ハイスクールD×D―龍帝に見初められし少年   作:nica

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…………七カ月ぶりに漸く更新。
でも、間奏曲っていうね。いや、こっちも大事なんですが。
まぁ、早く投稿する為に浮かばない文章をなんとか無理矢理纏めての投稿です。なので、色々変な文章もあるでしょう。文章が浮かび次第加筆修正しますんで、あまり気にせずに読んでいただけると助かります。




ちなみに、0話の最後らへんを僅かにと、1話を少し加筆修正しております。1話はまだ加筆修正する予定ですが、何で話を先に進めるよりも加筆修正する方がすんなり文章浮かぶんですかねぇ……


告げられた事実

「う、うぅ……稟くん、稟くんぅぅ…………」

 一体、どれ程の時間を悲しんでいたのだろう。

 服が汚れる事を厭わず、桜は地面に膝をついて項垂れながら稟の名を呼び続ける。

 最早それに意味などないのに、桜は稟の名を呼び続ける。

 それに応えてくれる者は、目の前で消え去ったのに。

 あまりにも残酷な結末に、桜の目の前が真っ暗になりかける。

 

 

――リィン

 

 

 鈴の鳴る様な音が響いたのは、そんな時だった。

 それと同時。稟の身を包んだ光が、桜を優しく抱き締めるように彼女の身を包み。

 そして――

 

 

 

 

 気付けば彼女は真暗闇の空間にいた。

 周りを見渡しても周囲は暗闇に包まれており、何も見えない。自身の身体でさえも。

 あまりの出来事に、いよいよ気が狂ってしまったのかと桜が思った時。

「貴女が八重桜かしら?」

 美しい、鈴の鳴る様な声が響いてきた。

「ぇ……?」

 自分しかいない筈の真暗闇の空間。其処に突如として響いてきた声に思わず呆けた声を漏らす桜。そして、彼女が声の聞こえたであろう方向へと顔を向ければ。

其処にいたのは――

 『白』。どこまでも美しく、気高く、神々しく、何物にも染まってはならない『白』が在った。この、自分の姿さえ全く見えない空間においてハッキリとその存在を示す『白』が。

「てん……し……?」

 その姿を見た桜は呆然とそう漏らす。

 その声は掠れたものであったが、『白』には聞こえたのだろう。彼女は肩を竦め、

「確かに翼はあるけれども、私は『天使』という存在ではないわ。かと言って人間でもないけど。まぁ、そんな事はどうでもいいの」

 翼を軽くはためかせると桜をジッと見据える。

「ぅ……」

 瞬き一つしない、心の奥底まで見透かしいるのではないかと思ってしまうその瞳に気圧され、桜は小さく呻くと同時に一歩後退ってしまう。

 眼前にいる『白』はそんな桜を気にせず、

「貴女が八重桜であるか否かどうかを答えなさい」

 高圧的に、一方的に問い掛けてくる。

 普通であれば反感を覚えるところではあるが、気圧されてしまっている桜にはそんな感情さえ浮かんでこない。頷く事で『白』からの問い掛けに是と答える事しか出来なかった。

「……そう」

 桜のどこか必死そうにも見える頷きにそう零すと、『白』は少し間を置いて瞳を閉じる。

 そんな『白』に対し、自身の行動は何か間違っていたのかと若干の不安を抱いた桜であるが、

「八重桜。貴女は……」

 再びの『白』からの問い掛けに思わず居住まいを正す。

「………………今までも、そしてこれからも、稟の味方で在り続けるのかしら?」

 『稟』、という言葉に桜の表情は激変する。

 『白』の存在感に呑み込まれていた桜だったが、その言葉で彼女は思い出す。彼女にとって大事な事を。

 彼女にとって大事な存在を。

 彼女の目の前で姿を消してしまった稟を。

 その事を思い出した桜の思考はすぐさま回転する。

 目の前の『白』が何故稟の名前を知っているのかは知らないが、桜にとってそんな事はどうでもいい。今の桜にとって大事な事は稟であり、桜の前で消えた稟の所在をもしこの『白』が知っているのであれば。

