765AS、デレ、シアター組の短編集です。



【お品書き】
・聞こえぬ言葉、伝わる思い(千早、小梅)

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一話はASとデレマスのコラボ。
千早、小梅のちょっと不思議な物語。


聞こえぬ言葉、伝わる思い

「……え?」

 

 少女、白坂小梅の口を思わずついて出たのは、一片(ひとひら)の困惑だった。

 季節は冬。白雪がパラリパラリと地面を濡らし、人々が白い雲を吐きながら足早にすれ違っていく、そんな日常の中の一幕。小梅の友人たる『あの子』が、虚空から一つの言葉を紡ぎあげたのだ。

 

 たったの一言、しかし確かに、──お姉ちゃん、と。

 

 

 

 小梅には、昔から他人とは一風違った特技があった。他人には見えないはずのものが、小梅の世界では当たり前のように存在する、そんな特技が。

 母曰く、それはあなただけの特技だから、けして外で話してはいけない、と。父曰く、その世界にのめり込みすぎないようにと。

 理解は示してくれるものの、決して良い目では見てくれない両親に、小梅は子供の頃から小さな不満を募らせていた。そんなときに、彼女は出会った。

 母に連れ出されて、無理矢理受けさせられたオーディション。そこで、小梅の世界を肯定してくれた、一人の優しい男(プロデューサー)に。

 そこからは『ホラー好きの霊感アイドル』として、小梅の力を前面に出した、小梅にとっては夢のような時間が始まった。

 小さな頃からずっと一緒にいた『あの子』と、人目を(はばか)らずに会話できるのは、小梅にとって比類ないほどの幸せだった。そしてその幸せは、今もまだ続いている。

 

 

 そんな時の、出来事だった。背比べをするように乱立するビル郡の中の一つ、そこに設置された大型スクリーンに、一人の女性が写っていた。

 ──如月千早。押しも押されぬ国民的アイドル、そういっても差し支えない知名度を誇る、人気女性アイドルだ。歌唱力を売りにしてプロデュースされている彼女は、多くのファンから歌姫と呼ばれており、その類稀(たぐいまれ)な歌声を世界中に響かせている。テレビをほとんど見ない小梅でさえもその名前はよく知り、携帯にも代表的な曲が何曲か入っていた。

 

 その女性を見て、『あの子』ははっきりと言った。お姉ちゃん、と。

 立ち止まった小梅を、迷惑そうに横目で睨んでいく人々に心を割く余裕もなく、振り返る。

 

「そ、それ……本当に……?」

 

 思わず返した疑念の声に、『あの子』ははっきりと頷きを見せた。

 まさか、まさかにも過ぎる事実だった。小さな頃から一緒に過ごしていた友人が、あの如月千早の弟だったとは。

 呆然と歩道で立ちすくむ小梅に、『あの子』は続けた。お姉ちゃんに、会いたい、と。

 

 

 小梅が、随分と前に読んだ如月千早のインタビュー記事では、彼女は執着とも言えるほどの歌への渇望を見せていた。そして、小梅の脳裏にはその中の、一つの言葉が貼り付いたまま離れなかった。

 

 ──私は歌わないといけないんです。

 

 それはまるで呪いのように。それはまるで操り人形のように。そうすることを強制されているように見えた。

 

 その言葉がもし、『あの子』に関係していることならば。これは、自分がやらなければいけないことなのかもしれない。あの人(プロデューサー)に魔法をかけてもらった自分が、その呪いを解かなければいけないのかもしれない。小梅は、確信もなく、しかしそれが正解であろうことを、ただ悟った。

 

 密かな決意の炎を宿した小梅は、力強く一歩を踏み出し、

 

「あ、で、でも……如月さんの……じ、事務所がわからない……」

 

 しかし出鼻を(くじ)く結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ここが……765プロ……」

 

 良く言えば年期の入った、悪く言えばボロボロのビルの前で、小梅は一人立ちすくんでいた。

 あの後、詳しい説明をプロデューサーにすると、彼はたった半日で、如月千早の所属している765プロとのアポイントメントを取ってみせた。

 『あの子』が会いたいと言って半日、電撃的と言ってもいいほどのスピードだった。幸い小梅はオフの日であり、どうも相手方である如月千早も午後からは空いているらしい。

 そんなわけで、プロデューサーに地図を渡され、単身(『あの子』もいるが)765プロダクションに乗り込もうと息巻いてきたわけだが。

 

