ハイスクールD×D―龍帝に見初められし少年   作:nica

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未だに原作に突入する兆しがみえない……(汗)
いつになったら原作に入れるのだろうか……
こ、こんな亀更新ではありますが、長い目で見守っていただければ幸いです、なんて……(汗)






さて、いつ稟くん以外のSHUFFLE!キャラをちゃんと出そうか。


第8話:『土見稟』

 此処は、ミラ達ドラゴンが造り出した空間。

 其処は、現世とは異なる時の流れし場所。現世から乖離した、特殊な空間。

「此処は……?」

 その空間へ足を踏み入れたレイナーレは、薄暗く冷たい空気が流れるこの場所に戸惑いと薄気味悪さを覚えた。

「……此処は我等龍が造りし特殊な空間。此処での一日は現実空間での一秒となる、時の流れが異なりし空間だ」

 レイナーレの呟きに答えつつ、ミラは稟の服を脱がせていく。

 彼の身体には無数の傷痕があり、彼の年からは想像もつかない程夥しい数だった。その数から年相応の暮らしが出来ていなかった事を匂わさせるが、それ以上に無残な傷痕が彼の腹部に残っている。あの堕天使の槍に貫かれた、惨い傷跡が。

 その傷痕を目の当たりにしたレイナーレは思わず眼を逸らしたくなる。あの傷痕が、赤の他人である彼女を助けるべくして生まれたのだ。それを見て、レイナーレは言葉を失ってしまう。

 そんなレイナーレを気にする事なく、ミラは稟の腹部に手を翳して意識を集中する。彼女達ドラゴンの力を送り治癒力を活性化させなければ、いかにこの空間に来たとしても意味がなくなってしまう。

 しかし、力を送っても結果は芳しくない。効果が全くない訳ではないが、彼女達の力だけでは稟を完全に癒すには足りないようだ。彼を助けるには、彼女達ドラゴン以外の存在の力も不可欠……

「……ちっ」

 自分達だけでは稟を救えない事に苛立ち、ミラは舌打ちしてしまう。

 この空間に来る前にラースが言っていたが、やはりレイナーレの力を必要としなければならないようだ。正直ミラとしては、稟を見下すレイナーレに力など借りたくはないが、この場は妥協せざるをえない。

 全ての龍の祖として、『祖なるものとして』、『白き王』として、レイナーレに借りなんて作りたくないが、ちっぽけな自尊心(プライド)の為に稟を喪ってしまうのならば、そんなものは捨ててしまえばいい。

「………………小娘。いや、レイナーレ。アンタも力を貸して頂戴。不本意だけど、稟を救うには、貴女の力が必要なの。だから、どうかお願い」

 そう言って、ミラは悔しそうに顔を歪めながらレイナーレに対して頭を下げる。

 レイナーレの事を散々小娘呼ばわりし、殺気を叩きつけておきながら、己の力が足りなければ、見下していた他者へ助力を乞う。何と浅ましく、自分勝手であろうか。ミラがレイナーレの立場であれば、そんな相手に是と首を縦に振る事はしないだろう。そんな事は自覚している。

 だが、稟を助ける為ならば。

 彼が生きていてくれるならば。

 恥も外聞も捨て去ろう。巫山戯るなと、自分勝手すぎると罵られても構わない。どんな罵詈雑言を浴びせられようとも、構わない。

 そんな事で、稟が助かるならば。

 己の身など、安いものだ。

 ミラは、そんな思いを胸中に秘めて頭を下げる。

 ミラの想いを察していないレイナーレだが、彼女が自身に頭を下げているという事実に驚愕しているレイナーレ。あの自尊心の塊である龍が、散々貶していた相手に頭を下げているという事実に。それ程までに、彼女にとって目の前の人間(りん)は大切な存在なのだろう。

