『キチキチキチ!!』
不快な鳴き声を出す魔女が跳び、真上から私を襲ってきた。私は冷静に狙いを定め、矢を魔女の胴体に貫通させる。
さらにその矢を反対方向に拡散させてイラザルスィ・ダルドを発動、運悪く矢の近くに浮いている幼態の魔女(日向エリは第一形態と呼んでいたわね)を数体貫いた。
使い魔は先に全滅させたから、残りは魔女が6体、魔女の幼態が10体ってところかしら。
「おー、やるねー」
さっきの私の動きを見ていた日向エリは口笛を吹く。
「口笛を吹く余裕があるなら、残りの魔女を全て倒してくれないかしら」
そう言いつつ、日向エリを後ろから狙っていた魔女の右足を全て矢で砕く。
日向エリは巴さんとは違った油断の仕方をするタイプのようだ。
「残念ながら魔力が残り少なくて…ね!」
右足が砕かれた魔女の目玉に、日向エリは淡い紫色の魔力を纏わせたダガーを力を込めて突き刺した。
『キシャァ……ァァァ!』
苦しい鳴き声を上げた魔女は、数秒後に姿をグリーフシードへ変えフッと消えた。それを日向エリはすかさずキャッチし、短い時間でソウルジェムを素早く浄化させる。
彼女の固有魔法は敵を跡形もなく消滅させる魔法のようだ。私の時間停止と同じくらい珍しい魔法ね。
……彼女は、どんな願いで契約したのかしら。
私は幼体が撃ち出した針を回避しつつ、後方に矢を乱射。幼体を半分撃破した
。
「残りは…あと少し」
「まどぉだん!!」
残っていた幼体も、少し離れた場所にいる日向エリが放った魔力を受けて全て消えた。あとは成体の魔女だけね。
「よし、ちょっと威力上がった!」
そう嬉しがる日向エリは、小さくガッツポーズをした。
…それにしても、日向エリはかなり優秀な魔法少女ではないだろうか。彼女は油断することが多いけれど、ほとんど無駄がない戦い方をしている。正直、見滝原の魔法少女たちから一線を越える実力──
『ガァァァァ!!!』
『キシャァァァァ!!』
『キリキリキリ!!』
よそ見をしていた私に3体の魔女が襲いかかってきた。
「ちっ!」
私は左にスキップして回避するが、間に合わず魔女の足が右手を深く抉った。
「ッ!」
私は痛みで思わず膝を突く。しかもその傷口からは、魔女が植え付けた糸が増殖し、地面と私の足は縫い合わされた。
その瞬間待ち構えていたかの如く、魔女2体が左右から戦車が走行するかのように走ってくる。
『キシャシャシャ!!』
『シャァァア!!』
(だったら、時を止めて…)
私はとっさに小盾に触れる。だが、時は止まらない。
「どうして!?」
…まさか、触れることに加えもうひとつ制約ができたというの?
(このままでは回避も反撃も間に合わない…お願い、入ってて!)
私はそう願いつつ小盾から、かつての時間軸で杏子に使った『あれ』を取り出した。
というのも、時間停止は魔力の消耗が激しく、あまり多用はできないからだ。
「あった!」
それはM84閃光手榴弾。やはり予想通り、まどかが概念化する前の時間軸での盾の中身も引き継がれたらしい。
「喰らいなさい!」
私は口でピンを抜き、地面に叩きつけて爆発させる。爆音と閃光を撒き散らし、魔女を一瞬怯ませる。その間に眼を瞑りながら前に駆け出した。
(このまま一気に……!)
私は爆音が消えるのと同時に眼を開く。
だが、そこには残っていた最後の魔女が立ち塞がっていた。
先ほどからの魔女の動き…まるでこちらに隙を与えないよう連携しているようにしか思えなかった。
(まさか学習してるというの!?)
