたので、あらすじ・解説的なものをざっくりと並べました。
長いので、覚えている方は適当に読み飛ばしてください。
●●●●●●●●●●から下が本編です。


●アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』

 マーレがエンリを隠れ蓑にしてナザリックを探すために作らせた冒険者チーム。命名は、マーレがニグンから奪った黒い法服を着たエンリの姿から。命名者は通りすがりのエルヤー(エンリが奴隷の少女たち――マーレとあられもない恰好をした巫女姫――を連れている同志だと勘違いして好意を持ち、握手を交わして冒険者登録のアドバイスもしてくれた)。

●アダマンタイト級冒険者チーム『ザ・ダークウォリアー』

 ナザリック内で名乗ってから反省する機会が無かったため、冒険者に扮したモモンガが竜王国王都で『モモン・ザ・ダークウォリアー』と名乗ってしまったのが命名のきっかけ。
 そのまま普通に『ザ・ダークウォリアー』のモモン、として記載され、チーム名になってしまった。
 メンバーはモモンと魔法詠唱者の『美姫』ナーベ、そして盗賊のソリュシア(ソリュシャン――通り名は見た目から『令嬢』)
 その後、『漆黒』との戦いで救出されたイビルアイがキーノと名乗って仲間に加わったが、帝都で正体が露見したことで仲間から外れる。
 『ザ・ダークウォリアー』の面々は第五位階を使う吸血鬼イビルアイに操られていて、精神操作を解除したフールーダとともにイビルアイを討伐した、ということになっている。

●寵姫クレマンティーヌ

 色々と勘違いの産物。
 正義のために法国を裏切ってカルネ村を救った(マーレがエンリに功績を押し付けた不自然さを看破しかけたジルクニフは、それが実力のわかっているクレマンティーヌの功績だと勘違いした)クレマンティーヌは、この世界のジルクニフにとっては好きな女リストの上位に入ってしまった模様。

●死の宝珠とエンリとレベルアップ

 マーレはエンリが思い通り動かず面倒な時、忠誠を誓う死の宝珠を手渡して身体を支配させるという手を何度か使っている。
 二体のスケリトルドラゴンを操り騎乗した宝珠持ちエンリは、蒼の薔薇を相手にンフィーレアと巫女姫を守り切るなどクレバーな戦いが可能。
 なお、マーレの仲間としてビーストマン大虐殺に同行して以降は、エンリのレベルも人類の最上位クラスに達している模様(パワーレベリング?)。

●その他、酷くざっくりと

 監視魔法に反応して転移したマーレによって法国神都が半壊して巫女姫が連れ去られたり、ニグンの物々しい服を着て半裸盲目の巫女姫を連れまわしたエンリが得ランテルで悪評まみれになったり、クレマンティーヌがマーレによって法国の情報欲しさに拷問されたり、トブの森がマーレによってナザリックの所有物となっていたり、森の奥でツアーと会って魔樹討伐を押し付けたり、吸血鬼イビルアイを告発した『漆黒』によって蒼の薔薇が討伐されイビルアイが晒し者にされたり、エンリに懸想したエルヤーが失恋したり、マーレ・モモンガともに始原の魔法を危険視した実験を考えたことで竜王国で再開できたり、一度壊滅的打撃を受けたビーストマンの国を再び人間狩りに向かわせるため蝗の超位魔法を撃ってみたり、ダミーのナザリックとして塔を建てたら帝国の強行偵察部隊とぶつかってしまったり……そんな展開で前章に至る。


●前章のあらすじ

 魔導王モモンガの友好の使者としてマーレの竜に乗って帝都に乗り付けたアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』ことマーレ&エンリ一行。
 露骨な圧迫外交に屈したと見られれば権威が失墜しかねないジルクニフは、強大な力で知られる『漆黒』を帝都に留め味方に引き込んだよう見せることを画策するが、『漆黒』は固辞。
 使者が帝都に留まらざるをえない理由を作るため、その場で元『漆黒』で寵姫となっていたクレマンティーヌを正妃として婚姻を決定してしまう。
 他方、モモンに扮するモモンガは舞踏会に出るマーレの晴れ姿を見るため『ザ・ダーク・ウォリアー』としてパーティーに参加。
 高レベルの幻術とマジックアイテムで自身とイビルアイを偽装するが、フールーダの依頼で名高い『ザ・ダーク・ウォーリアー』の魔法詠唱者の位階を見破るため参加していたアルシェに姿を見られてしまう。少女の姿で第五位階の使い手という時点で吸血鬼イビルアイと気付かれ、さらにジエットにはモモンの正体まで見られてしまう。

