新・ギルガメッシュ叙事詩   作:赤坂緑

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大変遅くなりましたッ!!
脳みそが溶けそうなくらいに考えた結果、作者の頭はパンクしました。

だからもう、考えるのを止めて書いていたら……

今回のが出来ました。(白目


※警告。題名が全てを物語っている回です。


女神降臨・憑依変性

 

 心地よい感覚を後頭部に感じる。

 柔らかくて、スベスベしてて、最高級の枕みたいな寝心地。

 生前にこの感触を何度も味わったことがある。俺が頼むまでもなく彼女の方から頭を掴んで無理矢理膝に載せていたのだ。今となってはいい思い出。

 

 いい思い出だよな?すごく首が痛かったような記憶があるが……

 

 いや、きっといい思い出だ。うん。だって女の子の膝枕だぞ?そんなのいい思い出に決まってるじゃないか。うん。

 

 

 ――などと考えていたその時、頬に激痛が走った。

 

「……いひゃい(痛い)」

 

 抓られてると理解し、渋々眼を開ける。どうやら、現実逃避は此処までらしい。

 

「いい加減、起きたらどうです?あ・な・た。」

 

 するとそこには、満面の笑みを浮かべた俺の女神の姿があった。生前と変わりない美貌。不思議な安堵が胸に押し寄せる。やはり男にとって大事なのは妻なのだと実感する。

 

 その輝かしい笑顔の背景は黄金のように輝いて――というか、本当に輝いていた。

 

「ここは…王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の中か?」

 

 周りを見渡せば見覚えのある数々の宝具が転がっていた。これほど煌びやかで節操のない宝物庫はこの世にただ一つのみ。

 確信をもって王は妻に問い掛けた。

 

「えぇ、そうよ。貴方の意識だけ持ってきたのよ。簡単に言うと、()()()()()()()()真似事ね。」

 

 優しく微笑む良妻賢母。

 だが、エレシュキガルの名を出した時だけ眼が笑っていなかったのは気のせいか。うん、気のせいだろう。

 

「へ、へぇ~。ところで何でここに?いや、再会できたのはうれしいんだが…」

 

 若干震える声で尋ねる英雄王。

 

「神殿に仕えていた星詠みの婆は覚えていて?あの婆さんが言っていたのよ。私の夫が死後、英霊として降臨した地にて()()()()と出会う、とね。そんな不吉なこと言われたら不安になってしまうじゃない。――実際に()()()()湧いているしねぇ。」

 

 妖艶な流し目。弧を描く美しい唇。

 挑戦的で、挑発的な魅惑の表情。

 だが、俺は知っている。それは彼女が怒っている時の仕草だと。

 背筋に冷たい汗を感じつつ、脳内で余計なことをしてくれたあの食えない星詠みのクソ婆を罵る。

 

「でも、どうやって宝物庫に潜り込んだんだ?」

 

「それは簡単よ。私を奉る祭壇や宝具を全て貴方の蔵に収納させたの。エルマドゥスに命じてね。だから今の私は貴方の蔵の中でも姿をとることは出来る。流石に実体で現世に降臨するのは無理でしょうけど。」

 

 ようやっと納得がいった。つまり、今の彼女は勝手に放り込まれていた祭壇を利用して宝物庫内に顕現した電脳体のようなものか。だが、電脳体であるがゆえに現世まで姿を現すことは出来ない、と。

 

 ――まぁ、本物の神が降臨したところで世界の修正を喰らって消滅するだけだろう。

 

 神々は滅んだのだ。

 

「……それで、結局目的は何なんだ?」

 

「決まっているでしょ?――あの女を殺すのよ。」

 

 

 愛と嫉妬と戦いの化身である女神イシュタルは、恐ろしく美しい顔で嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡

 

 

 

 

 

 

 

「ギルガメッシュ。急に呼び出しとは…どうされたのですか?」

 

 以前決闘をした公園。ある意味思い出深きその場所に、セイバーは呼び出された。

 突然の手紙には驚いたが、乙女的にこういう展開は大歓迎だ。

 受け入れてもらえないとは分かったが、そう簡単に割り切れるものではない。もしかしたら、という期待に胸を膨らませてしまう。

 

『……』

 

 しかし、目の前に黄金の男は目を閉じたまま何も答えない。何か言い出しにくい案件なのだろうか?閉じたその表情は、少し苦しそうにも見える。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

