Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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やっと帰ってこれた……


第16話 凛の冒険

 ――遠坂凛は同世代の少年少女と比べ、2段、いや3段飛び抜けて聡明である。

 

 それは齢7つにして自他共に認める周知の事実であり、不自然なまでに当然の日常なのだ。

 

 それを否定出来る者は、彼女自身が敬愛してやまない父親である遠坂時臣、そして実の母親である遠坂葵くらいなものであろう。母と娘の関係だけは、どれだけ娘が優秀であろうとも不変なのである。

 

 要するに、遠坂凛を止められる他人など彼女のまだ小さな世界には存在せず、常に世界は彼女を中心に回っているということだ――

 

 

 

 

「むっかつくー! 何よあの茶髪! 私のテリトリー(公園)で張り合おうなんてやってくれるじゃないのよー!!」

 

 が、この日の彼女は少し違った。

 午後4時半きっかりに帰宅するところ今日は15分遅れ、更にいつもならば真っ先に母親へ帰宅の挨拶を済ませるのだが……それをせずに一目散に寝室へ向かうと、背丈の倍以上はありそうな布団にダイブする。そして不機嫌も顕にバタバタと転げ回った。

 今日もその覇道を順調に征っていた凛の目の前に現れた初めての対抗者――見覚えのない同世代の赤みがかった茶髪の目立つ少年――との公園を巡る戦いは苛烈を極めた。そして、初めて勝てなかった。決して負けたわけではない。だがそれでも、勝てなかったのだ。

 この出来事は遠坂凛初めての挫折として彼女の脳裏に長らくへばりつくことになるのだが、それはまた別のお話。

 

「あらあら、凛が同じ年頃の子供にやっつけられるなんて珍しいわね」

 

「……っ!! お母様! い、いえ! 今のはその……ただ今戻りました!!」

 

 そのどこまで続くのかと思われた癇癪は、凛の後ろから穏やかな声がふると共にピタリと止んだ。

 まるで今までが全て嘘だったかのような急転、しどろもどろになりながら軽いパニックに陥る凛を開け放った襖の間からどこか微笑ましげに見つめるのは母の葵である。

 

「お帰りなさい、凛。貴女がただいまを言いに来ないなんて珍しいと思ったら……こんなこともあるものなのね」

 

「――っ!!」

 

 柔らかな笑みを携えた葵を目の前にして、凛は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 羞恥やら、やってしまったという焦りやら、色々な感情がごちゃまぜになったそんな小さな姿は葵からしてみれば今すぐに写真に収めたいほど可愛らしいものであった。

 

「顔を上げなさい、凛。別に怒ってなどいないから」

 

「ですが……」

 

「それ以上ウジウジしていると言うなら話は別かもしれないけど……」

 

「お母様! 私もう大丈夫です!!」

 

 子供の勘、中でも身内に対するそれはもはや予知に匹敵すると言っても良いだろう。他人が見ても分からない、言われたところで信じないであろう葵の微妙な変化を感じ取った凛は即座に顔を上げた。

 

「そう、なら良いの。それで今日も学校は楽しかったかしら?」

 

「はい! 勉強は順調でお友達とも仲良くし……」

 

「凛?」

 

 いつものように穏やかな問いを投げかける葵に、いつものようにハキハキと応える凛だが途中その口調が淀む。

 そんな凛に違和感を感じた葵はしゃがみこんで彼女と目線を合わせた。

 

「何か気にかかることでもあるの?」

 

「……今日は琴音が学校に来ませんでした。3日前から美樹が、その1日前から佳奈が、これで3人目です……先生達は隠しているけれど、体調不良ではなくて皆行方不明だという事を盗み聞いてしまって……」

 

「――っ」

 

 行方不明。その言葉に葵は息を呑んだ。そう、何せ彼女にはそれについて思い当たる節があるからである。

 冬木で多発する行方不明事件……確実ではなく根拠もない。だがそれが聖杯戦争と時期を同じくしているという事実は葵にとっても見逃せるものではない。

 

「そう……それは心配ね。けど大丈夫よ凛、冬木には時臣さんがいるんだもの。冬木の管理者たるあの人がいる限り、そんな事件だってすぐに終わるわ」

 

