元駄目人間が異世界から来るそうですよ? ~のび太と問題児の異世界大冒険~ 作:虎吉戦車
「皆さんもうすぐ箱庭に到着しますよー!」
僕たちが召還された場所から10分ほど歩いた頃だろうか。
すっかりご機嫌な様子の黒ウサギちゃんに連れられて、僕たちは森を進んでいた。
「見えて来ました!あれが箱庭二一零五三八零外門です」
そう言って黒ウサギちゃんが指を指した先を見ると、とてつもなく巨大な門とその先に延びる天幕のようなものが見えてきた。それを見て、改めて箱庭のスケールが地球のそれとまったくかけ離れていることを実感した。
「ジン坊っちゃーン!新しい方を連れて来ましたよー!」
黒ウサギちゃんが大きな声で言うと、奥からダボダボのローブを着た幼い少年がやって来た。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの御三人が?」
「はいな、こちらの御四人様がーーー」
クルリ、と振り返る黒ウサギ。
カチン、と固まる黒ウサギ。
「…………え、あれ?もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から”俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が」
「ああ、十六夜君のこと?彼なら”ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「だって、一瞬でどっかいっちゃったし」
本当である。
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「”黒ウサギには言うなよ”と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御三人さん!」
「「うん」」
まぁ、否定はしない。
黒ウサギちゃんはガクリ、と前のめりに倒れる。
そんな黒ウサギちゃんとは対照的に、ジン君は蒼白になって叫んだ。
「た、大変です!”世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に”世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ちできません!」
「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?………斬新?」
「冗談を言っている場合じゃありません!」
「冗談を言っている場合じゃないよね!?」
僕とジン君は一緒になって叫んだ。
僕が面倒くさがって十六夜君のことを黒ウサギちゃんに言わなかったから、いま十六夜君が危険にさらされているじゃないか!
すぐに追いかけよう、とみんなに提案しようとして、先ほど駆け出して行った十六夜君のスピードを思い出す。僕の常識ではありえないスピードに追い付く手段が思い付かなかったから。
十六夜君が危険にさらされているのにどうしようもない。僕は焦っていた。
すると、黒ウサギちゃんが、
「はあ………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かった。黒ウサギはどうする?」
「問題児を捕まえに参ります。事のついでにーーー”箱庭の貴族”と
謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」
などと言うと、黒ウサギちゃんの髪は艶のある黒い髪から淡い緋色に染まっていき、
「一刻ほどで戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!」
弾丸のように飛び去り、あっという間に視界から消え去ってしまった。
「………黒ウサギちゃんって足がとっても速いんだね」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」
なるほど。ここでは常識は無意味みたいだ。
十六夜君も黒ウサギちゃんも僕のいた世界の人間では想像もつかないような速さで移動するとなれば、恐らく十六夜君と同じように正規の手紙を受け取って召還された飛鳥ちゃんと耀ちゃんは同等のギフトを持っているのだろう。
格好つけて黒ウサギちゃんの前でコミュニティに入ると言ってしまったが、僕は完全に要らない気がする。
というか、
「黒ウサギちゃんがそこまで強いなら、ギフトゲームも問題ないんじゃないの?」
と僕がジン君に尋ねると、
「それは、黒ウサギが”箱庭の貴族”であるためできません。彼女らは”主催者権限”と同じく”審判権限(ジャッジマスター)”と呼ばれる特権を所持できます。”審判権限”を
持つものがゲームの審判を務めた場合、両者は絶対にギフトのルールを破ることができなくなり…………いえ、正しくはその場で違反者の敗北が決定します」
「じゃあ、黒ウサギちゃんと共謀して負けないようにはできないの?」
「できません。ルール違反=敗北なのです。彼女らの目と耳は箱庭の中枢と繋がっています。つまり彼女らの意思とは無関係に敗北が決定して、チップを取り立てることが出来るのです。”審判権限”の所持はその代償として幾つかの”縛り”があります。
一つ、ギフトゲームの審判を務めた日より数えて15日間はゲームに参加できない。
二つ、主催者側から認可を取らねば参加できない。
など、他にもさまざまなものがあり、また黒ウサギの審判稼業がコミュニティの唯一の稼ぎだったので、必然的に黒ウサギがゲームに参加する機会はほとんどなかったのです。」
なるほど。だから、ギフトゲームに参加する強力な人材を求めていたわけだ。
「さあ、立ち話もなんですし、どうぞ箱庭へ入ってください。あ、申し遅れました。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。皆さんの名前は?」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
「そして、僕が野比のび太」
ジン君が礼儀正しく自己紹介をすると、僕らはそれに倣って一礼した。
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥ちゃんはジン君の腕を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐっていった。
――――箱庭二一零五三八零外門・内壁。
僕たちは石造りの通路を通って箱庭の幕下に出る。すると、天幕によって光が遮られていふはずの頭上に眩しい光が降り注いだ。
すると、耀ちゃんが猫に向かって、
「………本当だ。外から見たときは箱庭の内側なんて見えなかったのに」
耀ちゃんは変わった子だなぁ。
なんて考えていると、ジン君が説明してくれた。
「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」
だ、そうだ。見たところ科学技術というよりは、他の何か不思議な力によって出来たもののようだ。
「光を直接受けられないというと、この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」
「え、居ますけど」
「………。そう」
なんとも複雑そうな顔をする飛鳥ちゃん。
その脇では、耀ちゃんがまたしても三毛猫に対して、
「うん。そうだね」
「あら、何か言った?」
「………。別に」
やっぱり変わった子だ。
今、僕たちがいる噴水の広場にはお洒落なカフェテラスが幾つもあった。
「お勧めの店はあるかしら?」
「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので………よかったらお好きな店を選んでください」
「それは太っ腹なことね」
僕たちは飛鳥ちゃんが選択した”六本傷”の旗を掲げるカフェテラスに座る。
すると、店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出てきた。
「いらっしゃいませー。ご注文はどうしますか?」
「えーと、紅茶二つと緑茶を二つ。あと軽食にコレとコレと」
「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね」
え?なんで急にネコマンマ?