 それは何となく理解できた。理解できたが、素直に首を縦に振る事は出来ない。

「……ふ、ふん。なんで私がアンタに力を貸さなくちゃいけないのよ。私は人間が嫌いなのよ」

 故に、そんな言葉を吐いてしまうが。

「……無意識とは言え、稟に力を注いで命を繋ぎ止めていた奴の言葉ではないわね」

「……ぅ」

 そう言われてしまえばレイナーレに反論は出来ない。いや、色々と反論する口実はあるのだが、何故か反論する言葉も気力も起きない。

 それはきっと、口ではどうこう言っていっておきながら、無意識に稟を助けていたから。人間が嫌いな筈なのに、心の奥底では稟に生きていてほしいと願ってしまっていたから。

 どうしてそう願ってしまったのか。それはレイナーレ自身解っていない。解っていないからこそ。

「……はぁ、分かったわよ。その人間を助ける為に、力を貸してあげる。で。私はどうすればいいのかしら?」

 それを知る為に、ミラに手を貸す事にした。ミラには色々と言ってやりたい事があるのだが、それはこの際置いておこう。

「……ありがとう」

 協力してくれると言ったレイナーレに、ミラは小さく礼を言う。その言葉は小さすぎてレイナーレには届かず、

「……?何か言ったかしら?」

「……いえ、何も」

 聞き返されるが、稟と眷属以外に素直になれないミラは、ぶっきらぼうにそう返す。

 レイナーレはその返しに渋面を作るが、ミラが素直に答える気がないと分かったのか諦めたように溜息を吐く。

 そんなレイナーレに内心で謝罪の言葉を投げかけ、ミラは表情を引き締める。

「さて、レイナーレ。貴女にやってもらう事は至極単純よ。ラースが言っていたように、稟に力を送り続けて頂戴」

「でもあれは、無意識下での行動よ?改めて意識してやろうとすると、正直言って上手く出来るとは限らないわよ?」

「大丈夫よ。貴女は稟を助けたいと願っている。その想いを込めながら力を振るえば、『力』はきっと応えてくれる」

「……よく解らないけど、アンタがそれでいいと言うならやってみるわ」

「……お願いね、レイナーレ」

 ミラから発せられたお願いという言葉。それに驚きつつも、自身のやるべき事に意識を集中し、横にさせられている稟へと視線を向けるレイナーレ。

 十代の子供の身体とは思えない程に存在する無数の傷痕。そして、レイナーレを助ける為に作られた、槍に穿たれた傷痕。眼を背けたくなる惨状だが、レイナーレはその身体から視線を逸らさなかった。

(アンタは、どうして私を)

 彼女の脳裏に浮かぶ、稟の声なき言葉。

 その言葉の真意が知りたくて。

 自分が彼を助けた理由が知りたくて。

 レイナーレは願う。

 レイナーレは力を振るう。

 今まで見下していた筈の人間を助ける為に、彼女は願う。

(生きなさい。勝手に私を助けておいて、何も言わずに死ぬなんて許さないんだから)

 自身が何故そんな事を考えるのか理解出来なくて。

 胸が締め付けられるような感覚が気持ち悪くて。

 彼女は願う。

(アンタが死ぬには、早すぎるでしょう!)

 瞬間。

 彼女の翳している手が。

 彼女の身体が。

 淡い輝きを放ち始める。その輝きは徐々に強まり、ミラ達が造り出した空間を埋め尽くす。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は夢を見ていた。

 そう、夢を見ているのだ。

 その笑顔(ユメ)()る為に自身の身を捧げ、今ままで歩いて来た。

どれ程罵詈雑言を浴びせられようとも。

 人殺しと罵られようとも。

 理不尽な暴力に襲われようとも。

 ただただ、その笑顔の為に今まで耐えてきた。泣き叫びたくなるのを必死に耐え忍び、いつか、見られると願いながら。

 しかし、ついぞ叶わなかった、そんな願い(ゆめ)を……

 己のちっぽけな願いの為に周囲の人達を傷付け続けてきた彼を嘲笑うかのように、願って止まなかった日常(ゆめ)を見せられている……

 そんな、望んでいた未来(にちじょう)が、彼の眼前に広がっている。

 

 

 

 

