ハイスクールD×D―龍帝に見初められし少年   作:nica

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はじめまして。nicaという者です。
基本読み専なんですが、思わずネタが浮かんだために投稿してしまいました。
受け入れてもらえるか戦々恐々しながらの投稿です。一応原作は一通り読んでいますが、結構改変すると思います。なので、受け入れれないと思ったらブラウザバックをしてくださいまし。問題ない方は、是非とも読んでください。
作品完結は勿論目指しますが、今後も無事に投稿できるだろうか……




―追記―
最新話の更新じゃなくてすまない。
全然更新できなくてすまない。
投稿しているもう一つの作品にしてもそうだが、やる気が、モチベが上がらんで全然指が動かないんだ…………
書かないといけない箇所よりも先の文章が浮かんで、全然進められないんだ……
PCと睨めっこしてても全然文章が浮かばないんだ……
何とか進めようとして文章を見直していたら色々とかなり修正しないといけない文章が多すぎて、思わず修正して上げ直すという愚行に走る有様。
修正してもまだまだ抜けている部分、首を傾げる文章があるけどね!?
まぁ、気長に待っていただけると嬉しいかな。失踪したらそん時はそん時だけど。


序曲《プレリュード》:世界との別離、そして邂逅
第0話:祖なるものとの邂逅


 激しい雨が降りしきる中、とある小さな公園に一人の少年がいた。

 身体の至る所に打撲痕を刻み、顔は殴られすぎているのか酷い有様。脇腹からは、刃物で刺されているらしく血がじわじわと流れている。一体いつから倒れていたというのか。少年の身体は自らの血溜まりに沈んでいる。このままでは、少年の命は確実に消えるだろうという、まだ十台前半の年齢の子供にしては考えにくい状況だ。

 しかし、雨と夜の時間帯という事が相まって人影が一切ない。これでは助けを呼ぶという事も不可能。尤も、助けを呼べたとしても彼が助かる見込みはほぼ不可能だろう。何故ならば、彼はこの町――光陽町において、名も知らぬ者はいないという程に有名な少年。数年前に、とある一人の少女の母親の命を奪った事で知られている土見稟なのだから。

 

 

 どれ程の時間が過ぎたのだろうか。失血と雨に打たれ続けられている事で稟の顔色は青褪めており、その瞳からは徐々に光が失われつつある事が分かる。稟の命が失われるのも、最早時間の問題だ。

「……ゴホッ…………約……束、まも……れ、なく……て……ごめ、ん…………」

 最期の力を振り絞るかのように、稟は口から血を吐き出しつつも、掠れた声で呟く。今にも死にそうな自分を省みずに、まるで、誰かに謝るかのように…

「……どう、か……しあわ…………せに、い……き、て……」

 光を失った稟の瞳が閉じられていく。最早指一本動かせない稟は、それに抗う事なく運命に従う。その表情は自嘲に歪んでいて……

「……で、も……また……笑、い…あっ……て……いたか、た……な……」

 