●前話のあらすじ

 アルシェは吸血鬼騒動に巻き込まれて死んだことにされてナザリックへ連れ去られた。
 正体を見破った方法を聞き出すためだが、いずれモモンガとダンスのパートナーになることを目論むシャルティアがこれを獲得して尋問を担当することになった。

 追われる身となったイビルアイはフールーダの部屋でモモンに簀巻きにされ、“モモンの家”に持ち帰られた。
 再び正体が露見しモモン以外の全てを失ったイビルアイは、世界でただ一人の味方となったモモンを失うことを何より恐れた。
 そのモモンが指輪を外すのを見て、永遠の時を生きるパートナーとわかったモモンの胸に飛び込んで、ただ泣いた。

 『漆黒の剣』はラナーの依頼によって帝都で情報収集を行うが、逆に帝国情報局に囚われて情報を交換することになる。
 皇妃クレマンティーヌと『漆黒』の危険性を皇妃と熱愛中の皇帝ジルクニフにいかに伝えるか腐心していた帝国情報局は、『漆黒の剣』の情報を得たことで満を持して報告書をあげることができた。
 しかし、ラナーの策略を過度に警戒したジルクニフによって、その報告書は皇帝の目に触れることなくお蔵入りが決まってしまう。



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ここから、本編です。 


第十四章
六二 宣戦と、カルネ村出兵


【バハルス帝国は東の亜人たちの王にしてトブの大森林の支配者、魔導王モモンガと同盟を結んだ。

 もともと、エ・ランテル近郊は大森林の影響下にあり、魔導王モモンガの慈悲なくば人類の居住領域とすることも不能な土地である。

 そのため、それと関わりの無いリ・エスティーゼ王国による占拠には正当性が無く、帝国は王国に対し不法な占拠状態の即時の解消を求めるものである。

 従わないのであれば、帝国は魔導王モモンガとの同盟に従って王国に侵攻を開始し、かの地を不当なる占拠者より解放するであろう。

 これは正義の戦いである】

 

 

 帝国より届いた書状は、例年に比べても余りにも型破りなものであった。

 もともと無茶な要求を受け取り、突っぱねて、それから最終的な宣戦布告が届くという段取りであるにしても、だ。

 馬鹿馬鹿しい主張と断じながらも、念のため王国史における大森林との関わりまでが調べられたが、モモンガなる名はどこにも発見できていない。

 同席していた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、マーレから聞いていたモモンガの名を王城で出していないことを思い出して、胸をなでおろす。

 しかし――。

 

「エ・ランテル近郊といえば、ストロノーフ戦士長殿、何といいましたかな? 危ない所を助けられたという」

 

「……『漆黒』のことでしょうか。彼らは単なる使者として、このモモンガなる者に使われたと聞き及んでおりますが」

 

 皮肉交じりの問いに答えるガゼフは、平民出身の自身を取り立ててくれた国王のみに忠誠を捧げる立ち位置にあり、王国において優勢な貴族派閥の貴族たちの大半に嫌われている。

 最近まで拮抗していたのだが、王派閥に連なるアインドラ家の縁者の不祥事――冒険者となっていた令嬢ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが神官の身で危険なアンデッドを匿っていたことで各神殿から討伐対象とされ、実際に討伐されて失踪したという事件――が伝わったことで自主的に爵位を返上し、その流れで縁戚関係にある幾つかの家や寄り親的な大貴族までもが宮廷での役職を返上するという事件があり、派閥間のバランスが崩れてしまったのだ。

 そして、貴族たちは自国他国を問わず、危険なゴシップが好物だ。

 ガゼフでさえ友好的でない貴族から薄笑いとともに見せられたことのある“複写”を知らぬはずもない。

 