『稟くん』

 守りたくて、その実傷付けてしまっていた少女が、成長した姿で。

 布団に包まって眠っている、同じく成長した(じぶん)に声をかけてきている。

『稟くん、もう朝ですよ』

 あれからより可愛らしく、より美人に成長した幼馴染の少女(たいせつなひと)が、憎しみに囚われた瞳ではなく、優しい瞳で、優しい声で語り掛けてくる。

『稟くん』

『ん~……』

 彼女の優しい声に、今まで眠っていた稟は眼を開く。

 少女はそれに、とびっきりの笑顔で迎える。

『稟くん、はおようございます。もう少し起きてくれるのが遅かったら、思いっきりめくっちゃうところでした』

『……めくってもいいから、あと少し寝させてくれ』

 彼女の、楓の優しい言葉に稟はそう返し、再び夢の世界に戻らんとしようとする。

 そんな稟の行動に、楓はクスリと笑みを浮かべ、

『寝かせてあげてもいいですけれど、そうすると朝ご飯を食べる時間がなくなっちゃいますよ?今日のお味噌汁は、稟くんの大好きななめこ汁なんですけど』

 成長した稟にとって魔性の言葉を放つ。

『……む~……それはなんとも魅力的な』

 睡魔と食欲の狭間で揺れ動く稟を微笑ましげに見つめながら、楓は幸せそうな笑顔を浮かべている。

 そこから程なくして稟が起きると、楓は部屋を出て行き稟はどこかの学園の制服に着替え始める。稟の着替えが終わり彼が一階に降りると、二人は朝食を摂って通っているであろう学園へと向かって行った。

 通学途中も、彼等が通っているであろう学園に着いてそれぞれの日常を過ごしている間も、楓は、彼が見たかった、望んでいた笑顔を稟に向けていた。

 彼が知らない、この学園で出来たのだろう友人達に囲まれながら、稟も楓も、笑顔で、何の蟠りも見せずに過ごしていた。

 

 

 

 

 

――ザザッ

 

 

 

 

 

 ノイズが鳴ったと思ったら、場面が変わる。

 それは、どこかの海だった。

 もう、シーズンオフなのだろう。

 その海には、成長した稟と、同じく成長した大切な幼馴染二人(さくらとかえで)の三人しかいなかった。

 楓と桜が先を、その少し後ろを稟が歩いている。

『……楓ちゃんは、海ってどう思う?』

『好きですよ。……見ていると、心が落ち着く感じがしますし』

 ふとした桜からの問い掛けに、楓は少し考える素振りを見せてからそう返す。

 稟は波の音に耳を傾けながら、黙って二人の後に続く。

『私は……約束をする場所だと思ってる』

『約束、ですか?』

 桜の言葉に稟が顔を上げると、彼女は稟をじっと見ていた。

 そんな桜に稟が何かを言うが、その言葉は何故か、『稟』には聞こえなかった。だが、桜には聞こえていたらしく、彼女は頷く。

 それを見ていた楓は、

『私はあの時、稟くんと一緒にいたいと言いました』

 小さく、それでいてよく通る声でそう言った。桜はそれに微笑み、稟と楓の前に立ち止まる。

『だから、今度は三人で一緒に約束したいです。私達は絶対に離れない。例え、何があろうとも必ず』

 その言葉は、どんな想いで紡がれたのだろうか。

 あの事故が起きるまで、いつも一緒にいた三人。それが当たり前であるかのように、必ずと言っていい程三人は共に過ごしていた。

 勿論、それぞれの交友関係もあったから毎日ずっと一緒にいるという事は出来なかったが、それでも可能な限りは三人で一緒に過ごしていた。三人で過ごし続け、そんな日々が、ずっと続くと信じて疑わなかった。

