ハイスクールD×D―龍帝に見初められし少年   作:nica

10 / 15
お待たせしました。
漸くハイスクールの投稿です。
とは言え、話は全然進んでおりませんが。
相変わらずの低クオリティーではありますが、読んで頂けたら幸いです。


第9話:目覚め

 ミラ達が廃墟を後にして数時間後。ボレアスとラースは稟の中に再び戻り、ミラとレイナーレで事の詳細をアザゼルに報告しに彼の部屋に訪れる。

 彼の部屋にはシェムハザもいたらしく、二人は何やら真剣な顔で話し合っていたが、ミラとレイナーレがアザゼルの部屋に入り、ミラに抱えられた稟に視線が行くとアザゼルとシェムハザは血相を変えた。

「なっ!? おい、稟はどうした!」

 ミラに抱えられ、全身を血に染めてぐったりしている稟。

 まさか最悪の事態が起きたのかと顔を青褪めさせる二人を、ミラは視線で制す。それからレイナーレに説明するよう視線で促し、

「アザゼル様、シェムハザ様。安心して下さい。稟は無事です」

 頷いたレイナーレがそう口にする。

 そんなレイナーレに眼を見開いて驚きを露にする二人。種族至上主義で人間を見下していた彼女が稟の名を口にしたのだから、二人からすれば驚き以外の何物でもない。稟の状態を、完全にという訳ではないが脇に置いてしまうくらいに。

 二人がそういう反応をするのも理解できるので、レイナーレは苦笑してしまう。この任務に赴くまでは散々人間を見下していたのに、帰ってきてみれば名前を呼んでいるのだから驚くなという方が無理であろう。

「気持ちは理解できるけど落ち着きなさい。今から順を追って説明するから」

 二人の反応に些か呆れ、ミラは話を進めるべく説明に入る。

 不穏分子が潜んでいると想定していたあの廃墟で何が起きたのか。稟の身に何が起きたのかを。レイナーレと交互に。

 

 

 

 

 

 

 

 アザゼルの部屋のベッドに稟を寝かせ、ミラとレイナーレの説明が終わって暫く。

 アザゼルとシェムハザは苦々しい表情をしていた。

「……そんな、事が」

「……えぇ、本来なら奴を捕らえ、此処に連れてくるべきだったんでしょうが、奴が生きている事はどうしても赦せなかった。稟を害したあいつを生かしておくのを、どうしても赦せなかった。だから奴の存在を魂ごと滅したわ」

 その時の事を思い出したのか、ミラの瞳に暗い光が灯る。その瞳には殺意しか宿ってなく、周囲の空気の温度を低くしてしまっている。それにミラを除く三人が微かに身体を震わすが、

「……貴方の計画を崩してしまって、申し訳ないわ」

 申し訳なさそうに眼を伏したミラによってその空気は霧散した。

「…………いや、稟を死なせてしまうのに比べれば些細な事だ。お前が謝る必要はない。寧ろ俺が謝る立場だろうに。俺のせいで稟を危険に晒してしまったんだ」

「いえ、そうだとしてもよ。それに首を縦に振ったのは私自身。私のせいでもある。貴方一人の責任ではないわ」

 そんなミラとアザゼルのやり取りを見て首を傾げるレイナーレ。アザゼルが謝罪している理由が分からないのだ。

 それに気付いたシェムハザが彼女の側に行き耳打ちをする。それによってアザゼルが謝罪している理由を知ったレイナーレは驚きで眼を見開いていた。

 あのアザゼルが稟を囮にした事もそうだが、何より彼女を驚かせたのはミラが稟を囮にする事(それ)を許容した事だ。あのミラがである。

 ミラと僅かしか会っていないレイナーレでさえ、ミラが稟を何よりも大事にし、彼を傷付ける輩を赦さない事を理解している、というかさせられている。稟を害する存在には死を与える彼女。そのミラが稟を囮にする事を許し、それを提案したアザゼルが五体満足でいる。驚くなという方が無理である。

 彼女の気持ちが理解できるアザゼルが苦笑を漏らし、ミラは憮然とした表情で顔を逸らす。

「まぁ、提案した俺も当初は驚いたんだがな。提案する時は正直、殺されてもおかしくない気構えでいたから、こうして無事である事に俺自身驚いている。こいつはとんでもない稟至上主義者だからな」

