深海棲艦との戦争が終わり平和が訪れた
しかしそれは同時に艦娘たちの存在意義を揺るがすこととなる
一部の者は提督と結婚し家庭を築いていた
では他の者は?解体すべきか?
人生という名の戦争は艦娘たちにも例外なく訪れる
新天地で奮闘する艦娘たちのお話です

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プロローグ

『超大型で非常に強い台風19号は、現在九州に上陸し、勢力を保ったまま北北東へ進んでいます』

 

『中心付近の気圧は920ヘクトパスカル、最大瞬間風速はおよそ40メートル。また短時間での降雨量が非常に多く、山崩れがけ崩れに注意が必要です』

 

 照明が半分落とされた薄暗いハンガー、航空機用の格納庫としては決して広くないスペースにヘリコプター4機と中型のジェット機2機が並ぶ。そのいずれもが全体を白く塗装され機体の前方から後方へかけて青のラインが2本走る。そして機首の部分には日の丸と青で『S』の文字が描かれている。この『S』こそがこの組織を象徴するマークであり3つの使命を表している

 

 響きわたるラジオからの声に耳を傾けつつも、格納庫を走り続ける少女が4人いた。オレンジ色のつなぎを着崩し、袖の部分を腹部で縛っている。時間が経つにつれ紺色のTシャツは汗を吸い黒色を増していく。頭には紺色の帽子、そこには『特殊救難隊』の文字が刺繍されている。。銀髪の先頭を走る少女のテンポ良い掛け声に合わせ、4人の歩調は一糸乱れずブーツの奏でる音は規則正しい

 

「1、1、1・2、それ!1、1、1・2」

 

「それ!1、それ!2、それ!3、それ!4、そーれ!、1・2・3・4、1・2・3・4」

 

「歩調ー!歩調ー!歩調ー!歩調ー!、レッツゴーそーれ1・2」

 

「「「1・2」」」

 

「1・2」

 

「「「1・2」」」

 

数字の声に合わせて左足が着地する

 

 訓練学校で散々に仕込まれたその習慣はもはや体に染みついており、意識せずとも体が勝手に動く。そして先頭の少女の声に呼応するように3つの声が合いの手を入れる。走る速さはジョギングに満たないほどゆっくりではあるが開始から30分、じわりと額に汗が浮かび体中の血液をよどみなく流していく。本格的な訓練に備えて体を温めるだけでなく自身の体の調子を知るために非常に重要な時間である。足首に異常は無いか、足の筋肉の張りは問題ないか、肩関節の可動域は正常か、呼吸器に息苦しさを感じないか、そして脈拍は極端に速くないか。掛け声が途切れると自然と足を止め四人は円を描くように立つ

 

「海上保安体操はじめ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上保安庁、それは自衛隊や警察とは比較できないほど小さな組織である

 

人員約1万3000人、年間予算約2000億円

 

 警察が全国10万人、自衛隊の予算が数兆円からするとその小ささが伺える。事務方を除けばわずか9000人で北海道から沖縄までの海域、そして小さな島々まで守らなければならない。よく海上自衛隊と誤解されるが、管轄は国土交通省であり組織としては気象庁が隣接している。。海の警察と呼ばれ、海難救助に目が行きがちである彼らの主たる任務をご存じだろうか。四方を海に囲まれた日本に陸の国境は存在しない。つまり海こそが国境であり国家の生命線である。

 

海上保安庁は対外的にはJCG、Japan Coast Guardと呼ばれる

 

これを直訳すれば、おのずと組織の本質が見えてくる

 

『日本国』『沿岸』『警備』

 

すなわち『国境警備隊』である

 

 不審船などが領海に迫る事案が発生すれば、まずはじめに彼らが出動する。自衛隊でないのは周辺国の情勢を配慮して無駄に刺激しないためである。警察組織である彼らは軍隊のような充実した装備を持っていないにも関わらず、危険を顧みず一番槍となって現場に向かう。巡視船には小さな砲と小銃しか積まれておらず、もし他国の軍隊と交戦する事態となれば結果は語らずとも見えてくる。そもそも彼らは一種の警察官であり、戦争が目的の組織ではない。