 しかし、そんな想いも虚しく砕け散り。

 実際の彼等は、かつての関係に戻る事は叶わず…… 

 『稟』は、ありえたかもしれない未来の光景を寂しげに見つめる。

 望んでいた未来を、儚げに見つめる。

 そしてまた、場面が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に見たのは、真っ暗な空間。

 其処には自分以外の姿がなく、自分以外の気配さえもない。

 先程まで見ていた夢とは違いすぎる光景に、稟は首を傾げる。これもまた夢なのだろうかと考えると、彼の脳裏に様々な光景が浮かび上がる。

 それは、桜と楓と共に過ごしている光景だったり。

 何処かで見た事がある気がする、青い長髪の耳が長いお淑やかな少女と過ごしている光景だったり。

 赤い髪の、元気で愛らしい少女と一緒に笑い合っている光景だったり。

 緑色の髪の、元気という言葉が似合う先輩らしき少女と、何処かの公園でご飯を食べている光景だったり。

 仲の良さげな金髪の姉妹と思しき少女達と、出掛けている光景だったり。

 銀髪ツインテールの、年下らしき少女に満面の笑顔で抱き着かれている光景だったり。

 オッドアイが特徴の少女と、楽しげに話している光景だったり。

 紫色の髪をした女の子と、どこかのゲームセンターで楽しげに遊んでいる光景だったり。

 彼が会った事もない少女達と共にいる光景を見ていた。

「これは夢なんかじゃない。お前が見ているのは、俺が歩んできた道。俺と同じように楓と和解したら、あったであろう未来さ」

 稟が呆然としていると、彼の後ろからそんな声が聞こえてきた。その声に彼が振り向けば、其処にいたのは。

「お前は……」

「俺はお前さ。『土見稟』。いくつもの選択から生まれるであろう、あったかもしれないお前の可能性の一つ。芙蓉楓と和解した『土見稟』だ」

 今の稟よりも成長したであろう『稟』がいた。

 その『稟』の言葉に、稟は暫し黙し。

「そう、か。お前は『土見稟(オレ)』なんだな。楓と和解できた、『土見稟』なんだな」

「……あぁ。俺は土見稟(おまえ)だ。あったかもしれない、土見稟の一つの可能性さ」

 互いに見つめ合う土見稟。

 成長した『稟』の言葉を呑み込んだ稟は、どこかほっとしたような、悲しそうな瞳で『稟』に問い掛ける。

「いつ、否、どうして嘘がばれたんだ?」

「……元々楓が気付きかけていたというのもある。あいつは頭がいいからな。ずっと通せるほどの嘘でもなかったんだ。いずれはばれる拙い嘘。そんな嘘がばれたのは、俺とおじさんが話していたのを聞かれていたからなんだ」

「…………」

「おじさんと話している最中、楓がリビングに入ってきた。手遅れではあったんだが、俺は嘘を貫き続ける必要があった。その場を誤魔化すようにリビングから出ようとしたんだが、おじさんに遮られてな。おじさんがあの日の真相を楓に明かしたんだ。それを止めようとしたんだが……はははは、あんなに声を荒げたおじさんを見たのは初めてだったよ」

 あれには困ったもんだと、苦笑混じりにそう言う『稟』。だが、口では困ったと言っていても、内心でそれで良かったと思っているのが解る。『稟』の顔を見れば、先程まで見ていた『土見稟』の顔を思い浮かべれば解る。

「……それで?」

「……予想はついてるだろうけど、真相を聞いた楓は逃げ出した。俺は慌てて彼女を追いかけた。楓を失いたくなかったし、今度こそ楓を救ってくれとおじさんに頼まれたからな」