 呼び出されておきながら蔑ろにされているセイバーだが、今はそんな事よりも常と異なる彼の方が気掛かりだ。

 

『……』

 

 しかし、王は応えない。これはただ事ではなさそうだと直感したセイバーは即座に鎧を纏い、周囲を警戒しながら彼へと近づいていく。

 

「どうしたのですか?」

 

 小声で呼びかけながらじりじりと距離を詰める。もしかすると、変装したアサシンの仕業ではないかと疑うが、それは違うと直感は告げている。

 

 そして――

 

 その眼が開いた。

 

「ッ……」

 

 禍々しい真紅の瞳。色合い自体は彼のものと一緒だが……何かが違う。無意識のうちに聖剣を構え、警鐘を鳴らす直感に従ってセイバーは距離を取った。

 

「貴様、何者だ?」

 

 戦闘態勢に移行した騎士王を眼前に、しかしギルガメッシュの形をしたソレは微笑んだ。

 

『おやおや、最近の小娘は挨拶の時も剣を手放さないのか?』

 

 明らかに彼とは違う口調。本物よりも粘着質で、冷酷で、残酷で、艶やかな声。支配者の息遣いを感じる。強者特有の気を感じる。

 身体から溢れ出す冷や汗を感じながらセイバーは再度問うた。

 

「もう一度だけ問う。貴様、何者だ?」

 

 鋭い視線。顔立ちこそ少女のものであれ、その身に纏う雰囲気は紛れもない戦士のもの。空気を引き締めるようなその覇気を受けてしかし、ソレは微笑んだ。

 

『問われたのならば、応えねばな。』

 

 虚空に黄金の波紋が浮かび上がる。何度も目にした彼の宝具の燐光。眉を顰めるセイバーを他所に、ソレは中から現れた不思議な液体の瓶を手に取り、一気に飲み干した。

 

「何を……」

 

 しているのか。と尋ねることは出来なかった。

 

『ウフ、フフフ……アハハハハハハハ!』

 

 液体による変化が如実に起こる。

 

 男にしては長かった黄金の頭髪が更に伸び、女性の長髪に。切れ長の瞳はそのままに、男らしい鋭利な美貌が丸みを帯び、女性らしい繊細な肌に。

 身体もまた変化していく。

 長身が心なしか縮み、代わりにと言わんばかりに胸部の肉が増える。逞しい筋肉も失われて滑らかな曲線に。萎んでいくようでありながら、その実艶やかに。弱体化しているようでありながらその実、神威が増す。

 

 さらに

 

『黄金の鎧よ、我が光輝となれ。』

 

 一言念じれば、ギルガメッシュが使用していた黄金甲冑が彼女に合わせて変形していく。

 面積の何割かが削られ、その艶めかしい女体を覆うように。

 全ての変化が終わった時、そこに立っていたのはギルガメッシュでありながらそうではない()()()()だった。

 

 流麗な流し目でセイバーを捉え、魔性の女が名乗る。

 

 

『我が名は()()()()()

 貴様が色目を使った男の――()()。』

 

「」

 

 

 絶句である。もはや意味不明である。ギルガメッシュに呼び出されたと思ったら、その妻が夫の肉体を乗っ取っており、挙句の果てに不思議な液体で性別を反転させて女神を名乗っている。頭がパンクしてしまいそうだった。

 

 しかし、即座にセイバーの意識は現実に引き戻されることになる。

 

 ――突如飛来した剣群によって。

 

「ッ……!」

 

 たとえ不意を討たれようが、そこは常勝の騎士王。無意識に近い状態でも動いてくれる身体によって、造作もなく全てを打ち払った。

 

「何をするのですッ!えぇと……女神イシュタルッ!」

 

 一瞬呼び方に困るが、本人が名乗っていた尊名で呼ぶことにした。一応これでも気を遣ったつもりだが、女神さまはそう捉えなかったらしい。

 

()を付けよ、小娘!それと、軽々しく私の名を呼ぶなッ!!』

 

 理不尽な、などと抗議することもままならない。腕を一振りすれば、女を背景として展開される数多の門。セイバーも良く知るその宝具が、牙をむいていた。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

 黄金の燐光が踊る。ありとあらゆる宝具の原典が収納された宝物庫。無限の質量を誇る絶対の宝具が発動する。

 女王の様に彼女が腕を振るえば途端に稼働する剣群。

 

「何故、貴方がその宝具を使えるのです!?」

 