 桜のその心の機微を察したのだろう。『白』は淡く微笑む。

「安心したわ。貴女はこれからも稟の味方で在り続けてくれそうね。ならば焦る必要はない。稟の事を教えてあげる」

 その言葉に、焦り出した桜の思考はピクリと止まる。

 その言葉の意味はどういう事か。この『白』は一体何処まで知っているというのか。先程までは気圧されているだけだった桜は、精一杯の強がりで『白』を睨み付ける。

「……貴女は、本当に稟が大切なのね」

 桜の睨みを意に介さず、『白』は嬉しそうに、悲しそうにそう漏らす。

「稟は、無事よ。今のところはね。あの子は私が、私達が保護している」

 『白』の言葉に桜は安堵の吐息を漏らすが、僅かな間を置いて「ん?」と首を傾げる。

 稟が無事であるというのはいい。彼女の眼前で消えてしまった、今にも死にそうな彼が無事である事を桜は望んでいたのだから。

 しかし『白』は言った。今のところは、と。

 そこで桜は想い出す。最後に見た稟の姿を。

 最後に見た彼の姿は……

 桜の顔は徐々に青くなっていき、身体が震えだす。

 彼の状況は、桜が嘆いているだけでは、こんな場所で眼前の『白』と悠長に話している状況ではないのだ。一刻を争う状況で……

「稟くんはっ……!?」

 ミラに詰め寄ろうとする桜を制止するかのように、彼女の目の前に出された手に動きを止めてしまう桜。今すぐにでも稟の姿を見て無事である事を確認したい桜ではあるが、何故だか目の前の『白』には逆らえずその言葉、その動作に過剰に反応してしまう。

 桜の思考は無駄にぐるぐると廻り、その思考の渦に呑み込まれてしまったかの如く身体は動いてくれようとしない。稟の事が心配で仕方ないのに、嫌な予感ばかりが浮かんできて身体が硬直してしまう。目の前の『白』の言葉を信じれば稟は無事だというのに、彼女の表情を見ているとどうしてか安心できない。

 そんな彼女の内心を読み取ってか、桜をこの空間へと招いた本題へと移る。

「先程稟は無事とは言ったのだけど、私達の保護が後少しでも遅ければ結果は真逆になっていたわ」

 感情を感じられない平坦な声音で告げられたその言葉に。

 まるで桜を射抜くかのように鋭い瞳で見られながら発せられたその言葉に。

 桜の身体はビクリと震え、口が渇いているのを感じながらも恐る恐る言葉を発しようとする。

「待っ、て。今の言葉は……どう、いう……」

「どうも何も、言葉の通りよ。私達が間に合わなければ、稟の命は今日にでも尽きていた」

 『白』の無情なる宣告に、桜は金槌で頭を殴られたかのような衝撃を受ける。その時の彼女の表情は、信じられないというようなものではなく、最悪の不安が的中してしまったと言いたげなようで……

「貴女も薄々気付いてはいたと思うけど、稟の精神(こころ)は限界寸前だった。肉体(からだ)以上に精神への負荷(ダメージ)が尋常なものではなかった。常人であればすぐさま自殺してしまう程のものだった」

 その言葉に思い出されるのは、弱々しい稟の笑顔。

 光陽学園の人達から、町の人達から物理的・精神的攻撃を受け続けても尚反撃をするでもなく、無慈悲な暴力に耐え続ける稟の姿。

 身も心もボロボロであろう筈なのに、それをおくびにも出さず気丈に振る舞い続ける稟の姿。

 稟と楓の仲を修復させようと必死に奮戦する桜に対し、これは自分の問題だからと自嘲気味に笑って、桜を遠ざけようとする稟の姿。

 そんな様々な稟の姿が桜の脳裏を過っては消えていく。その稟の姿に共通しているのは、彼の表情が弱々しく、触れれば消えてしまいそうな程に儚く見える事。

「それでも稟は、あの子は耐え続けてきた。理不尽な言いがかりを受けても。謂れなき暴力を揮われようとも。愚者共に迫害されようとも。町の住人のほとんどが敵になろうとも。己の精神が徐々に擦り切れていくのを感じながらも。光の見えない現実に対して泣き叫びたい衝動に駆られようとも」

 言葉を発するにつれ、いつしか『白』は顔を俯けていた。その為に表情は見えなかったが、桜は何となく『白』がどういう表情をしていたか判るような気がした。『白』の震える肩から、震える声から容易に想像できた。

