第1章-眩惑はテイレシアス-
【夏の暑さが過ぎ去り、あかとんぼでも歌えるような季節になった。特に何も無いこの季節が私は好きだ。少し寂しい様な、でも美しいこの季節が。今は何も見えていないがもう少しだけ待ってみよう。そうすればこの空白の日々を少しでも鮮やかな色で染められるだろうから。】
「……はぁ」湯川創一は部屋で一人、溜息を吐いた。
「暇だ」と独り言を溢す。
正確には彼は今暇ではない。やらなければならない課題がある。しかし、人間という生物は「思考」や「感情」というものを進化の過程で身に付けてしまった。暇ではないのに「今は暇な時間だ」と思っていたい時間が必要になったのはそれらのせいであろう。彼だけでなくその他の人間も皆、暇ではない時間を暇だと錯覚しているのである。命を持つもの達に暇なんて概念は存在はせず、それは個々の意識の奥深くに存在する幻想であり、快楽を求める者にのみ限られた時間それらの幻想は我々と同じ次元に姿を現す。こんな事を考えている私はきっと今暇であろう。
創一は立ち上がり部屋の隅にある本棚まで歩いた。本棚の半分は軽小説が占めていた。残りの半分は小さい時に買った図鑑の類や音楽関連の本や雑誌、その他に少年漫画が巻順に並んでいた。創一は「宇宙」というタイトルの図鑑を手に取った。
(懐かしいな……)
図鑑のページを捲りながらベッドへ向かった。
(宇宙とは無限に広がり続ける空間で……)
(無限とは何だろうか……)
頭の中でどうでもいい思考が始まった。
簡単に言ってしまえば、限りが無いという事、しかし「暇」というものと同様に「無限」も現実的存在者としては存在などしていない。人間という生物の活動により成立する、あくまで可能的存在。人間の思考によって作り出された「無限」は「無限」という言葉の中でしか存在できない。言葉という「有限」の中で「無限」が形成された。人間の思考能力とはある意味では「無限」と言える。創一はよくどうでもいい思考が脳内で突然始まる。
創一は突然睡魔に襲われ、そのまま眠りに落ちた。
(……夢…?)
創一の目の前には真っ白な空間が広がっていた。そこには創一以外に3人の人間が居た。
(誰だ……)
無色、無音だったその空間は思い出したかの様に突然染まり始める。
赤。
スピーカーのボリュームを上げるように、音は段々と大きくなり、近づく。聞こえてきたのは叫びだった。夢はそこで途絶えた。
目を覚ました創一は部屋の時計を確認した。時計の針は19時16分を指していた。
(ヤバイ……)
今日は19時30分から塾の予定だった。湯川家から通っている塾までの道のりは約2キロメートル、自転車で急げば10分程で着く。
急いで鞄を持ち部屋を出る、玄関で靴を履く。急いでいるとこの時間がとても長く感じられる。ドアを開け急いで家を出て行った。
本編の完成までもうしばらくお待ちください。