【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第2話

一度目は認識することができなかった。

二度目は呆然とした。

三度目は歓喜した。

五を超える頃には、試行錯誤する余裕が生まれた。

十を超える頃には、超えてはいけない一点を見つけた。

百を超える頃には、回帰する原因を見つけることができた。

千を超える頃には、……。

万を超える頃には、未知を見つけることができなくなった。

 

 

 

 

九月五日 宝物殿

 

 モモンガは久方ぶりに宝物殿へと転移した。

 

 そこにはうず高く積み上げられた財宝や丁寧に陳列されたレアアイテムが、ところ狭しと存在している。それらを眺めているとユグドラシル時代、ギルドメンバーとくぐり抜けた様々な冒険が思い出される。

 

 モモンガはそれらを眺め、一つ一つを思い出と結び付けながらゆっくりと奥の間に進んでいく。

 

 そこには一つの空間が広がっていた。真ん中におかれた豪奢な絨毯の上に応接用のソファーセットが一組。上空からは柔らかい光をたたえたシャンデリア。そして壁一面には、この世界ですべて国宝級以上と評価されるレアなアイテムの数々がディスプレイされていた。

 

 その光景は、ここの所有者、いや所有者達の財、権力、暴力などあらゆる力の象徴といえよう。

 

 そんな部屋に一人の先客がいた。

 

「我が半身か。どうしたのかな」

 

 黄金の髪に黄金の瞳、純白の軍服に方からかけた黒のコート。決して線は細くはなく、その体は鍛え抜かれたそれを感じさせるまさしく軍人の姿。

 

 パンドラズ・アクター。 しかしモモンガが名付けたもう一つの名前は・・・・・・。

 

「ラインハルト・ハイドリヒ」

「我が半身がそのようにフルネームでその名を呼ぶことはめずらしいな」

「そういえばそうだったな」

 

 ラインハルトは、ソファーに座りながらモモンガに話しかける。見ればいくつかのマジックアイテムが机の上に置かれている。どれも、珍しいアイテムである。

 

「メンテナンスか?」

「ああ、最近は外での任務が多く、あまり愛でてやることができなかったからな。まあこれも我が半身より授かった大事な使命だ」

 

 そういうとラインハルトはゆっくりとアイテムを一つ取り上げ、ゆっくりと外見やデータを確認する。そのしぐさはまるで愛するものへのプレゼントを吟味するような、やさしさに満ちたものであった。モモンガはその姿に、一瞬だがここに来た目的を忘れる。ラインハルトのマジックアイテムを愛でるという設定と、その設定を決めた際の仲間たちとのエピソードを思い出したからだ。

 

「ん? 我が半身よ、用事があって、ここへ来たのではないか?」

「ああ、霊廟にな。おまえもついてこい」

 

 モモンガは、ラインハルトについてこいと命じる。ラインハルトも席を立ち、指にはめていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り外し机の上に置くと付き従う。

 

  霊廟

 

 正式名称ではない。宝物殿の最奥へのつながるただただ長い通路。もともとはゴーレムが並び、その奥に保管されたワールドアイテムを守護するための仕掛けでしかなかった場所。

 

 ほとんどのギルドメンバーが引退した時、その姿を残したくなり、守護用ゴーレムをメンバーの姿に似せてカスタマイズしたのがはじまり。一人目、二人目とカスタマイズし、いつしかモモンガ自身も霊廟と呼ぶようになっただけの場所。

 

 モモンガは、ラインハルトを伴って歩みをすすめる。

 

 宝物殿は、シャンデリアの柔らかな光で部屋全体がつつまれていた。

 

 しかしこの霊廟は足元と天井部の一部、そして守護ゴーレム群のみがライトアップされている。芸術的ではるが生活感の無く、歩く分には問題無いが、暗く物悲しい雰囲気を感じずにはいられない場所であった。

 

「ほんの数ヶ月前は、狩場で維持費を稼いでは宝物殿に放り込み、余った時間はここですごす日々。ずいぶんと昔のことのようだ」

 