 

『司法警察員』

 

 警察官と麻薬取締官、水産庁職員そして海上保安官だけが逮捕権を有する。彼らは全て法律に基づいて行動し、不審船が極端な攻勢に転じてはじめて自衛隊が動き出す。しかし法律に則り行動することこそが平和な国家としての誇りであり、海上保安官もそれを誇りに思っている。

 

国境警備と海難救助、2つの柱となる役割に応じて海上保安庁は日本でも有数の部隊を2つ有している

 

海を敵から守るための矛として特殊警備隊(通称SST)

 

そして海で助けを求める者への盾として特殊救難隊(通称SRT)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと5回!」

 

駆逐艦電は顔を真っ赤にし、汗を滴らせながら懸命に息を整えている。腕が震え、足が震え、小さい体が楽な姿勢を探して腰がたまらずに浮かび上がる

 

「電!まだいけるはずよ!頑張って!」

 

胸の筋肉が断裂の危険を訴えて脳に電気信号を送り行為の中止を警告する

 

「なのですぅー!」

 

声を張り上げ痛みをごまかしながら必死に上下運動を繰り返す

 

あと2回

 

 頭部に血液が満たされていくような感覚がやってくるが腕を懸命に折り曲げる。胸を地面のすれすれまで降ろし、完全に停止させる。ここでは反動を利用してごまかすような小細工は一切通用しない。なにより自分自身がそれを許せない。息を止めて筋肉の動きを確認しながら腕を伸ばす

 

あと1回

 

「なのですぅぅぅぅぅーーーー!!!」

 

歯を食いしばり再び体を床に向かわせる

 

汗が目に入りるもその痛みさえどこか遠くに感じる

 

再び胸が床についたのを確認して体を停止

 

途端に意識を四文字が満たしていく

 

苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい

 

 艦娘として深海棲艦と戦っていたころでさえ、そしてあの水雷戦隊の訓練の中でさえこれほどの苦痛を味わったことはない。既に肉体は完全に限界を迎え、自身に残されたのは精神のみ、一旦息を止め目をつぶりひたすらに念じる

 

上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ、上がれ

 

「んなあああああああああああ!!!!!」

 

 肘が伸びきったと同時に体の力が抜け、電はうつ伏せのまま床に倒れ込む。決して綺麗ではない床に頬をつけ虚ろな瞳をしているがその口元にはやりきった満足感を示す曲線が浮かんでいる。にじむ視線の先は格納庫の壁に掛けられている一枚の掛け軸に向かっていた

 

『苦しい、疲れた、もうやめたでは人の命は救えない』

 

幾度となくこの言葉に助けられてきた

 

 心の中に怠惰の悪魔が魅力的な囁きを携えて現れる時、心を護るためにこの言葉を思い出す。この言葉を念じると打算や自己保身は消え去り、苦痛や心の叫びは遠ざかる。ついにやりきった、遠ざかる意識の中で声が聞こえる

 

「やったじゃない電!ついに腕立て伏せ500回できるようになったわね!」

 

「よくやりました、電。本日の訓練はこれでおしまいとしましょう」

 

特殊救難隊第6隊隊長が訓練終了を告げるとようやく張り詰めた緊張感がほぐれていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦が撃滅されて3年、共通の敵が失われた今、周辺国は当然のように日本の艦娘たちに警戒の視線を向けた。レーダーにも映らず小型、それでいて驚異の機動性と絶大な火力を誇る存在を見逃すほど周辺国の軍人は愚かではなかった。束の間の平和が終わりを迎え、再び人類同士のいがみ合いがはじまり、各国の軍事バランスが薄氷の上で偽りの平和を作り出す。この状況で戦争の種と成り得る艦娘たちは即刻解体すべきだという声がさっそく市民団体からあがる。周辺国だけでなく自国内でさえ一部の輩の非難の的となった艦娘の処遇は危ぶまれることとなった。戦時中は軍神や女神とさえあがめ称えられていた艦娘たちの足元をかつての庇護の対象が泥沼に引きずり込もうとする。加えて以前から注目の的であった艦娘たちはマスコミの恰好の標的となった。糾弾する矛先を常日頃から求めていた彼らがこんな面白い状況を見逃すはずがない。秘匿されていた情報が規制の緩くなった網をかいくぐり、根も葉もない悪評が、噂話が週刊誌を賑わし始めた。作戦中の些細なミスや言葉の綾がとりだたされ、そこに意図的な悪意が付け足され市民の目や耳へと伝わっていく

