特別な日。それが2月29日。四年に一度のうるう年。


第一回ハーメルンコンテストへの参加作品です。

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第一回ハーメルンコンテストへの参加作品です。


特別な日

 たまたま、その日は暇だった。いや違うか、最近は決まったスケジュールが存在しないんだ。

 

 え……普段何をしているかって?

 やめてくれ、なんでそんなことを聞くんだい? 僕が話したいのは()()()()()()()()という事実だけだ。理由はどうでもいい。あぁそうだね、ちょうど溜まった有給を処分したのかもしれないし、ちょっとした事情で勤め先が休みなのかもしれないね。自分のことは自分がよく分かっているし、君にとやかく言われたくはない……話を戻すね。

 

 

 ともかく、僕はいつもどおりに朝起きて、そして決まりきった日常を過ごしていたわけだ。テレビをつけると遥か海外でなにが勃発したとか、近所で誰が死んだとか、とにかくそういう僕とは無関係の話題ばかり。でもテレビでも見てないと、僕は本当にこの世界から置いて行かれてしまいそうで、とにかく怖いんだ。だから欠かさずテレビを見る。あくまで儀式のようなもので、内容は本当はどうでもいいんだ。

 

 でも、その日は違った。

 

 

 うるう年って、知ってるよね?

 

 

 ……そんな顔しないでくれよ、確かにそりゃ、カレンダーを捲ってればすぐ気づくことだけどさ。でもそれに気づいた瞬間って、ちょっとドキリとしたりしない? 日常の中の非日常というかさ。

 

 長い年月をかけ、多くの人の手により綴られ、そして守られてきた暦。でもそんな暦にだって必ず生じてしまう誤差。それを調節するための日。

 とっても特別な日だな……って、ふと思った。

 

 

 思ったら、なんだか特別なことをしたくなった。

 

 

 少なくとも家にいちゃダメだ。テレビの電源を落とし、寝巻きから素早く着替え、そして最低限度の身だしなみを整えると、驚いた様子の家族の声も無視して外へ。階段をさっと駆け下り、自転車に飛びつこうとして……すっかりタイヤの空気が抜けていたことに気づく。急いで空気ポンプを用意。すっかり鈍った腕を動かし、空気を入れる。

 

 老人だって出来るように設計されている空気ポンプだ。たちまちタイヤはパンパンになり、そして僕は自転車に飛び乗る。

 

 

 ああ、久しぶりだ。

 

 なんて言ったってこんな朝早くから出かけるのが久しぶりだ。え? いやいや別にいいじゃないか遅い出勤だって……いいから口を挟まないでくれ。

 とにかく僕はペダルを踏んだ。どんどん踏んだ。ペダルの回転がチェーンを通じてタイヤへ繋がる。舗装されたベッドタウンの狭目の路地をどんどん進む。

 

 街はまだ眠りから目覚めて数時間、会社もしくは学校へと向かう通勤通学の波。

 そう、皆々スーツや学生服だった。

 

 

 あぁ、その時僕は思ったよ。自分はなんて特殊なんだろう。ここでは自分だけが私服だ。部屋にいれば私服率は100%だけれども、外に出た瞬間その率は1%、いや0.01%にも満たないに違いない。

 

 周りの人々は今日もいつもどおりのタスクを、仕事をこなす訳である。今日は2月の29日、四年に一度しかないという大変特殊な日だというのに、それを気にかけることもせずに一日を浪費するのだ。

 

 

 僕は違う。

 

 今日は特別な日だ。いつもと違う、とても特別なことをしなければならないのだ。僕にはその義務と、権利があるのだ。

 

 

 だからペダルを漕ぐ。学生鞄や書類鞄の間を縫って。駅へと向かう人の列をグングン追い越して。

 

 自分を意味するものは全て置いてきた。愛読書も、PCも、お気に入りの帽子も。いや財布に入った証明書すらも置いてきた。スマホだっていらない。そんなものに囚われたくない。今日は特別なのだ。

 

 

 

 高架線に乗っかった駅の下をくぐり抜ける。何番線のホームから云々、プラットホームのスピーカーがうるさく叫んでいる。構わず突破。僕は同じ方向に進んでいるのに、人の流れは真逆になった。駅を通り過ぎた証拠だ。

 

 

