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気が付くと、私は見知らぬ場所にうつ伏せになって倒れていた。
「ここは……」
上半身をゆっくり起こし、ぼうっと周囲を見回す。
見えるのは、つぎはぎのぬいぐるみとまち針──ここは…魔女の結界内?見たところワルプルギスの夜の結界内では無さそうな雰囲気だけれど(もともとワルプルギスが結界を作ることなんて無いらしいが)、あの渦に入ったせいでここに飛ばされてしまったようね。
「でも、どうして魔女の結界が……もう魔女はいないはずなのに……」
もしかしてここは、まどかが浄化しきれなかった魔法少女から魔女の結界なのかしら?
だとしたら、ここの魔女を『救』わないと。それに早く結界を出て、ワルプルギスを名乗っていたあいつを探さないといけないし──
「ッ、この感じ……誰かが戦っている?」
私は魔法少女と魔女の気配を右方向から感じた。そちらを見ると、布で作った扉のようなものが一つだけポツリとあった。
「とりあえず行ってみましょう」
先に戦っている魔法少女は、魔獣と違う存在である魔女に苦戦しているのかもしれないわ……急ぎましょう。
「……?」
左手をついて立とうとすると、重みを感じた。不自然に思い、目を左手に向ける。
「そんな……どうして……?!」
左手に付いているそれは、私が失った時間操作の能力を司る小盾だった。
───────────
しりもちをついた俺の目の前には、俺をかばって腹部に針が刺さり貫通した日向さんが立っていた。針を伝い、血がぽたぽた床に滴り落ちる。
「日向………さん?」
声にならないような、そんな小さすぎて聞こえない声で俺は呟く。でもそれは意味があって言ったわけじゃなく、ただ頭の中が真っ白になって他に何も思いつかなかっただけだ。
「あはは……なんか、無様なところ、見せちゃった、ね」
日向さんは俺に向けて笑ってみせた。だがその直後に針がずぶっと素早く引き抜かれる。
「────っ」
日向さんは糸が切れた人形のように、俺に覆い被さる形で倒れた。同時に針が刺さっていたところから大量の血が溢れだし、俺の顔と服を濡らす。
「…さすがに…痛いね…」
右肩にもたれ掛かる日向さんは、苦痛で歪み、今にも泣きそうな悲しい顔をしている。
「ひ、日向さん!?大丈夫か!?」
「…あぁ、大丈夫大丈夫。痛覚遮断すれば、平気だから」
慌てて駆け寄り日向さんを抱き抱える俺に、日向さんは微笑みつつ頭をやさしく撫でる。
「そんな心配そうな顔しないで。ちゃちゃっと終わらせるからさ」
日向さんは俺に言いつつ、ダガーを握り締めながらゆっくりと立ち上がる。
腹部にある痛々しい穴は塞がってなく、血がどくどくと流れている。
明らかに普通ではない血の量で、普通なら立てないほどの痛みが日向さんを襲っているはずだ。死んでも、おかしくない。
なのに、日向さんの顔ははまるで傷など最初から無いかのような不適な笑みを浮かべるようにいつの間にか変化していた。
そんな日向さんを排除しようとするかのごとく、多数の裁縫針が出現する。そしてその中心には、蛇の様に動く幾つもの毛糸に絡まった人形の目玉が浮遊していた。
「やっと姿を表したね、魔女さん。さしずめ今回は『裁縫の魔女』といったところかな?」
日向さんは穴が空いた背を俺に向けつつナイフの矛先で魔女を捉える。
「さてと……じゃあ仕返しさせてもらおうか!」
日向さんは一気に駆け出し、血を転々と滴ながら魔女に突撃した。
───────────
「さてと……じゃあ仕返しさせてもらおうか!」
私は重い痛みに耐え、『裁縫の魔女』に向けて全速力で走る。
痛覚遮断すれば、なーんて嘘ついちゃったけど、本当は痛覚遮断なんてどうやったらいいかなんてわかんないんだよね。だからもう泣き叫ぶくらいお腹は痛いけど、ここで私が戦わないと後輩候補くんが死んじゃうからね。頑張れ私!
