「くっ……!」
私は左足を押し潰している瓦礫をなんとかどかし、身体を起こす。
目の前にあるのは荒廃した見滝原。その上空で高らかに笑う、反転し本気を出したワルプルギスの夜。
まだまだ余裕なワルプルギスの夜に対し、残っているのは私とまどか、そしてあの人だけ。
他の魔法少女は、皆魔女化寸前なったところをまどかに「止」められてもう動かない。
私は戦いの最中に時間停止が使用不能になったため待避していたのだが、穢れを溜め込みすぎて戦えなくなったまどかに残っていたグリーフシードを渡そうと前へ出た。だがその瞬間をワルプルギスの夜に狙われ、コンクリートの塊となったビルの破片が接近、回避できず直撃してここまで吹き飛ばされてしまった。
「早く…まどかのソウルジェムを……」
私は立ち上がるが、左足が折れていて使い物にならず、バランスを崩して倒れしまった。私は回復の魔法が使えないため、治すことは不可能。もうどうしようもない。
おそらくこの時間軸のまどかは他の時間軸のまどか──私と約束を交わしたまどかと同じように魔女化する前に自ら死を選ぶだろう。
だとしたら……
「ここも、私の戦場じゃない」
もう、この時間軸は捨てるしかない。
私は左手の小盾に手を触れる。これを回せば私は他の時間軸へと移動し、一ヶ月前に戻れる。
私はたった一人の友達、まどかを救うために、何度でも繰り返すと決めた。だから何の後悔も……
『お前は、俺が救ってやる。だから暗い顔すんなって』
「……―――先輩、あなたを一人
残すようなことをすることになって、ごめんなさい」
……ない。
私はためらいなく小盾を操作する。
かちり、と時間の歯車が嵌まり、急速に逆回転を始めた。
─────が、
歯車がバキッ、と何かが壊れたような音がした。
「……え?」
気付いたときにはもう遅く──
私の意識は……弾けとんでしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「暁美さん、佐倉さん。二人ともお疲れ様」
「えぇ、お疲れ様。今回のは少し手強かったわね」
「そうか?あたしは全然楽勝だったけどなー」
変身を解いた巴さんと私、そして杏子。杏子はどこから取り出したのか、誰もが知っている棒状のスナック菓子(ちなみにコンポタージュ味)を頬張っていた。
「じゃあさっさとマミん家行ってケーキ食おうぜ」
「もう、いつも佐倉さんの分のケーキも買う私の身にもなってほしいわ」
杏子に巴さんはため息をつきつつも、どこか楽しげな表情をしていた。それを見て私も嬉しくなり、少し微笑む。
同じ時間を繰り返していた時の私に比べたら、今の私はよく笑うようになったと思う。それはきっと、私が黒髪につけている赤いリボンをくれた彼女、まどかのおかげだろう。
「巴さん、今日のケーキは昨日買ったモンブランよね?」
私は昨日、巴さんに連れられて一人2個の限定モンブランを一緒に買いに行ったことを思い出す。
「今日はモンブランか。ゆまは食べるかな?」
杏子はにかっと笑いながら呟く。
「あらあら。すっかりゆまちゃんのお母さんね」
巴さんは笑う杏子を見ながら微笑む。
「なっ……別にそんなんじゃねぇよ!」
杏子はムキになって反論するが、全く意味をなさない。というより、どうみても図星だ。
ゆまとは、最近杏子と暮らし始めた新しい魔法少女、千歳ゆまのことだ。かつての時間軸で一緒に戦ったことがあるため存在は知っていたが、まさかこの世界でも魔法少女になっていたのには正直驚いた。おそらく魔獣に襲われたところを杏子に助けられ、拾われたのだろう。
ちなみに、現在ゆまは巴さんの家のベッドを借りてぐっすりと眠っているため、杏子もマミさんの家に泊まるらしい。
「巴さん、杏子。また明日」
「おぅ、またなほむら」
「じゃあね暁美さん。明日も頑張りましょう」
巴さんの家でケーキを食べた私は見送りの二人に別れを告げ、一人暗い道へ進んでいった。明りは点々とあるが、あまり役立っているとは言えない。
先ほど殲滅したばかりなので気配はないが、いつ魔獣が出てもおかしくないような不気味な道だ。もし現れたら被害が出る前に倒さなきゃ・・・。
「…こんなことを考えるようになったなんて……私も、変わったわね」
