真・恋姫†無双〜李岳伝〜   作:ぽー

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第三十九話 烈火の朝

 乙女は血溜まりの中で立っていた。

 壮麗な大議場。国家を先導してきた神聖な空間は、死の厳粛さに汚染されてしまい限りなく静かだ。手には鉄棍。先端から滴る血の音だけが、広大で静謐な世界にて許されたわずかな動きであった。

「終わった?」

 乙女を使役する小さな主が顔を出した。青と赤。色違いの服をまとったそっくりな二人の男。青は乙女の成した所業を見て顔をしかめた。

「うへぇ、何度見てもヒドい。もうちょっと綺麗に出来ないのか?」

「……は」

「まぁいいけど」

 大議場の過去の主たちの変わり果てた姿を見て、青い方がうんざりした表情で言った。赤い方は対照的にどことなく楽しそうだ。扁平になった人体を指さして笑っている。

「……二龍様、あまりお時間はございません」

 赤でも青でもない、もう一人の男が陰より現れて言った。乙女にはその男にあまり見覚えがなかったが、細くてやつれた男だ、という印象を抱いた以外は興味をすっかり失ってしまった。誰かに興味を持つということ自体、既に稀なこととなってしまっている。自分自身にさえ興味を失って久しい。

「そうかい? まぁ急がなきゃね。全員仕留めたろう、全員いるかな? 田疇」

「さあ、この……このような有様では……」

 やつれた男は気分を害したように口元を抑えていた。

「うん、まあね……ま、いいか。さて、では脱出ということになるのだけども……案があるんだったな、田疇」

「はい……いささか私のわがままを聞いてもらうことになりますが」

 青い方はフン、と鼻を鳴らして言った。

「窮策ではないのか?」

「なれども……」

 そのとき、深夜の宮中には似つかわしくない派手な音が響いてきた。剣戟と喚声、そして悲鳴である。

「来たか……予想より早い」

「急がねばなりません」

「行くぞ紗紅」

「遊ぶの?」

「ああ、盛大に行こう」

 わあい、と両手を挙げて赤い方が歓声を上げた。そして乙女に声をかける。

「行くよ――太史慈」

 乙女はその音が自らを表す記号だということを理解していた。乙女は乾き始めた鉄棍を携えて後ろを振り向き歩き出した。中華のいずこに行こうと興味はない。乙女は――太史慈は既に一個の機械に過ぎなかった。命令されるまま人を殺すだけの機械。あらゆるものを奪われ、なけなしの魂さえ自らの奥底深くに封印してしまった悲しい機械――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「引くな、討て。抵抗する者は謀反者である!」

 重装歩兵を相手に李岳は自らの言葉を体現するかのように一歩も引かずに突っ込んだ。時間との勝負――李岳は焦りをこらえて剣をふるった。

 総大将が先頭に立って敵陣深く踏み込んでいくのである。その効果は絶大で味方の兵は皆意気も盛んに槍を繰り出していた。中でも最も過敏に反応したのは華雄である。自らの得物、金剛爆斧を振りまわして敵兵を木っ端のように吹き飛ばしていく。最前列に居座り、一振り一薙ぎで敵を圧倒していく。

「吹き飛べ、馬鹿どもが!」

 華雄の吠え声は夜の宮を震撼させるにはあまりにも十分すぎた。

 筋肉が、解き放たれた激流のように躍動する。力は激甚な破壊を呼び起こし、勢い余って破砕した石柱の欠片でさえ必殺の勢いである。猛る戦斧は立ち塞がる全てを粉微塵に吹き飛ばす程の勢いだった。董卓軍最強の看板は伊達ではない。

「洛陽が誇る武威、華雄とはこの私のことだ! 死にたいやつから前へ出ろ!」

 半径五尺の刃の嵐。重装歩兵が頼みとする分厚い鎧でさえ全く役には立っていない。右に左に、戦斧が往復するごとに悲惨な戦果を積み重ねた――その武勇に、北方で腕を鳴らした張遼が刺激されないはずがなかった。

「やるやんけ、華雄! ウチも負けてられへんな!」

「隅っこで座っていてもいいのだぞ!」

「抜かせ! さあ宦官の犬っころども、死にたくなかったら裸足で逃げ出せい!」

 散々に打ち崩されていた敵陣は、もはや張遼の疾走に歯止めをかけることなどできはしなかった。偃月刀が煌めくところで首が舞い、支えを失ったかのように後退していく。

 散々に切り崩された重装歩兵隊に、とどめとばかりに押し込んだ五百の兵の突撃を支えきる力は残っていなかった。悲鳴と足音、降伏を迫る李岳の声が入り混じり宮中は慮外の混乱に堕していく。

