ハイスクールD×D―龍帝に見初められし少年   作:nica

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ええ、投稿が遅くなって大変申し訳ありませんでした!!先週には更新できると思っていましたが、仕事が忙しくて更新できませんでしたorz



ともあれ、漸く更新ができましたが……
今回の展開、まぁ予測通りの展開だと思います。
自分で書いてて、これ以外の展開が思いつかなかったもので(苦笑)
んで、最後の展開ですが、これは大雑把ですが、どうしてそうなったかの設定は考えてあります。物語が進むにつれて明かしていきたいので、今は「ふーん?そうなの」程度に読んでいただければ幸いです。


第7話:『逆鱗』

 時を遡る事数十分前。

 

 

 

 

 

 

 稟を見送り暫く廃墟を見つめ続けていたミラ。

 彼女達ドラゴンと稟は繋がっており、彼の位置は手に取るように分かる。今のところは問題なく順調に歩を進めているようだ。途中で大量の悪魔達に囲まれたようだが、訓練の結果無事に切り抜けたようだ。

「今のところは問題ないようね。このまま何事もなければいいのだけど」

 だが、時間が経つにつれ、稟が廃墟の奥に進むにつれ、彼女の中の不安は増していく。

 どうしてこう、嫌な予感が強まっていくというのか。

 稟にはクシャルダオラ達強力なドラゴン達が付いてくれている。万一の心配もない筈だ。そう自身に言い聞かせても、心が否定してくる。

 早く稟の元へ向かえ。でなければ全てが手遅れになる、と。

 何を馬鹿な、と。ミラはその心を否定する。そんな事ある筈ないと。あってたまるかと。彼女達が付いていながら稟の身に危険が及ぶ筈がないと、必死に。

 しかし、そんなミラを嘲笑うかのように……

「…………ッ!?」

 彼女の脳裏に、一つの映像が浮かび上がる。

 それは……

 ミラが、彼女達ドラゴンが惹かれた少年が、血塗れになって倒れ伏している光景で……

 どこか、全てを諦めてしまったかのような、儚げな笑みで血の海に沈む光景で……

 彼女の不安が、最悪な形で現実化してしまった光景で……

「稟っ!?」

 その映像を振り払うように激しく首を振り、ミラは純白の翼をはためかせ、全速力で廃墟に突入する。

 アザゼルと話し合った不穏分子の事など、彼女の頭からは消え失せていた。

 そんな有象無象な輩共よりも、今は脳裏に浮かんだこの忌まわしい映像を否定する事が先決なのだから。稟の無事を確認して、自分の心配が取り越し苦労であると笑い飛ばさなければならないのだから。

 彼女は急ぐ。

 大切な大切な、何よりも大切な、か弱い愛おしい人(りん)の下へ。

 

 

 

 

 

 

 稟の元へと急ぐミラ。

 彼女は翼をはためかせ、稟の元へと真直ぐに進んでいた。彼女の前に立ちはだかる壁は、文字通り粉砕しながら。

 稟の元へと向かう道中。彼女の前に立ち塞がろうとする愚かなはぐれ悪魔達は、彼女の力の前に滅ぼされて逝く。

 ある存在は硬化した翼で粉微塵に斬り刻まれ、ある存在は彼女が身に纏った雷に全身を焼かれ、ある存在は荒れ狂う雷を纏った腕に全身を貫かれ、存在する事を赦さないかの如く抹消されて逝く。

「ちっ……有象無象共がわらわらわらわらと」

 飛行速度を落とさず苛立たしげに吐き捨てるミラ。

 廃墟の奥へと向かい続けるにつれ、夥しい悪魔の数がミラの前に現れる。ミラの前に立ち塞がるには圧倒的に力不足ではあるが、そんな事関係ないと言わんばかりに群がってくる。あたかも、時間を稼ぐかのように……

 しかし。いくら有象無象共が徒党を組んだところでミラの前では無意味。碌に時間稼ぎも出来ずにミラの進行を許してしまう。

 ミラは張り裂けそうになる胸の痛みを無理矢理抑え込み、ひたすらに稟の元へと急ぐ。早く、速く、疾く、捷く。一分一秒でも早く、稟の下へ。

「…………そこか!!」

 稟がいるであろう場所の目前まで辿り着いたミラ。目の前にある壁をぶち壊せば稟の元へ着ける。

 彼女に迷いなどある筈がない。

 彼女は眼を細め、その壁をぶち壊した。

「稟っ!!」

 そうして彼女が目にした光景は……

「………………ぇ?」

 彼女が、最も見たくなかった光景。

 心が訴えてきても、必死に否定していた光景。

 数ある不安の中でも、最悪の光景。

 彼女の心を絶望させるのに、最も相応しい光景。

「…………り…………ん…………?」

 稟の前にいる、全身をフードで覆った人物が投げた黒い槍が、稟を貫いた光景……

 稟が口から大量の血を吐き、倒れゆく光景……

「…………………………」

 そんな最悪な、彼女にとって絶望的な光景を、ミラは見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の脳裏に、懐かしい日々が蘇る。

