旅立ち
タンジアの港に設置されている、ハンターの憩いの場である集会所には彼等の姿があった。否、この港に置かれている集会所にはハンターを生業としている者を彼等の姿以外で見ることはできないだろう。約一年前からこの港に在籍していたハンターは時がたつに連れて行方をくらまし、いつの間にか、彼等五人組の猟団「ポセイドンの近衛兵」のみが、この集会所の利用者となっていたからだ。しかし、タンジアの港の活気は一年前となんら遜色なく活気に溢れている。漁業を営む者にとっては宝物庫であるこの港を離れようとする愚者はない。では、潤っているのは漁業者だけなのかといえば、それは違う。
タンジアの港は商業地としてかの巨大都市 ドンドルマに勝らずとも張り合えるほどの利潤を生み出している。港ごときが何故都市とも張り合えるのかといえば、理由は三つある。
農業を営む者はこの地域一帯の気候を活かした栽培方法を獲得し、織物業者は海に近いこの港だからこそできる潮風を利用した味のある色合いした服を作り上げた。建築業もそうだ。地盤が他の都市と比べて緩いという汚点を逆手に取り、簡易型の住居地を立てることに成功した。そして、各大陸の仲介点となるこの港では、独特の希少な産地物が盛んに取引されていた。
衣食住問題なく揃っているだけではなく、貿易が盛んに行われている事によって様々な思考を凝らした逸品を手に入れられるのだ。この港に移り住む者も多く出てくる。
全ての要素が噛み合うことが出来ているこの港では、巨大都市と同格の規模になっていてもおかしくはない。
だが、問題はある。
快適な生活環境を求めるのは人間だけではない。付近の海域には海竜が住み着き、自然豊かな森林には地を這うモンスターが多く生息する。港であるが故に、上空から飛竜が襲来することも少なくはない。要は、巨大な力を有した生物「モンスター」からくる被害は大きいということだ。その問題は数年前までは数多くいたハンターたちの手によって解消されていた。
では、現在はどうなのか。
この港にいるハンターはたったの五名。常識的に考えれば手が回らず、タンジアの港は崩壊している。しかし、現実は違う。先ほど述べた通り、一年前と遜色なく、栄えている。
これは如何に「ポセイドンの近衛兵」が効率よく狩りを行い、この港のために動いているのかを如実に現わしている。
だからこそ。だからこそ、港に住まう民は彼等に感謝の念を送り「守護者」として奉っているのだろう。
さて、そんな民からの期待を裏切らないようにと、今日も今日とて、彼等は会議行っていた。
集会所の設置されている長方形型のテーブルに集まり、椅子に腰を掛けている。
向かい合うようにして座る四人に、テーブルの先端に位置する青年が質問を投げかける。
「皆の衆最近何か特出して報告することはあったかの?」
質問を投げかけた男の背丈は低く、青年というよりも少年といった方が適格だ。しかし、年齢としては少年と呼ぶには歳が経ちすぎている。堀の深い顔立ちに、黒真珠の如く澄み切った瞳には強い意志を感じられ、長く伸びた黒髪は後頭部で一つに束ねられていた。その風貌はやはり、少年と呼称するには些かおかしいものだろう。裏付けとして、彼の装備している武具が幾戦の修羅場を掻い潜ってきたと物語っていた。
青年の傍らには深緑色の太刀がある。色濃く染められた鞘は特段、上塗りをしたわけではなく、素材本来の色が元々強いのだ。刺々しい風貌もやはり、素材となっているモンスター 雌火竜リオレイアの恩恵を受けているためなのかもしれない。対照的に、青年の防具は赤色、正確には薄紅色をしていた。装甲は決して薄いとは言えないが、硬いとも言えない。安心できるほどの強度ではないとみえる。しかし、ハンターの登竜門と謳われるモンスターの素材を用いているため、装備している者の実力は決して低レベルではない。裏を返せば、「登竜門レベルのハンターである」という訳だが、その辺は致し方がないものだ。
「僕は得意ないかな」
「……。」
「なんにもねぇヨ」
「俺っちも特にないみたいな? むしろ、なにもなくてびっくりだわぁ」
