ハイスクールD×D―龍帝に見初められし少年   作:nica

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今回、アザゼルとシェムハザ、レイナーレ以外に、原作の名ありキャラが五名登場。
うち三名は口調が今一分かっていなかったので、なんとなく適当に書いています。こういう口調だと知っている方がいらっしゃいましたら教えていただけるとありがたいです。
あと、2,3話書いたら原作に突入できるか?
とりあえず、原作に突入できるよう頑張って書いていきます。


第10話:新たな『龍』

 稟が目覚めて更に一週間が経った。

 あれからまた稟が眠り続けるという事態に陥る事もなく、不穏分子が動く事もなく平穏な日々が続いている。

 稟が『神の子を見張る者』本部に来てから変わった事と言えば、彼の隣にミラだけでなくレイナーレもいるようになった事だろう。

 さて、ここ最近一緒にいるようになったレイナーレはアザゼルに呼び出しを受け、今日は稟と行動を共にしていない。稟の側には何時も通りミラ、そしてここ最近彼の側にいる事が増えたラース(紹介は既に終えている)。更にはクシャルダオラとキリンがいた。

 今日は稟が目覚めてから初の特訓日である。

稟と共に在るドラゴン達の力を制御するのは、人の身ではかなりの負担がかかる。いくら体調に問題がないと言われているとはいえ、早々に行えるものでもない。ミラが今日からなら問題ないと判断した為、再び彼女達の力の制御訓練を開始できるようになったのだ。

 場所は冥界の堕天使領。そこにある広大な森。訪れる堕天使はほとんどおらず、今のところはぐれ悪魔が現れたという事もない。広さも十分で訓練には丁度いい場所だ。

 その森の中心部に稟は立ち、瞳を閉じて集中している。彼の横には力を貸すクシャルダオラとキリン。ミラとラースは少し離れた場所で彼を見守っている。

 稟が集中し始めて数十分経った頃だろうか。稟の周りに、雷が纏わりだしたのは。その雷はミラやクシャルダオラ、キリンが扱うものと比べれば遥かに弱いものであるが、十分に殺傷能力を秘めているものだ。触れただけで存在を焼き尽くす力を内包している。

 稟はその力を暴走させないよう、頑張って制御している。彼の額には汗が浮き上がり、相当集中している事が分かる。

 徐々に稟の周りに雷が増えるのと同時、今まで微風だった風が勢いを増していく。徐々に荒れる風と雷。その二つは、この広大な森を蹂躙せんとばかりに勢いを増していくが稟が何とか制御する。

「…………ぁ」

 しかし、そこで集中力が途切れたのか。

 稟の身体がぐらつき、呆けた声を漏らすと同時。今まで何とか制御されていた雷と風が激しく暴れ出した。雷は縦横無尽に奔り木々を焼き尽くし、風は暴風となって残った木々を薙ぎ倒していく。その勢いは凄まじく、生半可な人外では刹那で屠られる程だ。

 稟の制下を離れた雷と風は、少し離れていた場所で見ていたミラとラースの下へと奔り、

「ん」

 ミラが翳した右手に吸い込まれるようにしてあっさりと消えた。

「ふむ。流石に数時間も訓練を続けていれば集中力も切れるか。今日はこの辺で切り上げたらどうだ? 王よ」

 それを見ていたラースが顎に手をやって頷き、自身の右手を見つめているミラにそう進言する。ミラは暫く右手を見つめながら開いたり閉じたりを繰り返していたが、少ししてからラースの言葉に頷く。

「……そうね。要所要所で休憩を挟んでいたとは言え、流石に無理をさせすぎたかもしれないわね。稟、今日はこの辺で訓練を止めましょう」

「との事です、稟殿。訓練はここまでにしましょう」

「復帰早々数時間も訓練していたからね。主くんも疲れたでしょ?」

 ミラからの言葉に、稟が倒れないよう抱き留めたクシャルダオラとキリンはそう言って稟を促す。稟は少し悩む素振りを見せたが、自身が疲れている事を自覚していたのでそれに頷く。

「……分かった。また今度付き合ってくれ」

 二人に支えられたままからの言葉に、クシャルダオラとキリンは頷いて了承するのだった。

 

 

 

 

 

 

 時間はお昼時。

 今日の特訓は終了になったが、稟達は森をまだ出ずに昼食を摂っていた。

 特訓に行く前にアマツマガツチが用意してくれた弁当を、談笑しながら食べる稟達。会話の内容は特訓での評価であったり、ここ最近よく稟の側にいるレイナーレに関する事だったり、稟の体調の事だったりと様々だ。

「…………ふぁ……」

「? 眠いの、稟?」

「……ん、だいじょぅ、ぶ」

 弁当をほぼ食べ終わり、欠伸を漏らした稟に問い掛けるミラ。

 稟は大丈夫だと言っているが、その瞼は今にも閉じそうでかなり眠気が強い事は誰の眼にも明らかだ。

「寝たかったら寝てもいいよ主くん。膝なら貸してあげるから」

 稟の右隣に座っていたキリンは自身の膝を叩いて膝枕を促す。

 それに稟は首を横に振って遠慮するが、眠気に勝てなかったのだろう。彼の瞼はすぐに閉じられ、

「ん……」

 稟の頭はキリンの肩にコテン、と乗せられ、数十秒もしない内に寝息が聞こえてきた。

「あらあら」

「む」

「……ふむ」

「……ふふふ」

 そんな稟に、四人はそれぞれの反応を示す。

 ミラは何時もの事として、キリンにどこか羨ましそうな視線を向けるクシャルダオラとラース。稟に凭れかかられて頬を微かに朱に染め、嬉しそうに彼の頭を優しく撫でるキリン。

