【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第8話

八月十九日 バハルス帝国

 

 ジルクニフは先日王国に出立した先発隊が、ほぼ全滅したという報告を帝都の執務室で受けていた。執務室には軍権における上位者である将軍達や参謀など数名と帝国主席魔法使いフールーダがいるが、ジルクニフとフールーダ以外の表情は一様に暗い。

 

「先発隊はエ・ランテルに到達する前にゴブリンを率いる何者かに夜襲を受けた。その際の攻撃は、魔法のファイア・ボールに酷似した爆発であり、魔法使い十数名以上による包囲殲滅攻撃を受けたということだな」

「はっ。相違ありません」

「これらは、全てメッセージで伝えられたものであり信憑性が低いと」

 

 ジルクニフの確認に対し、将軍は嘘偽り無く回答する。もちろん、結果に対する叱責は覚悟している。しかしここで余計な保身に走り虚偽の報告を上げれば、どこからともなく告発され、自分の首を締める結果となることを理解しているからだ。

 

「情報の裏を取るため、息のかかった商人をエ・ランテルに向かわせました。結果、先発隊はエ・ランテルに到達しておりません。またワーカーによる予定ルートの探索を行った所、途中で戦場跡らしきものと、かなりの数の埋められた死体を発見しました」

「して、今回の襲撃の顛末をどう見る?」

 

 ジルクニフは集められた情報から今回の敵対者を割り出そうと思考を巡らす。結果、ある予測に行き着くも、あえて多角的に見るためにその場にいるものたちに水を向ける。

 

「王国においてゴブリンを兵士化したという情報も、大量の魔法使いを雇用したという話もありません。あれだけの数の騎士を殲滅するほどの魔法使いを動員することができるのは、最近行方がわからない法国の陽光聖典だけかと」

「王国と帝国を分ける大森林には、ゴブリンの部族は多数存在しております。われわれの知らぬ規模のゴブリンの部族も存在するでしょう。しかし食料豊富な時期に、わざわざ武装した騎士の集団に攻撃を仕掛けたという事例もほとんどございません。エ・ランテルの冒険者が徒党を組み迎撃に協力したというほうが、まだ現実味があります」

「否定ばかりだな。しかし私の記憶と同じだ。強いて言えば一月ほど前の新しいアダマンタイト級冒険者の逸話ぐらいか」

 

 王国三番目のアダマンタイト級冒険者”黄金”の逸話。エ・ランテルでズーラーノーンの策謀により発生した二万のアンデットとスケリトルドラゴンを、ゴブリンとトブの大森林を統べる森の賢王を従え撃退。

 

 そして当時滞在していた帝国商人などにより、この話が事実であることは確認されている。

 

 もちろんメッセージというものは偽装することもできる。信用性という点は若干劣ることも理解している。

 

「二百五十におよぶ辺境警備隊に所属する騎士が全滅したということは事実であろう」

 

 ジルクニフは苦い表情を隠そうともせず事実を評価する。どんな原因であったかは偽装できたとしても、エ・ランテルに到着する前に騎士を殲滅したという事実だけは覆らないのだ。

 

「さて、どうする? 攻撃をやめるか?」

 

 いままで沈黙を守っていたジルクニフにとっての師であり主席魔法使いのフールーダが、まるで結論を急がせるように質問をする。むしろ、結論などわかっているのだから、無駄な議論などするなという意味合いのほうが強かろう。

 

 なにしろ現在帝国は三万に上る軍勢を国境付近の要塞に集結させており、そのために物資に人材、金など大量のものが動いている。

 

「いまさら止まれん。すでにこんな文書まで届いているからな」

 

 そういうとジルクニフは机の上に2つの書簡を放り投げる。

 

「一つは、王国からの宣戦布告といつもの文言でカッツェ平原を戦場に指定したもの、そしてもう一つは」

「もう一つは?」

「支援していた王国貴族からのクーデターの詳細だ」

 

 まるでオウム返しのように聞いた言葉の返答は、生半可な書類ではなかった。王国貴族はついに己の首をすげ替えることを決めたのだ。

 