 モモンガは、ユグドラシル末期の頃のことを思い出しながらつぶやく。

 

「もっとも、あの頃はリアルに追われていて、今のような充足などなかったのだがな」

「我が半身よ。この世界を楽しめているか?」

 

 そんなモモンガにラインハルトは問いかける。

 

「ん? どうした、やぶからぼうに」

 

 モモンガはラインハルトの突然の問いに、なぜと考える。しかし、特に意味のある質問とも思えなかったため、心に思い浮かんだままに答える。

 

「まあ、たしかに楽しめているな。少なくとも見たこともないものが、この世界にはあふれている」

「そうか。あの頃の卿は、繰り返す日常は既知感に溢れ、その身はすでに棺の中。身動きも取れず、すべてに飽いているように見えていたぞ」

「なかなか詩的な表現だ。だが、たしかにあの頃の私は死んでいたも同然と言えただろう」

 

 モモンガはギルドメンバーの姿を模したゴーレムを、一体一体見ながらゆっくりと奥に進む。

 

「まあ、だからこそ未練と感傷の塊のようなこの場を作っていたのだろうな。そして……」

 

 モモンガはゴーレムが置かれていないがらんどうの座の前で立ち止まる。そこに描かれた紋章はモモンガ個人のもの。

 

「いつか、自分がここに並ぶことを望んで(から)の座さえつくったのだからな」

 

 もちろん、モモンガが引退した時、ここに自分のゴーレムを作り安置するものなど誰もいはしなかった。すくなくとも、ユグドラシルにおいては、だれもここに座ることなく、朽ち果てる定めだった座。

 

「だが……」

 

 モモンガは、空白の座にふれながら言葉を紡ぐ。

 

「もし私が死んだとすれば、お前が私の像をここに作ってくれるか?」

 

 モモンガは、特に意識して質問したものではない。ただ、自分が死んだ時、二度とここに来れなくなった時、だれがこの場所にモモンガの像をつくるのだろうか? そう考えたら、結局一人しか浮かばなかったからだ。

 

「それが卿の望ならば、私はその全てをかなえよう」

 

 そしてラインハルトは、さも当然のように答える。

 

「おまえならそういうと思ったよ。アルベドだと泣きながら後を追いますとかいってきそうだからな」

「我が半身が、私との心中を望むなら無論付き合おう。いっそ二人で地獄の版図を塗り替えてやろうではないか」

 

 モモンガが、若干バツが悪そうにアルベドの例を挙げると、ラインハルトはそれも面白いと返す。そのラインハルトの瞳に嘘はない。本心で回答していることがうかがえる。

 

「では」

 

 モモンガは振り返りラインハルトを正面から見据える。

 

「では、俺に戦いを挑むな。このまま、何も言わず最後のスワスチカを開き、静かに生きよ。そう命じたら、お前は従うか?」

「答えは。否だ」

 

 いままでの二人のやり取りを見ていれば、当然のごとくラインハルトは了解の意を告げると、だれもが思うだろう。

 

「我が半身よ。もし真に望んでいるなら、それはどのような事象であろうとかなえるのは道理。我が総軍をもって万難を排し実現しよう」

 

 ラインハルトは右手を左胸元におき、深く。深くお辞儀をする。その姿にはいつものような慇懃無礼を彷彿させる仕草はなく、忠誠心からの礼であった。

 

 その礼を解き、ゆっくり上体をおこしラインハルトはモモンガを正面から見据える。

 

「だが、偽りの言葉には従わぬよ。デミウルゴスあたりであればそれを不敬と断ずるだろうが、それは卿のためにならん。ゆえに否と告げよう」

「なぜ、偽りといえる」

「他ならぬ卿の言葉だからだ。たとえばここに他の守護者や至高の存在がいたとしよう。口調、内容、経験則、それらの積み重ねで、言葉の真偽を予測できるが断定はできぬ。しかし、他ならぬ我が半身の言葉だけは真偽を断定することができる」