 あれは彼の宝具の筈だ。他人が使っている所を見るのは、気分が悪い。思わずセイバーは問い掛けていた。

 しかしイシュタルは詫びれることもなく、寧ろ()()()胸を張った。

 

『夫の財産を管理するのは、妻の務めであろう?そんなことも知らんのか?』

「ぐッ……」

 

 いちいち心に刺さる嫌味を飛ばしてくる黄金の女。セイバーは直感に頼るまでもなく悟った。自分の苦手なタイプの女性だ、と。

 理屈は通じない。自分に正直で、目的のために一直線で手段は問わない。ただ我欲の為だけに犠牲を出せる強欲なる女神。

 

『さぁ、死ね。剣にその身を裂かれ、槍に柔肌を貫かれ、毒でもがき苦しみ、炎に焼かれて死ね。』

 

 しかも、殺意Maxときた。何が原因かは知らないが、大層ご立腹らしい。惨たらしく、残酷な死を少女に与えるべく夫の財宝を無尽蔵にばら撒く。

 だが、はいそうですかと死ねるほどアルトリアは容易い女ではない。

 

「風よッ!」

 

 風王結界を限定的に開放し、迫る剣群を薙ぎ払う。そして鎧を解除し、余剰魔力を全て推進力に回す。港の初戦でランサー相手に使用した乾坤一擲の構えである。

 

「ハアァァァッ!!」

 

 聖剣の切っ先を地面に向け、魔力を噴射。セイバーは、真っすぐに駆ける風となった。

 

『ッ……王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!!』

 

 数舜の動揺。しかし即座に復活したイシュタルが腕を振るう。セイバーが駆け抜ける風の道を塞ぐように展開される波紋。だが――遅い。

 

 ランサーに防がれた突撃を再び使用したセイバーとて、何の考えもなく突っ込んだわけではない。宝物庫を展開する速度。状況判断能力。剣群を放つ射撃の粗雑さ。戦いの中で観察し、直感を研ぎ澄ませた結果、あの女神は遠隔操作に近い形で彼の身体を操っているのではないかと推測。

 故に、接近戦に持ち込めば比較的あっさりと勝負はつくだろうと見積もった。彼の身体を傷つけるのは本意ではないが、致し方ない。殺すのではなく、意識を奪う程度の心算でセイバーは剣を振るった。

 

 しかし

 

「ッ……!」

 

 刃と刃が噛み合う感覚。セイバーの一撃は、容易く受け止められていた。問題はそこからだ。受け止めるだけならば何の不思議もない。肉体のスペック的にはあちらの方が上なのだから。しかし、無意識のうちにセイバーは彼女を見くびっていた。戦闘は出来ぬ愛の女神であろうと。

 

『七頭の戦鎚シタ』

「ッ……!」

 

  何時の間にか女神の手に握られていた槌。

 七匹の蛇が絡み合ったような獰猛なデザインの鎚頭を持つその戦鎚は、ただ持つだけで敵を打ち倒すという神の宝具。女神イシュタルが生まれた時から持っていたという宝具。

 

 数舜輝きを放った槌により――セイバーの身体は弾き飛ばされた。

 

『嘗められたものだな。私は確かに愛の女神だが…同時に戦女神でもある。夫の宝物庫に

 仕舞ってある我が宝具を使えば、小娘の斬撃を受け流すなど容易いことよ。』

「くっ……」

『まぁ、分からんか。()()()()()()()()()……』

 

 ピシリッと空気が凍る音がした。鋭さの増す碧眼。増大する魔力と怒気。女を自覚してからというもの、屋敷でひたすらいちゃつく切嗣とアイリスフィールを眺めること数日。

 アイリスフィールの胸部に設置された母性の塊を見て、だらしなく顔を歪めるマスターの姿を目撃したセイバーは悟ったのだ。自分に不足している魅力を。

 

 だからそれなりに気にしていたというか、一周回ってかんがえないようにしていたというのに……女神イシュタルは間違いなくセイバーの琴線に触れやがった。それも、思いっきり。

 

「……胸の大きさが何だというのです?」

『何だ、知らなかったのか?うちの夫は巨乳好きだぞ?』

「……」

 

 むべなるかな。

 事実である。それは、敢えてそのことを考えないようにしていたセイバーの直感もしっかりと悟っていて……絶望と怒りが、貧相な胸の内から湧き上がってくる。

 

