すべてを失った青年は、真冬の中彷徨っていた。
死を覚悟した時、1人の男性と出会う。
その出会いが再出発のきっかけになるとは、その時は知る由もなかった。
これは1人のプロデューサーとアイドルたちによるプロデュース物語。
この作品はPixiv様にも投稿しております。
プロローグのみですが、今後アイドルマスターの作品も書いてみたいと思ったりしています。
まずは既出の作品を完結させなければいけないのですけどね……。
楽しんでいただけたら幸いです。
季節はすでに四季のうちの冬になっていた。
日中でも寒いと感じる外は、夕方頃から一気に空が青色から茜色、それを通り越して漆黒の闇色へと変わってしまう。
冬であるから当然のようにあたりには白い雪が積もっている。
コンクリートでできている道もすっかり雪に覆われてしまい、歩くたびにザクッ、ザクッという乾いた音が鳴り、ふと後ろを振り返れば自分が歩いた跡がくっきりと残っている。その光景はまるで歩いてきた自分の人生の足跡を振り返っているのと同じように見えた。
辺りを見渡せば繁華街はいつも以上に賑わっているように見える。
空から降り注ぐ宝石のような雪が、電力の無駄とも言える照明やネイルで色鮮やかに染まっている。
繁華街で展開されている店はこの客を呼び込める時期を逃すまいとして、さまざまなサービスを提供したり、必死の呼び込みを行なうなどしている。多くの店が食べ物を提供するものであり、レストランやスイーツ店は非常に賑わっている。ガラス窓から見える店内にちらりと視線を向けると温かな感じのするライトが天井から降り注ぎ、店内を明るくしており、かすかに聞こえてくるクリスマスソング、料理やケーキに舌鼓を打っている客たちの楽しそうな笑顔が輝いて見える。
彼らと自分とではあまりにいる世界が違いすぎる。彼らのいる世界は温かく、笑顔で満ちている。しかし、自分のいる世界はとても冷たく、とても笑顔があるとは言えない、そんな心休まるところではない。
明確にいる世界を分け隔てているかのようにある窓ガラス。まるで、テレビか映画館のスクリーンに映る映像を見ているかのような気分である。
見ているだけで胸が痛む。
まるで砕けた硝子が鋭い刃となって心に突き刺さったかのようだ。
かつては自分もそこにいた。
しかし、それはすでに過去のものであり、今の自分には遠い世界、幻想でしかない。
望むことなど、もはや無理なのかもしれない。
これ以上この場にいても苦痛を感じ続けるだけだ。
まるで夢遊病者のようなふらついた足取りでその場を後にする。
どこに行くかというアテがあるわけでもなく、ただ繁華街を彷徨い続ける。
自分の横を通り過ぎて行く者たちはいずれも薄汚いものを見るかのような目を向けてきた。少し離れたところで、後ろから蔑むような会話が聞こえてきたりもした。確かに今の自分の身なりを見れば汚いなどと言われてもなんらおかしいことではないだろう。今の自分を例えて言うならば、裏通りにぞんざいに捨てられたゴミであろうか。それほどにひどい身なりをしていたし、さらに悪く言えば死人が歩いているであろうか。
黒い髪は何日も水を浴びていないためか干からびているかのようにひどい状態であり、無頓着に伸ばされておりすでに長さは肩と肩甲骨の中間辺りまであった。肌は髪同様に潤いが失われており、まるで干からびた大地のようで、肌荒れがひどいものだった。瞳からは生気というものが一切感じられず、まさに死人のそれであった。眼球はどこをとらえているかも分からず、視線はただ虚空を彷徨うばかりである。顎や口周りには無精髭があり、不潔極まりないものだ。着ている服はいつから代えていないのかと思えるほど汚れており、肌が見えるほどの穴や傷がいくつもあり、古着屋でも受け取りを拒絶する有様。両腕の前腕には何かを隠すように無造作に巻きつけられた包帯があるが、すでに血と土でとても清潔とはいえない状態になっている。
どこを目指すわけでもなく、ただ繁華街の中を歩き続ける。
