~きっと気持ちは通じるよね?~

アタシ、横須賀鎮守府所属の駆逐艦”清霜”が、防衛次官といっしょに、美保鎮守府の視察に往くのであります!

《第1回》ハーメルンSS小説コンテスト 
特別賞受賞作品

「艦これ」二次創作である、美保鎮守府シリーズの一環ですが、短編ですので、単独でもお楽しみいただけます。

むしろ今までの「みほちん」愛読者には申し訳ありません。現在連載中の第5部のネタバレが含まれています。でも、きっとネタバレ程度は低いので、大丈夫……かな?

進水日がうるう年の艦艇を取り上げていますが、執筆者も初めて出会う艦娘なので、性格が公式とは微妙に違う恐れがあります。そこはコンテスト用なので、ご理解ください!


★お願い(注意)★
この作品は「艦これ」の二次創作です。物語内の艦娘を除くすべての内容=実在あるいは実在したすべての組織、艦隊や艦艇、歴史上の人物、メカニズムや機械類などは、現実のものと無関係=フィクションです。それを理解のうえ、お楽しみください。架空のものにも拘らず、ご意見をされても、そもそもが実在しないモノです。一切お答えや対処は出来かねます。

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アタシ、横須賀所属の駆逐艦清霜が、防衛次官といっしょに、美保鎮守府の視察に往くのであります。

《第1回》ハーメルンSS小説コンテスト 
特別賞受賞作品


<清霜の春>(読みきり)

「ぜひ、訓練をお願いします!」

 

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「艦娘グラフティ3」(みほちん第7部)

:<清霜の春>(読みきり)

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<<空軍定期便:機内>>

 

『こちら機長です。当機は間もなく空軍美保基地へ到着します。念のため各員、ベルトを着用してください』

アナウンスがあって、アタシはベルトを締めた。機体は、さっきから日本海の上を飛んでいるんだけど。山陰ってさ~冬の、この寒いときの、この地方ってさ、ほとんど曇天だって聞いていたけど~。今日は快晴だぁ。でも機内は暖房入ってるの?暑っついわねぇ、ったく~。

 

アタシは清霜(きよしも)、横須賀鎮守府所属の艦娘。今日はしれーかんの命令で、山陰にある美保鎮守府に査察補助兼、見学!ということになっているの。だからアタシの隣にはさ、海軍省の事務次官が座っているんだけど。この温度のせいかな、さっきから居眠りしている。

海軍省の役人って気楽よね~。この次官は姉さんたちからは”切れ者”だって聞いてたんだけど。起きているときは、やたら馴れ馴れしかった。寝顔は、まぁまぁ……かな?でもさ、よっぽど疲れていたのね~。飛び立ったとたん居眠りして……あ~あ、人間ってのは、持久力が無いわよね~。

 

人間って言えば、今朝も鉄道で入間に行く道中、やたら握手を求められたりサインをせがまれたりして大変だった!アタシもいちおう、軍人だからさ、どっちも”ごめんね~”って言って、お断りするんだけど。姉さんたちに聞いたら、去年の秋にブルネイで海軍の遠征部隊と、シナがぶつかってから、急に海軍とか艦娘の人気が高まったんだって。でもアタシ的には、街も歩きにくくてさ、ちょっと困るよな~。

 

そういえば最近はさ、ブルネイの件があってから、陸軍や空軍の態度が変わったんだって。今では空軍も、定期便への便乗を簡単に許可してくれるようになったみたい。

 

そのブルネイ沖の海戦で、派手にドンパチやったのが、ブルネイでの実験隊と、今日訪問する美保鎮守府だって。だから、それからずっと全国の鎮守府からの見学が殺到してるんだって。横須賀からもずっと希望を出してて、やっとオッケー取れたんだよね。うちのしれーかんが海軍省の次官と顔見知りだったのが良かったって、姉さんたち言ってた。

 

海軍が注目されるようになってから空軍も協力してくれるようになって。山陰に行くのにも、空軍の入間基地から飛べるようになった。アタシも空軍の定期便に乗るのは初めて。空ってすっごいなあ~。飛行機ぃ?そうそう、海軍省の査察に同行するのも初めてだから、こっちもドキドキ。でも正直ドキドキも最初だけだった。こんな寝ている男の人が本当に、そんな力があるのかなあ……信じられないけど。

 

そういえば、うちの日向さんって確か今日行く美保鎮守府から来たんだよね。代わりに……あいつが行っちゃったんだ。だから正直、今回の視察に行くのは嫌だった……でも、しれーかんの命令だからさ仕方が無いけど。

 

機体は、だんだんスピードを落としている。高度も下がってきて海の船が良く見える。なんだかすご~い、オモチャみたい。アタシは地図を取り出した。えっと~向こうに見える細長い山が島根半島でしょ?その上にある施設が確か、空軍の電探基地かぁ。あそこも前は、海軍には全然協力してくれなかったけど、今では索敵情報を流してくれるって、日向さんが言ってたな~。

 

もう海に手が届きそうなくらい低いところを飛んでいる。すごい速いなぁ~この感じ。このくらい海の上も走れたらいいのに。高度がもっと下がって長い砂浜が見えたと思ったら、島根半島の方にクレーンや倉庫、レンガのような赤い建物がチラッと見えた。たぶん、あれが美保鎮守府だと思うな。噂どおり小さいところみたい……。

 

機体はオモチャのような林や農家を越えて広い飛行場に来た。速い、速い!ワクワクしている間に、機体が滑走路に着地。ズンと言うような軽い衝撃があってブレーキをかけると、エンジンが唸りを上げている。あれかな?妖精さんの空母への着艦って、こんな感じ?自分が妖精になったみたい。覚えておこう、戦艦になったときのために!

 

<<美保空軍基地:到着>>

 

美保鎮守府も小さく見えたけど、ここの空軍基地も、めっちゃちっちゃいな。窓から見える景色を見ながらそう思った。

 

「ん~、良く寝たなぁ~」

事務次官が大きく伸びをしている。寝ぼけ眼(まなこ)の、ボーっとした彼を見ていると本当に中央の役人かなあ~?って思った。

 

「美保基地に到着です。機を降りたら、事務所で到着の受付をお願いします」

前のほうから機長さんが案内してくれた。旅客機も、こんな感じなのかなあ~。

 

「や、ご苦労だったね機長。えっと……清末だったかな?じゃ、降りようか」

次官は立ち上がると、間違えた名前でアタシを呼んだよ。さすがにムッときた。

 

「次官!私、清霜です、キ・ヨ・シ・モ。いい加減、覚えてよね!」

 

「あ、ごめんよ~」

次官は悪びれもせず、笑って返した。

 

「だってさぁ~駆逐艦って、みんな似たような名前だし、君の姉妹ってさ、軍服も似てるだろ?混乱しちゃってさ~」

本当に次官なの?この人……まったくもう。次官は、へらへらしながら後ろの座席に置いてあった荷物を取りに行く。さすがにアタシよりは量が多くてスーツケースが二個?多いわね!アタシは自分の手荷物を持ったら、あれ?次官ったら、もう機外へ向かっている!意外に行動が速いわ、この人。慣れてるのかしら?アタシは次官に続いて、少し駆け足で機外へ出た。

 

「ひゃあ!」

外は寒い!2月だもんね。えっと、向こうに白い山……あれ?何で富士山がここにあるの?

