【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第7話 終局

 百を超える弓兵は掃射。魔導兵による砲撃。騎兵による突撃。歩兵による攻撃。ラインハルトの物量に対し、モモンガらは徹底した防御で乗り越え、隙を突くように反撃を繰り返す。

 

 一進一退の攻防。

 

 だが、実態は戦闘は膠着していた。

 

 戦いの最中、まるで原石が研磨され宝石の輝きを得るように連携を身につけるアルベドやセバス。しかし、手数と連携という点では一枚も二枚も上手のラインハルトを追い詰めるには至らない。

 

 モモンガの魔法は的確にラインハルトのHPを削っているが、防衛中心のスキル構成であるアルベドと、接近戦中心のスキル構成であるセバスでは、火力が足りず勝負の決定打には程遠い。

 

 もっともこのように緊迫した状況であれば、人間なら焦りからくる判断ミスの一つもありそうなものだ。

 

 しかしモモンガは精神異常無効スキルを持つオーバーロード。ゆえに感情に起因するようなミスなどありえず、冷静に、機械のように、勝利に向けて一手一手を手札を積み上げていく。そして二人の部下は愚直と言うほどに主を信じ、ただひたすら時を待つ。

 

 だからこそ、モモンガはラインハルトの違和感に気が付いた。

 

 ラインハルトがなぜ早期決着に踏み込まないのか?

 

 ラインハルトの爪牙は、ラインハルトが存在しつづける限り真の意味で不死の存在となる。モモンガがスキルで生み出すアンデッドとは違い、MPさえあればいつでも復活でき、1日の復活数に制限がない。くわえてラインハルトとその主であるモモンガは、儀式魔法により共に膨大ともいえるMPを共有している。個人的な趣向を別とすれば、フレンドリファイアを物ともせず、爪牙を巻き込む大魔法や連携攻撃で早期決着をつけることができるのだ。

 

 それこそ全ての手を晒すように。連携のいろはを仕込むように。行動の結果を一つずつ確認するように。考える時間をあたえるように……。

 

 時間を掛ける必要などないのだ。

 

「そういうことか」

 

 モモンガの内心を知ってか知らずか、ラインハルトの攻撃は苛烈さを増していく。

 

「なるほど。なぜ()なのかと考えていたが。ようやく得心がいった」

「では、どんな意図があったのか拝聴しようか」

骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)

  

 モモンガは右手をラインハルトにかざし、呪文を唱える。

 

 無数の骸骨でできた壁が、モモンガとラインハルトの間を阻むように打ち立てられる。視界を遮ってからの行動は、幾つかのパターンに分かれる。攻撃の準備、有利な位置取り、上下左右からの突撃。

 

ーー衝撃波/必中

 

 ラインハルトは迷わずスキルを上乗せし、黄金の槍を全力で投擲する。槍はその破壊力を十全に発揮し、前衛の爪牙もろとも壁を破壊し尽くす。

 

 だが、そこにはセバスとモモンガの姿のみで、アルベドの姿が消えていた。

 

「武技といったこの世界独自技術の脅威。NPC達の情。情報漏洩に内応。その他数多くの事象は、すべては些細なこと」

 

 モモンガは言葉をつづけながら、強化した破裂(エクスプロード)の魔法でラインハルトの左翼の部隊を連鎖爆破で吹き飛ばす。そしてタイミングにあわせるようにセバスもガイキを利用した気弾をラインハルトに放つ。

 

「それはナザリックの敗北」

 

 ラインハルトは微笑を浮かべながら槍を振るい気弾を切り裂く。切り裂かれた気弾は、その場で衝撃波となって周囲に破壊を撒き散らすが、ラインハルトにはそよ風程度にしか届きはしなかった。

 

「私達が現在戦力評価をできていない脅威とするならば竜王か? それともエルフの国か? まだ見ぬ誰かか? 考えたくは無いが身内か? もしくは複数か? まあ、誰であれ良い。重要なことは相手ではない」

 

 ラインハルトの望み。そして「パンドラズ・アクターの正体は、モモンガの自滅因子である。パンドラズ・アクターとモモンガが争うと必ず共倒れとなり、世界は回帰する」という設定に導かれ、必ず行われてきたはずの闘争。それを、なぜナザリック侵攻という形をとったのか。もし戦うことが目的なら、それこそ直接戦えば良いのだ。

 

 故に浮かび上がったのは……

 

「ナザリックの敗北によって()が、(鈴木悟) でいられなくなる……といったところか。そして今であればたとえ敗北したとしても、なんとかなると考えたからか?」

 

