2月14日。その日はバレンタインデーであり、天々座理世の誕生日でもあった。
これは、理世を敬愛する一人の後輩が、先輩の誕生日を祝う為に奔走する、奇跡の物語。
※天々座理世 誕生日記念作品 2016※

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しゃろチョコレート

 

[001]

 

 

 天々座理世と言えば知らない人が居ない程の有名人である。いや、この言い方は些か大袈裟すぎたかもしれないけれど、少なくとも、私達が通っている高校では間違いなく知らない人は居ない。

 運動神経も良く、気立ても良い、スタイル抜群――才色兼備、文武両道を体現する先輩は、全校生徒の憧れの的である。

 

 私としてはライバルが多いのが辛いけれど……いえ、そもそも私と先輩では釣り合わないのよ。私と先輩の身分なんて雲泥の差……どうやってもこの差は埋まらない。

 

 だけれど、だからと言って引き下がる程、私は物分かりのいい人間ではなくて。

 こうしてずっと憧れ続け、知り合いになるまでにお近付きになれている訳だけれど――結局のところ。

 リゼ先輩は私のことをどう思ってくれているのだろうか? いつも考えてしまう。一緒に居る時も、居ない時も、ついつい思いを馳せてしまう。

 

 しゃしゃり出る邪魔な後輩と、思われていないだろうか?

 お嬢様の振りをする馬鹿な貧乏人と、思われていないだろうか?

 

 ……まあ、先輩はこんな性格してないし、きっとそんなこと考えていないのでしょうけれど――考えたこともないのでしょうけれども。

 

 

 

[002]

 

 

 今日は2月14日。

 2月14日と言えば、世間で言うところのバレンタインデーである。元々はローマ発祥で、ローマ皇帝に迫害され亡くなった聖ウァレンティヌスの記念日である。

 また、この日付は結婚の女神ユノの日であり、次の日――つまり2月15日には、その神々を崇拝する祭としてルペルカリア祭というものがあったようだ。そのルペルカリア祭の前日において、女性がダンスパートナーを指名するというイベントが行われ、そしてパートナー同士となったペアはめでたく結ばれるということが殆どであったという。

 そんな謂れがあって、バレンタインデーは男女が愛を伝える日となった訳だ――けれどもそれが何を間違ったか、日本に伝来した際、『女性が男性にチョコレートを贈るイベント』と化した。これはチョコレート業界の陰謀だとか何とか囁かれていたりするけれど、本当のところは知らない。

 

 閑話休題。

 

 そんな訳で、本日はバレンタインデー。女性が男性にチョコレートを贈る日である。

 この木組みの街もバレンタイン一色に染まり、あちこちでバレンタインに便乗した装飾、イベントが見られる。うちの隣にある甘兎庵も、当然便乗している。内容は知らないけれども、

 

「これは売り上げを伸ばすチャンスよ! セールスに気合を入れないと!」

 

 なんて、その甘兎庵でバイトしている幼馴染は張り切っていた。

 

 私のバイト先であるフルール・ド・ラパンも、勿論例外ではない。バレンタインフェアとして、ご来店下さったお客様にチョコレートをプレゼントするイベントを開催している。

 なんとも安直な、と思うけれど、しかしバレンタインと言えばチョコレート。間違って伝わったイベント内容ではあれど、日本においては一般的な内容。一般的であればあるほど集客効果は見込めるのだ。

 まあ、うさ耳を付けた従業員が居るお店なんて、中々入り辛いものがあるだろうけれど……いかがわしく見えるし、実際間違えられたこともあるし。

 

 制服も、うさ耳無しでも結構いかがわしさがあるもの。胸が大きい人だと特に。

 胸が大きい人だと特に。

 胸が大きい人、うっ、トラウマが……。

 

 ……リゼ先輩が着た時のいかがわしさは、中々のものだったな。

 

 そう。リゼ先輩。

 

 本日2月14日――世間はバレンタインで持ちきりだけれど、しかし私の頭の中ではバレンタインは正直二の次なのである。確かにセールスポイントとして重視していないとは言えないけれど、別に個人的に渡したい男性は居ないし、あまり関係ない。

 だから、私にとって重要なのはもう一つのイベント――こればっかりは絶対に逃すことのできない、看過できない最大級のイベント。

 

 2月14日、それは、私が敬愛する先輩であるところの天々座理世の誕生日なのである。

 