 

 艦娘の解体が現実味を帯びてきたその時、各鎮守府の元提督たちが秘匿義務を破り次々と口を開き始めた。当時、艦娘たちは既に各鎮守府の手を離れ大本営による一元的な管理下にあった。提督たちは戦場を離れ深海棲艦出現前のお役所仕事に戻り、日夜膨大な報告書と格闘していた。けれども艦娘たちの命を左右する戦場での指揮に比べれば安息な日々であることは間違いない。元提督たちはその安息も立場も投げ打ち、大事なものを守るために次々と立ち上がった。長年にわたって苦楽を共にしてきた戦友であり、娘であり、恋人であり、そして嫁でもあるかけがえのない存在を守るため階級の垣根を超えて艦娘の人権獲得を訴えた。提督たちに続いて旧大本営が動き出し、やがて市民の間からも艦娘を守るべきだという声が出始める。この国の国民は深海棲艦からの解放を受けても艦娘への恩義を忘れてはいなかった。命を懸けて自分を家族を守ってくれたという伝聞がそこら中から湧き上がり、感謝や敬意が悪意を塗り替えていく

 

 結果、恩は恩で報いられる形となり、すぐさま艦娘人権獲得法案が国会の審議にかけられた。憲法や法律の外の存在であった艦娘は兵器であるか、それとも人間であるかという議論はいささか日本人らしい決着点を得る。

 

艦娘とは艦娘である、それ以上でもそれ以下の存在でもない

 

艦娘は人ではないが人権を有するものと定める

 

 審議通過を受けて特例措置としてわずか1カ月余りで法律施行となった。この結果を出すには明石の艦娘に関する調査報告書が大いに役立った。それでまでは一部の者にしか知られていなかった『妖精』という存在が公になり、その妖精こそが艦娘を艦娘たらしめている張本人であり、妖精との対話により艦娘を縛り付けていた『クサリ』の一部を外すことに成功した。いまや各艦娘の身体は成長し、妊娠及び出産が可能であることも医学的に明らかになった。一部の艦娘は提督と正式に結婚し家庭を築き幸せに暮らしている。

 

 一方で大多数の艦娘たちは戦場ではない自分たちが活躍できる場所を探していた。政府からの莫大な恩給を辞退し、一人の女性としてどうやって生きていくかと、はじめて自身の人生を見つめることになった。今まで戦うことしか知らなかった艦娘たちは仕事を得て暮らしていくには、一人の女性として未熟であった。そこで軍でもない民間企業でもない海上保安庁に白羽の矢がたつ。当時、海上保安庁は慢性的な人材不足に悩まされていた。なぜなら職員たちは深海棲艦により真っ先に殺されていたからだ。いや、それだけではなく自衛隊、警察、消防そして海上保安庁の男たちは真っ先に死んだ。市民の避難を優先し、己の身を顧みることなく人外の怪物に立ち向かい空で海で陸で次々と散っていった。自分たちが迫りくる脅威に無力であると知りながら彼らは決死の覚悟で守ることをやめなかった

 

第三管区海上保安本部羽田航空基地、正面玄関ロビーにはそれら英雄たちの写真が飾られている

 

特殊救難隊第6番隊隊長浜風は彼らに向かい最敬礼を行うと足早に雨の降りしきる東京の街へと消えていった

 

 

 




お読み頂きありがとうございます!

深海棲艦との壮絶な戦いではなく純粋に人を護る姿を描きたいと思い、この作品を書き始めました。
ジョギングすると浜風の豊満な胸部は大変なことになるかと思いますが、あえて本文には描かず、皆さまのご想像にお任せする所存でございます

完全な見切り発車!文体不安定!

次回、「緊急出動!」

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