【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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オーバーロード最新刊読了

東京→金沢の出張がなければ、最新刊読む時間なかった。出張バンザイ!(ぉ

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20160925

いろいろ改稿
本筋は変わっておりませんが、言い回しや地の文など変更


第2話(改)

八月三日 王都

 

「貴族派が私兵を集めているというのはどういうことだ?!」

 

 朝から王都には雨が降っていた。

 

 数日続いた暑さも、豪雨というほどではないが比較的強い雨で一段落し、家に居る分にはすごしやすい朝であった。

 

 しかし、そんな快適なはずのガゼフの朝は、危急の要件ということで訪れたセバスからの情報で、総てが台無しになってしまった。

 

「はい。直接ではありません。しかし八本指の傭兵、特に腕の立つ六腕に対し招集がかかっています。またある商会経由で冒険者への中期護衛依頼が発行されたり、複数に分かれて募兵されたりしております。逆に反貴族の陣営に属する冒険者には、長期の指名依頼を入れ王都から離れるように仕向けているようです」

「戦士や騎士は?」

「最近、ストロノーフ様が貴族派への対決姿勢を鮮明にしているため、気付かれるのを恐れてか戦士隊への直接の工作は見受けられません。むしろ近衛騎士の取り込み工作や、栄転と言う名の辺境への人事異動が調整されているようです。そして貴族派の騎士も国境警備の任にあるものは、呼び戻されているようです」

「何を考えている!」

 

 ガゼフは呻くように声を絞り出す。国なくして貴族もありえない。しかし国防の兵すら私欲のために使うなど、まさしく反乱ではないかという考えが頭をよぎる。その瞬間、ある男の言葉が思い出された。

 

「ハイドリヒ殿は、コレを予見していたのか」

「ラインハルト様は、アインズ・ウール・ゴウンでも五本の指に入る知恵者。これから先のことも、すでに予想されているかと」

「そうか」

 

 ガゼフは友人であり恩人の姿を思い浮かべた後、まるで蜘蛛の糸をつかむように、与えられた情報を束ね、まだ見ぬ先の予測をはじめた。

 

 貴族派が兵を集める理由は、クーデターか? それとも権力闘争か? どっちにしろ、王国にとって未曾有の危機となる。なにより、そんな隙を帝国が見逃すはずがない。しかし八月というのは、派兵には微妙なタイミングである。作物の収穫時期が近いため、大規模な民兵の動員をするとは考えられない。もっとも帝国ならば規模を絞ることで、いくらでも対応可能である。それこそ、鮮血帝の手腕ならば、このタイミングで都市の一つや二つ攻略することなどわけないだろう。そして、最初に狙われるのはエ・ランテルを含む南部。()しくも先日、法国が偽装した帝国騎士による王国南部襲撃が現実のものとなるのだ。

 

「ここで武力に訴え、問題は解決すると本当に思っているのか」

 

 叫びこそしないが、感情の篭った声を吐き出すガゼフ。平和と忠義を望み、茨の道を行くものの苦悩がにじみ出ていた。

 

 その声に、セバスは思惑を巡らす。もしこれがただの戦闘であれば、どう防衛すべきか、突き崩すべきか助言をすることも可能であった。しかし、事の起こる前の情報戦。後の先をとることはできても、先の先はとれない。なぜなら人間の思考というものを、セバスが理解できていないのだから。この違いが、知恵者と呼ばれる存在と自分との差かとセバスは自らの不甲斐なさを恥じる。

 

 故に凡庸だが、どのような状況でも対応できる汎用性に優れた提案をする。

 

「相手が武力に訴えようとしている事実は変わりません。人間が集まり軍事的行動を起こすまでには、どうしても時間がかかるもの。即断即決で一騎当千の戦力を送り込むようなことはできますまい。しかしどのような対策をとるにも、友軍を増やす必要があるかと」

「どちらにしても武力衝突は避けられないということか」

「はい。たとえ貴族派の一人二人投獄したとしても、流れが止まることはないでしょう。もし一斉に殲滅できたとしても、今度は頭を失った体がどのような暴発をするか」

「たしかにその通りだ」

 