(ドラゴン)を貸し与えられる程度には頻繁に使われているようだな」

「以前からの信頼関係なのでしょうな。自分たちの主人の土地を見回るついでに助けてくれたわけだ」

「焼き討ちと例の『漆黒』に関するきな臭い噂も真実だったのかもしれませんな。戦士長殿もいい面の皮だ」

「いやいや、命あっての物種でしょう。名誉など無い平民の戦士団ですから逃げ足は王国屈指かもしれません」

 

 含み笑いがあちらこちらから漏れる。

 くだらない噂など立場ある人間が言及するに値しないものだと考えているので、ガゼフはいちいち対応しない。

 しかし、この日の貴族たちはガゼフを貶めるだけでは終わらない。

 

「かの『漆黒』と馴染みの戦士長殿は、(ドラゴン)に対抗する手段をお持ちなのですかな?」

「今度は逃げ足で勝っても意味がありませんぞ」

「巨大な(ドラゴン)に踏み荒らされ、廃墟となってまでエ・ランテルを守ることに何の価値がありましょうや」

「真の王ならば、その身を削って民の嘆きを回避しうる策から目を背けてはなりませぬ」

 

 優勢な貴族派閥の者たちは、ガゼフが抵抗をしないと見るや、次は王の領土を減らすことを口にする。王の土地など、自らの兵に比べれば価値は低いということだ。

 

「エ・ランテルは王の直轄領なるぞ! 敵に媚びるなら勝手に貴様の領土をくれてやれば良い!」

 

「何を言う! 奴らが狙っているのはエ・ランテル近郊だ。かの地の民を(ドラゴン)から守る手段を貴様は持っているのか!」

 

 王派閥の貴族も言い返すが、今は勢いが違う。

 そして、本来ならば優位に立って余裕のあるはずの貴族派閥も、今回の戦争では(ドラゴン)という規格外の存在の介入を恐れているのが本音だ。

 そして、その問題を王派閥に押し付けたところで、誰も有効な解決手段を示すことなどできはしない。

 結果、悪口雑言が飛び交うばかりとなってしまう。

 

「そろそろ、くだらない口喧嘩を収めていただきましょうか」

 

 その一声で場を鎮めるのは、レエブン侯だ。

 

 

――ここで、この最悪の状況に絡んでいるこの男が諫めてくれるか。

 

 ガゼフは唇を噛みしめる。

 

 不祥事の当事者であるアインドラの娘――ガゼフ・ストロノーフの依頼を受けて動いた『蒼の薔薇』のラキュースは、王都を発つ直前、レエブン侯の屋敷に招かれている。

 王都で冒険者の少年が「最強の合同チームができた」などと漏らしていた話を部下から伝え聞いており、レエブン侯の部下とともにエ・ランテルへ向かったのは確実だ。

 その結果、『蒼の薔薇』は『漆黒』に“討伐”され、レエブン侯の部下たちは何事もなく戻ってきた。

 ガゼフはくれぐれも『漆黒』と戦わないように言い含めていたが、エ・ランテル都市長パナソレイなどに聞けば『蒼の薔薇』は当初から『漆黒』と対立する姿勢であったという。それが誰の策略によるものかは、もはや火を見るよりも明らかなことだ。

 

「陛下に従う者のみで軍を編成したところで、敗れれば私たちの領土も危険に晒されることでしょう。同じように、高い城壁を持つエ・ランテルを差し出すことも将来の危険を招くことにしかなりません。ですから、私の軍も全力で陛下に協力させていただきます」

 

 レエブン侯は貴族派閥の者たちを諫めるが、その顔には嫌らしい薄い笑みを張り付けたままだ。

 

 この男さえ居なければ、派閥の均衡が崩れ王が苦境に陥ることはなかった。

 この男さえ居なければ、『漆黒』が帝国につくことも無かったかもしれない。さらに、その背後の勢力も。

 やはり、帝国と繋がっているのはこの男に違いない。

 

 思えば、レエブン侯が第三王女ラナーと関わるようになったのも、その頃からのことだ。

 麗しい黄金の姫の友人である『蒼の薔薇』を『漆黒』と対立させて消し、代わりに自らが王女の話し相手となることで何を目論んでいるのか。

 近頃は第二王子ザナックも交えて会っているようだが、貴族派閥が第一王子のバルブロを後継に推していることを考えると、両派閥に顔が効くこの男が第二王子(ザナック)を推すのは不自然なところもある。