 予想通りの楓と『稟』の行動。

 そう。楓は頭はいいが心は強くない。唯一拠り所にしていた嘘が偽りの物であると知れば、彼女は……

 そして、そんな彼女を放っておける(じぶん)でもない。楓が稟の吐いた嘘を拠り所にしていたように、稟もまた、楓を己の拠り所にしていたのだから。

「楓が向かった先は、あの公園だった。あの日楓が土見稟(オレ)を拒絶した、『土見稟(オレ)』と土見稟(おまえ)の運命を別けたあの公園だった」

 一体何が、二人の運命を別けたのか。

 楓に拒絶されたのは同じなのに、どこで差が生じたのか。

「謝られたよ。こっちが申し訳なく思う程」

 その光景が容易に想像できる。優しい彼女なら、そうなるだろうと。

「そこからは、俺に尽くしてくれるようになった。正直、そこまでする必要はないと言ったんだが、涙目で私の生き甲斐を奪わないで下さいと言われたら、折れるしかなかった」

 それもまた、何となく想像できる。稟は苦笑してしまう。

「それから、再び楓と笑い合える日々を送れるようになった。無事に光陽学園も卒業できた。楓と一緒にバーベナ学園って学校に入学して、自由奔放でノリが良すぎる、楽しい友人が出来た。こんな俺に好意を抱いてくれる女の子達も出来た。平凡とは言えないハチャメチャな日々だけど、とても充実した日々を送れるようになった」

 嗚呼、それは何と羨ましい事だろう。

 それは何と喜ばしい事なのだろう。

 無数にある未来の中。稟が犯した愚行は実を結んでいたのだ。それが自分自身に齎された未来ではないのだとしても、彼の嘘には、確かに意味があったのだ。彼が己を犠牲にしてきた道は、確かに未来(きぼう)があったのだ。

「良かった。俺の行動は、実を結んだんだな」

 ポツリと紡がれた稟の言葉。

 その言葉には、どんな感情が含まれていたのだろうか。色々な感情が混ざりすぎて、良く分からない。

 どこか泣きそうな、しかし涙を流していない稟の表情に、『稟』は複雑そうに顔を歪める。

 確かに、稟が嘘を吐いて来た道には未来があった。だがそれは、『稟』の道での話であって彼の話ではない。現に、彼は楓と和解していないのだから。

 だけど、彼の気持ちも『稟』には分かる。『稟』は彼で、彼は『稟』なのだから。

「ところで、お前はこれからどうするんだ?」

「どう、って?」

「いや、恐らくだが、お前の世界の楓も真相に気付いている時期なんじゃないのか?その時にお前がいなかったら……。楓を守る為に、嘘を貫き通してきただろ?」

 『稟』からの言葉に、稟は儚い笑顔を浮かべて何も返さなかった。

 その笑顔はあまりにも脆く、すぐにでも壊れそうな印象を見る者に与えてしまう、どこか全てを諦めてしまったかのような者が浮かべる笑顔に見えて。

「………………俺は」

 稟は、静かに口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、私は」

 ミラ達が造り出した空間を光が埋め尽くした後、その輝きに眼を閉じていたレイナーレはゆっくりと眼を開く。そして周囲を見渡すと、辺り一面真っ暗闇だった。

「此処は一体?…………って、何で私裸なのよ!?」

 周囲の状況が分からず戸惑っていたレイナーレだが、負と自身を見た時に自分が服を着ていない事に気付き、顔を赤くして思わず叫んでいた。もし今の自分の姿を稟に見られたら、恥ずかしすぎて彼の顔を直視できなくなっていた事だろう。何故そう思ってしまったのかは自分自身気付いていないが。

 何かから隠すように自身の身体を抱き締めるレイナーレだが、それで豊満な身体付を隠せる筈もなく。寧ろ大きい胸がより強調されるような形になっているのだが、テンパっている彼女はその事に気付いていない。