 指示を終えると、李岳は主だった者を集めた。張遼、華雄、賈駆に董卓。

「霞、兵百を預ける。文武の官僚や女官が出てきたらすぐに保護して安全なところに。まだどこに敵が潜んでいるのかわからない。警戒を怠るな……降伏した敵兵は武器を奪い捕縛しろ、逆らえば斬れ、騒いでも斬れ」

 李岳の指示に迷いはなく苛烈とさえ言えた。横顔には強張りさえなく、目には怜悧のみ。彼からもう逡巡は見えない。飛んだのだ、と傍で見ていた賈駆は思った。この男はもう手の届かない高い所に飛翔した……加速し、人の手が触れられないところまで振り返らずに飛ぶだろう。

「よっしゃ! あんたはどうするんや!」

「俺は……陛下の元へ向かう!」

「陛下の元……」

 張遼が息を呑んだ。天下の中枢、覇権ともいうべきものが今目の前を転がっている――この状況が、急速に現実味を帯びてきた。

(天下分け目におるんや、ウチらは!)

 天子を手中に収めれば名実ともにこの中華の覇権を得ることになる。張遼は身震いし、そして面白い、とばかりに口元をゆがめた。我々は全ての者から狙われる存在になるだろう。天下の猛者たちがこの首を狙いにやってくるに違いない――超愉快やんけ!

「華雄殿はともに」

「人使いの荒い奴だ」

「詠、君は霞と共にいてくれ、兵の混乱が収まり次第中常侍を確保するんだ」

「わかったわ、処遇は」

「……」

 束の間、李岳は逡巡した。

「……冬至?」

「こ……」

 李岳は口ごもり、一瞬だけ俯いて拳を震わせた。まるで自分の中に閉じ込めた獣の身震いを抑えつけるように……彼の異変に明確に気付いた者はいなかった。

「殺すな……俺が戻るまでは、絶対に殺すな」

 言いきらないうちに李岳は何かから目を背けるように賈駆に背を向け、後ろで様子を見守っていた董卓を手招きした。

「月、陛下の寝室へ案内を頼む」

「は、はい」

「よし、時間がない。急ぐぞ」

 董卓の答えを聞くや否や、李岳は彼女を抱きかかえて走りだした。

 野山を巡って狩りを繰り返し生きてきた李岳にとって、小柄な董卓一人担いで走ることなど造作もない。しかし腕の中で抱きかかえられている董卓にとってはのっぴきならない事態である。

 

 ――男の人に抱きかかえられている!

 

 普段異性と触れ合うことさえないというのにいきなり大胆な接触を経験してしまい、頭は真っ白頬は真っ赤。突然の事態に目眩さえ覚えそうである。

「と、冬至さん……わた、私、自分の足で走れます……」

「時間との勝負だ、あなたの足には何一つ期待してないんで悪しからず!」

「へ、へぅ……」

「どっちだ!」

「あっ、み、右です!」

 本来決して立ち入ることを許されない後宮を李岳は全速力で駆け抜けた。隣には大斧を携えた華雄が、次いで并州兵が付き従う。あたりには見えないようにではあるが永家の者も三名随伴していた。

 この先には皇帝がいる。そこには恐らく敵の首魁がいるだろう。この洛陽で陰謀を巡らせ、多くの人の運命を散々に翻弄した者が……李岳の脳内にはほぼ確信とも言える推理があったが、後の楽しみとばかりにその正体に結論づけはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 李岳と華雄を見送った張遼と賈駆は、敵の敗残をまとめ武器を没収し整列させていた。双方の怪我人を手当てに送り、また百名程を執金吾の名において宮中の警邏に回らせた。宮中警備の任を負う執金吾の名を聞けば無用な騒ぎは静まり、混乱も一定で治まるだろう。

「ゆ、月にあんなにべったりくっついて!」

「なんや、怒ってるんかいな」

「月に何かあったらただじゃおかないんだから!」

「よっしゃ、ほな中常侍を捕まえにいこか」

 茶でも飲みに行こう、というような気安さで張遼は言った。ヒヒヒ、と賈駆は眼鏡の奥で悪魔じみた笑みを浮かべる。

「フフフ、覚悟しときなさいよ。これまで散々煮え湯を飲まされたんだ……今夜だって危うく殺されかけた! 年貢の納め時に立ち会わない手はないわ!」

 今まで散々弄んでくれたお返しだ、ふんじばってやる、いびり倒してやる――覚悟しろ! 賈駆の全身から剣豪もかくやという程の気がにじみだし、張遼はおおぉ、と一瞬気圧されてしまうほどであった。

 二人は八十名の兵を連れて大議場へ向かった。敵が兵力を残しているとは思えないが、暴れられても困る。八十名もいれば抵抗する意思を失うだろう、李岳は絶対に殺すなと言った、自死にだけ気をつけなくてはと張遼は指折りしながら確認する。

 大議場までなら賈駆も道を熟知している。背後に隊列を従えて張遼と賈駆は一目散に向かった。だが――

「う、ぐ!」

「なんや……これは!」

 