 

 まるで恋人の言葉は嘘偽りなく全てを理解できる。まさしく妄想の産物のような言葉だが、モモンガは不思議とその言葉を理解できた。創造主と非創造物(NPC)の縁といえばよいかは分からない。ただ、ラインハルトの言葉に嘘はないことに、モモンガ自身も素直に頷くことが出来るのだ。

 

 だが、同時にモモンガはあることに気がついた。

 

「そうか。私はラインハルト。お前とだけは語り合ったことはなかったな」

 

 モモンガは、この世界に転移して最初の決断はナザリックの皆と対話することであった。しかし、ラインハルトだけは最初からナザリック外の調査に割り当てたため、個別の対話らしい対話はしていなかったのだ。いや、むしろ自らの保身のためにモモンガはラインハルトを未知の世界に放り出し、対話さえも避けたのだ。

 

 表情こそかわりはしないがその事実に気がついたモモンガは、酷く後悔する。あの時は混乱をしていた。ゲームの延長のような感覚でいた。言葉をつなげればつなげるほど、陳腐な言い訳となる。

 

「ちょうど良い。ではこれも機会ということなのだろう。何点か聞きたいことがあったのだ」

「何なりと」

 

 そういうと、ラインハルトは霊廟の柱に背を預け、体のちからを抜く。ただリラックスした立ち姿というのも、モモンガの目からみれば珍しい姿として写った。

 

「戦う理由はなんだ?」

「我が半身がかくあるべしと定めた(設定した) からだ。これでは意地悪な回答か?」

「そうだな。設定の話であれば、お前の設定ぐらい諳んじることができる」

「質問を質問で返すようだが、我が半身は己が限界というものを、試してみたいと思わなかったか? この未知が溢れる新世界で」

「それは……」

 

 戦う理由は設定に書かれているからだ。当たり前の問答に続いた質問は、モモンガにとって、まさしく現在最大の関心事であった。

 

日常(リアル)からの脱却。渇望した非日常。己が自由に振るうことが許された力。新世界の理を知れば知るほど、試してみたい! 探してみたい! 矮小と断じた過去の自分はもう居ない。どこまでも上を目指してみたい。そう感じているのではないか?」

「そうだな」

 

 リアルという雁字搦めの日常と、自由を手に入れた今の自分。事態が進めば進む程広がる世界。

 

「我が半身よ。私は卿の写し身。そしてここまで言えば、私の戦う理由など卿ならば一目瞭然であろう」

「ああ」

 

 モモンガもラインハルトが何を言いたいのか

 

「子が親を超えたいと思うのは当然」

()(モモンガ)を超えたいと思うのは当然」

 

 二人の声が重なる。一般的なセリフ。しかしリアルではそんな当たり前を考える余裕さえない望みであった。

 

 だが、今は違う。

 

 この新世界では当たり前を享受することができる。ゆえにたどり着く願い。

 

「ははっ。そんな単純な理由だったのか」

「ああ、そうだ。単純にして明快。この一点においては私も矮小と言われる人間と同じ感性なのだよ」

「あ~もっといろいろ質問してお前の真意を聞き出そうとしていた私がバカみたいではないか」

「そうかな? 我が半身の関心を買えたと思えば私としては価値のあったことなのだろう」

 

 この結論はモモンガとしては予想していなかった。もっと高尚な理由、あるいは設定の解釈などが出てくるとおもっていた。しかし蓋を開けてみれば至極当たり前の回答にいきついてしまったのだ。

 

 なにより、リアルでは得られそうもなかった子、いや家族からの挑戦。バカバカしいまでの原始的な欲求。

 

 そして、気が付けば自分の中にもある欲求。そのことがどこか可笑しく、そして安堵させるものであった。だからこそ、モモンガは聞きたいとおもっていたことを気兼ねなく聞くこととした。

 

「では回帰をしているのはお前か?」

「その通りだ」

「そして驚いた素振りがないのは、これも既知か」

「気がついたタイミングとしては圧倒的に早い分類だがな」

 

 回帰

 

 原作準拠なら回帰するのは現在の現人神である水銀の蛇。ラインハルトの設定に置き換えるならば、モモンガが回帰するはず。しかし自分には既知感も既視感もない。では今は一週目か?