 セバスは、アインズ・ウール・ゴウンの手を使えば、一切合切を暗殺するということさえ可能なことは分かっている。捕まえ洗脳し、都合の良い存在に作り変えることも可能だろう。少なくとも目に見えた敵であれば、セバス一人でも物理的に殲滅は可能なのだから。なによりセバスの今の任務は王国の情報収集と、収集した情報の一部(・・)をガゼフ・ストロノーフに提供すること。ゆえにセバスは無難な対処を提案するにとどまったのだ。

 

「そうだな、やはり私に政治は難しいようだ。戦術・戦略に落とさねば思考も回らぬ」

 

 そういうと、ガゼフは席を立つ。

 

 近くに控えていたメイドが、慌てて上着に手を伸ばそうとする。しかし、セバスは一歩早く流れるように、上着をガゼフに羽織らせる。

 

「王城に行く、セバス殿には悪いが夜にもう一度来てもらえないか? 相談しておきたいことがある。こちらの行動をハイドリヒ殿にも伝えたいからな」

「畏まりました」

 

 

******

 

 

同日 王都

 

 王都において最も影響力がある存在は? と問えば、一般人は王様と答えるだろう。しかし、一定以上の権力を持つものは、回答に言いよどむ。

 

 たしかに表向き一番の権力者は王である。しかし今の王は、何事も独断で決めることができない。故に最も影響力があるというと悩むのだ。貴族派を上げるものもいるだろう。中立の大貴族の名を上げるものもいるだろう。しかし、言葉に乗せないが八本指という回答を持つものは、意外に多い。

 

 八本指

 

 リ・エスティーゼ王国における暗部の大組織。その影響力は、貴族派のみならず王の派閥にまで及ぶ。それこそ、その辺のスラムや花街といったわかりやすいところから、高級嗜好品を取り扱うまっとうな商会。果ては犯罪、密輸などなどあらゆるところに触手を伸ばしている。商会など間接的なものも含めれば、一般人の多くも何らかの形で八本指の影響を受けるほどだ。

 

 今日、その八本指の幹部がある高級宿屋の地下で一同に会していた。しかし、その雰囲気は剣呑なもので、とても同じ組織に属する者達の会合とは思えぬ雰囲気である。今でこそ一つの組織となっているが、元はバラバラの組織が、寄り集まっただけという過去を考えれば当たり前かもしれない。

 

 利害がある程度一致するからこそ、組織の体裁を整えている。

 

 だが今日の剣呑さは、いままでと比較にならないレベルであった。

 

「先日、麻薬の生産地が一つ潰された件について」

「近くで任務中に麻薬に気が付いた冒険者が、正義感に後押しされて通報。戦士長殿が部下を動かし殲滅」

「どうせ、あの男が冒険者に裏を取らせていたのだろう。全くどこから情報を入手してやがるのか」

「貴方のところの裏切りものじゃないの?」

「その裏切り者は、とっくの昔に川の底だよ」

「王を担ぐ連中が、腕利きのスカウトでも大量に雇ったと考えるのが筋だろう」

「私達の耳に全く入らない人材を大量に? それこそありえない」

「だが、今ありえないことが起こっている。若い冒険者は思いの外、正義かぶれが多い。仲間が上げた功績に続けとばかりに、歯向かう連中も増えてきている」

 

 八人の男女は、席に付き屈強の護衛を背後に並べながら、一般人なら眉をしかめる内容を話し続ける。

 

 この者達こそが王国を影から操る存在なのだ。

 

「そんな末端などどうでもいいわ。問題は私達の後援者が何人も失脚しているということ。先日、うちの客も一人やられたわ」

「裏金作りの帳簿と現金を押さえられるなど、どんな間抜けな貴族様だ?」

「それでも、いままで結構な資金を流してくれていたのは事実よ」

 

 張り付くような空気の中、まるで雑談でもするように情報を交換していく。無論、ぼかされている情報ではあるが、それぞれが持つ情報網と誰の発言かで、情報が紐づくようになっている。

 

 むしろその程度できないものは、この場にはいない。居たとすれば、すでに利益を吸い尽くされた生ける屍となっていることだろう。

 

 「六腕の一本が潰えた」

 

 そんな中、見過ごせない情報が入り込んだ。

 

 六腕とは、八本指の傭兵部門における最強の者達の名である。ある意味、最大の暴力装置を有しているからこそ、八本指はその権力を誇示することができた。その暴力装置の代名詞が、一人死んだというのだ。

