とある働く女性が『新しいものと古いものがとてもうまく融合している、住むには最高の町』と評価しているここ、見滝原市。
そんな見滝原にある、いたって平凡な、ごくごく普通の、青い屋根の二階建てでそこそこ広い庭付きの一軒家。
同じような形の家に左右を囲まれているこの家が俺の家だ。
「はぁ・・・・」
俺はため息をつきながら、右手でドアノブを掴む。
…動かない。どうやら鍵がかかっているらしい。ということは、母さんは買い物かな?
家の玄関前にあるドアに鍵を挿し込み右に45度回して解錠し、再度右手でドアノブを掴む。
…本来なら、この右手にはゲームという名の勝利を掴んでいるハズだった。
だが、あの白い狸、自称キュウベぇのせいで掴み損ねてしまった。
キュウベぇと別れたあと、俺は新作のゲームを買いに行きつけのゲーム屋へ向かった。
ゲーム屋に着くまでの間、たしかいろいろルートあるんだよなー、戦闘はダンジョンみたいなのなんだよなー、マジ楽しみだなー、などと考えながらゲームへの期待を膨らませていた。
…………だが、
『・・・・・・・は?今なんて?』
『まことに申し訳ありませんが、数分前に売り切れてしまいました』
ゲーム屋に到着した俺を待っていたのは、売り切れという名の敗北だった。
即日完売どころか、即分販売(?)だったのだ。
「くそ…キュウベぇが来なければゲーム買えたのに……」
そんなことを呟きながら、ドアノブをおもいっきりひねって玄関に入る。
「僕のせいにされても困るなぁ。仮に僕が君に話かけなかったとしても、君は間に合わなかったんだしね」
玄関の靴箱の上に、キュウベぇがちょこんと乗っていた。
まるでよくできた置物のようだ。
「……おい、ちょっと待て。どっから入ってきた?鍵は閉まってただろ」
俺はそう言いながらも、玄関のドアを閉めて同時に靴を脱ぐ。
自分で言うのも変だが、俺はこういう変なことに順応するスキルが高いようだ、
「ここの二階の部屋の窓からさ。いけなかったかい?」
「当たり前だろ!お前がもし人間だったら俺は躊躇なく警察呼んでたぞ」
その後に、不法侵入の疑いでな、とも付け加えた。
「ひどいなぁ。僕はただ話をしに来ただけなのに」
キュウベぇは靴箱からぴょんっとジャンプして俺の肩に乗り移った。
「話って、魔法少女関連の話か?」
「そうだよ。ここならゆっくり話せるからね。
早速だけど、君の部屋につれていってもらえないかな?」
「……わーったよ。俺も魔法少女について少し聞いてみたいと思ってたしな」
俺はキュウベぇを肩に乗せ、階段をのぼって二階の自分の部屋へ向かった。
……つーか、二階で窓ついてる部屋って俺の部屋だけだぞ?
───────────
「へぇ…ここが君の部屋なんだね。改めてみると、精神が男性である君らしいね」
俺の部屋に入ったキュウベぇは、室内を見てそう評した。
俺の部屋はだいたい4m×4mくらいの広さで、青と黒で装飾されたベッド、長年愛用している勉強机と椅子、小説やマンガや教科書が詰め込んである本棚、小さめの薄型テレビがあり、テレビの近くに置いてあるかごの中には数種類のゲーム機などが入っている。
部屋が散らかっているのは嫌いなので、すべてきちんと片付けてあるし掃除もこまめにしている。
ベッドの真上には窓が一つついているが、予想通り開きっぱなしだった。多分、キュウベぇはここから入ってきたのだろう。
「さて…んじゃあ、魔法少女についていろいろ教えてもらっていいか?」
そう言いながら椅子に座る。
長い話になりそうだからな。
「うん、いいよ」
キュウベぇはベッドの上に座っている。
そういえばこいつ、靴とか履かないで外にいたけど足洗ったかな……。
「…僕に選ばれた女の子は、契約をすると願い事をなんでもひとつ叶えられるんだ。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」
「─キュウベぇ、ここでひとつ質問。契約ってなんだ?」
俺が話の途中でそう尋ねると、キュウベぇはどこか得意気に説明し始めた。
「僕が君たちの願い事をひとつ叶えると、それと同時にソウルジェムが出来上がる。ソウルジェムを手にした者は、魔女と戦う使命を課せられるんだ。それが契約さ。」
「なるほどな……ソウルジェム、つまり魂の宝石か。てことは、自分の魂が宝石になっちまうってことかなぁ……」
「…!」
俺がテキトーな一人言を言うと、なぜかキュウベぇは少し驚いたように耳をビクッとさせた。
