「くらいなさい」
私は突進する蜘蛛のような魔女の右前足に矢を狙いを定め、力を溜め込んで射ち放つ。
魔女に放たれた矢は右前足、右中足、右後ろ足、左後ろ足、左中足、左前足の順に貫き全てをもぎ取った。
この技は『トゥラパッサーレ・ブリッラメント』、訳すと『貫き通す閃光』という意味になる。技自体は私が戦闘中に作った物だが、名前はもちろん巴さんが考えたものだ。
『キシャァア!』
足という支えを失った魔女は無駄に大きい図体を床に叩きつけ、身動きが取れなくなった。
「終わりよ」
私は時間停止に触れることで時を止め、魔女を中心に走り回りながら矢を乱れ射つ。
矢は空中で静止し、魔女を取り囲む。
「……巴さんなら、この技をサエッタメント・ダルド(射殺す矢)と名付けそうね」
そう呟くと同時に時は動きだし、大量の矢が無慈悲に魔女を襲った。
『ギャァァァァ!!』
大量の矢が身体中に突き刺さった魔女は見た目からは想像できない甲高い女性の悲鳴をあげ、数秒後にグリーフシードを残して消えた。
「倒せたようね……」
日向エリと名乗った魔法少女はどうして傷を負うほど苦戦したのだろうか。……状況から考えて、一緒にいた子を庇いながら戦っていたから?
だとしたら。かつての巴さんみたく魔女に殺されなくて良かったわ。
日向エリが目の前で死んでしまったら次はあの子が殺されていただろうし、なにより生き延びたとしてもトラウマとなってしまったでしょうから。
「…それにしても、魔女の結界って魔女を倒したらすぐ消えたはずよね…」
確か私の記憶が正しければ、結界の中心にいる魔女か使い魔を倒せれば結界は崩壊している。だがこの結界は魔女を倒したがなんの反応もない。
この結界が特別なのだろうか…。
「…とにかく、急いで日向エリと合流して結界を出ないと」
私は網目の模様がついたグリーフシードを拾い、日向エリたちが向かった方向へ急いだ。
───────────
ほむらって子に魔女を任せ、私と後輩候補君と一緒に結界の出口へ急いでいた。
せっかく助けてもらったんだもん。生き残らなきゃ勿体無いしね。
「日向さん、大丈夫か?」
「ん?何が?」
「お腹の痛みだよ」
「あぁ、大丈夫だよ。さっきの子が治してくれたから」
私はさっき穴が開いていた場所に触れる。傷が魔法で完治したからか、痛みは走ってる間に消えたしね。
傷を塞いでくれたほむらに感謝だね。いや、ほむらじゃ可愛くないしほむほむと呼ぼうかな……。
「どうかした?」
「あぁ何でもない。考え事」
「そっか…あ、日向さん。あれって扉だよな?」
後輩候補君が目の前に設置してある、お皿の刺繍が付いた扉を指差した。
扉なんてあったっけ…?私たちが結界を進んでたときはあんな扉なかったし、明らかに怪しいな。
「後輩候補君はここで待ってて。調べてくる」
扉から少し前の地点で後輩候補君を待たせる。
私は自分のダガーを新しく生成して右手に持ち、慎重に扉に近付く。
一応覗いてみるか……。
『ギィィ……』
そっと扉を押して、隙間から扉の中を覗く。
「───嘘でしょ?」
私はあまりの光景に眼を疑った。
扉の中に広がる部屋には私が倒した形態の裁縫の魔女と使い魔が無数に宙に浮いていて、その下には第二形態らしい裁縫の魔女が数体群がって何かを喰っていた。
喰われていたのは、この結界に取り込まれたらしい男の人と女の人だった。
「ひっ…!」
私は反射的に数歩後退る。
あんなの、人の死に方じゃない…まるで、餌じゃない。
「日向さん、どうかしたの?」
私の様子を心配してか、いつの間にか後輩候補君が私のすぐ後ろにいた。
扉の先の魔女たちは『餌』を食べ終えると、犬みたいに辺りを嗅いでいた。
「後輩候補君、来ちゃダメ!」
私は後輩候補君に中を見せないよう慌てて扉を閉める。
さすがにあの中は見せられない。まぁ魔法少女になるんだったら見慣れたほうがいいんだろうけど。
「今そこに魔女が…とにかく逃げるよ!!!」
「え、ちょ……日向さん?」
私は右手で後輩候補君の左手を取り、扉から急ぎ足で離れる。けど、扉から地鳴りのような音が聞こえた。
まさか、気づかれた!?
「後輩候補君、走って!!速く!!」
私は空いてる手にダガーを持ち、扉を警戒しつつ走る。
「わ、わかった!!」
後輩候補君も切羽詰まった状況を感じ取ってくれたのか、私を追うように一生懸命走ってくれた。
けど間に合わない……
『シァァァ!』
『シァァァ!』
『シァァァ!』
案の定すぐに扉が開き、中から大量の魔女第2形態が私たちを追ってきた。
──嘘でしょ…ざっと見えるだけで10匹?並みの数じゃない!