 だって、何故ならば――

「あの子は、常に耐え続けていた……」

 桜も、同じような表情だったから……

「他にも方法はあったろうに、愚かで、自らを犠牲にするやり方で耐え続けてきてしまった……」

 桜はあの時の真相を知らない。

 気が付けば楓は目覚めていて、稟と顔を合わせた瞬間にああなっていた事しか知らない。

 今までの関係が嘘であるかのように、楓が稟に憎しみを抱いていた事しか知らない。

 桜と幹夫を除いた人々が稟に危害を加えていた事しか、知らない……

「それも全ては、あの小娘の為……」

 どうしてああなってしまったのか、その原因を調べようともしなかった。

 いや、調べようとしたが、稟にはぐらかされ、幹夫に止められた。二人の静止の声を振りきらずに、渋々と従って調べようともしなかった。

 もしもあの時、桜が原因を調べようと動いていたら。

 稟に原因を問い質していたら。

 幹夫に問い詰めていたら。

 少しは今の状態も変わっていたのだろうか。

 稟を支えようとして支えきれない、不甲斐ない己に嘆いていた状態を変える事が出来ていたのだろうか。

 稟の精神が擦り切れていく現実を変える事ができたのだろうか。

 その思考は、手遅れとなってしまった今では考えるだけ無意味な妄想。

 行動を示さなかった人間の、現実逃避。

「本当に、バカな子……」

 いつしか『白』の腕の中には、ボロボロになった稟の姿があった。

 桜の目の前で消え、彼女が探し求めていた稟の姿が。

 肉体的にも精神的にもボロボロになって尚、まるで自らを犠牲にするかのように立ち続けた稟の姿が。

「……………………稟くん」

 本当であれば、今すぐにでも稟に駆け寄りたい桜。

 稟に駆け寄って、その身に触れて、彼の温もりを確かめたい。

 『白』が愛おしそうに、悲しそうに稟を抱き締めている事。ゆっくりではあるが、稟の胸が上下に動いている事から彼の命が尽きていない事は判るが、直接自らの手で稟の無事を確かめたい桜。

 しかし、何故だろうか。彼女は稟に駆け寄ろうとしない。自分の身体が自らの物ではないかのように硬直してしまい、駆け寄りたくても駆け寄れない。脳は動けと、動けと命令をしているのに、肉体がそれに反応を示さない。微動だにしないまま稟と『白』を見つめ続ける事しか出来ない。

 薄々とではあるが感じているのだ。桜が動けないのは、『白』が発している圧力によって動けないのだと。意識しているかどうかは定かではないが、『白』が発する今の二人に、否。不用意に稟に近付けば、『白』が黙っていないと思わせる圧力に。

 故に桜は稟に駆け寄る事が出来ない。

「貴女は……」

 暫く二人を見つめ続けていた桜だが、やがて意を決したかのような表情で言葉を発する。その言葉が聞こえた『白』は稟に向けていた視線を桜へと戻し、無言で続きを促す。

「貴女は、知っているんですか? 稟くんの……」

 だが、そこまで言ったところで桜は口を閉ざしてしまう。

 彼女が問い掛けようとした事は、稟が、幹夫が、あの楓に対して口外しなかった事だ。

 幹夫は普段から楓を溺愛している。その親馬鹿っぷりは、誰がどこからどう見ても親馬鹿、もしくはバカ親と断言できるものだ。楓に対してどこまでも甘く、弱い。

 そして稟。彼は楓との関係が壊れてしまった今でも、楓の事を気にかけている。楓からどんな事をされようがそれを咎めず、寧ろ彼女を心配する素振りまで見せる始末。稟と楓の仲を何とか改善しようとする桜を常に制し、楓のやる事成す事全てを受け入れている。彼は常に、楓の事を第一に考え行動している。それは彼との付き合いが長い桜だからこそ分る事ではあるが。

 その二人が決して桜に明かさなかった事実。恐らくは桜の事を想って明かさなかったであろうそれを今、桜は『白』から聞こうとしたのだ。彼女達とは全く関係のない『白』から。赤の他人から。どうしても知りたい事であっても、稟と幹夫の口から直接聞きだしたいそれを聞こうとした。