 帝国との戦いで弱った所で、内乱でも目論んでいるのかもしれないとさえ思えてくるのだ。

 

 ガゼフは勇敢だという第一王子(バルブロ)と知恵に秀でると聞く第二王子(ザナック)を見比べる。

 レエブン侯が「王族が剣の腕が立ったところで何の意味があるか」と言っていたことがあるが、そのレエブン侯に軽く抱き込まれてしまっている時点で第二王子(ザナック)の知恵にも期待は禁物だろう。

 王が引退したら、自分も王の護衛だけを務めて暮らしていきたい――そんなことさえ考えてしまうが、王がそれを許すとも思えない。

 せめて、王国戦士長の地位を継げるような存在が居てくれれば――。

 

「――同意しますぞ! さすがに(ドラゴン)の出現まではあり得ぬ所です。許可を戴けるのであれば、我が精兵の一部をお預け致しましょう!」

 

 貴族派閥の雄、ボウロロープ侯の声を聞いて我に返る。軍事に秀でたこの男の前で恥を晒せば、ガゼフは王に迷惑をかけることになってしまう。

 

「ふむ。戦士長よ。お前はどう考える?」

 

――話、聞いていませんでした!

 

 そんな事を、言えるわけがない。

 軍事に関してガゼフが無様な所を見せれば、この場は貴族派閥のボウロロープ侯の独壇場となってしまうからだ。

 あるいは、この男と多才なレエブン侯の二人か。いずれにせよ、王と王国にとってはろくでもない組み合わせだ。

 

 ガゼフは慎重に周囲を見回すと、第一王子(バルブロ)の鼻息が荒い。

 彼に兵を預け、出陣させようという話題なのだろう。

 安全である確信はないが、否定するほどではない。そういう場合、さすがにガゼフが王族の命運を決めるわけにはいかないが――。

 

「ストロノーフ殿。貴殿なら初陣の危険性はよくご理解されているのではありませんか?」

 

 横合いから、レエブン侯の一言。

 じっと、ガゼフの瞳の奥を覗き込むような視線を向けてくる。

 この言葉自体には意味はないが、なぜかガゼフがこれに従って出陣に否定的な返答をすることを確信しているかのような雰囲気だ。

 しかし、ガゼフには王国の敵であろう者の意思に従うつもりは無い。

 むしろ、レエブン侯のおかげで態度を決めることができた。

 

「いえ、ボウロロープ侯が充分な精兵を付けるならば、危険は無いでしょう」

 

 ボウロロープ侯は軽く頷き、「最低五千は出しましょう」などと続く。

 この男を喜ばせるのは気が進まないが、レエブン侯の思惑に乗るよりはマシだ。

 裏切り者であろうレエブン侯から向けられる苦々しい侮蔑の視線は、むしろ名誉なものだとさえ思う。

 

 そして王は深く頷き、ガゼフは罪悪感に目を背ける。

 

「そうか。ならば仕方ない。カルネ村への別動隊はお前に一任する」

 

「はっ! かの『漆黒』に連なる反逆者を見つけましたら、すぐにカッツェ平野の陣中へ連行致しましょう!」

 

 

――何だと!!!!!

 

 

 ガゼフは愕然として、言葉を失うしかなかった。

 周囲に意識を移せば、第一王子(バルブロ)を中心として、帝国へ走った『漆黒』への敵意が渦巻いていた。

 カルネ村についての噂はガゼフも耳にしていたが、このような場で問題にするほどのものとは全く考えていなかったのだが。

 

 どうやら、これは帝国軍に呼応して『漆黒』と内通した者が反乱を起こす可能性まで視野に入れてのことであるらしい。

 通常なら、冒険者が特定の国家に与しないという不文律をもとに周囲が諫めるところだが、(ドラゴン)の背に乗って使者を務めたという『漆黒』がそんなものを守っているとは、もはや誰も考えていないのだ。

 