 そしてなぜ()なのか。

 

 時間が経過して変わるもの。そう考えた時に真っ先に浮かんだのはモモンガ自身のことであった。

 

「時間経過で失われるもの。強いて言えば人間性の欠如による、今の私という存在の喪失。この存在(オーバーロード)の有り様に次第に引っ張られているのだろう。そして最後の崩壊は、ナザリック敗北により、ユグドラシルいや仲間達との絆の喪失といったところか」

 

 モモンガとセバスは防御から一転し、猛攻に回る。

 

「私の心境の変化のことなど、NPC達に気付かれないように振る舞っていたつもりだったがな」

「私のグラズヘイムには我が半身と同じ存在が四十人もいるのだぞ。比較対象に困らぬ。それに……」

 

 空間を圧する闇の魔法。針の穴を縫うような正確無比なガイキによる遠隔攻撃。ラインハルトは攻撃の流れを変えてきた真意を読み解くために、あえて防御に回る。槍を振るい攻撃を受け流し、防御スキルで相殺する。

 

 その攻防の最中、モモンガは突如ゲートの魔法を唱える。

 

「それに……。他の至高の存在がユグドラシルから足が遠のいた時、一番長い時間を過ごしたのは宝物庫。そして私はずっと卿を見ていたのだから」 

 

 ゲートが開いたのはラインハルトの直上。そして先程まで姿を消していたアルベドがゲートから飛び出し、ハルバートによる重突撃へとつなげたのだ。

 

ーー障壁破壊/貫通

 

「とった!」

 

 上空から振り下ろされるハルバートを、ラインハルトは防御スキルをろくに発動せず左の腕で受ける。腕を切り落とし、加えて左肩からアルベドのハルバードは明らかに骨に達するレベルの深手を負わせる。

 

 だが、ラインハルトもこのタイミングを狙った。

 

 無傷の右手に持った黄金の槍をアルベドに向ける。

 

Ascendit a terra in coelum(かくて汝), iterumque descendit in terram(全世界の栄光を我がものとし)et recipit vim(暗きものは全て汝より) superiorum et inferiorum.(離れ去るだろう)

「アルベド下がれ」

 

 モモンガの声が響く。

 

 アルベドは飛び退ろうとする。しかし一瞬ラインハルトに突き立てられたハルバートを手放すか一瞬だが悩んだ末に手ばなす。

 

因果転変(Kausale Veränderung)

 

 しかし、この一瞬の悩みが仇となった。その間にラインハルトの術は完成し、打ち砕かれた左手からタコの足のような触手が無数に伸びアルベドを捉える。

 

 結果は一瞬。

 

 左腕が完治したラインハルト。

 

 左腕がズタズタに打ち砕かれたアルベド。

 

「どうだ? アルベド。卿の創造主の御業は」

「ちっ」

 

 アルベドは大きく飛び退きモモンガの横に飛び退り、着地と同時に右手でセカンド武器のショートソードを引き抜き油断無く構え備える。胸糞悪い技と罵倒したいところを舌打ち一つでおさめる。

 

 先程の技はアルベドの創造主であるタブラ・スマラグディナの技で、おのが受けた直前のダメージをそのまま返すというものだ。錬金術メインとしたプレイスタイルであったため、戦闘でもサポート中心となっていたタブラ・スマラグディナは、対人戦ではよくターゲットとなっていた。結果、それを逆手に取るコンビネーションを身に着けたのは道理と言えよう。

 

 受けるダメージが小さければ意味はない。大きすぎては生産職ゆえの脆さで反撃すらできずに敗北する。そんなどこか自虐的で賭博じみたピーキーな技こそ、タブラ・スマラグディナの性質を現していたのかもしれない。

 

「さて、今の理由が分かったとして我が半身よ。どうする?」

「そうだな。無駄なこととは言うまい。だが負けて「はい、そうですか」と納得できるほど、ナザリック至高の四十一人の代表。ギルドマスターの名は軽くはないのでな」

 

 モモンガは宣言と共に、その意気込みのように絶望のオーラを立ち上らせる。

 

「ああ、それでこそ我が半身。私に既知感の先を見せてくれ」

 

 ラインハルトも黄金のオーラを立ち上らせる。

 

死よ 死の幕引きこそ唯一の救い(Tod! Sterben Einz'ge Gnade!)