 ――威と力。血と金。その全てを手中に収め、自らに逆らう大将軍さえとうとう屠り、今宵一時でさえまさしく天下を牛耳った中常侍の面々は、常日頃その謀議を交し合っている馴染みの卓で、皆々残さず轢殺(れきさつ)されていた。

 

 まともな死体など一つもない。屋敷程の岩石が宙より降り注いだのではないか、と思える程に跡形もなく潰されていた。

 あまりの威力に床の染みが如くなってしまった者……逃げようと席を立ったはいいものの、横殴りの暴力に直撃し柱にこびりついてしまった者……もはや人体の原型さえ失った者。

 あまりの凄惨さに賈駆は口元を抑えて部屋を飛び出し、張遼でさえ言葉を失い青ざめた。

 一体どのような技をもってすればこのような惨状が作り出せるのか……人数ではない、圧倒的な個の膂力である。天下広しと言えど、このような馬鹿げた力を持つ者が一体どれほどいるというのだ。

 ふと、口を封じられたのだ、と張遼は気付いた。いいように使われた中常侍たちは、李岳の進軍に気付いた何者かによって口封じに殺されてしまった。

 そして、口を封じられるということは、つまり中常侍さえ操っていた黒幕がいるということ――その者たちは今どこにいるのか? 知れたこと、漢朝宮殿において最も気高き者のところへ向かったに相違ないのだ――まさしく李岳が目指した大漢皇帝劉弁の元へ。

「……冬至がやばい!」

 無残な死体に成り果てた李岳の死体が脳裏に浮かぶ。

(付いていけばよかった!)

 その想像を振り払うように偃月刀を掴むと、張遼は駆け出した。間に合え、と祈るような気持ちで床を蹴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 李岳たちはとうとう後宮にまで至っていた。

 道はすぼまり、大きな庭園を二つめぐった先の丁字路にて左右を問う。

「右に行けば陛下の御寝室です……そして、左が陳留王殿下の御寝室」

 怯えたような董卓の声であった。ここまでの道は不思議な程に静かだった。静けさは、全くの無事か、あるいは最悪の事態か……その二者択一を強く予感させた。

 明確な騒ぎが起きて半刻はゆうに過ぎている。際どい時間であった。敵がこの急襲を予想できたはずもない。もうすでに二人を拉致して既に洛陽城外、ということはありえないだろう。この宮中内に潜んでいるのは確実だ。やつらの目的は間違いなく皇族の確保による一発逆転に違いない。

 皇帝と陳留王……先にどちらかを迎るべきか、同時に保護するために兵を分けるべきか……逡巡の間さえ惜しい、とうとう李岳は決断した。

「……兵を分ける! 華雄殿は半分を引き連れ陳留王殿下の元へ、私たちは残りを引き連れ陛下をお迎えに参ります」

「わかった」

「……華雄殿、粗相のないようにお願いしますよ」

「な! 私が無礼を働くとでも思うのか!?」

「ちょびっと」

「この野郎! 後で殴ってやるからなっ!」

 爆斧をブンブン振り回して華雄は駈け出していった。まさか部屋に入る際もあの斧を振り回すわけではないだろうな、と李岳は実際不安である。

「……ま、大丈夫だろう。俺達も急ごう」

「はいっ」

 天子の寝室まで伸びる最後の廊下を急ぐ。董卓がいれば天子も李岳を信用するだろう。夜明けまで一刻を切った。何の指示もなければ、城外に戦略予備として布陣した五千の兵を日の出とともに突入させろと赫昭には伝えてある。このまま天子を確保できれば追加の指示は必要ないが――しかし事態がそれほど容易に落着するのだろうか、と李岳の疑念は尽きない。

 間もなく辿り着いた皇帝の寝室を前に、抱えていた董卓を床に下ろした。部屋の中から騒ぎの声はない。敵は来ていないのか……あるいはとうに攫われた後なのか……

「冬至さん……」

「月、頼む」

 執金吾とはいえ皇帝に訪いを入れる権限など李岳は毛頭持ち合わせていない。董卓が控えめな声でおずおずと声をかけた。

「陛下……夜分遅くに失礼仕ります……董仲穎(まか)りこしました……」

 三十を数えて返答がなければ返事を待たずに押し入ろう、と李岳は決めていた。誘拐された無人の部屋に控え続ける馬鹿な真似は御免だった――時間は無残にも三十を無音で捨て去った。董卓が声を上げる間もなく李岳は部屋に押し入った。

「御免!」

 部屋はがらんとしていた。目を覆わんばかりの絢爛豪華さなどどこにもなかった。質素を絵に描いたようなしつらえである。天子の寝室……天の優雅さよりも、地の質実さに親しんでいるような部屋である。