 ガゼフは慌てて言うべき言葉を考えるが、今から発言を翻した所で王の顔に泥を塗るだけで意味がないことに思い至って口をつぐむ。

 この場では、平民であるガゼフの発言に政治的な重みなど皆無であり、それによって出された王の結論のみに意味があるのだから。

 ガゼフはちらりとレエブン侯を見て、お前などその程度だと言わんばかりの蔑みの視線に含まれた意味を考えるのも億劫になり、どうにでもなれと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 その夜、防音性能は王国一かもしれないレエブン侯の部屋で中年の咆哮が響き渡った。

 

「屑は裏切りを! アホは権力闘争を! 馬鹿は不和を! しまいにはあの筋肉ダルマめが、見えている(ドラゴン)の尾を全力で踏み抜きに行けというのか!!」

 

 憤懣は頂点に達しており、レエブン侯は執務机をバンバン叩き、ガシガシ蹴りつける。

 ガゼフ同様『漆黒』を見てきた部下の元冒険者たちと話をして対応を考えたいところだが、王女ラナーの帝国行きのお供に貸し出していまだ戻っていない。

 『漆黒』の現状を確認し、“皇妃クレマンティーヌ”の正体を知るためには必要な措置だったが、最悪のタイミングでの帰還の遅れには運命の悪意さえ感じてしまう。

 “風邪気味”だというのは優秀な神官を二人も含むレエブン侯の部下を借りる外向きの方便かと思っていたが、その上で“体調不良”でもたついていると伝えられてしまえば信じるしかない。

 おかげで彼らに取り乱している姿を見せずには済んだが、ガゼフの行動について判断材料をしばらく得られないことになってしまった。

 

 そもそも、普段から目先の餌しか見ないゴブリン並みの貴族たちをどうにかまとめようとしても、常に綻びは絶えないのだ。

 ならば二つの派閥対立をブレーキにと思っていたのに、こうして最低最悪のタイミングで貴族派閥のボウロロープ侯と王の忠臣ストロノーフが意見を同じくしてしまった。

 王国内にまともな貴族が全くいないわけではないのだが――かつて若気の至りで、自派閥強化のため全て集めてしまったのが運の尽きだ。

 

 そうやって王国を陰から支えてきたレエブン侯でさえ、苛立ちのあまり自分が全てを破壊してやろうかと考えたことは一度や二度ではない。

 そんな破滅願望から自分を救ってくれるのが、五歳になる可愛い息子の姿だ。

 部屋に入ってきた息子が膝の上に乗ると、レエブン侯は豹変する。

 

「リーたんは、かちこくなるんでちゅよー」

 

 これが、先ほど王国の苦境を全身を使って表現していた男の、もう一つの日常である。

 

 我が子の頬に何度もキスをして寝室へ向かうのを見送った後、レエブン侯はふと考える。

 

――そういえば、ストロノーフには守るべき家族は無かったか。

 

 王国の救いがたい窮状を思えば、誰がいつ破滅願望に囚われてもおかしくはない。

 つまり、誰も信用してはならないということだ。――最悪、あの王女ラナーさえも。

 

 背筋に、ぞくりとするほど冷たいものが走る。

 

 恐ろしい想像によって頭を冷やしたレエブン侯は、ガゼフの破滅願望の後始末について考える。

 いかに王と諸侯の信望暑いレエブン侯とはいえ、王・貴族両派閥の軍事の第一人者が承認した作戦を覆すのは不可能だ。

 

――王命は覆らない。帝国側に漏れても、カッツエ平野以降で『漆黒』を活かしたければ握りつぶすだろう。つまり、『漆黒』には真実を知る手段は無い。ならば、ここで無理をせずとも連行の途中で排除すれば……。

 

 レエブン侯の夜は、長い。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、リ・エスティーゼ王国側が三十万を超える兵を集め、エ・ランテルで開戦準備が整った頃のこと。

 

【法国に記録はなく判断することができないが、もし魔導王モモンガなる存在が事実大森林を支配しており、かの者とバハルス帝国がエ・ランテルを人類領域として保護するつもりがあるのなら、その正当性を尊重するものである】

 

 スレイン法国からの書状は、亜人の王たる存在への警戒感を僅かに見せるものの、魔導王モモンガと敵対する意思のないことを示したものだった。

 普段ならば、エ・ランテルの権益を主張する書状を送ってくるところだ。

 周辺国家最大の国力を持つスレイン法国がこのような態度を見せれば、いよいよ普段の戦争との違いが明白になり――(ドラゴン)の脅威も現実化してくる。

 