(来たっ!)
魔女は周りに浮遊する針を一斉に向けて、まるでマシンガンの弾みたいに射ってきた。それを余裕でかわしつつ、回避しきれない邪魔な針はダガーで切り裂いて、消滅させながらもっと加速する。
今度は針が壁みたいに並んで、私の前方に突き刺さった。足止めのつもりだろうけど──
「無駄だよ!ブラック・エッジ!!」
私はダガーを素早く逆手に持ち変え、ズバッと一気に横に振り払う。すると黒い衝撃波が刃から放たれて、針が作った壁を薙ぐように真っ二つにして全て消滅させた。
私の固有魔法は『消滅魔力』。ダガーで攻撃することで敵の中に消滅魔力を蓄積させて、それが一定数を越えると敵を消滅させる魔法。雑魚なら蓄積数が少ないからほぼ一撃で倒せる。
針程度で、止められなんかしないんだから!
もう針は魔女の近くには残ってなくて、魔女を守るものは無い。
(無茶な動きしてるせいで傷がかなり痛くなるだろうし、血がなくなる前にこのまま一気に決める!)
魔女は宙にふわふわ浮いて、私から逃げようとしている。もちろん逃がす気なんてさらさらない。
右足に消滅魔力を込めつつ走る勢いを利用し斜め上にジャンプし、そして空中に跳びながら蹴りの構えをとる。
そして空きになっている魔女の中心にある目玉に向けて降下し、右足を思いっきりめり込ませた。
名付けて……
「急降下日向キィィィック!!」
そのままの状態で魔女を重力のまま地面に落とし、私の蹴りと地面でサンドイッチにする。魔女からめりめりっとヒビが入る嫌な音が聴こえ、魔女についていた毛糸もへなっていた。
───────────
日向さんが魔女と戦う中、俺はまったく動けなくなっていた。
別に『日向さんの邪魔になるから』、とかみたいに何か考えがあって動かないわけじゃない。
ただ、怖くなってしまったんだ。
「………」
俺は震える手で、恐る恐る頬に触る。日向さんの血でべっとりと濡れていた。
血の匂いは不思議としない。きっと感覚が麻痺して匂いを感じられないんだろう。
「……日向さんがいなかったら、俺は──」
──針に貫かれて、死んでた。
…俺は、戦いを甘く見ていた。『魔法少女』なんていう現実味がない言葉で騙されて、軽い気持ちで来てはいけない世界に来てしまったんだ。
魔法少女と魔女の戦いは、勝てば生き残る。負けば死んでしまう。
人は一歩間違えれば、簡単に死ぬんだ………あの時みたいに。
────私は君を嫌わないよ────だって、君はただ人としての器が違うだけでしょ?────だったら君は男の子だよ────よし、せっかくだし私が友達になってあげる!────
────私、もう疲れちゃったからさ────────だからもうお別れ────────でも、君の友達になってよかった────────ただの気まぐれで友達になった私の隣にいてくれて────────すっごく嬉しかったんだよ?────────君が体も男の子だったら────────好きになってたかもしれないね────────じゃあ、私の分まで元気でね────────もし、私みたいな人がいたらさ────────
━━━━━━私みたいになる前に、助けてあげてね?━━━━━
────────────
私は魔女から右足を引き抜き、軽く指で小突いてみる。反応はない。どうやら、倒せたみたいだね。この様子だと、消滅するまでもうしばらくかかるかな。
「ふぅ、なかなか手強かったかな」
最初針が刺さったときはどうなるかと思たけど、どうやら攻撃頼りの魔女だったみたいだね。
一撃で倒せるように消滅魔力を限界まで纏わせた蹴りを食らわせたんだ。逆に倒せなかったら、しばらく魔法使えないし死んでたかも……いや、そういうの考えるのやめよ。
さて、とりあえず後輩候補くんを安心させなきゃね。
「後輩候補くん、魔女は倒し─」
──あれ、なんか力が抜けてく──
「日向さん!!」
慌てて走ってきた後輩候補くんは、倒れそうになった私を受け止めてくれた。
「あはは…ちょっと無理し過ぎたかな?」
