そして世界は華ひらく   作:中嶋リョク

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[27]査問会_パリストン・ヒルの場合(2)

 こうして向かい合ってみれば良く分かる。ミルキ・ゾルディックの為人(ひととなり)は脅威ではない。好戦的な人物でもなければ、野心家でもない。数学や機械工学に突出した才能を持っているだけのーーただの子どもだ。

 

 精一杯ボクを見据える瞳には、それでも隠しきれない怯えの色が僅かに見えている。全く健気な事だ。……まあ、無理もない。彼女の精神性はゾルディックというより恐らく一般人のそれに近いのだろう。そんな普通の少女が6日間もジョセ・アナスタシアに監禁されたのだ。しかも、ただ監禁されただけにとどまっていない。

 

 彼女自身は脅威たり得ない。ーーただ、余りに環境が特殊過ぎた。裏稼業の中でも暗殺を請け負う、あのゾルディックなのだ。ゾルディック家の人間には力がある。肉体的な強さだけじゃない。資金だって一般家庭とは比べものにならないくらい潤沢にある。抱える人材だって豊富だ。それが今回の悲劇に一役買っている事を知れば、この少女の瞳は悲嘆に暮れるのだろうか。

 

「前金の支払い後、倒産した会社からこの弁護士事務所ーーユルゲン法律事務所は、債権の回収に成功しています。それも、何処よりも早く。これは1989年に限らず、過去5年の48件全てに当てはまります。ーーおかしいと思いませんか?」

 

 ボクは腕を組んで、とんとんと指で上腕を叩く。おかしいだろうね、でもそれじゃ弱い。「擁護する訳じゃないですが」とボクは前置きした。

 

「別におかしくないでしょう。債権の回収を弁護士事務所が請け負うのは良くある事です。単に、そこの弁護士が優秀だった、それだけじゃないですか? ただ、債権の回収をハンター協会が乗り遅れている事実は問題ですね。ーー所で、その債権回収をボクが指示したとでも? ユルゲン・モサークが顧問弁護士だからといって、それだけの繋がりでボクは犯人扱いですか。証拠の提示を願いたいですね」

 

「それは……。今の所、確たる証拠は有りません。債権の回収をユルゲン法律事務所に依頼したのは、記録上貴方ではなかった。資産家だったり、取り引きのあった企業だったり、倒産した会社の親族という事もありました」

 

 そう言うと、少女は唇を噛んだ。ボクは口角を上げる。そう。債権の回収依頼主はバラバラだ。間違ってもボクの名前は出て来ない。そこの所は随分気を使っているのだから、そこから足がつくことはないだろう。

 

巫山戯(ふざけ)んな。どう考えたって、その弁護士事務所がおかしいだろうが!」

 

 カンザイが吠える。どうやら癇癪を起こすことと糾弾することは彼の中で同義らしい。それにしても相変わらず威勢だけは良い。何度鼻っ柱を折ってもめげないのだから、カンザイという人間の精神力には瞠目する。それとも、単に鈍感力の賜物だろうか。

 

「何か勘違いしているようですが、債権の回収自体は違法じゃありませんよ」

 

「じゃあ、どうやって抜け駆けしてるってんだ!」

 

 ボクは殊更ゆっくりとした口調で「さあ? そんなこと知りませんよ」と笑った。一方、少女は考え込むようにノートパソコンの縁をなぞる。

 

「今は『疑わしい』それしか言えません。……ただ、債権が変なんです。ハンター協会から支払われた前金と同額がそっくりそのまま回収されていますが……」

 

「同額? 恐らく債権と回収出来た金額は同額ではないでしょう。ハンター協会から振り込まれた後に回収したというのなら、偶々口座に残っていた金を回収できたに過ぎない。債権自体は回収した金額を上回っているんじゃないですか」

 

「……そういう意味じゃありません」

 

 小さな声だったが、きっぱりとミルキ・ゾルディックは否定する。

 

「債権自体におかしいものがあるんです」

 

「債権自体がおかしい?」

 

 チードルの言葉に少女は頷く。キーボードを操作すると、グラフを表示させた。

 

「これは、債権を回収した個人投資家の過去10年の保有資金をグラフ化したものです。ご覧のように最大でも資金は5億J。しかし貸し付けたのは1986年の一度きりとなっていました。どう考えても回収した10億J以上を貸し付けるのは財力として不可能なんです」

 

「え? じゃあ、金の工面はどうしたんだ?」

 

 カンザイがきょとんと目を丸くする。

 

「ーー違うな。債権そのものが虚偽だとしたらどうだ? そもそも金なんか貸してなかったとしたら辻褄が合う。ああ、つまり……そういうことか!」

 

 ミザイストムが得心したように手を打つ。

 

「はい。少なくとも倒産した会社、債権者、ユルゲン法律事務所の三者は結託していると考えた方が自然です」

 