 

~~~~♪

 

 

 稟の意識が絶たれる直前。気高く、美しく、鈴の鳴るようなとても綺麗な音が聞こえた気がして。

 稟の意識は、完全に世界から絶たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深く、暗い闇の中。稟はその闇の中を漂っていた。何故自分は、闇の中にいるのか。一瞬そんな疑問が脳裏を過るが、どうでもいいかと思考を放棄する。もう、自分の役目は終わったのだから。闇の中に身を委ねればいいと、そう思い。

「……きて…………たは…………まだ……」

 闇の中で微睡んでいると、声が聞こえてきた気がした。しかもその声は、彼が気を失う直前に聞いた音に似ているように感じて。

「……、ぬには……はや……る」

 それが気になった稟は、瞳をゆっくり開ける。

 そして、彼の眼に映ったのは。

 『純白(しろ)』。どこまでも美しく、気高く、神々しく、何物にも染まってはならない『純白』が在った。

 美しき純白のドレスを身に纏った『純白』。整った目鼻立ちに、モデルも顔負けのスタイル抜群の肢体。露出部分の多いドレスを身に纏っていながら、その容姿からはまったく厭らしさを感じさせない。その容姿は全てが完璧だと言うべきもので、まさに神に愛されていると言うしかない、否。美の神さえも霞むであろうと思わせる程に美しいものだった。

 稟はその『純白』に見惚れてしまう。楓や桜という美少女に見慣れていた稟でさえ見惚れてしまう。ここまで美しきモノを、今まで見た事がなかったから。

「無事に起きたわね……って、どうしたのかしら? こっちをじっと見て」

 稟が自分を見つめたまま固まっている事に疑問を持った『純白』はそう訊くが、稟は答えられない。あまりの美しさに稟の意識は奪われていた。

 まさか彼が自分に見惚れているのだとは考えていない『純白』は稟を見つめながら首を傾げる。いつまでたっても何も反応を返さない稟に訝しみつつ、何となしに彼の頬を突いてみる『純白』。それで我に返った稟はハッとし、眼前の少女に謝る。

「じろじろ見てごめん。その、君があまりにも綺麗だったから……」

 頬を朱に染めながら、照れ臭そうに搔きながら稟が零したその言葉に『純白』は一瞬キョトンとした表情をした後。

「ふふ、そう。でも、綺麗だからと言ってあまり人を見つめすぎては駄目よ? 見知らぬ人にじろじろ見られたら不快に思う人がほとんどなのだから」

 困ったような、けれど嬉しそうな表情を浮かべて諭すように言う。

「ごめんなさい」

 『純白』の言葉に姿勢を正して謝罪する稟。『純白』は素直に謝罪する稟に満足気な表情を浮かべた。

「こうして貴方も目覚めた事だし、今後の事について話し合いましょうか」

「今後の事?」

「えぇ。今後の事。だって貴方、もうあの町にはいられないでしょう?」

 『純白』のその問い掛けに稟は悲しげな表情を浮かべて応える。その表情は『純白』の言葉を肯定していて。稟は何か言おうと口を開きかけるが、ふと自分の身体を確認して驚いた表情を浮かべた。

 目が覚める前の自分の身体はあまりにも酷い有様で、先程までは血の海に沈んでいたのだ。とてもではないが、こうして目覚めて会話している事が奇跡であるとも言える状態だった。何度も自分の身体を触って状態を確認し終えると、稟は呆然とした表情で呟いた。

「傷が……」

「誤解しないでほしいけど、貴方の身体の傷は治った訳ではないわ。此処はあくまで精神世界というべき場所で、貴方本来の身体にはまだ無数の傷が残っている。私が貴方と話したい為に貴方の身体を特殊な方法で保管し、貴方の精神体をこの世界に持ってきたの」

「…………そっか」

「……ごめんなさい。ただ、あのままでは確実に貴方は死んでしまっていた。だから、貴方の意思を確認せずに此処に連れてきたの。貴方に、生きていてほしかったから」

 『純白』は顔を伏せてそう零す。

 稟はあの時、半ば自身の死を受け入れていた。死にたくないという想いが全くなかったわけではないが、それでも、それが自分の罰なのだからとほぼ諦めてもいた。未練も後悔も、生きたいという欲求さえも押し殺して、己の死を受け入れてしまっていた。