 

 ラインハルトの詠唱を確認すると同時に、モモンガも詠唱をはじめる。

 

Die schreckliche Wunde, das Gift, ersterbe,(この毒に穢れ蝕まれた心臓が動きを止め)das es zernagt(忌まわしき毒も傷も), erstarre das Herz!(跡形もなく消え去るように)Hier bin ich(この開いた傷口), die off'ne Wunde hier!(癒えぬ病巣を見るがいい)

Die Sonne toent nach alter Weise(日は古より) In Brudersphaeren Wettgesang.(変わらず星と競い) Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie mit Donnergang.(定められた道を雷鳴のごとく疾走する)

 

 アルベドとセバスは、モモンガの邪魔をさせないとばかりに、ラインハルトを取り巻く骸骨達の排除に回る。だがメインウェポンと左腕を失ったアルベドの殲滅力は大幅に失われている。

 

 頭を砕き、払いのけ、返す刃で武器ごと断ち切る。しかし、数の暴力の前に踏みとどまることしかできない。

 

滴り落ちる血のしずくを(Das mich vergiftet,) 全身に巡る呪詛の毒を(hier fliesst mein Blut:)武器を執れ 剣を突き刺せ(Heraus die Waffe! Taucht eure Schwerte.)深く 深く 柄まで通れと(tief, tief bis ans Heft!)

そして速く 何より速く(Und schnell und begreiflich schnell) 永劫の円環を駆け抜けよう(In ewig schnellem Sphaerenlauf.)

 

 モモンガは二つの技を持っている。一つは問答無用に即死コンボ。ただし範囲攻撃のため、すくなくとも隣に立つアルベドやセバスを一度殺すことにほかならない。いや、最悪一度殺す覚悟を持って蘇生アイテムも持たせている。しかし出来るとしたいは別である。

 

さあ 騎士達よ (Auf! lhr Helden:)罪人にその苦悩もろとも止めを刺せば(Totet den Sunder mit seiner Qual,)至高の光はおのずからその上に(von selbst dann leuchtet) 照り輝いて降りるだろう(euch wohl der Gral!)

そは誰も知らず(Da keiner dich ergruenden mag,) 届かぬ至高の創造(Und alle deinen hohen Werke)

 

 ラインハルトが今発動しようとする技は、ナザリック最強と言っても良いたっち・みーの技。この技を持ってワールド・チャンピオンになったともいえる起源の一撃。もちろんレベル80程度であるため、どこまで再現されているかわからないが、いままでの効果を見る限り、座視する余裕などありはしない。

 

「Briah――」

Sind herrlich wie am ersten Tag.(我が渇望こそが原初の荘厳)

 

 技の完成を前にしてラインハルトの雰囲気が変わる。言い表すならば将軍の気配から剣豪の気配へと変貌したのだ。その違いを読み取りアルベドとセバスは決断する。次の一撃をなんとしても抑えると。

 

人世界・終焉変生(Miðgarðr Völsunga Saga)

「Briah――」

 

 アルベドとセバスは持てる防御スキルをすべて発動し備える。

 

 モモンガの詠唱は一歩及ばず、ラインハルトの詠唱が完成し技が発動されようとした瞬間。

 

「ん」

 

 ラインハルトの動きが止まる。

 

涅槃寂静・終曲(Eine Faust Finale)

 

 その一秒にも満たない間にモモンガの詠唱が完結する。

 

 ラインハルトの、いやモモンガ以外全ての時間が止まる。ユグドラシルの高レベルプレイヤーは、時間停止対策を基本中の基本。そして当然ラインハルトも対抗魔法やアイテムを装備している。だが遅延と多重化を組み合わせ、無駄ともいえる大量のMPを消費することで、ほんの数秒ではあるが強引に世界を止めることができる。

 

 時間の強制停止世界という刹那に組み込まれた多重急所攻撃。

 

「永遠の刹那に死を与えよう」

 

 モモンガの言葉が響くと時は動き出し、ラインハルトの首は半ばまで断たれ、その胸は大きく抉られる。血しぶきが玉座の間を汚す。アルベドもセバスだけではない、ラインハルト本人すら知覚出来ない中での攻撃。

 

「さすがだ。我が半身」

 

 ラインハルトは槍を下ろし回復スキルで傷を塞ぐが、ダメージの回復までは至らない。

 

 なにより、先程までと違うのは、ラインハルトの前に立ちはだかるのが、先程までの3名ではないのだ。

 

「その策。いつのまに準備した」 

「この戦いの前からといえば信じるか?」

「信じるも何も、結果が全てではないか」

 