 

そんなアタシを見た次官が言う。

「ははは、驚いたか?あれは伯耆(ほうき)富士、大山(だいせん)っていうんだよ。この地域の富士山みたいなものさ」

 

「はぁ?」

返事をしながら、アタシはもう一度、その白い山を見ていた。へえ~、何とか富士って言うのか。その山を見ていたら不思議と、さっきまでの怒りが収まった。不思議ぃ~。

 

滑走路脇で軍用車がアタシたちを待っていた。担当官が言う。

「事務所へ参りますので、お乗りください」

 

「ありがとう」

次官が言う。なんか至れり尽くせり……ま、空軍基地も、それなりに広いし部外者をノコノコ歩かせるよりは、サッサと車に乗せて運んだほうが早いってか。2分くらい基地内を走って、アタシたちは事務棟へ案内された。そこの受付カウンターで、印刷された書面に、それぞれ名前を書いて、次官は印鑑を押していた……あれ?アタシ、印鑑なんて持ってないよ~。

 

「えっと……拇印か、サインでもいいですよ」

受付の女性事務員さんが言う。

 

「サイン?」

アタシがカウンターで固まっていると次官が説明してくれた。

 

「ああ、自分の名前を直接……そこの”印”ってとこに書くんだ」

次官がそう言いながらペンを渡してくれたけど、そういえばアタシ、自分の名前を、あまり真面目に書いたこと無いんだっけ。思わずまた、硬直した。アタシが固まっていたのはホンの一瞬だったと思うけど、すっごく長い時間に感じられた。事務員さんと次官がこっちを見ているのが分かるし、ちょっと冷や汗ドキドキ。仕方が無いから、書けるとこまでで良いだろう~。

 

”清しも”

……って書いたけどさ。自分で恥ずかしくなった。アタシが無言で書類を事務員さんに返そうとしたら次官が「ちょっと失礼……」と言って横から手を出して書類を見てる。もっと恥ずかしくなって、顔が熱くなって来た。

 

「ふ~ん……まあ、これでも良いか?」

そう言う次官から書類を受け取った事務員さん、チラッと見て一瞬、静止してたけど。すぐに「これで良いです」と言ったのでホッとした。ああ~すごく、恥ずかしい。やだな。

 

それからアタシたちが並んで事務棟から出てゲートへ向かうと、次官が話しかけてきた。

「ごめんよ~。気分悪くしないでネ。オレも一応、事務官だからさ。出してからごちゃごちゃ直されるよりは、良いだろ?」

 

「は、はい。ありがとうございます」

謝ったフリ。半分、上の空~。やっぱアタシ、思った以上にショックだったかな?

 

基地のゲートでは、事務所で貰った通行確認証を渡して、すぐに敷地から出た。空からも見えてたけど、基地の外は砂地に畑と雑木林……要するに田舎じゃん。こんな田舎にある鎮守府って?想像を絶するなあ~。あいつは、何でこんな田舎に、わざわざ……。

 

「ほら、迎えが来ているよ、お~い!」

はっと我に返った。次官が手を上げると少し離れた道路に白い文字で小さく”美保鎮守府”って書いてある軍用車が停まってた。新車?すごくキレイな車両。軍用車の新車なんて初めて見た。アタシたちが近づくと、直ぐに運転台から小さな女の子……多分、艦娘が降りてきて、敬礼した。

 

「美保鎮守府所属、駆逐艦”電”です。お迎えに上がりました!」

アタシたちも立ち止まって敬礼をした。

 

「海軍省本庁所属の事務次官だ、ごくろうさん」

 

「横須賀鎮守府所属、駆逐艦”清霜”です」

 

「お久しぶりなのです、次官」

その艦娘は、やたらニコニコしている。なに?この艦娘……次官と知り合い?ちょっと引いた。アタシたちは、促されるままに軍用車に乗り込んだ。

 

<<境港市:電ちゃん>>

 

その電という艦娘は、アタシと同じ駆逐艦だ。背が低くて、ホントに運転するの?……って感じだったけど。意外と器用に運転している。何となく、話し方で、そそっかしい艦娘かなって思ったけど、見掛けによらないのね。

 

「今日は遠くからお疲れ様なのです」

電は言った。

 

「いや、今日は空軍の定期便で来たからね。数時間ってところかな?列車よりはるかに早くて、楽だよ」

次官が答えてる。

 

「そうなのですか」

なんだか、独特の喋り方をする艦娘ね、この娘も。

 

「電ちゃんもだいぶ、運転がうまくなったよね~」

次官が褒めている。

 

「そうなのですか?」

 

「うん、そうだよ」

何か二人の会話を聞いていたら、まどろっこしくてイライラして来た。でも、こんなことで腹立てたら変に思われるだろうからガマンした。

 

「そういえばブルネイにも電ちゃんがいたなあ~」

次官が急に思い出したように言う。

 

「あ……それって、量産型ですよね?」

電は応える。

 

「うん、それそれ。美保は、まだ作らないんだ?」

と、次官。作らない……って、何?

 

「そうなのです。私たちの鎮守府でも、建造施設を作るか、司令官がずっと悩んでおられましたけど……結局、しばらくは作らないようなのです」

運転しながら、電は応えた。

 

「ええ?何で?」

思わず突っ込みを入れてしまった。ハンドルを握りながら硬くなっている感じの電をよそに、アタシは続けた。

 

「量産化技術が確立したから、私たちは敵に圧倒的な優位に立てるのよ?(……って、姉さんたちが言ってたけど)おたくの、しれーかんは、どこか、おかしいんじゃない?」

ああ、ついに言ってしまった。でも、アタシには考えられないことだから。

 

ところが、アタシがちょっと”しまった”と思った時には、その電という艦娘は半分泣き出してしまった。

「ぐひっ……司令官だって、ずっと悩まれたんです……うぐっ……敵にも勝ちたいけど、量じゃないって……私たちを誰一人、絶対に沈めないから理解してくれって。量産化は、まだ見送るって言われて……」

 

あ~……事情は分かったから。頼むからさ、ハンドル握ったまま泣かないで欲しいわ。でも、それを聞いてアタシはなぜか、よけいに頭にきた。それは理想論でしょ?敵を叩くには、ある程度の犠牲は不可欠だからこそ、量産化技術によって、不足分を補って、姉さんたちがよく言ってる……でもアタシの考えは次官の言葉に分断された。