 それをこの『純白』は覆したのだ。

 『純白』は自身の勝手な思いで稟の覚悟を踏み躙った。だから、稟から罵倒の言葉を浴びせられる事を覚悟していた。

 しかし。

「……どうして?」

「……え?」

「どうして、ボクに生きていてほしいと思ったの?」

 かけられた言葉は罵倒なんかではなく、疑問の言葉だった。その事に思考が停止しかけるが、稟の瞳には『純白』を責めている色はない。

 それに一瞬、『純白』は呆然とするが、

「やっぱり、貴方は…………」

「……?」

 顔を綻ばせ、懐かしそうに、嬉しそうに、けれど少しだけ寂しそうに小さく呟く。

 首を傾げて自身を見つめてくる稟に微笑を浮かべながら、

「何でもないわ」

 そう返す。ますます首を傾げる稟だが、『純白』はそれには答えず。

「貴方に生きていてほしいと思った理由なのだけど」

「?」

「貴方の魂が、心が美しかったから」

「…………」

「どれだけ自分が傷つこうが。暴力を揮われようが。孤独になろうが。たった一人の少女を救う為に自身を省みないその心に惹かれたから」

 稟の瞳を見つめ、自分の想いを語る『純白』。

「でも、それは……」

 少女の言葉に稟は顔を伏せる。その顔に浮かぶのは自嘲だ。

 いくら『純白』が稟を想っての言葉を重ねようが、彼がとってきた行動は……

「……えぇ、そうね。確かに、貴方のエゴで嘘を吐き、彼女を苦しめたのは罪でしょう。貴方のもう一人の幼馴染と、父代わりをしてくれている人を苦しめている事実は赦されないでしょう。貴方の我儘で、多くの人を狂わせたのは赦されない事実でしょう。でも、それでも、たった一人の少女を護りたい、救いたいという純粋なその想いは私を、私達を惹きつけるのに十分すぎる程に美しいもの」

 顔を伏せていた稟は気付かなかったが、この時の『純白』の表情は怒りに歪んでいた。

 言葉上は稟の事を責めているものではあったが、それとは裏腹に別のものに『純白』は怒りを覚えていたのだ。だが、『純白』はそれを稟に悟らせない。

「だから、貴方には生きていてほしい。その美しく、尊い心を殺さずに生きていてほしいと願ったから」

 『純白』の言葉が終わると同時。眩い光が稟と『純白』を包む。あまりの眩しさに稟は眼を閉じるが、すぐに光は収まった。そして眼を開けると、信じられない光景を見てしまった。

 『純白』の後ろには伝説や御伽噺で語り継がれている、ドラゴンと呼ばれている存在がいた。それも一体ではなく複数だ。その圧倒的な光景に気圧される稟。

「だから、私達が貴方を護る。貴方の剣となり、楯となる。貴方を害する存在は、私達が滅ぼす。貴方は、貴方のままで生きてくれればいい」

「!!??」

 いつの間にか稟の目の前に来ていた『純白』は稟の頬を優しく包むと、稟の唇に自身の唇を重ねる。

 いきなりの事でパニックになる稟。心臓の鼓動が速くなり、思考が無駄にぐるぐると空回る。

 人から悪意を向けられる事に慣れてしまっている稟は、好意を向けられる事に慣れていない。唯一好意を向けてくれていた人達はわざと遠ざけていた。好意を向けられてどうすればいいのか分からないのである。まして、いきなりキスなぞされれば思考が停止してもおかしくない。

 キスをした『純白』は名残惜しそうに稟の唇から口を離すとそっと微笑む。その微笑はとても美しく可憐なものだ。今まで見た事もない程可憐な笑顔だ。その笑顔を見て稟の顔は朱に染まる。楓や桜でさえも、こんなにも美しい笑顔を浮かべられないのではないだろうかとぼんやり思いながら。

 その事に気付いていない『純白』は表情を真剣なものに変え、稟を見つめる。

「貴方は私を恨んでくれていい。憎んでくれていい。貴方の決意を穢した私を呪ってくれていい。私は私のエゴで貴方を生かす。自分勝手であることは百も承知。それでも私達は、まだ死ぬべきでない貴方を必ず護り抜く」

 普通であれば、初対面である赤の他人が何を勝手な事をほざいているのだろうと思うだろう。

 人の気持ちを分かっていると言いたげな態度に、何様のつもりだと罵倒するだろう。

