【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版) 作:taisa01
ナザリック地下大墳墓 玉座の間
「これより復活の儀を行う」
モモンガは片手を上げ宣言をする。
今、玉座の間にはアルベドにデミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートス、シャルティアといった守護者達に加え、セバスやプレアデスといった側仕えの者達がいる。普段と違うことと言えば、全員がフル武装であることだろうか。
もう一つは守護者達の背後に積み上げられたユグドラシル金貨の山。枚数にして五億枚。これからの儀式に必要なため宝物殿から引っ張り出したら、五つの山が出来ていた。
「はぁ。ユグドラシルの時は数字が減るだけでなんとも思わなかったが、今こうやって見るとすごい光景だよな」
「
「そうだな」
ナザリックの支配者らしからぬ呟きをもらすモモンガに、アルベドは優しく答える。リアルのことをある程度知る守護者達ではあるが、アルベドだけはモモンガからある意味全てを聞いている。それこそこの世界にきての混乱からはじまり弱音なども含めて。ゆえにアルベドは何があろうと自分の立ち位置に自信を持ってモモンガをサポートしている。
「モモンガ様。もしラインハルトが復活後も反旗を翻すようであれば、我ら守護者全員で対応いたします」
デミウルゴスも空気を読んだのか、モモンガとアルベドの会話が一段落つくのを見計らってから進言する。
モモンガは守護者達を見やると、その表情から決意を読み取れることができた。単純な戦闘力という面だけで見ても、ラインハルトの反乱とはそれほどのものと守護者達に認識されているのだろう。
そんな守護者達を前にしてモモンガは、ふと昨日のことを思い出す。
******
佳境。
絢爛豪華。
柱一本の造形をとってもこの世界の職人では生み出すことが叶わない精巧にして芸術的な空間であった。
しかし柱は砕け散り、大理石の床や絨毯は砂に鳴るまで崩壊し一部はガラス化までしている。
そんな中、モモンガの
全員に言えることだが、すでにMPは尽き果て精々一・二回の行使が限界。HPもある程度削れている。
そのような状況で三対一。
いまだスキルの使用回数という面で優位に立つであろうラインハルトといえども、ついに……と、モモンガはこの状況を評価していた。
だがこの瞬間まで誰もが忘れていたものたちが動き出す。戦闘開始時に玉座の間の入り口前まで下がったラインハルトの部下である少女たち。エンリとアンナ。二人が煌々と輝く水晶を掲げ叫び
召喚系天使の最上位。有機的というより純白の鳥を思わせる三対六枚の翼を持ち、中性的な青年の姿。神々しい輝きを伴う神聖なオーラを放つ存在。もちろん倒せない相手ではないが、モモンガにとって絶望的なほど相性が悪い相手だ。
アルベドとセバス。この二人を伴っていることで、戦うことができるだろう。しかしラインハルトをも同時に相手するとなると話は変わる。
「まさかそんな手を隠していたとはな」
モモンガはラインハルトに言い放つ。この時ほどモモンガは精神攻撃無効スキルに感謝したことはなかった。もしこの局面で冷静さを欠いたなら、もう打つ手がなくなるからだ。
「そう幕引きにはこのぐらいの存在でなければな」
ラインハルトは宣言と同時に、今回の戦いで一度たりとも行使しなかったドッペルゲンガー本来の能力を発動する。
黄金の美丈夫というラインハルトの姿形がどろりと溶け、新たに組み上がった時、さすがのモモンガも怪訝な顔をしながら問いかける。
「今更
そう。まるで鏡合わせのように立つのはモモンガであった。唯一の違いといえば、手に持つ武器がギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンか、
「それはこうするのだよ」
