ハピナ様主催の第1回ハーメルンコンテスト参加作品となります。
「おはようございます」
スマホから視線を離して声のした方を向くと、目の前には彼女がいた。一度視線を戻してスマホの時間を見てみると昼過ぎを指しており、いつの間にかもうこんな時間になっていたらしい。
「おはよ。どちらかといえば、こんにちわの方が正しいか?」
「それもそうですね。いつも早いですけど、何分前くらいから来てるんですか?」
ちなみに、現在時刻は待ち合わせしていた時間の30分前だったりする。自分も彼女も待ち合わせには早めに着いておくタイプなので、いつもの事といえばいつもの事なのだが。
「んー、お前の20分くらい前?これといって時間を決めてるわけでもないんだが」
嘘です。ただ単に、彼女を待たせるというのが男のプライドに引っかかってるだけで。我ながら子供っぽいとは思うのだが、譲れない一線かなぁ、とも思う。彼女の前ではかっこいい自分でいたいと思うのは、男なら誰しも共通なのではないだろうか。
「それで、これです。まあ、問題なく」
彼女が持っていたカバンから、ひとつのクリアファイルを手渡してくる。中に入っていたのは、1枚の合格証書だった。その意味を理解して、すぐに彼女の方に向き直ると、彼女は照れたような、それでいて安心したかのような表情でこちらを見つめていた。
「よかったな!ほんとよかった!大学合格おめでとう」
「はい、ありがとうございます。問題ないとは思ってましたが……」
彼女は高校3年生で、今年が受験だった。そして、その結果が出るのが今日だった。そして、無事に合格したのだ。それが分かると自分のことのように嬉しくなってくる。
「いやー、よかったよかった。本当に良かった」
「言ってはなんですが、もう1ランク上狙おうと思えば狙えましたし…わぷ」
感極まって彼女に抱きつく。いくら彼女が秀才であるからといって、心配なものは心配だった。大学受験なんてひとつのミスで結果が変わってしまうことなんてよく聞く話だし、こうして合格したという話を聞くまで、とても心配だった。彼女もここ数週間は普段と変わりないように接していたように見えて、心配げな表情になることも時々あった。表情の変化が乏しい子なので、ほかの人から見ればほとんど気づかない程度ではあったが。
「えと、その……。ありがとうございます。来年からよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく。分かるところならなんでも教えてやるよ」
実は彼女が合格した大学は、自分と同じ大学だったりする。これで現在大学2年生である俺が通っている大学に、彼女も来年から通うことになる。彼女自身の実力があれば、もっと上の大学にも行けたはずなのに、同じところを選んでくれたというのには、かなり嬉しいものがある。彼女に聞くと、家に近かっただけですよと答えてくれていたが、少しはこちらのことも考えてくれたのかな、とは思う。実際、自分よりも数段彼女の方が成績はいいのだし。
「それで、できれば離してもらえると助かるのですが……いえ、嫌というわけではないです。嫌ではないのですけど、人目がありますし……」
「おっとすまない。よし、今日はなんか奢ってやるよ。何が欲しい?」
「別に、あなたはいつも2人で遊びに行くときはお金出してくれてますけどね。というか、私に1円たりとも払わせてくれませんけど」
「そこは彼氏だし?カッコいいところは見せたいじゃん」
そう言われてみればそうだった。とはいえ、何かしてあげたいと思うのも事実。彼女だって、勉強はきちんとしていたのだろうし、その分のご褒美はあげたいと思うのだ。いつも彼女が何かをねだってくるということは少ないので、なおさらなのかもしれない。
「彼氏、ですか…もう4年ですか。私たち付き合ったのも」
「そうだな。俺が高一で、お前が中二の時だもんなぁ」
俺と彼女が付き合い始めたのは、4年前の今日。そういう意味では、今日は記念日ということにもなる。そもそも、今日の2人きりでの遊びにいくという、いわゆるデートは、4周年の記念日という目的だったのだ。ちょうど彼女の合格発表日とかぶったのが、偶然だったのだが。
もともと、俺と彼女は小さい頃からの家族ぐるみの付き合いだった。両親が学生時代の同級生だったらしく仲も良く、住んでいた場所も近かったため、彼女はずっと自分にとって妹のような存在だった。それが変わったのは、4年前のこと。