「君は鋭いね。驚いたよ。
ほとんどの子はそれを知らずに、と言うより、『聞かずに』魔法少女になるんだけど」
「え?てことは、俺が今言ったことが当たってるってことか?」
「うん。そうだよ。
──魔法少女との契約を取り結ぶ僕の役目は、君たちの魂を抜き取ってソウルジェムに変えることなのさ」
キュウベぇは俺をじぃっと見ながら、冷たく言い放つ。
「でもね、契約したあとに事実をありのままに伝えると、みんな決まって『騙してたの?』って同じ反応をするんだ。聞かれなかったから言わなかっただけなのにね。
人間は生命が維持できなくなると、精神まで消滅してしまう。そうならないように、僕は君たちの魂を実体化し、手に取って、きちんと護れる形にして、少しでも安全に魔女と戦えるようにしてあげたっていうのに。
訳がわからないよ。どうして人間は、魂の在処にこだわるんだろうね」
淡々と話すキュウベぇは、どっかの反宗教派の大人見たいだった。
というか、そんな大事なことは契約前に言わないとダメだろ…完全に詐欺じゃねえか。
「……でもさ、ポジティブに考えたら、それって魂が体から出ただけってだけで、完全に人を辞めたわけじゃないんだろ?」
「うん。人間が魔法少女になって変わってしまうことといえば、魂がソウルジェムになることと魔力が使えるようになるくらいだからね。ちゃんと子供だって残せるよ。
まぁ大抵の子は君のような考え方が出来なくて、魔法少女をゾンビや不死身の化け物って言うけどね」
つまり考え方がポジティブかネガティブで魔法少女がどういうものか変わるのか。
「なるほどなー……っておい、子供を残すってまだ俺たちの年齢じゃ早いだろっての」
キュウベぇにノリツッコミしながら頭に強く空手チョップする。
痛いなぁ、とキュウベぇは呟き話を進めた。
「魔法少女は魔女と戦うから普通の子なら短命なんだ。死ぬ前に子孫をつくっておいて損はないはずだよ。
それに過去に契約した少女たちの中の願いには、『子供が生める体にして』というのもあったしね」
…俺に近い年齢でそんな願いをするってことは、身体が弱かったのかな。今度その子の話を聞いてみよう。
まぁとりあえず、ソウルジェムについてはこれくらいか。
「よし。キュウベぇ、ソウルジェムの話はもういいや。
次は、お前の話の中でさっきからチラチラ出てる魔女について教えてくれ」
「うん、いいよ」
キュウベぇは俺の気も知らず、また得意気に説明し始める。
「願いから生まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから生まれた存在さ。
魔法少女が希望を振り撒くように、魔女は絶望を撒き散らす。しかもその姿は普通の人間に見えないからタチが悪い。不安や猜疑心……そういう禍いの種を世界にもたらしているんだ。
理由のはっきりしていない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なんだよ」
キュウベぇはそこで一度話を区切り、困ったようにさわったらふさふさしてさわり心地がよさそうなしっぽを丸めて話を再開した。
「しかも、魔女は常に自分の結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからね。
魔女と、魔女の結界の中は多種多様。おまけに結界には魔女の使い魔も多い。普通の人間が入り込んだら、生きて帰るのは不可能に近いね」
「ふーん…つまり、そんな魔女を倒すために魔法少女がいるわけか」
俺の言ったことに、キュウベぇは首を縦に振って肯定する。
「そうだよ。それに加えて、魔法少女は魔力を使うとソウルジェムに穢れが溜まるんだ。穢れが溜まっていくと魔法が使えなくなるから、魔女を倒すと手に入れることができるグリーフシードで浄化する必要がある」
「なるほどな……ん?待てよ…」
確かグリーフは悲しみや嘆き、シードは種だから、グリーフシードは『嘆きの種』。
魔法少女は『魂の宝石』ソウルジェム、魔女は『嘆きの種』グリーフシード………。
「なぁキュウベぇ、まさかとは思うが、魔力の使いすぎで穢れが溜まると、魔女になる、なんてことは……」
「あるよ」
キュウベぇは、また冷たく言い放つ。
「マジかよ……」
俺は、自分の心の中が冷えていくのを感じた。 つまり、魔法少女は魔女を狩らなきゃ魔女になるのか……?