 

「誰にやられたの?」

「先日、エ・ランテルで認定された三組目のアダマンタイトだ」

「黄金の獣か。冒険者ということは誰かの依頼で動いていたのか?」

「任務中にやられた。襲撃先の大商隊の護衛でたまたまかち合ったようだ」

「運が無い。しかし、遭遇戦で倒されるなど、六腕の実力でありえるのか?」

「ほぼ一撃だったそうだ」

「六腕を一撃。どんなバケモノだ」

 

 六腕の実力は、冒険者でいえばアダマンタイト級。それも対人に特化した存在だ。そんな存在が一撃で殺されたというのだ。普通に考えればありえない。

 

「状況は簡単だ。商隊に襲撃をかけた時、依頼主は一キロほど後方から指揮をしていた。しかし、前線の戦闘が始まった瞬間、黄金の獣が一本の槍を投擲し、護衛対象もろとも串刺しになった」

「一キロ先を……なんらかのスキルかタレントか? 普通じゃありえんぞ」

「だからこそ、アダマンタイト級なのだろう。ヘタすると現存の二チームよりも……」

「ああ、そうだな」

 

 そもそも、この任務も法国の協力者が、一時支援を控えるという言葉と引き換えに提供した情報である。商隊は数年でも最大の規模で、襲撃が成功すれば一・二年分の売上が確保できる規模であった。ゆえに貴族派お抱えの盗賊が六腕という高額の戦力を加えてまで参加したのに、この有様となってしまった。

 

「黄金はたしか、どこの紐付きにもなっていないはずだが? 声をかけたものはいるか?」

「どこも。ただ今日はいった情報では王が声を掛けるようだぞ」

「これ以上、あそこに力を持たせるわけにはいかない。炊きつけるか?」

「なんでも女は駄菓子と言って、そうとう手が速いようだ。やりようはあるだろう」

「どちらにしろ、今は戦力が惜しい。このまま何もせずにいれば、王の派閥が潰しにくるぞ」

 

 そして最初の話に会話は帰結する。

 

 すなわち王国の影と貴族派は、王の派閥から大攻勢を受けているのだ。無論、情報網を王の派閥にまで伸ばしているため、この程度で済んでいるともいえるが、確実に手足を失っている。

 

 さらに支援者の一つである法国も、戦況の悪化を理由に支援が滞ってきている。残る支援者は帝国なのだが、そろそろ内部の膿を出しきったのだろう。王国への侵攻の意思が見え隠れしている状態だ。

 

「その点で、客と我らの利益は一致している。六腕の他のものは?」

「配下も合わせて集結を進めている。遠方にいるものも、三週間で準備も含め完了する」

「時間が掛かりすぎるな」

「しかし客のほうは、もっと時間が掛かるようだが」

 

 戦争は儲かる。しかし、だれもが自分の庭ではしたくはない。故に八本指は見たくもない顔を突き合わせ、対策を練っているのだ。表向きは貴族派の指示で兵をあつめ、裏では自分たちの兵を集める。

 

「私は、時間稼ぎのために黄金を取りにいくから、最悪を考えて一人護衛を回して欲しいのだけど?」

「わかった。一人連れて来ている。そのまま連れて行くとよい」

「ええ、契約交渉はこのあとでお願いね」

「先程、王の派閥が黄金に接触する名目で夜会を開催すると情報が入った」

「じゃあ利用させてもらいましょうか」

 

 男女の会合は続く。

 

 貴族派は国内の問題と思っているようだ。しかし八本指にとっては、すでに近隣諸国とのパワーゲームであり、王国はすでに餌場と設定されたと判断しているのだ。

 

 だからこそ次の体制で、有利な位置を確保するため……

 

 

******

 

 

八月六日 王城 翡翠の間 控室

 

 王城は普段と打って変わり、ざわめきに包まれていた。

 

 王国三番目のアダマンタイト級冒険者 黄金の獣がランポッサ三世に拝謁し、その後歓迎の晩餐会が開催されるというのだ。

 

 黄金の獣は、エ・ランテルでスケリトルドラゴンおよびアンデット2万の撃破からはじまり、王国西部での大商隊を襲った大盗賊カンダタとその一味2000名の討滅。そして万能霊薬の入手成功など、逸話に事欠かない。なにより、目撃者も多くその首などの証拠も多いため、口が悪いものがその実力に疑問符をつければ、ただの僻みと言われるほど国民の間では浸透していた。