呆気にとられた私に向けて、魔女は右前足による突き刺しを繰り出す。
「ぐっ!!」
小盾による時間停止と防御は間に合わず、私の右肘から肩を巨大な針が重く突き刺さった。肉が、間接が、骨が一瞬にして貫かれ、同時に鈍い音が響く。
『キシャァァァキシャァァァ!』
魔女は狂喜が混じった鳴き声を轟かせる。そして私は宙に持ち上げられ、叩きつけられる形で投げ飛ばされた。
床に叩きつけられる形になった私は───
「あぐっ……!」
──上半身の痛みで、全く動けなくなった。目をやると、穴が開いた左肩から血が溢れるように流れ出していた。魔力を限界まで使用しているが、傷が回復が間に合わない。
まさかと思いソウルジェムを見ると、9割ほど黒に染まっていた。
──ワルプルギスの使い魔たちとの交戦─使用可能になった時間停止─日向エリを回復──
「魔力を使い過ぎたみたいね……」
どうやら今の私の時間停止の魔法は、時間をかけ穢れていくらしい。
ソウルジェムを浄化しようにも、右腕が使えなければグリーフシードやグリーフキューブは使えない。
このままでは、本当に死んでしまう。
──まだ、まだ諦めるわけにはいかない…お願いまどか…私に力を──
「ほむら!!」
私の身を案じてか、分断されていた日向エリがこちらに走ってきた。
それをあらかじめ予測していたのか、全ての魔女は一斉に日向エリに針を吐き出す。日向エリはそれを難なく回避し、私に近付いてくる。
だがその光景に、私は違和感を覚える。
それはまるで、日向エリを誘導するために攻撃を″当てない″ような──
「まさか──」
気付いた私は上を見ると、魔女が一体だけ、結界の天井に貼り付くように待機していた。
──このままでは、日向エリは──
「──日向エリ!来てはダメ!!」
こちらに駆け寄る日向エリに、最後の力を込め私は叫ぶ。
しかしその叫びは、降りてきた魔女に遮られ届かなかった。
「──え?」
日向エリが気付いたときには、もう遅く────
─────日向エリを大きな口の鋏が裁ち切ろうとしている光景を最後に、私の意識は消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ったく……ほむらのやつ、どこ行きやがった」
あたしは一人町中を跳び回り、ほむらを捜した。ほむらは髪にピンクのリボンをいつも付けている。こんな夜中に歩いていたらリボンが目立ってすぐ見つかるはずだった。
けどそれらしい姿は無く、気配も同じように感じられない。
(佐倉さん。暁美さんは自宅にはいなかったわ)
(キョーコ、病院にもいなかったよ)
脳内にマミとゆまからのテレパシーが響く。これだけ捜しても見つかんねぇのか……まさかとは思うが、魔獣か魔法少女に襲われたんじゃねぇよな……。
(おいマミ、さっき感じた魔力の方は?)
(それは今キュゥベえに捜してもらってるわ)
キュゥベえか…あいつならなんか見つけられるかもしれねぇ。一応期待しとくか。
(マミ、あたしは駅の方を捜す。ゆま、お前も来い!)
(うん!)
あたしは跳躍力を生かして、駅に向かった。
異変が起きたのは、ほむらが帰ってすぐだった。
『…マミ!今の魔力って……』
『佐倉さんも感じたのね…』
のしかかるようなバカデカイ魔力。明らかに並の魔獣を越えていた。
それを感じたと同時に、キュゥベえからテレパシーが入った。
『大変だ!ほむらの気配が消えた!』
キュゥベえの話からすると、キュゥベえもあたしたちのように魔力を感じた直後に、なんの前触れもなくほむらの気配が消滅したらしい。
『まるで何者かに襲われたようなんだ……』
キュゥベえのその一言で、ゆまを叩き起こしてあたしたちは一斉に家を出てほむらを捜し始めたんだ。
………あたしたちみんな、ほむらをさやかみたいにしたくはないからな。
駅前に着いたあたしは、慎重に中に入る。駅員はもう帰ったらしく、人の気配がしない。
「魔獣の気配も…ねぇな」
念のためソウルジェムを駅のホームにかざすが反応はない。
ここもハズレみたいだな。
「しゃーねー……ゆまが来るまで待つか」
設置してある椅子に座って食べかけのロッキー(チョコがコーティングしてある棒状の菓子)の箱をポケットから取り出し、一本つまんでかじる。
「……そういや、ここでさやかは──」
ロッキーを食べつつ、あたしは消えちまった友達──さやかのことを思い出した。よく一緒にロッキー食べてたからかな。
『あたしは美樹さやか。よろしくね、杏子!』
『こら杏子ー!万引きしちゃダメって言ってるでしょ!ゆまちゃんが真似するじゃない!』
『あんた、学校行ってないんだったらバイトしたら?ちょうど知り合いのパン屋さんがアルバイト探してるんだよ』
少し前にさやかには万引きはやめろって言われてからというものの、どういう偶然が重なったのやら、することになったパン屋のバイト。このロッキーはそこで稼いだ金で買ったもんだ。
最近は食べものを盗まなくなったし、誰かのために働くのも悪くないなと思うようになった。そしてなにより、天国に逝っちまった家族に顔向けできるようになった。
さやか、あんたのおかげだよ。
『杏子、マミさん、ほむら………短い間だったけどありがとう──見滝原を、お願いね』
「………ホントお前って、すごいやつだよ」
最後まで他人のために、さやかは頑張っていた。あいつは私がなりたかった魔法少女そのものだった。