繁華街の中央には大きなモミの木があり、それには大量のクリスマスツリーの装飾品が飾り付けられている。巨大なクリスマスツリーであるそれは圧巻の一言であり、多くの若いカップルたちが下にあるベンチに座り、愛を確かめ合っている姿が見える。
光り輝く聖夜の繁華街に不釣合いな青年は、そんな目前に聳え立つようにしてあるツリーを無感情な表情のまま見つめていた。いくつもの電球が放つ色鮮やかな光は過去に置いてきてしまったものを連想させた。どんなに望もうとしても、けっして取り戻すことのできないもの、それが過去であり、思い出である。
ここにいてもやはりさきほどと同じように胸に刺すような痛みが走る。
それだけでなく、徐々に耳を這いずり回るような不快感と幻聴が起こり、無性に両腕が痒くなってきた。ボロボロになった爪を立てて包帯の上から両腕を掻き毟る。
しかし、一向に痒みは収まらず、包帯の下から蛆が蠢くような感覚が青年を襲った。必死になるほどそれは悪化の一途を辿り、肌を保護していた包帯は用を足さず直接肌を爪で掻き毟ることになる。爪の間には掻き毟ったために肉が挟まっている。
次第に痒みは収まってきたが、今度は痛みとともに身体全体から汗が噴き出し、喉に異常な渇きを覚える。動悸がおさまらず目眩のためか視界が複雑に捻じれ曲がったように見える。
足取りはさらに悪くなるが、それでも繁華街を歩いていく。
周りの通行人たちは避けるように歩いる。
ぶつかってしまっても謝罪するだけの余裕は彼になく、後ろから罵声を浴びながらも逃げるように繁華街を抜ける。
明るい光に満ち溢れていた繁華街の外は寒々として、明かりは街路灯のみという非常に寂しいものであった。
近くにはオフィスビルや高層マンションがいくつも建ち並んでおり、空を見上げれば絵画のように限定されてしまっている聖夜の空があった。
真冬の夜は非常に冷え込んでおり、時折吹きつける寒風は彼の身体を痛みつける。
さきほどから歯がガチガチと鳴っており、コートも何も羽織っていない状態であるため全身には雪が積もってまるで冷凍庫に放り込まれたようだった。あまりの寒さに鼻水が垂れるが、数分してそれは肌にへばりつくツララに変わってしまう。薬物によってボロボロになってしまった身体、寒さもあまりギシギシと悲鳴をあげる筋肉。二重苦によっても売ろうとしている思考。そんな状態でありながら生存本能というのだろうか、それが鞭を打って引きずるようにして雪道を歩いていく。
オフィス街から離れると、そこには都会ではほとんど失われかけている自然に囲まれた公園があった。死に体である青年は最後の力を振り絞り、その公園へと足を踏み入れる。ここに来たのには理由はない。ただ歩いていたらたまたまここにたどり着いていただけのこと。
今が何年何月何日何曜日何時何分何秒なのか、そんなこと彼にとってはどうでもいいことだった。
やはり足を踏み入れた公園も静まり返っており、繁華街とは真逆の寂しい雰囲気が漂っていた。しかし、日中はそんな繁華街に負けじと子どもたちの笑顔と笑い声があったのだろう。どこからか拾ってきた木の枝や石ころで顔や手を作っている小さな雪だるまが出迎えてくれていた。
遊具が埋もれるほどの雪は都会では積もらないため、日中に子どもたちが遊んだであろう跡が名残として残っていた。
青年はフラフラとブランコへと歩いていき、膝が折れたかのような勢いでそれに座り込んだ。小さな振動で、上に積もっていた雪が頭に降ってきた。首を振る気さえももはや起きない。全身が寒さで麻痺してしまっているのだろうか、ほとんど感覚がなくなっていた。禁断症状で震える手をポケットに入れる。中に入っている残りわずかとなった薬の入った袋と注射器を取り出す。
しかし、麻痺してしまった感覚、止まらない手の震えでつかんでいたそれらが前方の雪の中に放り出されてしまった。
公園にも明かりはあるが、いくつか点在しているだけでこの時間帯、この暗さではほとんど役に立っていない。そのため手元は薄暗い状態で、雪に埋もれてしまったものを掘り出すことは非常に困難なものだった。
まるで縋りつくように見失ってしまった薬を探す。
素手で雪をかいて、掘り出そうとする。
しかし、一向に見つからない。募る焦りと身体を蝕む禁断症状。