 ミラはまぁいつも通りだが、あの一件以降、他のドラゴン達も稟に対する好意を素直に表に出し始めていた。今まではミラに遠慮する気配を見せていたのだが、それがなくなっている。まるでミラやレイナーレに対抗するかの如く、稟に甘えたり甘えさせたりと。

 稟の周りは今日も平常運転なのである。

「…………ところで、気付いたかしら?」

 暫しキリンを妬ましそうに睨んでいたミラが真面目な表情になり、三人に問い掛ける。

 その問い掛けに三人も表情を真剣なものに変え主に頷く。

「……主くんが制御していた力の威力が、以前よりも増していた事ですよね?」

「王が見初め、我等が力を貸していると言えどもこれは」

「才能、適応という言葉では説明が出来ん。しかも、この子が我等の『力』を使いだしたのはごく最近の事だ。こんな事は本来ならばありえん」

 彼女達の言葉にミラは頷く。

 彼女達ドラゴンの力は人間にとって、否、人外にとっても過ぎた力で毒とも言うべきものだ。いくらミラが見初め、彼女の眷属達が力を貸しても、彼女達の力をそのまま扱う事は出来ない。いや、出来ない訳ではないが、扱えば扱う程その身は『毒』によって蝕まれていく。

 過去、彼女達の力を直接扱う事が出来た稀有な存在達はその『毒』によってその生涯を数年で閉じてしまった。短くとも半月という時をかけ、過酷な鍛錬の末に漸くドラゴン達の『力』を扱えるようになった者達がだ。

 そう考えれば、稟は異常に過ぎる。まだ年端も行かぬ稟が、何故ドラゴンの力をこうまで扱えるのか。いくら『祖なる者』であるミラに見初められた人間とは言え、疑問は尽きない。短期間で扱う力が増していれば、眠りから覚めて久しく奮った力が増しているのなら尚更に。

 そうだ。稟が訓練で扱っている力が異常なまでに増していなければミラとて表情を変える程にはなっていなかった。短期間で異常なまでに力の出力が増していなければ疑問を覚えなかった。他の眷属からすればそれでもと思うかもしれないが、ミラとしてはそうなのだ。彼を見初めた『龍帝』としては。

 だが稟は。倒れてから目覚めた稟は。そんなミラからしても異常な程に彼女達の『力』に順応していた。顕現しているドラゴンだけでなく、彼の中にいる眷属の力をも引き出していた。

 そんな事は未だ嘗てなかった。稟並に、稟以上に才能のある人間はいたが、複数のドラゴン達の力を同時に扱えるような人間はいなかったのだ。

 一体、稟に何が起きているのか。

 稟のどこにも、変化は見受けられないのに。異常はないのに。

 稟と繋がっている彼女達でさえ解らないこの現状に、ミラ達は顔を顰め、

「―――」

 刹那。

 何かに気付いたかのように、ミラ達は森の入り口があるであろう方向へと視線を向ける。

 森には何の変化もない。彼女達が入った時と何も変わっていない。だが、彼女達は確かに感じた。彼女達にしか気付けない、微かな違和感に。

 稟に寄りかかられているキリンを除いたミラ達は立ち上がり、森の入り口に鋭い視線を向け続ける。彼女達が立ち上がると同時稟の身体が微かに光を放ち、その光が消えると複数の人影が増えていた。

 ラオにナナ・テスカトリ、アマツマガツチ。金髪碧眼の、豪奢なドレスを身に纏った誰もが王女と称する出で立ちをした美女。銀髪碧眼の、騎士を思わせる物々しい鎧を纏った偉丈夫。その五人が稟を護るかのように現れている。

 緊迫した空気が流れだし、銀髪碧眼の偉丈夫が腰に差してある物々しい大剣に手を触れようとした時。

「王よ、久しい。他の眷属達も」

 その存在は唐突に現れた。

 黒いワンピースを身に纏った、腰まである長い黒髪の小柄な少女。端正な顔付だが、どこか人形を思わせるような少女。

 その少女はどこにでもいるような少女に見えるが、ミラ達は知っている。その少女が人ではなく自分達と同類(じんがい)である事に。

「えぇ、久しぶりね。『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』――オーフィス」

 少女の姿をした自分達と同類(じんがい)は『無限の龍神』。この世界の頂点に君臨すると言われている最強の存在。ミラの眷属の中でも、並の眷属を超越した力を持つ規格外の存在。その存在が、彼女達の前にいる。

「こうして貴女と直接会うのは何時以来かしら。それで、何故貴方がこんな場所に?」

「王の存在を、強く感じた。今まで漠然としていた気配が、急激に強くなった。だから、会いに来た」

 少女――オーフィスはミラを、彼女の周りにいる眷属を見渡しながら呟くようにそう言う。

 ミラの存在は漠然と感じ続けていたが、それは吹けば簡単に消えてしまいそうな蜃気楼のようなものだった。それがある時に急激に強くなったのだ。彼女だけではなく他のドラゴン達もその事には気付いている。