「……では、その小娘の一太刀を浴びてみるか?傲慢なる金星の女神よ。」

 

 完全に目の座った騎士の王が剣を構える。

 

『死ね、小娘。』

「貴方がな、女神。」

 

 前代未聞のキャットファイトが開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡

 

 

 

 

 

 

 

「英雄王!英雄王はいずこにおられますか!?」

 

 遠坂邸にアサシンの大声が響く。優雅に聖杯戦争の幕引きを考えていた時臣は眉を顰めた。

 

「何だね?騒々しい……」

 

 自由に遠坂邸へ入れる権限は与えているものの、こんな品のない大声で騒がれては迷惑だ。一言注意しようと顔を出した不機嫌そうなこの家の主。その姿を捉えた瞬間、アサシンは彼へと迫った。

 

「大変ですッ!大聖杯が!陛下のおっしゃっていた大聖杯がッ!――」

「お、落ち着き給え。初めから順を追って説明してくれるかい?」

 

 骸骨仮面の男に迫られて腰の引けていた時臣だが、姿勢を正して問い直した。彼の口にした“陛下”とは間違いなくギルガメッシュのことだろう。いつの間にそこまで手懐けていたのかは知らないが……この慌て様を見るに、よっぽどの事らしい。

 

「実は、このアサシンザイード。英雄王閣下に命じられて、大聖杯の様子を監視していたのですが……なんと先程、黒い泥の様なモノが杯から溢れ出てきまして……」

「黒い泥?」

「はい。このザイード、即座に閣下から渡されていた宝具を地面に設置してバリケードを作り上げたのですが、あと数時間もすれば破られるかと。」

 

 ふむ、と時臣は自身の顎に手をやった。

 間違いなく、異常事態だろう。無色であるはずの願望器から泥が溢れ出すなど。それに、この事態を予期していたかのような英雄王の采配。

 本人が不在である今、問い詰めることは叶わないが、これはもしかしたら英雄王から課せられた試練の様なモノなのかもしれない。

 この程度、自分たちで乗り切って見せよという無言の。

 

「その泥とやらを監視する者を数名派遣し、それ以外の全てのアサシンを集結させろ。遠坂の名において、冬木市にまで被害が及ぶことだけは避けねばならん。」

 

「御意。」

 

 

 

 

 

 

 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭上より黄金の雨が降り注ぐ。

 

「グッ!」

 

 それを苦心しながらも防ぐのは騎士王セイバー。ギルガメッシュよりも狙いが甘く、放たれている宝具にも一貫性はない。故に、ライダーの固有結界の中で味わった爆撃に比べると些か見切りやすく防ぐのにもそこまで苦労はなかったが……それも最初のうちだけであった。

 

『どうした小娘!その棒切れを振るうので精一杯か!?』

 

 女神イシュタルはセイバーが必死に距離を詰めようとするのを見て取るや否や、宝物庫より光り輝く神の舟。天舟を召還。遥か上空に飛翔し、一方的な宝具の爆撃を開始した。

 

 騎士王の誇りを具現したと言っても過言ではない聖剣を棒切れ呼ばわりされ、セイバーとて腹が立った。しかし、反撃の機会が訪れない。剣が届かない。

 聖剣を解放すれば即刻叩き落とせるだろうが……間を置かずに放たれる剣群のせいで溜めの時間を取れない。

 サーヴァントたる自分が主を置いて外出するのだ。当然、不測の事態に備えて()はマスターに預けている。

 

 つまるところ、詰みだった。

 

『アハハ!やはりこの程度か、小っさい小娘!所詮貴様なぞ、胸も身長も器も小さいただの薄汚い野良犬よ!もはや見るに堪えぬ。疾く――消え去るがいいッ!!』

 

「言わせておけばッ!」

 

 宙に浮かぶ天舟。露出された腰に手を当て、悠然と女神は小娘を見下ろす。程度の低い戯言だが、一々癪に障るその罵倒。言い返したいのは山々だが、剣を振るうのに必死で言葉が出てこない。

 しかし、実際のところセイバーはそこまで腹を立てているわけではなかった。直感ではあるが、あの女神が悪に属する者とは思えなかったからだ。ギルガメッシュの身体を乗っ取ったというのは流石に目に余る行動だが、それは夫である彼自身が叱責を下すだろう。

 であれば、セイバーが今なすべきことは彼女の意識を沈め、彼の意識を取り戻すことだろう。

 

