ハイスクールD×D―龍帝に見初められし少年   作:nica

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えぇ、最後の方で、ちょっと待てやコラと突っ込まれる方がいるかもしれません。
急展開すぎると言われるかもしれません。
そんな風に、戦々恐々しながら投稿しました。


ただ、私の物語の展開の都合上、この展開は外せないので見逃していただけると助かります(白眼)


第6話:牙を剥いた悪意

 廃墟の奥へと進んでいく稟。

 道中出くわす悪魔をやり過ごしたり、討伐しながら先へと進んでいく。そうして進むうちに、稟はとある部屋へと辿り着いた。

 其処は、何かの培養施設と思わしき場所だった。辺りには培養槽の破片が無数に散らばっており、つい最近まで使用されていたのではないかと思ってしまう程にその跡は生々しいものがあった。

 稟はその有様に顔を顰めて、辺りを散策する。此処まで来る道中。特に怪しい部屋も大型悪魔の姿も見当たらず、この場所が行き止まりだったからだ。この部屋に何かしらの情報がないかを探す稟。クシャルダオラ達は稟を見守りつつ、未だ姿を見せない悪魔に、ミラが感じた不安(あくい)に警戒する。

 部屋を探索する事数十分。特に怪しい所を見つけられず、目ぼしい情報も得られなかった稟は困った顔で周囲を見回す。そして、ある一点に視線を集中させた。

 そこは別に、何か怪しい物があるわけでもない。周囲と同じく無数の破片と瓦礫が散らばっているだけだ。なのに、何故だろうか。妙な違和感があるのは。自然すぎるが故の、不自然さを感じるのは。

 稟は眼を細め、その場所に近付く。その場所に近付いた稟は、クシャルダオラの力を借りて右腕に再び風を纏わせる。そして、そっと腕を振って邪魔な破片と瓦礫を吹き飛ばす。そうして露になったのは、やはり何の変哲もない、ごく普通の床。だが稟は、その床をじっと見つめ、徐に見つめていた床を押した。

 すると。

 

――ガコン

 

 鈍い音と共に、稟が押した床がスライドして隠し階段が現れる。その先は暗闇に包まれていて、見通す事が出来ない。

 それを見たドラゴン達は。

(こ、これは!?)

(この、濃密なまでの悪意は!?)

(アマツ!貴女、これに気付かなかったの!?)

(すみません!悪魔共の気配はそれとなく感じていましたが、ここまでの悪意があるとは!?)

 暗闇の先から感じる悪意。その、あまりの悍ましさに戦慄していた。

 彼女達ドラゴンは永い刻を生き続け、人間の様々な感情を見続けてきた。その中には正の感情もあれば負の感情もあった。それは心が、意思があるから当然である。どんな聖人君子であれ、負の感情がないなどありえないのだから。

 だが、ここまでの悪意は。ここまで淀んで、陰湿で、身の毛がよだつほどに悍まし悪意は。さしもの彼女達とてあまり感じた事がなかった。

 その悪意を感じ取れない稟は、ゆっくりと階下に降りて行こうとする。

(主君!?ど、どど、どうするのクシャル!?このままだと主君が!)

(分かっています!ですが……)

(この戯け!何を戸惑う必要がある!このまま見過ごせば我等の存在意義が意味を無くすぞ!?)

 キリンとダラ・アマデュラの言葉にクシャルダオラは顔を顰める。

 クシャルダオラとて稟を止めたい。このままでは、確実に悪意の前に晒される稟に危険が及ぶ。だが、今回の件は。

(私だって稟殿を止めたい。しかし、今回の件は我等が王と、あの堕天使の思惑が合致した上での決行。それを止めてしまえば……)

 それを言われてしまえば、他のドラゴン達とて閉口せざるをえない。正直アザゼルの思惑などドラゴン達にとってはどうでもいい事だが、彼女達の王の言葉は絶対。彼女達の王は、ミラは、自身の感じる不安を押し殺してまでこの作戦を決行した。稟の今後を考え、彼を危険に晒す事を承知でだ。その時のミラの苦悩は容易に察する事が出来る。彼女の稟を想う気持ちは、彼女達の中でも群を抜いているのだから。

(じゃが、稟殿に何かがあっては元も子もないぞ。どうするのじゃ?)