 部屋のどこにも荒れた形跡などない。室内にあつらえられた天蓋付きの寝台には部屋の主――天下の主が静かに寝息を立てていた。

「……陛下!」

「待て」

 安堵のままに駆け出そうとした董卓の肩を抑えると、李岳は後ろに押しやった。そして刀を抜くと油断なく部屋の奥の暗がりを見据える。李岳には見えていた。夜目は利くのだ。影に佇む背の高い男の影を、李岳は捉えていた。

「出てこい、そこにいるのはわかっている」

「お久しぶりでございます」

 声の主は躊躇することなく現れた。なぜかばつが悪そうに李岳に小さく頭を下げていた。

 聞き覚えがある暗い声。高い背、やつれた頬、青白い顔色――

「田疇……」

 男の名は、田疇。西園軍の閲兵式の際、逃走する張燕を追った先の黄河のほとりで会話を交わした男であった。

「覚えていただいたのですね、光栄です」

「……お前が」

「このような形でお会いしとうありませんでした」

 あの時の不可思議な邂逅を李岳は思い返した。油断ならない男だと思った、殺さなければならないとも思った……ただ、殺さずに済んでよかったとも思ったのだ。憂鬱そうで生気に乏しいが、印象に残る男、田疇。

「なぜ、ここにいる?」

 聞くまでもない。敵同士がその正体を現しあったということは明らかであった。

「言い訳はいたしません」

「なぜここにいるのか、と聞いた」

 どこか気まずい空気が二人の間を流れた。なぜか李岳には確信できた――この男こそが、宿敵なのだと。

 幽州でも、雁門でも、この洛陽でも、李岳は暗幕の向こうの見えない敵と戦っていた。時に剣で、時に演技で……誰とも知れない暗闘の主役を知りたいと四方八方手を尽くしていた。それがとうとう明らかになった――田疇! この男こそが俺の敵!

 しかし真っ先に沸き起こった感情は怒りではなく、理由の定かならぬ戸惑いと悲しみであった。

「……何が目的で、貴方は」

 戸惑いのあまりに言葉がまともに列を成さない、という経験を李岳はこのとき初めて味わった。

「大義のため」

 田疇の顔に憂いが帯びる。眉間には深刻なしわがよっており、憂鬱さに取り殺されるのではないかというような表情であった。

「李岳将軍、貴方は天下を憂いておられますか?」

 田疇の目が細められる。李岳の心の奥までも見透かすような不思議な瞳だった。絶望に染まりきっているというのに、どこか希望を探してやまないような不思議な薄暗さ――それは一度死んだ者にしか宿すことの出来ない瞳の色であった。

 李岳の答えを待つまでもなく、田疇は言葉を続けた。

「貴方は天下を憂いておられる。漢朝ではなく」

「……何が言いたい」

「貴方は自由なのです。その自由さが、今こそ求められている。どうか、私と一緒に来てはいただけませんか」

 馬鹿な誘いだ、と一蹴できなかった。田疇は片膝をつき、手を合わせて李岳を敬うように願っていた。身命を賭す程の真摯さに李岳は圧倒されかけていた。本当にこの男は敵なのか、と。

「この国に住まう民が、なぜこうも飢えねばならないのでしょう? 日々苦しみ、明日に希望を持てず、暗い瞳のまま生きていかねばならないのでしょう? この国を根本から変えるときが来たのです。そのためにはこの漢では荷が重い」

 絶望の瞳……垣間見える微かな光。

「民が苦しむのは漢のせいだと?」

「はい。漢を滅ぼし、新たな秩序を打ち立てるのです……」

 李岳の沈黙が重く部屋を漂った。田疇の瞳は全くぶれない。董卓が呼吸を忘れて立ち尽くす――このとき、董卓は李岳が去りゆくことを半ば覚悟していたということを、後日反芻したときに気づく。

 一度大きく深呼吸をしたのち、李岳は口を開いた。

「だから戦乱を? そのためにどれだけ多くの被害が出ると思っている」

「何もしなくても被害は出るのです。手をこまねいて見ている方が罪でしょう」

「匈奴二十万の戦乱が必要最低限の被害だと?」

「私とて全知全能ではありません」

「諦めだな」

「驕ってはいないだけです……よくお考え下さい。今が絶好の好機なのです。民は天意を疑い新たな秩序を求めています。今こそ民に生命の謳歌と希望を与えなければなりません。そのために私は漢を滅ぼし、そして……」

 

 ――その時、田疇の言葉を遮るように、途轍もない轟音が部屋を揺さぶった。

 

 音は、それ自体が質量を持ったような腹の底を殴られたような衝撃であり、地響きにさえ等しかった。

 音は断続的に続いた。地震などではない、人為を感じる響きであった。近い……が、この部屋ではない。李岳は音源を探したが、その場所が明らかになった瞬間目の前が真っ白になった。先ほど華雄と別れた丁字路の先、彼女が向かった陳留王の寝室でその轟音は鳴ったのである。