「ポセイドンの近衛兵」のリーダーである河豚の一言に他の四名は言い方に差異はあるが、一様に報告することはないと伝えた。しかし、クリオネは何処か余所余所しく、目線を彼方此方に変えていた。彼の心中にある懸念すべき事項は彼等の生活、果てにはタンジアの港の生存に関わる機密事項であるために、信頼のおける仲間であったとして、あの話を切り出すことが出来ずにいた。
「うむうむ、良きかな良きかな! それでは、皆問題なく過ごしているかの?」
河豚の問い掛けに、四人は言葉を詰まらせた。近頃皆が感じ始めた違和感を、言葉にしてはいけないと、誰もその違和感に目を逸らしているのだ。しかし、戦闘狂であり、虚実と我慢を嫌う鯱は、遂に言葉を紡ぐ。
「大ありだ」
「! 鯱っち、ちょい待つじゃん」
クリオネは、鯱の話を瀬切る。
「クリオネ、てめぇもわかってんだろうが」
しかし、鯱はクリオネの制止を振り切り、違和感の正体を言葉にした。
「近頃! ……つまねぇと感じちまってる。俺だけじゃねぇ、お前らだってそうだろうよ。河豚、俺らはいつまでこのぬるま湯に浸かってるんだろうな」
「! それは……」
鯱の問い返しに、河豚は言葉を濁らせ、言い萎んでしまう。その姿には暗い影が落ち、言い放った鯱ですら、あまりのいたたまれなさから、直視できなかった。
そう。違和感の正体は「停滞」にあったのだ。
彼等のレベルでは近辺に現れるモンスターでは相手にならなくなってきていた。それはとても喜ばしい事だが、同時に、成長できる限界点に到達したとも言える。狩りなれたフィールド、幾戦も交えた馴染みのモンスター。戦闘狂である鯱は半年前からこの問題を勘づき、他の者も遅れながらに気が付く。しかし、この問題の解決策は至って単純であり、困難なものであった。
環境を変えればいい。それだけのこと。
だがそれは、出来ない。
行動を起こしてしまえば、故郷であるタンジアの港を見捨てることになるからだ。
もし、一日でもこの土地から離れれば、彼等の手によって保たれていた平穏は、一瞬にして瓦解してしまうだろう。それを理解していたからこそ、五人誰もが触れずにいた問題でもあり、猟団のリーダーである河豚が悩みの種として抱えていたことだ。
「河豚さん、別に大丈夫だよ。僕はこの港気に入っているしさ、落ち着いてから考えれば」
苦虫を噛み潰したような顔をした河豚に、モンハナシャコこと、八城蓮華は、慰めの声をかけた。が、それを嘲笑うように、鯱は毒づく。
「はっ、落ち着く頃には爺になっているだろうよ。てめぇ良いよな、シャコ。遠方から指名で依頼が来るからな。俺らとは違ってさぞ楽しいだろうよ」
「別にそんなつもりで言った訳じゃ!」
「結果としてはそういう事だろうが」
「それはっ」
モンハナシャコと鯱は言い合いを始め、遂には殴り合いにまで発展しかけた瞬間、テーブルが大きく軋み、破壊音が木霊す。
「……。」
喧嘩をしていた二人だけではなく、鮫以外は爆音の音源を見つめた。そこには、握りしめられた大きな右手によって、無残に潰されたテーブルの破片がとび散っていた。テーブルを破壊したと推測されるその大きな右手は、蒼穹のように澄み切った色合いをした防具に包まれていた。その防具の硬さが、テーブルを易々砕いたのかといえば違う。確かに補正をかかってはいるだろうが、やはり、張本人の馬鹿力があってこそ、砕け散ったのだ。
「ポセイドンの近衛兵」の中でその巨躯によって鉄壁の守りを誇り、タンク役任されているだけではなく、ダメージディーラーとしてもその力を発揮する男、コードネーム、鮫は、言葉発することなく、行動で思いの丈を示し、この状況を鎮めた。
四人とも皆、鮫が言わんとすることを察し、黙り込む。
鮫は暗に言ったのだ、「少し黙れ」と。
騒がしかった空気は静まり返り、河豚の答えを待つという形で口を閉ざした。だが、最後に一言と、鯱は河豚に伝える。
「河豚よ、俺お前についていくと決めた。だが、この渇きだけはどうにかしてくねぇか」
鯱の声色には焦燥感が漂い、目線の先には八城蓮華がいる。少なからず危機感を覚えたのだろう。このままでは、蓮華に追いつくどころか、さらに引き離されてしまうと。戦闘スタイルとして鯱とシャコは似て非になるものがある。鯱は戦闘を心の底から楽しみ、シャコは機械のようにモンスターを殲滅する。影と光、太陽と月。同じ舞台にいるが、彼等は分かり合うことが出来ない。否、分かり合おうとしない。