全身を万力で締めるような痛みが走り、思わず探す手を止めて雪の中に身体を投げ出してしまう。歯を食いしまって必死に耐えようとするも、苦悶の声がもれる。
もう何度も経験した苦痛。それでも薬を打てばそれはすぐに快感へと変わっていた。
だが、その薬が見当たらない。
そうなると、ただ無限の苦痛を感じ続けなければならなくなる。
打った時は天国、しかし、効果が切れればこうして地獄が待っている。
すべてが終わってしまったというやるせなさと苛立ちを一瞬にして解消したいという出来心から手を出してしまった薬。
それを買うためにこれまで稼いでいたお金をほとんどつぎ込んでしまった。
だが、もともと自分が稼いだお金、何に使おうが勝手だった。
もはや誰も自分を必要としてくれない。
機能しなくなった自分を必要としてくれる者などいやしない。
人生の落第者というレッテルを貼られた自分がどこで死のうが勝手だった。
とうとう薬を求めることすら億劫になった。
この禁断症状が続けばいずれ自分は死ぬだろう。
もともとあの日から自分という存在は死んだのだ。
ここにあるのは魂のない抜け殻。
あの日残ったやるせなさと苛立ちを原動力にして機能していただけのもの。それもすでに機能を停止しつつある。
もう動かなくてもいい。
もう考えなくてもいい。
もう生きなくてもいい。
死の直前に見るという走馬灯なのか、これまでの人生が一つ一つ脳裏に浮かんでは消えていく。
輝いていた自分。
そのために必死に努力をした自分。
積み上げていたすべてを打ち砕かれ絶望した自分
そして……死に直面している自分。
「お、おい君! 大丈夫か!?」
どこからか男性の声が聞こえた。
ひどく慌てているのは公園で死にそうになっている自分を見つけたからだろう。
無視すればいいのに……。
止まっていた思考が言葉を搾り出す。残りかすであったが、確かに自分が思った素直な気持ちだった。
雪の積もった地面を踏みしめてこちらにやって来るのが分かる。
かすんだ視界に一人の男性の姿が映りこんだ。
容姿からして四十、五十代くらいだろうか。大きな身体にスーツを着ており、その上からコートを羽織っている。おそらくどこかのサラリーマンか何かだろう。会社帰りに運悪く自分を発見してしまったのだろう。気づかなければよかっただろうに、無視するにも見殺しになるのだと思ったのだろう。その男性は携帯電話を取り出し、病院に通報していた。
「おい君、気をしっかりともつんだ! もうすぐ救急車が来る、そうすれば助かるから!」
自分の意識をつなぎとめようと必死に叫んでいるのが聞こえる。
うるさくて眠れやしない。
うるさいと一言言ってやろうかと口を動かそうとするも、それは無理だった。
しかし、徐々に意識が遠のいていくのが分かる。
ああ、自分は死ぬのだ……、結局彼のやったことは徒労に終わるのだ。
どうせすべて終わったのだ。
このまま身を委ねてしまってもいいだろう。
視界が狭まる。見えていた男性の顔もほとんど見えなくなっていた。
激しく身体を揺り動かしているのだろうが、ほとんど感覚がないために分からない。
耳には未だに叫び続けている男性の声が遠くに聞こえる。
しかし、すぐに彼の意識は暗闇の底へと落ちていった。
*
ピッ、ピッ……という規則的な機械音が聞こえる。
死会が全て暗闇であったのが、次第に意識が覚醒してきたためか外から差し込んでくる光が見えた。暗闇を切り裂くようにして、そこにあった意識を引き寄せた。
目を開けた時、最初に視界に映ったのは真っ白な天井だった。
視界に差し込んできた光は天井にある蛍光灯のものだったようだ。
思考がぼんやりとしていたが、突然全身に走る激痛に完全に覚醒する。苦悶の声をもらし、取り付けられている呼吸器が一瞬白く曇った。
「だ、大丈夫ですか!?」
身体を横たえているベッドの横から女性の慌てた声が聞こえた。
身体を動かすのも激痛で難儀する。仕方ないと目だけをその声が聞こえたほうに向ける。