 オーフィスは誰かに先を越される前に彼女に接触しようと思い、こうして足を運んだ。

 久方ぶりに出逢った『白き王』は相変わらずの存在感を持っている。その存在感は嘗て出逢った時と寸分の変りもない。

「それだけの為に来た訳ではあるまい。何か王に用があって来たのではないか、『無限の龍神』よ」

 オーフィスがミラを見つめていると、ミラの後ろにいたラースが問い掛けてきた。

 ラースの存在感はミラに劣るとも優らないもので、ミラの眷属の中でも、数多の世界に存在する眷属の中でも上位に位置するものだ。

 そんな相手からの問い掛けにオーフィスは考える素振りを見せ、

「ラースの言う通り、王に頼み事があって来た」

 オーフィスはラースの言葉を肯定する。

 それにミラとラースを除く眷属は片眉を上げ、ラースは瞳を閉じる。ミラは瞳を細めて続きを促す。

「我は、戻りたい。故郷である次元の狭間に戻り、静寂を得たい。その為にも、王。王の力を借りたい」

 ミラとラースを除く眷属達はその言葉の意味が解らず、それは一体どういう事なのかと首を傾げる。ラースもその言葉の意味は解っていないが、まったく解らないという訳でもないらしく、彼女は考えるように眼を閉じている。

 唯一オーフィスの言葉を理解しているミラもラースと同じように眼を閉じ、どう答えるかを考える。そして、やがて考えが纏まったのか。その瞳がゆっくりと開かれ。

「…………申し訳ないけど、その頼みは受けられないわ」

「なぜ?」

「嘗ての私であったら、眷属である貴女に多少は力を貸したかもしれない。けれど、今の私にはやるべき事がある。故に、貴女に手を貸す事は出来ないわ」

 ミラはそう言って背後にいるキリン――彼女に凭れかかって寝ている稟に眼をやる。その瞳はとても優しい色をしており、遥か昔のミラでは絶対に浮かべない色をしていた。

 ミラの視線を追ったオーフィスもそこで漸く稟の存在に気付き、彼とミラを見比べ、

「その、人間が?」

「え?」

「その人間が、我に手を貸してくれない理由?」

 小首を傾げながらミラに問い掛けるオーフィス。その瞳は不思議な物を見るような色をしていた。

「……そうよ。我が眷属である貴女には悪いけど、私の最優先事項はあの子。あの子を差し置いて他に手は出さない」

 ミラの答えにオーフィスは黙り込む。

 オーフィスが知る『白き王(ミラ)』は、決して人間に現を抜かすような存在ではなかった。彼女の前ではどんな存在であろうと全てが平等に脆弱で、気にも留めない塵芥に等しかった。そんな彼女が、今は人間を優先していると言う。俄かには信じられない事だ。

 他の眷属達も、稟を特別視している事が周囲を漂う雰囲気から窺い知れる。

 人間の子供の何が、彼女達をそうさせるのか。少し気になるところであるとオーフィスは思う。

 稟を品定めするかのように見つめるオーフィス。

どこをどう見ても只の人間の子供にしか見えない。この子供の何が、ミラ達を特別視させているのだろうか。

 オーフィスの瞳の色に稟を支えているキリンは稟を抱き締め、ミラとラース以外のドラゴン達はいつでも動けるように臨戦態勢に入る。

 オーフィスの次の行動次第では、即座に応戦できるように。

 いつ空気が爆発するかも分からない。その状況で。

「なら、その人間が我に協力的になれば、王も力を貸してくれる?」

 稟を指差し、オーフィスは淡々と言葉を紡ぐ。

 オーフィスにその自覚はないが、その瞳にどこか獲物を定めた肉食獣の如き色を宿していた。

「……………………稟が、そう願ったらね」

「…………そう。分かった」

 ミラの答えに、オーフィスは口の端を歪めると踵を返す。

 ミラ達が彼女の後を追う事はせずに見送る中、ある程度離れた場所まで歩いたオーフィスは一度足を止め、

「また、会いに来る」

 

 

 

 

――ヒュンッ!!

 

 

 

 

 空気が振動したかのような音がしたかと思ったら、次の瞬間にはオーフィスの姿が消えていた。

 それでも暫くは空気がピリピリとしていたが、やがてオーフィスが現れる前の空気に戻りつつあった。

「王よ、良かったのですか?」

「何がかしら」

「彼女を、『無限の龍神』をそのまま帰してです。下手をすれば稟殿に危害を加えてくるかもしれません」

「もしもそうなれば、その時は容赦しないわ。その時は、例え我が眷属であれその存在を完全に抹消させるだけの事。稟に手を出した事を後悔するようにね」

 クシャルダオラからの問い掛けに、ミラは満面の笑顔を浮かべてそう返す。

 それは誰をも魅了させるような可憐で美しい笑顔であった。

 それは誰をも虜にさせるような綺麗で美しい声音であった。

 だがその笑顔を見た、その声を聞いた眷属達は、あのラースでさえも背筋に冷たい物が走る様な感覚を覚えた。あまりにも悍ましい死の光景を幻視した。それを直接向けられた訳でもないのに。

 ラースがミラの事を腑抜けたと言っていたが、それでも彼女は『白き王(かのじょ)』なのだ。数多の世界に存在する全てのドラゴン達の祖。絶対の王なのだ。例え腑抜けていても、その存在感、威圧感がなくなる事はない。絶対者の牙が折れる事はない。

 故に、彼女は『祖なるもの』と云われている。

 故に、彼女は『絶対者』として君臨している。

 故に、全ての世界のドラゴンは彼女の眷属として在り続けているのだ。

全てのドラゴン達が屈する圧力を放ち、ミラは美しい声で歌うように口遊む。

全てのドラゴン達が畏れる雰囲気(オーラ)を放ち、神々しい調べで言の葉を奏でる。

「さぁ、お前は次に会った時どのような行動に出る? どのような言葉を紡ぐ? 貴様の選択がもしも稟を害するものであれば、その時は……」

 背中に純白の翼を顕現させたミラは、『白き王』は、圧倒的な存在感でその場に佇むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの廃墟に赴いた任務から一月経った頃。