 一体どうしてこのイベントをスルー出来ようか――リゼ先輩と知り合って、割と最近知ったことなのだけれど。

 果たしてリゼ先輩の誕生日を知っている人はどれほど居るのだろうか? ふふふ、学校内でも半分程度しか居ないだろう。

 ……半分"も"居るのだけれども。

 

 何というか、本当に奇跡的だと思う。バレンタインデーとリゼ先輩の誕生日が重なるなんて、やはりリゼ先輩は神様か何かの御加護を受けているとしか思えない。

 聖リゼ先輩。

 なんて、語呂が悪過ぎよね。

 

 私の変な冗談はさて置き、リゼ先輩の誕生日である。

 誕生日ということは、リゼ先輩の誕生日をお祝いしなければならない訳で。生誕祭を開かなくてはならない訳で。

 お祝い、誕生日プレゼントをプレゼントしたい訳なのである。今日がバレンタインデーなのに因んで、私が買える最も高値なチョコレートを贈るつもりだ。勿論、ただ買っただけで渡すつもりなんて微塵もなくて、溶かして一から固め直し、とっておきのハーブティーと共にリゼ先輩をお祝いするつもりだった。

 

 つもりだったのだ。

 だった――過去形である。

 ……結論から言えば、それは叶わない願いだった。いや、そもそもこれは私が高望みしすぎたのが悪いのだ。私の運勢で、そんな高度なことが出来る筈もなかったのに。

 

 リゼ先輩の誕生日をお祝いするため、私は今日のバイトを入れていなかったのだが、しかし今朝、突然、緊急の要請が入ったのだった。

 改めて考えれば当然の結果である。先程も述べた通り、バレンタインデーと言えばお店にとって最大級のセールスポイント。忙しくなるのは至極当然のことであり、忙しくなるということは必然、人手が必要になるということに他ならないのである。

 休みが出勤日に。

 ……ちゃんとその分お給料が出ることだけが、唯一の救いと言えるのかもしれない。そしてそんなことを救いとしてしまう辺り、俗っぽいなあと思ってしまうのであった。

 

 

 

[003]

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 バレンタインフェア絶賛開催中のフルール・ド・ラパンには、流石にフェア中だけあってお客様が沢山ご来店して下さっていた。

 っていうか、多い……!

 どんだけチョコ欲しいのよ、と思う――因みに、このチョコレート、店員が手渡しでプレゼントするもので、お会計の際に担当の店員に笑いかけるとチョコレートが貰えるという仕組みになっている。

 

 何よそれ。

 とツッコみたいけど我慢する。

 

 そんな謎の仕組みは、チョコレートを女性から手渡されるということに他ならず、それ目当ての男性客が殺到することとなった。ただでさえ店の内装とか店員の格好の所為で男性客が多いのに、更にである。

 一応女性客も居るけれど、肩身が狭そうで――まあ約1名、そんなことを全く気にせずサインに興じている変態小説家が居るけれど、それは例外として……というか何サイン会を開いてるのよ。何勝手にやってるのよ。

 と思うけれど、しかしお店側としては、寧ろそっちの効果でお客様の増加が見込めるし、何より青山さんはこのお店の常連さんである。邪険にすることは出来ない。

 まあ邪険にするとかそれ以前に、別に青山さん自体はサイン会を開くつもりはなかったのだろうけれど。あの人、そういうのに興味なさそうだし。

 無欲というか。

 今回だって、青山さんとしては完全に無意識だろう。ただたまたまいつも通りにフルールで観察(と言う名の覗き)に興じていたら、見事にベストセラー作家・青山ブルーマウンテンだとバレてしまったというだけであって。

 

 ……それはそれで凄いけど、何というか、私、何でこんな、そこに居るだけでサインをねだられるような方と知り合いなんだろうか。改めて思うけれど……。

 

「ご来店、ありがとうございました!」

 

 なんて思っている間にお一人様ご退店。ご来店、ありがとうございました。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 と思ったらすぐにお一人様ご来店。いらっしゃいませ、フルール・ド・ラパンへようこそ。

 

 こんな具合で、全く足並みが絶えない。お店側としては喜ばしい事態なのだろうけれど、しかしバイトの身としては堪ったものではない。そりゃあお客様が入れば入る程お給料は出るけれど、しかし今現在の大変さは筆舌に尽くし難い。

 あっちへこっちへ。

 奔走させられる身にもなって欲しい――あっちのテーブルへ、こっちのテーブルへ。

 

 ……甘兎庵やラビットハウスも、これくらいなのかしら?