いい意味でも、悪い意味でも。
もしも弱気だったころの自分が今の私を見たら、とても同じ人間だとは思えなくてびっくりするだろう。そしてなんでもできる私を尊敬するだろう。
でも、ときどき私はあの頃の自分に戻りたくなる。死と隣り合わせの生活を送らずに済むのだし、なにより平凡でいられる。ただの臆病で病弱な、まどかに守られていた自分に――
『アハハハハ・・・』
「ッ!?」
突如暗闇の中に、笑い声が響く。
この聞き覚えのある不気味な笑い声は…まさか――
「ワルプルギスの……夜!」
そんな…あいつはもうまどかの願いで浄化されたはず……いや、考えてても仕方ない。また現れたのなら倒すだけのこと。
私は瞬時に変身して黒と灰色の衣装を身に纏う。そして弓を構え、あたりを警戒する。
「…いない」
ワルプルギスの姿はどこにも見受けられず、気配も無い。ただ笑い声が聞こえるだけだ。それしか感じられない。
「姿を隠しているのかしら…」
なら探すしかない。
私は笑い声が聞こえる方向へ走り出した。一瞬巴さんたちに連絡することも考えたが、仮に本物のワルプルギスだったとしたら危険すぎるのでしないことにした。
かつて『先輩』を加えたベストメンバーで戦っても惨敗し、最終的に最後の時間軸で概念化したまどかでやっと倒せたような相手。もし全滅でもしてしまったら、見滝原を守る魔法少女がいなくなってしまうもの。
「勝負よ、ワルプルギス…!」
私は姿が見えない敵に向かって宣戦布告する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
私は、その時巴さんたちに連絡しなかったという判断を後に激しく後悔したと同時に、感謝することになる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
辺りを探していると、魔法少女のような姿をしたワルプルギスの使い魔を発見した。
空中に浮かぶワルプルギスの使い魔たちは私に気づくと、一斉にこちらに接近してくると同時に光弾を放ってきた。
「ッ!!」
私は使い魔が放った光弾を回避しつつ、弦を引いて矢を放つ。接近していた使い魔たちは一斉に散らばり、矢は何もない空へと飛んでいく。
「残念ね、散らばっても無駄よ」
矢は進む反対方向に拡散し、まるで巨大な棘のように広がった。
この技は『イラザルスィ・ダルド』。拡散する矢、という意味で、巴さんが私のために考えてくれた必殺技だ。さすがにイタリア語の技名を叫ぶのは恥ずかしいのでしないが……。
イラザルスィ・ダルドは数体の使い魔を貫き、消滅させた。残った使い魔は矢を避けて逃げだそうとする。
「逃がさないわ」
魔力で複数の矢を生成し、
「スターライト…アロー!」
同時に構え、発射する。
矢はそれぞれ広範囲に広がり、残りの使い魔を一掃した。
…まどかの技名は別よ。
「…使い魔は全て倒せたみたいね」
だが肝心のワルプルギスがどこにもいない。
まさかすでに結界を…いや、それはありえない。ワルプルギスは身を守るために結界を作る必要がない強力な魔女だ。となると、いったいどこに……。
私は雲に埋め尽くされたような星一つさえない黒い空を見上げるが、そこにワルプルギスの姿はない。本来のワルプルギスなら、巨大な身体を空中に浮かばせ──
『見ぃつけたぁ♪』
「誰っ!」
突然背後から声が聞こえ、反転し矢と弓を構える。
そこにいたのは、黒いマントで全身を覆って西洋の魔女の帽子を深々と頭に被った、背丈からして同い年くらいの少女だった。顔は帽子で隠れてよく見えず、口元には笑みを浮かべていた。
『さぁだれかなぁ?アハハハハハハハ!』
少女は狂ったように笑い、まるでワルプルギスのような笑い方だ。いや、これはワルプルギスそのもの……まさか。
「……念のため聞いておくのだけれど、あなたは、ワルプルギスの夜なの?」
『んー、否定はしないよ』
私の確認を、少女はあっさり認めた。
『ちゃんと説明するなら、まだワルプルギスになる前のワルプルギスかなぁ?ほら、今の私はまだ歯車もないしドレスも着てないでしょ?』