 レイナーレは自身が敬愛するアザゼルの自室に呼ばれていた。

本来ならば涙を流す程に喜ばしい事なのだが、今ばかりは勘弁してほしかった。こうしている間にも、あの女は稟の側にべったりなのだから。

「…………むぅ」

「どうした? レイナーレ」

「……あ、いえ。何でもありませんアザゼル様」

「? そうか。ならいいが」

 どうやら不満が声になって出ていたらしく、アザゼルに問い掛けられたレイナーレは慌てて顔を横に振って何でもないとアザゼルに返す。

 それに彼は不思議そうに首を傾げたが、まぁいいかと気を取り直すように咳払いをする。

「実は、お前さんに頼みがあってな」

「アザゼル様が、私にですか?」

 堕天使総督のアザゼルが、一介の下級堕天使である自分に何の頼み事があるというのか。しかも、彼の自室に招かれての頼み事など想像もできない。

 レイナーレが内心で首を傾げていると、アザゼルは少し間を置いてから言った。

「単刀直入に言う。レイナーレ、お前さんには俺の直属の部下になってもらいたい」

「……………………は?」

 予想だにもしなかった言葉に、思わず間の抜けた声を漏らすレイナーレ。

 あまりにも現実離れした言葉に、レイナーレの脳はその言葉を理解する事を拒否したかのように呑み込もうとしない。

 混乱している所を表面上には出さず、内面で混乱するレイナーレをよそにアザゼルは言葉を続ける。

「総督という立場ではあるが、俺も全ての堕天使の行動を把握できている訳じゃない。全ての堕天使を御しきれている訳でもない。特に幹部級や上級堕天使に関してはどいつもこいつも癖が強くてな」

 バツが悪そうに顔を顰めるアザゼルに成程と頷くレイナーレ。

 確かに彼が全ての堕天使の動向を把握できていれば、不穏分子を焙り出す等という遠回りな事をする必要はなかっただろう。その前に先手を打ち、排除すればいいだけの話。

 まぁ、実際にはそんな単純な話でもないのだが。

 組織の頂点には柵が多い。誰か一人を特別視するなど以ての外である。そんな事をしてしまえば組織に亀裂が生じ、空中分解してしまうだろう。

 アザゼル自身が迂闊に動けないからこそ、彼は自分に変わって動ける誰かが欲しかったのだろう。それも幹部級や上級堕天使ではなく、動いても誰も不審に思わない様な存在が。

 レイナーレはそう推察するが、やはり疑問に思ってしまう。自身の推察が正しかったとしても、何故自分が選ばれるのだろうかと。

「俺自身が動ければいいんだが、生憎そう簡単にはいかなくてな。頂点が誰か一人に肩入れをすれば不信感を与えかねん。ましてや、それが人間の子供となれば尚更だ。今更感があるのは否めないが、これ以上組織に亀裂を生じさせる訳にもいかん。そこでだ」

 そこまで言ったアザゼル組んでいた手を解き、真直ぐにレイナーレを見つめる。

 真剣な瞳に思わず姿勢を正すレイナーレ。

「先程も言ったが、レイナーレに俺の部下となってもらって動いてもらいたい」

「………………何故、私なのでしょうか?」

 彼女でなくとも候補者は何人もいるだろう。彼に心酔している下級堕天使は多くいるのだから、命令があればすぐにでも彼の為に動く筈だ。

 それなのに、何故自分を選ぶというのか。

 レイナーレの問いを受けたアザゼルは少し黙した後、口を開く。

「俺が知る下級堕天使の中でも、お前さんは中級、いや、上級堕天使に匹敵する潜在能力を秘めている事。俺とシェムハザに心酔してくれている事。そして何より、稟の事を想ってくれているからだ」

「べ、別に私は、あの人間の事なんて……」

「口ではそう言っていながら、なんだかんだで稟の事は気になってるんだろ? 人間(りん)を名前で呼んでいるし、あのミラを相手に突っかかっていくのが何よりもその証拠だろう」

「う、うぅぅぅ~……」

 アザゼルの言葉に顔を赤くして反論しようとするレイナーレだが、更に続けられた言葉に何も言えなくなってしまう。

 口では何とでも言えるし、彼女がその事を自覚しているかはさておき、レイナーレが稟を気にしている事はアザゼルやシェムハザ、ミラ達ドラゴンにとっては明白なのである。

 顔を赤くして俯き、何やら「違う違う違う私は違う。別に稟の事なんて気にしていないしどうとも思っていない」等とぶつぶつと呟きだすレイナーレに苦笑を浮かべるアザゼル。

 思いっきり稟の事を気にしていると言っているようなものだが、それに彼女は気付いているのだろうか。もう少しからかってみたいところだが、それでは話がいつまで経っても進まない。

「まぁ、そんなお前さんだから頼んだんだが引き受けてくれるか? 無論強制はせんが」

 若干にニヤケながら言ってくるアザゼルを少しばかり睨むレイナーレ。

 普通ならそんな事は恐れ多くてできないが、あからさまにからかわれている事が分かっているので致し方ないだろう。

 まぁ、アザゼルがそれを気にする筈もないが。

 暫し唸っていたレイナーレだが、やがて諦めがついたのか溜息を吐いてアザゼルの言葉に返す事にした。

「……分かり、ました。アザゼル様のその命、謹んで御受け致します。断っておきますが、別に稟の事などどうとも思っていませんのでそこは勘違いをしないで下さい。あくまでもアザゼル様の為であって、決してあの人間の為なんかではありませんから。えぇそうです。私が稟を想っているなど万が一、億が一にもありえないのです。あんな人間なんかに……」