多分、いや、絶対あいつとは最高の友達だった。
「さやか、大丈夫だ。ほむらは必ず見つけるさ」
あたしはホームから見える綺麗な月に、ニカッと笑って見せた。
「キョーコー!」
駅の出口から魔法少女姿のゆまが走ってきた。思ったより早かったな。
「ゆま、おせぇぞ」
「えー……走ってきたのにぃ」
「冗談だよ」
がっかりしたゆまの頭にポンと手をのせる。ゆまはえへへと嬉しそうな表情になった。
かわいいやつだなお前は……。
────────────
私は今、佐倉さんたちとは別に見滝原中学の中を探索していた。
中学校は魔獣が出現しやすいから、というのもある。けれど理由は他にもある。
同年代の魔法少女との戦闘があったのではないか、ということだ。
私は過去に双子の魔法少女に出会ったことがある。彼女らといざこざはなく、それ以降会ったことはない。だが彼女らは去り際にこう言っていた。
『魔法少女はみんなライバルみたいなもの』『善意で戦ってるってわけじゃない』のだと。
そして魔法少女は十人十色。それぞれ願いを叶え、それを反映した固有魔法を持っている。空間を人ごと切り離す、なんて魔法もあっておかしくない。
例えば、私たちから縄張りを奪おうと他の街から来た魔法少女と、暁美さんが戦ったとしたら──
「暁美さん、無事かしら…」
祈るように呟きつつ、そっと扉を開ける。
そこは見慣れた私の教室。どうやら特に怪しい点はないみたい。念のため中に入って、教室内を詳しく調べてみる。
黒板、机、椅子、床…目立った変化は見受けられない。
「魔力の痕跡も…ここには無いみたいね。じゃあ次は隣の教室を──」
私は違和感を感じ、一つの机に目をやった。
そこは私の席のとなりの席で、たしか空きの席のはずだ。
そう、たしか空きの席のはず───
『マミ……必ず助けるからな。そしたらさ、ちゃんとお茶会しような』
「……気のせい…だよね」
今の違和感はなんだったんだろう。頭の中に、何かが引っ掛かる感じがした。
「ハァ……私、疲れてるのかな」
額に手を当てながら気休めに軽く息を吐き、教室をあとにした。
(みんな、あることが分かった。今すぐ僕のところに来てくれ)
キュゥべえからテレパシーが届いたのは、それからしばらく経ってからだった
────────────
「間に合え……!」
俺は結界内を走り、日向さんの所へ急いでいた。日向さんが俺を逃がしてから時間が経ってるから心配だし、それにその前に助けてくれた黒髪の魔法少女のことも気になる。取り返しの付かないことになる前に──
『グギャァァァァァァ!!』
その俺を妨害するかのように、魔女と使い魔数体が進路方向を塞いでいた。
魔女と使い魔たちは一列に並び、壁のように迫ってくる。
「お前らに構ってる暇は……」
突き出した右手甲の蒼いソウルジェム。それに左手を添え左にスライド、軌跡を描くように生まれた蒼い光を右手で握ると、光は蒼い刀身の剣に形を変えた。
「無いんだよ!!」
突撃してくる魔女たちを紙一重で回避し、さらに間髪入れず斬撃を叩き込む。
俺が魔女たちの攻撃をすり抜けた時には、背後で重いものが落ちる音がした。
気にせず走り続け、進路にあった扉を剣で切り捨てる。
「……あれって…!」
扉の奥に広がるフロア…そこには数体の魔女、気絶している黒髪の魔法少女、魔女に殺される寸前の日向さんの姿が見えた。
魔女の口の鋏はゆっくりと日向さんの首に迫り、命の糸を断ち切る恐怖を具現化しているようだ。
だが対称的に日向さんの横顔は優しく、自らの死を受け入れるような、諦めた表情だった。
《私さ、妹の存在が消えたときに決めたの。妹の分まで魔女と戦って、妹の分までちゃんと女の子をして、妹の分まで長生きするって》
頭に浮かんだのは、日向さんが話してくれた言葉。あの時の日向さんの決意を…簡単に諦めさせはしない。
(今度は俺が、あなたを護る!!)
その気持ちを力にして空中へと飛び、右足に全魔力を集中させる。右足は蒼く輝き、全てを照すような光を放つ。
<font size="4">「やらせる…もんかぁぁぁ!!」</font>
その言葉と共に一直線に急降下し、蒼い光の一撃を魔女へ突き込んだ。
魔女は右足がめり込んだ中心から潰されるようになり、光から生まれた衝撃により吹き飛ばされた。
『キリ……キリキリ』
壁に激突した魔女はゆっくり床へと墜ちていき、しばらく痙攣すると動かなくなった。
──あと数秒遅かったら、日向さんは命を裁ち切られてた。ほんと…間に合ってよかった。
「日向さん、大丈夫?」
「え……あ、うん」
ぺたんと地面に座り込んでいた日向さんは、首を縦に振った。何が起こったのか理解できないという表情へと変化しており、息も荒かった。まぁ、無理もないか。
「もしかして…君も魔法少女なの?男の子にしか見えないけど……」
日向さんは俺をじっと見つめながら言う。
その言葉はこの俺にとって凄い嬉しい言葉なんだけれど、今の状況じゃ喜んでられない。
『ギリギリ…』
『キリキリキリ』
『ガァァァァァァ!』
『ガギギギギギギ』
『キシャァァ!』
おそらく、日向さんたちとの戦いで生き残っていた魔女が五体。魔女たちは俺を獲物として狙いを定め、今にも襲い掛かろうとしている。
(いいぜ…相手になってやるよ)
俺は日向さんと気絶している魔法少女を背に、右手に持つ剣を構えながら日向さんに答えた。
「俺は悠木そらね────」
「───通りすがりの魔法剣士さ」