私は穴の空いたお腹に手を当てる。傷は塞がって来たみたいだけど、やっぱりまだかなり痛いなぁ……。
「だ、大丈夫ですか!?早く病院に……」
「その必要はないよ。こんくらいなら魔法つかって半日で回復できるし」
「でも、日向さんそんなに苦しそうにしてるじゃないか!」
「いやぁ…これは気を抜いたから痛覚遮断切れちゃってさ。まぁすぐ治るって」
もちろん痛覚遮断ってのは嘘だよ。気ィ抜いたら一気に痛みが来ただけなんだよねー。
「なら、いいけど……無茶はしないでくれよな?」
後輩候補くんはホッとした表情を見せる。
「りょーかいりょーかい。…あ、座らせてもらっていいかな?痛みが辛いし」
「あ、うん」
後輩候補くんは私を気遣って、私の身体を支えながらゆっくりと座らせてくれた。これで幾らかマシかな。
「あの、日向さん……」
「ん?」
「ごめん、俺のせいで怪我負わせちゃって。それに俺……魔法少女のこと軽く考えてたみたいだし……」
「……きみが責任感じる必要はないよ。魔法少女の私が早く気付くべきだったこともあるだろうしさ。ね?だから元気だして」
暗い顔で下を向く後輩候補くんに私は明るく言って、頭を撫でてあげた。私もその気持ち、分かるしね。
「……うん、ありがとう日向さん」
後輩候補くんは顔を上げて少し微笑む。
「どういたしまして。あっ、グリーフシード……」
グリーフシードないと魔力回復できないじゃん……。
私は顔を魔女がいる方へ向ける。もう魔女の身体は消滅してるからグリーフシードが残ってるはず……。
「……あれ?」
おかしなことに、そこにグリーフシードは落ちていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「もう入ってもいい頃かな」
キュウベぇはビルの屋上からある場所を見つめながら呟き、ひょいっと飛び降りてその場所の前に着地する。そこは裁縫の魔女の結界の入り口がある場所だ。
キュウベぇは入り口に向かいながら、まるで誰かに訊かせるような独り言を始めた。
「…まさかあんなに素質を秘めている子がいたなんて盲点だったよ。けれど、あの子が契約すればもうエリに頼る必要はなくなる。
「エリには絶望のエネルギーを期待していたのに、いつまでも魔女化しない。なら、エリが死亡してあの子が契約することになってもしかたないよね。
「正直エリを犠牲にしてあの子を契約させるのは残念だし、何より勿体ないとは思うけど、今後の宇宙の為だ。長い目で見れば彼女の犠牲は宇宙を救った一人になるんだ。
「人間の中では誰かを救うことは正義なんだろう?だったらこの宇宙に無数にある星に住んでいる生き物を救うことに繋がるんだ。本望じゃないかな。
「なのに、どうして人間はその事に気付かずに『嘘つき』や『酷い』なんて言うんだろう。自分達の都合で地球上の生物を管理する君たちの方が酷いとは思わないのかな?」
結界の入り口前に辿り着くと、結界へ通じる小さな穴が開く。
「人間は本当におかしな生き物だ。感情を持つと、僕たちもああなるのかな……わけがわからないよ」
キュウベぇはしっぽを振りながら結界内へとことこ歩いていき、しばらくすると穴は何も無かったかのように消えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
グリーフシードが、ない?そんなまさか。じゃああれは使い魔ってことなの?いや、あの攻撃力は魔女のものっぽかったし…。
「日向さん、あれって…魔女じゃないか!?」
後輩候補くんがなにかに気づき上空を指差した。私は素早く魔女がいたところから、後輩候補くんが指差した方向へ視点をずらす。
「あれは…蜘蛛?」
糸切り鋏の口、巨大な綿の身体、裁縫針の六本足。そんな出で立ちの巨大な怪物が天井からぶら下がっていた。
糸切り鋏の持ち手に当たる部分には、さっき私が倒した魔女の目玉がくっついている。
「まさか、第二形態ってわけ?嘘でしょ……弱かったのは本気を出してなかったからってこと!?」
ヤバい…まだ戦えるほど傷も魔力も回復してないのに!