 

「ま、清末の考え方がさ、海軍では常識だよな~」

なぜか、内容と呼び方に、ダブルでカチンと来たわ。次官!アタシぃ~清末じゃないんですけど……と、思った。

 

でも彼は続ける。

「美保の司令の考え方もオレはわかるぜ。事実、美保は今の司令が着任してから轟沈ゼロだ。これだって立派な戦果だと思うよ。山陰の防衛も、きちんとこなしているし、オマケに、ここは珍しく陸海空の連携が良いしな」

 

結局、彼はアタシの名前の間違いには気付かずに、座席から少し身を乗り出すと電に語りかけた。

「電ちゃん大丈夫。良い司令官じゃないか。これからも支えてあげなさい」

 

「ブヒッ……はい、なのです」

なんで次官が、ここのしれーかんの肩を持つのかが良く分からない。

 

「鼻かみなさい、電……」

アタシは嫌だったけど、ハンカチを差し出した。

 

「あ、ありがとう……なのです」

鼻をかむ音は、聞きたくなかったのでアタシは慌てて耳を塞いで窓の外を見ていた。

 

<<境港市:美保鎮守府>>

 

畑の中の細い路地を通り抜けて大きな幹線道路に入ると、長い松林だ。そして海が見えた……日本海だぁ。道路からはちょっと距離があるけど、やっぱり海はいいよね~そう思う。でも何となく日本海って、いつも見ている太平洋とは違って、大人しい印象を受ける。これも噂どおりかな?

すぐ、遠くに赤いレンガの建物が見えてきた。あそこが美保鎮守府のようね。さっきまでベソをかいていた電ちゃんだけど運転は、きっちりしている。アタシのいる横須賀は都会だし、軍用車の運転が出来る艦娘は多くない。ましてや駆逐艦で運転できる艦娘は、ほとんどいないから、ちょっと感心した。

「もう直ぐ到着するのです。正面玄関に着けるのです」

 

「了解~」

そう言いながら、次官は降りる支度をしている。やがて信号を右折して、小さな水路を渡ると、右手に鎮守府が見えた。ああ、やっぱり小さな鎮守府。軍用車はそのまま、鎮守府正面玄関に乗り入れた。アタシたちが車を降りると、大きな声で挨拶をする艦娘たちがいた。

「いラッしゃい~」

 

「お待ちしてましたッ!」

 

「いらっしゃいませ」

ええ?いきなり……冬で、寒いのに、わざわざ玄関先で、お出迎え?何なの?ここは。

 

「やぁ~、皆ぁ~。元気だったぁ?」

え?次官って、ここの艦娘と顔見知りなの?しかも全員戦艦……金剛型が3人いるのね。

 

「もウ、バッチリね~」

 

「次官の、おかげ様ですっ!」

 

「いつも、ありがとうございます」

 

「良いねえ~ここに来ると、いつも癒されるよなあ~」

次官、鼻の下が伸びまくってますよ……え?いつも?ってことは……アタシは、この次官が初めて美保鎮守府に来たのではないことを改めて悟ったの。

 

<<美保鎮守府:ロビーで歓迎>>

 

ロビーに入ると、いきなり雷のような光があって、びっくりしたけど。よく見るとカメラだった。

「あ、ごめんなさい!初めての人が居るとは思わなかったんで」

 

青い髪でカメラを抱えている、この艦娘は?

「青葉です、取材記者の。よろしくお願いします!……次官も、お元気そうで」

 

「ああ、君もな」

この人も知っているんだ。

 

「えへへ、私は元気ですよ~!」

そう言いながら、バシャバシャとシャッターを切っている。新聞記者か、ちょっとウザいなあ。

 

すると階段の上のほうから、かん高い声が響き渡った。

「あ~来たよ~、来た来た、清霜だぁ~」

 

この声は……「巻雲?」

 

言うが早いか彼女は、だぶだぶの腕を振り回しながら凄い勢いで階段を駆け降りてきて、アタシに激突した。

「あ痛~っ」

 

「あ!ごめ~ん」

巻雲は謝っているつもりらしいが、アタシたちはロビーでひっくり返った。がやがやと艦娘たちが集まって来た。次官は腕を組んでニヤニヤしているし、もぉ~、恥ずかしい!

 

「大丈夫ですか?」

和服っぽい服装の、お母さんのような艦娘が手を貸してくれた。

 

「巻雲さんも、気をつけなきゃダメですよ」

 

「はぁ~い、ごめんなさい鳳翔さん」

違うでしょ巻雲!謝るのはこっちでしょ?

 

「ねえねえ、今日は何も無いっぽい?」

変なリボンをつけた金髪娘……これも艦娘なの?次官にオネダリしてる。でも、もっと凄いのがいた。

 

「ねぇ~お土産は?」

連装砲を連れたバニーガール?にしてはムチャクチャな服……案の定、次官は、もっと鼻の下が長くなって、デレデレになっている。

 

「いやぁ~、島風ちゃんには、特別枠があるんだよな~」

 

「え~!ズルいっぽい!」

さっきの金髪リボンが怒っている。

 

「そ、そうなのです次官!ひいきはダメなのです!」

いつの間にか電ちゃんも、加わってきた。

 

「あはは、ごめんごめん。ちゃんと皆の分もあるからさ~」

そう言うなり次官はスーツケースを開き始めた。何となく間抜けそうな男かと思っていたけど、とんでもない色男だったようだ。

 

<<ロビー:衝突>>

 

しかし、次官もトンでもないけど、お土産に群がる艦娘たちもどうかしている。無性にイライラして来た。こんなダラけた鎮守府が本当にシナと戦って、全国に名を轟かせたっていうのかしら?信じられない思いと、横須賀のピリッとした雰囲気との違いに、すごくガッカリした。もう呆れてしまった。なんで、こんな鎮守府に全国から見学が殺到するのかしら?

