【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第9話

八月二十二日 夜二十三時 王都

 

 王都は赤く染まっていた。

 

 貴族派率いる私兵四千と王国最大の暗部である八本指率いる五千が一斉に王都の主要な施設、大商会、ギルド、貴族館そして王城に攻め入った。もちろん彼らの主観で味方は省くとされているが、実際はじまった襲撃は多くの者達の想像を超えていた。

 

 二十一時過ぎ、夜に闇に隠れて行われた襲撃は、概ね成功であった。

 

 重要施設とはいえ、夜間に待機している警備の数などたかがしれている。さらに先日国境に向けて主力が動かしている以上、兵士の総量が減っている。そのため王城や一部の貴族の館以外はあっけなく陥落した。数名の警備兵が二桁単位でくる襲撃に対応できるはずもないのだから。

 

 だが、襲撃はそこだけでおわらなかった。貴族や八本指にはクーデター後の利権に目を向ける者が多いが、襲撃する者達にとっては目の前の財貨である。王城や軍施設へ襲撃するような者達は、それこそ精鋭であり忠実に任務をこなしていたが、今回のために集められた者達は、依頼主の指定した財貨に対してこそ手をつけなかったが、他は関係ないとばかりに襲撃と略奪を繰り返し始めたのだ。

 

 さらに襲撃から二時間もすると、混乱はさらに広がり、この騒動を機に財をかすめとろうとする火事場泥棒なども糾合し、王都の至る所で火の手があがり、無関係なものまで略奪される狂乱状態に陥っていた。

 

 そんな中、八本指の指導者の一人であるゼロは、制圧した騎士団の要所の一つから火の手があがる王都を眺めていた。

 

「ゼロ様。制圧と財貨の確保、完了いたしました。騎士の生き残りはいかがいたしましょうか」

「殺せ。まだまだやることがある。手間を増やすな」

「はっ」

 

 部下の報告は、順調に計画が進んでいることを示すものであった。なによりこの二時間たらずで二箇所の騎士拠点を襲撃し、傷一つつけられること無く制圧してのけたのだ。その実力の高さをうかがい知ることができるだろう。

 

 ゼロが窓の外にの視線を向ける。しかし思考の行き先は二つ。残る郊外の騎士拠点と王城。

 

「さて、どっちにいる? ガゼフ・ストロノーフ」

 

 ゼロの目的は、ガゼフ・ストロノーフであった。ガゼフの首には多額の賞金がかけられている。いまでこそ法国からの賞金は取り下げられたが、貴族派や帝国からの賞金はいまだ健在。しかしゼロにとってはガゼフ・ストロノーフの持つ王国最強の称号。それこそがゼロの目的であった。

 

 しばし思考を巡らせると方針が決まったのか、移動を開始する。

 

 途中、この部屋の本来の持ち主であった顔が握りつぶされた騎士を蹴飛ばし道を作る。次の獲物を狩るために、その姿は悠然と餌を追い詰める肉食獣のようであった。

 

「次は王城だ。ちんたら戦っている無能共の獲物を横からかっさらうぞ」

 

******

 

同刻 王城、 ラナーの私室

 

 王城の第一門をすでに突破されたが、第二門でなんとか敵の襲撃を押さえ込んでいた。とはいえ、今回内部からの造反であるため、第二門を死守する騎士たちは内と外の両方から攻撃を受ける事態に陥っていた。

 

 そんな最中、王女であるラナーは私室でドレスの中でも比較的動きやすい服で騎士クライムと冒険者チーム 蒼の薔薇の面々と顔を合わせていた。

 

「あなたが珍しくディナーも含めて準備するから蒼の薔薇の全員と会えないかなんていって強引に言ってくるから、無理して全員に参加してもらったけど、もしかして今日こんなことになるってわかっていたの?」

 

 アダマンタイト級冒険者チーム 蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは、友人のラナーへ胡散臭そうに質問する。

 

 ラナーはちょっと困ったような表情をしながら申し訳なさそうに答える。

 

「そんな話を聞いたから……」

「人の目も耳もあるから、面と向かって言えないのも分かってるつもりだけど、みずくさいじゃない。それに、その情報がただしかったから、夕方なのに戦士隊が普段見ないぐらい詰めていたのでしょうけど」

 

 ラキュースは、だまし討ちのように今回の騒動に巻き込んだ友人に呆れつつも納得してしまう。王族であるから、人の目があるからなどいろいろな理由を付けているが、ラキュースは身内に対して甘いのだ。

 

 対して蒼の薔薇の他のメンツは、ラナーに対して思う所はあるが、それ以上にお人好しのリーダーの思考回路にまたかという面持ちで受け入れていた。なんだかんだで蒼の薔薇のメンバーは皆、リーダーのラキュースのそんなところも含めて認めているのだ。