 ーー本当に、こんな短時間で良く辿り着いたな。

 

 パリストンは感心する。ーーだが全ては推測の域を出ておらず、残念ながら証明するのは困難だ。三者は一蓮托生。認めてしまえばハンター協会相手の詐欺罪に問われるのだ。決して認めないだろう。揃っている書類も全て正式な手順を踏んだ本物だ。疑惑は疑惑でしかなく、これは決定打にはならない。それはミルキ・ゾルディックも承知している事だろう。つまり、その回収した資金がボクに渡っているという確かな証拠をこの場で提示しなければ、ジン・フリークスは負ける。

 

「それで、回収された資金の流れは分かったのかしら」

 

 ゲルの言葉に、再度少女は唇を噛んで首を振った。

 

「回収された資金は、ユルゲン法律事務所の口座に一旦入金された後、一割を残し全て債権者口座に移されています。恐らくこの一割は成功報酬でしょう。ところが、資金は債権者口座から更に移されていました。債権者口座に入金された資金のうち、やはり一割を残し全て現金化されています。そこから先は……まだ分かりません」

 

 それまで、事の成り行きを見守る形だったジン・フリークスが動く。

 

「現金化された資金のその先を追う時間が俺達には無かった。だから、一旦保留し別のアプローチをする事にした。ーーパリストン、協専ハンターに仕事を紹介する代わりに、協会は報酬の一部を手数料として徴収しているな」

 

 急に話を変えてきたジン・フリークスにボクは警戒する。こういう時は慎重にならなくてはいけない。

 

「まあ……、そうですね。所謂(いわゆる)口利き料というやつですよ」

 

「その徴収した金はどうなる?」

 

「勿論、ハンター協会の財源として一般会計に充当されています。それがどうかしましたか?」

 

 通常、依頼主がハンター協会に支払う金には、ハンター協会に対するものと、協専ハンターへ対するものの二つが含まれる。前者は「依頼内容に合致するプロハンターを選別し紹介してくれるハンター協会への手数料」であり、後者は「協専ハンターへの報酬」になる。この割合は、4対6になっているが、口利き料は、協専ハンターの報酬の中から更に引かれる。協専ハンターは、与えられる報酬の中から、仕事を紹介してくれたハンター協会に対して手数料を支払うという仕組みだ。つまり、実質の割合は5対5という事になる。

 

「確か、協専ハンターの報酬から手数料を取る仕組みって、あんたが考え出したんだよね」

 

 クルックが頬杖をつきながらボクを指差した。

 

「そうですよ。ハンター協会は仲介者です。依頼主と協専ハンターの双方から仲介手数料を取るのは当然ですからね。寧ろ今までしていなかった方がおかしい」

 

「はっ! それでついた渾名がピンハネ王子か」

 

 カンザイがここぞとばかりに揶揄をする。そういう不名誉な二つ名がボクについている事は承知している。古参の協専ハンターの中には、口利き料に不満を持っている者が一定数いるからだ。アナスタシア家と東ゴルトーの件が公になれば、そういった不満も沈静化できると踏んでいたのだが。

 

「貴方に説明しても徒労感しかありませんが……ピンハネではなく、仲介手数料です。ハンター協会は慈善事業団体では無いのですよ。健全な組織の維持の為には金がいるんです」

 

「その意見には同意するぜ? ただし、徴収した金が本当に組織の為に使われているならな。ーーミルキ、過去5年で協専ハンターから徴収した手数料は幾らになる?」

 

 ボクを見据えたまま、ジンが少女に尋ねる。

 

「過去5年の総計は、160億8,325万2,570Jです」

 

「じゃあ、ユルゲン法律事務所が過去5年で回収した債権の総計は幾らになる?」

 

「表示します」

 

 空中に過去48件のリストが表示され、最後の欄に総額が表示された時、会場から息を飲む音が聞こえた。

 

「債権の回収総額は、160億2,500万3,169J。偶然として片付けるには、随分と興味深い数字じゃないかーーなあ、パリストン」

 

 ジンはにやりと不敵に笑った。

 

「協専ハンターから徴収した手数料と同額の160億Jは前金という形で外部に流出し、それは何処かに消えている。口利き料は、特定財源じゃないからな。ハンター協会が抱える事業の何処かに充当されている。きちんと財源として機能していると言えば機能しているように見える。ーーこれじゃあ、調査会社に依頼しても不正が出てくる訳がない。ハンター協会が委託している会計検査にも引っかからない筈だ。これが意図されたものなら、仕組んだ奴は相当抜け目がない。何故なら、今までハンター協会は、協専ハンターからの手数料の入りが無くてもやってこれてたからな。財源として新しく増えた手数料が丸々消えたとしても、財源不足にはならない。だから職員の実務者レベルでも気付かない」