 今、セバスを護るように立ちはだかっている存在。

 

 白銀の鎧を纏った騎士。

 

「たっち・みー様」

「遅くなった」

 

 ワールド・チャンピオンの証たる白銀の鎧。幾万の攻撃を退けてきた盾。世界最高峰といわれる技をもって最高の斬撃を生み出す長剣。

 

 在りし日、セバスが求め続けた姿がそこにあった。

 

「なぜ」

「子と仲間を助けるのはあたりまえ。だろ?」

 

 セバスは、おのが創造主の背を見ながら、押し出すように呟く。その言葉に対し、たっち・みーは当然とばかりに返す。 

 

 しかしソレだけではない。

 

「たっちさん一人放置すると、誰ソレ構わず口説き出してホモ祭りをはじめそうなんで」

「うちのマーレがターゲットにならなければ放置するわよ。むしろ愚弟、おまえが相手なら万雷の拍手をおくってやろう」

「風っち。それ酷いとおもう」

「ま、あいつの性癖なんぞ、マジどうでもいい」

 

 白銀の騎士だけではない。猛禽類のバードマン(ペロロンチーノ)醜悪な肉塊(ぶくぶく茶釜)巨大な籠手を装備した半魔巨人(やまいこ)山羊頭の悪魔(ウルベルト)。いやそれだけではない。モモンガを中心に次々と影が立ち上り姿を取っていく。

 

 そう。

 

 モモンガを中心に二十人を超える至高の存在が立ち並んでいるのだ。

 

「ははははは。そうか、これが我が半身の策か」

 

 ラインハルトは心底おかしそうに、声をあげて笑う。

 

「我が半身が私を外に出して以降数ヶ月。私のスキル構成から所有アイテム、戦術思考など再確認されているとは思ったが、まさかこのような対抗手段を考案していたとはな」

「当たり前だ。お前を生み出したのは誰だと思っている。なにより、お前から永劫回帰の件を聞いた時、この方法でしか対応できないとおもっていたよ」

「まっ、正直こんなに早く獣殿が行動におこすとはおもっていなかったけどね。いや~あせったわ」

 

 ラインハルトとモモンガのやり取りに、共犯者、ペロロンチーノが言葉をつなげる。

 

「獣殿は基本二十四時間体制で活動してるから、認識されないように説得できるのは戦闘中など外にある程度意識が向いてる時だけ。いや~まじで苦労したわ」

「意志の無いものはお前から引き剥がすことはできない。そして意志あるものは説得に応じないかぎり、こちらに協力してもらうことが出来ない。おかげで随分と調整に時間がかかったよ」

「まあ、昔からモモンガさんは意見調整が上手かったからね」

「なるほど。ペロロンチーノにウルベルト。卿らが提案した突入班の編成。それすらも策略か」

 

 数にすれば二十を超える爪牙の離反。

 

 モモンガ側に顕現したメンバーは、何名か例外はいるが第三層と第八層のメンバー。加えて先程までの戦闘で利用されたスキルの多くは、顕現していない者達のもの。

 

 今日、この時に向けての秘密裏の調整。そして合図としてもっとも攻撃的なコンビネーションを指定。まさしく戦闘になった時、どんなタイミングでどんな攻撃がくるか、戦闘単位まで予測された策略。

 

 つまり

 

「お前の既知感はすでに枯渇している」

 

 モモンガが宣言する。 

 

 ラインハルトは何度も爪牙を率いてアインズ(・・・・)と戦った。

 

 復活までの過程で仲間の理解を得られず、崩壊するナザリックでアインズと戦った。死者の王となり破壊の限りを尽くし、最後に破壊するものを求めてNPC達に敵対を命じ一人となったアインズと戦った。仲間の復活する条件を揃えることができず、絶望に暮れたアインズに殺してくれと言われたことさえあった。

 

 今回も、多くの既視感に苛まれた。

 

 しかし

 

 モモンガ(・・・・)と戦ったことはコレがはじめてなのだ。

 

 いままでの回帰の全てはモモンガ自らが外界に歩みを進め、転移から日数の差はあれど、アインズ・ウール・ゴウンと名を変えてからパンドラズ・アクターに会いに来たのだから。

 

「ああ、そうだ。今こそ約束の時」 

  

 ラインハルトは、残る爪牙を展開する。出し惜しみもなく全て、武人建御雷や弐式炎雷なども万全の武装を持って顕現する。それだけではない。ガゼフ・ストロノーフをはじめに、ニグン・グリット、カジット、そして悪魔転生実験を乗り越えたクレマンティーヌなど、これまでの旅で見出された爪牙を生み出す。