すると、そこに一人の女性が小さな椅子に座り、こちらに身を寄せてきているのが見えた。どこかの事務員でもしているのだろうか、膝丈あたりまでのスカートに緑を基調とした上着を着ている。きれいというよりもかわいらしいととれる顔立ち。その顔には自分を心配してくれているのだろうか、そんな色が浮かんでいる。清潔感ある黒髪は短めに切り揃えられており、彼女の真面目さを際立たせているように見える。
「そうだ、お医者さんを呼ばないと!」
慌しく立ち上がるとそのままベッドの頭側の壁にあるナースコールを押して自分が意識を取り戻したこと、激痛に苦しんでいることを伝えてくれる。
それから五分も経たずに医師と看護士が病室に入ってきた。彼らと入れ替わる形で彼女は病室から出て行った。治療の邪魔になると察しての行動なのだろう。
医師が来てから激痛に対する治療が行なわれた。
この激痛は自分がこれまでしてきたことに対するツケだという。
薬物の効果が切れてしまったことによる禁断症状。それがもたらす苦痛は想像を絶するものだった。数年にわたる使用によって自分の身体も心もボロボロだった。
治療を続ければまだ社会復帰は可能であるとようやく落ち着いてきたところで老年の男性医師が言った。
しかし、自分には治療を続けて治ったところで、その後どうしたいのかという明確な目的がない。どうせならこのまま死んでしまってもいい、そこまで考えるほどすでに物事に対して意欲を失っていた。
医師は決断は急いだ方がよいと釘を刺すように言った。
薬物だけではなく、この真冬の中コートなどを羽織らずに徘徊していたこと、いつからかまったく食事を摂っていなかったこと、それらが原因であるらしくかなり危険な状態にあるらしい。このまま死を迎えるか、もう一度生を求めてみるかという二択だった。
自分はもちろん死を選びたかった。
しかし、医師たちと入れ替わる形で入ってきた男性との再会で変わることになる。
「一命は取り留められたようで何よりだ」
男性はホッとした表情で言う。
彼にどうして助けたのかと尋ねてみる。失礼かもしれないという配慮はこの時の自分にはできなかった。
男はその質問を聞いて一瞬驚いたよう奈表情になるが、すぐに柔和な笑みを浮かべて言った。
「死にそうになっている人を見捨てられるはずはないだろう?」
当たり前のことを当たり前のように言う。
なにを馬鹿なことを聞いているのだと諌められたような気分だ。
「君はすっかり変わってしまったようだね」
まるで自分のことをよく知っているかのような口ぶりだ。
男性とはこれまで一度も会った記憶はない。
仕事柄上、相手の顔と名前を覚えるのは得意だったが、男性の顔と名前は記憶にない。
薬物の影響もあるのだろうか、頭まで犯されてしまっているからなのかもしれない。
あなたのことを知らないと謝罪を添えて言うと、
「てっきり知っているとばかりだったのだけどね。まあ、気にしていないよ」
と、一瞬意外そうな表情を浮かべたが、すぐに納得顔になる。
口を開いた男性は表情を再び変え、今度は真剣な顔付きになる。
「君や彼女たちが去ってからもう何年も経ったが、まさかこんな形で再び君を診ることになるとは思いもしなかったよ」
その声にはわずかばかり失望が混じっていた。
もしかすると、自分のことを仕事柄を含めてよく知っている人物なのかもしれない。
そう考えると、失望するのも当然なのかもしれない。
しかし、今となってはどんな言葉をぶつけられても平気な気がする。
どうせもう終わる命なのだから……。
「今の君を見ていると、もうあきらめてしまっているようだね」
分かったような口ぶりであるが、事実その通りだ。
自分はすべてを失ったのだ。
残っているものなど、なにもない。
今にも機能を停止しそうなこの身体だって、このまま放置していればいずれはそうなるだろう。
「君が選択したことを私がどうこうする権利はない。だが、これだけは聞いてほしい。今日君と会ったのはただの偶然ではないと思うのだよ。君は知らないようだが、これでも以前はアイドルのプロデューサーをしていてね、今は小さな事務所だけれど代表取締役兼社長を務めているのだよ。
765プロダクションは聞いたことがあるかな?