「……時間のようですね」

「まさか……陳留王を!」

「天子はお返しします。薬でお眠りになっているので、あと半日は目を覚まさないでしょうが」

 田疇は立ち上がると一歩後ろに下がった。

「逃すと思うのか?」

 剣を構え、飛び出そうとした李岳を押しとどめたのは、影からにじみ出るように現れた無数の人だった。闇の技に長けた男と女たち……屋敷に張り付いていた者たちと同等、あるいはそれ以上の実力を秘めているに違いない。李岳が思わず躊躇するほどの鋭利な殺気を放っている。

「よくお考え下さい、貴方ならきっと私たちの理想を共有できるはずです」

「田疇!」

「ごきげんよう……」

 

 ――そうして田疇は去った。彼が遺した問い、李岳はその答えを求めて生涯(さいな)まれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こるかわからない。率いてきた兵全員で帝と董卓を後方に逃がし、単身李岳は陳留王の居室に走った。

 急がなければ、と思えば思うほど足が思うように動かない。田疇の問いが脳裏にまとわりついて離れないのだ。

(馬鹿な! 迷ってる場合かよ!)

 廊下には破壊の跡が点々としている――華雄と共に送り出した兵たちまでもが瓦礫の間に無残な姿で倒れていた。轟音は今も断続的に続いている、華雄がきっと今も何者かと戦っているに違いなかった――時間はない! くだらない問答に悩んでいる余裕なんてどこにある!

 ボロボロに打ち壊された入口を、飛び越えるようにして李岳は陳留王の寝室に足を踏み込んだ。

 

 ――華雄は立っていた。荒い息を繰り返しながら敵と思しき者に対峙している。

 

 李岳はすかさず抜剣して彼女の隣に並んだ。劣勢であることは一目でわかった。華雄の顔、そして胸元までが真っ赤に染まっていた。

「華雄殿!」

「騒ぐな! 鼻の骨が折れただけだ」

 李岳の方には振り向きもせず、こともなげに言い放つと華雄は右に曲がってしまっていた自身の鼻を力任せに元に戻した。フン、と息を送り込んで鼻から流れ出ていた血を最後の一滴まで追い出す。

 袖でぐいっと口元を拭うと金剛爆斧を構え直して呻くように呟いた。

「化け物め……」

 華雄の苦戦――李岳には信じがたいことだった。先ほどの重装歩兵との戦いでも見た通り、彼女の武力は常人のそれではない。見紛うことなく一騎当千の一人であり、李岳でさえ白兵戦では手も足も出ない、この大陸有数の武芸者なのである。

(その華雄が圧されている……?)

 ほとんど訝しい思いで相対している敵の姿を李岳は見た。

 

 ――相対するはまるで生気を感じない暗い瞳の女性であった。

 

 背丈は華雄と等しい程度である。黒白だけで彩られた袍を身にまとい、手拭いで頭のほとんどを隠していた。喪に服しているかのような趣がある。手にしているのは背丈と等しい鉄棍であるが、その両端は流血に彩られ真紅であった。

「ぼやぼやしてるから鬱陶しいのが来ちゃったな」

 声は、その武人の背後から語られた。まるで喜劇の演出のように、二人の少年が武人の背後から左右同時にひょっこりと飛び出した。

 

 ――青い袍に青い巾。赤い袍に赤い巾。

 

「劉岱……劉遙!」

 お、とおもしろがったのは赤い袍の劉遙。

「へえ! すごい! 初対面なのに僕のことよくわかったね!」

「山陽に二龍あり……劉岱によく似た男がいるんだ、弟の劉正礼以外にはいないだろう」

 なるほど、と至極納得したという風に劉遙はうなずいた。呆れたように笑う兄の劉岱。

「ていうか、ここに来たってことは田疇は失敗したってことだね。フン、しくじってばかりじゃないか。まあいいや。ここで始末すればいいだけの話なんだからね」

「……陳留王殿下はどこだ」

 自分の言葉を遮った李岳の問いに、劉岱はちっ、と舌打ちを鳴らして不満を示した。仕方ないな、とでもいうようにくいっと顎で背後を示す。天蓋つきの寝台に少女が一人横たわっているが、この騒ぎの中でも起き上がらずに眠ったままだ。かすかに胸が上下しているから死んではいない、天子と同じように眠らされているからだろう。

「どうするつもりだ?」

「どうって?」

「殿下を連れ去り、どうするつもりだと聞いた」

「そりゃまあ、僕らのお人形として頑張ってもらうさ」

「お人形?」

「ああ、前の陛下はいいお人形だったよ。楽しいおもちゃだったなあ! でも困ったよ、本当。こっちの計画そっちのけで勝手に死んじゃうんだもんな。劉宏め、おかげでとんでもない手間だ。蹇碩も仕事せずに死ぬし、中常侍たちもこうなればお払い箱。ほんと、計算が狂ってばかりさ」