 

 そこまで考えた時、一人だけ回帰していたとしても何食わぬ顔で行動しそうな存在が目の前にいることに気が付いたのだ。

 

「では、回帰についてある程度教えてくれるか?」

「回帰といっても、以前の記憶を完全に保持しているわけではない。回帰したという事実とある程度強烈な印象、記録の断片は残るが、殆どは過ぎ去って既知と認識する程度だ」

「そしてこの質問も」

「ああ、前にも同じ回答をしたな」

 

 どうやら、回帰といってものは聞く限り万能ではないようだ。

 

「回帰したからといって、我が半身が気に病むことはない。私は存外楽しんでいる。数多の回帰の果てには心踊る卿との闘争があるからな、ただ……」

「ただ?」

「ただ、我が半身の真の渇望を叶えられた回帰は一度もない。その一点のみが口惜しいということかな」

「真の渇望?」

 

 人間の感性であればいつしか破綻し、壊れるであろう永劫回帰も、異形の感性であれば楽しみの一つといえるらしい。

 

 しかし、最後に爆弾のような言葉が投げ込まれる。

 

 そして質問時間は終わったとばかりに、ラインハルトは預けていた背を壁から離す。

 

「最後のスワスチカの建造。近いうちとさせてもらう」

「なぜだ。なぜ急ぐ必要がある!」

「そうだな。その質問の答えは、戦いの中で答えるとしようか」

 

 そう言うと、ラインハルトはモモンガに背を向け歩き出す。モモンガはラインハルトにまだ聞きたいことがあった。例えば回帰するポイントのようなものがあるのか……。しかし、真の渇望という言葉が引っかかり、上手く言葉にできなかった。

 

 真の渇望?

 

 モモンガは霊廟で一人考える。

 

 すくなくとも自分は満たされている筈だ。 

 

「渇望」

 

 言葉に出してみると、思いの外いろんなイメージが浮かび上がる。仕事に追われる日々からの脱却。憧れた魔法に強靭な体。まるで生きているようなNPC達。見たこともない人々。見たこともない世界。そしてもうすぐ復活する仲間たち。

 

 しかし、真の渇望というものが浮かばない。

 

 すくなくとも、思い浮かばなかった

 

 

 

******

 

九月六日 十五時 ナザリック地下大墳墓 第九層執務室

 

 モモンガは、執務室で各種案件の進捗状況の確認を行っているが、あからさまに身が入っていなかった。もちろんアルベドやほかの者たちもその事実に気が付いてはいたが、咎めることなどできるはずもなく、むしろお心を悩ませる原因は何かと必死に探す始末であった。

 

 そんな中、アルベドは日次業務の一つであるNPCの管理業務を行うため、コンソールを立ち上げた時、一瞬目を疑った。

 

 ゆっくりと深呼吸し、再度画面を確認しても、メッセージを飛ばしても、その事実に変わりはなかった。

 

 アルベドは意を決し、モモンガに声をかける。

 

「モモンガ様」

「……」

 

 しかし、当のモモンガは心ここにあらず。先ほどから同じ書類をめくっては閉じてを繰り返していた。

 

「モモンガ様、モモンガ様」

「んっ。ああ、アルベド。どうした?」

 

 アルベドからの何度目かの呼びかけに、気が付いたモモンガは、自分の気が散っていることにはじめて気が付いた。だが、アルベドが次に述べた報告に我が耳を疑った。

 

「パンドラズ・アクターが反旗を翻しました」

「なんだって!」

 

 モモンガの声が響いた時、ズドンとまるで大質量攻撃を受けた時のような、大きな揺れがナザリック全体を襲ったのだった。

 

 




ナザリックで地震?無論演出です

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