要するに後日談的なものです。
前作と違ってケッコーキツめ。
何の音だ? また一人だ。この間と同じ海域。同じメンバー。戦艦も軽巡も駆逐二人も一航戦の青い方も、見えない。
敵艦隊も同じはずだ。つまり、アイツがいる。加賀さんの背後にいたアイツ。
何の音だ?聞いたことがある気がする。
誰かが来る。聞き覚えのある音も近づいてくる。
後ろ? ちょっと左か。
真上? 真上だ! 回れ左をする。
「誰?」
「ちょっと黙って」
なんだ、アイツじゃん。
笑ってんじゃねえよ。
目の前が白く光って、熱い風を左から受けた。
ヤバい、海の上じゃ抵抗がない。止まれない。
左腕が死ぬほど痛い。止まれ、止まって。
背中に水圧を受けて予想よりずっと早く減速する。
立てるか?
アイツが近づいてくる。殺されるのかな。
立てそうにない。全く動かない左腕と全く痛くない右腕を海に投げ出す。空が見える。雲が3割、青が7割。太陽は右。
息をつく。早くしてよ。
「やっぱりそうだ。あの時私をやったの」
バカみたいなモノを頭に乗せたアイツが私の視界に入る。
アイツはしゃがみこんで私の顔を覗き込む。
「喋れるのね」
「私達をなんだと思ってるのよ」
虹彩だけが空を透過したみたいに水色だ。その目の色にぴったりの声で悪態を吐く。
「瑞鶴さ、こないだやってくれたわね」
「なんで名前知ってるのよ」
「通信傍受とか、諜報とか、しないの?」
「されてるのね」
「そう。あなた加賀とそっくりね」
「やめてよあんな人と」
「これ、覚えてるよね?」
ほんの少し赤の残った矢。その矢羽は加賀さんのだ。
「覚えてる。ねえ、私の左腕どうなってる? 絶対触んないでよ」
「よく千切れなかったわね。あんなに滑ってたのに。取ってあげようか?」
「そんなにひどいの?」
「痛いでしょ。取っちゃった方が楽だよ」
「死ぬほど痛いわ。でも絶対触んないで。自分でやる」
「どう?同じことされてみて」
「最悪よ。ぶっ殺してやりたい」
「私も」
右腕を持ち上げる。一発殴らせてくれないかな。
振ってみた。力任せ。鉛直面に円弧を描いて、ある瞬間速度がゼロになった。
「こっちもやってほしいの?」
「ちょっと試しただけよ」
「バカじゃないの」
「そうかもね」
「バカな真似はやめた方がいいよ。死んじゃうかもよ」
「消えて」
「いいわよ、矢が欲しいな」
「好きなだけ持ってってよ、早く消えて」
「あとこれ、なんだと思う?」
腕?
焦げ臭い。緑色の袖みたいなのが滲み出す液体で張り付いてる。手首についた輪が取れかかっている。
腕? なんでそんなのを持ってる?
先についているのは左の手。左手は動かない。痛いのに、動かない。左手が痛い。左腕が痛い。左腕もその先の左手も動かない。
「教えてあげる、私のホントの名前」
コイツは何を言っている?
口から出てきたのは、あれ以来コメカミの奥にこびりついて離れなかったあの音。
加賀さんが出した、wとdとlとðを混ぜ合わせてo̞の音を被せたような音。
その音を私もぶつけてやった。
「よくできました」
「殺してやる!」
左腕、動けよ! 左に半回転する。動けよ!右腕をバネにして立ち上がる。
痛い、痛い! 死ね、どっちでもいいから死ね! 歯をくいしばる。いつの間にか振られていた右腕は何にも当たらず海に叩きつけられた。立ち上がる。アイツはどこだ! 殺してやる!
「殺てやるよ! 出てこい!」
「ここだよ」
振り向いた瞬間、さっき渡した矢で脇腹を貫かれる。
死んでたまるか!
「返せよ!」
何を!何を返してもらうって言うの!
左腕はどうしても動かない。
「これは返すよ」
ヤツが持ってる腕が放物線を描いて私に衝突する。
「消えるよ」
「死ね!」
水に足の裏を打ちつける。反作用を受けて前向きの加速度を得る。どこからか出てきたモルヒネの注射を右手に握ってその針をヤツの腹に突き立てた。薬剤を全部押し込む。
「何よ、コレ。痛いんだけど」
「ちょっと楽になる薬」
もう一本同じものを自分の鎖骨の下に突き刺して、中身の液体を筋肉に流し込む。
引っこ抜いた注射器をヤツに突き刺す。
「何するのよ。何よこれ、ねえ」
痛みが背中から抜けていく。楽になった。
左腕の痛みが残っている。痛い。どうして?モルヒネやったのに。左腕は言うことを聞くのに動かない。
なんで左腕は動かない?