 神様気取りで人を勝手に憐れんで、巫山戯るなと罵るだろう。

 だが、稟はそう思わなかった。

 『純白』の言葉が稟の心に不思議と溶けていったのだ。その言葉に、瞳に、想いに偽りがない事がハッキリと伝わってきた。初対面である筈の自分の事を、真剣に考えてくれている事が分かった。

 稟は瞳を閉じて少しの間思考し、

「……恨む事なんて、憎む事なんてしないよ。見ず知らずの筈であるボクの事を護ってくれると、キミは言ってくれた。ボクに生きていてほしいと言ってくれたその言葉に、嘘は感じられない。それなら、その想いを拒絶しちゃったら怒られるよ」

 そう言って稟は笑顔を浮かべる。

 その笑顔に影は見られず、本心からそう言っている事が『純白』には分かった。稟が、『純白』の言葉を信じてくれたと分かった。

 だから『純白』は。

「私の言葉を信じてくれてありがとう。貴方の決意を穢した私を信じてくれてありがとう。私は、私達は何があろうと貴方を裏切らないわ。決して独りになんてさせない。貴方を護り続ける。これから私達は、貴方と共に在り続ける。美しいその魂と共に在り続ける」

 稟を優しく抱き締め誓う様に言う。

 突然の抱擁は稟を赤面させるが、『純白』から漂う不思議な香りが、確かな温もりが稟を包み込んでいく。

「今まで、よく耐えてきたわね。貴方はよく頑張ったわ。だから、もういいの。もう、耐えなくていい。我慢しなくていい。無理に自分を殺さなくていい」

「…………ぁ」

 そして優しく、愛おしく頭を撫でられた。

 早い時分に無くしてしまい、求めに求め続けながらも、結局無くしたままの温もりを与えられた。

 自身の勝手な我儘で貫き通してきた行いを労われた。

 それらの事は、限界だった稟の精神を決壊させるには十分なもので。

「ち、が……これ、これは……」

 稟の瞳から、透明な雫が一滴。また一滴と流れる。

 『純白』はそれを優しく拭い、

「我慢しなくていいわ。今までの分を思いっきり吐き出しなさい。貴方は、もう独りじゃないのだから」

 稟を抱き締めている力を微かに強める。

「う、っく……ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁああああああああっ!!」

その優しさに、温もりに我慢の限界がきたのだろう。稟の瞳から流れていた涙は箍が外れたかのようにどんどんと流れ出す。

「……もう、独りにしないで! 独りは嫌なんだ!」

 『純白』に縋りつくかのように抱き締め返し、稟は慟哭する。

 今までの分を発散するかのように。

 溜め込んできたものを吐き出すかのように。

 稟は今まで吐かなかった弱音を吐く。どれ程辛い事があろうと泣く事もなく耐え続けてきた稟は、ここにきてずっと纏っていた脆くも強固な鎧をあっさりと崩された。

「勿論よ。貴方を独りになんてさせない。独りにさせるものですか。これからは私達がいるのだから」

 『純白』は今まで耐えてきた稟を労うかのように、彼を抱き締める力をより一層強くして稟の頭を撫で続ける。

 その言葉が嘘でないという事を稟に伝える為に。

 『純白』の後ろに控えていた巨大なドラゴン達は、何も言わずにその光景を見守り続ける。決して邪魔をしてはならぬと、近付く事なく。

 

 

 

 

「どう? もう落ち着いたかしら?」

 幾何かの時が経過して『純白』は稟に声をかける。

 既に稟は泣き止んでいたが、その瞳にはまだ涙の痕が残っていた。

「ん。お陰様で少しは。ごめん。恥ずかしいところを見せちゃった」

 『純白』に抱かれたまま稟は恥ずかしげにそう返す。稟はまだ彼女に抱かれたままで、『純白』は愛おしそうに稟の頭を撫で続けている。

「今まで耐えてきたんだもの、仕方ないわ。恥ずしく思う事はないのよ」

「……そっか。ところで、いつまでこのままなの?」

「ん。もうちょっとこのままでいさせて」

 抱かれ続けている事が流石に恥ずかしい稟はそろそろ解放してほしくて言ったのだが、彼女はそれを拒否する。ならば無理矢理にでも引き剥がせばいいのだが、『純白』の表情は慈愛に満ち溢れていて、無理矢理離れるのもはばかれる。