「分かった分かった。お前の言う通り勘違いしないようにしておこう」

 相変わらず素直になれないレイナーレを優しく見つめて頷くアザゼル。

 その瞳は「仕方ねえなコイツは」と如実に語っていたが、何やら自分を必死で誤魔化そうとしているレイナーレは気付いていない。再びぶつぶつと言い出したレイナーレに肩を竦めるアザゼル。

 そこからレイナーレを落ち着かせ、話を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 レイナーレと話を進める事数十分。

 今後の事をある程度話し終えた二人はシェムハザが淹れてくれたお茶を飲んで一息吐いていた。

「話はこれでもう終わりでしょうか?」

「そうだな。今すぐに話しておきたい事はこれで終わりだな。……とと、最後に一つ言っておく事があったな」

 うっかりしていたなと呟きながらシェムハザに目配せするアザゼル。それに頷いたシェムハザはアザゼルに一礼し、部屋から出ていく。

 レイナーレはそれに小首を傾げるが、彼女の疑問にアザゼルはこう答えた。

「今、シェムハザにはお前さんの協力者を呼びに行ってもらった。個人だと出来る事も限られているからな。使えそうな人材を探しておいたんだよ。まぁ、最初は拒否られたんだが、お前さんの名前を出したら快く引き受けてくれてな」

「協力者、ですか?」

 訝しげな声を出すレイナーレ。

 堕天使も千差万別であって、全員が全員人間を見下している訳ではない。中にはアザゼルやシェムハザのように稟に味方しようとする存在もいるだろう。

 だが、自身に対する協力者となれば話は別だ。しかも、自分の名前を出したら協力する存在など。

 レイナーレは、自分が多くの堕天使から馬鹿にされている事を知っている。上級堕天使は無論、同じ下級堕天使にさえも。

 そんな自分に協力者がいるなど信じられる筈もない。

 レイナーレの視線を受けたアザゼルは頷き、口を開こうとしたところでノックの音に遮られた。

「来たみたいだな。こればかりは俺が説明するよりも本人達に訊いた方がいいだろう。入れ」

 レイナーレの反応を待たず入室を促すアザゼル。

 彼の言葉を受け、シェムハザを含め四人の人影が入ってくる。シェムハザはドアを開けると自分が連れて来た堕天使達をアザゼルとレイナーレの前に行くよう促し、彼等三人は二人の下へ行く。

 三人が二人の前に立つと、アザゼルが立ち上がって彼等を促す。

「こいつら三人がお前さんの協力者だ。自己紹介しろ」

「我が名はドーナシーク。故あって貴女に協力する事にした。これから宜しく頼む」

「うちはミッテルトっす。これからよろしくっすよ」

「私はカラワーナだ。よろしく」

 順番に紺色のスーツを身に纏った堕天使の男性。金色の髪をツインテールにした、ゴスロリ風の衣装を身に纏った小柄な堕天使の少女。胸元が大きく開いた黒のボディコンスーツを身に纏った大柄の女性堕天使。

 三人の名を聞いたレイナーレは彼等の名を心の中で反芻し、容姿と共に記憶する。そして自らも名乗り返す。

「私の事を知っているみたいだけど、改めて名乗らさせてもらうわ。私はレイナーレ。こちらこそ宜しくお願いするわ」

「顔見せはこれでいいな。後はお前さん達で今後の事を話し合ってくれ。基本的にお前さん達に任せる事になるが、何かあれば俺達からもその都度伝える」

 アザゼルの言葉にレイナーレ達は頷き、今日はその場で解散となった。

 稟の知らぬ所で、彼の為に動く者達は行動を移していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自己紹介を終えたレイナーレ達は少しばかり話し合いをした後、アザゼルの部屋から退室しとある場所に向かっていた。

 ドーナシーク達がレイナーレに協力する理由も分かり、レイナーレは少々くすぐったい思いをしたが彼等が嘘を吐いていない事理解して素直に協力を仰ぐ事にした。

「ところで、我々は今何処に向かっているのだ?」

 紹介する奴がいると言われ、その人物がいるであろう場所へと向かう道中にドーナシークがレイナーレにそう訊ねた。

 レイナーレは振り返る事も、立ち止まる事もせず、

「稟の所よ。アイツは今訓練室で訓練の最中だけど、アンタ達の事を紹介しとかないといけないからね」

「ふむ。あの少年の下へか。確かに、まだまともに話した事はなかったな」

「レイナーレさんの在り方を変えたあの人間の子供っすか。自分も会った事はあるっすけど、あんまり話した事は確かにないっすね」

「私もだ。まぁ、その時は話す必要性を感じていなかったからだが」

 三人もまた止まる事なく返していく。

 『神の子を見張る者』内で稟を知らない堕天使はいない。総督であるアザゼルが保護を宣言しているから当然ではあるが。

 それでも、ここまで稟に否定的な態度を見せない堕天使も珍しいだろう。彼を心配する堕天使が皆無と言う訳ではないが、それでも稟に友好的に接する堕天使はごく少数なのだから。

 詳しく話されていないが、稟と会った時に何か感じるものがあったのだろう。少々気になるところではあるが、今は訊かない事を選択するレイナーレ。

 そんなこんなで話しながら歩き続け、やがて目的の部屋に辿り着いた。

 そして、レイナーレがノックもせずに扉を開けようとしたところで。

 

 

 

 