「……悪かったわね。稟至上主義者で」

 拗ねたようなミラの声音に、レイナーレとシェムハザは意外なものを見たかのような顔でミラを見つめ、アザゼルは笑いを噛み殺そうと必死だった。ミラはそんなアザゼルを睨みつける。

 しかし、その表情にいつも程の凄みはない。ミラ自身自覚しているのだ。己が何よりも稟を優先するあまり、他者を排する行動に出てしまう自分の悪癖の事を。

「まぁ、今回は色々あって疲れただろう。今はゆっくり休め。今後の事はまた後日にでも話し合えばいい。すぐに状況が動く訳でもないだろうしな」

 不穏分子を焙り出せなかった事は確かに痛い。件の堕天使を捕縛できていれば状況は好転したかもしれないが、そいつが稟を害した以上そいつの末路は決まってしまったのだ。ミラともそういう状況に陥ってしまった際の事を話していたのでこればかりは仕方ないとアザゼルは思う。

 まだ不安は残るものの、奴等もすぐには行動に移せないだろう。

 ミラが始末した堕天使がどれ程の地位にいたのかは知らないが、一つの研究施設を任されていたのだ。末端という線はないだろう。そこそこの実力もあり、ある程度の信頼は得ていた筈だ。でなければ単独でミラ達ドラゴンとの接触を任され、対ドラゴン(かのじょたち)用の結界を持たされる筈がない。

 その堕天使が殺されたのだ。不穏分子達も下手な行動にでるようなヘマはしまい。何かしらの行動を起こせば、自分達が黒幕ですよと言っているも同然だからだ。迂闊な真似をしてくれればこちらとしては助かったのだが、未だその尻尾を掴ませない奴等の事だ。そこまで甘くもない。今暫くは稟を護りつつ、情報収集に徹底するしかないだろう。

 ミラもその事は承知しているのだろう。忌々しそうに顔を歪めている。

「いっその事、此処を破壊したらどうかしら。そうすれば稟を害しようとする愚か者共を一掃できるし」

 真顔で平然と、とんでもない事を宣ってくれるミラ。彼女の力を以ってすれば『神の子を見張る者』の施設を瞬く間に破壊する事は造作もないだろう。その事実を知っているアザゼル、レイナーレ、シェムハザは顔を引き攣らせてしまう。

 彼女の言葉は冗談に聞こえない。冗談を言う性格でもないが。

「み、ミラさん。流石にそれだけは勘弁してくれませんか? 此処には無実の奴も大勢いるので……」

 下手したら本気で、此処を破壊する事を厭わないだろう。このまま何も進展しなければそうなっても可笑しくない。不穏分子が彼女の逆鱗に不用意に触れてしまった為尚更だ。彼女は稟が絡むと沸点が異様に低くなる。

 だが、此処を破壊されると困る所の話ではなくなるし、アザゼルが言ったように無関係の者も大勢いる。流石にそれは総督として見過ごせないのでミラに注意をする。敬語で下手に出ているが。