 

 短期間にこれだけ浸透しているのは、勧善懲悪という、あまりにもわかりやすい英雄像が国民に受け入れられ、吟遊詩人がこぞって酒場で歌っているからだ。

 

 とはいえ、普通は拝謁など実現しない。そもそも王城に集まる存在は、冒険者というものを下に置くからだ。

 

 だが拝謁が実現し、そして晩餐会まで開催される。この異例づくしが承認された背景には、アダマンタイト級冒険者でありながら、どこの派閥にも所属していないという事情がある。

 

 一般的な冒険者は一定以上の実力をつけると、どこかの有力者が後援(パトロン)につく。これ自体は決して悪いことではない。不安定な冒険者稼業にある程度の安定を約束する。同時に仕事を得る機会ともなるからだ。有名な所では中立派のレエブン侯も元冒険者を子飼いとしており、黄金の姫も貴族でありアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇と友好関係がある。

 

 しかし、まるで暁の明星(あけのみょうじょう)のような、輝かしい功績を短期間に積み上げてしまったため、黄金の獣はどこの権力者ともつながりをつくることがなかったのだ。一部の情報通と呼ばれるものは、アインズ・ウール・ゴウンという組織に所属しているということを知っているが、王国内に存在しない組織なら首輪がついていないも同じ。利益を調整することで交渉も可能と考えており、概ね間違いではない。

 

 つまり今回の拝謁は、ランポッサ三世の派閥工作の一環である。しかし貴族派も、背後の八本指も指を咥えて見ているわけではない。拝謁に口出しはできないが、晩餐会ならば……。そのような思惑の交差した結果なのだ。

 

「ラインハルトさん。お似合いですよ」

「ええ、普段のお姿もですが、モーニングを着たお姿も美しいですね」

「世辞は良い。退屈なら先に戻っても良いのだぞ」

 

 今回の拝謁は黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒと行われる。つまり仲間とはいえ、エンリやアンナは参加できないのだ。ゆえに二人は割り当てられた控室で待っている。とはいえ王城の控室、豪奢な作りにメイドが二人控え、最高級といってもよい茶などが振る舞われている。元辺境の娘にすぎないエンリにとって、落ち着くどころか挙動不審にすらなっている。それでも帰ると言わないあたり、愛する故か根性故か。

 

「いえ、せめて戻ってこられるまでここでお待ちします」

「わかった。遅くならぬようにしよう」

 

 そういうと、タイミングよく現れた案内に促され、拝謁がはじまるのであった。

 

 

******

 

 

 ランポッサ三世との拝謁は、戦士長を含む護衛や高官の見守るなか、つつがなく、むしろ身構えていった者達にとってはあっけなく終わった。ランポッサ三世の口から味方せよなどの言葉もなく、ラインハルトの口からランポッサ三世に忠誠を誓う言葉も無かった。しいて言えば、戦士長と個人的な友好があり、後日、御前試合をという事になったぐらいだろうか。

 

 貴族派も紛れ込ませた耳から情報を聞き出し、ラインハルトがまだ王の派閥に参加していないと判断を下した。ただし、放置すれば、王派であり反貴族派の急先鋒となった戦士長ガゼフ・ストロノーフの陣営に取り込まれると判断したため、晩餐会を含め派閥工作を強めることで一致した。

 

 晩餐会は、立食形式のパーティーであった。煌びやかなシャンデリアに、広いホールに響く宮廷楽士の演奏。ワインなど思い思いのドリンクを手に貴人達が会話を重ねる。

 

 その中ひときわ目立つのは、今回の主賓であるアダマンタイト級冒険者のラインハルト・ハイドリヒであった。厚い胸板、広い肩、ガッシリとした体躯を包む黒いタキシードと対比するような、黄金の長髪と瞳は攻撃的な雰囲気を孕んでいる。しかしその正された姿勢と仕草、そして艶やかな声からは気品が漂い、有象無象の貴族に無い、磨きぬかれた直刀のような印象を人に与えた。

 

 故に、各家や派閥の意向を受けた見目麗しい淑女たちが、ラインハルトを取り囲むも、その中に埋もれることなく、むしろ女性をただの飾り花に貶めていた。

 