ヤツに刺さった注射器が水面に落ちる。
「何なのよこれ、教えなさいよ、ねえ、聞いてる?」
「何が?」
「舐めないでよ」
「黙れよ」
痛みが無い世界。左腕が痛いだけ。
自由の利く右腕をヤツに向ける。当たれ、当たれ!
ヤツが怒っているのが分かる。
「何言ってんの」
黙れよ!
当たらない。
「バカじゃないの」
バカはどっちだ!
髪を引っ張られる。
「何か言えないの?」
脇腹の矢を引っこ抜かれて、左の眼球に埋め込まれる。
全く痛くない。痛いのは左腕だけ。
自分で矢を抜く。
なんだ、その顔は?
「ビビってんじゃねえよ!」
ヤツがしたように私も、矢をヤツの眼球に叩き込む。
ヤツは驚いてる。たぶん、痛くない。
首に掴みかかる。足を引っ掛けてヤツを海に倒す。
こっち見るな!
「なんだよ、その目は!」
横倒しになったヤツの鳩尾のちょっと下を思いっきり蹴る。右足の爪先が三センチ沈み込む。液体と気体が混ざった耳障りな音が聞こえて、液体と固体が混ざり合ったカタマリがヤツの口から流れ出る。
ヤツはまだこっちを見ている。ヤツの水色の右目は私の右目を見ている。
脚にかかった吐瀉物を振り払って視線を低くする。
最初にヤツがしたように。
「殺さないの?」
「笑ってるのね」
「疲れちゃった」
戦う気はあるが、気力がない。そう見えた。私も同じだから。
ヤツが体を起こす。目線が同じ高さになって、目を合わせる。
「かわいいね、アンタ」
「よく言われる」
顔色は悪いけど。
「これあげる」
「結局何なのこれ」
「痛み止め。全く痛くないでしょ?」
痛いのは左腕だけ。
「言われてみれば」
「痛くなったら適当に打てば楽になるから。一本しかないからよく考えてね」
「ありがとね」
ヤツが先に立ち上がる。
私も続いて。
「気をつけて帰りなよ。左腕無いんだから」
右手に矢が一本握られている。私は今どんな顔をしてるんだろう。
右手に握られた矢がヤツの胸を貫いていた。貫通した矢がすぐに引き抜かれる。右手には真っ赤になった矢が一本握られている。
片方しかない目を見開いて、口を動かしかけて、驚いたみたいな顔をして、棒切れみたいに後ろに倒れた。
何を言っているんだろう?
何をしているんだろう、私。
歩み寄る。
左目が潰れて黒に近いペーストになっている。
彼女の唇に口付けをする。彼女の体温が低いのか、もう体が冷え始めてるのか? 絶対零度みたいに冷たい彼女は生きていた時より美しい。
閉じられた右目の瞼を開ける。
「同じなんだね」
瞳孔が開いている。眼球のフチと骨の間に指を突っ込む。もう一本入るか? 人差し指と中指で彼女の右の眼球を抉り出す。思ったよりずっと硬い白と青と赤と黒の球体が手の上で転がる。
今の彼女は痛みを知らない。痛みなく、死んだ。
くっついてきたタコ糸みたいな視神経を噛みちぎる。
矢筒の矢を全て捨ててその底に彼女の目を転がす。帰ってホルマリン漬けにでもしよう。彼女の体の一部。
彼女の顔に唾を吐きかける。
「餞別、受け取ってね」
真っ白な頬にかかった白い泡が流れて海に落ちる。
少し離れたところに彼女が持ってた腕が浮かんでいる。それを右手で掴んで、水平線を一周見回す。
自分の座標が分からない。でも全く心配はない。艤装に隠しておいた小ビンを取り出す。
「これだけ?」
中の二粒の錠剤を口に放り込んでビンは海に捨てる。二粒を粉になるまで噛み砕いて飲み込む。
鎮守府までは保つだろう。誰かに肩を借りたっていい。
左目が微かに痛む。モルヒネはまだあと二本ある。他の人も持ってるだろう。
死にたくないなあ。
視界がちらつく。唇を舐める。
胃袋を締め上げられて、海面に吐く。
「下手すりゃオーバードーズじゃん」
水平線に小さな影が見える。向こうも私に気づいたようだ。手を振ってくる。私も手を振り返して少しだけ速度を上げる。
ビビられるかな、それとも怒られる?
早く帰りたい。提督どんな顔するんだろう。
彼女の名前を諳んずる。イマイチ納得いかなくて、何回も何回も。彼女が聞いてくれてる気がした。
左腕の痛みを抱いて歩く。モルヒネは効いたままだ。
書いてる途中でテーマが変わった例。何とかまとまってくれました。
瑞鶴を書くとどうしても暴力的になってしまいます。
これを書いたせいで艦これプレイしていてヲ級を見るたび申し訳なくなります。
ごめんね。