「……って、そう言えばあの女は?」

 そこでレイナーレは、自分の傍にいた筈のミラがいない事に漸く気付いた。

「……何処に行ったのよ」

「……私ならここにいる」

 呆れたように呟いたレイナーレの言葉に、背後から声が聞こえて驚くレイナーレ。

 慌てて振り返ると、そこにはミラがいた。自分と同じように、一糸纏わぬ姿で堂々と。その背に、美しく輝く純白の翼を顕現させて。

 思わず今の自分の姿も忘れて、マジマジとミラを見つめるレイナーレ。

「……何?」

「……いえ、別に」

 自身を見つめてくるレイナーレに訝しげな視線を向けるミラ。

 レイナーレはそう言うものの、その視線はどこか悔しげにミラの胸に注がれていた。

「……まぁ、いいわ。それよりもこの場所だけど、此処は稟の深層意識よ」

「深層意識?」

「えぇ。本来なら何人たりとも足を踏み入れる事が出来ない領域。自分自身でさえその存在を知らない場所。全ての記憶が眠る中枢部」

 ミラはそう言って、自身の背後に眼をやる。

 そこにはいつの間にあったのか、螺旋を描いている巨大な光の柱が存在していた。その柱は淡い輝きを放ち、柱の周囲には無数の光の玉が纏わりつくように漂っている。

「……どうして、どうやってそんな場所に?」

「貴女の内に宿る『力』が貴女の想いに応え、貴女をこの場所に導いたのよ。肉体(そと)側からではなく、精神(うち)側から稟を癒す為に」

「私の……力?」

「そう。貴女の『力』。ま、詳しい事は私にも分からないけどね」

 レイナーレの疑問の言葉に肩を竦めながら返し、ミラは光の柱の下へと向かって行く。レイナーレは慌てて黒い翼を背中に展開させると、置いて行かれないようにとミラの後に続く。

 レイナーレが付いて来るのを一瞥したミラは、光の柱に視線を向けながら説明の為の言葉を紡ぐ。

「この光の柱は、稟の記憶の集合体。産まれた時から現在(いま)に至るまでの全ての記憶がこの光の柱。人が処理しきれない、膨大な記憶の数々。そして、周囲に漂う光の玉はその記憶の欠片達。人が覚えていられる情報の範囲に留められた記憶の断片」

 そう言うとミラは、自身の傍に漂ってきた光の玉を優しく掴み取ってレイナーレへと手渡す。いきなり光の玉を手渡され戸惑うレイナーレだが、その光の玉を差し出し続けるミラに渋々折れてその光の玉へそっと手を伸ばす。

 レイナーレの手に渡った光の玉は、彼女の中へと溶け込むかのように消えていき、それと同時にレイナーレの脳裏にある映像が過る。

 それは、稟のかつての記憶。

 大切な少女の命を繋ぐ為に嘘を吐き、自分を恨ませていた記憶。

 大切な少女に生きていてほしいが為に、自身の未来を捨ててしまった記憶。

 大切な少女に笑ってほしいが為に、その少女から、周囲の人達から恨まれる道を選択してしまった記憶。

 理不尽な暴力に晒されても、決して弱音を吐こうとしなかった記憶。

 自分がどれ程傷つこうとも、心に傷を負いそうになる程の苦痛を受けても、耐え忍んできた記憶。

 稟が傷付いてきた、数年間の記憶。

 そして、病室にいる幼い稟の記憶と共に、彼の、かつての想いが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

(お父さんもお母さんもいなくなって、更に楓もいなくなっちゃうなんてやだ。だから、ボクが治すんだ。お医者さんが無理だっていうなら、ボクが治すんだ。ボクが治して、また一緒に笑い合うんだ)

 本当は泣いてしまいたいのに。

 感情のままに身を任せたいのに。

 彼は自分の気持ちに蓋をしていて。

(ここから先は言っちゃいけない。言ってしまったら、きっと取り返しのつかないことになるから。でも……)

 病室のベッドの上。そこに虚ろな瞳で横たわる少女を前にして、幼き日の彼は暫く逡巡した後。意を決した表情をした。

(嫌われるだけなら、楓はいてくれる。でも死んじゃった人は、もうどこにもいなくなっちゃう。会えなくなっちゃう。お父さんにも、お母さんにももう会えない。楓とも、もう話せなくなっちゃう。そんなのはやだ)

 それは、子供らしい感情の発露。

(楓に、生きててほしかった。笑っていてほしかった)

 子供らしい我儘。

 だがその決意は、幼い少年のものともは思えない程のもので。

(嫌われてもいい。怒られてもいい。殴られてもいい。だけど、それでもボクは、楓に生きててほしかったんだ。笑っててほしかったんだ。だって、ボクにはもう、楓しかいなかったから)

 

 

 