「楽しんでおられるかな」

「ああ、楽しんでいるよ。ストロノーフ殿」

 

 そんなラインハルトに声をかけたのは、儀礼用の礼服を着用し腰に騎士剣を下げた今回の仕掛け人ガゼフ・ストロノーフであった。さすがに立場もあるのか、女性たちは一斉にラインハルトから離れ遠巻きに二人を見守っている。

 

「しかし、今回はすまなかったな。まさか二人が、晩餐会まで不参加とはおもっていなかったよ」

「私もドレスを贈ったのだがな。袖を通し喜んでくれたものの、人前に立つのは恥ずかしいと断られたよ」

 

 ラインハルトはワイングラスを掲げ、ガゼフの来訪を歓迎する。

 

「ハイドリヒ殿が用意したドレスがどのようなものか正直興味があるが、またの機会の楽しみとしようか」

「ならば、私的なホームパーティーでも開くことだな。あの者達は、なかなか人目を気にする」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 二人は向かい合うと、グラスを合わせ、ガラスの静かな音色を響かせると一口含む。口に広がるのは貴腐ワイン特有の芳醇な香りと甘み、そして舌の上を転がる僅かな酸味。アルコール度数こそ低いものの品の良い味が、晩餐会の雰囲気とマッチして飲むものを楽しませる。

 

「卿なりの考えで王に私を紹介したのだろう。釣りも含めて悪手ではないが、私は自由に動くゆえ相応の被害がそちらにもいくぞ?」

「分かった上で受けてくれたハイドリヒ殿には頭が下がるばかりだ」

「それにこのような催しでは、無聊を慰める足しにもならぬよ」

「これだけ、見目麗しき女性たちを侍らせて慰めにも足らぬとは、無骨者の私には言えぬセリフだ」

 

 王国戦士長ガゼフは、実力と人柄でその名声を築き上げてきた。しかし、社交界のような華やかな場では、平民出身の一兵士という立ち位置を貫き、王の護衛任務などの理由がなければ近づきさえしなかった。ゆえに浮いた話の一つもなく、むしろ男色の気があるのではないかとさえ言われ、一部のコアな人気を博している。

 

 対して……。

 

 まわりの淑女と談笑するラインハルトは、手近にいた赤毛の淑女の手を取り己が胸に抱き寄せる。突然のことに小さく震える肩を抱き、夕焼けのように赤く上気した頬に顔を寄せ、瞳を見つめながら告げる。

 

「フロイライン。今宵、私の無聊を慰める一夜の楽器となるが良い。私は総てを愛している。ゆえに……」

 

 抱き寄せられた淑女だけでなく、周りの淑女たちも息を飲む。

 

 驚いたというよりも、まるで突然はじまった恋愛劇を見るような、そんな不思議さがそこにあった。

 

「お前も愛しているよ」

 

 ラインハルトの甘い声に誘われて、一時の静寂があたりを包む。

 

 開かれた窓から涼やかな風が運ばれ、赤毛の淑女は、はじめてラインハルトの顔がまるでキスをするほど近くにあることに気がつく。

 

「夜の静けさに負けぬよう、どうか良い音色を聞かせておくれ」

 

 そういうとラインハルトは淑女の肩に置いた手を離し、まるでダンスにでも誘うかのように手を取り、唇を落とす。

 

 もちろんラインハルトは、淑女らの背後にいる者達の目論見を理解している。その上で求めに応えてしまうのは、まさしく役者(アクター)の性なのだろう。

 

 しかし甘い声を向けられた赤毛の淑女は、顔を赤くし、その握られた手を離すことができなくなっている。そして回りの女性たちもその光景を羨ましいと感じると同時に、求めれば同じように愛を囁いてくれるのでは? と考えてしまう。派閥から与えられた使命のことなど、すでに甘美な幻想に埋もれていた。

 

「私にはできぬな」

 

 対して、ガゼフは若干呆れを含んだ声で呟く。ラインハルトのあまりにも自然に女性を口説く姿に、人間でなく色魔(インキュバス)か何かではないか? と軽い疑問さえ浮かんでいた。しかしラインハルト・ハイドリヒはドッペルゲンガーであり、色魔(インキュバス)といえば多様な種族が存在するナザリックにおいても、第九層のバーテンダーぐらいしかいない比較的レアな存在であることを知らない。