彼女が中学に入って、少し大人びてきて、見た目も女性に近づいてきていて。その辺りだろう。ふとした拍子に、彼女を妹という存在ではなく、異性という存在して見てしまった。なまじ、血が繋がっていない分、そういうことも考えてしまうわけで。思春期真っ盛りなお年頃な自分からしてみれば、なおさら一番近くにいた異性というのは彼女だった。まあ、それが契機だったのだろう。それから、事あるごとに彼女を異性として見てしまっていた。
告白に至ったのはそれから一年後。色々と彼女との付き合い方に悩んでいたのだが、彼女の隣に自分以外の男がいると考えた時、もうなんか無理だった。すぐに彼女を呼び出して、つたない告白をして。彼女もはじめは驚いていたものの、了承してくれて。そうですね、記念日としては珍しいですし、今日から付き合いましょうか。そう答えてくれた彼女の返答は、今でも覚えている。それから4年間、付き合い続けているというわけだ。
「それにしても、なんで私はあの時今日がいいって思ったんでしょうね…逆に考えれば、4年に1度しかありませんのに」
「そうなんだよなぁ、去年までは昨日の午後から明日の午前までが記念日だとか決めてたけど、やっぱりちょっと残念な感じはするよな」
4年に1度しかない日。そう、今日はうるう年だったりする。2月29日。地球の自転の関係上若干ずれているために起こる誤差とかなんだとか。詳しく調べたりはしていないけど、珍しい日ではあるだろう。
この日に付き合い始めたはいいものの、逆に毎年に記念日が訪れないというのは、それはそれで残念だった。年としては経過しているものの、記念日としては、今日が初めてであるとも言える。
「そういえば、正確には4年に1度じゃないって知ってたか?」
「そうなんですか?」
「ああ、まず400で割り切れたらうるう年。それ以外で100で割り切れたらそうではなくて、さらにそれ以外で4で割り切れたらうるう年って決まりらしいぜ」
「へぇ、そうなんですか、初めて知りました。ていうか、なんでそんなこと知ってるんですか?」
「あー、工学系のプログラミングの初心者用の問題で、よくあるんだ。これ」
文系である彼女には関係ないことであるとは思うが。自分のようにプログラミングを勉強したことがある人なら、うるう年問題は見かけたことくらいはあるんじゃないだろうか。いや、自分がそうだっただけなのかもしれないけれども。
「あ、そういえば」
「どうかしたか?」
「いえ、大したことではないのですけど。まだお昼ご飯食べてなかったなぁ、と」
「おっと、そういえばそうか。じゃあそこら辺の飲食店でも入るか?」
そんなたわいもない話をしていると、今思い出したというように彼女が話題を変えてきた。
そう言われてみれば、彼女は今まで大学の合格発表の方に行っていたのだろうし、当然といえば当然か。
「えっと、あなたは?」
「俺も食べてないな。お前と会う約束してたし、合流してからその辺で適当につまもうかと思ってたしな」
そういうと、彼女はなぜかホッとした表情を見せた。
「えと、そのですね。結果出るまで何か手を動かしていたくて、ご飯作ってきたんですけど…」
なんでもそつなくこなせて、普段から物静かでクールな印象を持たせる彼女であるが、やはり緊張はしていたらしい。そういうところも好きなのだが、それはそれとして彼女の手料理。その言葉にときめかない男はいないだろう。現に今俺はとても興奮している。時折どちらかの家に呼んだり呼ばれたりして、彼女が家事の手伝いをしてくれたことはあったが、彼女が手作りで料理を持ってきたことは今までになかった。
「じゃあ、そこの公園でいいか?」
「はい、その、うまくできていないかもしれませんが…」
とはいえ、彼女は料理自体は出来るのだし、味は悪くないだろうと思っている。それに、味のいい悪いが大事なのではなく、作ってきてくれたという方が大事なのだ。
公園に入って、テキパキと彼女が準備を始める。レジャーシートを持参してきていたりしているところを見ると、結構彼女も楽しみにしていたらしい。自分との付き合いを楽しみにしていてくれる彼女に嬉しく思いながら、彼女の方を見ていると、視線を感じたのか、こちらに視線を向けてくる。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
