「それで、説明して貰おうか?」
怒りと不機嫌を隠さずに“赤”のライダーは玉座の間と言われる部屋で、玉座に座る“赤”のアサシンを睨みつけた。睨みつけられた本人であるアッシリアの女帝、セミラミスはライダーの視線をそよ風を浴びるかのように悠然と受け止める。
「ほう、何を説明しろと申すかライダー?」
「あんたが“黒”のバーサーカーの正体を隠していたことについてだ」
この玉座の間には“赤”の陣営のセイバーとバーサーカーを除いたすべてのサーヴァントが揃っている。現在女帝に問い質すライダー、アキレウス。玉座に座るアサシン、セミラミス。玉座の間の壁に背中を預けるランサー、カルナ。ライダーとアサシンの様子を愉快そうに眺めるキャスター、シェイクスピア。そして玉座の間を眺めるアーチャー、アタランテ。残りの二人は別行動と捕縛され、“赤”の陣営を離れている。
「隠していた? 何をもってそう言い切れるのだ」
「俺が姐さんを追う前にやけに上機嫌だったじゃねえか。姐さんからバーサーカーの真名を聞いて納得したぜ。そりゃあんたみたいなのが好きそうだよな?殺そうとする相手が姐さんの旦那なんだからよ」
“黒”のバーサーカーの真名はヒッポメネス。
これを聞いた時、ライダーは心底驚いた。まさか自身を傷つけた英霊がアーチャーの夫であったとは。 それを聞くと同時に女帝がアーチャーの任務の内容を嬉々として語ったことを思い出し、このことを既に知っていたのではないかと直感した。
「ふむ、証拠もない言いがかりだな」
「てめぇ…」
「だが、正解だ。我はバーサーカーの正体を掴んでいた」
包み隠さず嫣然な笑みを浮かべてバラした。騙し、弄ばれていたことに怒りの色が濃くなったライダーの視線が女帝へと突き刺さる。一触即発な空気が滲む中、それを壊したのはアーチャーだった。
「してアサシン。汝はどうやってバーサーカーの正体を知った」
大して憤りも、悲しみもなくアーチャーはアサシンに尋ねた。
「トゥリファスに使い魔を飛ばした際、偶然知ったのじゃ。それだけよ」
「おいおい、敵の本拠地に使い魔飛ばしただけで知れる訳ねぇだろ。相手が真名を話したのなら別だけどよ」
「いや、それじゃ」
「は?」
「バーサーカーとライダーらしき二人が町中を歩いてるのを見かけて話を盗み聞きしておったら、ライダーの方が何度もバーサーカーの真名を漏らしていたわ」
トゥリファスのミレニア城塞と近隣の森林には動物避けの結界が張られている。だが、トゥリファスの街は結界が薄い。アサシンの使い魔である鳩を潜ませていたが、偶然にもライダーに引っ張られるバーサーカー達を補足した。
二人の跡を尾け、会話を盗聴しているとライダーが何度もバーサーカーの真名を連呼していた。
この時、その様子を監視していたシロウとアサシンは偽装工作ではと疑うほどにライダーは平然とバーサーカーの真名を連呼していた。
「なんだそれ…」
「なるほど。それさえ分かれば特に無い」
踵を返し、玉座の間から去ろうとするアーチャー。ライダーは慌てて引き止めた。
「姐さん。アサシンに思うところはないのかよ? この女帝分かってて黙ってたんだぞ」
「ふむ。だが、それだけであろう? ならば私が申す事は何もない」
「おぉ、なんとも冷酷でありますな! アーチャー!」
大袈裟に両手を広げ、嘆くように、愉しんでいるように声を高らかにする。キャスターの突拍子もない行動に呆れたようにする一同。特にアーチャーはそうであった。
「何が冷酷か、キャスター」
「いやいや生前夫婦となった間柄にも関わらずその無関心さ。我輩、狩人の本性というものを垣間見て少々驚愕を隠せずにいるだけでして!ああ!バーサーカーはさぞ無念でしょうな!聖杯に望みを託すべく参戦したにも関わらず、いずれ殺さなければならぬのは英雄として誉れ高き妻! シナリオは二流でしょうがキャストは一流!筆が一段と進みましょうぞ!」