ラインハルトはモモンガの姿で戦士化の魔法使用すると、槍を掲げ素早く振り下ろす。もちろん何らかの攻撃と判断し、アルベドとセバスは防御・迎撃体勢を取る。しかし振り下ろされた槍はモモンガ達に向けられることなく、ラインハルトの左腕を半ばから断ち切ったのだった。
しかもソレだけではない。
待機していた
「なっ」
「なぜだ」
モモンガの声が玉座の間に響く。
「大したことではない。既知感は枯渇したのだ。ならばその先を見たいと思った。ただそれだけのことだ」
ラインハルトは左腕を半ばから失い、胸に風穴を開けながらも悠然と立ちながら大したことではないと答える。
爪牙の半数に登る離反があったとはいえ、ラインハルトならば残り半分の爪牙が保有するであろう蘇生じみたスキルの一つや二つ温存し発動させることもできるはずだ。
だが一向に発動させる兆しもなく、累積ダメージを受け続けている。
「しかし」
「私は、我が半身の
「だからといってこんな自殺まがいの手段を……」
自分で止まることができないなら別の存在にやらせれば良い。そんな裏技じみた作戦によって、全てが終わりを告げようとしている。
モモンガのためなら汚れ仕事も喜んで受け入れるアルベドとセバスも、油断こそしていないが静観している。
「私は
「そして私は全てを愛している。故に既知に濡れた日々も良しとしてきた。だが、もし……もし、我が半身と殺し合わぬ世界があるのなら見てみたい。そう思ってしまったのだよ」
その表情はいままでの獰猛な笑みではなく、晴れやかという形容がふさわしい笑みであった。
モモンガはどこまでが既知で、どこからが未知かを知らない。
ラインハルトの認識でもこのナザリック侵攻さえ数多の可能性の中の一つに過ぎなかった。
しかしこんなに早い時期に発生したことは稀。なによりこの世界へ転移した初日にモモンガが宝物殿を訪れたことなど一度も無かったのだ。たったそれだけの差異で、既知ではあるが未知とも言える速度で全ては走り抜けたのだ。
そして最後。
爪牙が入り乱れての戦闘。
これこそが完全なる未知。ゆえにさらなる期待となったことなど、ラインハルト以外だれも理解されることなどないだろう。
しかしそんな歓喜を語るには時間が足りない。そもそも回帰という主観の認識さえ、共感を呼ぶには難しい。故に語らずその喜びを胸の奥にしまう。
「さて、第二幕といこうか。世界観はありきたりだが役者が良い。至高と信ずる。故に、次こそ新たな物語に到達するだろう。そして稀有な結果を示した第一幕の役者には報酬を支払われるべきだろう」
そういうとラインハルトはアルベドに視線を向ける。
「その左手があれば、卿の目論見は結実するだろう。それこそ今ナザリックが一番望むも……の…」
それがラインハルトの最後の言葉となり、
モモンガが部屋の隅に視線を送ると、ラインハルトとのパスが切れたのだろう。姿が掻き消えようとしている、エンリとアンナの姿があった。二人は何かのアイテムを床に置くと、モモンガの視線に気がついたのだろう。
深く。深く礼をしながら消えていった。
残されたのは、
******
モモンガはゆっくりと見渡す。すでに戦闘の痕跡は修復され見慣れた玉座の間。守護者達が控え、ラインハルト復活用の金貨が積まれている。
何が失われたわけではない。
しいて言えばラインハルト、いやパンドラズ・アクターにモモンガ自身が書き込んだ設定の一幕が過ぎ去ったにすぎない。
「パンドラズ・アクターよ。復活せよ」
モモンガの言葉に従い、金貨がその形を失い大きな濁流を作り出す。黄金の流体は集まり、凝縮され、一人の男の姿を形作る。
黄金の髪、黄金率と言えるほどに均等の取れた肉体。どのようなものにも恥じることのない芸術と表される美丈夫。
そしてゆっくりと開かれた瞳は黄金。
「アルベド」
モモンガはアルベドに指示を飛ばす。
アルベドは管理コンソールを素早く確認すると、パンドラズ・アクター名は敵対行動中を示す赤色ではなく、通常状態を示す白色で表示として復活していた。
