河豚以外の『ポセイドンの近衛兵』が新拠点地、ベルナ村で初のクエストを行っている間、河豚は火山地帯のある一角にいた
。
死屍累々。河豚の眼下に広がる景色は正にそうだ。付近で地に足をつけているのは河豚以外にはいない。
千切れ飛んだ無数の腕、夥しい血の海。降り積もる火山灰が鮮血を濁らせていく。
「ふぅむ。ちと、やり過ぎたかの」
河豚は火山項を見上げて自身が行った行為を悔い改める。しかし、それは人を殺めてしまった事に対する後悔ではなく、この後の処理が面倒だという、なんとも冷酷無比な理由だ。
刃にこびりつく血を振り払い、手元に握りしめた資料へ視線を移す。
「しっかし、密告者ですら敵についたか。あいや、参った参った。さりとて、欲しい情報はほぼ全て集まった。後は……」
足元に転がる二重スパイの顔をモンスターの堅牢な甲殻で作られたブーツの踵を使い、踏み潰す。
「───殺るだけだ」
歯をギラつかせ、濁った瞳で河豚は内に秘める毒を表に出す。
その姿は何時もの柔らかな雰囲気ではなく、殺意の塊とかした、修羅の化身が放つ闘気となっていた。
そもそも、河豚が何故火山地帯の一角で死闘を繰り広げ、死体の山を築いたのかと言えば、それは数時間前に遡る───。
* * *
鮫、鯱、クリオネよりも一足先に新たな拠点地に降り立った河豚とモンハナシャコこと八城蓮華は密林にて狩猟を終え、宿で体を休めていた。
河豚は今回のクエスト内容である『ヤドカリ十匹の狩猟』の内、一匹が殻に隠し持っていた封書を開く。
『灰被る地にて、彼の巻物を手渡す。朝方、日が上る頃に参られよ。
蟹』
封書を開けば、そこには密会の内容が記されていた。
開けられた窓から吹き抜ける夜風が潮の匂いを紙から届ける。
「相変わらず面倒な伝手を使う。わざわざ雑魚を殺さねばならない此方の身にもなってほしいものよの、なぁシャコよ」
「確かに面倒ではあるけど、モンスターを一匹でも多く消せるのだから、僕的には良い方法だと思うな」
「相変わらずのモンスターへの殺意だの。恐れ入るわ」
「君も相変わらずの奴への殺意だね。恐れ入るよ」
二人とも影のある笑み浮かべて、相手の腹を探る。
こいつを何処まで使おうか。
考えていることは同じ。相手を利用することしか頭にない。しかし、それは両者が認め、ギブアンドテイクな関係を築いているために、問題はない───現状としては、だが。
「さて、と。僕は予定通りに彼等と狩りに行くよ。その間に君は蟹さんと会っておいで」
「うむ。あやつらは今後の布石になる。けっして死なすではないぞ」
「解ってる。僕としても鯱君たちが死んじゃうのはいやだからね」
河豚は彼が仲間思い、というよりも、人間思いな性格を信頼している。そして、同様に危惧もする。
奴との攻防戦になれば、鯱や鮫は十中八九、死地に追いやられることになるだろう。その時に彼は身を呈して彼等を守り抜くことは自明の理。八城の死に際はそこであり、たかだがモンスターごときに殺されては河豚からすれば、たまったものではない。
用がなくなれば勝手に死んでくれてもいいが、今は誰が死なれても河豚の計画は破綻するのだ。
「いいか。けっして無理な狩をするではないぞ」
「しつこいよ。なんであろうとかんであろうと、モンスターは殺すし、仲間は守る。ほら、火山地帯まで行くなら、早くではないと間に合わないよ」
「む。そうじゃな。では、行って参る」
最後の最後まで念を押して、河豚は宿を後にした。
マグマが沸き出る火山地帯。狩猟環境は中々厳しいものだ。クーラードリンクを飲んでいなければ体が悲鳴をあげ、数十分後には死んでしまう。
そんな劣悪な環境だからこそ、密会の場所としては最適だ。
モンスターハンターであるがために、依頼を受けて火山地帯に足を踏み入れた。という体で河豚は火山地帯の奥地、火山項付近に行き着いた。
そこには、蟹のお面を被った男がいた。腰に片手剣をさげ、ショウグンギザミの素材から造られるギザミシリーズのメタリックな風貌で、頭部には蟹のお面。奇行に他ならない。
常人であるならば避けて通るものの、お面の意味を知る者にとっては親しみがある。
「よぅ、蟹よ。久しいな」
「そうであるな。一年ぶりか。調子はどうだ?」