 

 さて襲撃がはじまって二時間。ラナーの私室もけして安全ではなかった。内通者である王城内部に詰める騎士が数回に渡り押し入り、ラナーを捕らえようとしてきたのだ。

 

 もっとも王城に入る際、武器を預けてしまったとはいえ、アダマンタイト級冒険者の一団の敵ではなかった。さらに、本来武器を持ち込めない王城内にティアとティナのスカウトコンビがこっそり自分の武器を肌身離さず持ち込んだこと、そして危機に気付いた騎士クライムもフル武装で駆けつけたため事無きを得たのだった。

 

「さて、そろそろ二時間。この塔内の反乱分子はなんとかなったとおもうけど、見ての通り外側は厳しそうね」

「反乱側に制圧された場所もある」

「第二の門も内外から波状攻撃を受けてボロボロ。外側から破城槌とか持ち込まれたら、もうひとたまりもない」

 

 ラキュースの言葉に、先程まで偵察をおこなっていたティアとティナが答える。とてもではないが楽観できる要素は何もない。

 

「お父様のところは?」

「反乱分子が一番群がってて、確認しきれなかった」

「ムリ」

「敵が群がっているってことは、少なくとも負けてない」

 

 王の安否が不明という情報にラナーは何かを耐えるように俯く。その姿に友人であるラキュースや騎士であるクライムは心を痛めるが、安易なことが言えずしばしの沈黙が訪れる。

 

 その沈黙を破ったのは、こんな状況でも仮面で顔を隠すマジックキャスターのイビルアイであった。彼女も心得のある幾つかの探査系魔法を使い状況を探っていたようだが、現状維持こそ負け筋と読んだのだろう。鋭い口調で指摘する。

 

「貴族派の連中の狙いは王。王女はついでというレベルだろうが、このまま現状維持はなにも解決しない」

 

 今王城にいる王族は、王と第一王子、そしてラナーのみ。第二王子は帝国からの宣戦布告に対応するため部隊を指揮して遠征中。そして第一王子は、支持基盤から貴族派と考えて良いだろう。ならば、王を亡きものとし第一王子の下で利権再分配。最終的に傀儡政権の誕生という道筋を反乱分子が描いていることは、王城の内情に少しでも触れることができるものであれば、予想できるものだ。

 

 ならば、ラナーの立場は邪魔にしかならない。

 

「今から王と合流し、戦士隊と協力しながら王とラナーを守り、敵首謀者を見つけ出す。うん無理ね」

 

 ラキュースは解決法を口にするも、とてもでないが現実的ではない。なぜなら、ラキュースらはアダマンタイト級という卓越した技量をもっていたとしても、今は装備もない。その上、どこまでいっても人間であるため肉体的・精神的な疲労というものから逃れられない。クーデターに参加した敵を全て相手にできるかと問われれば、否としか回答できないのだ。

 

「上手く立ち回って、戦士隊と協力して脱出ぐらいまでならできるだろうが、後は追っ手と運次第か」

 

 自他共認める肉体派のガガーランの戦力分析。ある意味、これが妥協点であったのだろう。問題点があるとすれば……。

 

「どこに逃げるか」

 

 この一言に行き着くのだ。

 

「装備確保もかねて私の家は……」

「私達が指揮官なら、リーダーの家も冒険者ギルドも等しく標的」

「あたいらの宿屋も、装備回収という点はいいが、守りという点じゃあ無意味だろうな」

「足を確保して、他の都市に」

「それが一番現実的だろうが、王城内の足は真っ先に狙われているだろうな」

 

 ラキュース達が次々と案を検討するも、即決というものはでなかった。もとより情報が不足しているのだ。どの選択をしても博打の要素が残る。

 

「でしたら……ここはいかがでしょう?」

 

 そんなときラナーは簡易地図をとりだし、ある場所を指差す。そこは王城を挟んで貴族街とは反対側。騎士団、特に戦士隊を中心とした詰め所がある郊外の近く。そこにある館であった。

 

「ここに何が有るの? ラナー」

 

 位置的なものはわかったラキュースだが、その建物がなんなのか記憶に無い。もちろんラキュースが王都の全都物件を知っているわけもなく、冒険に関係するもの、有力者の館やギルドの場所ではない。少なくとも自分の記憶に該当する物件が出てこないのだ。

 

 対してクライムは大きく驚きく。

 

「ここは……」

「ええ、ここはクライムもお世話となっているアダマンタイト級冒険者、”黄金”ラインハルト・ハイドリヒ様のお屋敷よ」

 

 ラナーは、現在王都にて貴族派に与しない最大戦力の一つを指定したのだった。

 