 

 そうだとしたら、私よりも大変なのかも――ラビットハウスの従業員は3人だけ。幾らリゼ先輩が居るとはいえ(誕生日までバイトなんて)。クリスマスの時だって、人手が足りなかったと言っても過言ではなかったのだから。

 ましてや甘兎庵なんて、千夜とお婆ちゃんだけである。しかも接客するのは千夜一人――人手が足りないというなら、甘兎庵こそ正にそれである。兎の手でも借りたいくらいだろう。いや、あんこの手かしら? 上手くないわね。

 そう考えれば、実は一番楽なのは私なのかもしれない――そう思うと、これくらいでヒーヒー言う訳にはいかないと思わされる。

 早くバイトを終える為にも、頑張らなくちゃ――まだリゼ先輩へプレゼントするチョコレートさえ買っていないのだ。

 何せ今日は特売日――バレンタイン当日故、チョコレートの需要が高くなるのは自明である。ならば多少値段を下げても、それを補うことは容易なのだ。

 だから今日、朝早くからチョコレートを買い、半日かけてプレゼントを作り、バイト終わりのリゼ先輩に渡す作戦だったのに……全く、上手くいかないものよね。

 

 早く終わらせないと。

 早く終わらせたい。

 こんな気持ちを抱きながら接客業をするなんて、我ながら不誠実もいいところだと思うけれど、まあ愛想笑いはいつも通り完璧に出来ているだろうし、バレることはないだろう。

 

 ……こんな簡単に愛想笑いを作れるっていうのも、どうなのかしらね。

 

「カモミールティー一杯!」

「はい!」

 

 おっと注文。ご注文はカモミールティー一杯ですね。承りました。

 考え事なんてしている暇は私にはないようで。メニュー表を抱きながら、厨房へと向かうのであった。

 

 

 

[004]

 

 

「ご来店、ありがとうございました!」

 

 日もすっかり暮れ、辺りが暗くなりつつある頃、漸く最後のお客様がご退店なさった。ご来店、ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております。

 

 店員一同、扉にむかって礼。そして後ろ姿が見えなくなると、みんなが深いため息を吐いた。緊張の糸が解けたのだろう。私も例に漏れず、ため息を吐いた。

 私と同じく、シフトが突然入った人も何人か居た。その人達はひと段落ついた後、すぐさま更衣室に向かった。後片付けは、本来今日シフトが入っていたバイトの人の仕事だ、とでも言うように。

 別に、彼女達を悪く言う気は毛頭ない。寧ろ当たり前の感情と言わざるをえない。何せ、よりにもよってバレンタインデーにこうして強制召集されたのだ。もしかしたら今日デートの予定があった人とかも居たかもしれない。いや、そうでなくとも、休日が崩されたのは事実なのだ。

 何せかく言う私も、そう思う人たちの一人なのだから――けれど、私はそんな人達よりも更にタチが悪い。

 

 更衣の時間さえ、勿体ないと思う部類なのだから。

 

 そんなことに時間を使うくらいなら、私は最後まで残って後片付けをする――そういう奴なのだ。結局何だかんだと文句を言ったところで、私は働かずにはいられない――誰かが働いているのに自分だけ働かないというのは、卑怯と思ってしまう。

 ならば更衣などせず、さっさと後片付けも終わらせ、そのまますぐにスーパーへ直行するのが一番だ。お店の格好のまま走り回るのは如何なものかと思うけれど、ある意味宣伝になるし、咎められはしないだろう。多分。

 まあ、その時はその時である。

 

 そんな訳で、私達は後片付けを終わらせた――それはいつもより比較的早く終わった。早く帰りたいという気持ちは誰だって同じなのだということを、再認識させられる結果だろう。

 と同時に、さっさと更衣室に行った人たちがのろのろと出てきた。いやいや、遅過ぎるでしょ。更衣室で何やってたのよ。

 と一瞬思ったけれど、そんな事に想いを馳せることこそ正に無駄である。これっぽっちも意味がない。スピーディーにいこうじゃないの。時間はもうないのだ。

 

 私は、誰よりも早く店を飛び出した。そして、スーパーへ向かって全力疾走。

 