 だから天子は上げる、と劉岱はこともなげにいった。

 

 ――そのとき、不意に李岳が積み上げてきた推理の最後のひとかけらが埋まった。誰が遺勅を書かせたのか、誰が先帝を唆したのか、誰が蹇碩を追い詰め、誰が劉弁に決断させ、誰が母を死に追いやったのか。

 

「お前らか……」

 

 ――最後に見た丁原のほのかな笑顔を思い出す。必ず帰る、と答えた暖かな声音を思い返す。しかしそれらは眼前の二人のせいで波にさらわれた砂の城のように失われてしまった。

 

「お前らのせいか……」

 

 ――親子で作った城だった。せっせとこねて、時には叱られ。まだまだ大きくすることができた城。二人で作った城。いつか父も合わせて三人が住めるような城にさえ出来るはずだったのに。

 

「お前らのせいなんだな」

「何を言っている?」

「壊れた?」

 

 ――本人すら気づいてないことではあったが、事実李岳はずっと我慢してきた。

 董卓を殴れなかった。帝には遠慮した。中常侍をこの手で八つ裂きにしたいと思っても作戦を優先し、張遼たちには絶対に殺すな、とすら言った。

 自らに課した戒めは自身の中で合理化され、次第に違和感なく馴染んで行った。しかし、それは自らの内に息づく獣を飼い慣らしたことにはならない。餌を与え、なだめすかし、束の間の惰眠を貪らせたに過ぎない。

 

「お前らのせいで…」

 

 ――しかし彼は気づいてしまった。ああ、こいつらのせいだ、と。全部こいつらが悪いのだと。こいつらを慮る必要など微塵もなく、そう……俺はもう、我慢しなくていいのだと。

 不思議な話ではあるが、李岳はこの時、ほっとしていた。それも一時的な感情ではなく、喜びが押し寄せるように次々とやってきては確信を強固にする。内心の安堵が止まらない。李岳の胸に心地よい穏やかさが静かな海のように広がっていく。

 

 ――それは、復讐の喜びであった。

 

「……何を笑ってる?」

「え?」

「何がおかしいんだよ、お前」

 あ、笑っちゃってましたか。と李岳は妙な丁寧さで答えた。

「いや別に、ほっとしただけですよ」

「……なに?」

「あんたら殺すのに、かけらも躊躇わないでいいから」

 どこか解放されたような快感があった。笑みが止まらない。なぜか何を話しても敬語になる。天子のことも田疇のことも、母のことも呂布のことも頭から抜けて落ちていた。李岳は今、自由だった。自由に怒っていた。世界で最も気ままであった――李岳の理性は完全に破断したのである。

 復讐に飢えた一匹の獣に成り下がっていた。憤怒と名付けられた獣は解き放たれたのである。獣は腰にぶら下がっていた黒い牙を剥いた。この怒りの飢え、哀しみの渇きを癒すのは仇の血肉を噛みちぎり嚥下する他なかった。

「――太史慈」

 不遜。不敬。不愉快――劉遙の言葉にはその全てが混じっていた。

 鉄棍の女性――太史慈は劉遙の言葉に機敏に反応した。李岳から二龍への動線を遮断するように立ちふさがり、鉄の棍を軽々と振り回し殺意を放射する。

 李岳は武人の名に片眉を上げた。

 

 ――姓は太史、名は慈、字は子義。史実においては呉国最強の将として勇名をほしいまままにしている男であった。忠義に厚く、武に優れ、江東の小覇王と謳われた孫策との一騎打ちは千年を超えて語り継がれる激闘である。

 

 眼前に立ち塞がるは史実とは違い女性であったが、李岳は男女の異同ごときで必然を疑うような先入観などとうに持ち合わせていなかった。立ち塞がり、華雄を圧倒したのは間違いなく太史慈本人なのだ。

「太史慈! そいつらは僕達を馬鹿にした! 念入りに潰せよ、床の染みにしちゃえ!」

 劉遙の狂人めいた叫びに、太史慈という名の殺戮装置が鼓動した。棍が風切音を巻き起こして右に左に大回転する。動体視力には抜群の自信を持つ李岳の目でさえ、棍の先端の動きを視認できなかった。あまりの速さに巨大な円盤を携えているようにしか見えない。

 

 ――太史慈の携えている鉄棍はその銘を『蛟龍棍(コウリュウコン)』と云う。太史家の遠き先祖が泰山の頂上に降り立った巨大な龍を絞め殺し、引き抜いた脊髄を打ち鍛えて作り上げたという伝説を秘めた魔棍である。総身に華麗な紋を施された六尺五十斤の大得物。

 

 しかし李岳は無造作に間合いを詰めた。太史慈は瞬きする程の短い間、敵の真意を図りかねた。その隙を撃剣は見逃さぬ。天狼剣は鉄棍に沿うように滑った。波走り――長得物相手に用いる撃剣の型であった。鋭く追い討つ自在の刃が持ち手の指を噛み千切らんと走る、母から伝えられた技である。