******

 

 行動が決まってからの彼らの行動は実に迅速であった。

 

 最低限の品々を選別して持ち出し、ラナーの部屋の扉には施錠する。そして持ち出せないが、見つかると問題になるものは、同じ塔の一室であるクライムの部屋に隠した。そして、ティア、ティナ、イビルアイのスキルや魔法を駆使し、城壁を超える方法で突破してしまったのだ。

 

「ラナー。王族秘密の脱出路なんかつかったほうがよかったんじゃないの?」

 

 脱出と同時にティア、ティナは仲間の装備を確保するために別動向を開始。残りのメンバーはラインハルト邸に向かってひた走る。

 

 とはいってもドレス姿のラナーが走れるわけもなく、クライムが抱えて走っているのはお約束なのだろう。クライムも最初こそ断ったが、非常事態ということで議論の余地もなく決まってしまった。

 

「たぶんお父様が使われるでしょうし、私が知っているものだとお兄様が……」

「ああ、なるほど」

  

 つまり、ラナーが知っているレベルの脱出路は第一王子も知っており、確実に待ち伏せされているというのだ。王しか知らない脱出路もあるだろうが、先程の状況では利用などできるわけがない。

 

 そんな面々が郊外に向けて裏路地をひた走る。

 

 途中、何度か武装した兵や犯罪者風の者達に出会うも、問答無用で気絶させている。誰が敵で、誰が味方かわからない現状では致し方ないとはいえ、たまたま見つけてしまった者達は不運としか言えない。

 

「ラナー様。あまり動かないでいただけますでしょうか」

「ごめんなさいクライム」

「いえ、この身に代えましてもラナー様のことはお守りいたします」

 

 こんな状況ではあるが、ラナーとしてはご満悦であった。愛する騎士の腕に抱かれての逃避行。この時のためにいろいろ策謀をめぐらしたといっても良く、全てが報われたとばかりに、多幸感に包まれていた。とはいえ、あまり表情に出すわけにもいかず、顔を下げているのだが、その仕草がどうにも不安に震える美姫のように見えるのは、普段の行いの成せる技だろう。

 

 とはいえ、王城から数キロ。戦闘や回り道をしたとはいえ、突破を選択した一行は一時間と経たずに目標地点に到達した。

 

 しかし、そこに広がる光景は、異様としか表現できない光景が広がっていた。

 

 多くの兵士や暗部に所属するものが襲撃したのだろう。しかしあるものは手足を折られ、またあるものは体を何かで撃ち抜かれたような風穴を作り、血溜まりに伏している。酷いものは、顔や体の一部が焼け爛れ気絶しているものさえいる。

 

 だが異様さを醸し出すのは、全員が生きており、まるでゴミのように積み上げられていること。そして地に響くようなうめき声を上げる様は、地獄の風景を幻視させるものだった。

 

 そんな光景を前にラナー達は立ち止まると、一人の男が進み出る。

 

 この惨劇を作り上げたはずなのに、何一つ乱れていない黒の執事服に純白の手袋とワイシャツ。服の上からでも分かるほど、鍛え上げられた肉体。積み重ねた歴史を感じさせるロマンスグレーの髪と髭。片手を胸に腰を深く折った礼をしながら紡がれる深く味わいのある声。

 

「お待ちしておりましたラナー王女。ラインハルト様とお客様がお待ちしております」

 

 冒険者ラインハルト・ハイドリヒのことを想定していたが、お客様がという言葉に、一行は疑問符を浮かべる。しかし、ある可能性に行き着いたものは、素早く執事から距離を取る。主であるラナーを抱きかかえるクライムも、距離を取ると同時に腰を落とし、いつでも走り出せる態勢に移行する。

 

 対する執事セバスは静かな笑みを浮かべ、クライムに目をやる。

  

「そうですクライム。主を守るためにはたとえ味方と思っている相手であっても警戒心を忘れてはなりません。とはいえ、今回は違いますよ。むしろあなた方の味方ですから」

 

 セバスの言葉に促されるように、さらに一人の人物が進み出てくる。その姿は、ラナー達がよく知るものであった。

 

「なぜあなたが……」

 

 こんな場所にいるはずのない人物を目の前に、クライムは驚きのあまりに声を出してしまう。

 

「なぜガゼフ様がここにいるのです! あなたは王城で王をお守りしているのではなかったのですか?!」

 

 そこに進み出てきたのは、リ・エスティーゼ王国で最も有名な存在であり、最強と称えられる存在。王を守る最強の剣であり盾。

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフその人であった。 

 

 




1月24日現在、続きを執筆中です。
展開は決まっているので、あとは肉付けなのですが。
どうも陳腐になってしまう。

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