八城蓮華は「ポセイドンの近衛兵」の中で随一の実力者だ。少年と言っていいほど、体格は小さく、細い。中性的な風貌は、女性と見間違うほど「綺麗」だ。しかし、彼の戦闘を見た者は二度と綺麗だとは思はないだろう。繰り出す一撃がモンスターに致命傷を与え、肉を抉り取る。その姿に恐怖を覚えられずにはいられない。とは言え、化け物染みた技を持つ彼は決して 「人間」には手を上げない。むしろ、交友的だ。
そんな彼とは正反対に、鯱の言葉遣いはお世辞にもよいとは言えず、行動も荒々しい。男らしい体格に、オールバックにセットしている髪形や、鋭い三白眼からギャングと勘違いされてもおかしくはない。人一倍勝気な性格をしている鯱いとっては、蓮華の存在は異端であるのだろう。全てが真逆の位置にいる蓮華に断絶とした力量の差を感じ、仲間であれど、敵視するようになったのは世の理と同じく、なるべくしてなったことだ。
「……承知した。この問題については、近日中に答えを」
鯱の意をくみ取り、河豚が最後の言葉を言い放つ寸前、集会所の扉が勢いよく開かれた。
「お前さんたち、やはり此処にいたか!」
船乗りの衣装を着こみ、頭にクルペッコの人形をのせた老人が現れた。背丈は幼児と変わらず、背には酒瓶を背負っている。一見、酔っ払いの爺と勘違い、いや、勘違いではないが、ただの老人ではない。
人間よりも横に長く伸びた耳。
彼、マッシュ=ルームはこのタンジアの港のギルド長であり、その身に竜の力を宿した龍人族だ。
「おお、マッシュ殿ではないか。何か問題でも起きたのかの」
「うむ。問題、というよりは朗報じゃけ。お前さんたちは開拓地、ベルナ村へ旅立ってもらうことになった」
「「「「……は?」」」」
突如の勧告に、疑問の声が上がる。
旅立つことは別にいい。むしろ、待ち望んでいたことでもあるのだから。しかし。
「長よ、それでは誰がこの港を守るというのだ! そもそも何故いきなり旅立てと申すのか」
「うむうむ、若者はせっかちでいかん。一から説明するからしっかりきくのじゃぞぃ」
酒瓶を背から取り出し、煽るようにして飲みながら、マッシュ=ルームは語り始めた。
曰く、ベルナ村が窮地に落ちいっているらしい。
ギルド長の長々しい話をまとめると、この一文になる。
詳しく言うならば、ベルナ村に本拠地を置く、龍歴院が人員不足に苛まれたのが事の発端であった。竜歴院は協力関係にあるドンドルマ本部に援助要請を申し出たところ、生憎本部の方も人手不足だった。そこでお鉢が回ってきたのが支部に身を置く彼等五名のハンター。しかし、タンジアの港の事情をギルド長が話したところ、代わりにギルドナイツを数十名この港に配置してくれるとの事で、この話は可決した。
この話を聞いて一番に喜びの声を上げたのはやはり。
「hahahaha!!! 俺はもう行くぜ、じっとなんかいてられるか!」
鯱だった。
河豚の制止の声も届かず、突風のように去っていった。
「うむうむ、若い者は元気でええなぁ」
「元気過ぎてまじこまっちまうよ。ま、おれっちもテンションあげあげだけど?」
「あははは……。河豚さん、どうしますか」
「無論、旅立つにきまっておるのじゃ! 思ったが吉日、皆の者、旅立ちの準備にとりかかれい!」
河豚の号令により、残っていた三名のハンターは集会所を後にした。
***
夜空に星々が爛々と煌めき、梟の鳴き声が木霊す時、静まり返った集会所に二つ影が映る。
「───さん、本当に拠点を変えていいの?」
「うむ。あの戦闘馬鹿がうるさいからの。拠点移動など計画にさし障りのない程度のことよ」
「そっか。なら、いいよ。でも、約束、忘れないでね」
「解っておる。貴様と我は利害関係の仲、易々と裏切れぬものよ」
「うん、そうだったね。じゃ、僕は明日に備えてもう寝るね。あの娘に移動の事がばれたら怖いし」
「うむ。我も床に就くとするかの」
語り合っていた二人の姿は一瞬にしてなくなり、本来の静けさを取り戻した。しかし、小さな足音が集会所に響く。
「やっぱ……、なんかあるじゃんよ……リーダーさん」
ぼそりと、語尾を伸ばした、癖のある声を残し、柱に身を隠していた男はその場を去った。
担当 まっしゅるーむぐ
これからやっと本編開始です。
ほいじゃ、お付き合いのほど、よろしくお願い致します。