「ほ、本当に……あってる、よね……?」

 

 765プロダクションは、天海春香、如月千早、星井美希といった超大物アイドルが所属している、業界では比類なき強大な力を持ったプロダクションだ。ライブチケットは数秒で売り切れ、ドームライブも満員御礼、765プロのアイドルをテレビで見ない日はない、という今現在伝説の軌跡を描いている、注目のプロダクションなのだ。

 そのプロダクションが、よもやボロビルの三階にあると、誰が考えようか。なけなしの765、の文字がガムテープで窓に貼られているその姿は、売れているどころか閑古鳥が鳴いているようにしか見えない。

 しかし、小梅の手に持たされた地図には、しっかとこの地点であるとマークが記されている。あのプロデューサーが初歩的なミスをする訳もない。到底信じることはできないが、これこそが765プロの事務所なのであろう。

 

 半信半疑の思いを抱きながら、脇道から雑居ビルの中へと入り、薄暗い階段を登っていく。ろくに照明もない、いかにも『ナニカが出そう』な雰囲気は小梅をワクワクとさせたが、残念なことにそういった気配は感じない。

 辿り着いた扉からは光が漏れでて、そこに人がいるという証左を示してくれていた。

 ──コン、コン

 控えめなノックを二つ、部屋の中に放り込む。それに対する、はーい、という声が、数秒遅れて帰ってきた。暫くして、ドアノブの回される、鈍い金属の音が響く。

 

「ご連絡があった白坂さんですね? 外は寒いでしょうし、中にお入りください」

 

 迎えてくれたのは、パリッとしたスーツに身を包んだ、若々しい女性だった。眼鏡のよく似合うその女性は、同僚の眼鏡アイドルが喜びそうな面立ちだ。

 年下であろう自分にも丁寧に接してくれる態度を見て、やっぱりここは765プロなのだ、と小梅は改めて感じた。

 

 迎え入れられたプロダクションの中は、生活感と清潔感に溢れる、温かい空間だった。暖色が多く配置された室内は、ただそこにいるだけで一息つけるような、安心感があった。

 見渡す限り、今はこの女性以外には誰もいないようだ。

 

「ごめんなさい」

 

 女性はただ一言謝った。

 

「時間で言えばうちの如月はもう戻ってるはずなのだけど、どうやら随分と収録が長引いてしまったらしくて。さっき連絡があったから、もうすぐ帰ってくると思います」

「ご、ご丁寧に、あ、ありがとう……ございます……」

 

 通されたソファで、改めて小梅と女性は対面した。随分と使い込まれているソファはクッションが軽くヘタっており、普段から様々な人が座っているのであろうことは容易に想像できた。

 

「改めまして、はじめまして。私は、この765プロダクションでプロデューサーをやっています、秋月律子と申します」

「は、はじめまして。わ、私は……白坂、小梅、っていいます……よ、よろしくお願い……します」

 

 若々しい少女二人がかしこまって挨拶するその図は、人によっては滑稽にすらなってしまうだろうが、この二人はしっかりと様になっていた。むしろ、この関係性が自然であろうとも。

 簡易的な自己紹介も終え、秋月律子と名乗った女性は、本題を切り込んだ。

 

「さて、今日はうちの如月にご用があるとのことでしたが、どういったご用件で?」

「あ、えっと、そ、それは……」

「ああ、いえ。無理に聞き出そうというわけでもありませんよ。御社のプロデューサーさんとは面識がありますし、信頼もしています。もしよければお話頂ければ、位のものです」

 

 剣呑な空気は一切感じない。つまりは、律子の言っていることには嘘偽りはないのだろう。しかしながら、小梅の用件は少しばかり常識から外れている。『そちらの如月千早さんの弟さんが今の私の背後霊なんです』などと言って信じるのは、阿呆か霊能者位のものだろう。残念なことに、眼前の女性はそのどちらでなさそうだ。

 その代わりと言ってはなんだが、一つの問いが小梅の口をついて出た。

 

「あ、あの……如月、さんって、ど、どんな方……なんですか?」

 

 『あの子』曰く、昔はよく笑い、よく泣き、よく歌う天真爛漫な姉だった、と。しかし、今の世間的な如月千早のイメージは、それとはかけ離れている。よく歌うが、それは鬼気迫ったかのような迫力に満ちている。