「上々だ。さりとて、我は忙しい、感動の再開ではあるが、密書を貰おうかの」
「なんとも風情のないことを言う。少しばかり遊んでいかんか?」
「……それは、お前のお仲間さん達と、って意味かの?」
「然り。悪いが河豚……お前の墓場はここだ」
蟹がそう言うやいなや、何処からとともなく、数十、数百人の武装した奴等が現れた。皆、武具は違えども蟹のお面を被っているのは同じ。そして、河豚を殺さんと殺気を放つのも同じだ。
「うーむ。お前さんが彼方につくとは何があった?」
河四面楚歌であるのにも関わらず、呑気な声色で蟹に問いかける。
「我としても本望ではない。しかしながら、嫁と娘の命にはかえられんのだ。許せ、河豚」
「なんと。お主娘までつくっておったのか」
「では、さらばだ河豚。お主の野望は我の野望でもあった。が、これにてお主の復讐劇の幕はおりる……殺れ」
蟹の最後の一言で、河豚を取り囲んでいた武装集団は一斉に動き出す。
他対一、数の暴力は戦略における最も基礎的な方法であり、最も破られにくい方法だ。だが、それは時には悪手となる。
「蟹。お主は、本気で我の命をとれると思っているのか?こんな、雑魚どもで」
河豚の愛刀が一瞬にして人の血に染まる。
蟻が数百匹集まっても飛竜には勝てない。
それが、今の状況だ。
河豚に襲い掛かった者の腕は瞬く間に切断され、地に伏せる。遠距離からの攻撃は弾ごと斬られ、矢は折られる。
雲泥の実力差を数で補うのは愚策。
河豚はジンオウガを彷彿させる動きで一人、また一人と敵を斬る。
数百といた蟹の面男はいまでは一人しかいない。
「天晴れ。さすがは祖国最強の手練れよ」
「お主は何がしたかったのだ? 我を殺せるとは思えなかっただろうに」
「逆らえぬ流れだったのだよ。今更命乞いなどせぬ、殺───」
蟹が最後まで言い切る前に、河豚の太刀が首を落とす。
淀みのない一閃が、蟹の首筋を断ち、真っ赤な血しぶきが飛ぶ。
「言われるまでもなし。この命、最後まで師の仇討ちに使うと決めた。
────────復讐するは我にあり」
蟹の……幼馴染みの命を狩り、河豚はまた一つ、毒を身に秘めた。
* * *
河豚が全ての処理を終え、宿に帰ってみれば、ある意味予想通りの結果がそこにあった。
ディノバルトごときに深傷をおった鮫には飽きれる他ない。
今後の予定が大きくずれてしまったが、それも計算の内。今は彼等と友情関係を保つことが最善である。
心中とは裏腹に、あたかも驚いた顔を作り、声を上げる。
「ふむ、まさかこんな事になろうとはの」
「最近は怪我多いじゃん。」
疲労を感じ取れるほど、長い溜め息をはき、クリオネは手元にある薬莢を転がす。
確かに、最近は怪我を負うことが多くなってきている。だからこそ朝方念を押してのにも関わらず、これなのだ。どいつもこいつも使えない奴ばかり。
「おいおい、クリオネさんよ。溜め息つくと幸せが逃げるらしいぜ?」
「んなこと言ってもよ、仕方がないじゃん……」
鯱はクリオネの肩を勢いよく叩き、かつを入れる。だが、クリオネの気分は沈んだままで、苦悩の表情を露にし、顔を沈ませた。
クリオネ、鮫、シャコは今は使い物にならないだろ
蟹から回収した密書には「火竜の体液」で炙らねば文字が浮かび上がってこない仕様になっているために、即座にリオレウスもしくはリオレイアをからねばならない。
だが、河豚自身が動くのは得策ではなく、最悪はクリオネから敵視されることになるだろう。
河豚は目線をクリオネへ向ければ、億劫そうに部屋から出ていった。
脳筋な鯱は今回の問題を考える処か、次の狩りを待ち遠しにしているに違いない。
故に、これは好機だ。
鯱に火竜の討伐を依頼すれば必ず受ける。そして、クリオネからの質問からは鯱のストレス発散だとでも伝えれば筋は通る。
「鯱よ、頼みがあるぞ。」
「命令(オーダー)か?」
「『火竜の体液』を我にくれんかの?」
「了解した、今から殺してくる。」
そう言い残し、鯱は部屋を飛び出した。
河豚は鯱の背中をがちいさくなるまで見据え、ぼそり、と呟く。
「師匠。貴殿の仇は我が何があってもとりまする。暫し天上にてまたれよ、我が師───母なる者よ」
ランタンの灯りを消し部屋を出る。
次のフェイズに移るため、今日も今日とて、河豚は暗躍するのだった。