「……なによ、これ…………」

 その、あまりの痛々しい記憶に、子供らしからぬ強い想いに、レイナーレは呆然と声を漏らしていた。

「………………それが、稟の歩んできた道よ」

 レイナーレの呟きに答えたミラは、悲しげに瞳を伏せる。

「稟は、あの子は、己を犠牲にして、一人の少女を救おうとした。それが例え、自己満足であろうと自覚していても。自分の我儘であると分かっていても。自分の全てを失うと分かっていても。自分が憎まれ役になって、少女が生きていられるならと、その身を犠牲にして」

 それは、批難される行動だろう。

 自分の自己満足の為に、他人を使うなと罵られる行動だろう。

 浅はかな行動をするなと、怒鳴られる行動だろう。

 だが稟は、それを実行した。理解した上で、実行した。

 ただ、少女に生きていてほしいという、純粋な想いで。

 確かに稟の行いは、批難されるべき所業だろう。もっとよく考えれば、他にいい方法があったのかもしれないのだから。

 しかし、少女を想うその純粋な想いは、批難されるものではないだろう。その想いだけは、純粋なものだのだから。

「確かに、あの子のやってきた事は褒められたものではないわ。でも、あの子の想いは、あの子の願いは…………」

 その願いは、心からのものなのだから。

 人の事を想うその心は、尊ぶべきものなのだから。

 いつしか肩を震わせていたミラを一瞥し、次に光の柱に視線をやり、レイナーレはぼんやりと理解した。稟の記憶。その想いに触れて。稟の、声なき言葉を。

「馬鹿よ、アンタは……」

 その、純粋な想いに。

 魂の形に。

 レイナーレは、無意識に想いを馳せる。

 天使とは、強い魂の輝きに惹かれる存在。例え堕天使であっても、天使は天使。その根本は変わらない。

 故にレイナーレは。

 稟の想いに触れた彼女は、その輝きに惹かれた。

 尊き輝きに、無意識にも惹かれていたのだ。

「…………死なせないから」

 決意を秘めた瞳でそう呟く。

 稟を失いたくないと。

 傷付いた稟を癒すと。

 孤独で寂しがりで、強がりな稟を癒すと。

 その魂の輝きに、寄り添いたいと。

 そう、願いを込めて。

「………………ミラ」

 恐る恐る、ミラの名を発するレイナーレ。

 ミラは黙したままレイナーレの瞳を見据え、そっと右手を差し伸ばす。

「今から、稟の最深部に向かうわ……レイナーレ」

 ミラの言葉に頷き、レイナーレは差し出された手をそっと握り返す。レイナーレが手を握り返したのを確認すると、ミラは翼をはためかせて深層意識の更なる深部へと向かって行く。

 傷付いている稟が眠っているであろう、彼の最深部へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。それがお前の決断なんだな?」

「……あぁ」

「いずれ遠くない未来。ケジメをつけるべき日が訪れるだろうな。後悔だけはするなよ?」

 稟の決意を聞いた『稟』はそう口にするが、稟はそれには答えず、どこか困ったような笑みを浮かべて返す。

 そんな稟に、『稟』は呆れた表情を浮かべ、困った奴だと言わんばかりに溜息を吐く。

 『稟』は彼だから、稟の考えもある程度は理解できる。理解できるのだが、どうしようもない彼に呆れてしまうのは仕方がないのだろう。

「は~、まったく。お前って奴は」

 何を言ったところで稟の意思は変えられないだろう。他ならぬ自分自身の事だ。その事は『稟』自身理解している。いい言い方をすれば意志が強く、悪い言い方をすれば頑固なのだ。『土見稟』という存在は。

