―アハハハハハハ!!―
空に浮かぶ巨大な怪物は、甲高い笑い声をあげてい
る。ドレスを着た怪物は、下半身の三つの歯車をキリ
キリと回転させ、付近のありとあらゆる建造物を燃や
し、砕き、破壊した。
『ワルプルギスの夜』
魔法少女からそう呼ばれ、そして恐れられている最
強の魔女。人を、魔法少女を、そしてこの世界を──
自分の思い通りにならないものを憎み、その圧倒的な
力で粉砕する。
彼女はすべてを戯曲に変えるまで止まらない。彼女
を止めようとするならば、その力の前に敵わず、自ら
の無力さに絶望して戯曲に取り込まれてしまう。
「…………」
蒼と黒の衣装を着た少年は一人、崩れて地上で崩れ
たビルの破片の上から、ワルプルギスの夜を見上げて
いた。
表情は無に近く、感情を察することはできない。少
年はただまばたきひとつせず、ただ紅い瞳でワルプル
ギスの夜を見つめているだけだった。
少年の周りには、眠りについているかのように安ら
かな顔の、横たわる魔法少女たち『だった死体』が散
らばっている。
左手に砕けたソウルジェムを握りしめた桃色の少
女、
我が子を守る母親のように緑色の少女を抱きしめる
赤色の少女、
最後の瞬間に抱きしめられて嬉しかったのか、微笑
みながら息絶えている緑色の少女、
前後の瓦礫で挟まれ地面と垂直になるように押し潰
されてながらも、赤色と緑色の少女に手を伸ばす青色
の少女、
瓦礫に寄りかかり、手を重ね合わせている黒色と白
色の少女、
彼女たちはこの見滝原を守るため少年と共にワルプ
ルギスの夜に挑み、命を、ソウルジェムを散らした少
女たちだった。
「どうやら、残った魔法少女は君だけのようだね」
どこからか、場に不釣り合いの明るい声と姿の生き
物が現れた。体毛は白く、一見猫のような頭部からは
長く垂れ下がった耳が生えており、さらにその両耳に
は金のリングが付いている。そして、少年と同じ紅い
その瞳はまっすぐ少年へと向けられている。
「キュゥべえ……今さら何をしに来た?」
少年は声の主であるキュゥべえに問いかける。
キュゥべえはさも当然そうに答える。
「このあと、君がどうなるかを見届けようと思って
ね」
「……嘘つくんじゃねぇよ。どーせ、俺が魔女になるの
を見に来ただけだろ?」
「同じことじゃないか」
少年が吐き捨てるように言うと、キュゥべえはそう
切り返す。
「でも酷いなぁ。僕は君を心配しているっていうの
に」
だが言葉とは裏腹に、キュゥべえの 口調は感情の一
つである”嬉しさ”を 感じているかのようだった
キュゥべえ─インキュベーターである彼に感情はな
い。感情がある人間では、彼の言葉の真意には気付け
ないだろう。
「……でも、君が魔女化するのは時間の問題だろうね。
見ての通り、見滝原の魔法少女は全滅し、残るは君だ
け。君だけじゃ、ワルプルギスの夜は倒せないよ」
キュゥべえはワルプルギスを仰ぐように眺める。
動き続ける巨大な舞台装置。それを止めるには、今
の少年はあまりにも小さすぎた。
「ワルプルギスの夜は数人の魔法少女で撃退できれば
いい方だ。今の君の状態じゃ、おそらく不可能に近い
だろうね。
そう、勝敗は戦う前から決まっているようなものさ
─」
キュゥべえが言い切った瞬間、ワルプルギスの夜を
中心に黒い球が大量に発生し、そこから魔法少女の姿
を模した使い魔が一斉に出現した。
その数は数えきれないほど膨大で、もはや少年一人
でどうこうできる数ではない。
ワルプルギスの夜は、使い魔を引き連れ少しずつ少
年に近づいていく。その光景は……まるで、迫る死を具
現化したようだ。
「──終わったんだよ、すべてね──」
無力となった少年に、キュゥべえは非情に宣告し
た。
「まだ……終わっちゃいねぇ。
俺が、変えてみせる」
ワルプルギスの夜は少年に少しずつ、だが確実に近づいていく。ワルプルギスの使い魔は手を繋ぎ、少年を取り囲むかのように環(わ)になった
少年は右手で自分の武器である赤い刀を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。
「何を変えるんだい?」
「こんな最悪な、終わりの迎え方だ」
キュウベえは不思議そうに訊ねると、少年は目の前をキッと睨みながら答える。
ワルプルギスの夜の顔らしき部分は、少年のすぐ目の前にあった。
「それは無理だ。周りを見てみなよ。もう終わってしまったんだ。それを君は、どう打破するというんだい?」
至極当然に、嘲笑するかのように、キュウベえはそれをキッパリと否定した。
「まだ終わってねぇよ。俺には、こいつがある」
少年の左手甲の紅いソウルジェムが輝き、光を放つ糸が生成されていく。それはソウルジェムを中心に渦巻くように回り始め、円盤を形成していく。
光が拡散し、糸だったそれはダイヤ形の小盾になった。小盾には時計と歯車を連想させる装飾がある。
「それは……まさか、暁美ほむらの!」
無表情のまま、キュウベえは驚きをそのまま声に出す。
「その通りだ。まぁ正確にいえば、あいつの小盾にアレンジを加えたものだけどな」
少年は答えながら、左腕に小盾を装着する。
装着したその隙を狙ってか使い魔が何体か攻撃してきたため、素早く右手で使い魔を切り捨て吹き飛ばす。それのついでで、キュウベえの身体を切り刻みただの肉片にした。
「あとは…戻るだけだ」
刀を適当に投げ捨て、右手で小盾に触れようとした。
が、あと数センチのところで止め、後ろを振り替えり少女だったものの一つを見る。
それは、巴マミだったもの。
『ねぇ―――君、ワルプルギスの夜を倒したら、またみんなでお茶会を開かない?きっと、とても楽しいお茶会になると思うの。美味しいお茶とケーキを用意してね?それからあとは────』
「マミ……必ず助けるからな。そしたらさ、ちゃんとお茶会しような」
マミだったものに微笑み、少年は正面を向いた。
「そのために俺は……」
前には少年に向け火炎を吐こうとするワルプルギスの夜が、周りには少年に一斉に攻撃を仕掛ける使い魔が迫っている。
絶体絶命の状況の中、少年は静かに呟く。
「こんな結末、変えてやる」
ワルプルギスの夜と使い魔の攻撃が当たると同時に、少年は右手で小盾に触れた。
その瞬間、何かの歯車がバキッ、と噛み合わず壊れ──
時間の迷路の入り口である中心に向け、歪な円を描きつつ近付いていく小盾だったが──
その小盾の中に歯車の壊れた破片が流れ込み──
少年の意識は──────