 

「清霜?」

背後から聞き覚えのある声がした。これは……

 

「秋雲?」

アタシが振り返ると、そこには秋雲が居た。

 

「……久しぶりだね、清霜」

どことなく、よそよそしい感じがするけど無理も無いよね。最後に出会ったのは秋雲が失踪する前の晩だったから……その秋雲のよそよそしさと、ロビーのだらけた雰囲気と、彼女の失踪のことが一気に思い出されて急に頭に血が上った。気が付くと、アタシは彼女の頬を叩いていた。

 

鈍い音がロビーに響き渡った。あちゃ~、またやってしまった。秋雲は、いきなりの出来事に目を丸くして頬を押さえて、立ちすくんでいる。

でもアタシは止まらない。それまで溜まっていた物を吐き出すように一気にまくし立てた。

「あなた……よくもまぁ、こんなところでヌケヌケと……どれだけ皆に迷惑をかけたか分かってんの?」

 

ロビーの空気が一気に凍りついた。でも秋雲は頬を押さえたまま、こっちを見て言った。

「いきなり、酷いよ……」

 

確かにアタシのほうが先に手を出したから、悪いかもしれない。でも、秋雲のその言い方に、よけいに腹が立ってきた。こうなったらもう後には戻れない。

「何が酷いって?アンタが、やらかしたことの方が、よっぽど酷いわよ!」

 

秋雲の横で、巻雲がダブダブの腕で必死に止めようとしている。その様子に、なおさら腹が立ってきた。アタシは構わず続ける。

「だいたい何?脱走って!下手したら軍事裁判で牢屋行きよ!それが何よ?釈放~?しかも日向さんが身代わりになったって言うじゃない!どっちが酷いのさ!」

 

急に秋雲が青ざめた。あれ?ちょっと……言い過ぎた気がした。もしかしたら、そのことを秋雲は知らなかった?マズイなあ~という思いが何度も頭をよぎる。でも口が勝手に回る感じ。このロビーでアタシだけ浮いているのがすごく良く分かる。

 

ごめん秋雲。あなたが憎いわけじゃないんだけど、何だろう?自分でも、もう訳が分からなくなってきた。しかも巻雲が、すごく青くなって固まっている秋雲に寄り添いながら振り返って言った。

「清霜も言い過ぎだよ……」

 

巻雲が珍しくシリアスな顔をして秋雲を庇っている。その姿にアタシは自分が悪者のような自己嫌悪な気分になってきた。でも秋雲は……いや巻雲も含めて皆、アタシが嫌いなんだ。だからこっちに逃げたんだ、きっと。

そのひと言で、よけいに哀しくて腹が立って、世の中みい~んな滅んじゃえ!っていう気になった。気が付くとアタシは玄関から寒空の下へと駆け出していた。

 

<<鎮守府:埠頭>>

 

気が付くとアタシは埠頭に座っていた。この埠頭からは、あの何とか富士が良く見える。でも、今は2月だから、さすがに寒い。埠頭の海は、妙に青黒い。アタシの鬱屈した想いを表しているようだ。

 

「はぁ~」

息が白い。そして、直ぐに突っ走る自分が、自分で嫌になる。どうしてアタシって、こんなに気が短いんだろう。

 

「どうしちゃったの?」

あの次官がやってきた。

 

「皆、ビックリしちゃってたよ?……んしょ!」

次官はアタシの横に腰をかけた。

 

「申し訳ありません」

アタシは頭を下げた。でも、次官は普通の表情で腕を組んで、アタシと一緒に何とか富士を見詰めていた。

 

「実はね、君の事は横須賀の提督にいろいろ聞いているんだ。最近、不安定だとか……やっぱり、あの脱走の件が原因?」

やや図星だ。でも、それだけじゃない気がする。

 

「いえ……自分でも、良く分かりません」

アタシは海面を見詰めたまま答えた。カモメみたいなのも飛んでいるな。

 

「良いよ、良いよ。自分を責めなくても。たまには爆発しないとね」

あれ?この次官って、こういう人なの?と……優しいんだ。ちょっと意外だった。

 

「あの~」

背後から誰かが来た。前髪を垂らした……艦娘?

 

「司令官がお待ちですが、どういたしましょうか?」

 

「ああ……」

次官は振り返りながら返事をすると、再びこっちを見た。アタシは意を決したように立ち上がった。

 

「ご迷惑をお掛けしました。しれーに、ご挨拶に伺います」

その艦娘は、ちょっと微笑んだ。きれいな人だな……

 

「神通と申します。では、ご案内いたします」

アタシたちは彼女について、鎮守府の建物に戻った。

 

<<鎮守府:提督執務室>>

 

廊下を歩いていても、何となく距離を置いて遠くから観察されているような気持ちになる。仕方ないな。初めて来た鎮守府で、いきなり大喧嘩するのはアタシくらいだろう。猛獣か何かと勘違いされたかもしれない。

 

2階へ上がると神通さんが提督執務室のドアをノックする。「はあい」という女性の声。秘書艦かな。

「神通、入ります」

 

ドアを開けて、彼女が一礼をし、その場所でアタシたちを案内してくれた。アタシたちはそのまま執務室へと入った。

「次官殿、お待ちしておりましたよ」

 

正面のデスクで美保鎮守府のしれーかんらしき男性が立ち上がり、敬礼をしていた。その横にも、同じく秘書艦らしき艦娘が敬礼。うわ、この人も美人だな。

 

「やあ、久しぶりだね~」

次官が敬礼するので、アタシもあわせて敬礼をして、慌てて自己紹介をした。

 

「よ、横須賀所属の駆逐艦”清霜”です。お願いよろしく……あれ?」

そこで、皆が笑ってくれた。恥ずかしいけど、アタシも気が楽になった。

 

「ああ、よろしくね」

へえ、次官もそうだけど、このしれーかんも、割と気さくそうなタイプだな。でもこのしれーは、なんで建造施設(工廠)の設置を認めたがらないのだろう?そんな疑問が思い出された。

 

「とりあえず、座ろうか……神通、鳳翔さんに言って、お茶を……」

そのしれーかんが言うが早いか誰かがドアをノックした。神通さんがドアを開けると鳳翔さん……ああ、あのお母さんみたいな艦娘が立っていた。

 

「お茶と珈琲を、お持ちしました」

彼女は出来るな。

 

<<鎮守府:提督執務室>>

 

「今回はさぁ、本省の査察と、横須賀鎮守府からの視察を兼ねているんだが、査察のほうは、別に変わったことは無いよねぇ~」

次官は分厚い資料を、パラパラとめくっている。本気で見る気はないようだ。

 

「そうですね。変わったことがあれば、電信で都度、流していますし、本省でも電信記録は残っていますしねえ」

美人秘書艦が応える。

 

「だよな~。だいたい、査察なんてさ、大きな問題が無ければ別に、必要ないけどまあ、オレに取っちゃ、美保鎮守府に顔を出せるだけでも楽しいから良いけど」

やっぱり、この次官は目的がいい加減だと思った。

 

「新しい車、ありがとうございました」

しれーかんが、次官にお礼を言った。ああ、あの軍用車、やっぱり新車か。

 

「いや別に、俺がお金出したわけじゃないけどね~。ちょっと圧力はかけたけど」

次官は笑っていた。

 

「それ以前に、君たちの戦果がモノを言ったよね~。ブルネイでは大活躍だったからな」

 

「いやいや、あれも”たまたま勝った”って感じだから」

 

「ま~た、またぁ」

そんな、田舎の井戸端会議みたいな会話が続いている。

 