 一抹の不安を覚えながらそれをかき消すように、葵は凛の肩に手を置き安心させるようにそう言った。

 なぜかは知らないがこの話題を続けることは上手くない。女の勘と言うべきかなんなのか、普段なら凛の視線を外す為に敢えて避けていた時臣という単語を使ってでも娘を安心させなければならない。そんな気がしたのだ。

 

「……分かりました。お母様」

 

 凛はコクンと頷く。やはり彼女にとって父親の存在感は絶大である。どことなく安堵に近い感情を抱きながら、葵はその後娘との雑談に花を咲かすのであった。

 

 

 

 

 

―――――

 

「忙しいお父様の手を煩わせるなんて……そんなことしなくたって私が一人でも解決してやるんだから!」

 

 子が親の予想を越えるとき、大抵の親は我が子の成長に「いつの間にここまで大きくなったのか」と驚きながら喜ぶという。

 だが、例外がここにある。遠坂凛のそれは些か次元が違っていたのだ。もしもこの状況を母である葵が見ていたならば驚きを通り越して卒倒していたほどに。

 

 夜は12時闇夜を照らすは1日の終わりを告げる終電の明かり。その座席の1つに座るこの場には不釣り合いな小さな影。

 着慣れた深緑の学校の制服に目を引く赤いコート、不審あるといえばその通りであるものの、良いとこ育ちの子供の塾帰りと思えばギリギリ場の空気をぶち壊さない程度におさまるように計算し尽くされた服装で窓の外に見える冬木を見据える凛の瞳はとても力強かった。

 

 

 

 

「ここまでくればこっちのもんね。お巡りさんに見つかるのは厄介だけど一人感覚を誤認させるのくらいなら私にだって」

 

 深夜の冬木に降り立つ少女はどこか物騒な単語を呟きながら、どことなく風情のある年代物のコンパスを片手にその指針が示す方へ人気の無い街を奥へ奥へと進んでいく。

 結果論ではあるのだが、凛の母として葵がとった行動は、凛という少女の心の炎に最高純度の油を注いだだけであった。

 尊敬する父時臣が何か得体のしれない、それでも何かとても大事な局面に立ち向かっていることは凛にも何となく理解できていた。

 

 それなら娘として自分自身が取るべき行動は? 決まっている。娘としてだけではない。将来の遠坂の後継者として、現当主の負担を減らすのもその努めである。

 

 そんな思考に一発で行き着く七歳児など想像もつかないだろう。それは葵の失策とは言えない。しかしその想像の想定を超えるのが遠坂凛という少女なのである。

 

 

「魔力の反応……どこかに集まってる?」

 

 凛の小さな手の中で古ぼけたコンパスがカタカタと震える。このコンパスは時臣の手による特注品だ。北ではなく、魔力に反応する。強ければ強いほどしっかりと一点を指す……そして、それのみに収まらず、本体が震えるほどの魔力を示したのは、彼女の記憶では遠坂家の工房で父が魔術を行使している時くらい――自分の魔力ではそこまでの反応を示さない――のものである。

 いつもの凛ならこの重大さに気付き、引くことも出来ただろう。だがこの時の彼女は些か冷静さに欠けていたと言っていい。友人を心配する想い、そして父への想い、凛の頭の中からは冷静という2文字は消え去っていた。

 

「ここね!」

 

 そして、誰に見つかることなく辿り着いてしまった。人気のない路地を更に奥へ、また奥へ、寂れて何年経つのかすらも分からないおんぼろな廃墟の1つ。

 その目の前で凛は立ち止まる。

 

「凄い魔力……!?」

 

 その素早さは脱兎のごとく。ツインテールを揺らして凛は小学生とは思えぬ機敏さで横の路地へと飛び退いていた。そして、積み上げられた箱の裏から、今まで自分が立っていた場所を額に汗をびっしょりと光らせて隠れ見る。

 

「なに……今の……」

 

 それは、幼いながら天賦の才を持つ魔術師として無意識からの防衛反応だった。

 凛は自らの感じた感覚、そしていつの間にこんな所に身を潜めていたのだろうという2つに困惑しながら呼吸を整えた。

 

 視界には広がる景色に別段変化は何もない。ただ先ほどまで自分がいた場所に風が吹いているだけだ。

 しかし、空気が違う。

 強いて言うなら父である遠坂時臣の工房、その深奥部が近いだろうか。が、それはあくまで魔力の量のみに限定しての話。本質は全く異なる。

 少なくとも父の工房の空気はこんなに禍々しくはないし、重たくもない。

 そして何より違うのが、何をするでもなく伝わる圧倒的な狂気。

 