 

 ラインハルトは思う。

 

 ああ、心から礼を言おう。我が半身がいたからこそ今がある。幻想も、閃光も、そして我が存在意義も。総てを与えてくれた。感謝している。

 

「このdies ireaを讃えよう」

 

 ラインハルトの声を導かれ、一斉に陣営が攻撃をはじめる。そして負けじとモモンガ陣営も迎撃をはじめる。

 

Dies irae(怒りの日), dies illa(終末の時), solvet saeclum in favilla(天地万物は灰燼と化し). Teste David cum Sybilla(ダビデとシビラの予言のごとくに砕け散る).」

 

 その詠唱は、至高の四十一人を降臨させたもの。しかし、モモンガとペロロンチーノだけには別の意味をもっていた。

 

「獣殿いきなり全力全開かよ」

「手加減さえもうするものかって意気込みなんでしょ」

「じゃあ、こっちも遊んでられないってね。」

 

 ペロロンチーノはゲイ・ボウを構え、曲射を駆使しラインハルトを攻撃するも、ギルドメンバーの防御陣に叩き落される。

 

「じゃあこっちもモモンガさん」

アポトーシス(自滅因子)、超越させてもらうぞ」

Quantus tremor(たとえどれほどの) est futurus(戦慄が待ち受けようとも), Quando judex(審判者が) est venturus(来たり), Cuncta(厳しく糾され) stricte discussurus(一つ余さず燃え去り消える).」

 

 鉄風雷火の世界が広がり、過去にさえ行われることのなかったアインズ・ウール・ゴウン所属プレイヤー全員が入り乱れての真剣勝負となる。 

 

 その中、モモンガは本当の意味で死の支配者(オーバーロード)を極めたときに手に入れた特殊スキルを発動する。

 

The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)

 

 瞬間、モモンガの背後に十二の時を刻む時計が浮かびあがる。そして魔法を発動させる。

 

クライ・オブ・ザ・バンシー(嘆きの妖精の絶叫)

 

 雷が吹き荒れ、炎の柱がいくつも立ち上がる。剣戟がまるで交響曲を奏でるように響き渡る中、モモンガとラインハルトは詠唱をはじめる。

 

Tuba(我が総軍に響き渡れ), mirum spargens sonum(妙なる調べ) Per sepulcra regionum(開戦の号砲よ),  Coget omnes(皆すべからく) ante thronum(玉座の下に集うべし).」

 

 武人建御雷がたっち・みーに打ち掛かる。速剣による三連撃。しかしたっち・みーは盾で二発を必殺三撃目を火花を散らしながら剣で受け止める。

 

「やっぱ、殺るなら強ええヤツだよな」

「そんな理由で、そっちに残ったんですか建さん」

 しかし、その技後硬直を狙って漆黒の炎に包まれた槍がいくつも降り注ぐ。

 

「なんでそっちに行ってるんだよ。ウルベルトさん」

 

 武人建御雷が、すんでのところで飛び退き不平を叫ぶ。

 

「おれもわからねえよ! あいつをヤレる絶好の機会だってのに」

「だから俺も巻き込むように攻撃してきたのか」

 

 同じく不平不満を言うウルベルトに対し、味方の居ないたっち・みーは自分の不運と不徳を叫ぶ。

 

Lacrimosa dies illa(彼の日 涙と罪の裁きを),Qua resurget ex favilla(卿ら 灰より 蘇らん)

 

 漆黒の忍者装束をはためかせたフラットフットがクナイを投擲する。しかし、そこには姿がない。だが、次の瞬間何もない空間から弐式炎雷が切りかかる。

 

「フラットさんとは何度も議論させてもらいましたが、今日こそ決着させもらいますよ」

「ああ、どっちが真の忍か証明させてもらおう」

 

 その言葉と共に二人は対照的な行動をとる。

 

「はっ。忍ぶだげが忍者なんて古いんですよ」

 

 姿を消したフラットフットに対し弐式炎雷が叫び、アイテムを足元に投げつける。瞬間、薄い煙が沸き上がる。そこには姿が見えない男の流れが浮かび上がる。

 

「ちっ」

 

 舌打ち一つで、フラットフットは横一文字に刀を振るう。しかし

 

「分身する忍者なんて邪道!」

 

 そう、斬撃を回避した弐式炎雷が、フラットフットを囲むように三人が三様の構えで姿を現す。

 

されば天主よ(Judicandus homo reus)その時彼らを許したまえ(Huic ergo parce, Deus.)慈悲深き者よ(dona eis requiem. Amen.)