これぞ悲劇と演劇の男優の如く振舞うキャスターに周囲はため息が隠せない。人の不幸をこれほど喜ぶ者はそうはいないだろう。しかも、本人の前で。退廃的と言われる女帝もこれにはついていけない。
「姐さん…。どうするよこいつ?」
「放っておけ。こういう生き物なのだろう」
「ええ否定しませんとも! 作家とは悲劇も喜劇も綴らなければ生きてはいけませんぞ!」
「開き直りやがった…」
「ーーーおや、皆さん楽しそうですね」
玉座の間の扉を開き入ってきたのはシロウだった。相変わらず穏やかな笑みを携えて入ってきたが、ライダーは手を振って違うと返した。
「シロウ。バーサーカーの後片付けは終わったか?」
「ええ。なんとかそちらの方の処理は先ほど完了したばかりです」
“赤”のバーサーカー、スパルタクスは霊体化を解き、堂々とまっすぐトゥリファスへと向かったため、多くの一般人に見つかった。監督官たるシロウは魔術の秘匿の為、“赤”のバーサーカーが残した爪痕を消す仕事で手が離せなかったのである。
「あの肉達磨め。暴れるだけ暴れて捕まるとは…」
「過ぎてしまったことは仕方ありません。バーサーカーがあちらへ渡ってしまった以上考えなければならない事は…」
「バーサーカーの空き分をどうするかですな!」
サーヴァントは一騎いるかいないかだけで大きく戦況が偏ってくる。それが大英雄アキレウスがいるとしてもだ。現在“赤”の陣営には五騎存在するものの、相手は七騎。“赤”のセイバーは協力を拒んでおり、“黒”のアサシンは行方知れず。ならば、“黒”の陣営から一騎どのような方法であれ“赤”の陣営へと鞍替えさせる他ない。そこで一人、誘えるかもしれないサーヴァントがいる。それは
「アーチャー。申し訳ありませんが“黒”のバーサーカー、ヒッポメネスについて教えて貰えないでしょうか?」
「・・・・・」
ヒッポメネスしかいない。アタランテの夫であるから逸話として名を残した英霊。説得すれば万が一ではあるが“赤”の陣営へと来るかもしれない。アーチャーもそれは理解したが何度も尋ねられるとうんざりしてくる。
シロウはすいませんと謝りながら頭を下げるので、このまま去るという訳にも行かなくなった。
「…分かった。何が知りたいのだ汝は」
渋々といった表情でシロウの頼みを受け入れた。これにはライダーやアサシン、キャスターも興味が湧いた。唯一気にしてなさそうなのは壁に凭れたまま、無言を保つランサーぐらいか。この女っ気が無い狩人が旦那をどう語るのか、サーヴァント達の興味はそこに尽きる。
「では、もしヒッポメネスが聖杯に望むならば何を願うでしょうか?」
サーヴァントは皆、聖杯か聖杯戦争自体に惹かれ魔術師の召喚に応じた英霊だ。大なり小なり願望を持っているはずだ。
狩人の夫、ヒッポメネス。妻である純潔の狩人ならば夫である彼の願望を推察ぐらいはできるはずだと、思っていたのだが。
「分からん」
と、即答した。これにはアサシンが不満そうに口を尖らした。
「少なからず夫婦だったのであろう?夫が何を望む、何を糧にして生きたのかも知らぬのかアーチャー」
「知らぬよ、聞いたことがない」
これまた即答だった。嘘も言ってないし、誤魔化してもいない。臣下に傅かれ、民を統べてきた女帝は狩人が問われたことを虚偽なく応えていると分かる。
確認の為とアサシンはランサーへと視線を送るが、視線の真意を察したランサーは首を横に振る。つまり、嘘偽りはない。
「ほほぅ…。という事は互いの肉体を食い散らかすような熱き肉欲の日々は如何に!!」
「何聞いてんだお前?」
直球に明後日の方向に向かった質問するキャスターに目を丸くするライダー。まあまあと宥めるシロウであるがーーー。
「無いな」
「「「「はい?」」」」
「あやつは一度も私を抱かなかった。私が月女神に祝福を受けた身であると理解していたため、バーサーカーは私と臥所を共にしなかった」