その顔からして知らないようだね。確かに小さな事務所であるし、目立った活躍もしていないから仕方がないのだがね。
それもあってか、事務所の経営が難しくなってきていてね、何とかしたいところなのだよ。以前ならば私がプロデューサーを勤めていたのだが、立場的にも、年齢的にも難しくなってきてね。そこで私の感性にティンとくる人物をスカウトしたいと思っていたのだよ。ここまで話せばもう分かると思うが、私は実力を買って君をプロデューサーとしてスカウトしたいと思っている。
確かにこの数年間は苦しんだだろう。君たちのように表舞台に立つ者の気持ちは計りきることはできないが、これでもプロデューサーを務めた身だ、それくらいは分かる。
手元には残っていないかもしれないが、君の心には精一杯輝くために積み重ねてきた知識や技能、経験があるはずだ。それをこれ活躍する子たちのために役立ててはくれないか?」
なにを言い出すかと思ったら、プロデューサーとしてのスカウトについての話だった。
表舞台に立てないのなら裏舞台で動けと、そう言いたいのだろうか。
自分に同程度の幸せと絶望を与えた世界に、もう一度戻れというのか。
喉から手が出るほど欲した栄光を、他の子が手にするようにしろというのか。
ふざけるなの一言だった。
搾り出したその言葉に、男性は苦しそうな表情を浮かべた。
彼も自分の思っていることは分かっているのだろう。
分かっていながらこの話を切り出してきたということは、それだけ危機感を感じているためであろう。だから、そう簡単に彼が引き下がるはずもなく、スーツから名刺入れを取り出し、中から一枚の名刺を取ってベッドの横にある棚の上に置いた。
「ここに必要な情報が書かれている。もしも引き受けてくれるというのなら連絡してほしい。私は、765プロダクションは君のことを歓迎する。もちろん君個人を、だ」
男性は最後の言葉を強調して言った。
それから男性は仕事があるからということで病室を後にした。
途端に静かになる病室。
死を選ぼうとしていたにもかかわらず、なぜかさきほどの男性の話が頭を離れなかった。
プロデューサーとしてスカウトしたいということ――それはつまり、表舞台に立っていた頃の自分ではなく、今こうして生か死かの選択を迫られている自分を必要としているということなのだろう。
正直な話、自分でなくとも、もっとよいプロデューサーとしての人材がいるだろうに。しかし、男性は自分のことをスカウトしたいとのこと。その理由がただ一言、自分の感性にティンと来たから、というのだからイマイチ納得できないところがある。
だが、今こうしてスカウトの話について考えてしまっているのも事実。
もしかして、自分はまだ心のどこかで望んでいるのだろうか。
いや、それはない。
だってすべてを失った今、なぜ手にできないものを望むというのだろうか。
ありえない、そう……ありえないのだ。
ふと視線だけを窓から見える外へと向けた。
いつの間にか外はひどい吹雪となっており、風とともに雪が窓ガラスを叩く音が静寂であった病室に小さく響いている。
だが、その光景はまるで隔てられた世界の向こうから引きこもっている自分を呼び出そうとノックしているようにも見えた。
そう、舞台裏にまで聞こえてくる観客たちの歓声のように――。