『言いたい事はそれだけか小僧? ならば稟を侮辱した己の無知を悔い、無様に死ね』

 聞いただけで己の死を感じさせる、強烈な殺意を込められた声が聞こえてきた。

 何故そんな声が聞こえてきたのか。話は三十分程遡る。

 

 

 

 

 

 

 

――三十分程前。

 

 

 

 

 

 稟が死の淵に立たされ、自衛能力を強化する必要があると思い知らされたあの日以降。そして、長い眠りから稟が目覚めたあの日以降。稟は力を付ける為に日々ミラ達ドラゴンとの訓練に明け暮れていた。

 今日とて例外ではなく、外ではなく『神の子を見張る者』の訓練施設で特訓を行っている稟達。

 今回のメンバーはミラとラース、アマツマガツチ、ナナ・テスカトリ、シャンティエン、ラオの六体。何故外の時より多いのかという疑問が浮かぶが、それはともかく。

 今は戦闘訓練を行っているようだ。部屋の中央では稟とナナ・テスカトリが向かい合い組手を行っている。

 ナナ・テスカトリの力を借りた稟はその手に炎を纏わせ、我武者羅にナナ・テスカトリへと突撃を敢行する。

「はっ!」

 気合を込めた声を出し、右手を振り被る稟。

 刹那。稟の手に纏っていた炎は荒れ狂う蛇のように螺旋を描きながらナナ・テスカトリへと向かって行き、

「まだまだ甘いですぞ稟殿! それに動きが単調すぎる!」

 彼女が翳した右手にあっさりと受け止められる。いや、それどころか。

「もっと動きに工夫をしなされ!」

 お返しとばかりに稟の倍近くの速度で炎を返される。

「わ、わわ!?」

 しかもただ返されるのではなく、返された炎は三方向に分かれて稟に向かい、意思を持った生物のように動きながら稟へと迫っていくのだった。

 それに驚いた稟は慌ててその場を飛び退くが、炎はそれを察していたのか稟の回避した方向へ躊躇いなく飛んでくる。だが彼に炎が直撃する事はなく、彼の足元に着弾したり、彼の背後で揺らめいたりと、稟の精神にダメージを与えていく。

 遊ばれている事に稟の頬が引き攣るが、

「訓練とは言え、相手(てき)を前にしているのに立ち止まるとは何事ですかな?」

「あ……」

 炎に動きを封じられて立ち止まっていた稟の前に、いつの間にか立っていたナナ・テスカトリ。

 その声を聞いて呆けた声を漏らし、彼女の満面の笑顔を見て冷汗を流す稟。

 稟が退ろうとするより速く。

 

 

 

 

――ゴッ!!

 

 

 

 

 ナナ・テスカトリの頭突きが稟の頭に炸裂するのだった。

「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!!?」

 あまりの強烈なダメージに悶絶する稟。

 その見た目からは想像もできないナナ・テスカトリの石頭っぷりに、稟は眼に涙を滲ませている。

 頭突きをかました張本人は平然として、そんな稟を見つめている。

 そんな二人を見て苦笑を漏らすミラ達。

 今日も何時も通りである。

 

 

 

 

 

 

 稟が回復するまでは訓練も続けられないので取り敢えず休憩する事にした稟達。

 全員集まって昼食を摂る中、稟を膝の上に乗せる権利を勝ち取ったアマツマガツチはご満悦な表情を浮かべ、ミラ達から様々な視線を受けていた。稟はそれに気付かず涙目のままであるが。

「今までの訓練でも思ったのだが、少年は咄嗟の判断が鈍いな」

 昼食を摂りながら談笑しそれぞれが話しに花を咲かせている時に、今までの訓練を振り返っていたラースが突然そんな事を言った。

「そうね。予想外の事が起こると一瞬動きが止まって、状況を把握できずにいる事が多い。それで相手の接近をあっさりと許し攻撃を受ける」

 ラースの言葉に頷き、ミラがそう続ける。

 稟もその事は自覚しているようで、申し訳なさそうな表情を浮かべてだけで何も反論しなかった。

「まぁ、かつての世界と今の世界では危機の規模(スケール)が違いすぎますからね。我等が与える危機的状況は人間の思考の許容範囲外でしょうから、こればかりは仕方ないかと」

 稟の腰を左手で抱き、右手で彼の頭を慈しむように撫でながらアマツマガツチはそう溢す。

「しかし、この世界でそれは致命的でしょう。この世界はあの世界と違って危険極まりない。かつての世界で出来ていた咄嗟の判断をこの世界でも下してもらえるようになってもらわなければ」

 それを羨ましそうに見つめながら、ラオはアマツマガツチの言葉を否定するように返す。

「アマツの言葉もラオの言葉も尤もですが、楽観的過ぎても性急すぎても仕方ないでしょう。こればかりは落ち着きすぎず、かといって焦らずに小さな主を成長させるしかありません。そうでしょう? 我等が王よ」