 ガゼフは今さらマーレの話を出すこともできないまま、(ドラゴン)を支配するほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)の脅威を論じるが、貴族たちが脅威と見なすのは(ドラゴン)と普段より多い帝国騎士のみであった。

 それに対しても、三十万超という限界まで徴兵した兵力で押しつぶせるとする楽観論が中心だ。

 百年以上使われていなかった大型の投石機に職人たちが群がっているが、(ドラゴン)に埃をかぶった攻城兵器を持ち出すような発想には閉口せざるを得ない。

 

 会議の後、王に全軍の指揮権を委ねられたレエブン侯の来訪があったため、ガゼフは王のもとを離れて訓練の視察に出ることにした。

 王都を離れる前も、レエブン侯はザナック第二王子とともに王の私室を訪れたりしていた。王は彼を信頼しているようだが、ガゼフは不信感を手放すことができない。

 王の奸臣への信頼を覆すだけの言葉を持たない自分は、そういう場を共にしない方が良いような気がするのだ。

 先日のカルネ村への出兵の話題では彼の懸念に従うべきだったのかもしれないが、それさえもガゼフの感情を利用した巧妙な誘導であったのではないかと疑っているほどだ

 

「糞!」

 

 ガゼフはレエブン侯の狡猾な策謀に対抗する手段を持たない。王国全体が破滅に向かうのをただ見ていることしかできない。

 ガゼフはマーレの恐ろしい魔法に対抗する手段を持たない。兵士たちが大地に飲まれてもただ見ていることしかできない。

 

 それでも、ただ愚直に王を護る。

 王の剣であり盾であり続けることこそ、ガゼフ・ストロノーフの矜持であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場となるカッツェ平野に陣を張った帝国軍の片隅、小さな天幕の中でのこと。

 

「そろそろ時間なので、モモンガ様をお迎えしてきます」

 

 マーレはこの戦争に参加することができる。

 帝国の同盟者として援軍を送る魔導王モモンガの従者に徹するつもりらしい。

 戦争に参加しないのは冒険者の不文律の一つだが、『漆黒』で冒険者登録があるのはエンリだけなのだ。

 小さな天幕を貸し与えられているが、客人という扱いでしかない。 

 

 

「この箱に宝珠を入れておきます。必要があればエンリを助けてあげるように言っておいたので、困ったら使ってもいいですよ」

 

 そう言い残して、マーレは天幕の外へ出て行った。

 マーレと対峙する王国軍が心配になってくるが、今はそれより大切なことがある。

 

――こんなもの、誰が使うか! ……今のうちに捨てよう。誰もわからないところに捨てよう。

 

 エンリ・エモットの、宝珠を捨てに行く旅が、今、始まろうと――

 

「そういえばこの箱なんですけど、魔法とかかかってない只の箱なので、持つだけで影響があるかもしれないので気を付けてください」

 ヒョイと顔を出したマーレが大切なことを言いおいて、そして去っていく。

 

 宝珠を捨てに行く旅は、始まらなかった。

 

 とりあえず、残されたミコヒメと二人で帝国軍から貰った糧食をいただくことにする。

 ナザリックのアイテムにより要介護度が大きく下がったのがありがたい。

 

 ちなみに、ンフィーレアは祖母とともに臨時のポーション職人としてどこかで働いている。

 夜逃げ同然で出てきたバレアレ薬品店を帝都で再興するため、この戦争での需要の高まりは絶好の機会なのだろう。

 

 

 

 しばらく後、エンリが往生際悪く付近の帝国軍の天幕で頭を下げ、どこからか長い棒と網を調達してもらったあたりで、天幕の中に意外な人物が入ってきた。

 

「来ましたよー」

 

「クレマンティーヌ! いいの? 皇妃様がこんな所に来て」

 

「いーんですよ。視察ってことでどうにか来ることはできたけど、立場が立場だから、せめて今年だけは戦争に出るなって言われてヒマなんです。私は暴れたい気分なのに」

 