 それに、稟はこの温もりを求め続けていたのだ。確かに恥ずかしさはあるものの、実を言えばまだ離れたくはない。もう少し、この温もりに触れ続けていたかった。

 稟は恥ずかしさを我慢し、『純白』に身を委ね続ける。じっと自分達を見下ろしているドラゴン達の視線を耐えながら。

「ねぇ」

「な~に?」

「今更なんだけど、キミの名前は?」

「……そう言えば名乗ってなかったわね」

 実に今更である。

 雰囲気に流されて話がとんとん拍子で進んでいたが、彼等――というか稟はだが――はまだ自己紹介をしていない事を思い出す。

「うん。キミはボクの事を知っていたみたいだけど、ボクはキミの事を知らない。空気に流されて話は進んじゃったけど、改めて自己紹介をしよう。ボクは稟。土見稟。キミの名前は?」

「私の呼び名はいくつかあるのだけど、そうね。名で呼ぶのならば私の事はミラと呼びなさい。一応、後ろに控えている子達の保護者みたいのものね。後ろに控えている子達の名を全部教えると時間がかかるから、貴方から見て最前列の四体の名を教えておきましょう。左から順にクシャル、アマツ、ラオ、キリン。略称だけどね。他の子達は順次教えていくわ」

「そっか。これからよろしくね皆」

「こちらこそよろしくね、稟」

 稟の言葉に頷くドラゴン達。

「ところで、ボクはこれからどうすればいいの?」

「……このまま貴方を元の世界に返しても、貴方は苦しむだけ。貴方の想いは決して報われず、苦痛と苦悩の狭間で溺れるだけ。私達が姿を見せる事もほぼ不可能と言っていいあの【セカイ】に戻っては貴方の命の保証はないし、貴方を護れない。だから、私達が護る事の出来る別世界へ貴方を連れて行く」

「……え?」

 『純白』――ミラのその言葉に、稟は思わず呆けた声を漏らしてしまう。いきなり別の世界とか言われても、脳が理解するにはあまりにも突拍子な話だ。

「貴方を害する存在がいない世界。その代わりに貴方が知る存在もいないのだけど、大丈夫。私達が姿を見せも大丈夫な世界へと移るのだから。私達が常に稟と共にいる。だから、どうか心配しないで」

 心配しないでと言われても、いきなりの言葉に困惑している稟としてはすぐには答えられない。

 常人が聞けば鼻で嗤う言葉だが、ミラの表情からは彼女が嘘を言っているようには見えない。彼女は本気で別世界というものが在ると言っているのだ。

 正直別世界等と言われてもあまりピンとこない稟ではあるが、彼女を信じると決めたのだから今更彼女の言葉を疑うのもどうだろうか。しかし、別世界とか言われて簡単に信じられるものでもない。

 それに、光陽町には……

「…………」

 彼が己の身を犠牲にしてまでも生きていてほしいと願った少女がいる。

 周囲のほぼ全ての人間が彼の敵となってしまっても、彼の味方でいてくれた唯一の少女がいる。

 限界寸前の身体と精神に鞭打ってまで耐えてきた少女達(生きる理由)がいる。

 まだ、光陽町から離れる訳にはいかない。

「……もし」

「……ん?」

「もしもここ光陽町から離れたら……また戻ってくる事は出来るの?」

「――っ!?」

 稟のその言葉に微かに息を呑むミラ。

 現実を理解出来ていない筈がないのに、再びあの地獄へと戻ろうという稟に驚きを隠せず微かに動揺するミラ。

 いや、『土見稟』という存在の在り方を知っているのだから彼の言葉は本来ならば驚くべき事ではない。それでも驚いてしまったのは……

「…………」

 じっと自身を見つめてくる稟から視線を逸らさず、ミラは思考を巡らす。

 彼女程の力があれば、世界を渡る事は問題ない。今ここで別の世界へ渡っても、この世界へ再び戻る事は造作もない事だ。

 しかし、再びこの【セカイ】に戻ってくるという事は。

「……ごめん、なんでもないや。さっきの言葉は忘れて」

 返事を返さないミラをどう思ったのか。

 彼は頭を振って微苦笑を溢し、自身の言葉を否定する。

 その表情を見てしまったミラは稟から顔を逸らし、

「…………ごめんなさい」

 絞り出すかのような声でそう返す事しか出来なかった。

「キミが謝る必要なんてないよ。これは、これもボクの我儘なんだから」