「それで、横須賀のほうは、具体的に何を知りたいですか?」

美人な秘書艦が今度はアタシを見た。慌ててアタシは横須賀のしれーかんから預かった文書をカバンから取り出して、封をしたまま彼女に手渡した。秘書艦は封を開いて中の文書に目を通した。秘密文書?ちょっとドキドキした。

 

「ええっと……艦娘同士のトラブルへの対処方法。それに、美保鎮守府での規律で特筆すべき点……。そうですね、何かありますか?司令?」

彼女は、しれーかんに問いかけた。美保のしれーかんはちょっと上を向いて考えるしぐさをした。

「トラブルねえ~最近無いよね。表に出ないだけかな?」

 

「うふふ、そうかも知れませんね」

秘書艦は微笑みながら答えた。一瞬、彼女の背後に華が見えた。

 

<<提督執務室:第2の質問>>

 

「うんうん、それはあり得るぞ」

なぜか、次官も割って入って来る。彼は続けた。

 

「二番目の質問だけど、だいたい美保に規律なんて無いだろう?」

頭の後ろで手を組んだ次官が問いかける。しれーかんは答える。

 

「そうだな~、いや完全にゼロというわけではないけどね。でも艦娘たちが自主性を以って自律的にやってくれているから、それはそれで良いんじゃないかな?」

 

「祥高の意見は?」

次官は秘書艦にも聞いた。え?秘書艦を呼び捨てって、何なの?この次官……あれ?でも”祥高”って名前、どこかで聞いたような。

 

「はい、それで問題ないと思いますが」

祥高さんが答えた。えーっと、誰だっけ?

 

「そうだよね~ははは」

そして、3人で笑っている。何?このほのぼのしたムードは。これが海軍の鎮守府なの?横須賀は、もっと全体がビシッとしていて皆がバタバタ動いている。そこまで考えて、あれ?と思った。バタバタ動いて……って、何となくここにいると横須賀のほうが、おかしいのかな?っていう妙な気持ちになってくる。それで良いのかしら?

 

「まあ、強いて艦娘のトラブルと言えば」

美保のしれーかんは、珈琲をすすりながらアタシを見た。

 

「さっきのロビーでの大喧嘩。あれくらいだろうか?」

 

「あ……」

アタシは急に、全身が火照るような気がした。多分、赤面しているだろう。

 

「す、済みません!」

思わず立ち上がって、頭を下げていた。

 

「だよな~」

今度は次官がアタシ見た。相変わらず、頭の後ろで手を組んだままだ。

 

<<提督執務室:ばら色?>>

 

次官は続ける。

「さっきも言ったけど、横須賀の提督からさ、君のことを心配されているんだ」

 

「え?……まさか?」

そんなはずはないと思った。横須賀は、ここよりもはるかに大きいし、艦娘も、一般の艦艇も、兵隊もたくさんいる。しれーかんなんて、アタシには雲の上の存在だから、単なる駆逐艦の自分のことは、ほとんど気にかけていないと思っていた。

 

「まあ、座りなよ」

次官が言うので、アタシは、すみませんといいながら大人しく座った。

 

「査察なんて簡単に終わるから。今回は、全部君のために動いても良いんだよ。さっきも言ったけど横須賀の提督は知り合いだからさ。君の事、よろしくって頼まれているんだ」

 

またまた、全身が火照るような感覚になった。え?そんなこと、あり得ない!っていう思いと、すごく”ばら色”に包まれるような、ほんわかしたイメージがアタシの中で交差した。

 

「あ、あの~」

アタシは疑問を聞いてみることにした。

 

「質問しても、よろしいでしょうか?」

 

「どうぞ」

美保のしれーかんが答えた。あまり”司令官”と言う立場の人と直接会話することは、横須賀ではめったに無いことだから、ちょっとドキドキする。

 

「秘書艦の祥高さんって、どこかで聞いたような気がするのです……」

アタシはちょっとぎこちなく質問した。その秘書艦、祥高さんは、微笑んで答えてくれた。

 

「私はもともと、横須賀に居たことがありますから、そちらで私をご存知の方も居ると思いますよ」

 

「はあ」

 

「本省の作戦参謀の、お姉さんだよね、祥高は」

次官が割ってはいる。何でこの人は、さっきから呼び捨て?祥高さんは、微笑んで続ける。

 

「もともと中央に出入りしていましたからね。次官とも顔見知りですし」

 

「はあ」

 

「横須賀では、あの艦娘……秋雲が、すごく慕ってたんだよね?」

しれーかんも、付け加えた。

 

「へ?」

なに?秋雲って、そうなの?

 

「そうみたいですね。私には、そんな実力も何もないのに……」

 

「ま~たまた、祥高はいっつも、謙遜するんだよな~」

また次官が割って入る。でも、田舎に居るってことは、訳あり?左遷ってやつ?ますます、分からなくなった。

 

<<提督執務室:成長が遅いの?>>

 

「でも、今回は君も、休暇だと思って、羽を伸ばしたらいいよ」

また、突然妙なことを言う次官。

 

「そうだね。いろいろ、ストレスでもたまっているじゃない?都会で」

しれーかんも、突っ込んでくる。

 

「いえ、そんなことはないです」

慌てて否定するアタシだった。

 

「何となく、つい言いすぎちゃうってこと、あるの?」

突然、祥高さんが優しく聞いてきたので、逆にドキッとしてしまった。

 

「あ、いえ……」

でも、図星。アタシ、何かの拍子に、つい言いすぎることが多い。何でだろう?

 

「もしかして、末っ子?」

また、鋭い質問が飛んできたので、ハッとした。

 

アタシがドギマギして答えられないで居ると、次官が答える。

「そうだよ。この娘は、夕雲型の最終艦だから、末っ子」

 

それを聞いた祥高さんが言った。

「ああ、やっぱり」

 

「……」

もう、何も言えなくなってしまった。いや、困っているのではないけど。

 

「そういえばさぁ……」

次官は、ポケットから手帳を取り出してめくり始めた。なんだろうと思っていると、意外なことを語りだした。

 

「清末は2月の末……2月29日生まれの艦娘だから、末っ子もいいところ。だから”清末”で良いんだよな~。結局さ、よけいに背伸びしたいのかなあ~って思うんだけど」

 

「な、なにを……違います!」

 

「へぇ~、どう違うんだ?」

次官はマジメに取り合ってくれない。

 

「何ですか?それ」

祥高さんも、聞いている。

 

今度は美保の、しれーかんが説明する。

「今年もそうだけど、うるう年と言って、4年に一回しか来ないんだ。清霜はその29日生まれだから……そうかぁ~4年に一回しか誕生日が来ないんだ。だから他の艦娘よりも、よけいに成長が遅くなるんじゃない?」

ちょっと、何なの?その変な理論……てか、美保のしれーかんも悪乗りして、やっぱり頭がおかしい?