 予期せぬ動きに太史慈の挙動が濁った。が、されど対応できる余裕が太史慈にはあった。棍を巻き起こして李岳の技を受け流す。そのまま逆側の先端で頭蓋を打ち砕けるはずであった――華雄の捨て身の突進がなければ。

「オラァ!」

 躊躇いなく打ち込まれる爆斧。それを受け止めながら、他方では手首、足元を執拗に狙う長剣に応えねばならず、さしもの太史慈も額に汗……柔と剛。間断なく打ち込まれる二人の技が呼吸がために途切れるまで、太史慈は防戦一方となった。

 息を荒げて二人は間を置くように後退した。手に異様な痺れがある。攻め立てているというのに、気を許せば即座に粉砕されかねない怖さがあった。

 しかし、二人はどうにも場違いな笑顔のままである。

「もう、勝手に混ざってくるなんて」

「私が突っ込んでいなければ、お前今頃市場の鶏みたいになってたぞ。感謝しろ」

「あはは、うまいこといいますね」

「……怖いやつだな、貴様」

「何がです?」

「頼むからその笑顔で敬語はやめてくれ、頭痛がしそうだ!」

「……助かりました」

 相変わらず獣は牙を向いている。が、破断した理性がわずかに戻ってきていた。

 天狼剣を水平に構え、李岳は油断なく前方を見据えている。太史慈に疲れは見えない。数的不利だというのに、敵の攻撃を分析し、最適解を計算しているような冷静さがあった。

「華雄殿……太史慈という名、聞いたことがあります。天下に名だたる英雄の一人です。最強と呼ばれるものたちの内の一人でしょう」

「フン! 望むところだ、そいつをぶっ飛ばして私が最強の英雄になる!」

「その意気です――!」

 飛び出しは同時であった。

 不思議と、華雄とは呼吸が合った。華雄も同じく李岳と共に戦うことをやりやすいと感じていた。剛柔、緩急、そういったものが全て真逆であるからこそお互いの全力が重複しないのである――華雄が全力を出しやすいように李岳は誘導し、それを見逃すことなく華雄は猛った。

「鼻の仇を取らせてもらうぞ! そぅるぁ!」

 金剛爆斧が唸りを上げる。太史慈は得物を盾にそれを防ごうとするが、華雄は舌なめずりをした。小賢しい、その棍ごと両断してくれん! ――かなう限りの力と遠心力をも付加して振り抜いた。自ら『武神豪撃』と名づけた乾坤一擲の大技である。

 二人の影が折り重なる。力の余波が風となって李岳の前髪を揺らした。猛虎の断末魔のようなけたたましい金属音が響く。華雄の腕に強烈な痺れが走った――しかしそれは何かを両断した時の心地よい手応えではなかった。

「ば、馬鹿な……!」

 華雄の一撃は蛟龍棍の硬度と、絶妙な力加減を加えた太史慈の武芸の前に文字通り刃が立たなかったのである。華雄の全力に対して、不遜なまでの無表情で見下ろす太史慈。

「太史慈……これほどか!」

「二人がかりで僕たちの太史慈にかなうとでも思ってるのかい? おっかしい!」

 劉岱の声に太史慈は眉一つ動かさない。嗜虐心をそそられているのか、劉岱も劉遙も口の端をゆがめて笑っていた。圧倒的強者の立場から敵を見下ろすことほど愉快なものはない、と。

「うーん、死ぬ程楽しいな」

「瑠晴兄様、僕はちょっと飽きたよ」

「そうか?」

 足掻きを好む兄と、露骨な惨劇を好む弟の差異であった。

「……そうだな、ぼやぼやしてると増援も来かねない。今いい所なのにな」

「もう眠いよ」

「紗紅、そろそろお(いとま)の時間ってやつかな」

「このまま帰れると思っているのか?」

 李岳の言葉に、垣間見せていた無邪気な笑顔を引っ込めて劉遙は童顔にそぐわぬ異様な険を見せた。

「うるさいよ、お前。今度絶対細切れにしてやるから」

「犬の餌にでもしてやろう」

「それいいね。うん、じゃ、帰ろっか。瑠晴兄様、やっちゃっていい?」

「ああ、いいぞ。思う存分派手に行け、紗紅」

「やった! よーし、行くぞ。そうら!」

 何を、という間もなかった。劉遙は一歩前に出ると、くるくると舞い踊るように足踏みを始めたのである。そしてどんな仕組みか――刹那、劉遙の懐からはやての如く火炎が飛び出し、室内を瞬く間に舐め回した。光と熱が混合する。火は餓えた龍のように天井を走った。

 冬の乾いた風。延焼は宮殿の隅々にまで至るだろうことは想像に難くない――天子の御座する宮に火を放つ暴挙!