 

『フン……これでは、ブリテンとかいう国も程度が知れているな。』

 

「―――。」

 

 だが

 

 女神はアルトリアを完全に怒らせた。

 

 言っておくが、これまでセイバーは手加減していたのだ。中身が違うとはいえ、ギルガメッシュの身体を傷つけるのは気が進まない。だからそれなりに気を遣って戦っていたのだが……今の言葉は駄目だ。良くない。赦せない。

 

 

「……貴様、侮辱したな?」

 

 譲れぬものがある。例え、今の言葉を放ったのがギルガメッシュ本人であったとしても、彼女はソレを許さない。

 

 

「私の祖国を、侮辱したな?」

 

 凍てつくような殺気が満ちる。美しい碧眼から放たれるその絶対零度の視線に、女神も笑みを消し、思わず構えた。

 

 

 風よ

 

 

 口にしたセイバーの鎧が消える。そして暴風となった剣の切っ先が地面に向き――

 

『させんッ!』

 

 すかさずイシュタルは宝物庫を展開させた。セイバーの意図は明確だ。先ほど地上にて使用した魔力放出による突貫だろう。確かにあの出力であればこの空まで届きうるだろうが、それを許す女神ではない。

 

 

 嵐よ

 

 

 

『なにッ!?』

 

 しかし、騎士王は女神の予想を超えた。荒れ狂う風の魔力を剣に纏わせ、セイバーはそれを剛腕で振るったのだ。結果、巻き起こる竜巻が如き暴風。視界を遮られるなどというレベルではない。舟をも揺るがす天変地異。

 

『正気かッ!あの娘……』

 

 毒づきながらイシュタルは上空へと天舟を移動させようとする。流石にこんな暴風の中では碌に操縦もできない。

 

 

 光よ

 

 

 嵐から距離を取っていた女神はその時、間違いなくその黄金を見た。何千という時を重ねようとも色あせることのない希望の光。騎士王が振るった栄光と願いの結晶。

 

『まさかッ!?』

 

 そのまさかである。収束していく光。嵐の中にあってなお輝くその一点。セイバーは間違いなく、やる気であった。

 女神よ、一度口にした言葉は消せぬのだと思い知れ。

 

約束された(エクス)――」

 

 宝物庫より盾を全面展開。盾であれば何でもいい。この身を守護できるのならば何でもいい。女神は夫の宝具を乱用することによって対城宝具すら容易に防いで見せる防御壁を築き上げて見せた。

 

 「――勝利の剣(カリバー)。」

 

 しかし、女神は知らなかった。

 調子に乗ったギルガメッシュの計らいにより、体内に本物の聖杯を埋め込まれて無尽蔵の魔力を手に入れたアイリスフィールとも魔力供給ラインを繋いだセイバーのことを。

 その気になれば、聖剣を()()()()()というガチの騎士王を。

 

 

「そして止めの――約束された勝利の剣(エクス・カリバー)ッ!!」

 

『馬鹿なッ!?』

 

 幸いにも、と言うべきか。

 敗北の原因を作ったのが夫であることに気が付けないまま、女神は騎士王によって撃墜された。

 

 

 

 

 

 

 

‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで?」

 

 仁王立ちする騎士王の眼前には、正座させられた黄金の女性の姿がある。改めて説明すると、夫であるはずのギルガメッシュの身体を乗っ取り、挙句の果てに薬で女体化まで果たしてしまった女神さまである。

 

 うん。

 

 やはり、意味不明である。

 

『なんだ?私は反省などせんぞ?』

 

 敗退したにもかかわらず、態度を改める様子のない女神。よっぽどセイバーに敗れたのが屈辱的らしい。彼女と眼を合わせようともしない。

 ハァ、とこれ見よがしに大きなため息をつき、セイバーは一応理由を尋ねて見ることにした。

 

「どうしてこんなことをしたのです?サーヴァントである私を倒すのは確かに理にかなっていますが、私はもう既に聖杯への願いを捨てました。殺される筋合いはないと思うのですが?」

 

 自分でも随分と甘ったれたことを言っている自覚はあったが、これがセイバーの本心であった。現在残っているサーヴァントはセイバーの、アーチャー、アサシンの三騎のみ。うち二体が聖杯に興味がないと言っている以上、これ以上の戦争は無意味というモノだろう。

 

『……』

 

 しかし、女神は黙して語らない。プイッと視線を外し、怒りからだろうか?頬を赤く染めている。

 