 ナナ・テスカトリの問い掛けに、クシャルダオラは瞳を閉じて思考する。だが、そんな事は考えるまでもなく答えが出るだろう。悪意は動き出したのだ。

 先程は思わず他のドラゴン達を制してしまったが、悪意が動き出した今となってはその必要はないのだ。

(……我等が、動く。稟殿に危害が及ぶ前に、我等で、この悪意を滅する)

 クシャルダオラは瞳に剣呑な色を宿し、静かに、囁くように言葉を発する。

(稟殿に危害を加える愚か者に容赦する道理なし。ここで行動に出た事を後悔させる。いつでも稟殿の傍に顕現する準備を)

(ふふ、心得た)

(愚か者にはここで断罪を)

(主君に手を出す輩には、だね)

(敵が動き出したのなら、我々も動けるという事ですか)

(我等を敵にした事を後悔させるか)

 クシャルダオラの言葉に、他のドラゴン達も納得したように頷く。

 今まではミラの指示の下顕現する事が出来なかったが、こうなってしまえば話は別。先程はあまりの悪意に戦慄してしまったが、不穏分子が動いたとなれば作戦は成功したも同然。彼女達は動く事が出来る。

 稟を害する敵には一切の容赦なく、蹂躙するのみ。稟に迫る脅威は、それを上回る脅威で跳ね除ける。彼女達の存在意義は稟の為に。

 それが、彼女達ドラゴンの不文律。

 だが、悪意に意識を割いていた彼女達は気付いていなかった。

 稟が見据えていた先にあった物に。

 稟の右手に、いつの間にか握られていた物に。

 稟が手に持っていた物。

 それは。一枚の、黒い羽根で……

 この場所に、その羽を持つ者はいない。今まで遭遇した悪魔の中にも黒い羽根を持つ存在はいなかった。稟が知る中でその羽を持っていたのは、この廃墟に一緒にやって来た堕天使の少女のみで……

 その少女とは、廃墟の前で別れている。

 稟はその羽をじっと見つめた後、意を決したかのような表情で隠し階段へと一歩踏み出した。

 稟が隠し階段へと下りてその身がスライドした床の下に隠れると、ギギギギっという音と共に再び床がスライドして隠し階段の入り口が閉ざされてしまう。思わず振り返って床が開くか確認する稟だが、床はビクともせず、開ける事が出来ない事が嫌でも分かってしまった。

 入り口が閉ざされた事により光が遮られ、稟は暗闇の中に取り残される。このままでは進む事が出来ない。かと言って、床がビクともしない状態では戻る事さえ出来ない。進退窮まってしまった稟。

 暗闇の中、もしかしたら一生このまま出られないかもしれない。そんな不安が鎌首を擡げた瞬間。

 

―ボッ

 

 何かに火が灯されたような音がした。音がした方向へと顔を向けると。

 そこには、燭台に灯された火が不気味に揺れていた。

 

―ボッボッボッボッ

 

 そして、まるで稟を誘うかのように。

 次々と火が点きはじめていく。

 螺旋を描きながら、深淵へと誘うかのように……

 火が点いた事により、周囲は暗闇ではなくなった。だが、その灯りは不気味さを醸し出しており、とてもではないが安心できる状態でもない。

 稟の中にある不安が一層増すが、彼は進んでしまったのだ。ならば、最早後には引けない。このまま誘われるように進むしかない。

 黒い羽根を優しく包むようにして抱き。稟は、ゆっくりと進んでいった。

 ぐるぐる、グルグル、狂々と。

 稟は螺旋階段を下りていく。

 悪意に誘われながら、ゆっくりと。

 下りていくにつれて濃密になる悪意。稟の内に宿るドラゴン達の殺意が募る一方、稟もこの悪意に気付いた。

 彼に向けられた、全身に纏わりつく悍ましいまでの悪意に。これには稟も戦慄してしまう。

 光陽町にいた時にも数えきれない程の敵意と悪意の中で生きてきたが、ここまでの悪意を向けられた事はなかった。今向けられている悪意に比べれば、かつて受けていた悪意は微風同然にも感じてしまう。

 稟は込み上げてくる恐怖を押し殺し、表情を敷き締めて階段を下り続けていく。

 一体、どれ程の時間を歩き続けたのだろうか。永遠に歩き続けるのではないかと思わせる程に長かった螺旋階段は、やがて終わりを見せた。その終着点には、廃墟には相応しくない重厚な扉があった。何かを守るかのように、扉の奥にいるであろう主の存在を示すかのように。