「数日のズレはあるだろうがほぼ同じタイミングでカッツェ平野の攻防と王都におけるクーデターが発生する。これは数年来の好機だ。同時にここで手を引けば……」

 

 王国の内乱は、帝国にとってこれ以上ない好機。そのために支援してきたと言っても過言ではない。しかし、この好機に別の理由で手を引けば、皇帝の威に傷をつけることにほかならない。それほど一方的な状況なのだ。

 

 しかし、ジルクニフは作為的なモノを感じていた。明確な理由があるわけではない。いままでの策謀が実り、順風満帆なはずなのに帝国の選択肢が少しずつ減っていく。そう感じずにはいられないのだ。

 

******

 

八月二十二日 王都

 

 この時期珍しく数日続いた雨が上がり、夏らしい陽気が戻ってきた。じめじめとした不快な暑さから解放されたためか、普段であればその照りつける日差しから逃げるように過ごす者達も、珍しく日の光を浴びている。

 

 そんな昼下がりの冒険者ギルド。

 

 カウンターで受付を担当している女性は、ひどく申し訳無さそうな表情を浮かべながらギルドの実情を回答する。

 

「大変申し訳ございません、ラインハルト様。只今、ラインハルト様にご紹介するに相応しい依頼が……」

「良い。依頼は一日で往復できる範囲のみ。そのように指定しているのはこちらだ。そなたが悩む必要などない」

 

 答えるのは黄金の髪に黄金の瞳を持つ美丈夫。王国三番目のアダマンタイト級冒険者であるラインハルト・ハイドリヒその人である。

 

 ラインハルトは王都に館を構えてから、定期的にギルドに顔を出している。本来彼ほどの高ランクとなると、そんなことさえせずギルドからの連絡があるまで自由に活動するもののほうがおおい。

 

「それに危急というものであれば、その条件を変えるのもやぶさかではないが?」

「いえ、人命などに関わる危急の依頼ではございません。条件に合うものや危急のものが入った際はお屋敷の方にご一報いたしましょうか?」

「いや、また来よう」

「はい。またのお越しをおまちしております」

 

 そう言うと受付嬢は赤く上気した顔を深々と下げるのであった。

 

 実際、アダマンタイト級冒険者としての腕を奮ったのは、王令による貧困街の犯罪組織摘発以降無く。二日に一回程度でギルドに顔を出すが依頼の無い日々。

 

 では、仕事の無いアダマンタイト級冒険者という状況かというと、そんなことはない。請われれば若手の冒険者に稽古をつけ、貧困街に赴き回復の奇跡を施し、教会と協力して郊外に畑をつくり職と食を与える。その行いはまさしく聖者のソレであった。

 

 だが、ひとたび夜となれば「王国において中立的な」と条件はつくものの社交界の晩餐会や舞踏会に参加し、多くの淑女との噂を流す。そうでなくても、チームのメンバーとギルドが運営する酒場にさらりと顔をだし、話題を提供する。

 

 実力。行動。容姿。さらに冒険チームメンバーや住処である館の執事、メイドにいたるまで美男美女が揃っているのだから、王都で話題にのぼらない日は無い。

 

 概ね好意的に受け入れられている理由は、そうなるように情報操作をしているということもあるが、人々の思い描く英雄像に近しいからというのもあるだろう。

 

 今日も街行く人々に見送られ、ラインハルトが向かった先は王城や貴族街に近い六大神を祀る一際大きな教会であった。その大きな門をくぐり抜けると、馬車が数台止められおり御者や護衛の姿も見える。

 

 元来、教会には様々な役割がある。村の小さな教会であれば、教育、倫理、文化の要。大きな都市であれば、さらに神聖魔法などに関連する取引などもある。では、王城や貴族街に近いこの教会の役割とは。

 

「お待ちしておりました」

 

 ラインハルトが神殿の中心部である礼拝堂の扉をくぐると、そこには愛らしい少女が伴もつれずに佇んでいた。

 