 幸いなことに、私の手荷物は非常に少なかった。制服はそもそも家でアイロンを掛けていたお陰で家から着てきたもので、取り敢えず携帯と財布だけを持ってフルールへ向かったのだ。お陰で更衣室に向かう必要がなかったのである。

 兎にも角にも脱兎の如く全力疾走。ロップイヤーカチューシャを着けているお陰で、まさしく兎のようだったかもしれない。

 私は兎、苦手なのだけれど……。

 

 そんなこんなでスーパーに到着。入店した瞬間、店内の殆どが私のことを見た。視線が痛い。目立つのは好きじゃない。辛い。そりゃあこんなコスプレ紛いの服装で来店してきたのだ、好奇の視線を浴びない訳がないのだ。

 しかし、さっきまでの苦労に比べれば大差ない。寧ろそれは延長戦とも言え、コーヒー無しでもここまで恥ずかしくならないものかと、我ながら自分に対してドン引きした。

 

 周りの目など一切気にせず、バレンタインフェア特設エリアに直行。

 

「っ……あ、危なっ――」

 

 思わず声が漏れた。いや本当に危なかった、私が買おうとしていたチョコレートは、殆ど売り切れに等しかったのだ。

 

 つまり――残り一個。ラストワン。

 

 その奇跡に思わず感傷的になりそうになったけれど、しかしそんな感情に浸っている間に横から掻っ攫われたら全てがおしまいである。バッドエンドもいいところだ。いえ、悪いところかしら? どっちでもいいわよどうでもいい。上手くない。でもこのチョコレートは美味しいわよね。だから上手くないんだって。

 ああもう頭の中がぐるぐるしてる……目が回っていないだけまだマシよ。頭の中が無茶苦茶になることなんて慣れてるわ。

 チョコレートを手に取りレジへ直行。2月14日はまだ終わっていない。ならば特売も終わっていない。何とか購入出来た。やった!

 レジ袋には入れてもらわない。その時間さえ勿体ない――シールを貼ってもらったそれを私は手に持ち、再び脱兎の如く駆け出した。商品を手に持ち、スーパーから飛び出て来た私の姿は、もしかしたら泥棒か何かに見えたかもしれない。心外な。まだそれ位のプライドはあるつもりよ。プライドだけはあるつもりよ。

 

 そしてそのままラビットハウスへ――ああ、もう暗い。ラビットハウスはまだ営業中だろうか? もしかしたら既に営業終了し、リゼ先輩は家に帰っているかもしれない。そうなると、このチョコレートの意味がない!

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ――」

 

 ――たかが誕生日プレゼントの為だけに、どうしてここまで疲れなくてはならないのかと思う私も、頭の中に居た。

 

 けれど。

 

 ここまで我武者羅になれるのは、あの学校の中でも、間違いなく私だけだろう。こればっかりは断言出来る。

 

 プライドだけはあるけれど。

 形振り構う気は一切ない。

 

 私は、お嬢様ではないのだ。平凡で、何処にでもいて、まともな家もない程の貧乏人。

 だけど――だからこそ。

 お高くとまったお嬢様には出来ないことが、私には出来る。出来てしまう。それは彼女達にとっては奇異なものだろうけれど、しかし私にとっては至極当然のことなのだ。

 

 そしてそれは、リゼ先輩も同じ。

 ――あの人は、私の知るような、世間一般で言うようなお嬢様とはまるで違う。対局と言ってもいい。形振り構うこともなく、いつも全力で、それでいて華麗で優雅――。

 

 だから私は憧れた。

 自分より遥か高みに居るあの人を。自分が及ばないような――けれど、どこか私に似たあの人に。

 ただかっこいいとしか見ていない連中とは、私は違う!

 

 走りに走ってラビットハウスが見えてきた。まだ営業中だろうか? それとも――?

 

 私はチョコレートを見た。

 

 その瞬間である。

 

「お疲れ様〜!」

「お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ」

 

「っ!!!」

 

 ――奇跡というなら、まさにこれこそ奇跡以外の何物でもなかった。

 全くちょうどのタイミング――ラビットハウスのドアが開き、ココア、チノちゃん、そして、リゼ先輩が出てきたではないか。

 本当にギリギリだったのか――でも、間に合った……!