 稟は暫くその扉を見つめる。

 此処は廃墟ではなかったのか。この纏わりつく悪意は何なのか。レイナーレはどうなったのか。様々な疑問が浮かぶがそれに蓋をして、稟は扉に手を添え、そっと押す。

 扉は、鈍い音を立てながらゆっくりと開いていく。

 開かれた扉の先からは光が溢れていて、稟を思わず腕で眼を覆う。螺旋階段の薄暗さになれていた稟にとって、急なこの光は眩しすぎたのだ。

 暫くするとこの光にも慣れ、稟は腕をどけて周囲を見回す。

其処は、此処が到底廃墟だとは言えない程に整った場所で。埃一つないと錯覚するほどに綺麗な其処は、俗に言う聖堂というべき荘厳な場所だった。神秘的な雰囲気を醸し出しているこの場所は、とてもではないが廃墟であるとは信じられない。

 アザゼルの話では此処は廃墟の筈で、螺旋階段はおろかこんな聖堂らしき場所の存在はなかった。ならば、存在しなかった聖堂がここにある事を指す意味は……

 はぐれ悪魔以外の存在が、この廃墟にいる……

 その存在が、この、纏わりつく悪意の正体でもあるのだろう……

 稟の額に冷や汗が浮かぶ。

「……………………レイナーレさん!?」

 周囲を見回していた稟は、そこで漸く気付いた。

 聖堂の奥。神を祀るかのように存在している祭壇。その祭壇を囲むようにして存在している四つの十字架。その一つに磔にされているレイナーレに。

 鎖で雁字搦めに十字架に磔にされているレイナーレ。彼女は意識を失っているのか、その表情を苦悶に歪めてぐったりとしていた。

 その姿を見た稟は、慌てて彼女の下へ向かおうとしたが。

「…………ッ!?」

 何かの気配を感じ取り、半歩後ろに跳び下がった。

 瞬間。

 稟の足元すれすれに光弾が着弾する。

「ようこそ、穢らわしい人の子よ」

 稟がその光弾を避けた直後。魔法か機械で変成されたのか、男か女か判別できない声。人の神経を逆なでするかのような声が聖堂内に響き渡る。

 稟がその声がする方へ顔を向けると、そこにはいつの間にいたのか。祭壇の前に、一人の人物が立っていた。その人物は、レイナーレを気絶させた存在だった。

「此処までのご足労ご苦労様。そして、さようなら」

 その人物がそう言い終わると、無数の光弾が稟を囲むように展開される。その光弾は、先程の威嚇(あいさつ)代わりの光弾とは違う、明確な殺意を秘めたもの。それが、稟に向けて襲い掛かる。

 夥しい数の光弾は、いくらドラゴン達の加護がある稟でも避ける事は出来ないし、風の鎧で防ぎきる事は不可能だろう。

 稟は呆然と、自分に降りかかる『死』を見つめる。稟が、これが自分の最期なのかと、他人事のように思った時。

『漸く姿を見せたか、不穏分子め』

『我等の小さき主を害する貴様には断罪を』

『我等を敵に回した事を悔いながら死ぬといい』

 稟に襲い掛かってきていた無数の光弾は焼き尽くされ、氷漬けにされ、雷撃に焦がし尽され、風の刃で切断された。

 稟の前には、いつの間にか顕現していた複数の人型になっているドラゴン達がいた。

 彼女達は強烈な殺意を孕んだ瞳で眼前の人物を睨み付ける。

「これはこれは。まさかこの目で貴女様方を見られるとは!」

 だが、睨み付けられている本人はその視線を気にする事なく嬉しそうに声を上げる。

「伝説に伝えられるドラゴン!偉大なる存在!」

 顔はフードに隠れて見えないが、恍惚の表情を浮かべているのが容易に想像つく声音だ。

「しかし残念だ。貴女方のような偉大なる存在が、そんな穢らわしい人の子の……おっと」

 喋っている途中、危機感を感じたそいつは半歩下がる。すると、そいつが今までいた場所には、何かで地が抉られた跡が残っていた。

 そいつがドラゴン達の方へ顔を向けると。

『それ以上薄汚い口を開くな。稟殿を侮辱し、害する貴様には死をくれてやる』

 絶対零度の色を瞳に宿したクシャルダオラが、掌をそいつに向けていた。恐らく、彼女が風の刃を放ったのだろう。風の刃が当たらなかったのはわざとか否か。

「まったく、総督殿も貴女方も。何故、そのような下等な存在を大事にするのか」

 嘆かわしいと、芝居がかった仕草で肩を竦める。

 その言葉に、稟はそいつを見つめ。

「貴方は、アザゼルさんの?」

「一応は部下という扱いですよ。ですが、直属の上司という訳ではありません。あのような腑抜けた輩なんかの部下という扱いは甚だ不本意ではありますが、私の直属の上司の命令なので渋々従ってあげているのです」