 律子は、質問の意図を計るかのように一度小さく息を吐くと、こう答えた。

 

「よくも悪くも生真面目、ですかね。歌に対する姿勢はうちのアイドルの誰よりも真っ直ぐですが、たまに怖くなるくらいの表情を見せます」

 

 世間的なイメージとほとんど変わることはなさそうだ、と小梅は結論付けた。

 そしてそれを踏まえた上で、もう一つ質問を投げ掛けようとした。

 

「そ、その、如月さん、に……お、弟さんって……」

「弟、ですか? あの子に弟はいないはず──」

 

 律子が答えようとした、その言葉は、遮られるようにして、ドアの開く音に上書きされた。

 ドアの向こうから現れた少女に、『あの子』が大きな反応を見せた。

 

「ただいま戻りました。……律子、そちらの方が私にご用のある方?」

 

 少女──如月千早は、凛とした声で問いかけた。背筋はピンと伸び、顔に貼り付けられた無表情は、いかがにも生真面目そうな雰囲気を漂わせていた。

 

「ええ、白坂小梅さんよ。千早、応接室に案内してあげて。そこの方が話しやすいでしょう」

「わかったわ」

 

 打てば響く、といったやり取りに着いていけない小梅に、千早は「こっちよ」と軽く促した。パタパタと小走りで着いていく小梅の後ろには、しっかりと『あの子』も着いてきている。

 応接室は、いつ人を通してもいいように、ふわりとした暖かみを帯びていた。

 ドアを後ろ手に閉めた千早は、小梅に座るように促すと、自身も対面のソファへと腰かけた。

 

「それで、本日はどういったご用件で?」

「あ、え、えっと……」

 

 本人にその気はないのだろうが、まるで責めるかのように鋭い口調は、引っ込み思案の小梅を躊躇させには十分な切れ味を持っていた。

 しかしながら、いつまでも躊躇っていても仕方がない。そして、小梅は迂遠な言い方ができるほど口達者ではない。少しばかりの不安と緊張を抱き、小梅は静かに口を開いた。

 

「え、えっと……その、お、弟さんの、ことで……」

「っ!?」

 

 それだけで、千早の反応は絶大だった。跳ね上げられたかのように立ち上がると、拳を握りしめ、唇を戦慄(わなな)かせた。

 眉を寄せて目を吊り上げ、小梅を睨み付ける。

 

「どこでその情報を手にいれたか知りませんが、それについて語るつもりは一切ありません。お引き取りください」

「え、あ、その、ち、違くて……!」

 

 聞く耳持たず、という言葉を体現するように、肩を怒らせて応接室から退室しようとする千早に、焦るのは小梅だ。今この機会を逃してしまえば、この先『あの子』の言葉を届けるのは無理だ、と人付き合いの苦手な小梅であっても容易に察せた。

 慌てて千早の前に割り込むが、力付くで退けられてしまう。

 

「わ、私は……伝えたいことが、ある、だけ……!」

「うるさい! あなたにあの子と何の関係があるっていうのよ!」

 

 千早は年相応の少女らしく、ヒステリックな叫びを応接室に満たす。さすがは歌姫といえる声量は、小梅をくらりと仰け反らせるには十分だった。

 とうとう、千早はドアへと手を伸ばしてしまう。友達である『あの子』には申し訳ないが、どうやらどうにも出来なさそうだ、と半ば諦めたその時。

 

 

 一筋の歌声が、フレーズを奏で始めた。

 

 

 それは、お世辞にも上手いとはいえない、調子外れの、子供のお遊戯のような歌。幼少期、気味悪がられて友達の出来なかった小梅が、よく歌っていた歌。

 

 ──『あの子』が、教えてくれた歌。

 

 歌い始めた『あの子』に合わせるようにして、小梅も静かに、追いかけるように、囁きかけるように、歌い始めた。

 

 

「この歌は……」

 

 ドアノブに手をかけた千早は、その格好のままポツリと呟いた。硬直したようにぴたりと止まったその状態で、噛み締めるように小梅の歌を聴く。

 囁きかけるような小梅の歌が終わったとき。千早は、恐る恐るゆっくりと振り返った。それはまるで、悪戯を見つけられた時の子供のようで。

 

「あなたは……」

「あ、あなたの弟さん、が……い、今私の、隣に、います」

 