「……そうね。幸い、時間はまだある。どの位の猶予があるかは分からないけど、私達に出来る限りの速度で稟を指導するしかないわ」

 シャンティエンの言葉にそう返し、ミラはラース達を見つめる。

 彼女達もそれに頷きミラの意思に従う事を示す。

 稟はミラ達の言葉を真摯に受け止め、自分に出来る限りの精一杯で頑張ろうと心に誓うのだった。彼を救おうと今尚頑張ってくれている、彼女達の想いに応える為にも。

 稟が密かにそう決意した時。

「アザゼルから聞き出した時は半信半疑だったが……あの話は本当だったんだな」

 ノックもせずに、一人の男が入って来た。

 ミラ達は弾かれた様に扉に視線を向け、いきなり入って来た男に鋭い視線を投げる。しかし男はそれを意に返さず、それどころか逆に笑みを浮かべてミラ達の視線を受け止める。

 そんな男の態度にミラ達の眼は更に険しくなり、部屋に一触即発の空気が流れそうになるが。

「……君は?」

 アマツマガツチの左手に自身の手を添えて、彼女達を制するように声を上げる稟。

「ん? アザゼルから聞いていないか? 俺はヴァーリ。白龍皇――『白い龍(バニシング・ドラゴン)』さ。土見稟」

 男――ヴァーリは稟の声にそう答えて、笑みを浮かべた。

 会った事もない相手に自身の名が知られている事に怪訝な顔をする稟だったが、ヴァーリがアザゼルの名前を出した事で理解する。アザゼルからヴァーリの事を教えられていなかった稟だったが、彼には自身の事を伝えていたのだろう。何故稟にヴァーリの事を教えず、ヴァーリには稟の事を教えていたのかは分からないが。

「しかし……」

 ヴァーリは部屋の入り口から動かずに視線を巡らせ、自身に敵意を向けてきているミラ達を観察するように見つめる。

 そして、彼女達の見た目からは想像もつかない程彼女達の力が強力である事を見抜いたヴァーリは獰猛な笑みを浮かべてしまう。

「ふふふ。ああ、これは心が躍るな」

 小さく呟かれたその言葉は、稟達に聞かれる事はなく。

 自身の眼前に複数の実力者がいる事に、内心で膨れ上がる闘争心が抑えられそうにない。元々抑えるつもりもない闘争心ではあるのだが、いきなりは流石にどうかと思って自制しようと思っていた。

 だが、彼女達は純粋な龍だ。見ただけでは力の底がみえないが、強力な力を秘めている事が分かる純粋な龍なのだ。そして、その龍に見初められているという人間の少年。

 これにより、闘争心を抑える気持ちは一気に吹き飛んでしまった。

 戦ってみたいと、ヴァーリは思う。この龍達と。その龍に気に入られた土見稟という人間と。まぁ、戦ってみたいと思っている稟はアマツマガツチに抱かれ、ヴァーリとしては情けない姿に映っているのだが。

 しかし、稟と戦う事はアザゼルに禁じられている。理由は教えられていないが稟と、稟の周りにいるドラゴン達とは戦うなと言われている。

 それに何故と疑問をヴァーリは投げたが、アザゼルは黙して答えなかった。

 別に殺しあう訳ではないから戦う事ぐらいいいではないかとヴァーリは思う。アザゼルの言葉に不満を覚えるが、彼を納得させられる言葉を持っていなかったので渋々引き下がった。

 それでも戦いたい欲求があるヴァーリは、こうしてアザゼルがいないタイミングを見計らって稟の前に現れたのだ。

「ヴァーリ、か。俺の事は知っているみたいだけど改めて。俺は土見稟。それで、君は何しにここへ?」

 アマツマガツチの手を優しく叩いて抱擁を解くように促し、彼女の抱擁から解放された稟は立ち上がりながらヴァーリに問う。

 ヴァーリは稟のその言葉に、ニヤリと笑みを浮かべる。戦う事は禁じられている。だが、それを稟が承認すれば。

「キミが此処で特訓しているとアザゼルに聞いてね。どんな特訓をしているのか興味がわいたんだ。アザゼルからも様子を見てこいと言われたのもある」

 戦う為の方便ではあるが完全な嘘でもない。アザゼルに関しては嘘だが。

 稟と彼を慕う龍達が行う特訓に興味があるのは事実なのだから。

「そしてあわよくば、その特訓に参加させてもらえないかと思ってね。たまには彼女達以外を相手にするのも、いいんじゃないかい?」

 稟が首を縦に振れば、アザゼルが止めに来ても遅い。ヴァーリの欲求は満たされる。

 ヴァーリの言葉を聞き、彼の瞳をじっと見つめる稟。

 暫く黙して彼が出した答えは。

「気持ちはありがたく受け取るけど、相手は足りているんで君の手を煩わせる必要はないさ」

 拒否だった。

 特訓相手が増える事は助かるのだが、どこか不穏な気配を感じさせる人物の手を借りる訳にはいかない。ヴァーリの瞳を見て、稟は何故かそう感じた。

 だが、ヴァーリからしてみればその言葉に素直に頷いて引き下がる気は更々ない。折角アザゼルとシェムハザの眼を盗み、こうして稟と接触しに来たのだ。素直に頷いてもらえないのは承知していたが、ここで無駄足を踏む気はまったくない。

 だから彼は。

「怖いのかい?」

 挑発してみる事にした。挑発に乗ればよし。乗らなければ、一人では何もできない臆病者と諦め、意気地も根性もない、腰抜けとして認識するだけの事。

 そんな安易な考えで、稟を挑発する。

 それが、どんな事になるかも解らないで。

「彼女達と一緒ではなければ、キミは怖くて彼女達以外と特訓しようとしない腑抜けなのかい? 彼女達がいても、他人とは特訓をしようともしない臆病者なのかい? 女達に守ってもらうしかできない、腰抜けな脆弱者なのかい?」

 馬鹿にするかのように、見下すかのように、侮蔑するかのように。

 稟を嘲るように見て、ヴァーリはそう言った。

(さぁ、乗ってこい。挑発に乗って、俺と戦え)