 

 そんなやり取りの中、奥の扉が静かに開く。

 

「ランポッサ三世陛下、ラナー王女殿下 おな~り~」

 

 係の者の発声とともに、ランポッサ三世とラナー王女が会場に入り、宮廷楽士達は荘厳な調を奏で始める。晩餐会の本番がここからはじまる。

 

 

******

 

 

 ランポッサ三世が入ると、儀礼に乗っ取り上位者からの挨拶がはじまる。次々と挨拶していく中には、貴族派主幹の一人であるボウロロープ侯爵も含まれている。しかしこのような場では粛々と礼法に則った対応で、王派への反目などおくびにも出しはしない。礼儀礼節があるからこそ、貴族は敬われる。貴族派もそれくらいわかっているからこそ、意見の対立はあれど、礼儀を軽視はしない。

 

 粛々と晩餐会は進行し、ラインハルトの番となった。ラインハルトは、囲まれた淑女の手を躱すように歩き出し、王と王女の前で礼を取る。

 

「楽しんでもらえているかな」

「はい。このような華々しい宴に参加したこともなく、陛下にお声掛けいただき光栄至極に存じます」

 

 ランポッサ三世が声を掛け、ラインハルトが礼を取りながら答える。礼も深すぎず、従属と取られない程度に維持するあたり、見る者達は礼をわきまえたものと見るだろう。しかしラインハルトにとって真の意味で頭を垂れるのは一人しか存在しない。故にこの礼さえも演じているにすぎないのだ。

 

「良い、面を上げよ」

「はっ」

 

 ラインハルトは、ランポッサ三世の許しを得てゆっくりと顔を上げる。その視線の先には王と、そしてラナー王女が映る。

 

 ランポッサ三世は、けして若い王ではない。やせほそった身には過去の栄光を称えず、顔色もどこか悪い。その姿に公務の苛酷さを涙するものもいれば、不甲斐ないと断ずるものもいる。

 

 対してラナーは、美しい金髪と総ての青空を集めても再現できぬ深い輝きを秘めた蒼い瞳。なにより国民への慈悲深さが、過去に主導した施策の数々にあらわれている。ゆえに黄金と称されるに相応しい風貌と実績を積み重ねていた。惜しむらくは王位継承権が低いことだけなのだが、だからこそ大きな政争の道具となっていないとも言える。

 

「ラナーよ。彼に自慢の庭を案内してさしあげなさい」

「はい」

 

 ラナーは、ランポッサ三世の言葉に頷くと、僅かに微笑みを浮かべながら左手を差し出す。ラインハルトがその白魚のような指を取ると、まるでモーゼの奇跡のように人波は別れ、庭園への道ができる。

 

 ともに黄金を冠された存在の歩みは、見るものを感嘆させると同時に、王が愛娘であるラナーを使った派閥工作の一手と映っていた。もっとも、王の派閥におけるラナーの評価と位置付けは微妙の一言である。ラナーは厳密には王の派閥ではない。そして国民というより庶民向けの政策を打ち出すも、多くは政争の中に潰えていることから政治的センスがないと見られている。さらに生まれも怪しい平民を側付きの兵士として取り立てていることもあり、国民に媚びを売る王族と見ているものもいる。

 

 しかし、血は明確な証となる。王族のエスコートに割って入るには、無礼であり、礼節を重んじる貴族派も周りの目があり動くことはできない。まさしく王の妙手であった。

 

 そんな光景を見送るガゼフに対し、一人の男が近づく。王派と貴族派を飛び回る蝙蝠と揶揄される男、レエブン侯である。

 

「ストロノーフ殿、少しよろしいかな?」

「これはレエブン侯。いかが致しましたか?」

 

 王が入室してから、ガゼフは王の近くに侍っている。仮に暗殺者がいたとしても、王に届く前にガゼフの剣閃が迎え撃つだろう。それどころか、武器を抜かせるよりも早く、切り伏せることさえ可能な位置取りであった。

 

 しかし、そのような位置に立つガゼフに話しかけるということは、王にも聞かれるということだ。それがわからぬレエブン侯ではない。すなわち、この話はガゼフに聴かせるように見せた、王の派閥への忠言とガゼフは判断した。