「問題ありません。モモンガ様」
コンソール上の回復は確認された。しかし敵対行動の根拠が全て消えたわけではない。なによりパンドラズ・アクターは自分の意志で、敵対行動を開始したのだから。そのあたりのことを理解している守護者達はなおも警戒しつつ、パンドラズ・アクターを観察する。
そんな中、モモンガは「復活は裸なのか気を付けないとな……」と、抜けなことを呟きながらアイテムボックスから適当なマントと取り出し、パンドラズ・アクターに投げ渡す。
パンドラズ・アクターも目が覚めたのだろう。まるで打ち合わせしていたようにマントを掴み取ると、バサリと軽く回し肩に掛ける。
「ふむ。ここは……玉座の間か」
「問題はなさそうか? そしてどこまで覚えている?」
パンドラズ・アクターは感慨深そうに呟く。そんなパンドラズ・アクターにモモンガは立て続けに質問する。
「体に問題はない。スワスチカへの接続も完了している。記憶は地表でナザリック侵攻の準備をしていたあたりか。私は我が半身にある意味敗北したのだな」
「互角の勝負を自分から捨てたことを敗北というならそうだな」
パンドラズ・アクターとモモンガのやり取りはいたって普段通りであった。守護者らもそれぞれのスキルや能力・魔法を使い確認しているが、そこに忍ばせた殺意や敵意は無かった。そして問題無しと判断したのだろう。
一人、また一人と武器を構える手を下ろしていく。
「聞きたいことはいろいろとあるが、まずひとつだけ優先して確認しなくてはならない」
「我が半身の問いだ。喜んで答えよう」
「お前は敵か?」
モモンガの質問に、パンドラズ・アクターはさも当然という素振り返答する。
「無論味方だ。たとえ全ての守護者を、至高の存在を敵にしたとしても、我は我が半身のためにある存在だ」
「そうか」
モモンガはその言葉を聞くと踵を返し、玉座が前にある段に腰を下ろす。見上げるとそこには、ラインハルトに詰め寄り口々に文句をいう守護者らの姿があった。そして悪びれる事無く、務めを果たしたのだというラインハルトの言葉に更にヒートアップする光景は、かつて見たナザリックの風景のようであった。
「ああ、そういえばここまでたどり着いたのならば、我が半身にも報酬があって然るべきだな」
守護者らとの言い合いの中、ラインハルトはふと思い出したように言い出す。
その言葉に守護者らは、何のことかわからぬという顔をする。もちろん、最後の戦いに参加していたセバスとアルベド、そしてモモンガでさえも、何のことかわからなかった。
「我が半身。槍は?」
「ああ、ここにある使うか?」
頷くラインハルト。
そしてモモンガはアイテムボックスからワールドアイテムを取り出すと、無造作に渡してしまう。
もちろんその行為は迂闊といえるだろう。ワールドアイテムとラインハルト。この二つが揃うだけで、昨日のナザリック侵攻を再開することがいつでもできるのだから。
しかしラインハルトは昨日のような攻撃ではなく、槍の石打で軽く床をたたく。
そこからの変化は劇的だった。
ラインハルトの影が伸び、漆黒の中から真紅の骸骨が無数に浮かび上がる、そして一人、また一人と実体化し本来の姿を取り戻すと、周りの者達はラインハルトの意図を理解することができた。
「いや~。やっぱナザリック最強だわ~」
「あんたは出落ちだったろ」
「これだけ反則技重ねてもモモンガさんに防がれるか」
「むしろ愚弟とモモンガさんの策が悪辣過ぎたのよ」
「姉ちゃんあんまりだ。原作再現っていう至高のシチュのために俺頑張ったのに」
そこにはナザリック全盛期を生み出した四十人のプレイヤー。ナザリックにとって造物主たる至高の存在達の姿であったのだ。
モモンガは立ち上がりその姿を見ながら手を広げ答える。
「おかえり。みなさん」
パンドラズ・アクターのドロップアイテムは
モモンガ様もどき(DNA同じ)の左腕