「貴様っ!」

「アハハハ! それじゃあまたね、飛将軍。精々頑張るがいいさ……行くよ太史慈、この役立たず! 次はちゃんとあいつらの首を落とすんだぞ!」

 太史慈は無言でうなずくと、踵を返して陳留王の小さな身体を担いだ。追いすがろうとしたが、その李岳の道を遮るように炎は猛った。火炎の道を四人は消えていく。轟いた爆発音は太史慈が壁に穴を開けた音だろう。喉を焼く熱と黒煙に追跡を断念せざるを得ない。

「くそ!」

 陳留王の誘拐を許してしまった、このつけはきっととてつもなく巨大な負債となる――なにより、あいつらを殺し損ねた!

 暗澹たる気持ちになるが、今ならまだ奪還の機会はある。それに爆発的に広がる火炎を前に反省も何もなかった。

「永家!」

「これに」

 李岳の言葉に、闇より出でた黒ずくめの男が答えた。どんな事態になろうとも、李岳の側には必ず一人付けるように厳命していた。

「直ちに城外に布陣した赫昭の元へ走れ。追跡隊を組織しろ、陳留王殿下を何としても取り戻すんだ……共にいる者たちの生死は問わん! 邪魔立てするものは皆敵だ、殿下の身柄以外はこだわるな」

「方角は」

 李岳の脳裏に地図が広がる。劉岱の地盤――

「……(エン)州だ。陸路はもちろん、孟津からの水路も見落とすな」

 はっ、と言葉を残して永家の男は消えた。追跡が上手くいくかは五分五分だろう……夜は明け始めている、分の悪い賭けではない。しかし、無駄なあがきだという絶望感が重く李岳の肩にのしかかった。

 ふっ、と消えた永家の男と入れ替わるように現れたのは敗残兵をまとめていたはずの張遼である。額に汗を浮かべて、息も絶え絶えな様子だった。慌てて李岳を追ってきたように見える。

「冬至、無事か!? とんでもない化け物が……って、なんやこの火は!」

「説明は後でする……霞、後宮から人を逃がせ! 手の空いてる者全員でここの火を消す!」

「わ、わかった!」

 きた道をまた慌てて戻っていく張遼。それを見送る間もなく李岳は華雄と二人で天幕、布地など部屋から引き剥がして放り出し始めた。焼け石に水もいいところだが、ここの一室だけで炎上を済ませることが出来るのなら何でもする気でいた。

 その李岳の元に、再び伝令。

「李岳様」

 永家の者であった。先ほど放った男とはまた別の者である。聞きたくない、と思った。嫌な予感しかしなかった。必死に消火のために体を動かしながら聞いた。

「どうした」

「放火です。東の門に至る道々で火災が発生。折りからの寒風に煽られ火の勢いは増しております。洛陽市街の大半が煙で隠れるほどの大火です」

 あわや、自分の歯が砕け散るのではないかと思うほど、李岳は奥歯をかみしめた。

「くっ――執金吾麾下、并州兵涼州兵を全てかき集めろ! 洛陽城内の民を叩き起こせ! 朱雀門から南へ避難させるんだ! 火災に離接した建物は全て打ち壊す……類焼を防ぐんだ、手段は任せる、指示を待たずに現着次第かかれ!」

「御意」

 永家の者が消えた。やがて重装歩兵の捕縛を終えた騎馬隊が、思い思いの器に水を入れて駆けつけてきた。後宮の中庭には池があり、そこから汲み出してきたのだろう。二百人が総出でかかるので、宮の火災はなんとか鎮めることができそうである。

 李岳はそれを見届けると外へと駈け出した。血なまぐさい戦いの後さえ茶番劇と思えるような、全てを灰燼に帰すかのような火炎が外に飛び出た李岳の目に飛び込んだ――洛陽が燃えている。

「……くそ、ちくしょう!」

 大声で逃げ惑う人々と、懸命に火災を食い止めようとする兵たち――東の空は夜明けを迎えんと白み始めているが、既に真昼のように明るい洛陽の街――悔いてる暇はない、と李岳もまた駈け出した。被害を最小限に食い止めなくてはならない。敗北感と絶望感に心が侵し尽くされるのを拒むように、李岳は救助と消火に奔走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初春、朝ぼらけの頃に洛陽は燃えた。

 劉岱、劉遙は逃走経路においても見境なく火を放ち黒煙に紛れて逃走した。街路は炎にまみれ人々は逃げ惑い、軍による必死の消火活動も虚しく、全焼した家屋はニ千戸を数えた。火災による死者も五百人に上り、そのほとんどが無辜の民であった。

『洛陽の最も長き夜』はこうして明けた。これより始まる大戦乱を予期したかのような炎上により朝を迎えた。世界のどこよりもいち早き烈火の朝を……


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