 普段のものと変わらない彼の声音。

だが、その声に宿る感情は普段のものとはかけ離れていて……

稟を抱くミラの手の力が微かに強まる。それに稟は苦笑を深め、彼女の手をそっと握る。

 一瞬ビクリと身体を震わすミラ。稟はそれに気付かないフリをして、

「………………連れて行って」

「…………え?」

「ボクを、ミラちゃんの言う別世界へ連れて行って」

 他人が聞けば正気を疑う言葉を発する。

 しかし、彼の瞳は真剣なものだ。本気で彼女の言葉を信じている眼だ。

「………………いいのね?」

 自身を見上げてくる稟を見つめ返し、最終確認をするミラ。

 この言葉に頷けば、稟はこの世界から別れる事になる。今までの人生を捨てる事になる。

 戻ってくる事が出来たとしても、それは何時になるのか分からない。引き返すならば――ミラとしてはその道は望まないが――今の内なのだ。

「うん。ミラちゃんを信じるから」

 彼女の言葉に肯定の意を示す稟。

 その表情は微苦笑から変わっていない。変わっていないが、そこに隠された感情は様々なものが混じり合っていた。

 それは余人が推し量れるようなものではないだろう。

「ありがとう。信じてくれて」

 様々な葛藤があっただろう。

 苦渋の決断をしたのだろう。

 再びこの世界に戻ってこれるかは分からないのに、彼は今日初めて会った、見知らぬ少女の言葉に頷いた。

 他人がそれを聞けばおかしいだの、馬鹿馬鹿しいだの、頭がイカレタだの、狂ったのかだのと言われるかもしれないが稟は気にしない。

 だって彼の前には、御伽噺の中でしか知る事が出来ない空想上の存在がいるのだから。

 自分を想ってくれている彼女を信じる事にしたのだから。

(本当に、この子は……)

 稟が自身を信じてくれた事に、ミラは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 誰もが信じないであろう事を信じてくれた稟に、愛おしさがより募る。

「私の身体にしっかりと掴まって。今から世界を渡るわ」

 ミラのその言葉に稟はうっすらと顔を紅潮させるが、彼女の言う通りに身体を反転させて彼女と抱き合うような体勢にする。抱き締められるよりも恥ずかしさが募るが、彼女の温もりと香りが、不思議と恥ずかしさを中和していく。

 不思議な気持ちになりながらも、稟は彼女を強く抱き締めすぎないように、けれど決して離さないように抱き締める。

 ミラもまた、稟に抱き締められて顔を朱に染める。

 稟の手前恥ずかしがる素振りは見せていなかったが、内心では嬉しくも恥ずかしかったのが実情だ。先程から鼓動が高鳴りっぱなしで、稟に気付かれていないかと気が気でなかったりもする。

 ミラは軽く息を吸うと、世界を渡る為に力を解放する。

すると、彼女と稟の周りを光の粒子としか言いようがない何かが満ちはじめ、ミラ達がいる場所が揺れ始める。

「じゃあ、行くわよ」

 ミラが瞳を閉じると同時。後ろに控えていたドラゴン達はその身を輝かせながらその場から消えた。ドラゴン達が消えたのを気配で確認し、ミラは溜め込んでいた力を解き放つ。

 刹那。

 彼女の口からは、決して人が放つ事が出来ない咆哮が響き渡った。それと同時に彼女の身体が眩く輝いたと思ったら、輝きが収まった時にそこに現れたのは全身を白とも白銀ともつかない幻想的な輝きを放つ鱗と体毛で覆った、御伽噺で語られる様な神々しさを放つ一体の龍。

 その龍は前足で抱えていた稟を一瞥した後、背に広がる美しき純白の翼をはためかせる。すると辺り一面に強烈な風圧が発生し、龍はその身を回転させながら凄まじい速度で上昇する。その龍が上昇していた先には、いつの間にか空間の歪みが発生していて……

 龍は一瞬の躊躇すらせずにその歪みへと進み。

 ヒュゴッ! という奇妙な音と共に抱えていた稟ごとその姿を消した。

 この空間に誰もいなくなった事で揺れは収まり、後に残されたのは誰もいなくなった純白の空間だけとなった。

 

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