成り行きで魔法少女体験ツアー(日向さん命名)をすることになった俺は、俺の家の前でテレパシーを中継していたキュウベぇの案内で日向さんのいる場所へ走っていた。
どうやら家から近い位置にある路地に、魔女が作った結界があるらしい。
「さぁ、こっちだよ!」
「ちょ、早いって!!」
前を走るキュウベぇを俺は必死に追いかけていた。
あいつ、走ると見た目からは想像できないくらい速いから追い付くのに一苦労するんだよな。
「………そういえばキュウベぇ、お前の体の構造どうなってんの?そんなに速いってことは、実は筋肉とかすごかったりするのか?」
なんとなく気になったので、走りながら聞いてみた。
「…それよりも、ほら、エリを見つけたよ」
「え?」
キュウベぇがそう言ったので、目を凝らして前をよく見てみる。(誤魔化された感があるが気にしないでおこう)
「ん~……」
俺たちが着いた先にいたのは、綺麗な薄紫色でサイドテールにしてある髪の女の子だった。俺たちのことを待っていて暇だったのか、とてものんびりと猫のように背伸びをしている。
俺が通う見滝原中学校の制服を着ているので、どうやら同じ学校の生徒のようだ。
女の子の前でキュウベぇが止まったので、俺も習って息を整えながらゆっくり止まる。……この人が日向さんか。年上かと思ったけど、背は俺より少し低いから同年代、かな?
日向さんは背伸びを終えると、こちらに気づいたのか声をかけてきた。
「あ、キュウベぇ遅ーい!早くしないと魔女逃げちゃうよ?」
「ごめんごめん。ちょっと迷ってしまってね」
嘘つくな、この白狸。なんの迷いもせずにここにまっすぐ来たくせに。
……という本音は心に押し留め、日向さんに改めて挨拶をする。
「日向さん、はじめまして。俺は貴女の後輩候補になるかもしれない者です」
「あれ、君が後輩候補くん…?
テレパシーでの会話からボーイッシュな子かなって思ってたけど、意外にかわいい顔してるんだね」
「ッ!」
また言われてしまった。日向さんは誉めてるつもりなんだろうけど、正直嬉しくない。
「ん?どうしたの?」
日向さんが俺の顔を覗き込んできた。あ、かわいい……て、ちぐぁう!!つか顔近い!
「い、いえいえ!なんでもないです!!」
俺はあわてて顔を反らし、なんとか顔の距離を離す。
「……なら、いいけど」
日向さんは俺の行動を見て不思議がりながら、首をかしげて顔を離していった。
「なぜ君はエリから顔を離したんだい?別にくっつく距離でもないのに……訳がわからないよ」
キュウベぇも首をかしげた。
「うっさい喋んな白狸!!つーかお前は理由知ってんだろ!!」
軽くカチンとした俺は、怒ってキュウベぇに反論する。
「そうか。君は性同一性障害だったね」
キュウベぇはどうでもいいことのように言う。
こいつ、本気で殺ってしまおうか……。
「へぇ……ということは君、心は男ってこと?」
握りこぶしを額に当てながら、日向さんが聞いてきた。
いきなりのことだったので俺は戸惑いながらも答える。
「え……あぁ、はい。そんなとこです」
だが答えたあと、俺は後悔した。
小学生のころ、俺はクラスのみんなに自分が性同一性障害なのを教えたことがあった。教えた動機は、本当の俺を分かって欲しかったからだ。
だが、その日を境に俺を見るクラスのみんなの眼が変わり、気味悪がられるようになった。
『女の身体なのに男の精神は気持ち悪い』というのがそうなった主な理由らしい。
その日から中学に上がるまで、周りからの視線がずっと辛かった。
だから、これからは自分が性同一性障害なのを絶対にばらさない、と決めた。
……ハズだったのに、日向さんの質問を肯定してしまった。バレてしまった。
また気味悪がられるのかな…。
だが、そんな思いはよい方向に裏切られた。
「あはは、んじゃあ私の妹と同じだね」
日向さんは苦笑いを浮かべた。見ててわかるほど、とても無理やりでかわいそうな苦笑いだった。
(え?妹と同じって?)
気になった俺は、ためらいつつも日向さんに聞くことにした。
「あの、それってまさか……」
「そ。私の妹──あ、リコって名前なんだけどね──
あの子も、心が男の子だったんだ。
二年前に自殺したから、もう死んじゃっていないけどね」
「ッ! すみません!聞いてはいけないことを聞いてしまって……」
俺は日向さんに向けて頭を思いっきり下げる。
「あ、別に謝らなくてもいいよ。君は知らずに聞いたんだし。
それに、もう慣れちゃったから」
そして日向さんはまた苦笑いを浮かべる。今度は少し目がうるうるしていた。
それで慣れてるって言うんですか?と言いそうになったがなんとか引っ込めた。そんなことを言ってしまったら、日向さんを傷つけることになるだろうし。
「…さて、んじゃそろそろ魔女の結界に入ろっか。魔女逃げちゃうし」
日向さんが話を切り替えた。
「はい。わかりまし…」
「はいストーップ!」
言いかけたところを、日向さんに腹パンされて止められた。
「痛ぁ!?い、いきなり何するんですか!!」
俺は痛むお腹をさすりながら抗議した。
そんな俺を見ながら日向さんはあははと笑っている。
くそぅ、リアルに痛いんだぞこれ……一応体はか弱い女の子なんだぞ?
「私、敬語使われるのは苦手だからさ。だから、次からはタメ口でいいよ」
そんな理由で腹パンされたのかよ俺……とりあえず敬語はやめよう。
「……うん、わかった。
こんなんでいいなら別にいいけど」
「うわぁ、見た目とのギャップが凄い……ヤダなぁ」
「なんかひでぇ!!」
敬語は無し、ということなので遠慮なくツッコミさせてもらった。
「あはは、冗談だよ冗談」
日向さんはにかっと笑う。
そのおかげか、俺は少しホッとした気分になった。
やっぱ女の子は笑顔が一番だよな、うん。
「あの……君たち、本来の目的を忘れてないかい?」
ずっと黙っていたキュウべぇが、俺と日向さんに訊いてきた。