「…すみませんが逸話では神殿で体を交わったことや、子供がいると伝わっているのですが」
「獅子に姿を変えられたのは別にある。子供など交わらなければできぬであろう」
空気が死んだ。
時間が凍ったような気がしたがそれはものの数秒で硬直が解けた。質問していたのはこちらだが聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。主にヒッポメネスの。
本来仲が良いわけではないライダーとキャスターが肩を寄せ合い、息を潜めた。
「ふむ…。もしやヒッポメネス殿はどうてーーー」
「いやいやいやいや。さすがに姐さんと会う前に一度はしているだろ」
「これは改めて実感しますね。本来の出来事と後世に伝えられた逸話には違いがあるということですか」
「……男共は何を話しておる。そしてシロウ、ズレておる」
呆れ果てた様子で男衆を見下ろすアサシン。問われたことを正直に答え、頬を赤くしないアーチャーもアーチャーだが。
彼女の死生観は野生の獣と近い。彼女の抱くということは刹那的な快楽を得るのではなく、親が子を成すということ。勿論男女の情事についても知ってはいるが、それがどうしたと気にしない。
聞くことはもう無いのかと、不機嫌になりつつあるアーチャーに、皆の視線がライダーに集う。
シロウ、アサシン、キャスターと来たら次はライダーだ。ライダーは困り果て、とりあえず率直に。
「結局、ヒッポメネスはどんな男だったんだ?」
「…ふむ」
知らない、分からない、聞いたことがない。そんな言葉が羅列された限り、アーチャーは夫の事に関して無関心なのだと感じさせられる。だが、意外にも彼女の言葉からは。
「間抜けだったが、鋭い男だった」
「鋭い?」
「ああ、ヒッポメネスは印象と同じくぬけているところがあったが、土壇場での頭の回転は早かった。己の危機に対して人一倍鋭く、相手の隙を見逃さず。小細工を弄する事に長けていて…悪賢かった」
悪賢こい、その時ばかりは
「姐さん? どうした」
「…気にするな。そうだな、あとは精々言う事があるとすれば、弓が死ぬほど下手だ。ありえんぐらいに」
先ほどの苦々しい表情とは違い、次は表情が消えた。
その瞬間にアーチャーの脳裏には生前の記憶が浮かび上がった。
ヒッポメネスが弓を持って狩りに出かけたのに、帰ってきた時にはなぜか弓はなく、片手には仕留めた獲物、片手には血のついた拳大の石が。
弓を扱えるように教えたが、的から大きく外れて森の奥へと飛び、たまたま森にいた羆に当たり追いかけられた。
最後には「弓で石を飛ばせない? え、無理?」とかとち狂った事を言ったので弓矢で獲物を狩ってくるまで帰るなと怒れば…帰ってくるのに三日かかっていた。
「アーチャー? 大丈夫ですかアーチャー?」
シロウの呼びかけで過去から現実へと戻る。頭を振って過去の一部を消し去った。
「結局は、なにも知らずということか。これほどまでに夫に無関心な女もそうはおらんだろうな」
利益になるような情報を得られず、アサシンはため息を漏らすと同時に役に立たないと目で訴える。ため息と共に送られた蔑みの視線はアーチャーの勘に障った。
「夫を結婚早々に毒殺する女も貴様ぐらいだろうアサシン。 最初の夫は自殺ではなく、謀殺でもしたのではないか?」
「ほう、生娘が言いよるな? 夫が手を出さなかったのではなく、手をつけるほどの色気がなかったの間違いではないか?」
「そういう貴様は媚薬臭さで男を寄り付けたか。私から言わせれば、毒臭さで鼻が曲がりそうだがな」
「さすが純潔の狩人殿だ。己の獣臭さを棚に上げ、他人の匂いには敏感なのだな」
割り込まない方がいい、産まれた時代も育った環境も違う男性サーヴァント達の心理は奇しくも一致した。
いつの時代だって女の口論に男がついていけるわけがない。割り込めばどんな二次被害を受けるのだろうか。あの大英雄であるアキレウスさえ、黙って罵り合いを見守っている。