 ビクリ、と千早の背筋が伸びた。しかしそれが、人ならぬ者への恐怖からのものではないのは、明らかであった。

 

「白坂、小梅さん、でしたか。思い出しました。霊能アイドルとして今売り出されている」

「は、はい。わ、私の友達……が、あなたのことを、見て、『お姉ちゃん』って……」

「そう、ですか……信じない訳にはいかないみたいてすね。その歌は、私と、あの子が……優が、二人で作った歌……」

 

 覇気のない声でそう呟いた千早は、まるで罰を待つ咎人のような表情を形作った。悲愴感に溢れたその顔は、泣き出す前の子供のようであった。

 

「それで、あの子は、なんと……?」

「え、えっと」

 

 『あの子』の言葉を聞き取った小梅は、一度小さく頷くと、受け取った伝言を口にした。

 

「『健康には気を付けていますか』だ、そ、そうです……」

「は……?」

 

 ポカン、と千早の口がまあるく開かれる。豆鉄砲を打たれた鳩のように呆然とした千早に対し、更に小梅は言葉を連ねていく。

 

「『これからの季節の変わり目には体調に気を付けて』」

「『偏食もしないように、コンビニだけじゃなくて自炊もしてね』」

「『友達は大事にして』」

「『売れっ子みたいだけど、無理はしないように──』」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 慌てた声で、千早は声を滑り込ませる。その顔は、驚きに見開かれ、不安げに瞳が揺れている。

 

「あの子は、私のことを、恨んでないの……?」

「え、えっと……?」

 

 ちらり、と『あの子』へと目を向け、

 

「『全然』」

「っ!」

 

 瞬間、千早の目は涙に溢れた。

 ずっと、罪悪感を持っていた。自分だけ生きている、自分だけ生き残っている。だからこそ、あの子との繋がりである歌を、ひたすらに続けてきた。

 しかし、あの子は私を恨んでいないという。十字架など背負わなくていいと言っている。

 何もかもがごちゃ混ぜになった千早の胸中では、このままであれば、もしかすれば歌をやめてしまうかも知れなかった。

 

「あ、あと……『あの子』から、もうひとつ、あります」

「っ、なに、かしら」

 

 ──この後の、『あの子』の言葉が、なければ。

 

 

「『ずっと歌ってくれてて、ありがとう。上手くなったね』」

「っ、く、ぅ……!」

 

 声にならない声を殺して、ただ、千早は、静かに泣いた。

 頬からこぼれ落ちた一筋の雫は、まるで白雪のように、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、お姉ちゃんだ、と『あの子』は呟いた。初めて『あの子』が千早が姉だと気付いた場所と同じ歩道で、小梅もまた同じく大型スクリーンを見上げていた。

 季節は巡り、もうそろそろ桜が咲き始めようかという時期。あの出来事以来、時折千早と遊ぶようになった小梅は、彼女の表情がどんどんと豊かになっていくのを間近で見ることができていた。

 765のプロデューサーや律子は「小梅のおかげだ」と口々に言うが、それだけではないことを小梅は知っていた。自分の後ろでそわそわと姉の出番を待っている彼の存在こそ、千早の苦悩を溶かすに必要なものだったのだ。

 

 いよいよもってDJが、千早の新曲を紹介する。

 

「さあ、次は千早ちゃんの新ナンバーだ! いつもとは全く違う、初めて見せる千早ちゃんに度肝とハートを撃ち抜かれるだろう!」

 

 小粋な紹介は小梅の頬を軽く緩ませたが、それ以上に『あの子』は姉の新曲を待ちきれないようだ。

 

「なんと今回本邦初公開! スクリーンの前で待ってるやつらは、しっかり耳に焼き付けろよ!

それでは、如月千早で『Snow White』」

 

 

 ──季節外れの白雪は、ただ温かく、静かに降り積もる。




プロットでは泣けたんだけどなぁ、おかしいなぁ……
やっばり一年ぶりに書くとなまってますね。

ただひたすらに歌だけを突き詰めて、突っ走ってきた千早はこうなるんじゃないかなぁという妄想です。

『小梅ちゃんのあの子=千早の弟の優くん』
という妄想の捗るお題を、知り合いがツイッターで転がせていたので、便乗しました。

この千早はこのあと『Just be myself』をリリースするに違いない。

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