「冗談でしょ!?あんな数相手したことないわよ!」
悪態ついたところで何も変わらないけど……どうすればいいの?このままじゃ私はともかく後輩候補君が……
──あーもう!──
「こうなりゃ仕方ない。後輩候補君、先に逃げてて」
私は後輩候補君と繋いでいた手をほどき、左手に魔力を集中させる。まだ完成してない技だけど、使うしかない。
「私は、ここでこいつら全滅させるから」
「何言ってるんだよ日向さん!!あんな数倒せるわけが─」
「いいから行って!後で必ず追い付くから!」
私はついかっとなり後輩候補君に怒鳴る。でも心配してくれるその気持ちは嬉しいよ。ありがとう。
「──約束、できるか?」
「もち!」
そう言って私は笑ってみせた。
「………分かったよ。日向さん、死なないでくれよ!まだ教えてもらいたいことがあるんだからさ!」
後輩候補君は私に背を向けると、出口の方へ走っていった。その時チラッと見えた後輩候補君の表情は、悔しそうで悲しそうだった。
これでいいんだよね、私。この街を任せられる子に出逢えたんだし。私がいろいろ教えたから大丈夫だと思うけど、もし何かあってもキュウベぇがいろいろ教えてくれるだろうからね。
後輩候補君は私がいなくても立派になってくれるよ。
──見滝原と、『妹』の形見のダガーをよろしく頼むよ。
「ごめんね後輩候補君。君との約束、守れそうにないかも」
私は左手を後ろにもっていき、左手の魔力を球状へと形作る。その状態からさらにさらに魔力を込め、限界まで込める。
未完成だけど、これなら数体は倒せるかもだし、倒せなくても足止めくらいにはなる!
「いっけぇ!まどぉだぁぁんッ!!」
私は右手に込めた魔力の弾『魔導弾』を魔女の群れに向け、一気に放った。
─ドオォォォォォン!!─
「うわ、思ったより凄い爆発……」
私は魔導弾が魔女の群れに直撃し、爆発した爆風でくずれた前髪を直す。息が少し荒い。今の一発で魔力使いすぎちゃったかな…。
「あなた、まだこの結界から出ていなかったの?」
私の隣に、ほむほむが前触れもなく現れた。
時間停止使ってここまで来たみたいだね。便利そうでいいなぁ。
「どうやらここの魔女、大群みたいでさ」
「…私が魔女を倒しても結界が崩壊しなかったのはそういうことのようね」
「お、あいつ倒したんだ」
私は魔女の群れがいる方を見る。魔導弾が着弾したところから広範囲に煙が立ち込めていて、話す余裕くらいはあるみたいだ。
「…そいつらから逃げ切れそうにないから、後輩候補君─あ、さっきいた子ね─を先に逃がして私が相手してたんだ」
「なるほどね…ところで日向エリ。1つ質問していいかしら」
「なに?」
「あなた、なぜ魔女を知ってるの?」
ほむほむが弓を構えながら、そう聞いてきた。ん?いきなりなに言い出すんだこの子?
「当たり前じゃん。魔女を倒すのが魔法少女。その魔法少女が魔女知らなかったらおかしいでしょ?」
「……えぇ、そうだったわ。ごめんなさい」
ほむほむは少し間を開けてから、魔女の大群がいる方向へ顔を向けた。
あの反応の仕方、明らかにおかしいな…。
魔女倒したあとで聞いてみよう。魔女倒したときに生きてたらの話だけど。
『キシャァァァァア!!』
煙の中から、右前足が欠けた魔女が吼えながら出てきた。どうやら、未完成の魔導弾は見た目はすごいけど威力はたいしてないみたいだ。あれじゃ他の個体へのダメージも期待できそうにないな……ほむほむが来てくれてよかった。
「そういえばさ、さっきの魔女はどのくらいで倒した?」
「数えてないけど…多分一分半くらいで片付けたわ」
「おー、なかなか凄いね」
右前足が欠けた魔女を先頭に、ぞろぞろ別個体が続いてくる。ん、なんか数増えてね?