 

「最近、夜の雀が騒がしい。忠義ゆえに捕まえてしまったものがいるのかな」

「忠言感謝する。夜は平穏であればと思っている。しかし、今動かなければ後手になるゆえ」

 

 ガゼフの強い意思を確認したレエブン侯は、用件は終わったとばかりに王に深くお辞儀をした後、静かにその場を辞す。

 

――夜の雀を捕まえる

 

 夜の雀はルールを守って対処すれば問題ないが、対処できなければ不幸を呼ぶという伝承の存在。不用意につかまえてしまえば、捕まえた者は夜目が効かなくなり、闇夜に囚われるという。そこに忠義故という言葉が付くからには、ガゼフ本人が、本来対応できた事象に対し忠義を理由に不用意な手を加え、視野が効かなくなっているというのだろう。さらに、王に聞こえるように言っているということは、王の派閥全体でその傾向があるということだろうか。

 

 しかし、眼前の脅威を見て見ぬ振りなどできないガゼフは、自分が剣を振るうだけで解決した時代はどれほど楽であったかを噛み締めながら、今後の対応に思いを巡らすのだった。

 

 

******

 

 

 王城に庭と呼ばれ得る場所は、いくつもある。

 

 しかし、もっとも美しいものは、歴代の王が愛した薔薇園と言われている。その薔薇園の薔薇は、王自らが選定し、自慢するために晩餐会を開くことができるホールを隣接させたとさえ言われている。そんな薔薇園は、夜の帳の中、柔らかな明かりに照らされている。咲き誇る薔薇は、香りと色艶で見たものの五感を楽しませる。

 

「このように(まみ)えるのは、はじめてだな」

「あら、まるで以前にどこかでお会いしたような口ぶりですね」

「異なことを。冒険者である私が、貴方のような高貴な方とお会いできる機会などありますまい。もしそんな機会があったとすれば、それは夢のひとときだけ。無作法もの故、卿を楽しませる言葉が思い浮かばぬな」

「あら、なら先ほどのように甘い愛を囁いてくださっても、よろしいのですよ」

「卿が真に望むならいくらでも」

 

 ラナーとラインハルト。二人は薔薇園をゆっくりと進む。

 

()この場で言葉を重ねると空虚となる。故にこの出会いに対し美しい鏡を贈るとしよう。その鏡には、卿にとっては、世界で最も美しい光景が映るであろう」

「楽しみですわ。しかし、よろしいのですか? 私にばかり贔屓をして」

「私は総てを愛している。ゆえに愛するものの求めに応じているだけだ」

 

 ラインハルトは、いつもの調子で愛を語る。あまりにも尊大でまるで嘘を言っているようにしか聞こえない言葉。言っている本人は真剣に発するが、人は己の尺度で判断するゆえ、総て(・・)を愛するという言葉を冗談ととらえる。

 

「等しく無価値と断じるくせに」

「卿は総てを一人に注いでいるではないか」

 

 しかし、ラナーだけは違っていた。ラナーはラインハルトの言葉を聞き本心からと理解した上で、結果として総てを平等に無価値と断じていると答えた。

 

 それに対しラインハルトは、この場にこそいないが、クライムという兵士を愛する故、他を総て無価値と断じるラナーの性根というものを理解し答えたのだ。

 

「その意味では私達は分かり合えるとおもうの。どうかしら」

「ああ、理解することも分かり合うことも可能だろう」

 

 愛するという点で言えば真逆の二人だが、他者に対する感覚は同一。この一点で一致しているのだから。

 

「ではこの()が終わる時に会いましょう」

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 こうして二人の短い晩餐会は終了した。

 

 この晩餐会を機に、貴族派と八本指はラインハルトへの工作を展開する。しかし、女性的なものは同じ冒険者チームの女性二人に阻まれ、物理的なものも総て謎の失敗をすることとなる。

 

 ラインハルトの屋敷は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの屋敷の近く、そこを警備する戦士隊のものに捕まった幸運な侵入者は、尋問され投獄された。しかし屋敷に踏み入れたものは、誰一人帰ることは無かった。まさか家主に、貴方の家に侵入したはずの者はどうなった? と聞くわけにもいかず、貴族派や八本指は、手足を少しずつ減らす結果となる。

 

 

 

 

 

 


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