 そいつは、堕天使はそう答えた。

「至高なる堕天使という存在でありながら、神器(セイクリッド・ギア)等という玩具にかまけてしまっている総督。その玩具を有効に使っているのであれば、多少は認めてあげたのですがね」

 敬語こそ使っているが、その堕天使の言葉は慇懃無礼そのもの。

「それだけに飽き足らず、今度は人の子まで保護する始末。えぇ、優秀ならば別に構わないのですよ。穢らわしい存在であれ、優秀であれば使い道などいくらでもある。ですが、なんの力も持たない者など、邪魔な……」

 堕天使は最後まで言い切らず、どこからともなく取り出した黒色の槍で自身に迫る炎弾を弾き、振り返り様に光弾を放つ事で、蒼い長髪に赤い瞳を持つ、騎士を思わせるかのような出で立ちをした美女―天翔龍シャンティエンからの斬りかかりを防ぐ。

『それ以上囀るな、下郎よ』

『貴様の思惑など知った事ではないが、小さな主を侮辱する事は赦さん』

 堕天使に向けて炎弾を放ったナナ・テスカトリが、斬りかかったシャンティエンがそう言う。

 二人の攻撃を難なく退けた堕天使はやれやれと肩を竦めるだけ。

 堕天使を睨み付けるドラゴン達であるが、彼女達は迂闊に攻撃しない。本当ならば今すぐにでも始末したいのだが、堕天使から発せられる底知れぬ悪意に迂闊に動けないのだ。迂闊に動けば、この悪意は何をしでかすか分からない。

「此処にいた悪魔は、どうしたんですか?それと、レイナーレさんは無事なんですか?」

 ドラゴン達が堕天使を警戒する中、稟は思っていた疑問を投げかける。

 この堕天使に関して色々と気になる事はあるが、稟には優先すべき事柄が二つあった。それは、磔にされているレイナーレの安否と、未だ姿を見ていないはぐれ悪魔の親玉。

 自分が殺されそうになった恐怖を必死で抑えつつ、稟はそう問う。

 その言葉に、堕天使は首を傾げ。

「……あぁ、この廃墟を根城にしていたあの木偶の棒ですか?アレならば既に始末しましたよ。アレは邪魔でしょうがなかったのでね。小物たちは丁度良い実験材料になりますから特別に生かしてありますが。それと、この小娘ならば無事ですよ。君を誘き出す為の餌にしただけですから」

 愉しそうな声音でそう答えた。

『随分とまぁ余裕な態度だね』

『我等を前によく喋りますね。危機感という物がないのですか?』

 自分達に囲まれて余裕な態度を崩さないのが気に食わなかったのか。銀髪紅眼のボーイッシュな美少女―キリンと、長い白髪と紅い眼をした白い羽衣を身に纏った美女―アマツマガツチがそう呟いた。