 

 私は、声を張り上げて、叫んだ。最後の力を振り絞って、と言うと些か大袈裟だけれども。

 

 

「りっ、リゼせんぱああぁぁぁいっ!!!」

 

 

「「「!!」」」

 

 私はチョコレートを頭上で振りながら、速度を落とした――ああ、足が痛い。帰りたい。寝たい。

 三人が私を見た――ああ、気付いてもらえたわ、嬉しい。

 

「シャロ! どうした!? そんなに走って」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、り、はぁっ」

 

 い、息がぁ!?

 息が切れてるぅ!? そ、そんな、こんな情けない、先輩の前で恥ずかしい!!

 

「シャロちゃん、フルールの制服で来たってことは……あ、分かった! 宣伝だね!?」

「ち、違うわよおバカ!!」

 

 宣伝な訳あるかぁ!! どう見たらそうなるのよ!? 宣伝なんかで、こんな必死になる訳ないでしょうが!!

 はぁっ、はぁっ……ツ、ツッコんだお陰で言語機能が戻ってきたわ! な、何で……?

 

「シャロさん、今バイト終わったんですか? 私達も何ですよ。お互い大変ですね」

「あ、うん。チノちゃん達も、お疲れ様……そうね、大変よね……」

 

 やっぱり、ラビットハウスも今終わったところだった――うわぁ危なかった! 本当に紙一重だったのね……どうしたの今日の私? なんだか随分ついてるわね。

 神様からのご褒美かしら――休日出勤の。

 

「……リ、リゼ先輩っ!」

「お、おう! 何だ!?」

 

 ひゃあぁぁ……変に勢い付けて喋っちゃったぁ……しかもノってくれたぁ……! 羞恥で死にそうっ……!!

 

「そ、そそ、その! きょ、きょきょきょ、今日は――」

 

 あああああああもうちゃんと言ええぇぇぇぇ!!! 何どもってんのよキョドってんのようわああぁぁぁぁぁっ!!!

 落ち着け落ち着け私私!! はい、深呼吸!! しろ!! しなさいおバカ!!

 

 すーっ、はーっ。

 すーっ、はーっ。

 

 ……ちょっとだけ落ち着いたわ。

 

 はい、テイク2。

 

「その、今日はリゼ先輩のお誕生日ですよね! なので、その、バレンタインなので、チョコを、プレゼントを……っ…………お、お誕生日おめでとうございますっ!!」

 

 はい台無し全部台無しシナリオ崩壊いっえぇぇぇぇい!!! うわあ失敗したわ何これ!? 最後ゴリ押しすぎるでしょう!? 何の為に昨日発声練習したと思ってるのよ!? バカバカバカバカ!!

 ああリゼ先輩の表情を見ることが辛い辛過ぎるぅぅ!! 今頃キョトンとした顔してるんだろうなあと思うとこのまま湯煎されて解けたくなるっ!! コーヒー飲んで全部忘れたい!!!

 

 うぅ、なんて長い沈黙――実際には全然沈黙でもなんでもなくて一瞬なんだろうけれど、体感的には一時間経ったような気分よ!! 恥ずかしい!!

 

「――おお! ありがとうシャロ! 私の誕生日、覚えててくれてたんだな! 嬉しいよ!」

「へっ?」

 

 私は恐る恐る目を開けた――と、目に入ってきたのは、困惑した顔でもなく、怒った顔でもなく、キョトンとした顔でもなく――普通に、リゼ先輩の満面の笑みだった。

 

 あぁ――眩しいなあ。

 

 ……この眩しさを味わった人は、果たしてこの世に何人いるだろう? いや、この世とまでは言い過ぎた――あの学校に、何人いるだろう?

 愛想笑いなんて、比較にもならない――偽物ではなく、本物の笑顔。

 

 本当に……眩しいわ。

 

「あ、えっと、その……お口に合うかどうか……安物ですし、本当、買ったそのままで、デコレーションとか、なんにも出来なくて……」

「そんなのいいよ! チョコレートなんてどれも同じようなものだし――それに、シャロの気持ちが籠ってるってだけで、十分価値はあるさ」

「わ、私の気持ち?」

「わざわざ走ってまで、これを渡しにきてくれたんだろ? そこまでする奴なんて、中々居ないよ」

「っ…………!!」

 

 …………!!