「…………分かってるわよ、そのくらい。私だってそこまで恩知らずではないわ」

 なら今の間はなんだと問い詰めたいが、彼女も本気でそう言ったわけではないようだ。彼女の言葉は心臓に悪いと溜息を吐きたくなるアザゼル。

 勿論、ミラとて本気でそう言った訳ではない。そうした方が手っ取り早いのは確かであるが、自分達を保護してくれているアザゼルに、恩を仇で返すような真似はしない。

「まぁ、今日はもう休ませてもらうわ。確かに色々あって疲れてしまったし」

 ミラは立ち上がり、視線を稟の方へと向ける。

 それにアザゼルとシェムハザは顔を見合わせ、

「なら、お前さんとレイナーレはこの部屋で休め。下手に稟を動かすのも拙いだろう」

「…………よろしいのですか?」

「構わんさ。どうせお前さん方、稟が心配で様子を見に行くだろ? なら同じ部屋にいた方が無駄もないだろう」

 問い返すレイナーレに肩を竦めてそう返すアザゼル。彼はシェムハザと二言三言話してから自身の部屋を出ようとする。

「後で医療関係に精通した部下を送る。それまではゆっくりしておけ」

 振り返ってそれだけを伝えると、アザゼルとシェムハザは部屋を後にするのだった。それを一礼して見送った後、レイナーレは隣のミラに問い掛ける。

「アザゼル様はああ仰ってくれたけど、どうするの?」

「どうするって、寝るだけよ。色々と疲れたもの」

 そう言ってミラは稟が眠るベッドに潜り込むように入る。

「ちょ、アンタ何して!?」

「何って寝るだけでしょうに。一々煩いわよ」

「寝るだけなら稟と同じベッドの必要はないでしょう!」

「別にいいでしょ。稟と一緒に寝た方が落ち着くのだし」

 怒鳴ってくるレイナーレを鬱陶しそうに見つめながら服を脱ぎだすミラ。急に服を脱ぎだしたミラにレイナーレは顔を朱に染めていくが、ミラはそれを気にする事なく全ての服を脱ぎ捨てると、その豊満な胸に稟を抱き寄せる。

「それに、私は稟のモノで稟は私のモノよ。私とこの子は深い所で繋がっている。そんな私がこの子と一緒に寝てもおかしいとこなんてないでしょう?」

 ニヤリと、挑発的な笑みを浮かべるミラ。その表情は、勝者が優越感に浮かべる表情と同じもので。

 それにムッと顔を顰めるレイナーレ。ミラの笑みは彼女の癪に障ったようである。勝ち誇った表情のミラが何故か許せなくて、レイナーレもまた、稟のベッドに潜り込む。

「…………アンタ、何してんの」

 先程までの挑発的な笑みはどこへやら、無表情に、凍てついた声で問い掛けるミラ。その彼女を気丈に睨み返し、少し引き攣りながらも笑みを浮かべながら、

「べ、別にあたしが何しようと勝手でしょ。そ、それに、稟はアンタのモノでもないでしょうに」

 まるで張り合うかのように、稟の右腕を抱き締めるレイナーレ。ミラに負けず劣らずのその胸に稟の腕を抱き寄せながら、顔を朱に染めている。

 ミラはそんなレイナーレをじっと見つめる。観察するように。

(…………稟の深層意識に行ってから、レイナーレの態度は百八十度逆転したわね。今まで人間を毛嫌いしていたくせに、今では稟の事を気にしすぎている。それにこの反応。もしかしなくても……)

 レイナーレの態度から大体の事を把握したミラは内心で舌打ちをする。自覚しているかどうかは判らないが、恐らくレイナーレは稟に好意を抱き始めている。あの深層意識で何を視たのかは知らないが、でなければ彼女の態度が逆転した事に説明がつかない。 ただでさえ稟に好意を持つ眷属――そもそも好意を持っていなければ、自分達の王がいくら命じようが進んで護ろうとはしないが――が多いというのに、ここにきて新たな敵の出現である。ミラとしては面白くない。

(しかも、あの子達の話を聞けば稟は自らレイナーレを守ろうとしたみたいじゃないの。…………妬ましいわ)

 過去の事情から、稟は自分のせいで人が傷付く事を極端に嫌う。自分のせいで誰かが傷付いてしまうのならば、代わりに自身を捧げてしまう程に。それが自分とはあまり関わりがない、赤の他人であってもだ。

 普通ならば人間不信に陥ってもおかしくない過去を持つ稟なのだが、何故か彼は他者との繋がりを求めている。《他者》という存在に本能的に恐怖を抱いていながらも、それを拒絶するどころか逆に求めている。矛盾している。

 そして繋がりが出来れば、それを失わないようにしている節が稟の行動から見て取れる。その行動が行き過ぎれば、自身の身を投げ出す。今回の、レイナーレの時のように。

 この事はミラ達ドラゴンも何とかしようと色々と考えているのだが、未だになんとかできる兆しが見えてこない。アザゼルやシェムハザにも頼んではいるのだが、彼等も打開策が見つからず困っているのが現状である。

(……こればかりは焦っても仕方ないか。それよりも今は目の前の敵ね)