「別に余裕という訳ではありませんし、危機感は当然ですが持ち合わせています。ただ、この場においては喋っても支障はないと判断したまでの事ですよ」

『それを余裕と言うんじゃないかな?』

 堕天使の返しに、キリンは微かに頬を引き攣らせる。

 力の差は歴然としているのに、慇懃な態度を崩さない堕天使にイラつくキリン。それを制しながら、アマツマガツチが問う。

『我等を前に、無事に逃げ果せるとでも?それに、我等が貴様の事をあの堕天使に告げれば意味がないのでは?』

「そうですね。貴女方から総督殿へ私の存在が告げられれば、私の上司に迷惑がかかりますし、私如きの力で貴女方から逃げ果せるなどとてもとても」

 だが、言葉とは裏腹に堕天使は余裕の態度を一向に崩さない。

 その事に、流石のドラゴン達も不審がる。

 穢らわしいと稟を蔑んでいながら、その稟が質問すれば態々答えている。自分が圧倒的不利な立場でありながら、自身を危険に晒す事を言っている。

 この堕天使は、一体何を考えているのか。

 堕天使は芝居がかった動作で両手を広げ。

「ですが、それも貴女方が本来の力を発揮できればの話」

『…………何?』

「貴女方の存在を知っておきながら、我等が何の策も用意しないとお思いですかな?」

 堕天使は、フードで隠れた顔を歪に歪ませる。

 もし、その表情を見る事が出来たのならば、彼女達ドラゴンは怖気が走っただろう。それ程までに堕天使の顔は、どうしようもない程の悪意に歪んでいたのだから。

 堕天使は嗤いながら指を鳴らす。

 その行動に首を傾げるドラゴン達だが、それが齎した結果をすぐに体感する事になる。

『こ、これは!?』

『なっ、力が抜け!?』

『ちょ、ちょちょ、ちょっと!どういう事なの!?』

『まさか、結界!?』

『このような小細工に我等が!』

 稟の前に顕現している彼女達は己の中から力が抜き取られていくのを感じ、あまりの脱力感に片膝をついてしまう。稟の内に眠っているドラゴン達もまた、力が抜き取られていき顕現する事が出来ない。

「貴女方が本来の力を発揮できていればこのような小細工は意味をなさなかったのですが、世界を渡った事によって貴女方の力は半減している。とは言え、それでも私にとって十分に脅威になるのですが、その人の子に宿ってしまった事で貴女方の力は更に減少している。そうなってしまえば、流石の貴女方でも結界に囚われてしまうでしょう。であれば、矮小な私如きでも貴女方に対処出来ると言うもの」

 堕天使は愉しそうにクツクツと嗤い、自身の前で片膝をついている彼女達を見つめる。

 そんな堕天使を忌々しそうに睨み付け、彼女達はこの結界から逃れようと力を使おうとするが、その力も悉く抜き取られていってしまう。その結果に彼女達は顔を顰める。

 このままでは、稟に危害が及んでしまう。彼女達が内心焦る中。

 稟は彼女達の前に歩を進め、彼女達に背を向ける形で立った。

『主君?』

 その姿に、嫌な予感がしたキリンは思わず呼びかける。

 稟はキリンに、彼女達に振り返り、微笑みかけた。

 その微笑を、瞳を見た瞬間。キリンは己の予感が的中した事を理解した。他のドラゴン達もまたキリンと同じ予感を感じ、それが現実になる事を理解してしまった。

「彼女達を、レイナーレさんを解放してくれませんか?貴方達の狙いは、俺でしょう?」

「…………ほう?」

 稟のその言葉に、堕天使は愉しげに口を歪める。

「貴方はレイナーレさんの事を、俺を誘き出す為の餌だと言った。なら、俺が此処に来た以上彼女に用はない筈。そしてクシャル達に関しては、俺と引き離す事が目的のように感じられるから、俺が言う事を聞けば彼女達に危害は加えないですよね?」

『主君!?』

『な、何を言っているのですか稟殿!?』

『馬鹿な事をおっしゃるのは止めなさい小さな主!!』

 馬鹿な事を言う稟を諌めようと、キリン、クシャルダオラ、シャンティエンが声を上げるが、稟は答えない。彼の意思は既に決まってしまったのだ。彼女達には悪いが、こればかりは稟も譲る気はない。

 稟は真直ぐに堕天使を見つめ返答を待つ。

 しかし、堕天使は何も答えない、何も言わない。

 駄目だったかと、稟が不安に思い始めた時。

 堕天使は、肩を思いっきり震わせ、

「あっははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 嗤いだした。

 それはもう、心底愉しそうに。

「く、くくくく。これはこれは。まさか、穢らわしい人の子からそのような言葉を聞くとは」

 堕天使は、おかしくて仕方ないと言わんばかりに声を震わせている。

 そして、一度深呼吸をすると仰々しく両手を広げてから一礼する。

「いいでしょう。君が私の言う事を聞くのであれば、彼女達を解放致しましょう」

「…………本当ですね?」

「本当ですとも。私の狙いはあくまで君であって、あの方々ではありません。いえ、結果的にはあの方々が狙いと言われるかもしれませんが、危害を加える気は毛頭ありませんよ」