 彼は、大切な幼馴染二人と笑いあっていた。心から楽しそうに。嬉しそうに。

 彼女達が笑顔になれば彼も嬉しくなり、彼が笑えば彼女達も花の咲くような笑顔で笑っていた。

 今では到底考えられない、しかし、あの時よりも前ならば当たり前だった日常。

 己のエゴで壊してしまった、何よりも大切だった日常の時が。

 取り戻したくて、けれど取り戻せなかった日常の時が。

 心の隅で願い続けていながら、最早諦めかけていた日常の時が。

 これが、走馬灯というものなのだろうか。

 稟は他人事のように、倒れながらそんな事を思った。

 槍に身体を貫かれているが、不思議と痛みはない。死にかけているから、痛みがないのかもしれない。

 徐々に霞んでいく視界と薄れいく意識。

 指先一本さえ動かせない稟は、何とか気力を振り絞って意識を保っている。だが、それも無駄に終わるだろう。自身の命の灯が消えかかっている事は、無意識に分かっているのだから。

 霞いく視界の中。稟は、今まで気を失っていたレイナーレと眼が合った様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ」

 今まで意識を失っていたレイナーレは、自身の顔に何かが飛び散った感触で意識を取り戻した。

「な、に?この感触……」

 意識を取り戻した直後。最初に発した言葉がそれだった。

 自身の顔に着いている不快な感触に顔を顰め、レイナーレはそれの正体を確かめるべく手で拭う。

「………………え?」

 それは、赤黒い色をした粘着質な液体。血だった。

 何故自分の顔に血が。そう思い、周りを見渡すレイナーレ。

 そして彼女は見た。

「……り、ん…………?」

 思わず、呆然とした声を漏らすレイナーレ。自身が人間の名を口にした事には気付いていない。

 彼女が視線を向けている先。そこには、身体を槍に貫かれ、自身が生み出している血の海に沈んでいる稟がいた。そして、彼の血がレイナーレに飛び散っていた。

「おや、どうやら眼が覚めたようですね」

「…………アンタは!?」

 暫く呆然としていたレイナーレに、彼女を気絶させた堕天使が声をかける。その声音は彼女を嘲笑していた。

「そこの人の子にお礼を言うのですね。その人の子のおかげで、貴女は誘き寄せる餌の役目から解放されたのですから」

「……どういう、事?」

「簡単な事です。その人の子が自らの命を差し出す代わりに、囚われた貴女を解放してほしいと言ったのでその交換条件を飲んだだけです」

 堕天使のその言葉に、レイナーレは思わず倒れている稟を見下ろす。

 何故、どうして、という言葉が頭を回るが、それが声になる事はなく。

 稟を見下ろしていたレイナーレの瞳と、倒れていた稟の瞳が合った。

「…………アンタは、なんで……」

 生気がなく、虚ろな稟の瞳を見た瞬間。レイナーレの口から自然と言葉が漏れたが、そこから続きが紡がれる事はなかった。彼女自身、何が言いたいのか分からなかったからだ。

 そんなレイナーレを、虚ろな稟の瞳が捉え、

「…………………………」

 稟は口を開く。

 何かを言おうとしたのだろう。だが、その口から言葉が出る事はなく、代わりに大量の血が吐き出されるだけだった。

 それが稟の最期の力だったのか。稟は微かに笑みを浮かべ、その瞳をゆっくりと閉じた。

 レイナーレは膝をつき、稟の手にそっと触れる。

 稟の言葉にならなかった声。それは、何故か彼女には聞こえていた。

寂しそうだったから、泣いていたから、どこか自分に似ていて放っておけなかったからという声なき声が。

 レイナーレは何を馬鹿な事をと思う。稟と初めて会ったのはアザゼルの部屋で、今日の任務まで稟とは話した事などなかった。今日だって彼とまともに言葉を交わしていない。寧ろ彼を鬱陶しく思い、彼が話かけてきていた時は聞き流していた。