 ミラは値踏みするようにレイナーレを見つめる。

 何気に容姿(スペック)が高いレイナーレ。その容姿は美形が多い堕天使の中でもかなりのもで、耐性の低い者ではその魅力にコロッと墜とされる程である。稟が簡単に墜ちるとは思えないが、油断すると痛い目を見るであろう事は容易に想像がつく。

 ミラは油断しないようにレイナーレを見据え、

「……稟は渡さないから」

 ボソッと呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから一週間が経った。

 ミラやアザゼルが思った通り不穏分子達が動く事はなく、見かけは平穏な日々が続いている。しかし、何故かその間に稟が起きる事は一度もなかった。

 稟の身体に異常は見受けられない。すぐに目覚めてもおかしくない筈だと、彼を診た堕天使は首を傾げながらそう告げていた。なのに、彼は未だ目覚めない。

「……稟の様子はどうだ?」

 稟の自室。その部屋で、ミラが稟の手を握って彼を見つめていると、背後からアザゼルが声をかけてきた。

「……いつも通りよ。いつも通りに、静かに眠り続けているわ」

 それに振り返る事なく答えるミラ。

 そんなミラに肩を竦め、アザゼルは稟の下へ近付く。

 稟は穏やかな寝顔を浮かべ、規則正しい呼吸を繰り返して眠っている。今すぐにでも起きそうな雰囲気であるが、彼はまだ目覚めない。

「異常はないと聞いているが……」

「私から見ても異常はないわ。私がこうして顕現出来ているのがその証拠だし、他の子達も問題なく顕現出来ている」

 難しい顔で呟くアザゼルに、ミラは淡々と返すだけだ。いっそ冷淡にも見える反応だが、彼女が誰よりも稟を心配しているのは明白である。

 アザゼルやシェムハザ、レイナーレも時間を見つけては稟の様子を見に来ているが、ミラだけは稟の側から片時も離れずにいる。眠る事もせず、ずっと稟を見守り続けている。

 アザゼルは頭を搔き、

「……あぁ、お前さんも、あんまり気を張り詰めすぎるなよ?そのままだと倒れかねんぞ」

「心配は無用よ。己の体調ぐらい把握しているわ」

 彼女を少しでも休ませようとするのだが、彼女は常にこんな調子で休もうとしない。正直見ていて痛々しいのだが、説得を続けてもずっとこの調子で説得に応じないのだ。

 彼女の眷属達が溜息を吐きながら愚痴を溢していたのは記憶に新しい。

 アザゼルはもう一度口を開きかけるが、説得する言葉が浮かばず口を閉ざしてしまう。彼は溜息を吐きながら首を横に振り、

「体調を崩すようなヘマだけはするなよ」

 そう言って部屋を後にする事にした。

 本当はもう少し稟の側にいたかったが、彼にはやるべき事がたくさんある。不穏分子達が大人しい今の内に、少しでも稟にとって良くなる方向へいく為にも。

 何度も稟の方を振り返りながら、アザゼルは部屋を出て行った。

 部屋は再び、稟とミラだけの空間となる。規則正しい呼吸を繰り返し続ける稟をじっと見つめるミラ。

「………………稟」

 今すぐにでも起きそうなのに、目覚めない稟。

 ミラ達ドラゴンがこの世界から消えず、存在を保てている事が稟が無事であるという何よりの証拠ではある。なのに彼は、あの日以降決して目覚めない。

 ひょっとしたら、彼は一生このままなのかもしれない。生きてはいるが、このまま死ぬまで眠り続けてしまうのかもしれない。そんな不安がミラの脳裏を過ったところで。

「まったく。眠る必要性がないとはいえ、少しは休んだらどうだ我等が王よ」

 背後から呆れたような女性の声が聞こえてきた。

「ラース…………」

 ミラが振り返れば、そこには呆れた表情をしたラースが立っていた。彼女はミラの表情を見て眉を顰め、

「その子が心配なのは理解できるが少しは休め。見ていて痛々しいぞ」

「でも……」

「言い訳は聞かん。その子が目覚めた時に今の王の顔をその子が見てみろ。自分のせいで王が憔悴してしまったと自らを責めるぞ。それでもいいのか?」

「ぅ…………」

 ラースの言葉に顔を顰めるミラ。

 稟が自分を責めている情景がありありと浮かんでしまい、何とも言えない気持ちになってしまう。確かにラースの言葉通り今のミラを稟が見たら、彼は自分を責めてしまうだろう。彼の性格を考えればそうしてしまうのは明白である。