「…………分かりました。貴方の言葉を信じます」

『稟殿!?』

『主!?』

 勝手に進む二人の会話。

 それにドラゴン達が悲鳴にも近い叫び声を上げるが、やはり稟は何も答えない。

 このままでは、彼女達が感じた不安は、ミラが感じた不安が現実化してしまう。そうなってしまえば、彼女達の存在意義が無に帰してしまう。何としてでもこの結界から抜け、目の前の堕天使を始末しなければならない。

 だが、彼女達の思いも虚しく形にはならない。

「それで、貴方が望むのは?」

「くくくく。私が言いたい事に気付いていながら、敢えてこの場で問い掛けますか。その意思の力は人の子にしては破格の物ですね。これで力も十分にあれば、我々の手駒として使ってあげてもよかったのに。惜しいものですね」

「御託はいいですから」

「くくくく。失礼。では答えましょうか。穢らわしい人の子よ、君には我等が聖域よりご退場願おう。伝説に語られる力が、汝が如き矮小なる存在の下にあってはならない。その力、我等が偉大なる御方の下にこそ相応しい」

 堕天使は口調を変え、舞台で演じる役者のように言葉を発する。

「私が、我等が望むのは一つ。人の子よ。汝の命、ここで果たさせてもらう」

 濃密な悪意が、殺意が稟により強く纏わりつく。

 堕天使はゆっくりと稟に近付く。

 結界に囚われて身動きできないドラゴン達と顕現する事が出来ないドラゴン達は、殺意を孕んだ瞳で堕天使を睨み付ける事しか出来ない。

 稟は自分に近付いてくる堕天使を見つめ。

「そうすれば、彼女達を解放してくれますか?」

「…………えぇ」

「そうですか。でも、先に一人でもいいので解放してもらえないですか?後になってから、やっぱり解放しないなんて嘘は止めてほしいですから」

 視線を逸らす事なく、真直ぐに堕天使を見つめている稟。

 これには流石の堕天使も内心戸惑っていた。

 これ程明確な悪意と殺意を向けられ、自身の命を奪おうとする存在が目の前にいるのに怯えている様子がないのだ。いや、恐怖に震えている事は震えている。だが、それを必死に押し殺しているのだ。

 普通ならば、泣き叫んで命乞いでもするであろう状況なのに。

 みっともなく泣き喚いて、死にたくないと叫ぶ状況だろうに。

 何故。稟は落ち着いた様子で堕天使を見つめているのか。

「……いいでしょう。それならば、彼女から解放してあげましょう」

 戸惑いを感じている自身に更に戸惑いを感じながら、堕天使は指を鳴らす。

 すると、レイナーレを磔にしていた十字架が沈みだし、彼女を縛っていた鎖が消えていった。

 稟は急いでレイナーレの下に駆け寄り、磔から解放された事で地面に倒れそうになった彼女を寸前で抱き寄せる事でそれを防いだ。

「レイナーレさん?」

 抱き寄せたレイナーレを不安そうに見つめながら、稟は彼女に声をかける。彼女の意識はまだ戻っていないが、呻き声が微かに聞こえる事から命に別状はないようだ。

 稟はその事に安堵の息を付き、レイナーレをそっと横たえる。

「さて、これで君の言う事は聞いてあげました。もういいですね?」

 稟の後ろに近付いてきていた堕天使がそう告げる。

「………………えぇ」

「これでも私は慈悲深いので、苦しまずに逝かせてあげましょう。最期に何か言い残したい事はありますか?」

「………………いえ、特には」

 稟は暫く考えた後、首を振ってそう答えた。

 その時の彼の表情は、酷く悲しげに、寂しげに歪んでいて。

「……では、人の子よ。此処で君の旅路は終わる。せめて安らかに眠るといい」

 堕天使の手には黒い槍が握られており、その矛先が稟の心臓に向いている。そして、その槍が一瞬間を置いてから稟に向けて突き放たれる。

 自身の命の灯は、最早消える寸前。

その中で、彼が思った事は。

(楓、桜、ごめん……)

 死の恐怖なんかではなく、元の世界にいる、大切な幼馴染二人の事だった。

(もう、二人に会う事は出来ないけど、二人が笑っていてくれる事を願ってる)

 稟は槍に貫かれ、口から大量の血を吐く。

 その時だった。

 彼女が、この場に現れたのは。

「稟っ!!」

 祭壇の後ろ側の壁をぶち壊し、必死の形相で彼女が現れたのは。

 全てが、終わった後だった……

 

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