……どういうこと?ワルプルギスになる前ということは、彼女は魔法少女なの?でも彼女は自分をワルプルギスだと認めているし、この世界に存在しないワルプルギスの容姿についても知っている。矛盾が多すぎる……わけがわからないわ。
『ま、細かいことは気にしないでもらえるとありがたいかなー』
「残念ね、私はそう言われると気にするタイプなの」
『そっか。たしかにそうだよね。アハハハハ』
少女のようなかわいらしい笑いだが、同時に不吉さを感じさせる。何より、妖しい。
『ところで、貴女に質問があるのだけれど』
「何かしら」
『貴女は一体、過去の時間軸で何度ワルプルギスの夜に負けたの?』
「!? なぜそれを知っ──」
『質問に答えて』
少女は先程の笑いとは真逆の威圧的な物言いになり、私は一瞬たじろぐ。
「……数えたくないほど、かしらね」
正確に言えば、数えきれないほど。
当時の私は、『騙される前の私を助けて』というまどかの願いを『まどかを魔法少女にしない』という勝手な解釈をし、さまざまな時間軸を渡り歩いた。
『そう…今の様子からすると、結局まどかを魔法少女の運命から救えなかったんだね』
「まどかを知ってるの!!?」
少女はゆっくり、口元を刃物で切れ込みを入れられたような鋭い笑みに変えながら頷く。
そんな…この世界にはまどかはいない。唯一覚えていると言えるのは私以外ではまどかの弟だったたっくんだけ。
なのにまどかを知ってる……こいつ、何者?
「あなたは……誰?」
少女に訊ねた私は、無意識に少女に反転した本来のワルプルギスの夜の姿を重ねていた。
『………にぱー』
少女は薄気味笑みを浮かべながら、左手をマントから出す。
その手の甲には、黒く染まりきった、ひし形のソウルジェムが装着していた。
『私はね───────』
少女が自分のことを語ろうとした、まさにその時だ。
ズズズズ・・・・ゴゴゴゴゴ!!
「何!?」
『…………ちぇっ』
地鳴りのような音が、少女を中心にして突如辺りに響く。その音がなった瞬間、少女は動きを止めた。
『時間切れ、か』
少女は左手を握った状態からぱっと開く。すると、万の前触れもなく少女の少し後ろに直径5メートルもある黒い渦のようなものが生まれ、渦巻いた。
「ブラックホール……?」
私は黒い渦と、それを簡単に生み出した少女から眼が離せなかった。
ワルプルギスはその巨大な体に見合った強大な力を有していたが、こいつは見た目から想像できないくらいの力を秘めている…。
『ブラックホールか。確かにそう見えるかもね』
少女は私に言いながら後ろを向き、黒い渦の方へ歩いていく。すると黒い渦は急激に回転を始め、周囲のものを吸収し始めた。
『もう会うことはないだろうから、さよなら。まどかがいない世界のために、せいぜい頑張ってね』
「待って!貴女はなぜまどかを──」
──知っているの?
私がそう訊ねようとしたが、
『「愚かな貴女に教える必要は無いわ」』
少女はノイズ混じりの声で吐き捨てるように言った後に、黒い渦へ飛び込んだ。黒い渦は少女を呑み込むと、少しずつ小さくなっていく。
「…どうするの暁美ほむら……」
私は自分自身に語りかけ、気持ちを落ち着かせる。
あいつは『もう会うことはないだろうから』と言っていたから、恐らくもう接触できない。ワルプルギスに関係があるのならば、ここで排除しないといけない。
けど、あんなやつを相手に私一人では戦えない……いや、恐らくさっきマミさんを呼んで三人で挑んだとしても勝てないだろう。
「どうすればいいの……!!」
黒い渦はどうすればいいか分からない私を急かすように、どんどん小さくなって行く。
あいつはもうこの見滝原に来ることはないのかもしれない。
けど……もしこのままあいつを逃がしたら、またワルプルギスによる悲劇がどこかで起こるかもしれない。
私やまどかのような子が生まれてしまう可能性だって……
───────────
魔法少女は───
夢と希望を叶えるんだから。
きっとほんの少しなら、
本当の奇跡があるかもしれない。
……そうでしょう?
───────────
「大丈夫よまどか……私はみんなを守るわ」
舞台装置の悲劇なんて、そんなの絶対に許さない。まどかが……あの子が守ろうとした世界は、もう壊させはしない!
「!!」
私は少女を追い、黒い渦へ勢いよく飛び込む。