 そうすれば当然。稟至上主義のミラは、

「…………分かったわよ。休めばいいんでしょ?」

 折れるしかない訳である。

 稟をダシに使われた事がよっぽど不満なのだろう。ラースにジト眼を向けるミラ。

 他のドラゴン達であれば顔を背けてしまいたい威力のジト眼であるが、ラースはそれを意に返さず。

「王が悪い」

 ピシャリと言い放つ。

 自覚はあるのだろう。ミラは悔しそうに顔を歪めるが何も言い返さない。前回の事もあるから尚更だ。

 彼女は諦めたかのように溜息を吐き、稟の横に身体を潜り込ませる。そして彼の右腕を抱き締めると、すぐに寝息が聞こえてきた。

 何だかんだ強がっていたが、彼女も疲労が溜まっていたのだろう。あっという間に眠りについてしまった。

「困った王だ。その子が心配なのは我等とて同じ。だが、それで自身の身を蔑ろにしていい訳ではあるまいに」

 ベッドの空いているスペース――稟の足元に腰かけ、ラースはミラと稟を見つめる。その眼は普段の鋭いものではなく、優しい慈愛に満ちた色をしていた。ボレアスが今の彼女を見たら、口を開けて驚いてしまう程に珍しい光景である。

「あの堕天使達や他のドラゴン(もの)達も、その子を説得の材料にしようとしていたが王が怖ろしかったのだろうな。貴女の逆鱗に触れてしまえばそれどころではなくなってしまうから言えなかったのだろう」

 ミラを説得するには、稟を使う事が手っ取り早い。

 稟至上主義のミラならば、稟をダシにすれば説得に応じてくれる可能性も十分にある。しかしそれは、彼女の逆鱗に触れる可能性も十分にある危険なものである。もしそれで、彼女が爆発してしまえば……

「我等が王ながら困った(かた)だ。そして少年、お前もな」

 数分程稟とミラの寝顔を眺めていたラースは立ち上がり、枕元へと近付く。

 稟を抱き締めて幸せそうに、けれど少しばかり不安そうな表情をして眠っているミラ。穏やかな表情のままの稟。

 ラースは徐に稟の頬へと手を伸ばし、

「ここまで王を惑わしたのはお前が初めてだよ、少年。王が人に力を貸した事は幾度かあれど、ここまで一人の人間にのめり込んだ事は一度たりとてなかった。かく言う我等も、これ程までに人間に惹かれた事などない。力を貸そうなどと、護ろうなどと思った事もない。今まで見てきたどの人間よりも、我等はお前に惹かれている。………………ふふふふ。罪作りな人間だな」

 その顔に妖艶な笑みを浮かべ、ラースは独り言ちる。

 そして稟の寝顔をじっと見つめ、その顔をゆっくりと稟に近付けていき、

「………………ん」

 彼の頬に、軽く口付けをした。

「………………」

 稟の顔から離れ、ラースは自身の唇にそっと手を添える。

「ふ、ふふ、ふふふふふふふふ」

 扇情的なその姿と笑い声が相まって、非常に妖しい色香を放つラース。その顔は僅かに赤らんでいて、見る者を赤面させてしまう魔性の魅力を放っている。

 稟の頬に口付けした事は、特に意味があってやった訳ではない。ただ、何となく。彼の顔を見ていたら、何となく吸い寄せられるように口付けしたくなった。ただそれだけの事。

 口付けの余韻に浸りながら恍惚な表情のままで稟を見つめ続け、隣のミラに視線を移すラース。彼女は挑戦的な表情を浮かべて、

「お前の魂は我等が護る。その純粋な魂の輝きは我等が育む。悪魔にも、堕天使にも、天使にも、神にも、誰にも渡さぬよ。その魂は、永遠(とわ)に我等の(もの)だ」

 妖しげに呟く。

 稟の中にいるドラゴン達が若干引いているが、ラースはそれを気にせず部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い闇の中。