 

 ……この気持ちをどうやって表せばいいのか、分からない――というか、もう、何考えていいのか分からない。自分の感情がもう分からない。

 

「ありがとう、シャ――ロ!? ちょ、おいどうした!?」

「シャロさん!?」

「シャロちゃんどうしたの!? お腹痛くなった!?」

 

「そ、そっ、そんな訳っ……ないでしょうがぁっ……ひくっ、ばかぁ!!」

 

 いつの間にか――私は、ボロボロと涙を流していた。

 

 リゼ先輩も、ココアも、チノちゃんも慌ててる――何という迷惑。いい迷惑というか、普通に悪い迷惑でしょうが。

 へたり込んで、人目も憚らず、涙を流す私。ああ、なんて恥ずかしい。

 恥ずかしくて目も当てられない。

 眩しくって目を当てられない。

 

 たかがチョコ一つ渡すくらいで、何泣いてんだか――心の底から私は私を軽蔑したい。

 でも、リゼ先輩やココア達は、決して軽蔑なんてしないだろう。それはある意味、残酷なものであると言えた。

 

 そんな訳で、私のバレンタインデーは幕を閉じた――というのも、正直この後何があったのかよく覚えていないからだ。もう夜なのに異様に辺りが眩しかったことしか、私は覚えていない。

 そんな私は――本当に、情けない。

 

 

 

[005]

 

 

 後日談というか今回のオチ。

 と、どこかで見たような文章を最初に添えてみたけれど、別に冴えたオチなんて無い。オチと言うならもうオチた。今更もう語ることは無い。

 

 気がつくと私は、ベッドで眠り込んでいた。何か頭がフラフラして、何があったのかまるで思い出せない……。

 凄く眩しかった、ってことだけは覚えてるけど……朝日かしら?

 寝ぼけ眼で時計を見た――ああ、いつも通りの起床時間じゃないの。よかった。てっきり寝過ごしてしまったパターンかと思ったわ。

 

 私はパジャマを脱ぎ、高校の制服に着替えようとした――と、そこで、漸く自分がフルールの制服を着たままであったことを思い出した。

 うわあ、しわしわ……折角アイロンをかけたのに、またかけなくちゃならないなんて。ツイてないわ。

 まあ過ぎてしまったことは嘆いても仕方がないので、取り敢えず服を脱ぐ。帰ってきてから、アイロンをかけよう。

 

 籠に入ったメロンパンを口に咥えながら着替える――って、メロンパン? 籠?

 私は籠を二度見した。あれ? こんなところに籠なんてあったかしら?

 

 ……ああ、なんか思い出してきた……そうだ、あの後、私はリゼ先輩に連れられて、家まで送ってもらったんだ。その時、この籠を持たされたのだっけか――。

 

 …………。

 

 うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 思い出した思い出した思い出した思い出したぁぁぁっ!! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃっ!!

 何泣いてるのよ私!? 何で号泣したのよ私!? ありえない、ありえないありえないありえないありえないぃぃぃっ!!

 くっ……朝から恥ずかしすぎる……ああ暑い! 暑い! 鏡見たくない、絶対顔赤くなってるから!

 

 ぐわぁぁっ……思わず私はベッドに崩れ落ちてしまった……。下着姿のままではしたない……。

 今この状況を見られたら死ぬ自信があるわ……舌噛み切るからぁ……。

 

「ぐっ……はっ、恥ずかしいぃっ……!!」

「ふふ、大変だったわね」

「本当よっ……大変だったわよ、たいへ……」

 

 …………んん?

 

「…………ん?」

「ふふ。おはよう、シャロちゃん」

「…………」

 

 気がつくと、いつの間にか目の前ににこにことした笑みを浮かべた幼馴染の顔があった。

 

 つまり、千夜だった。

 

「あ、あああああああぁぁっ!!! あっ、あんたねぇっ!? ノ、ノノノ、ノックくらいしなさいよお!? き、着替え中なんですけど!?」

「あら、ノックしたわよ? でもシャロちゃん全然反応しないから、もしかしたらまだ寝てるのかしらと思ったので、ふふ、勝手にお邪魔してるわ」

「お邪魔してるって自覚があるなら帰りなさいよ!! 何!? 何の用!?」

「いつも通りのモーニングコールだったのだけれど――コールするまでもなく、お目々は冴えてるみたいね。ふふふ」

「うがああああぁぁぁぁ!!!」

 

 恥ずかしいぃぃぃぃぃぃ!!! 傷口に塩を塗りたくられているようなぁっ!! 恥に恥を重ねて大恥よっ!! だから、上手くなぁぁい!!