 

「ええ?そうなんですか?へぇ~」

ちょ……秘書艦まで、納得しないで下さいよ!

 

「だよな、やっぱりそうだろう?」

次官まで……アタシは慌てて否定した。

 

「ち、違います!絶対に違う!」

つい、立ち上がってしまった。

 

すると、次官が食いついてきた。

「へえ~、じゃあ、何がどう違うって言うんだ?清末」

 

その名前は違うけど、アタシは名前は無視して、弁解をする。

「だから……誕生日って言うか、そういうことじゃなくて」

 

「どういうこと?」

これは美保のしれーかん……。

 

「……」

言葉に詰まった。そういえばアタシ、何を焦っているのだろうか?怒りっぽくなってさ……。でも、もしかしたら、次官の言うとおり、4年に一回しか誕生日が来ないから、成長が遅くなってるのかな?……末っ子だし。みんながアタシのことを、気にかけてくれるんだけど、それは当たり前だとずっと思っていたから……やっぱり、アタシがおかしいの?アタシが、成長が遅いの?どうなってるの?

 

そこまで思いつめたら、急に哀しくて、寂しくなってきて、ボロボロと涙が出てきちゃった。

 

「あ……」

アタシがボロボロ泣き始めたので、執務室の皆が慌てている。だめ、止まらない涙。そう、アタシはきっとそうなんだ。末っ子で、いつも皆から可愛がられて。でも誕生日は、いつも忘れられたり、誰かと一緒だったりして……やっぱり、アタシって寂しいんだ。それで、さっきもロビーであんなことを……秋雲のことだって、きっとアタシの心のどこかで、あの脱走も、羨ましいと思っていたに違いないんだ。アタシには、絶対に出来ないから……。

 

そう思えば思うほど、自分が可哀そうで、悲しみがこみ上げてきて、もう、次から次へと滝のように涙が出てきた。泣きすぎて、頭がクラクラしてきた。それでも、ふらふらと歩き出したアタシは、なぜか部屋から出ようとしたらしく、ドアのほうへと向かった。でも、やっぱりバランスを崩して、そのまま床に倒れたらしい。皆が慌てて、駆け寄る気配がした……後の記憶は無かった。

 

<<提督執務室:癒し>>

 

気が付くと、アタシは誰かに抱かれていた。ハッとして、体を起こそうとしたら、『大丈夫?』という声。これは、秘書艦の祥高さんだな……と思った。

 

「大丈夫です」

そう言って、意識を取り戻すと、目の前には、あの祥高さんの綺麗な笑顔のアップだった。彼女はアタシを抱っこするようにして覗き込んでいたんだ。優しい眼をした秘書艦だな~と思った。横須賀では秘書艦って言うと、強くて、キビキビしていて、しれーかんと同じくらい、近寄りがたい雰囲気だけど……ここは、ちがうんだ。何だか、お母さん……?本当のお母さんって知らないけど、そう感じた。

 

「司令も次官も、鎮守府内の査察に出かけてお留守よ。しばらく、ここで休んでいたら良いわ。私もここに居るから」

そう言われたけど、アタシはだいぶ元気になったと思ったから、「いえ、大丈夫です」と言って、上体を起こした。でも、何となく、祥高さんからは離れたくないという想いもあって……身体は起こしたけど、下半身はまだ、祥高さんに身を預けたままだ。祥高さんも、優しく抱いてくれている。何だか……良いな、こういうのって。やっぱり、アタシは甘えん坊なんだ。でも、祥高さんは、不思議と、甘えても許されるような……そんな大きさを感じさせてくれた。

 

「秘書艦は……祥高さんは、優しいんですね。うちの秘書艦とは全然違うので、ビックリしました」

アタシはお世辞抜きで、そう言った。祥高さんは、恥ずかしそうに笑った……なんだろう、癒される笑顔。

 

「そんなことないわよ。私なんか、いつもここの司令に恐れられているのよ、私……可笑しいでしょ?そんな怖くないつもりなのにネ」

そう言って微笑んだ彼女。屈託の無い笑顔が素敵だな……。何だか、ずっとずっと、こうしていたい。不思議な人。

 

「清霜さん……で良いわね?」

祥高さんがアタシの名前を正しく呼んでくれた。

 

「はい、そうです」

アタシは答えた。祥高さんが語り始めた。

 

「あなたを見ているとね、私の若い頃を思い出すの。その頃の私もね、対抗意識ばっかりすごくて、いつも誰かをライバル視して、勝手に葛藤していたわね……心の中で。でも、ちゃっかりと目上の人には、いい顔をしてね。それって、組織の上の人からの印象は良いけど、同じ艦娘の中では浮いちゃうのよね」

ああ、それだ、まさにその通り。何だか不思議、心が軽くなっていくようだった。アタシは体を完全に起こして、祥高さんにきちんと向き直った。

 

「あの……」

アタシは聞いてみた。

 

「なぁに?」

 

「さっきは否定したんですけど、良く考えたら、4年に一回っていう、誕生日……いえ、進水した日ですけど。私が背伸びしたい気持ちって、やっぱり、そういうところもあると思うんです」

 

「そお?」

ああ、優しい笑顔だな。この人なら、全部話しても良い。今まで、そういう人が、アタシの周りには居なかったんだよな。

 

「戦艦のお姉さんたちに憧れるのも、そういうところがあると思うんです。私なんか、どんなに努力したって、戦艦には絶対に、なれっこないのは分かっているんですけど」

こんなこと言ったらバカにされるかな?って思ったけど。でも祥高さんは違った。

 

祥高さんは、ニコニコして、凄いことを言った。

「ウフフ……私は重巡だけど、現役の頃は”戦艦並みの火力”って言われたわ」

 

「ええ?」

でも、そのときアタシは思い出した。重巡”祥高”……伝説の三姉妹といわれた一人だ。たまに古い先輩が話してくれたっけ。

 

「私たちの場合は、特殊だったけど……でも、重巡クラスでは、今でも戦艦並みの艦娘は、何人か居るはずよ。それに、戦艦がすべてじゃないわ。それぞれの立場で、責任を果たせば十分だと私は思うわ」

それは分かるけど。でも、憧れは捨てられません。

 

<<提督執務室:秘書艦の過去>>

 

「伝説の祥高型……そういえば祥高さんは横須賀に居られたんですよね」

 

「そうよ……あの次官が私を気に入ってくれて、変なあだ名付けて、あちこちで話してくれるから、迷惑しちゃうんだけどね~」

そう言いながらも、彼女は笑っていた。ああ、あの次官と彼女は、いい友達なんだ。なんか、そういうのって良いなあ~って、思えた。

 

「あの次官とは、古くからの、お知り合いなんですか?」

つい聞いてしまった。

 