 一条の光さえ射さない闇の中を、稟は漂っていた。

 全てを覆い尽くし、全てを優しく包み込むかのような闇。それに自身を委ねて。

「――――」

 闇の中を漂っていると、ふと音が聞こえてきた。

 それは最初聞こえ難かったが、段々と聞き取れるようになってくる。

 音と思ったそれは誰かの声で、知らない筈の声なのに、けれども誰の声かを知っているという矛盾を孕んでいた。

 そう。その声は、あの時に見ていた夢であって夢ではない場所で聞いたもので……

『稟ちゃん』

『稟さん』

『稟おにーさん』

『お兄ちゃん』

 彼女達の、声が聞こえる。

 それはとても温かく、優しい響きを持っていて。

 眼を開け声のした方へと顔を向ければ、其処には何人かの少女達がいた。会った事はない、けれど知っている少女達。彼女達は優しげな顔を浮かべて稟を待っている。

 その少女達に導かれるように、稟は一歩踏み出し、

『稟』

『稟くん』

 背後から二人、正面から二人の、計四人の少女の声がした。

 思わず立ち止まる稟。そして声がした方へ振り向けば、其処にいるのは……

 背後には彼が良く知る少女と、何故か助けようと思った少女。

 正面には、彼が自らを犠牲にしてまで助けたいと願った少女と、その少女と同じくらい大切な少女がいた。

 その四人の少女が、じっと稟を見つめている。

 悲しげな表情で、稟をじっと見つめている。

 【現在】と【未来】。四人の視線を受け、その二つの間で立ち止まってしまう稟。

稟にとっては、どちらも大切な人達だ。一人を除き、今の稟を形作っている存在だ。優劣なんてつけられる筈がない。どちらかを選ぶなんて、とてもではないが出来ない。どこか辛そうな表情で固まっていると。

 

 

 

 

――お前は(おまえ)であって【俺】じゃない。土見稟(おまえ)自身の道を歩め。

 

 

 

 

 誰かの声が稟の脳裏を過る。

 その声はよく知っている声で。

 その声に、稟はハッとする。

 今彼が見ているのはあの時と同じようなものであって、決して彼自身のものだけではない。何の因果が働いたのか、混じり合った結果見ているものだ。

 声の主の言う通り彼は彼であって、決して【彼】ではない。例え同一の存在であろうと、道が別たれた時点でその者とは違う存在なのだ。

 その事に気付いた稟は苦笑すると、【背後の少女達(げんざい)】へと歩を進める。後ろ髪が引かれる思いはあるが、それでも歩みを止める訳にはいかない。彼は既に選択してしまったのだ。  

歩を進める度、【知らない筈の少女達と大切な幼馴染(みらい)】の姿が蜃気楼のようにぶれていく。その存在が偽りであるかのように揺れていく。それに申し訳なさそうな顔をしつつも、稟は歩みを止めない。止める訳にはいかない。

 そして【ミラとレイナーレ(げんざい)】の前まで来ると、彼女達の手を取って振り返り、

「――――」

 何かを呟く。

 瞬間。

 彼の視界が光で覆われ……

 

 

 

 

――きっといつか、道は混ざり合うかもしれない。その時は……

 

 

 

 

 その声を最後に、稟はこの闇を去って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………こ、こは?」

『稟っ!?』

 今まで目覚めなかった稟が漸く眼を開いて言葉を発した瞬間。

 彼の様子を見に来ていたミラ、レイナーレ、アザゼルが慌てて彼に近寄る。

 声がした方向へ顔を向けると、心配そうな顔をした三人が稟の眼に映った。他にも稟を心配していたドラゴン達がいたが、この三人が特に心配そうな顔をしていた。

 ぼんやりとした思考のまま三人を見つめ、ミラとレイナーレの泣き出しそうな顔を見てから、何があったのかをやっと思い出す稟。

 あれから自分がどうなったのかを考えようとして、

「漸く、目覚めてくれた……」

「わぶっ……」

「あ、ああ、あ、アンタはまた!?」

「おいおい……」

 ミラに思いっきり抱き締められてそれどころではなくなった。

 ミラの力は思いの外強く、彼女を引き剥がせない。顔が胸に埋められ、正直呼吸が辛くなる稟。そして稟を抱き締めているミラに対し、何故か顔を赤くさせながらもミラを稟から引き離そうとしているレイナーレ。そんな二人を見て、また始まったと言わんばかりに米神を押さえているアザゼルと、呆れた顔をしているドラゴン達。