まぁいっか。
「また君に借りを作ることになりそうだ」
私はダガーを握り直し、魔女に向けて構える。
「別にかまわないわ。魔法少女同士、助け合わないと」
ほむほむは私に微笑みかけながら、左手に弓と小盾を装備した。右手には魔力でできた矢が握られている。
「いいこと言うじゃん……じゃ、こいつら蹴散らすよ!!」
私とほむほむは、魔女の群れへと飛び込んでいった。
あ、そういえば。後輩候補君の名前──訊いてなかったなぁ。
────────────
俺は日向さんを置いて、出口がある方向に走った。泣きそうになるのを我慢して、地面を蹴るように走った。
「……ちくしょう!」
眼に溜まる涙を堪えつつ、むしゃくしゃになった感情を吐き出す。
──悔しかった。
俺は何もできずに逃げ回って、この間にも女の子に戦わせている。
俺が安易な考えで誘われるがままについてきたせいで日向さんは傷ついてる。
俺が来なければ、きっと日向さんはあんなに苦戦しなかったはずなんだ。
『私の友達でいてくれて、ありが───』
俺の脳裏に、かつて聞いた言葉が思い出される。
───あの時と一緒だ。手が届くのに手を伸ばさないで逃げてる。知ってるから、手を伸ばしても意味がないことを。
けど、手を伸ばさなかった、そのことに後悔してる。
───俺は……なんて役たたずで……無力なんだ───
「力が、欲しいかい?」
不意にその声を耳にし、俺は足を止める。視線を上に向けると、結界の外にいたはずのキュウベぇが壁に突き刺さった待ち針の上に乗っていた。
キュウベぇは赤い眼で俺の顔を見つめる。そこには暖かさはなく、冷たいものだ。
「キュウベぇ……どうしてここに」
「心配で様子を見に来たんだ。君が一人でいること、君の表情を見るに、どうやらエリは危険な状況のようだね」
俺が来た方向を眺めるキュウベぇは、俺のすぐそばに跳び降りる。
「エリの魔力が少なくなっている頃だ……あと数分、というところかな」
──あと数分?あと数分でエリさんはどうなる?──
そう心の中で訊ねる俺に、
──死ぬ──
心の中で俺は無情に答える。
「君はどうする?助けられるエリを見捨てるのかい?」
「助けられるわけがないだろ!!俺には、誰かを助けられる力なんてないんだ!!」
俺は、堪えきれなくなった涙を流しながら、耐えきれずそう叫ぶ。
「僕は事実を言っただけなのに、どうしてそう感情というものを剥き出しにするんだい?理解できないな」
キュウベぇは淡々と話す。そこに、感情なんてもの感じられない。
──そうか……こいつ、感情なんて知らないんだ。よくよく考えてみると、思い当たる節はいくらでもあった。
「それともう一つ。君が言った『誰かを助けられる力なんてない』というのは間違いだよ」
「え……?」
俺はキュウベぇが何を言いたいのか分からなかった。
それを察したのか、キュウベぇは頷いて言う。
「君にはあるんだ。エリを救える力を手にする方法がね」
『僕が君たちの願い事をひとつ叶えると、それと同時にソウルジェムが出来上がる。ソウルジェムを手にした者は、魔女と戦う使命を課せられるんだ』
『君はすごいね。そんなことに自分で気づくなんて、やっぱり他の魔法少女とは違う。
魔法少女としての素質が高いからかな?』
家にいたときにキュウベぇが発した言葉が脳裏を過る。
「………契約しろってことか」
方法──キュウベぇが言うそれは、契約して魔法少女になるということを意味していた。
キュウベぇはまるで嬉しそうに喋りだす。
「そうさ。僕と契約して魔法少女の力を手にすれば、その力でエリを救える。
今の君には、叶えたい願い、そして手に入れた力の使い道が揃っているじゃないか。あとは契約さえあれば問題ないよ」
キュウベぇの言うことは、今の俺に正しく訊こえる。
別に魂が宝石になってしまうことなんて構わない。
けれど、契約してしまえば魔女と戦う日々が始まる。魔女が強かったら死ぬかもしれない。死の恐怖が襲いかかることになる。
そして最悪の場合、魔女へと変貌してしまう。この結界の中にいる魔女のように人を襲うことになる。この手で、幸せな日々を送っている人を殺すかもしれない。
それを知った上で契約する覚悟は───今の俺にはあるのか?
『もし、私みたいな人がいたらさ。私みたいになる前に、助けてあげてね?』
昔、景色が綺麗な病院の屋上で、好きだった女の子と俺は約束した。
文字通り死の淵にいた彼女との約束。それは今でも覚えてる。忘れるはずがない。
………今が、その約束を果たす時なんだ。
「──キュウベぇ。決まったよ」
俺は涙を拭い、深呼吸して落ち着かせる。
そうだ、別に覚悟なんてカッコいいものじゃなくたっていい。ただ、昔交わした約束を護る。そしてエリさんを助ける。
それだけで十分だ。それだけで、死や魔女化への恐怖心なんて乗り越えられる。あの約束は、それくらい大切なものなのだから。
「俺、お前と契約する」
エリさんから渡されていたダガーを強く握り、決意を固める。
あの時みたいに辛い現実からは逃げない。現実と真正面から向き合って、覆せばいい。
「俺の身体を、俺が望む姿へ──」
いや、いっそ覆すのではなく、
「──改変しろ」
そんな現実、変えてしまえばいい。