横をみると、飛鳥ちゃんもジン君も不可解そうに首を傾げている。だが、それよりもっと驚いた顔を見せているのは耀ちゃんだった。
「三毛猫の言葉、分かるの?」
「そりゃ分かりますよー私は猫族なんですから。お歳のわりに随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよ!」
三毛猫がニャーニャー、と返事をすると、
「やだもーお客さんったらお上手なんだから♪」
と、猫耳の店員さんは長い鍵尻尾をフリフリと揺らしながら店内に戻っていく。
その後ろ姿を見送った耀ちゃんは嬉しそうに笑って三毛猫を撫でた。
「…………箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に三毛猫の言葉が分かる人がいたよ」
え?つまり?
「ちょ、ちょっと待って。貴女もしかして猫と会話ができるの?」
珍しく動揺した声の飛鳥ちゃんに、耀ちゃんはコクリと頷いて返す。ジン君も興味深く質問を続けた。
「もしかして猫以外にも意志疎通は可能ですか?」
「うん。生きているなら誰とでも話は出来る」
「それは素敵ね。じゃあそこに飛び交う野鳥とも会話が?」
「うん、きっと出来………る?ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど………ペンギンがいけたからきっとだいじょ」
「「「ペンギン!?」」」
僕と飛鳥ちゃんとジン君の声が重なった。
「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」
「そうなんだ」
「はい。一部の猫族やウサギのように神仏の眷族として言語中枢を与えられていれば意志疎通は可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意志疎通は難しいというのが一般です。箱庭の創設者の眷族に当たる黒ウサギでも、全ての種とコミュニケーションをとることはできないはずですし」
「そう………春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」
笑かけられると、困ったように頭を掻く耀ちゃん。対照的に飛鳥ちゃんは憂鬱そうな声と表情で呟く。僕たちは出会って数時間の間柄だけど、それでも飛鳥ちゃんの表情が彼女らしくないと感じた。
「久遠さんは」
「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」
「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」
「私?私の力は………まあ、酷いものよ。だって」
「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ”名無しの権兵衛”の
リーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
と、そこへ突然品のない上品ぶった声が割り込んできた。振り返ると、2mを超える巨体をピチピチのタキシードで包む変な男がいた。
ジン君は顔を顰めて男に返事をする。
「僕らのコミュニティは”ノーネーム”です。”フォレス・ガロ”のガルド=ガスパー」
「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させるなどできたものだーーーそう思わないかい、お嬢様方」
ガルドと呼ばれた男が僕を無視して飛鳥ちゃんと耀ちゃんに話しかける。
あー、なんか今日は異世界に召還されたり、歩き続けたりしたから、疲れて眠気がするなあ。今のうちにお昼寝しよう、と。
「失礼ですけど…………」「おっと失礼…………」「烏合の衆の」 「ってマテやゴラァ!!…………」
何か声が聞こえるが、僕は後で聞かせてもらおう。
おやすみ。
………ん?何やら騒がしいな。起きてみるか。
目を擦りながら音がする方に向けると、
「黙りなさい。」
「喧嘩はダメ」
少女二人が2mの巨体の男をねじ伏せていた。
飛鳥ちゃんは楽しそうに笑いながら
「さて、ガルドさん。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した”打倒魔王”だもの」
その言葉にジン君は大きく息を呑んだ。そして、
「………はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。今さらそんな脅しには屈しません」
「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」
「く………くそ……!」
どういうこと?状況が掴めないんだけど。
すると、小柄な耀ちゃんに組み伏せられ身動きができず地に伏せている。
ガルドの顎を飛鳥ちゃんは悪戯っぽい笑顔を浮かべながら足先で持ちあげると、こんなことをいい始めた。
「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度のことでは満足できないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。―――ーそこで皆に提案なのだけれど」
嫌な予感が走る。
飛鳥ちゃんは足先を離し、今度は女性らしい細長い綺麗な指先でガルドの顎を掴み、
「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の”フォレス・ガロ”存続と”ノーネーム”の
誇りと魂を賭けて、ね」
僕が昼寝している間に何があったのか。
早急に説明を求めたい。
前回の投稿から急にお気に入り数が増えてびびっております。まさか日間ランキングに載るとは…………
だんだんと、本編にオリジナル要素が増えていき、取り敢えず1巻のラストで一区切りつくようにします。
ただ、そこまでいくのにゆっくりゆっくり話をすすめていきたいなぁ、と思っているので気長にお付き合いしていただけると嬉しいです。