 なのに彼は、赤の他人である彼女が心の底で隠していた気持ちに気付いたというのか。そして、人間を見下しているレイナーレを助ける為に、その身を差し出したと言うのか。親しくもない赤の他人なんかの為に、自身の命を投げたというのか。そんな馬鹿な事があるのか。そんな事がありえるというのか。

 それになんだ。自分に似ているなどと。人間と似ているなどと虫唾が走る。

 いかれていると、彼女は思う。

 意味が分からないと、彼女は思う。

 人を助ける為に自身の命を捨てるなんて、狂っていると思う。

 口約束を信じて、その身を捨てるなんて。

 その時は助けたとしても、この場所から生き延びなければ無意味だと言うのに。

 人間の考える事は、ワカラナイ。

 呆然と稟を見つめるレイナーレに、堕天使は嗤う。

「いやはや。実に滑稽ですね。見下していた人間に助けられるなどとは」

 だが、その言葉は彼女の耳には入らない。

「本来なら、私の姿を見た貴女を生かしておく必要はないのですが、その人の子と約束なので特別に見逃してあげましょう。何、私は義理堅いのでね。こう見えても約束は守るのですよ。それが例え、穢らわしい人の子との約束でもね」

 目の前の堕天使が何か言っているが、それはやはりレイナーレの耳に入ってこない。彼女の視線は稟に固定されたままで微動だにしていない。

 そんな彼女にやれやれと溜息を吐き、堕天使は肩を竦める。

 そして徐に後ろへ振り返り、

「よくぞお越しくださいました、『白き王』よ」

 恭しく頭を垂れる。

 堕天使が振り向いた先。そこには、壁をぶち破り、呆然とした表情で佇んでいるミラがいた。

 部屋へと到着したミラは堕天使の言葉に反応せず、ただ稟を見つめる。

「貴女様に来ていただく為に用意した演出。喜んでいただけると嬉しいのですが」

 堕天使が何かを言っているが、それはミラの耳には入らない。彼女の眼は稟だけを捕えており、稟の近くで呆然としているレイナーレさえ視覚に入っていない。

「ああ、そこの人の子ですか?それならば退場していただきました。貴女様方のような偉大なる存在が、穢らわしい人の子に縛られる事があってはならぬ事。貴女様方の力は、我等が主の為に使われるのが相応しい」

 ミラの視線に気付き、わざとらしく肩を竦めて言葉を紡ぐ堕天使。

「これで貴女様方は解放されました。力が縛られていてさぞ苦しかった事でしょう?ですが、最早そのような心配は必要なくなったのです。さぁ、その力を我等が主の元で存分に振るって下さい。愚かな悪魔や天使を排し、我等至高なる堕天使の為にその力を振るって下さい。我等堕天使こそが、世界の頂点(トップ)に君臨するに相応しい!!」

 自身の言葉に酔っているのだろう。堕天使の言葉は段々と熱を帯びていく。そんな言葉に対し、ミラは何も反応を示さない。という事はなく、彼女の顔は俯き、その肩は微かに震えていた。

 それを見たクシャルダオラ達ドラゴンは顔を青褪めさせる。俯いている為に表情こそ見えないが、ミラの中で凶悪な力が暴れ回っているのが分かるからだ。強力な力を持つクシャルダオラ達さえも消し炭にしてしまえる程の力が、ミラの中で暴れ回っているのが感じ取れる。

 今ミラは、怒っている。その怒りは、過去最大級のものと言っても過言ではない程だ。一度その力が解放されれば、この研究施設など数瞬で消え去るだろう。

 堕天使はその事に気付いていない。己の言葉に酔いしれ、愚かにも言葉を続ける。

「聖書の神もいなくなり、三大勢力も互いに疲弊している現状。このままでは無駄に時が流れるだけですが、それももう終わる。貴女方の存在で、この膠着状態に終止符がつけられる!!我等堕天使が、世界の頂点に君臨する事が出来る!!!あの方が率いる我等堕天使が、世界を支配するのです!!!!」

「………………………………か……」

「は?」

「……………………言いたい事は、それだけか……」

 だが、己の言葉に酔い痴れていた堕天使はそこで止まる。

 美しくもか細い、絶対零度の声。溢れ出る殺意を隠せないその声によって。

 堕天使はその声の方へ顔を向ける。そこには、依然俯いたままのミラがいる。そして、その彼女が顔を上げ、

「ッ!?」

 それに何かを感じた堕天使は後方へと勢いよく飛び退く。

 刹那。

 

 

 

―ジュッ!!