 クレマンティーヌは部屋の片隅に置かれた箱に目を止め、近づく。

 

「そっちは駄目! それに触らないで!」

 

「うわっと! これ何なんですか?」

 

「い、色々と問題のある物でね。触ったら人類が誰も手に負えない凄い化け物が出てくるよ」

 

 その化け物になるのはクレマンティーヌ自身なのだが、そういう部分は伏せる。

 これまでエンリが自力で戦っていなかったことがバレては困るので、宝珠のことは秘密なのだ。

 

「……部屋の中にそんな危険物置かないでくださいよ」

 

 箱からスルスルと離れるクレマンティーヌ。

 

「それで、遊びにでも来たってこと?」

 

「いえ、王国が北へ別動隊を動かしたって聞いたんで、暴れるなら付き合おうかなーと思いまして」

 

「そんな! まさか、本当に……」

 

 カルネ村への出兵の可能性――それは王女ラナーから聞いた話だ。

 帝都滞在中にクレマンティーヌにも話し、情報収集を頼んでいた。

 表沙汰にされていた情報ではないが、この日、クレマンティーヌが騎士団の幹部にカマをかけることで判明したとのこと。

 

「行くんでしょう?」

 

 クレマンティーヌの前では平凡な村娘の顔は見せないようにしてきたが、それでも目の前で村に土産を持って行ったりしているので、察してくれているのだろう。

 しかし、エンリにはそんな遠方まで行く手段が無い。

 エンリがエンリのままならば。

 

「……お願いできるなら、支度をするから外で待っててくれる? ――少し気持ちを切り替えたくて」

 

 切り替えるのは気持ちではない何かだが。

 

「もちろんです。ビーストマンの時は置いていかれましたからね。無理はしないけど、行けるところまで付き合いますよ」

 

――仕方ない。嫌だけど、クレマンティーヌと死の宝珠(アレ)なんて最低の組み合わせだけど、私のせいで村のみんなを危険な目には会わせられない!

 

 エンリは箱を開け、死の宝珠を懐にしまった。

 心が染められ、邪な笑みが漏れる。

 

骨の竜(スケリトルドラゴン)で行くぞ! ミコヒメ、クレマンティーヌ、早く乗れ!」

 

 エンリ(死の宝珠)は久々に多くの死を撒き散らすことができる喜びに浸りながら、カルネ村に向かって空を駆けた。

 帝国軍の陣地に幾らか混乱が生じるが、クレマンティーヌが同乗していたおかげで攻撃を受けることだけは免れた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッツェ平野を出てエ・ランテル東の街道より北西へ外れ、道なき道を進んでいく。

 軍や商人の使うルートを避けて迂回したため、とりあえず三体用意した骨の竜(スケリトルドラゴン)を阻む者は無い。

 エンリの記憶に残る風景では、右手に見えるアゼルリシア山脈の稜線がトブの大森林の林冠の向こうへ沈んでいく頃にカルネ村へ到達するはずだ。

 しかし、この日はそれよりずっと分かりやすく、そして不穏な目印が草原の真ん中から立ち上っていた。

 

 それは、日頃の炊事ではありえないほど野太い、煙の束だ。

 

 だが、今のエンリ(死の宝珠)には焦りは無い。今回はマーレより身体の持ち主のために行動するよう命じられているが、復讐という大義名分を得られれば多くの死が許容されるのは間違いないからだ。

 

「速度を上げるぞ! しっかり捕まっていろ!」

 

 草原の上空より飛来したエンリ(死の宝珠)は、逃げも隠れもしない。

 敵襲を知らせる軍ラッパ(ビューグル)が鳴り、多くの矢が放たれても同じことだ。

 王国軍は、高空を飛び刺突を無効とする骨の竜(スケリトルドラゴン)にダメージを与えることができない。

 

「集落の中ではやりにくいな、燻り出すか?《死体操――(アニメイト・デッ――)》」

 

 エンリ(死の宝珠)は固有の感知能力により、操作すべき死体が無いことに気付いて詠唱を止める。

 そのまま三体の骨の竜(スケリトルドラゴン)を操作して村の上空から離脱していく。

 村の建物は数軒に火がかけられたのみで、戦いの跡などは見られない。

 