「やばい……」

 

 冷たい汗が一筋、ツーっと背中を伝う。ここにきて凛は初めて自分が首を突っ込んでいる事態がどれだけのものなのかということを理解した。

 汗と共に身体が芯から冷えていく。そしてそれと共に思考が現実に引き戻される。

 

 これは自分にどうにか出来る問題ではない。頼れる相手がいるならば、それがあの気に食わない綺礼であろうとも頭を下げて助力を要請しなければならない。それくらいの大事だ。

 

 答えは出た。友達を助けたいという思いを非情な現実が押し潰す。

 

「早く逃げないと」

 

 そうなれば取るべき行動は1つだ。

 

 逸る気持ちを抑え、正面から目を逸らさずにジリジリと凛は後ずさる。

 明らかな怪異に背を向けるのは何よりも致命的。安全を確保するその瞬間までは絶対に無防備を晒してはならない。 

 そう、彼女のとった行動は決して間違ってなどいなかった。

 

「……うそっ!?」

 

 しかし、間違っていないからといって正解だとは限らない。

 

 いくら凝視しようと一向に変化のなかった廃屋の扉がギーっと寂れた音を伴ってゆっくりと開く。

 

 足を止めざるを得ない。そしてそこから見えた黒い人影が凛の足を真逆へと回転させることになった。

 

「琴音!!」

 

 フラフラとした足取りはおぼつかず、髪や衣服は乱雑に乱れている。だが友達の姿を見間違えるはずも無い。

 扉の隙間からゆっくりと歩いてきた少女に凛はすぐさま駆け寄った。

 

「琴音! しっかりして!!」

 

「……凛ちゃん?」

 

 果たして少女は目的の友、琴音その人であった。

 ガッと両肩を掴むと顔を上げた琴音に凛は安堵の溜め息をもらす。

 

「とにかく無事で良かった……早くお家に帰ろう!」

 

 先程までとは違いここからの離脱を最優先に。凛は琴音の腕を掴み走り出す。

 この異常はすぐに勘付かれる。となれば時間は1秒でも惜しい。

 そんな思いからとった行動。これも決して間違ってはいない。

 

「あれ……?」

 

 たがそれも、正解とは限らないのだ。

 

 進まない。その違和感に気づくのには一瞬で十分だった。もう一度力を入れて思い切り大地を蹴る。

 

「ちょ……琴音!ふざけてる場合じゃ……!?」

 

 それでも進まない。

 なら原因は1つしかない。後ろを振り返り凛は琴音を急かす。

 これ以上ここにいるのは危険しかないのだと。

 

「ねえ凛ちゃん、何を言ってるの?」

 

 が、大きな思い違いをしていたことを即座に凛は思い知らされた。

 

「いた……!」

 

「私達のお家は……ここでしょ?」

 

 琴音の爪が凛の腕に食い込む。

 凛は驚愕と痛みに目を見開いた。そして自らの失策を悟る。

 

「こと……ね……?」

 

 琴音の虚ろな瞳には何も映ってはいない。

 危険を回避する為に彼女の手を掴んだ。しかしなんのことはない。彼女こそが"危険"そのものだった。ただ、それだけの話。

 

「さ、帰ろう? 凛ちゃん」

 

「こと……」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

「ここは……」

 

 身体全体を覆うひんやりと冷たい感覚に凛は目を覚ました。

 いつの間に寝てしまったのだろう?こんな所で寝ていてはお母様に叱られてしまうし学校にも遅れてしまう――寝ぼけ眼でそんなことを考えていると、唐突に意識のスイッチが入る。

 

「やば――え……?」

 

 ここにいてはいけない。

 

 立ち上がろうとして凛は自らの異常に気が付いた。手も、足も、どちらも動かない。縛られている。と言うよりも壁に張り付けにされている。

 動かそうとしたことで雑に結ばれた縄が腕を締め付ける。そしてその感触が、凛から冷静な思考を奪っていく。

 

「この……見るからにやばそうだってのに……!」

 

 辺りをグルッと見渡せば、そこは古ぼけたバーだった。薄暗くやたらと広い空間一面に放棄されたビンやら壊れかけのテーブルがホコリまみれに置かれている。

 凛のように年端も行かぬ少女でなくとも嫌な空気をおぼえるのには十分な光景。

 