うるう年。そして4年に1度の記念日。付き合った日から、1度も訪れることがなかった日だからだろうか、ほかの日以上に特別な日に感じる。だからこそ、そんな日に付き合ったからこそ、今日は彼女との関係を一歩進めたくて。
「あのさ」
「はい、なんでしょう」
「今度からさ、同じ大学通うわけじゃないですか」
「そうですね。学科は違うので、授業まで一緒、というのは難しいかと思いますが」
「その……もしよかったらなんだけどさ、一緒に暮らさないか?」
「え?」
文脈がおかしくなったのは、自分でも気づいている。でも、1度口にしてしまったら、その想いがもう止まることはなくて。彼女に対してさらにいいつのる。
「えっと、どこかにアパートでも借りてさ。二人で住まないか?」
「あの、えと、それって…」
「結婚は俺が働いて、自分の金で自分とお前を養えるようになってからにしたいから、まだ言えないんだけどさ。それでも、お前と一緒にいたいなって」
自分にとっては、事実上のプロポーズである。我ながら微妙な線引きでの言葉だと思うが、彼女に対する思いは、年々積もっていったものがあって。当然、彼女もそれが分かっているから、今目の前でこうして複雑な表情を浮かべている。
独占欲もあるのだろう。大学に入ると高校までとは違って、日本各地から人が集まり、新しく出会う人が格段に増える。目の前の自分の彼女は贔屓目なしに見ても、見た目も美少女の分類に入るし、器量もいい。家事も一通りこなせる。友人になるまでは少し時間がかかるだろうが、友人となれば人付き合いもよく、勉強を教えるのもうまい。
そんな彼女に行為を寄せる男がいないと言い切れるほど、自分は楽観的でもない。だから、その前に。彼女は自分のものだ、というような事実が欲しかった。絶対的な楔を打ち込みたかった。
「えと、あのですね……」
彼女からの返答を待つ。別にこれで彼女が断ったら、その時はその時だし、自分の方も強引だったというのもわかっているので、その時はきっぱり諦めようとは思ってる。だけど、やはり期待している自分もいて。
「私、無愛想ですよ?」
「感情豊かだと思うけどね。もちろん、ほかの人に教える気もないけど」
「寝起きとか低血圧で機嫌悪いですし」
「新しい一面は大歓迎かな」
「思ったことすぐ言いますし…ずっと一緒にいるとストレス溜まるんじゃないかと」
「好きな人と一緒にいてストレスが溜まるわけないじゃないか」
「こんなこと言って、あなたから言葉を引き出してるめんどくさい女ですよ?」
「そういうところも含めて、お前が好きなんだよ」
「私で、いいんですか?」
「お前がいいんだよ」
「………はい」
今まで俯いていた彼女がこちらの方をじっと見つめてくる。困ったような、不安げな、それでいて泣きそうな表情だった。そして、もう1度こちらに対して頭を下げて。
「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」
「よしっ!」
彼女の返答を聞いて、思わずガッツポーズを上げてしまった。だけど、彼女から帰ってきた返答は、自分に対する肯定だった。
「えと、じゃあ、私からもお願いをひとつしてもいいですか?」
「ああ、俺にできることであれば、なんでもするよ」
「ふふ、言質は取りましたからね」
彼女との関係が一歩進んで、彼女の美味しい手料理を食べていると、ふと彼女がそんなことを言ってきた。なんでも来るといい。今の俺は彼女のお願いならなんでも叶えてやれるだけのテンションがある。多少の無茶難題くらいであれば、やってやろうと思っていたのだが。
彼女のお願いは、こちらの予想をはるかに飛び越えていて。
「4年後のプロポーズも、期待してますね」
ハピナ様主催の第1回ハーメルンコンテスト参加作品となります。
このようなコンテストがあることに気づいたのが昨日の夜で、こんなのあるならぜひ参加したいなぁと思ったので、応募期間ギリギリでしたけど滑り込み投稿しちゃいました。
ぜひぜひ、次回もあるなら参加したいな、と。
それでは最後に、この小説を読んでいただいたすべての方に、そしてこのような素敵なコンテストを企画してくださったハピナ様に感謝を。