 

 

 

 先程まで堕天使がいた場所に穴が開いていた。

 まるで、何か高熱のモノに溶かされたような穴が。

 今まで得意げに演説をしていた表情から一変し、堕天使は青褪めた表情でミラの方へ視線を向ける。未だ嘗て、感じた事がない程の死の恐怖をミラに感じながら。

 ミラの方へ視線を向けると、そこにはいつの間にいたのか二人の人物が彼女に寄り添うように立っていた。一人は長身の、全身黒づくめの男。黒髪黒目、漆黒のコートを身に纏った、どこか軍人を思わせる顔付と鍛え上げられた身体の男。そしてもう一人は紅髪紅眼の長身の美女。身に纏う紅いドレスは美しくも扇情的で妖しい色香を放っている。凛々しい顔立ちと相まって挑発的な雰囲気を醸し出していた。

 その二人の存在に堕天使は驚愕するも、ミラから発せられる禍々しい殺気にいつの間にか身動きが取れなくなってしまっていた事に気付く。それに内心焦りながら、この状況をどうにかすべく思考を巡らせようとするが。

「のうのうと、よくもまぁ駄弁を弄してくれたな」

 ミラからの視線に、思考を遮られてしまう。

 『怒』と『殺意』、それ以外の全ての感情が欠落した表情で言葉を発するミラに、アザゼルをして己の死を感じさせた殺気に、堕天使は呑み込まれてしまった。

「稟を害した輩の戯言など、聞くに堪えん。ましてその内容が、我等を利用しよう等とは」

 故に、堕天使は気付くのが遅れた。

 ミラの右隣にいた長身の男の姿が揺れたかと思うと、瞬きした瞬間に男が堕天使の眼前に迫り、漆黒の無骨な大剣を振り下ろしてきていた事に。

 

 

 

―ザシュッ!!

 

 

 

 と、何かを断ち切る様な音が響き渡り、次の瞬間。

 

 

 

―ブシャアアアァァッ!!

 

 

 

 堕天使の左腕から鮮血が奔る。

「…………ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!?!?!!?」

 少しの間を置き、痛みを認識した瞬間。堕天使は絶叫を上げた。

「わ、私の、私の腕がああああああああああああああぁぁ!!!??」

 斬られた腕を残った右手で押さえて必死に止血しようとするが、その程度で止血できる筈もなく。醜態を晒す堕天使を嘲笑うように血は止めどなく流れる。

「たかが腕を斬られたぐらいで煩いな、この豚は。これ以上穢い血を撒き散らされても迷惑だし止血してやるか」

 絶叫を上げる堕天使を煩わしそうに見つめた紅髪の美女はそう呟き、ミラに視線を向ける。美女の視線の意図を理解したミラは頷いて応える。

 ミラの了承を得た美女は薄らと嗤い、指を鳴らす。

 彼女が指を鳴らすと同時、堕天使の両腕に焔がゴウッ!!と奔り、堕天使の残っていた右腕を止血ついでに消滅させる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッ!!!!?????」

 想像を絶する痛みに絶叫を上げるしか出来ない堕天使。

 弄ばれるかのように両腕を奪われ、先程まで芝居がかっていた者とは思えない程に無様な悲鳴を上げている。

「先程まで駄弁を弄していた輩とは思えん程に惨めだな」

「フン。我等が王の怒りを買ったのだ。楽に死ねると思うな下郎が」

 そう言って長身の男が大剣を、紅い美女が左腕を無造作に振り下ろす。堕天使の脚に向けて。それだけで、堕天使の脚は簡単に失われた。

「!?!!!!????!?!?!?!!?」

 声にならない声を上げ、堕天使はその身を床に沈める。無様を晒す堕天使を、三者は絶対零度の視線で見下ろす。

 仰向けに倒れた堕天使は痛みと恐怖に顔を歪め、その口から意味をなさない音を漏らすばかり。この場から逃げ出そうと必死で身体を動かそうとするが、四肢を失ったその身体では、最早『絶対的な死(ミラ達)』から逃れる術などありはしない。

 そんな無様な堕天使にミラは近付く。その歩調は無防備そのものだが、近付いてくるミラに対して堕天使の顔は恐怖に歪む。あまりにも『怒』の感情が強くなりすぎ、その感情を爆発させない為に抑えるかのように、『無表情』になっているミラに怯える。