 

 駆け寄ったやまいこが魔法を使いアルベドとセバスを回復しながら言う。

 

「回復を掛けたら二人は一端戦域から離れて待機ね」

「しかし!」

「あ~これはある意味アインズ・ウール・ゴウン内の喧嘩であり、モモンガさんとパンドラズ・アクターの親子喧嘩だから」

「喧嘩……ですか」

 

 やまいこの言葉にアルベドが不満そうに答える。

 

「そっ。そしてアレをだしたモモンガさんは決めにくるから、二人がいると巻き込まれちゃうの」

「巻き込まれるということは、皆様も同義ではありませんか」

「ああ、私達は爪牙だから物理的な死はないの。この体がたとえ破壊されても魔力チャージされ次第まだ復活できるから」

 

 セバスもまた納得できなかった。しかし、主たちの迷惑になることこそ本末転倒。

 

「わかりました。一時期戦線を離れます」

「モモンガ様の技が発動後すぐに戻ります」

「うん。おねがいね。多分そのタイミングでモモンガさんを守れるのは二人だけだから」

 

 セバスはやまいこの言葉を受け入れた。アルベドもモモンガの技の迷惑になるという一点のみで、受け入れた。

 

「Atziluth―― 軍勢変生(ロンギヌス・ドライツェーン・オルデーン)

 

 ラインハルトの言葉が響き渡る。

 

 彼に従う爪牙に疑似的とはいえ神格が宿る。その一撃の重さが変わる。術の制限が解除される。本来あるべき能力が解放される。

 

 拮抗、むしろ押していたモモンガ陣営が一気に抑え込まれる押される。技だけではない、その攻撃・防御・回避、その全てが存在の格に引きずられるように上昇する。

 

 だが

 

「終わりだ」

 

 その言葉と同時にモモンガの時計は一二秒経過をさす。

 

 その瞬間 --世界は死んだ。

 

 比喩ではない。

 

 その言葉の意味通り、空気が、白亜の大理石が、柱が、生きとし生けるものがすべて死んだのだ。ゲーム時代であれば、せいぜい敵が死んだぐらいのエフェクトであったが、今はユグドラシルではない。

 

 玉座の間もワールドアイテム以外、ロクにその形をとどめることができなかった。

 

 モモンガの切り札。The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)は即死効果を持つ魔法やスキルを強化する技である。このスキルによって強化された即死効果は、無効化能力を持ってる相手ですら、一定時間が経過した後に即死させる。

 

 それは魔法がその効果を言葉の意味通りに発動させたから。だからこそ、すべてが死んだのだ。

 

「命亡き者たちにすら、死を与える力を目にした感想はどうだ?」

 

 空調が動きだしたのだろう。新鮮な空気が流れ込み死した空気が薄らぐ。

 

「ああ、素晴らしい。身が震えたよ。魂の叫びを聞いたよ。これが歓喜か、これが恐怖か!」

 

 そう、この中で生き残った者たちが言葉を交わす。モモンガの予想通り、ラインハルトは蘇生アイテムか蘇生スキルを使ったのだろう。

 

「私のMPもお前のMPもほぼ底をついた。私が百以上の魔法を行使し、おまえにAtziluthを発動させなければ、ここまで追い込めないとは称賛に値する」

「だが、その状況で」

「ええ、この状況であなたの勝利はあるのかしら?」

 

 アルベドとセバスが転移で戻り、モモンガの脇を固める。

 

「ああ、そうだな」

 

 見れば戦闘が始まった時と同じ構図。だが

 

「MPが尽きる。いかにスワスチカといえども、回復にはそれなりの時間を要しよう。だからこそ」

 

 ラインハルトは指をパチンと鳴らす。

 

 その時まで誰もが忘れていたものが動き出す。戦闘開始時に部屋の前まで下がった少女たち。エンリとアンナ。二人が煌々と輝く水晶を掲げ叫ぶ

 

セラフ・ジ・エンピリアン(至高天の熾天使)

 

 光に導かれ、有機的な三対六枚の翼をはためかせ、美しい男とも女ともつかない存在が降臨する。

 

 モモンガは表情こそ変わらないが、その姿を見て初めて絶望する。アルベドやセバスはその姿を知らない。しかし、自分たちと同等の敵であり放置できない敵であることを理解する。

 

 そしてラインハルトは……。

 


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