「この子は、心配ばかりかけさせて!」

「いい加減稟を離しなさい! ねたま……じゃなくて、稟が窒息するでしょう!?」

 そろそろ酸素不足で苦しくなってミラの腕を叩いている稟だが、彼女はそれに気付いていないのか抱き締める力を一向に緩めない。レイナーレも頑張ってくれているが、ミラの力が強すぎて中々引き剥がせない。見た目は華奢なミラであるが、そこは流石ドラゴンというべきなのか。

 酸素不足で徐々に顔色が青くなっていく稟。ミラとレイナーレはそれに気付かず、アザゼルや他のドラゴン達がこのままではまた稟が意識を失ってしまうと慌てて二人を止めようとした瞬間。

 

 

 

 

――スパパーン!!!

 

 

 

 

 と、素晴らしいとも言うべき快音が響き渡る。

 アザゼル達が音のした方へ顔を向けると、そこには頭を押さえて蹲るミラとレイナーレ。彼女達から解放されてベッドの上に戻った稟。そしていつの間に移動していたのか、ミラとレイナーレの背後で仁王立ちをしているラースがいた。

 彼女の手には、快音を発した原因であるハリセンが収まっていた。

「……まったく。その子が目覚めて嬉しいのは分かるが、また気を失わせては意味がなかろうに。王はその子を死なせたかったのか?」

 呆れたような、しかしながら若干の怒気を孕んだ視線をミラに向けるラース。

「いたたたた。…………そんな事、ある筈ないでしょうに。私がそんな事をするとでも? 

それよりもラース、貴女最近私に対する態度がぞんざいになっているように感じられるのだけど」

「ふん、自業自得だろう。我等が王であるというのに、最近腑抜けすぎている王が悪い。かつての冷酷非道な、絶対強者である『白き王』の姿は何処へ行った。腑抜けた王に仕える程我は安くない」