 彼女は堕天使のその感情を気にする事無く、無様に動こうとしている堕天使の腹部へ華奢なその脚を思いっきり降り下ろす。

「ゴバアッ!!?」

 そこにどれ程の力が込められていたというのか。

 堕天使は口から大量の血を吐き出した。

 堕天使が吐き出した血がミラに付着するが、彼女はそれを気にも留めず堕天使を冷めた眼差しで見据え、ミラは腹部に下ろしている脚に更に力を込めていく。

「ご、バッ!……ぁ、g……っ?!ぎ、ぎぎggggggg!?!?!!!」

 堕天使が音を漏らす度、身体からは何かが折れる音が響いてくる。

「貴様等不穏分子を捕えようと思ったが、そんな事は最早どうでもいい」

 自身の足元で彼女から逃れようと必死で身体を動かそうとする堕天使を気にも留めず、ミラは冷たい声色で言葉を紡ぐ。

 そんな彼女に、長身の男と紅い美女を除くドラゴン達は恐怖で身体を震わす。彼女達の王の殺気に怯える。怒り狂ったミラに死を感じる。その殺意が自分達に向いていないと理解していてもだ。

「貴様の背後にいる奴の事も、どうでもいい」

 アザゼルとの約束も、当初の自分達の目的も、最早彼女にとってはどうでもいい事に成り下がっていた。

 この場で不穏分子を焙り除去しなければ、稟の未来は不安が残るものになってしまう。だが、最早そんな事は関係ない。関係なくなってしまった……

「アザゼルとの約束もあったが、そんな事もどうでもいい」

 彼女の足元にいる堕天使は、触れてはならない領域に手を出してしまったのだ。

 『白き王』の逆鱗に、無造作に触れてしまったのだ。

「貴様は稟を害した。我等の、我の、大切な、護るべき尊き魂(りん)を害した」

その報いは、己が命で払わなければならない。

 龍の逆鱗に触れるとは、そう言う事なのだ。

「生き残れると思うな」

 彼女の身体にはいつの間にか雷が纏われており、その雷は早く敵を滅ぼしたいと言わんばかりに荒れ狂っている。主からの言葉を待つかのように、ミラの怒りに呼応するかのように荒れ狂う。

 堕天使が稟とレイナーレのいた場所から飛び退いていた為、彼等を巻き込む事はない。その力を遠慮なく奮う事ができる。

「貴様は、今、こノ場で、シネ」

 その言葉を待ち望んでいたかのように。

 彼女の身体を奔っていた雷は、堕天使目掛けて奔る。

 四肢を失い、大量の血を流し、己の死に恐怖するしかない堕天使に、その雷から逃れる術など最早ありはしない。正常な判断も出来ず、死の恐怖と痛みに叫ぶ堕天使に、生き残るという奇跡など存在しない。

 堕天使の身体に到達した雷は、その圧倒的な力を持って堕天使の身体を蹂躙する。解き放たれた雷は内包する力で堕天使の身体を焼き、内部にも侵入して内側さえも焼き尽くさんと暴れ回る。

「uggggiiiii、aggggggiiiii、aaagyaaaaaaaaaaa!!?!?!?!!?!?!?!!」

 圧倒的な死の力に蹂躙され、身体の内外を雷で焼かれるという、筆舌出来ぬ壮絶な苦痛に叫び声を上げる堕天使。

 そんな堕天使を見下ろしているミラは、今まで堕天使を踏みつけていた脚を離し、堕天使をクシャルダオラ達の後方にある壁へと蹴り飛ばす。

 彼女の華奢な身体からは到底想像できない力で蹴られた堕天使は、途轍もない速度で吹き飛び。だが、その身体は壁にぶつかる事無く、壁に向かう道中でその存在を消滅させた。散々雷に蹂躙され、抗う事も赦されずに。