「一体どうしたのです?理由を説明していただけないと、私も今回の件をなかったことに出来ないではありませんか?」

 

 もう少しよく女神の様子を観察すればその頬の赤みが、怒りではなく羞恥心と読み取れただろうが……生憎と、セイバーはそういうことに鈍感だった。直感Aなのに。

 

「私自身、貴方の夫には貸しがあります。このようなことで遺恨を残すのは好ましくない。どうか、理由を説明していただけませんか?」

 

 襲われたのはセイバーの方だが、以前よりも精神的に余裕のある彼女は非常に寛大だった。一方的に襲ってきた女神相手にも腰を低くして理由を尋ねる辺り、良くできた人間性と言えるだろう。

 

 そして、

 

 女神イシュタルは、それが気に喰わない。

 

『だって――』

 

 ポツリと彼女の口が開かれた。ようやっと口を開いてくれる気になったのかと思い、セイバーは優しく聞き返した。「うん?」と。

 その幼子にするような態度に益々腹を立て、女神イシュタルは堰を切ったように話し始めた。

 

『だって!ズルいであろう!なんだあの逢引きは!私の生前ですらあんな事なかったというのにッ!それを貴様……ギルガメッシュもギルガメッシュよ。やれ指輪を取り出そうとしたり、これ見よがしにすぽーつかーとやらを取り出そうとしたり、というか貴様……誰の許しを得て我が夫に接吻しておる?――殺すぞ?』

 

 立ち上がって地団太を踏み、歯軋りする女神。肩の力が抜けていくのを感じながら、セイバーは言った。

 

「あぁ……つまり、嫉妬していたと?」

 

『他に何がある!?』

 

「……」

 

 流石は愛の女神と言うべきか。愛情深すぎて恐ろしい。彼女を妻に出来たギルガメッシュにも自然、頭が下がる思いだった。

 貴方は英雄王ですよ、紛れもなく。内心で賛辞を送っておく。

 

「えぇと……一応、私振られたのですが……?」

『知っている。だが、それとこれとは話が別だ。』

「……」

 

 何となく、英雄王の懐が広い理由の一端が分かった気がする。

 

「ともかく、この聖杯戦争に参加しているのは貴方の夫の方です。即刻身体をかえ――」

 

 

 その瞬間である。英霊である二人の身に、寒気が走った。

 まるで奈落の底に引きずり込まれるような、偶然にも開いてしまった地獄の釜に堕ちてしまったかのような……

 

 

 

 

 

 

『へぇ?』

「こ、これは……!?」

 

 興味深そうに眼を細めるイシュタルと総身を震わせるセイバー。

 

 サーヴァントであるが故に状況の危険性を悟ったセイバーが即座にマスターたちの元へと向かおうとするが、その細腕をイシュタルが掴んだ。

 

「何をするのです!?」

 

 ふざけている場合ではないと騎士王が怒鳴るが、イシュタルはどこ吹く風。寧ろ楽し気な笑みまで浮かべて口を開いた。

 

『見に行くぞ、小娘!』

「見に行くって……そもそも貴方はそろそろ彼に身体を返した方がいいのでは……?」

『嫌じゃ。』

「……」

『折角、天命の粘土板を使ってまで意識を封印したのだ。直ぐに破られるであろうが……出てくるまでは、私も自由に現世を楽しみたいのだ。』

 

 もはや現世を楽しむことなど出来ないだろうに女神は駄々をこねる。その様子に嘆息し、セイバーは渋々頷いた。

 

「分かりました。では、舟を用意していただけますか?幸いにも我がマスターから至急様子を伺うよう指示がありました。今すぐ現場に急行しなければなりませんので。」

 

『遊び心のない奴よな?まぁよい。私はお前に下された身。今はその首、繋いでおいてやる。』

 

 

 先程までの殺意は何処へやら。堅苦しいセイバーの態度に肩を竦めながらもイシュタルは了承した。どうやら、この事態の方に関心を取られたらしい。

 若しくは、僅かながらもセイバーのことを認めたか。

 

 

 奇妙な縁で出会った二人の女は、舟に乗って空を駆け征く。

 

 王の意識は、まだ封印されたままである。

 

 

 

 




修羅場(物理)の回でした。

イシュタル様――もとい、女体化させられたギルガメッシュの見た目は、ネットに転がっている女ギルそのままのイメージです。

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