 ミラの苦情もなんのその。鼻を鳴らしてそう返す。

 ミラは顔を顰めるが、ラースが言っている事は事実なので反論できない。

 かつてのミラなら、ここまで人間にのめり込む事などなかっただろう。腑抜ける事なく、『白き王』として在り続けていただろう。

 だが、稟と出会って彼女は変わってしまった。ミラとしてはその事に不満はないが、ラースとしては許せるような事ではなかったのだろう。自分達の王が腑抜けてしまうなど。

 何も言い返さないミラを置いて稟のベッドへ近付くラース。

 ミラから解放されてベッドに戻った稟は、横になったまま動かない。どうやらまだ、意識が完全に覚醒していないようだ。

 近付いてくるラースをぼんやりと見つめる稟。

 ベッドまで近付いたラースはそのままベッドに腰掛け、稟を見つめながらその両手を

彼の身体へ伸ばす。

そして――

『なっ!?』

『………………は??』

 驚愕の声を漏らすミラとレイナーレ。

 突然の事態に思考が追いつかず、間の抜けた声を出すアザゼルとドラゴン達。

「ふふふふふふ」

「…………???」

 笑みを浮かべるラースに、状況が分からず疑問符を浮かべている稟。

「な、なな、なななな、何を、やってるのかしら、ラースは!?」

「見て分からんか? 俗に言う膝枕というやつをしている」

 額に青筋を浮かべて問い掛けるミラに、ラースは挑発的な笑みを浮かべて答える。

そう。彼女の言葉通り、ラースは稟に膝枕をしているのである。

 その返しにミラの頬が引き攣るが、ラースは一切気にしない。というか、勝ち誇ったような顔をしている。

 それにミラとレイナーレが筆舌し難い形相でラースを睨み付けるが、ラースは笑みを浮かべたまま稟の頭を優しく撫でている。

 稟に膝枕をしているラース。

 ラースに頭を撫でられ、ぼんやりとしているが、どこか気持ちよさそうに眼を細める稟。稟はラースの事を知らないが、何故か抵抗しようともしない。

 ラースを睨み付けているミラとレイナーレ。

 そんな四人を呆然と見ているアザゼルと他のドラゴン達。

 何やら混沌とした状況になりつつある。

 特に、ミラを除く他のドラゴン達は精神的ダメージが大きいのか、動きさえ固まってしまっている。彼女達が知るラースは絶対に膝枕をするような性格ではなかったからだ。人間をどうとも思っておらず、屠る対象として、元いた世界では暴虐な力をもって人間を駆逐していたラース。ミラが力を貸そうと思った人間に対しても特に興味を示さず、人間とある程度距離を置いていた。気が乗れば力を貸したりする事はあったが、基本的に王であるミラが気にいった人間に対しても、彼女自身が興味を持つ事はほとんどなかった。そんな彼女が人間(りん)に膝枕をしているのだ。

 彼女達ドラゴンにとってはありえない光景と言っていい。彼女達の脳が現実を拒否しようとしていてもおかしくはないだろう。

 現に、稟の中に残っているボレアスがあまりの非現実的な出来事に真面な言葉を発せず、ドラゴンにも理解不能な音を発して壊れている。それを稟の中にいる他のドラゴン達が必死で宥めている。よく彼女と行動を共にする彼ですらその有様なのだ。最早天変地異の前触れと思われても仕方ないのかもしれない。

「王はいつもいつもこの子を抱き締めているのだ。我が膝枕ぐらいしても問題あるまい?」

「いや、アンタそんな性格(キャラ)だったっけ?」

 自分が知るラースではありえない言葉と行動。それにさしものミラといえども戸惑ってしまう。

 ミラが知るラースは、ミラでさえうまく言う事を聞かせられない唯一の存在で、他のドラゴン達の中で唯一ミラに意見を述べられる存在である。戦闘狂で、破壊衝動が強く、自分本位な性格。それがミラが、ミラ達ドラゴンが知るラースの筈なのだが……

「別に我の性格は変わった訳ではない。我は至って何時も通りだ」

 平然とそう宣うラース。

 それにミラ達ドラゴンは、「嘘だ、絶対嘘だ!!」と内心で叫ぶ。どう考えても性格が壊れたとしか思えない程にラースの言動も行動もおかしい。今までのラース(アンタ)は何処へ行ったと言ってやりたい程に。

 だが、それを言ったところで意味はないだろう。何故なら彼女はラースなのだから。

 この女をどうしてくれようかとミラが悩んでいると、

「ああ、その……ちょっといいか?」

 おずおず、恐る恐ると言った感じでアザゼルが口を挟んできた。

「何かしら? アザゼル」

「む、堕天使か。何の用だ?」

 ミラとラース、ついでにレイナーレがアザゼルの方へ視線を向ける。

 ミラとラースの視線に気圧されるものを感じたアザゼルだが、このままでは話が進まないので無理矢理にでも割って入るしかない。

「いや、稟が目覚めたなら一応検査をした方がいいと思ってな」

 結果は変わらないだろうがなと、内心でそう溢してアザゼルは首を横に振る。

 それでも、稟は漸く目覚めてくれたのだ。寝ている時と違い、何かしらの変化があるかもしれない。なければないで、一先ずは安心できるだろう。

 今は、稟の事を優先して考えなければ。

「……そう、ね。検査は大事よね」

「……ふむ。結果は変わらんと思うが、やらぬよりはマシか」

 アザゼルの言葉に納得の意を示す二人。

 ミラ達にとっても稟が眠り続けていた理由は不明な為、少しでも手掛かりは必要としている。例えそれが無駄に終わろうと、足がかりになれば儲けものと考えて。

 二人の肯定を受け取り、アザゼルは頷いて部屋を一旦出る。

 それから彼は十数分して戻り、彼が連れて来た堕天使に稟の体調を診てもらった。結果はやはり変わらず。

 稟が眠り続けていた時と同様に問題点は見受けられなかった。疑問は残るものの、稟が眠り続けていた原因は不明。特に悪影響もないとの事で、その場は解散となった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。