『カチカチカチ……』
蜘蛛の姿に変わったらしい裁縫の魔女は、口の鋏を不気味に動かしつつゆっくり降下してくる。
それはまるで、糸に引っ掛かって動けない虫を追い詰めた蜘蛛みたいだ。
「ちぇっ、仕方ないか!」
私は痛みを抑え立ち上がり、右手のダガーを逆手に持ち変えた。
「私がこいつの相手するよ」
「日向さん、俺も戦います!」
後輩候補くんは私の右に並んで、さっき渡したダガーを両手で構える。私を気遣うその気持ちはありがたいけど、このままじゃ二人とも殺られちゃう。
「後輩候補くんは下がって!!」
「でもそしたら日向さんが!」
その間にも魔女は地上に着地しており、こちらを一つ目で睨み付けている。
『キシャァ!!』
魔女はその大きさからは想像できない速さでこちらに突撃してきた。
「いいから早く!」
私は怒鳴りながら後輩候補くんを右肩で後方に押して、魔女の突撃する軸からずらす。
「うぁっ!!」
私も回避しようとしたが間に合わず、敵の体当たりを回避しきれなかった。
私は端の壁まで吹き飛ばされ、さらにダガーを落としてしまった。
「くっ……これはかなりピンチかなぁ」
私はお腹を庇いつつ、ふらふらと立つ。全身打撲かなこりゃ…。
『カチカチ!カチカチカチ!』
魔女は笑っているかのような音を出し、こちらにどんどん近づいてくる。
この距離だともう逃げても間に合わない。
「……アハハ、死ぬかも。ごめんね、後輩候補くん」
私は軽く、死を覚悟した。
───バシュッ!
空を切る音が聴こえ、淡いピンク色の光の矢が私と魔女の間に突き刺さっていた。
「危なかったわね」
聞き覚えのない女の子の、凛とした声が訊こえる。
「灰色の…魔法少女?」
後輩候補くんの声も同じ方から聞こえた。私はそちらを見てみると、黒髪をピンクのリボンでツインテールに縛った、灰色の衣装を着た見覚えのない魔法少女が弓を構えていた。
『ギシャァァァ!!!』
魔女も灰色の魔法少女の方に体を向け、食事を邪魔された獣のよう咆哮しながら魔法少女に突進する。
魔法少女はその場から動かず、左手についている小盾を構えている。
あんなのじゃ、防御しきれない…!
「危ない避けて!!」
私は思わず魔法少女に叫ぶ。
「その必要は無いわ」
魔法少女はそう言うのと同時に姿を消し、いつの間にか私のすぐそばにいた。
魔女は突進の勢いを殺せず、派手に壁に激突して顔の鋏が突き刺さったみたいだ。
「きみ、いつの間に…」
「私は時間停止の魔法が使えるの」
時間停止…ずいぶん強力な能力を使えるなこの子は。まぁ私の消失魔力も劣ってないけどね。
魔法少女は私のお腹の傷に左手のひらを当てると、優しい光が手のひらから出て傷口を覆う。
「貴女はこの傷が治ったら、あの子と一緒にこの結界を脱出しなさい。あいつの相手は私がするわ」
魔法少女は少し離れた場所にいる後輩候補くんをチラッと見る。
「え、いいの?」
「構わないわ。」
魔法少女は手のひらを離す。すると傷口は完全に塞がっていた。痛みは少し残っているが、これなら動ける。
「じゃああの蜘蛛は任せたよ。この借りはいつかちゃんと返すね!」
私は後輩候補くんの方へ向かって走る。
でもあの魔法少女の名前を訊いてないことに気づき、途中で止まり振り返る。
「私は日向エリ!きみの名前は?」
「……暁美ほむらよ」
魔法少女、暁美ほむらは魔女に向けて矢を引きながら静かに答えた。