「そうよ、私が横須賀に居た頃、彼と、私たち三姉妹で、いろいろやったわ。けっこうギリギリの、きわどい事もね」

 

「へえ~」

大人しそうに見えるけど凄いんだ、この秘書艦。

 

「怖いもの知らずだったから出来たわね~、でもちょっとやり過ぎたわ」

 

「え?」

 

「多分、軍の記録にも残っていると思うけど、あるとき敵のものすごい攻撃を受けて、壊滅的な被害を受けた海戦があって。それがきっかけで、私は前線を降りたの」

 

「そうなんですか」

何となく、その海戦のことも、お姉さんたちからも、聞いたような気がする。

 

「それからもね、いろいろあって結局、この山陰に来たわ……今の司令よりも先に着任して、最初は私が司令の代理を務めていたけど。うふふ、司令なんて、艦娘がやるもんじゃないわよね~」

そう言って、彼女は笑った。この人が話すと、凄いことでも嫌味に聞こえないな。

 

「あなたがつい、強気になってしまう気持ちも分かる。駆逐艦の子って、けっこう、そういうタイプが多いわよね」

はい、図星です。

 

「でも、そういう気持ちは大切よ。そもそも艦娘は、もっと自立すべきね。でもね、自立と自分勝手は違うの、分かる?」

 

「はい……何となく」

 

「さっきも言ったけど、それぞれの立場で、責任を果たすこと。軍隊では、それがとても大切よ」

 

「はい……それは分かっているつもりです」

 

「私たちは軍人である以上、敵と戦うことが最優先。でも、戦う前に、自分たちの内部で対立していたら、とても戦えないでしょう?」

 

「はい」

 

「自分を殺せって言う意味じゃないけど、周りが気に入らないからって環境を変えようとしても、難しいわね。軍隊なんて昔も今も、やる事は変わらない。だったら、私たち自身が意識を変えたら良いじゃない?それだけで、部隊での居心地が良くもなるし、悪くもなる」

 

「はい」

 

「お説教みたいでゴメンナサイ。無理にとは言わないわ。でも、あなたが本気で変わりたいと思えば、そうしたら良いし。無理だったら……また考えましょう」

 

そのとき、ドアをノックして、あの”お母さん”が顔を出した。

「お昼は、どうされますか?次官と司令は下で食べられるそうですが……」

 

「そう……あなたも、下で一緒に食べましょうか?」

祥高さんが微笑んだ。

 

「は、はい」

べ、別に、断る理由はないよね。

 

<<食堂:軽い……>>

 

アタシは祥高さんと一緒に、廊下へ出て、食堂へ向かう。そういえば普通、しれーかんとか次官みたいな政府のお役人は、別室で食べることが多いはずだけどここは、地方だから場所がないのかな?……と、思いながら歩いていた。

今日は晴れているけど、外の日陰には、薄っすらと雪が残っている。寒そうだな。やっぱり、こっちは冬は寒くて、雪も降るのかな?そう思っていたら食堂に着いた。

 

横須賀よりは狭いけど、割ときれいな食堂だ。先に、ここのしれーかんと次官が窓際の、ちょっと特別っぽい席に座っていた。あれ?配膳はこれから?数人がパラパラと座って食事を取っているが、何となく引いている感じがする。さっき、ロビーで大喧嘩したから、そのせいだろう。あ~あ、失敗した。

 

ここのしれーかんがアタシに気付いた。すぐに次官もアタシたちの気配に気付いて振り返ると立ち上がった。

「おぉ~、清末!こっち、こっち」

 

ですから、その名前違うんですけど。座ったら言ってやろう。祥高さんとアタシがテーブルに近づくと、次官は言った。

 

「秘書艦殿は、奥の提督の横へどうぞ……私たちはこっちに並びますよ」

仕切っている。アタシは、早く名前の訂正をしたいので、ムッとしながら座った。

 

「あれ?清ぉ~霜さんは、ご機嫌斜めですか?」

あ、ここのしれーかんは、さすがだ。危うく間違えそうになっていたけど、アタシの名前をちゃんと覚えていてくれたんだ。ていうか、それが当然よね。

 

アタシは嫌味も込めて答えた。

「いえ……次官がさっきから、私の名前を間違えるので」

 

「あれぇ?末っ子は、清末じゃないっけ?」

ぜったい、次官はバカだと思う。

 

「清霜ですよ?可哀相ですよ、次官」

祥高さんがフォローする。

 

「ああ~そっか~。祥高に言われたら、直さないとなあ~あはは」

軽すぎる。これで政府の役人なの?

 

<<食堂:サプライズ>>

 

全員揃っているはずなのに、なかなか配膳されない。ひょっとしてここは、しれーかんでも、セルフサービスなの?

それにしては、誰も動かないな……ん?

 

食堂の空気が変わった。誰かが入ってくるような……あれ?振り返ると、巻雲と秋雲が二人でケーキを持ってくる。

え?何?もしかして……。

 

「清霜ぉ~、誕生日おめでと~」

巻雲が、いつもの声で言う。アタシは絶句した。

 

「あああ……」

言葉が出ない、頭が回らなくなった。

 

さっきの電ちゃんや、金髪リボンや、バニーガールも乱入してきて、一斉にクラッカーを鳴らした。

「きゃー」といって……(顔は笑っているけど)祥高さんが伏せた。クラッカーのリボンが飛んでくる。そして、しれーかんも次官も手を叩いて「おめでとう」と、言っている。

あまりにも突然で、初めての体験で、どうして良いのか分からなくなってアタシは、その場で完全に固まってしまった。

 

「ねぇ~、嬉しくないのぉ~?」

バニーガールが言う。

 

「……」

こ、こういう場面でも、頭が真っ白になるんだ……。

 

「なんか、固まったっぽい?」

 

「そのようなのです」

 

「清霜……」

その声にアタシはハッとして、硬直が解けた。ややぎこちなく振り返る。

 

「秋雲……」

彼女は、「はい」といって、プレゼントをくれた。小さめの額縁に、イラストっぽい絵が描いてある。

 

「私の似顔絵?」

 

「ごめんね~、今は、それが精一杯。何しろ謹慎期間が長くってさ、小遣いもゼロなんだ。身から出たさびだよね~」

 

「秋雲……ごめんね」

なぜか、自然にその言葉が出た。絶対に、ぜったいに許さないって思い込んでいたのに。氷のようなアタシの心が、一気に溶けていくようだった。

 

「やだぁ、泣かないでよ!らしくないぞ!」

秋雲に小突かれても、涙が止まらなかった。こんなアタシなのに、想ってくれて、ありがとう、秋雲。

 

<<食堂:パーティ>>

 