 しかし、ヴァーリの目論見はあっさりと崩れる事になる。

「…………言いたい事はそれだけか小僧」

「ん? ……ッ!?」

 稟に関する事に対して、やたらと沸点が低くなる彼女によって。

 ヴァーリは声がした方へ振り向く。振り向いてしまった。

 そして、その先にいる彼女を見てしまい、彼は戦慄する。

 ヴァーリの視線の先にいる彼女――ミラは、無表情にヴァーリを見据えていた。その身に、圧倒的なまでの威圧感を纏って。

「稟や我等と戦いたかったのならば、まぁ気が向けば相手してやらんでもなかった」

 ミラの声に、威圧感に、ヴァーリは圧倒される。

無意識の内に、一歩退がってしまう。

「だが、貴様は今すぐ稟と戦いたいが故に何と言った?」

 一歩一歩。ゆっくりとヴァーリに近付くミラ。

 彼女が歩を進める度に重圧が圧し掛かり、ミラからの殺意が絡みつき、ヴァーリに『死』が纏わりつく。

 比喩でも何でもなく、空気が重くなり、軋み始める。

「我等の愛しき魂を、護り育むべき魂を、孤独で寂しがりなか弱くも強き魂を侮蔑するかのような言葉を吐いてくれたな?」

「ぁ……な、そ…………」

 未だ嘗て味わった事もない『無慈悲な死』に、ヴァーリは上手く言葉を出すどころか、呼吸をする事さえ困難になってしまっている。

 逃げようとしても身体が動かず、ミラとの距離は縮まる一方だ。

「我等を前にして稟を侮辱するとは。その命、余程いらぬと見える。稟を侮辱した己の無知を悔い、無様に死ね」

 ヴァーリが気付いた時には、ミラとの距離は既に零だった。

 絶対零度の色を宿したミラは、その右手に小さなエネルギーの塊を出現させていた。その大きさは掌サイズと小さかったが、それに内包されている力は、数多の命を瞬時に屠れる程のものだと分かってしまうまでに凶悪なものだった。

 そして、その『死』が放たれようとした瞬間。

「アンタは何をやっとるかあああああああああああ!!!」

 

 

 

 

――スパーン!!!

 

 

 

 

 と、快音が響き渡った。

 何事かと、ヴァーリとミラ以外が音のした方へ顔を向ければ。

 ゼーハーと、肩で息をしているレイナーレがミラの背後に立っていた。その手に持つハリセンで、ミラの頭を思いっきり叩いた後の姿勢で。

 稟は眼を丸くして驚き、ラース達は驚くのも一瞬に、安堵したような表情を浮かべたり、苦笑を浮かべたりと様々な表情に分かれていた。

 レイナーレの登場により、部屋に充満していた『死』の気配は霧散し、ヴァーリも我に返る事が出来た。ヴァーリは若干表情を青褪めさせたまま、自分の前で頭を押さえながら蹲っているミラを見つめる。

 その姿に、先程までの『死』は感じられない。

「いたたたたた。いきなり入ってきて何をするのよレイナーレ?」

「それはこっちの台詞よ! アンタこそ、何をしようとしていたの? 大方、そこの男が前の私みたいに稟を侮辱したんでしょうけど、それであっさりと殺人をしようよしないで。アザゼル様達に迷惑がかかるし、アンタの器も知れるわよ」

「……ふん。アザゼルに迷惑をかけるヘマはしないし、私の器なんてどうだっていいわよ。稟を侮辱した事に比べれば」

 いつもレイナーレと言い合いをするミラに戻り、彼女は拗ねた口調でそう言う。

 その姿は見た目相応で、先程まで『死』を纏っていた存在とは思えない。

「稟が何も言わないのに、アンタがしゃしゃり出るような事でもないでしょうに」

 呆れたと肩を竦めるレイナーレから顔を逸らし、ミラは自分を呆然と見つめているヴァーリに一度鋭い視線を向ける。

 それにヴァーリは一瞬身体を震わせるが、ミラは興味がなくなったようにヴァーリから視線を外して稟の下へ向かう。

 稟の下に向かったミラは彼の腕を掴み、

「興が失せたわ。さっさと此処から出ましょう。特訓も終わりよ」

 首を傾げる稟を促すように部屋から出て行こうとする。

 腕を引かれた稟は戸惑った表情でミラとヴァーリを見比べるも、彼女のバツの悪そうな顔を見て苦笑を溢してされるがままにした。

 それから直ぐに部屋を出て行ったミラと稟を見ていたラース達は、顔を見合わせてから頷いて彼等の後を追う。

 残されたのはレイナーレとヴァーリ。扉の前で呆然と立っているドーナシーク達だけ。

 レイナーレはやれやれと溜息を吐いた後、

「アンタも、何がしたかったのか知らないけどあの女の逆鱗に触れる言葉を口にしない事ね。下手しなくても、この施設ごと私達の存在が消滅していたわよ」

 そう忠告して、ドーナシーク達の下へと向かって行った。

「……は、はは…………」

 一人残されたヴァーリは乾いた笑い声を漏らし、そっと自身の身体を抱き締める。

 彼の身体は今も震えていた。

 今までにも死の恐怖を感じた事があるヴァーリだが、流石に今回のは質が違いすぎた。あれほど明らかに自身の『死』を感じた事はなかった。生き延びる事が出来ないと思った事はなかった。

「これは、流石に…………だが」

 しかし、それが逆に彼の心を昂らせる事になるとはミラも思いもよらなかっただろう。

 彼は無理矢理に笑みを浮かべ、

「土見稟……ミラ……お前達と、必ず戦わせてもらうぞ」

 自身を鼓舞するかのように呟いた後、ヴァーリも部屋を後にするのだった。

 ちなみに、この事がレイナーレからアザゼルに伝わり、アザゼルからこっぴどく怒られる事になったのはまったくの余談である。

 

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