 それでいいのかと葛藤する桜だが、

「知っているわ。貴女が知りたい事、いえ。貴女が知らなければならない事は全て」

 そんな事は無意味だと言わんばかりに『白』は語り掛けてくる。

「私は、私達はずっとこの子の事を見続けてきた。この子が苦しんでいるのを見続けながらも、【世界】との制約がある故に助ける事が出来ずにこの事態が訪れるのを待つ事しかできなかった」

 「この子はそれを知らなかったけどね」と付け加えつつ、『白』は悲しそうな、悔しそうな、自らの不甲斐なさに憤るかのような様々な感情が混ざり合った表情で続ける。

「私達はずっとこの子を見続けてきた。何もできない愚かな身なれど、私達なりにこの子を護り続けてきた。あの時から数年間、ずっとそうしてきた」

 あの時からという言葉に、桜の身体はピクリと反応した。

 『白』が言うあの時が何時を指すのかは彼女には判らない事だが、もしも、桜の思うあの時であるのならば……

「そう、この子の【歪む事のなかった未来(うんめい)】が歪んでしまったあの日から。桜、貴女が疑問を抱いているあの日。貴女が知りたいあの日の真相を、貴女が知るべき、しらな壊さなければならない【稟とあの小娘の脆い関係(しんじつ)】を私は知っている」

 桜の考えは、間違っていないという事なのだろうか。

 考えたくもなかった嫌な予想が、当たっているという事なのだろうか。

「本来ならばこの子か、あの男が言うべき事なのだけど……私から貴女に伝えましょう。この子が貴女に言いそうになりながらも、貴女を自身の勝手な我儘に巻き込みたくなかったが故に伝えなかった、この子の【自己犠牲の始まり(すべて)】を」

 

 

 

 

 

 

 『白』から語られたあの日の真相。そしてその日から続いている稟にとっての悪夢の日々と、歪みに歪んで最早戻す事は不可能な光陽町住民の業。

 それを聞かされた桜は顔を俯かせて身体を震わせていた。

 稟の歩んできた道程を聞き、己の不甲斐なさを思い知らされた桜。彼女が想像していたものよりも遥かに重い十字架を、稟は抱き続けていたのだ。

 誰にも助けを求めず……

 誰にも縋る事もなく……

 誰にも弱音を吐く事もなく……

 救われたいのは彼も同じだというのに、何もかにも全てを抑え込んで、稟は己を犠牲にし続ける道を歩んでしまっていた。常人であれば拷問にも等しい日々を送り続け。普通なら過酷も生温いイカレタ、自殺してもおかしくない日常を過ごし続け。

 そうして耐えて、耐えて、耐えて、耐え続けて……遂に限界が訪れてしまった。

 彼の儚い想いは実を結ぶ事もなく、歪みに歪み続けたが故の残酷な結末を叩きつけられたのだ。

「……………………それが、真実なんですか?」

 信じたくはない。

 『白』が語った事は盛大に誇張された妄言であると否定したかった。

 自分(さくら)を絶望させる為の戯言だと思いたかった。

 だが、今まで見てきた稟の姿が。

 稟に対する、学園中の人達の態度が。

 稟に対する、町の人達の態度が。

 そして何より、稟と楓の態度が……

 その事を、妄言だと切り捨てる事が出来なかった。

「そうよ。それが真実。この子が歩んできた、数年間の事実。尤も、貴女がそれを信じるかどうかは貴女の自由。証拠を見せろと言われても見せられないから」

 稟を抱き締める腕の力を僅かに強めた『白』は桜を見もせずにそう呟く。

 ただ、表情は見えずともその声音で大まかには『白』の感情を察せて……

「…………そう、ですか」

 桜もまた、顔を上げずにそう返す他なかった。

 だって、何を言えばいいのか判らなかったのだから。

 稟の歩んできた茨の道(いままで)を知った桜。しかし、だからと言って今更何が出来ると言うのだろうか。

 『白』の語った事が真実であれ、それを公開したとしても歪みに歪んでしまった光陽町の住人達の思考は変えられない。それを妄言だと切り捨て、そんな出鱈目で稟を庇おうとした桜を害するべく動いてもおかしくはない。

 現に、稟を保護しているというだけで幹夫もいい顔をされていないのだ。どうして罪悪人(りん)を庇うのかと疑問視されている。どうして楓の親を、幹夫の妻の命を奪った犯罪者(りん)を守るのかと、不審がられている。このままでは、いずれ幹夫にも危害が加えられるかもしれない。今のところ表立って危害を加えらるという事態はないが、それも時間の問題かもしれないと思わせる程には、光陽町(このまち)は狂っているのだ。思考を放棄し、歪みに歪んでしまっているのだ。