 

「死ぬっ! もう死ぬわ! 舌噛むからっ!!」

「あら、シャロちゃんが死んじゃうと私も死んじゃうわよ? 後を追ってあげる」

「ええい、付いてくるな! 三途の川くらい一人で渡らせなさいよ!」

「嫌よ。私、一人で三途の川なんて渡りたくないもの」

「勝手にしなさいよ!?」

「勝手にさせてもらうわよ?」

「ぐぅぅっ……!!」

 

 駄目だ、死ねない……死んでも千夜が後ろから追いかけてくるわ。死んでまで世話焼きに追い掛けられるとか、三途の川の船頭さんも苦笑いよ全く。

 

「……その様子からすると、無事にリゼちゃんにチョコレートを渡せたようね」

「これが無事に見えるの……?」

「いつも通りのシャロちゃんじゃない」

「……まあ、そうかも」

 

 ここまでヒステリックになっている状態をいつも通りと言われるのは甚だ心外なのだが……まあそうか、いつも通りと言えば、いつも通りか。

 前日に調子に乗って、次の日思い出して羞恥に震えるなんて……うん、いつも通りだわ。

 これがいつも通りとは思いたくないけれど、悲しいことに、これが私でいつも通りなのよね……。

 

「……ありがとう、千夜」

「どういたしまして。早く着替えないと、風邪引いちゃうわよ」

「分かってるわよ……」

 

 千夜は悪戯っぽい笑みを浮かべると、そのまま出て行った。

 

 やれやれ……すっかりクールダウンしてしまったわ。癪なことに。千夜の奴に正気に戻されるなんて、ああ情けない。親友に窘められるなんて、リゼ先輩が聞いたらどう思うことやら。

 

 私はさっさとメロンパンを食べて、着替え終えた――暑さが引くと代わりに寒さがやってくる。寒い。本当に風邪引いちゃいそうだわ。

 

 支度を終え、私は家を出た――何よ、千夜はまだ用意してるの? 遅いわね。いや、私を起こしに来た分、時間掛かってるのかな?

 ……何か申し訳ないような気分になった。今会っても何か気まずいので、私は千夜を待たずに学校へ向かった。

 

 今日は月曜。2月15日。ルペルカリア祭が催されていた日ね。

 朝日が眩しい。雲一つない青空。今日は何だか肌寒い。ここ最近は気温の変化が激しくて嫌になる。

 

 はあ。

 

 もしかしたら、リゼ先輩と一緒に登校出来るかな、なんて思ったりしたけれど、そんな奇跡は起こらなかった。どうやら、奇跡は昨日で打ち止めらしい。薄情な。

 とは思わない。

 まあ、そんなものか、と思う。

 別に神様を責める気はない――感謝こそすれ責める理由などどこにもない。昨日あれだけ手伝ってくれたのだから、そりゃあ、あんなのが連日で続くなんて思う方がどうかしているのだ。

 

 それに、会いたければ放課後に会える。

 

 そんなことを考えながら、私は教室に入った。何やら教室中が騒がしい。なんだなんだ?

 

「今日こそはリゼ先輩にチョコレートを渡しますの!」

「いいえ、私が先ですわ!」

「昨日、リゼ先輩のお家にとびっきりのチョコレートをお贈りしましたの。きっと喜んで下さっているわ!」

「誕生日が日曜日だなんて、ついてない!」

「月曜日がバレンタインデーなら、当日に渡せましたのに! 口惜しい!」

「私が一番に決まってますわよ!」

「いいえ私が!」「私が!」「私が一番ですわ!」

 

 はあはあ、成る程。

 どうやら、私の予想以上にリゼ先輩を狙うライバルは多いらしい。誰が一番最初にリゼ先輩にチョコレートを献上出来るか、勝負しているのかしら?

 

 ……ふふん。

 無駄なことを。

 

 私は余裕の笑みで席に着いた――そりゃあ、余裕にもなるわよ。

 

 だってリゼ先輩にチョコレートを渡した一番手は――この私なのだから。

 

 これは、お嬢様に貧乏人が初めて勝利した瞬間ではないのだろうか。そう思うと胸が高鳴り、小躍りしたくなったけれど、これ以上恥を重ねたくはないので、机の下で小さくガッツポーズするだけにとどめておいた。

 





Happy Birthday !! Rize Tedeza !!

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