「……どーしたんですか?」

 

「残念ながら、新たな死の気配が存在しない。彼らに村人の所在を問う必要がある」

 

 とはいえ、エンリ(死の宝珠)にも人間の殺意を感じることくらいはできる。

 正面から出直してどのようなことになるか、わからないわけではないが――それでも、全身にみなぎる力を試してみたかった。

 それは、地平を埋め尽くすほどの死――マーレによるビーストマン大虐殺に同行してこの身体が獲得した、自らの魔法よりも効率的に死を撒くことができる力だ。

 

「私は地上に降りて正面から行くが、クレマンティーヌはどうだ?」

 

「相手は軍で、千や二千じゃきかない数いますけど……穏便な交渉、ってわけじゃなさそーですね」

 

「臆したのなら、ミコヒメとともに骨の竜(スケリトルドラゴン)に護らせておくが」

 

「まさか! 暴れたい気分だって言ったはずです」

 

 クレマンティーヌは一度だけぶるりと震え、内なる昂ぶりを抑え込む。

 五千対三。漆黒聖典にあっても経験したことのないような無茶な戦いだが、上空に留まる回復役(ミコヒメ)の守りが絶対である以上、懸念は無い。

 

 そして、地上に残るのはたった二人の女だ。

 それらは女の形をした暴力そのものだが、それを察することができるのは場数を踏んだ戦士だけだ。

 王国軍より歩み出てきた身なりの良いだけの騎兵は、あくまで威圧的にふるまうことができる。

 

「我々はリ・エスティーゼ王国第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ様の使者として、反逆者に連なる者を捕えんとして来たものである」

 

「――旗を見る限り、本物の王族が率いているようです」

 

 最低限の紋章学を修めているクレマンティーヌが言葉を添える。

 エンリ(死の宝珠)は低くよく通る声で騎兵に語り掛ける。

 

「それはご苦労なことだ。反逆者とやらに心当たりは無いが、村の者たちはどこへ行ったのであろうか」

 

「とぼけるな! 反逆者とは貴様のことだ! 祖国を捨て、バハルス帝国に与する『漆黒』のエンリよ」

「村の全員で逃げたということは、反逆者を全員で匿うという反逆の意思表示であると王子はご判断された!」

 

 騎兵たちは口々に言う。

 エンリ(死の宝珠)は面倒に思いながらも、エンリの願いを前提に相手の意思を確認する。

 

「……つまり、お前たちは村の者たちを害するつもりであると?」

 

「当然だ。この地は直轄領であり、王子の意に従わぬ行動は許されるものではない!」

「隠れ家はどうせかつての襲撃で廃墟となった近郊の集落跡のどれかだろう。冒険者風情がどうあがこうと、反逆者どもは全て処断してくれるわ」

「貴様がここで素直に捕縛されるならば、慈悲を与えてやらんこともないがな」

「拷問官も連れてきている。逃げれば村人たちがどうなっても知らんぞ!」

 

 漏れ出てくるのは、死の宝珠としては非常に好ましい感情だ。明確な悪意と強い殺意がエンリ(死の宝珠)と村人たちの双方に向けられ、決して択一的なものではない。

 たとえエンリ(死の宝珠)がその身を差し出したところで、見せしめとして村人を処断し、さらにエンリ(死の宝珠)をも処断して手柄を誇るに違いない。

 騎兵たちの中に渦巻く、多くの死に繋がる感情の動きを快適に思いながらも、それを防ぐため数十倍の死をこの地に撒き散らすことができる喜びにエンリ(死の宝珠)は口の端を釣り上げた。




● 話を聞いてない戦士長

 実は原作でも考え事をしている間に話が進んでいますが、たいして実害が出ていません。
 これは、二次創作では取り返しのつかないやらかしを入れるチャンスなんだろうな、と思った次第です。

● 王都の人たち、仲悪い

 王都での悪魔襲撃事件がありませんので。
 原作では既にそこそこ好ポジションにつけていたはずの王女様がまだ将来不安を脱していない状況では、王女様のこやしでしかない王国はただ坂を転げ落ち続けるしかないのかもしれません。
 えっと、その、ゲヘナくらってないので戦前の国力や動員能力が原作より充実してるという救いもあります。

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