 桜は何も言えず、『白』も『真実』を語って以降は無言を貫いている。

 稟の呼吸音がやたら大きく聞こえると感じる中、桜は思う。

 自分は、そんなに頼りにならなかったのだろうかと。

 稟を支えられないまでに、不甲斐なかったのだろうかと。

 真実を語ってもらえる程、信頼されていなかったのだろうかと。

 稟がその事を聞けば否と首を振るだろうが、桜はそう思ってしまう。『白』曰く、稟は桜に真実を言いそうだったらしいが、結局は語られなかった。彼を支えていたつもりで支えきれなかったからこそ。自身が不甲斐なかったからこそ。真実を知ろうとしなかったからこそ。この稟が限界(げんじつ)を迎えてしまったのだと。

 桜の思考はどんどんとネガティブな方向へと沈んでいく。

 暫く何も言えず俯いていた桜だが、

「……な、たは…………」

「……ん?」

「あな、たは……私に『真実(それ)』を伝えて、どうしてほしいんですか……」

 漸く発せられた言葉は掠れており、あまりにも弱々しいものであった。

 その声に反応した『白』は稟から顔を上げ、桜に視線を向ける。桜は未だ顔を俯けたままだが、その肩が震えているのが『白』には分かった。そして、桜が『白』の感情を大まかに察せたのと同様、『白』も桜の感情を察せて……

「…………別に、何も……」

 しかし、返す言葉は特になく。

 否。あるにはあるが、それは自己満足なものであって決して桜が望むようなものではないものだ。それを伝えたところで桜には納得できる筈もないだろう。

 だが、この返しは間違いだろう。今の桜にはこの返しこそ納得いく筈もなく。

「だったら……」

 桜の発する雰囲気が変わった。今までの弱々しい気配が嘘のように塗り替えられていき、

「だったら、だったらどうして『真実』を私に伝えたんですか!?」

 激しい怒り(ほのお)となって『白』に対して猛る。

「私が知るべきだと言って伝えたのなら、貴女には私に対して何かしてほしい事があったんじゃないんですか!? 私に何かしてほしいからこそ稟くんが伝えてくれなかった事を教えてくれたんじゃないんですか!?」

 瞳に涙を溜めて、親の仇を見るかのように懸命に『白』を睨み付けながら叫ぶ桜。

 彼女の感情は荒れに荒れて、とてもではないが冷静さを保つ事なんて出来なかった。

 ここにきて『真実(こんなこと)』を知らされて……

 今更自身の不甲斐なさ(りんのくのう)突きつけ(おしえ)られて……

 光陽町の歪み(げんじつ)を思い知らされて……

 どうして、冷静でいられる事ができよう。

 どうして、嘆かずにいられよう。

 どうして、悔やまずにいられよう。

 稟の姿が。楓の姿が。幹夫の姿が……

 桜の脳裏に浮かんでは消えていく。

「どうして……今更教えたんですか…………」

 そして再び、桜の声は弱々しいものへと変わってその場に力なく座り込んでしまう。

「どうして、もっと早く教えてくれなかったんですか……」

 先の攻撃的な雰囲気を一瞬で霧散させ、どこにでもいるか弱い少女へと変貌する桜。彼女は堪えようとしていた涙を堪え切れず、その瞳から流してしまう。

「どうして、あの時に……」

 桜の感情が激しく揺れ動くのを見つめながら、しかし『白』は口を開こうとしない。ただ瞳を伏せて、桜の感情の爆発を受け止めるだけ。

 桜の口から漏れる何故という言葉(といかけ)は虚しく宙に浮かんでは消えていく。

 桜自身、己の言葉が理不尽なものであり、今更過ぎるものである事は理解している。何も出来なかった自分の八つ当たりである事も理解している。全てが手遅れになってしまっている今では無意味な言葉であるとも理解している。

 それでも、もしもこの『白』が何か行動に移していれば結果は今と変わっていたのかもしれないと少しでも思ってしまうと、自身の事を棚に上げてしまってでも考えてしまうのだった。