 

 査問委員達の視線を受けながら、ボクは思考を再構築する。組み立てながら、ボクは気持ちが高揚しているのを自覚していた。ジン・フリークスの……いや、ジンフリークスとミルキ・ゾルディックのアプローチは見事としか言いようがない。ボクは人生で初めて手の平に汗をかくという貴重な経験をしている。だが、彼らは点と点を拾っているに過ぎない。点と点を線として繋げる物証はまだ見つけられていない。ーーボクに繋がる証拠はない。

 

「……確かに面白い符丁ですね。しかし、その160億Jとボクを結び付けられては傍迷惑です。現在のボクの主収入はハンター協会や他の民間団体からの役員報酬、著作物の印税、講演会での謝礼くらいのものです。恐らく、この中で保有財産は一番少ないんじゃないですか? ーーミルキ・ゾルディック。貴女ならボクの人民番号が分かればすぐに保有財産くらい調べられるでしょう。提示しますから、調査を許可します」

 

 ボクはスーツの内ポケットから名刺を取り出し、裏面にペンを走らせる。ミルキ・ゾルディックに向かって名刺を差し出すと、少女は明らかに体を硬直させた。察したビーンズが間に入る。ビーンズから名刺を受け取ると、少女は空中の投影機とPCとのリンクを切断した。人民番号は、人民番号法によって保護対象になっているからだろう。

 暫くキーボードを操作していたが、少女は2分程で顔を上げる。ーー早い。ハンター協会が抱える情報処理のエキスパートでも20分は掛かる筈だ。

 

「出ました。ーー表示させても構いませんか?」

 

「勿論」

 

 再び空中に画像が投影される。ボクの保有する資産が過不足なく表示されていた。金融機関にある預金から、証券、ボク名義の土地建物まで網羅されている。土地は路線価から試算された価格、建物は購入時の価格と減価償却後の価格が表示されていた。査問会の面々が顔を見合わせるのを見て、ボクは微笑する。

 

「ご覧の通り、ボクの総資産などたかだか38億Jですよ。しかも、現金のみで言えば僅か20億J程度です。これまで、利より実を取ってきましたからね。まあ、こんなものでしょう。ーーさて、何処にも160億Jが見えませんが、どうするつもりですか。ボクとしては、そろそろこの茶番劇を終わりにして頂きたいですね。……ああ、ジン・フリークス。貴方にとっては朗報かもしれません。ボクへの賠償金は僅か76億Jです。元ダブルハンターの貴方なら即金で支払えますよ」

 

 ボクの嫌味に、ジンはピクリと眉を上げた。気遣わし気に少女が見上げる。本当にジンは惜しかった。ここまで調べ上げるとは思っていなかっただけに、今回の査問会は愉しめたと言っていい。だが、ここ迄だ。ボクの私的流用は、噂の域を出ないだろう。ああ、でももう同じ手は使えないな。この後は、徹底的に証拠を隠滅するのに忙しくなる。新しい流用方法も考えないと。

 それは少し面倒だなと思いながらボクは腕時計を見る。査問会が開かれてから休憩時間を含め2時間が経過していた。そろそろ結論を出す頃合いだ。出席している査問委員(オーディエンス)が飽きない内に、終わらせてしまおう。

 

「ねえ、まさかこれで終わりじゃないでしょうね。他の証拠は?」

 

 ビスケット・クルーガーが口を開く。査問会の前半と後半で、彼女の態度は明らかに違った。前半は物見遊山的であったものが、休憩を挟んでこっち真剣だ。間違いなく、エドガー・ハーケンの一件が影響している。彼女は合理的に物事を判断できる人間だが、思いの外情に厚く面倒見がいい。正に指導者向きの人物だろう。

 ジンは、頭髪をがしがしと掻くと「ないな」と言う。

 

「はあっ⁈ ないんかいっ‼︎」

 

 素を晒した後、ビスケットは取り繕うように、ほほほと笑う。

 

「仕方ないだろう。時間が無かったからな。ーーだから、これからやってみるんだ」

 

 ーーなんだって?

 

「パリストンの保有財産はさっき見て貰った通りだ。160億Jの金が奴の個人資産に吸収されている訳ないと踏んでいたんだが……お陰で確信が持てた。お前がそんな分かり易い事をする訳がない。必ず隠し口座がある筈だーーさて、此処からが本番だ」

 

 会場の扉が開かれ、ボクの執務室から押収されたPCが運ばれる。そしてーーミルキ・ゾルディックの前に置かれたのだった。




ユルゲン法律事務所は、実在したユルゲン・モサックという悪名高い弁護士を参考にしています。(というか、名前ほぼ一緒〜)
パナマ文書流出事件で世界的に知られている国際弁護士です。

流石に、次話では査問会終わると思う。うん……。
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