 

 

「あ、やっと起きたんだー。いやー、君の事も欲しいと思ってたからさー。わざわざ自分から来てくれるなんてラッキーだったよー」

 

「ええ、リューノスケ、それも魔術師の素養がある少女とは……クール、実にクールですよ!」

 

「――!!」

 

 凛は鳥肌が立つのを止められなかった。

 

 暗がりからこつりこつりと足音を響かせて現れた2つの人影。

 この場に似合わぬいかにも楽しそうな声を響かせる2人は何とも言えぬ異形であった。少なくとも、凛には同じ人間には見えなかった。

 

「なになに? 凛ちゃんも旦那みたいなすっげえことできるの? それまじ超COOLじゃん!!」

 

「や、やめて! 触らないでよ!」

 

 竜之介と呼ばれた軽薄そうな男が目を輝かせて凛にスキップしてくると凛の首筋から顎先までツーっと撫でる。

 あまりの嫌悪に凛は必死になって身を攀じるがまともに逃げることもかなわない。

 

 そんな凛をみてりはさらに嬉しげな笑みを浮べる。

 

 

「いいえリューノスケ、彼女はまだまだ魔術師としては産まれてもいない卵……しかし紛れも無い金の卵でしょう。この現世で彼女のような存在に巡り会えたのは非常に幸運と言えるでしょう」

 

 竜之介の問いに穏やかな首を振りながらもう一人も近づいてくる。

 近づいて見えてきたその顔に凛は思わず呼吸をするのを忘れた。人間だ、確かにそれに間違いはない。しかしこんな人間がいるはずがない。

 

 ギョロリと跳び出た正気を失った両目、黒いローブに身を包んだ包んだその姿はまるでお伽話に出てくる悪い魔法使いが現実の世界に飛び出てきたようだ。

 

 

「ひ――」

 

「怖がらなくていいよお嬢さん。君のお友達も無事だからね……」

 

 今はね、と底抜けに優しそうな微笑みを称えて凛の頭を撫でる旦那――キャスターの身から滲み出る狂気に凛は今にも卒倒しかねん勢いだった。

 父からこれから直面するであろう怪異について聞いてはいたが、それと向き合うのは少なくともあと10年は先の話の筈だった。

 だが間違い無く、その中でも最上級の危機が今目の前にある。理解してしまったその現実が凛を絶望の淵へと叩き込む。

 

「あ……あ……」

 

「あちゃー、何やってんのさ旦那。楽しむ前に壊しちゃってどうすんのさ」

 

「おお、なんということでしょう。つい興が乗りすぎてしまいました。しかしまだまだ楽しめるでしょう。さ、早く私達のアトリエへ運びましょう」

 

「たす……」

 

 意識が抜けていく。壁から外されて抵抗する余地もなく抱きかかえられる。

 さらに深い狂気へ、どこか帰れなくなるどこかへ運ばれていくことを感じて凛は必死にもがこうとした。

 

 けれども動かない懸命に。振ったはずの腕は小指を微かに震わせるのみ。叫び声を上げた口から漏れるのはしがわれた呻き声だけ。

 万事休す。逃げるすべなどない。それを理解した凛に出来ることなどありはしない。

 

「あー、楽しみだ。凛ちゃんとはどうやって遊ぼうかな」

 

 ――誰か

 

「彼女ならば今までにないCOOLを作り出せるでしょう、リューノスケ」

 

 そう

 

「その通りさ旦那……ん?」

 

「この魔力は……蟲……? しかしここまで私に気付かれずに入り込むなど……!! 離れなさい! 龍之介!!」

 

 ――助けて

 

「はいよー……って!?ぎやああ!!」

   

 誰かに祈ること以外は

 

「へ――」

 

 消えかかる意識の中、凛が最後に見たのは拭きあがる血飛沫と誰かの断末魔、そして……

 

「貴様ぁあ! リン(・・)から離れろぉお!!」

 

 屋根を突き破って舞い降りてきた、初めて見るようで、それでいて懐かしい紅い背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです

社会人大変っすね……精一杯書いてるはずなのですが心無しか文書もなかなかキレがでないような……笑
のんびりながら更新しますのでよろしければ

それではまた! 

感想などお待ちしております
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