「結局のところ……これは自己満足なのよ」

「……え?」

 八つ当たりの言葉に返答があるとは思っていなかったのだろう。『白』が漏らした呟きに桜は呆けた声を溢してしまった。

「常にこの子の味方をしてくれていた貴女には真実を知ってほしいという、ね」

 そんな桜を気にする事なく、『白』は微かに震える声で続ける。

「あの時に私達が動けていれば、もしかすればこの事態を覆せていたかもしれない。でも、世界との誓約がそれを許さなかった。本当ならばそんなモノをかなぐり捨ててでもこの子を助けたかったのだけど、そうしてしまえば世界の因果律が崩壊してしまう。それを怖れて何も出来なかった私達の代わりに、貴女はずっとこの子の味方でいてくれた。不甲斐ない私達の代わりに、貴女はずっとこの子の側にいてくれた。そんな貴女には、真実を知っておいてほしかった。私達が、この子を連れて光陽町(ここ)を去る前に」

「待って。それってどういう……」

 聞き捨てならない『白』のある言葉。それを問い質そうとする桜に、『白』は儚い笑みを浮かべて、

「言葉通りの意味よ。貴女と別れた後、私達は稟を連れて光陽町から遠く離れた場所へと行く」

 桜へ無慈悲な言葉を告げる。

 稟が光陽町から遠く離れた場所へ連れ去られる。その言葉を聞いた桜の頭は真っ白になってしまったかのように何も考えられなくなってしまった。

「え、ちょ……まって……それ、は……」

 発せられた言葉は、しかし意味を成さずに無駄に宙を滑るだけ。

 本当は言いたい事があるのだろう。

『白』の言葉の意味も解っているのだろう。

 だが、頭が真っ白になってしまった桜は思考が空回りするだけで上手く言葉を紡げないでいる。

「貴女には申し訳ないけど、こうするしか私達には方法がないの」

 視線をあちらこちらに泳がせて泣き出しそうな表情を浮かべている桜に、『白』は悲し気に瞳を伏せて続ける。

「最早この町は稟の存在を拒絶している。いくら貴女がこの子も味方でいてくれようとも、世界に対してたかが一人の抵抗では抗う事なんて出来ない。遠くない内に、この子は世界に(ころ)される。かと言って隣町等の近くに逃げても無駄。この町から広まった噂は信憑性がなかろうが、中には噂の真偽も確かめずに鵜呑みする人間もいる。この町がそうであるように。だから、この子を助けるには此処から遠く離れないと駄目なの」

 その言葉を聞き、桜の瞳から透明な雫が零れだす。やがてその雫は止まらなくなり、桜は顔を覆って蹲る。

「そん、なのって……」

 掠れた声が漏れるが、言葉になったのはそこまで。

 そこから先は言葉にならず、嗚咽だけがこの空間に響き渡る。

 『白』はそんな桜に何も言えず、稟を抱き締める腕に微かに力を込めた。

 暫くすると桜の嗚咽も止まったが、彼女の瞳にはまだ涙が残っていた。それも仕方ない事だと『白』は思い、

「八重桜」

 真剣な顔で桜を見つめる。

 桜は顔を上げ、涙に塗れた顔で『白』を見る。その顔はあまりにも痛々しいものだったが、そこから顔を背ける事は『白』には許されない。

「貴女には二つの選択肢がある」

 桜の気持ちを知りながら踏み躙った彼女に、そんな甘えは許されない。

「一つは、今までの事を、稟の事を、何もかも忘れる事。そうすれば貴女はこれ以上苦しむ事も、哀しむ事もなくなる。稟とあの小娘の間で苦悩する日々から解放される。私なら、今すぐにでも忘れさせてあげられる。他の住民共と同じように」

「…………っ」

「そしてもう一つは、苦しみも、悲しみも、もどかしさも、何もかもを抱えたまま生き続ける事。他の住民が私達に記憶を消去()された中で、貴女だけが『真実』を抱え込んで生き続ける道。貴女はどちらの道を選ぶのかしら」

 だからこそ、彼女を試す。

 ずっと稟の味方でいれくれた桜ならば、彼女が望む答えを返してくれると信じて。

「………………わた、しは」

 暫く黙っていた桜だが、身体を震わせながらも何とか言葉を紡ぐ。

 そうして告げられた返答(こたえ)に、『白』は――

 

 

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