 さっきまでは同じ方向に進んでいたのに、いつの間にやら皆と真逆に進んでいる。僕はさっきまでと同じようにペダルを漕いでいる。もはや朝っぱらから私服&チャリの僕は完全に不釣り合いで……余計に僕が特別な存在になる。完全に特別な存在になる。

 

 

 

 僕は特別な日を、特別な存在として過ごしていた。

 

 

 

 そうしていつの間にか……僕は川辺に到達した。川辺だ。

 昔はここら一体も田園地帯だったらしい、でも今では住宅街。だけれども、川辺は変わらない。川の流れほど大きな自然を人類は制御することができない。この河は、百年前と、いや千年前と変わらないのだ……ちょっと言いすぎかな? まあいいじゃないか、たまにはセンチにさせてくれ。

 

 

「さあ、いこう」

 

 

 自然と口から言葉がこぼれてた。最近は画面に向かうばっかで、発音したのは久しぶりだった気がする。

 

 迷うことなく僕は堤防に乗った。橋を探さないのかって? なぁ、もう野暮なことを言うのはやめてくれよ。僕は特別なことがしたいんだ。橋を渡るのは生活のために必要な、そう、当たり前の事じゃないか。だから今の僕にとって、橋を渡ることはとんでもない違反行為なのだ。

 

 

 

 目指すは下流。河と一緒に流れてゆくのだ。これほどイミのないことを、果たしてする機会があるだろうか? いやない……そ、反語だ。卒業して以来使ったことなかったのでね、使ってみたかったんだよ。

 

 

 

 高気圧がもたらした春の陽気。2月の末なんだからもう春なのは当然か、でも僕は初めてそのことに気づいた。ニュースに目を通していても、やっぱり外に出てみないと春の到来は実感できないのだと改めて思った。

 

 

 今日は平日だ。加えて陽も大分登ってきた。堤防の上には誰もいなくて、まさに僕の独壇場。どこまでも道は開けている。どこまでも行ける。

 

 

 

 視界の端でのんびりした雲と住宅街が流れ、それが商業ビルになって、その後また住宅街に戻る。そんな繰り返しが続くと……開けた土地に出た。

 

 

 

 

 広い土地だ。ひろい芝生地だった。

 

 

 特別だ。

 

 

 

 すぐに思った。直感というやつだ。ここが特別な場所だ。

 

 

 

 迷う必要なんてない。僕は自転車からパッと飛び降りる。自転車は倒れ、くるくるとその蹴るべき大地を失って車輪が回る。

 

 

 

 

 転がった。芝生の上に。

 

 公共の面前でこんな風に倒れることはしないだろ。それは恥だからだ。

 

 

 

 でも今日は特別だから、それだから今日はいいのだ。

 

 

 

 

 

 ああ、うるう年。2月の29日は地球の調整日だ。空に浮かぶは白い雲。なんの悪意もない白い雲。

 

 

 僕にとっても調整日だった。素晴らしい。

 

 

 誰にも邪魔されず、僕はひとり、この世界にいる。この世界で特別な存在として。

 

 

 今日は特別な日だ。

 

 

 

 

 

 ……ズボンに、何か変な感覚があった。

 

 

 

 なんだろうかと僕は手を伸ばした。

 

 そこには、鍵。

 

 

 

 

 

 

 あ、そうか。これは鍵だ。自分の鍵。自宅の鍵。

 

 

 なんでこんなものを持っているのだろう。今日は特別なのだ。特別でなければならないのだ。自分を束縛するものはいらない。

 

 捨てなければ。

 

 

 

 そう思って鍵を持ち上げ、ポイッと投げようとして……やめた。

 

 

 

 

 こんなことをしてなんになるというのだ。特別なのは今日だけで、明日になれば僕は家に帰る。この鍵はそれの証明だった。

 

 仮に捨てても、結局僕は何らかの手段を用いて家に帰る。

 帰らずとも、誰からしらが迎えに来ることだろう。思えば僕は、別に天涯孤独というわけではなかった。目の前には僕の話を聞いてくれる……そう、君がいるしね。

 

 

 結局僕は繋がっている。どんなことをしても特別になれないのだ。

 それと同じように、この「特別な日」は昨日と明日に繋がっているのだ。

 

 

 なんにも特別なことなんて、存在しやしないじゃないじゃないか。

 

 

 

 結局、2月29日ってなんだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 




よろしくお願いします。

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