 自身が救われたように、稟にも救いがあってほしいと願う『稟』。

「……いいんだよ。今はまだ、な」

 『稟』は苦笑しながらそう言う稟に対して顔を顰め、頭を搔きながら諦めたような表情を浮かべる。我ながらどうしようもない奴だと、改めて痛感して。

「…………ん?」

 そんな時だ。

 稟の身体が、うっすらと光り出したのは。

「どうやら、目覚めの時が近付いてるみたいだな」

 その現象に心当たりがあったらしい『稟』はそう呟いた。

 『稟』に無言の問い掛けを投げる稟。『稟』はそれに頷いて、

「お前を呼んでる人がいるって事だよ。いつまでも寝てるなって」

 その言葉で稟は思い出す。

 自分がどうなってしまっていたのかを。

「そう言えば、俺は……」

「今は何も考えずに大人しく元の場所に戻れ。お前が戻りたいと願えば戻れる」

 稟がその言葉を口にするよりも先に、『稟』が遮る。

 その時の『稟』の表情が険しくて、稟は思わず口を噤んでしまう。

 そして、『稟』を見つめて。

「……分かった。そうする」

「あぁ、そうしろ」

 稟の言葉に、『稟』は肩を竦める。

 稟は彼に感謝しつつ、彼が言ったように願う。自分がいる場所に戻る為に。彼女の、稟を独りにさせないと言ってくれた彼女の傍へ戻る為に。

 稟が願うにつれ、彼の身体の輝きが勢いを増す。

 そして、光が強くなる度に稟の身体は薄れていき。

「お前も、彼女と…………ると、……な……」

 稟の身体がこの空間から消える寸前。

 途切れ途切れの『稟』の言葉が聞こえてきて。

 彼と視線を交わした瞬間。稟の姿は、この空間から完全に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 稟は微睡んでいる。

 ぼんやりとする意識。起きているようで起きていない曖昧な感覚。現状を正確に認識できない稟は、暗闇の中を漂っている。

 この状況は、先の続きなのだろうか。

 稟が微睡む意識の中でそう思うと、ふと声が聞こえてきた。鈴の鳴る様な、美しい声が。

 彼は、この声の主を知っている。傷付き、絶望し、己の生を諦めようとしていた時に、彼に救いの手を差し伸べてくれた少女の声だ。美しい、純白の少女の声だ。

 その声は、何か必死で叫んでいる。

 どこか泣きそうな声で、叫んでいる。

 その声に惹かれるかのように、稟の意識は徐々に引っ張られていく。

 その声に呼ばれて重い瞼を開ければ、そこには。

「…………っ!?稟!起きたのね!?良かった……」

 稟の身体を抱き締め、心配そうな、泣きそうな表情で彼を見つめていたミラがいた。その隣には同じような表情のレイナーレがいて、彼女の後ろには見知らぬ黒づくめの男と―ボレアスと紅い美女―ラースが立っている。

 ボレアスとラースの存在が気になる稟ではあるが、それよりも気になるのはミラとレイナーレの方だ。彼女達は稟が目覚めた事で心から安堵の息を吐いている。それをぼんやりと見つめ、自身がどうなっていたかを思い出す稟。そして、彼女達を心配させていた事を申し訳なく思い、口を開こうとするが、

「何も言わなくていいのよ。今はまだ、休んでいなさい」

 それを察したミラに遮られる。

 ミラは優しく微笑み、稟の頭を愛おしそうに撫でる。その気持ちよさに、ミラの優しさに、稟は眠りの世界へと誘われる。

「………………」

 再び稟の意識が沈む直前。

 彼は口を何とか開いた。しかし、声は音になる事はなく。彼の意識は、沈んだ。

 稟が眠りの世界に落ちた事を確認したミラは、彼を抱き締める力を少し強める。彼を喪わなくてよかったと、もう離さないと言わんばかりに。

 そんなミラを、ボレアスとラースは見守り、レイナーレはどこか羨ましげに見つめる。

 誰も何も喋らない。

 暫く無言の時が流れ続けて。

「……もう、此処にいる必要もなくなったわね。戻りましょうか。アザゼルの下へ」

 稟を抱いて立ちあがったミラの言葉に、三人は頷く。

 一先ずの脅威は去った。真の悪意はまだ潜んでいるであろうが、今は稟が無事だった事を良しとするべきだろう。

これからの事は、戻ってからアザゼルと対策を練らねばならないが。

彼女達は廃墟を後にする。

 




……おや?レイナーレの様子が……
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