「君はすごいね。そんなことに自分で気づくなんて、やっぱり他の魔法少女とは違う。
魔法少女としての素質が高いからかな?」
そう言うキュウベぇは、なぜか少し嬉しそうだった。
「素質があるのとはまた別だろうが……さっきから素質素質うるせぇ!」
言葉に怒気を含め、キュウベぇをキッと睨む。
「言っとくが、俺は今のところ魔法少女になるつもりはない。というか、今の話を聞いて、なおさらなりたくなくなった」
こいつと知り合ってまだ1、2時間ぐらいだけど、信用できないやつなのは分かったし、まだ隠し事をしてるかも知れない。だから契約は無理だ。
キュウベぇは耳を垂らして、いかにもしょんぼりしたようにした。
「そうか…なりたくないなら、仕方ないね」
キュウベぇは開きっぱなしだった部屋の窓にジャンプして、こちらに顔を向ける。
そしてキュウベぇの赤い瞳と目が合った。
「また明日来るよ。待たね」
「え、ちょっ待てよ!」
キュウベぇはそう言うと、窓から飛び降りた。
俺は慌ててベッドの上に移動して窓から顔を出したが、キュウベぇの姿は見えなかった。
「…なんか、あっさりと帰ってったな」
キュウベぇがいないのを再度確認し、窓を閉める。
一息ついて、俺はベッドの上にだらしなく寝転んだ。
「はぁ……なんか疲れたぁ」
キュウベぇとの話で、一気に気力を消費した気がする。……ま、当たり前か。あんないやな話を聞かされたんだし。
よし、考えるのは疲れるしもう寝よう。
どうせ母さんはもうすぐ帰ってくるだろうから、夕ご飯の頃には起こしてくれるだろ………。
(あ、そうそう。一つ聞き忘れてたんだけど……)
突如、頭の中にキュウベぇの呑気な声が響いた。
「うわぁ!!キュキュキュキュウベぇ!?」
ビックリした俺はベッドから跳ね起き、
「へぶっ!!」
床に顔面をぶつけた。「いってぇー……くそぅ、キュウベぇが脅かしたりなんかするからだ!!つーかいきなり変なことすんなよ!!姿表せ白狸!!」
一番痛かった鼻をさすりながら、見えないキュウベぇに向けて文句を言う。
(ちょっと、落ち着いてよ。これはただのテレパシーだよ?)
「て、テレパシー?……まさか、魔法少女の素質が高いと契約せずに魔法が使えるのか!?」
(ううん、違うよ。これは僕が中継しているのさ。
これなら、少し離れた魔法少女と会話もできるし、聞かれたくない内緒話もできるから便利だろ?
頭の中で、言いたいことを一語一語しっかり思い浮かべれば君にもできるよ)
「ホントか?」
キュウベぇがアドバイスしてくれたので、せっかくだしやってみることにした。
キュウベぇは信用できないけど、一応嘘は言わないようだ。
(……あ、こんな感じかな?)
(うん。うまいじゃないか)
キュウベぇに言われた通りにやってみたら、案外簡単にできてしまった。
(しっかし、頭ン中で喋るのって、なんか変な感じだな)
(そのうち慣れるさ)
(だといいけどな……で、聞きたいことって?)
(名前だよ)
(はい?)
キュウベぇの言った意味が分からず聞き返す。
(君の名前。普通、僕が魔法少女に接触するときは名前などは調べてるんだけど、僕が君を見つけたのは約2時間30分前だから、時間の都合で調べれなかったのさ)
(あー、そういえば俺、お前から名前で呼ばれてなかったな)
というか、2時間30分てよく覚えてられるな……。
とか思ってると、キュウベぇが催促してくる。
(というわけで、早速君の名前を教えてくれないかい?)
別に黙ってる理由もないし、教えとくか。契約するつもりはないけどな。
(あぁ。俺の名前は──)
(キュウベぇ!昨日取り逃がした魔女の結界を見つけたよ!)
名前を言おうとした直後、聞いたことのない女の子の声が入ってきた。
(え、誰?)
女の子の声に向けて俺は聞いた。
(え?あなたこそ誰なの?
まさか、新しい魔法少女?もしそうなら私の後輩かな?)
女の子も、俺に聞き返してきた。彼女の聞き方からすると、どうやら彼女はすでに魔法少女になっているらしい。
(いや、今はまだ魔法少女にはなってない…というか、まだなる気がないけど……)
(あぁ、そういえばエリにはまだ言ってなかったね。
紹介するよ。彼女──『彼』は、僕が見つけた魔法少女の素質を持つ少女さ)
俺と魔法少女との会話に、いきなりキュウベぇが割り込んできた。
(へぇ……てことは後輩候補か。私は日向エリ。よろしくね)
日向エリさん──今後は日向さんと呼ぼう──は、自己紹介と挨拶をしてくれた。
(日向さん、こちらこそよろしく)
俺も挨拶を返す。
(さてと、後輩候補くんとの挨拶も済んだことだし、私は魔女の結界に入るね)
(待ってエリ)
日向さんをキュウベぇが引き留める。
(今からそっちに君の後輩候補と向かうから、待っててほしいんだ)
(え?)
(え?)
俺と日向さんはほぼ同時に疑問を持つ。
そこで、日向さんがキュウベぇに質問してくれた。
(ちょっとキュウベぇ、どういうつもり?早くしないと魔女逃げちゃうよ)
キュウベぇは、少し間をおいてから、堂々と答えた。
(君の後輩候補に、魔法少女がどういうものか教えてあげるのさ!)