“黒”のバーサーカーの話題からこうなるとは…。誰かが止めなければ何時までも続くかもしれない口喧嘩に、勇者が現れた。
「アサシン、アーチャー、その辺でやめてくれないでしょうか?」
シロウだ。神父服を着た少年がこの時ばかりは聖人に見えてしまう。少なくとも男性サーヴァント達はそう見えた。
「だがシロウ。この生娘は」
「今は欠いたバーサーカーの代わりをあちらのバーサーカーで補えるかどうかですよ、アサシン?」
そう言われては…、とそっぽを向いて口を閉ざすアサシン。怒らせてしまったかと苦笑しながらもシロウはアーチャーへと向き直す。
「このまま話しても埒が明かないので率直に聞きましょう。…アーチャー、“黒”のバーサーカーをこちらへ引き込むことは可能でしょうか?」
「無理だな」
シロウの問いにアーチャーは最初の質問と同様にはっきりと答えた。
「悪賢くとも、ヒッポメネスは人を裏切ることは決してなかった。いくらあやつが私の夫でもそれだけはないだろう」
「むう、なかなかに乾いた関係なのですな御二方は」
キャスターは面白くないと言いたげに唸る。いいネタが転がってきたと直感したのは間違いだったか、そう勝手に落胆した。
だが、彼の落胆はすぐに掻き消された。
「そうだな。あやつは
そう言ったアーチャーに、キャスターは虚を突かれたような顔になり、直後に楽しげに口角を上げた。
「ほうほうほう!! そうだったのですか!」
「…何を笑っているか。もういいだろう、私は去るがよいな」
「…ええ、ありがとうございました」
話すことはないとアーチャーは玉座の間から去っていった。今回の話で分かったことはヒッポメネスという男は悪賢く、アタランテはヒッポメネスの事について知らぬことが多く、そして愛していなかった。
齎された情報をどう扱えばいいか、シロウを困らせたがーーー真逆にキャスターは愉悦とばかりに笑みを深めた。
そんなキャスターを見ていたアサシンとライダーは嫌な予感がすると表情を曇らせ、ランサーは最後まで口を閉ざしたままだったが、視線だけは去っていったアーチャーを追っていた。
○ ○ ○ ○ ○
『君の願いは、何だ?』
『それを問うかバーサーカー?生前最も私と共にいたのは汝であろう』
『知っているさ。知っているからこそ、問わねばならないんだ』
「…お前は知っている、か」
燦然とした星々を眺めながら、ヒッポメネスとの会話を思い出す。かつての婚姻しただけの男は女の願いを知っていた。娶られただけの女は男の願いを知らない。そう思えば酷く滑稽だと毒づいた。
思い出はある。
何時までも上達しない彼の弓の腕前が少しはマシになった時、少しだけ達成感を感じたことを。
魔術を嗜んでいると聞き、傷ついた腕を懸命に治癒されたこともある。
森で獣を狩るのもいいが海で漁も悪くないと誘われ、海に船を出し星を眺めたこともある。
だがーーー愛していたか、と問われれば違うと応える。あれは愛ではない。そう思った。何がそう思うように至らせたのだろうか?
生涯の内に愛した人はいない。
ヒッポメネスは生前で最も隣にいた男であることは間違いない。しかし愛した男ではなかった。生前を振り返れば分からないことが多くある。あの男と再び会うまでは考えもしなかったのに。
「…何を願い、何を糧にして生きたのか」
知らない。アサシンに問われたことに正直に答えたが、変な話だ。最も共にいたと自覚している癖に。
「汝は何を願い、糧とした。ヒッポメネス」
答えは返ってくるはずない。問うべき相手は殺さなければならぬ相手。ならば、問うべきは次なる戦場。今さら聞くことではないが、と自らを嘲笑したが聞く選択肢は捨てることはなかった。
読了ありがとうございます。毎日更新していましたが、明日は更新できない可能性が大です。もしかしたら、できるかもしれないので、その時はまたお読みください。