 初めから、その存在がなかったかのように。

 強大な力を有するクシャルダオラ達ドラゴンを封じ、稟を害した堕天使は、撒き散らした悪意とは不相応な最期を遂げた。

「戯言をほざきまくっていた割には惨めな最期だったな」

「所詮は無能で下衆な小物。我等が王の手に掛かるとは、奴には勿体ない死に方だ」

 男は呆れたような口調でそう言い、紅い美女はふんと鼻を鳴らして男に答える。

 男は肩を竦めて女の言葉に返し、ミラの様子を窺う。

 堕天使を消滅させたミラは稟の傍に近付く。未だ恐怖に震えているクシャルダオラ達を一瞥する事もなく。

 普段の彼女ならば、クシャルダオラ達に何か一言かけているのだが。

「それ程、あの人の子が」

 らしくない王の姿に、男は眼を細めてそう呟く。

「我等とてあの人の子に惹かれているのだ。あの子を見初めた我等が王が、我等以上にあの子を想っていても不思議ではあるまい」

 男の呟きが聞こえていた隣の美女はそう答え、男と同じようにミラの様子を見る。

ミラの表情は背を向けている為に見えないが、横たわっている稟を抱き締めるその身体は微かに震えているのが分かる。彼女は今。

「だが、それも……」

「…………」

 男のその言葉には返さず、美女はミラの下へ近付く。男も慌てて美女に続いた。

 然程離れていなかった距離だ。二人はすぐにミラの隣に立つ。

 ミラは血塗れの稟を抱き締め、顔を俯かせて全身を震わせている。涙こそ溢していないが、彼女が哀しんでいる事は誰の目にも明らかだ。そんな彼女を、男は痛ましげに見つめる。永い刻を彼女と共に在り続けたが、ここまで人間に入れ込む彼女を男は見た事がなかった。彼女を慰めようにも言葉が浮かばず、どうしたものかと内心で溜息を吐きながら、男は隣の美女に視線を移す。彼女ならば、この状態のミラを励ましてくれると期待しながら。

 美女は男の視線に気付いた素振りを見せず、未だ呆然としているレイナーレを一瞥してからミラへと視線を向ける。

「王よ。いつまでそうしているつもりだ?」

「………………」

「その子を喪い、哀しむ気持ちは我にも理解できる。だが、いつまでも哀しみに嘆いていては王としての示しがつかん」

「………………」

「我等を率いる王が、人の子の死程度にいつまでも嘆いていてどうする」

「…………ラース、貴女……」

 ミラを諌める様に淡々と紡がれた言葉に、今まで顔を俯けていたミラがその顔を上げる。その顔に浮かんでいた感情は、稟を喪った事による絶望や哀しみではなく。忌々しい怨敵に向けるかのような、怒りや憎悪を宿したもので。

「稟を喪った事に対して、何とも思っていないの?」

 稟を抱いたままいつしか立ち上がったミラは、ラースと呼んだ美女を睨みながら、その身の周りに無数の雷を纏わせていた。その雷は先程の堕天使を屠ったもの以上に凶悪な力を内包しており、クシャルダオラ達強力なドラゴンでさえ瞬時に屠れる威力を秘めている。

 その力の前に男は顔を青褪めさせて一歩後退るが、ラースは表情を変える事無く屹然とした表情のままミラと相対する。

「哀しむ気持ちが理解できると言いながら、貴女は何も思わないの?」

 ミラの全身が輝きだし、雷は禍々しい輝きを放ちながらその数を増やしていく。

 だが、ラースは一切臆さず。

「貴女ほどではないが、我とてその子には惹かれている。故に、この場に顕現している。だが、貴女ほど入れ込んでいないのもまた事実」

 淡々と、ミラに言葉を返す。

「我等は龍だ。人とは異なる次元の存在だ。そんな我等が、一々一個人の死に動揺してどうするというのだ。これまでいくつもの死を目の当たりにしてきただろう。興味のあった存在の死を見てきただろう。力を貸した者の死を見送って来ただろう。惹かれていた存在の死は確かに哀しむものだが、そも『生命(いのち)』とはそういうものだ。生があるからこそ死は必然。それが遅いか早いかの違い」

「………………」

「それを理解していない王ではあるまい?」

「…………でも、稟はっ」

「……そうだな。その子は確かに、今まで見てきた人間とは何かが違う。それは我とて感じている」

「なら!?」

 淡々としたラースの言葉に苛立ちを隠せず、ミラは声を荒げてラーズを睨み付ける。

 彼女が己の眷属でもなければ今すぐにでも存在を消滅させていただろう。眷属であっても消滅させてやりたいと思ってしまっているのだから。

「だが、何度も言うが我等は龍だ。世界の均衡を担うべく為に在る存在だ。そんな我等が一人の人間に、必要以上に入れ込んではならん。それを我等が王が、『祖なるもの』である貴女が理解していないとは言わせんぞ」