「約束は月の終わりと記憶していたのだが? ラナー姫」

「あら、気軽にラナーと呼んで頂いても良いのですよ。世間では私達は恋仲ということになっているようですから」

 

 このように、信仰という仮面を被り、本来では平行線で交わることのない者達が秘密裏に交わる場所となっている。

 

「卿にとっては世間の評価など些事に過ぎぬのでないかな?」

「あら、人間は社会に生きる生物ですよ。たとえ私がどのように思っていようと、切り離すことはできないのではなくて?」

「それは卿ではなく、卿の想い人がと但し書きが付くのではないかね」

 

 そう言うとラインハルトは、礼拝堂内の手近な椅子に座り軽く足を組む。その姿は敬虔な信徒の姿とは程遠いが、何者にも屈さぬ強者の美しさがあった。対するラナーは、蠱惑的な笑みを浮かべながらラインハルトの隣に座る。

 

 荘厳な礼拝堂の一角、信者が頭を垂れる席に並んで座る二人の姿は、美醜の意味では最上級といって良いほど美しい。しかし、場としてはこれほど似合わないものはない。

 

 かたや覇王。全てを破壊してでも貫き通す意志。

 

 かたや甘い表情や仕草、声、容姿で全てを蕩かす大淫婦。普段の王国の華と持て囃される雰囲気など欠片もない。

 

「して、要件はおわったのか?」

「ええ。今日ここにあなたがいらしていただいたということは、私の行動も把握されているという証左」

「迎えは必要か?」

「必要ありませんわ。そちらも忙しいでしょうし、そのほうが程よくなる(・・・・・) でしょうから」

「そうか」

 

 そんな二人が余人では内容を理解することができない会話を繰り返す。互いに相手を監視し、次にどのような行動に移るのかを想定できているから会話が成立しているのだ。

 

「正直言えば、もう一週間は遅いと考えておりました」

「思惑通りに行かぬのも、指し手の妙であろう?」

「はい。帝国と法国の演目につられた王の迂闊な動きのせいで、随分と工程を省略することになってしまいました」

 

 法国で発動された聖戦という演目。その波に乗った帝国の宣戦布告までは想定内であった。しかし王が防衛のためにとはいえ自陣営と中立派を中心に派兵をした。ラナーは、現在王都に残る王の派閥の兵力では王を守ることができないと評価しており、そこまで戦力を放出するとは考えていなかったのだ。それこそ貴族派と調整に時間がかかったとしても、貴族派の一部を出兵させると考えていたのだから。

 

「なにか不都合かね?」

「落とし所が変わってしまいます」

 

 貴族派の暴発は既定路線。たとえ、時期がずれようとその流れはもう変わることはない。だが、この騒動が終わった時、どのような人物がどのような立ち位置で生き残るか。それによって全てが変わってしまう。

 

 暗に、王都に手勢を残さなかった王は生き残れない。生き残ったとしても権勢を取り戻す位置に居ないと言っているのだ。娘として、王女として随分と薄情な評価ととることもできるが、現実を直視しているとも言える。

 

「どのような経緯であれ、結果はかわらぬし約束も違えぬよ」

「結果がかわらないけど、私の時間が減ってしまいますわ」

「その分凛々しく仕事をする姿を見せ付けるのであろう?」

「もちろん!」

 

 最後にラナーがいたずらっぽく微笑む。それに合わせるようにラインハルトは席を立ち、ラナーの手を取りエスコートする。

 

 礼拝堂を出ると、ラナーの騎士たるクライムが白銀の鎧を身にまとい深く礼をしている。もちろんラインハルトやラナーの位置からは、クライムの表情など見えないのだが、羨む感情と心の奥底に抱く嫉妬の感情をラナーは的確に読み取ったのだろう。満面の笑みを浮かべる。

 

「では後ほど」

「ええ。後ほど」 

 

 クライムは、その場で交わされたこの言葉を儀礼的なものでしかないと思っていた。ただ親しい仲の二人が、パーティーで再会を期待して交す言葉と同じとしか考えていなかったのだ。

 

 だが現実は……

 

 

 




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