それからは、食堂は簡単なパーティ会場になった。祥高さんも、しれーかんも、あのバカみたいな次官も、喜んでくれている。4年に1回の誕生日だと思っていたけど、誕生日が問題じゃないんだな。

そういえば、今までも、横須賀の鎮守府でも、けっこう浮くことが多かった。でもそっか、アタシ自身が問題だったんだ。最初にアタシが変わらなきゃ。

 

しばらくすると、また秋雲がやってきた。

「清霜、ごめんね。秋雲さん(私)もさ、日向さんのことは知らなかったんだよ。急に居なくなったな~ってくらいで……だから、ごめんね」

 

「な、なんであなたが謝るの?私の方こそ言い過ぎたわ、ごめんなさい」

二人で頭を下げ合っている。秋雲は続ける。

 

「良いよ……でもさぁ、日向さんにはいろいろ教えられたし。自分が引いて誰かが助かるっていうこともあるんだなって」

 

「ふーん。ここは、本当に自由なんだね」

アタシは呟いた。

 

「うーん、そうとも言えるかも知れないけど。自由って言うと、規制がないみたいだけど、そうじゃないんだ。艦娘が、艦娘らしく立てるってところ、かな?」

秋雲は、難しいことを言っている。

 

「良く分からないけど」

アタシが言うと、秋雲は続ける。

 

「日向さんは、自分で秋雲(私)の罪を背負ってくれたんだなって、今、思えたんだ。そういうこと……日向さんは、誰かに命令されてそうしたんじゃなくて、自分からそう言ったんだ。だからこの誕生会も、巻雲と秋雲さん(私)が企画して許可を貰ったんだ」

 

「へえ~、そういう自由か……」

 

「そう、そうやって自分たちで考えるから、それがここの艦娘たちの絆になっているんだって……これは祥高さんがよく言うんだけど」

やっぱり、あの秘書艦は出来るな。

 

秋雲は続ける。

「ここの軍隊ってさ、命令絶対でもないんだよね。反論も出来るし。でもそれを言うだけの、責任があるんだ。それが自分で考えること。そうやっていくと、誰にも奪われない絆が出来るんだって」

 

「あなた、なんだか変わったね~」

 

「そお?」

 

「うん、変わった」

とてもうらやましくも感じた。ここは、小さい鎮守府だから、そういう自由なことが出来るのかもしれない。横須賀でも、それが出来たらいいな。

もしかしたら、これは横須賀のしれーかんに乗せられたのかなあ?あと、次官と……。でも良いか。

 

<<食堂:使命>>

 

それからも、パーティは食事だけじゃなくて歌あり、踊りあり、かくし芸アリ。横須賀にも器用な艦娘は少なくないけど、どっちかっていうと個人プレー。でも、ここ美保鎮守府は、小さいながらも、すごくアットホームなんだな。普段からこんなノリなら次官が、査察のたびに、この美保鎮守府やってくるのも分かる気がする。

 

あ、でもアタシにも使命があった。ここの、良い所を、横須賀に持って帰るんだ。さすがにパーティは無理だし。何を持って帰ったら良いんだろう?

 

「浮かない顔しているジャン?」

紫の髪の毛の……軽空母のお姉さん?が、近寄ってきた。ちょっと酒臭いけど。

 

「あの、私、横須賀鎮守府からの視察という目的があって、でも、今日で帰らないといけないから、こんなことやっていていいのかなって?」

すると、もう一人の白いリボンの……やっぱり、軽空母のお姉さんが来た。

 

「へえ~、そうだよね。わざわざ都会から、こんな田舎に視察に来るんだモンね手ぶらじゃ、帰れないわよね~」

 

「そ、そうなんです」

アタシが応えると、さっきの軽空母のお姉さんが言った。

 

「そんなの簡単ジャン、酒飲み過ぎたってことにして、延泊しちゃえば?」

 

「あなたねぇ、そんなこと、出来るわけ無いじゃない!」

いつのまにか、二人で討論が始まってしまった。でも、なんだか、この二人の軽空母のお姉さんたち、漫才みたいに、ほのぼのしているなあ~って思えた。

すると、ちょっと出来上がっている次官がアタシの隣にきて座った。だいたい、昼まっからお酒飲むって、どういう根性しているのかしら。

「それだぁ~」

 

「はい?」

 

「今日は日帰り止めた!延泊しようぜ!なぁ~清末!」

 

「だから、清末じゃありません!」

この次官は絶対バカに違いない。

 

「オレが良いって言えば、あとは書類に判をついて置けばオッケーだよ~」

次官、大丈夫なのかしら?

 

「ちぇ~、日帰りしないならサァ、昼まっから飲まないんだけど」

……ていうか、普通、鎮守府の敷地内でお酒飲む?しかも、昼まっから!

 

「温泉だ!皆生温泉、行こうぜ!」

次官、ノリノリです。

 

「次官、さすがにそれはマズイでしょ?」

しれーかんが、口を挟んでくれる。そういえば、しれーかんは、さすがに呑まない。当たり前だけどね。

 

「そっか~」

この次官は、やっぱりバカに違いない。

 

「まぁ、次官がオッケーなら、書類は良いとして……、でも理由を考えないとさ、横須賀だって困るでしょ?」

しれーかんが言う。それを聞いて、ちょっと正気に戻ったらしい次官、思案している。

 

「せっかくですから、雪中行軍訓練(スキー)ということで、大山へ行くのはいかがでしょうか?」

祥高さんが知恵を出した。

 

「それ、良いね。じゃ、有志を募って、大山で雪中行軍訓練(スキー)。その後に、疲労回復で皆生温泉ってのはどうかな?」

しれーかんが、方向性を出した。

 

『賛成~』

なぜか、その場に居る艦娘たちが、一斉に手を上げた。結局、そういうことになりそうだ。

 

「え~、雪山か?オレ、運動は無理……」

次官が珍しく尻込みをしている。

 

「では、次官には、このまま今日の便で、お戻りいただいて、清霜さんだけ、訓練のため延長ということで」

メガネをかけた艦娘が、次官に釘を刺すようにいう。 

 

「大淀さん、それは殺生な~」

一気に酔いが吹っ飛んだような次官の姿に、その場に居た全員が笑った。何だか、すごく良いなあ~。

 

「清霜さんは、どうしますか?」

祥高さんが聞いてきた。そうだった、一番肝心なことを忘れていた。アタシが当事者なんだ。でも、アタシは迷わずに応えた。

 

「はい、横須賀ではほとんど雪も降りませんし、ぜひ、訓練をお願いします!」

 

結局、次官と共に、それからなんと一週間近くも、美保鎮守府に留まる羽目になってしまった。その間の、いろんなエピソードもあるけど、それはまた、別に機会にお伝えできれば、と思います。

 

報告者 駆逐艦 清霜

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ7ン」とは
「美保鎮守府:第七部」の略称です。


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