「ッ!?」

 だが、ラースのその言葉にミラは顔を顰める。

 ラースの言葉が正しいからだ。ミラとてラースの言葉の方が正しい事は理解している。理解しているが、感情がその言葉に反発している。

「まぁ、今更過ぎる言葉ではあるが。王よ、貴女は必要以上にその子に心を近付けさせすぎた」

「………………」

 ラースの言葉に、再び顔を俯かせるミラ。何か言い返そうと言葉を探すが、返すべき言葉は浮かばない。ほぼ空気と化している男やクシャルダオラ達は緊張しつつ事の成り行きを見守っている。

「と、説教はこれ位にしておくか」

「……?」

 今まで厳しい声音だったラースの声が不意に柔らかくなる。とは言え、それは彼女と近しい者でなければ気付けない程些細な違いだが。

「あれこれと言ってきたが、王よ。絶望するにはまだ早い。その子はまだ、辛うじてだが息がある」

『…………………………は?』

 レイナーレを含むラース以外の全員が彼女を見つめ、呆然とした声を漏らす。

 どこからどう見ても生きている筈がない稟の状態に、ラースは稟がまだ死んでいないと言ったのだ。全員が彼女の正気を疑うだろう。

「確かに、どう見てもその子は死んでいるだろう。槍に身体を貫かれ生きているなど、ありえん。だが、それならば我等がこうして未だ現界出来ている事に説明がつかん。とは言え、そう簡単に消えるほど軟な存在ではない我等ではあるが、少なくとも此処に現界している全員を維持するのは不可能に近いのだ。それなのに、我等はまだ現界している。つまり、我等とその子との【契約(リンク)】は切れていないという事だ」

 その言葉に、ミラと男は呆然とした表情を浮かべたまま、クシャルダオラ達は互いの顔を見合わせる。そして、その言葉の意味を理解すると安堵の表情が浮かび上がり。

「……じゃあ、稟はまだ生きているのね?」

 先程までの怒りと哀しみを霧散させ、眼の端に微かな涙を溢れさせたミラがラースに問い掛ける。

「あぁ。だが、このままでは死んでしまう。早急に治療する必要があるが、時間が限られている。ならば……」

「……また、あの空間を使えと?」

「……うむ。そうしなければ助かるまいよ」

「……でも、あの空間は」

 ラースの言葉に躊躇うミラ。稟を助けるにはラースの言う通りにすべきである事を理解しているが、そうしてしまった際のリスクを考えるとどうしても躊躇ってしまう。

「王が躊躇ってしまう理由も分かっている。だが、ここでその子を喪ってしまってもいいのか?未来(さき)の事ばかりに気を取られ、今助かる運命を捨ててしまっていいのか?」

 ラースの問い掛けにミラは顔を顰める。

 今すぐにでもあの空間に行って治療しなければ稟は助からない。だが、あの空間に行ってしまえば稟の未来は……

 しかし、決断しなければそれ以前の問題。

 稟の未来を考えて苦悩した結果、ミラは決断した。

「……分かったわ。あの空間を使う」

 ミラの言葉にラースは頷き、

「ならば、そこの小娘も連れて行け」

 レイナーレに視線を向けてそう言った。

 急に視線を向けられたレイナーレは、そこで何故自分の名前が出てくるのか分からずに戸惑い、ミラは訝しげな視線をラースに向ける。

「何故あの小娘を?」

「無意識だろうが、その小娘がその子に力を送っていた為にその子は辛うじて生きている。我等と同じく、堕天使の力は人間にとって劇物も同然だが、どういった原理でか小娘の力がその子を生かす為に働いている」

 そう言ってレイナーレを見るラース。

 ラースの視線を追ったレイナーレは、ミラが抱いて立った後も自分が稟の手に触れていた事に今更気付いたようでハッとした表情をしている。

 そんなレイナーレをジト眼で見つめ、ミラはラースに問い掛ける。

「あの小娘に他者を癒す力なんてない。まさか、アザゼルが言っていた神器とやらの力?」

「さて、そこまでは我には分からん。その小娘に神器とやらが宿っているかどうかもな。だが、その小娘のおかげでその子の命が保たれている事は事実」

 ミラは少し逡巡した後、諦めたかのように息を吐き。

「仕方ない、か。小娘、貴様も来なさい」

 軽く床をトントンと足で鳴らす。

 するとミラの背後が揺らめき、数瞬の間を置いて、空想の物語で見られるような異次元へと続く扉らしきモノが現れていた。

「ラース、貴女達は」

「我等には此処でやる事がある。貴女とその小娘だけで行け」

 ミラは少しの間ラースを見た後、肩を竦めて彼女に背を向ける。そして現れた扉らしきモノへ片足を入れ、

「…………すまなかったわね」

 小声でそう言ってその姿を消す。

 置いて行かれたレイナーレはどうすればいいのか悩んでいたが、やがて意を決した表情をしてミラの後に続いて扉らしきモノを潜り、ミラと同じようにその姿を消す。

 それを見届けたラースは溜息を吐きながらクシャルダオラ達に振り返り、

「お前達もご苦労だった。結界に囚われてみすみすあの子を害されてしまった事はあの方の眷属として見過ごせない事だが、今回ばかりは仕方あるまい。我とて結界の事は予測していなかったし、我とボレアスが初めから出ていればこのような事態にはならなかったかもしれなかった」

 そう言って肩を竦める。

 それにクシャルダオラ達はバツの悪そうな顔をして、

「すまない、ラース殿。私達がもっとしっかりしていれば小さき主殿は……」

 代表してアマツマガツチが謝罪の言葉を口にする。

「過ぎた事を今更悔やんでもどうしようもあるまい。悔やむ暇があれば、次に同じ失敗をしないようにしろ。それよりも今はあの子の中に戻って休め。結界の影響がまだ残っているのだろう?」

「……本当に、すまない」

 悔しそうにそう呟いた後、クシャルダオラ達は己を構成する要素を解除してその姿を消す。

 これ以上顕現していては、稟に負担をかけさせてしまう事を理解しているからだ。普段ならば顕現していても問題はないが、稟のあの状態では彼の肉体に、精神に大きな負荷をかけてしまう。

 クシャルダオラ達が消えた後、微かに漂う光の粒子が漂っていたが、その粒子もすぐに消え去ってしまう。

 それを見届けたラースは、

「さて、我等は残りの掃除をするぞ。ボレアス」

 男―ボレアスに視線を向ける事なくそう言った。

 それにボレアスは首を傾げる。彼女の言葉の意味が解らなかったからだ。

 だが、その言葉の答えはすぐに現れる事になる。

 

 

 

 

――gi,gigigig,ggggggigggiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!

 

 

 

 

 不快な音が響き渡ると同時。

 天井が崩れ落ちて砂煙が巻き起こる。

 咄嗟に顔を庇うボレアス。隣で平然としているラースを見た後に、砂煙が巻き起こっている場所に眼をやれば。

 其処には、異形の怪物がいた。ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ、神話で語り継がれるキマイラと呼ばれる怪物が、複数も。そのキマイラの群れに唖然とするボレアスだが、ラースは機嫌悪そうに鼻を鳴らす。

「これは、一体……?」

「ふん。あの堕天使(ムシケラ)か、その上の屑共が研究でもしていたのだろうよ。不愉快だ」

 そう吐き捨て、ラースはその手に紅黒い大剣を顕現させるとキマイラの群れに無雑作に歩いていく。

 それに気付いたキマイラの数匹が彼女に襲い掛かるが、彼女は臆する事なく大剣を振るう。ただ、それだけの動作で。彼女に襲い掛かろうとしていた数匹のキマイラは頭と胴体を両断された。

 返り血を浴び、その身体を血に染めるラース。扇情的なその姿と合わさり、危険で妖しい色香を放っている。彼女は獰猛な笑みを浮かべ、

「あの子の血に惹かれてきたであろう罪人達よ。貴様等のような醜悪な存在があの子の血に惹かれるなどあってはならぬ事。断罪してやろう」

 キマイラの群れに向かって走り出す。

 勝手に進んでいく事態に呑まれていたボレアスだが、このままラースを放置するのはマズイと考えて彼女に加勢しにキマイラの群れに向かう。

 別にラース身の安全を心配している訳ではない。彼女の力量を以ってすれば、キマイラの群れ如き物の数ではなく、瞬時に殲滅する事が可能。

 ならば、何がマズいのか。それは、彼女の気性だ。彼女の気性は荒く、攻撃的である。このまま彼女を放置すれば、彼女は思いのままに暴れて、この廃墟はより無残な残骸の塊に成り果ててしまうだろう。

 それで困る事など別にないのだが、流石にそんな状態でミラの帰還を迎える訳にはいかない。瓦礫の山で王を出迎えるなど、ミラに仕える存在として許される事ではない。誇り高き龍がそのような粗相はしてはならない。その事態を防ぐ為には、ラースの機嫌を損ねないようにしつつ、彼女を抑える必要があるのだが……。中々厳しい課題に、ボレアスは辟易するのだった。

 

 

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